Tic Tac シャドウバース   作:fet_light

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20.影の詩

「あれ? お姉ちゃん今日はお仕事じゃないの?」

 妹の桔音に話しかけられて、美鈴は首を振った。

「ううん。今日は高校の同窓会なの。そういう桔音は部活?」

「そ」

 今日は日曜日だが、桔音は制服に身を包んでいた。

 唐突に美鈴は桔音に抱き着いた。

「桔音、大きくなったね~」

「なぁに? お姉ちゃん」

「うん。あれから7年も経ったんだなって」

 7年前は小学生だった桔音も、今では高校二年生。

 ちょうどあのころの美鈴と同じ年だ。

「お姉ちゃん、今日は綺麗だね」

「そう?」

「うん。やっぱり先生が来るから?」

「そうかもね。お互いに忙しくって最近会えてなかったから」

「そうだね。先生によろしくね」

 

 

 

 

 

 

「よぉ! 三和! ひっさしぶりだなぁ!」

「哲夫か? お前もスーツが似合うようになったな」

「はは、天才塾講師様にはかなわねぇよ!」

「やぁ三和」

 哲夫も安原もスーツ姿に身を包んでいた。高校二年生のころから比べると哲夫はさらに体格がよくなり、顎髭を生やし精悍な顔つきだ。

 安原は整髪剤で髪を固めて眼鏡をかけ、印象が洗練されていた。

「剛は?」

「別の飲み会でこられないって。剛がyoutuberになるって聞いた時はやめておけって思ったけど、世の中何が当たるかわからないものだね」

「でも俺たちの出世頭はやっぱ三和だよな。この前のテレビ番組見たぞ。森先生が出る奴」

「ああ……あれな」

 今の三和の身分は大手進学塾の塾講師。さらに若い世代のカリスマ講師として、クイズ番組にも出演するほどの身分だった。

「早押し問題のアレ、本当にあれだけでわかったのか? 台本渡されていたんじゃないのか?」

「馬鹿。こっちはクイズ本を何本も読み漁っているんだよ。予習復習の玉ものだよ」

「学生やめても勉強か。先生はちげぇなぁ」

「絡み酒の癖は相変わらずだな」

 懐かしさに苦笑を浮かべて、三和は席についた。

「三和く~ん!」

 と、鼻にかかったような甘い声がかけられる。振り返ると、見たことあるような、ないような顔があった。

「ねぇ、サインお願いしてもいい?」

「ああ。……えーと悪い。苗字は今なんだ?」

「やだー! まだ結婚してないわよー! 井上に園田よー!」

「ああ。それじゃ」

 手慣れた様子で三和はサインをした。

「三和、あいつらの苗字覚えていたのか?」

「いや。聞いてようやく思い出したよ」

「おーい三和! こっちのテーブルに来てくれないかー!」

 別のテーブルからもお呼びがかかる。

「モテモテだね、三和」

「……行ってくる」

 愉快気に笑う安原に告げて三和は席を立った。

「久しぶりだな、杉原」

「やぁやぁ悪いね。君の活躍はテレビで知っているよ」

 ハキハキとした物言いの青年は、クラスの委員長的立場だった杉原だ。さほど言葉をかわした記憶はないが、これも有名税というものだろう。

 互いの近況を話し合う。杉原も杉原で、海外の支社をとびまわっているという武勇伝も聞けた。

「いやぁ、君たち2人が来てくれてよかったよ。なにしろ君たち2人が主賓だからね」

「ああ」

「おっと話題にしていたらもう1人が来たようだ」

 入り口で歓声が上がる。

 おそらく三和など前座にすぎない。

 本当の主賓は彼女だ。

「美鈴~! 久しぶり~!」

 多くの級友たちに迎えられているのは、もちろん美鈴だ。

 ドラマやバラエティにひっぱりだこ……とまでは言えないが、いまやテレビで見ない日の方が少ないぐらいのタレントだ。

「彼女のもとにいかなくていいのかい?」

 杉原が気を利かせた様子で確認した。

 三和は首を振る。

「いや2人で会える機会はまたある。譲るよ」

「余裕だね。うまくいっているのかい?」

「もちろん」

 三和の方はその気がなくとも、美鈴はその気があったようだ。

 適当に相手を切り上げると、三和のそばまでやってくる。

「三和先生、お疲れ様!」

「だからやめろよその言い方」

「なんだ、夫婦漫才なら間に合っているぞ!」

 ガヤの冷やかしを浴びながら、三和の隣に座ろうとする。

 それをやんわりと手で制し、三和は杉原に言った。

「杉原。2人で他のテーブルをまわってくるよ」

「ああ。楽しんできてくれ」

 杉原は爽やかに返してきた。

 三和は美鈴と共に各テーブルをまわった。あるテーブルでは歓待され、あるテーブルでは二人の仲を冷やかされた。

「大物カップルだな」

 2人の姿を遠目に見て、哲夫が白い歯を見せて笑った。

「うん。2人とも有名だもん」

「三和も驚いたけど、永瀬もよく持ち直したものだな」

 7年でここまで来た2人だが、順風満帆とはいかなかった。

 まず美鈴。

 若さを売りにした高校生アイドルにもかかわらず、彼氏持ちというのはやはり致命的であった。

 人気は一時期大幅に低迷し、公演でもセンターから外された。美鈴を目当てに足しげく通っていたファンたちの大半も離れていった。

 しかし美鈴は腐ることなく芸能活動を続けた。

 それが返り咲いたのは、大学生以降だ。

 空いた時間を、美鈴は三和と同じ大学に行くための勉強の時間に費やした。2人で勉強して難関大学を合格。

 一方で演技も学び、女優としてオーディションを受け知名度を少しずつ上げていった。

 今では歌も演技もでき、そしてインテリ女優としての立場もある多彩なタレントとして活躍していた。彼女の旬はむしろこれからと言えるだろう。

 一方、三和は大学で教員免許を取得。

 一度は公立高校の教師になるが、すぐに事件は起きる。

 同僚の教師が生徒たちを扇動し、クラスぐるみで生徒をいじめていたのだ。

 三和はそれを教育委員会に告発し、その教師は処分に合う。

 だが若い三和には貫禄が足りなかった。教師ぐるみで陰湿ないじめを行っていた体罰校として学校の名誉は著しく削られ、同僚や校長たちの不満の矛先は告発者の三和にむかった。

 居づらさを感じた三和は、同期から誘いを受けていた進学塾講師に転身。

 そこで若いながらも斬新な教え方をする先生としてメディアからの注目を浴びる。

 同じ塾出身の講師芸能人に連れられる形でクイズ番組に出演したのを皮切りに、主にクイズ系の番組に呼ばれることが増えていった。もちろん、その裏には美鈴が知名度を上げていったのもあるだろう。2人セットのオファーも度々ある。

 7年前、交際していることをオープンにしてからの2人のおおまかな軌跡はそのようなものだった。

「でも三和が教師になるって聞いた時は驚いたなぁ。あれ何がきっかけなんだ?」

 挨拶周りが終わると美鈴と別れ、三和は結局安原と哲夫の元へと席を落ち着けた。慣れ親しんだ人間のそばが居心地よかった。

「ああ……化学の樫崎先生覚えているか?」

「かっしーだろ? 強烈な先生だしもちろん覚えているよ」

「その樫崎先生が死んだの知っているか?」

「え……いや初耳。いつの話?」

 樫崎の死には安原も哲夫も驚いた。

 三和たちが高校に通っていた時点で樫崎はまだ30に届くかどうかといったところだ。死ぬには若すぎる。

「俺たちが大学生だったころだよ」

「原因は何で? 事故?」

「病気。心臓に持病抱えていたんだってさ」

 実家で発作を起こし、家族に看取られながら、救急車の中で息を引き取ったらしい。

 元化学部員だった三和はそのことを知らされた。

「かっしー、いい先生だったものな」

「ああ。……でもろくな挨拶しないまま卒業しちゃったし、心臓に持病を抱えていたなんて知らなかったし。なんか急に申し訳なくなってな。きっかけといえばそれかな。結局、いづらくなって塾の講師におさまってしまったけど」

「三和は生真面目だからね。塾ぐらいラフな方が生きやすいと思うよ」

「教師だったら今みたいに気軽にテレビに映れないだろ。結果的によかったんじゃないか」

「まぁな」

 三和の内に後悔はない。それに思い返すと、自分には教師という聖職は合わないと思った。

 聖職者に一番求められるのは、清廉な誠実さでも、悪を憎む正義感でもない。

 他者を許せる慈悲の心だ。

 不器用で自分を騙せない性格の三和の場合、適職とはいいがたかった。

「そういや、お前たちも同棲を始めたんだろ。そっちはどうなったんだ?」

 話が三和の近況に傾いていたので、三和は安原にさじをむけてみた。

 安原は1年後輩の戸尾楓子と婚約し、同棲を始めたという話だ。

「ああ。あっちがまだ大学生だから結婚は卒業してからってことになった。家の方のごたごたも片付いていないしね」

 楓子の実家は戸尾流という華道の名家らしい。庶子の出の安原との交際に母親が猛反対し、安原と楓子の間には美鈴や三和でもお呼びがつかないような大恋愛があったらしい。

 それでも何とか家族を説き伏せて、婚約まで至ったそうだ。

「籍はどうするんだ? 婿養子になるのか?」

「それもお義父さんと検討中。戸尾家の子どもは楓子だけじゃないからね。別に婿養子にならなくてもいいという話だけれど、どうなるかはわかんないや」

「なになに? 楓子ちゃんの話?」

「お、三和嫁」

 現れたのは美鈴だった。

 23歳。

 ただでさえ大人びていたのに、この7年でより女性として成熟していた。特別露出が多い服でもないのに、白い素肌が眩しい。

「楓子ちゃんの話なら私も聞きたいな。混ぜてよ」

「かまわないよ」

 安原が語って聞かせた。

 

 

 

「ふぅーいっぱい飲んだぁ」

 三和と美鈴は二次会には参加せず、早めに抜けた。

 三和は明日の講義が、美鈴は撮影があった。

「ごめんねぇ三和君。いっぱいのんじゃって」

「ああ。今日ぐらいはハメをはずしてもかまわないさ」

 美鈴は酒が弱い。ただでさえ甘いガードが、お酒を飲むとさらに甘くなる。

 それで三和は普段は美鈴に禁酒令を出しているのだが、今日は三和がいるので美鈴は深酒をした。いい感じにふやけている。

「もう7年経ったんだねぇ、あれから」

「ああ。桔音がちょうどあのころの俺たちと同じ年だな」

「いっぱいあったねぇ」

 7年の歳月は一言ですませられるような簡単なものではない。

 苦しい時、不安な時はいっぱいあった。

 でも過ぎた歳月は、こうして移ろいゆく時の中で振り返る事しかできない。

「ふわぁ。眠くなっちゃった」

 恥じらいもなく大あくびをし、美鈴は呆ける。

「寝てもいいぞ。おぶっていくから」

「でも……いいよぉ」

 美鈴は一瞬否定するも、タクシーの到着を待つ間に眠気の方が勝ったようだ。

「ごめん三和君……やっぱり眠い……」

 そういって、丸くなる。

 小奇麗な顔が、とろけきった顔をしていた。

(まったく……他人には見せられないぞ)

 嘆息しつつ、三和は宣言通り美鈴をおぶさった。

(今日も渡せなかったなぁ。指輪)

 頃合いとしてはいいはずだ。

 7年待った。

 世間の美鈴への評判も、一途に一人の男性を愛した女性として固まりつつある。

 今更、やっかみを心配するほどでもない。

 しかし日々の忙しさの中で、中々渡すタイミングというものがなかった。

(やっぱりしっかり2人の時間をとらないとな)

 気恥ずかしいが、今度美鈴をデートに誘おう。いや桔音やマドカといった永瀬家の面々を誘ってもいい。もはや両家公認の仲だ。

「美鈴。今度渡したいものがあるんだ」

 意識が朦朧としているのをいいことに、三和は思い切って言った。

「たぶん気に入ってくれると思う」

「んー……いいよぉ。そんなものなくっても」

「ん……そんなこと言わずに、受け取ってくれ」

「うふぅん……三和君、好きぃ」

 いよいよ恥も外聞もなくなってきた。

「これからずっとずっと……一緒にいようね」

「……ああ」

 見上げれば月天。

 ネオンの明りに負けないように、蒼い光芒を放っている。

 その明りは、太陽からの反射光らしい。

「これからも……ずっとだ」

 月の明りに照らされながら、三和は誓う。

 永遠の誓いを。

 




これにて完結です。
三和と美鈴はまだ20代。
彼らの人生はまだこれからも続いていくのですが、お話としては終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました。

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