Tick Tack シャドウバース   作:fet_light

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19.月と太陽

 三和は手術室に運ばれた。

「三和君助かりますか!?」

「傷を見てみないことには」

 医者は気休めを言わなかった。

 冷徹に告げて、三和の体が手術室に運ばれる。

 救急車で搬送される間、三和は一度も意識を取り戻さなかった。

(……罰が当たったんだ)

 美鈴はそう思っていた。

 隠れて交際していたから、乱丸を激昂させた。

 そして鈴木や乱丸の悪意に無防備だった。

 三和は常に警戒していたのに、美鈴はどこか浮かれていた。

 撮影も順調で、三和との関係も順調で、試合結果も順調だった。

 幸せなことばかりで、だから明るい未来ばかりを思い描いていた。

 三和が手術室に入ってしばらく経った頃だろうか。

 三和の妹の洗依と、洗依によく似た面差しの女性が現れた。

「あ、美鈴さん!」

「悠平の容態はどうですか?」

 女性はおそらく三和の母だろう。名前は歩と言ったはずだ。

 歩の顔を見ていると、申し訳なさが先に口をついて出てしまった。

「ごめんなさい……」

「……まだ手術中なのね」

 歩は気丈な顔をして言った。

「大丈夫よ美鈴さん。あの子は好きな子を残して逝くような柔な育て方はしてないから」

「悠平にぃも無茶するなぁ。でも美鈴さんを守るなんて見直したよ」

 洗依も歩も楽観的な表情をしていた。

 不安を覚えないわけはないだろう。美鈴を勇気づけようとしてくれているのだ。

 やがて手術中のランプが消灯し、医者が出てきた。

「傷口を縫合しておきました。内臓も傷ついてないですし、大丈夫でしょう」

「後遺症とかは?」

「傷跡は残ってしまいますが、勲章ではないですかな。はっはっは」

 豪放磊落な医師だった。大きな笑い声を上げる。

「そちらがお母さんですかな。入院手続きをするのでこちらへ」

「はい」

 美鈴は洗依と一緒に残された。

「よかった……」

 美鈴の身体から思わず力が抜けた。

 と、洗依がすました顔をして言った。

「美鈴さん二度目ですよね。妹の洗依です」

 ふっくらとした顔、まんまるとした目。顔の主要パーツはあまり三和と似ていないが、改めてみるとどことなく面影がある。

「兄がお世話になっています」

「そんな……私が迷惑かけてばっかで……」

「でも美鈴さんと付き合うようになってからお兄ちゃん、よく笑うようになったんだよ。それに家事とかも手伝うようになってくれて、まるで人が変わったみたい」

「私と会ってから、三和君が……?」

「それからね、思い出し笑いをすることが増えたんだよ。一人で部屋の中にいると笑い声が聞こえてきて、何かなって思って覗き込んだら美鈴さんの配信画面開いているの。ちょっと気持ち悪いかなって思ったりもするけど、お兄ちゃんがご機嫌ならいいかなって」

 褒められているのかわからない微妙なライン。

 三和のそういった姿を想像すると、ちょっと可笑しい。

「私が三和君を変えた部分ってあるのかな……」

 三和はいつも飄々としていて、表情を崩さない。

 美鈴から見た三和は、出会った時から変わっていないように思える。

「大ありですよぉ! うちの食卓でも美鈴さんの話題尽きなくて。お兄ちゃんも『あいつは頑張り屋のいい奴だ』って。お兄ちゃんが手放しに人を褒めることってあまりないんですよ」

 洗依は立て板に水とばかりに三和の話をしてくる。

 その勢いに圧倒されつつも、三和が自分のことをどう話しているのか気になって聞いてしまう。

「アイドルと付き合うことで、何か言ってなかったかな」

「お兄ちゃんそういうのは気にしないみたい。それにお兄ちゃんええかっこしいだから」

「ええかっこしい?」

「うん。かっこつけで澄まし顔。口では面倒くせーとか言いながら、人に頼られたりするのが好きなんだ」

「うん……そうだね」

 さすがに家族だ。三和のことをよく知っている。

「昔からそう。簡単なことよりも難しいことをやりがたるんだ。ゲーマーの性分って奴かな。不思議だよね」

「そう……不思議だね」

 美鈴は自分はなんて面倒くさい女なのだろうと思う。

 三和にとって自分は重荷ではないかと三和が倒れてから思い続けていた。

「だからね、私美鈴さんみたいな人が彼女になってよかったなって思うの」

「え?」

「カッコつける時のお兄ちゃんは無敵なの。普段は目つきが悪いだけの兄貴だけどさ。やせ我慢するときのお兄ちゃんはどれだけだって頑張れるの」

「私は……」

「だからこれからもお兄ちゃんをよろしくお願いします」

「私は……助けられているのは私の方なのに……」

「お兄ちゃんは月みたいな人なの。一人じゃ輝けないけど、照らしてくれる太陽があれば、誰かのために頑張れる人なんだ。美鈴さんみたいな太陽の人が彼女だったら素敵なの」

(私が太陽で、三和君が月……?)

 美鈴が三和の存在を日陰だと心を涼ませていたように、自分の存在は三和の心を温めることができていただろうか。少しでも照らすことができただろうか。

「ええっと、よろしいですか」

 洗依と話し込んでいると、スーツ姿の二人組がやってきた。

「私たちこういうものです」

 差し出されたのは警察手帳だった。

「ちょっとお話いいですか」

 

 

 

 

 事件は夕方にはニュースとなった。

 事件の場所はRAGE会場の外であったこと、また動機もRAGEに関係なかったため、単にアイドルファンの凶行という見出しになっていた。

 被害者が未成年ということで報道規制があった。今の所は三和の存在は広まっていないが、それも時間の問題だった。

「どうしたものかねぇ~」

 所長は、対処に苦慮している様子だ。

(はやいところ事務所側の対応を決めないといけないところだけど、当人たちの答えを知るまでは動けないわね……)

 美鈴は三和との交際関係をどうするだろう。

 凶刃に襲われた三和は怖気づくだろうか。

(年頃のアイドルの売りは、発展途上の純粋さと無垢。恋人がいるってことは間違いなくマイナスイメージ。美鈴ちゃんは可愛さと綺麗さ、そして真面目なひたむきさが売りだからなおさら)

 だけど、三和は意志の強い少年だった。

 そして美鈴も本気で三和を好いている様子だった。

 簡単に意志を曲げる様には思えなかった。

(でもこれも仕事……)

 後手に回るのは避けたい。

 麻酔で眠りについている三和はともかく、美鈴の意志だけでも確かめておかないといけない。

 

 

 

 

『別れる気はある?』

 須賀に問われても、美鈴は答えを出せなかった。

 ずっと迷っていた。

 アイドルとしてのキャリアもある。

 だがそれよりも美鈴の中で大きなウェイトを占めるのは、三和とこれからも一緒に居たいという願いと、これ以上三和が傷つく姿を見たくないという相反する想いだった。

『半々ってところかしら』

 沈黙する美鈴に、須賀がつぶやいた。

『三和君はどれぐらいで目覚めそう?』

「今は麻酔が効いていて……でも明日か今日には目覚めるだろうって」

『そう。時間が無いわ。酷なことだけれど、早く決めなさい』

 やはり自分で決めないといけないことなのだ。

 

 

 

 

 

 三和は夢にうなされていた。

 細部は思い出せない。でも美鈴がどこか遠くへと行ってしまう夢だ。

 ためらいがちに振り返りながらも、美鈴は着実に、三和から遠い位置に歩を進めてしまう。

 そんな幻視。

 

 

 

「……ぅ」

「あ、起きた? お母さん、起きたよ」

「……美鈴は、無事か?」

 半死半生の息子の第一声に、歩は呆れと誇らしさが半々といった様子で苦笑した。

「無事よ。傷一つなし」

「そうか。……それならよかった」

 喉がかすれていた。水分が足りていなかった。

「美鈴ちゃんはちょうど席を外しているところよ」

「ここまでついてきたのか?」

「うん。……ただね。ちょっと疲れているみたい」

 無理もないだろう。実際に刃物で襲われたのだ。

 パタパタと足音が聞こえてきた。戸を開いた人物は、ベッドで起き上がった三和を見て驚いた顔をする。

「三和君」

「よ」

 なんでもないように手を上げて三和は言った。

 美鈴は涙に潤ませながら微笑んだ。

「痛くない?」

「ああ。麻酔が効いているのかな」

「あの、御母さん」

 美鈴は歩に声をかけた。

「はい」

 あらかじめ打ち合わせていたのだろうか。

 歩と洗依は揃って部屋を立ち去ろうとした。

 歩は何かを悟った表情で、洗依は不安そうな表情をしていた。

 三和は美鈴の言葉を待った。2人の前では話せない2人だけの話があることは想像がついた。

「別れようと思うの」

 毅然とした表情でむけられる言葉に、三和は三白眼を細めた。

「理由は?」

「……危険だから。今回は無事ですんだけど、私の事情に三和君を巻き込めないと思ったの」

「それが本音か?」

「うん」

「なら別れない」

 三和はきっぱりと答えた。

「俺が美鈴の夢に邪魔だというのなら話が別だ。だけれど、それが理由なら別れられない」

「……怖くないの? 痛かったでしょ?」

「痛かった。けど……怖くはなかった。怖いのは……」

 さきほど夢に見た、遠ざかる美鈴の姿が脳裏に浮かぶ。

 三和は言いかけたセリフを、胸に止めておいた。

 しばし沈黙が挟まれる。どちらも言葉を持て余した。

「三和君にとって、私って何なのかな……」

 ポツリと美鈴は漏らした。

「私、三和君と一緒だと嬉しい。心が暖かくなる。今日一日頑張るぞって気になれる。でも三和君にとって私は……何なのかな」

「………美鈴だよ」

「え?」

「永瀬美鈴。それ以上でもそれ以下でもない。美鈴がアイドルを辞めるというのなら止めないし、続けるというのなら今と変わらず応援する」

「……アイドルを辞めるって言っても、応援してくれる……?」

「ああ」

「続けて、一生売れないアイドルになっても、応援してくれる?」

「ああ。でも美鈴が頑張れば、そんなことはないと思っている」

「私……」

 美鈴はかすれた声で言った。

「欲張っても、いいかな。三和君と夢。両方追いかけてもいいかな」

「ああ」

 三和はうなずいた。

「俺は全力で美鈴を応援する」

 

 

 

 

 そして7年後。

 

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