破竹の勢いで連勝を重ねていた美鈴だったが、AAランクに突入した辺りから徐々に勢いを減らしていた。
AAランクは最高位のマスター一歩前のランク。
場合によってはマスターランクの相手ともマッチングするランクで、相手のデッキもほとんどが環境トップランクを揃えていた。
プレイングの面では三和の教えもあってミスらしいミスを起こすことはなくなっていた。
ただし、どうしても手札が揃わない場合や相手がうまくかみあった場合などどうしようもない試合が増えていた。
(うーん、なんか気分転換が欲しいな……)
明日三和君に相談しよう。
美鈴は思い立った。
「新しいデッキを作ってみたい?」
「そう。だいぶエーテルも溜まったしさ。それと投げ銭の分をシャドウバースに使おうかなって」
「ふーん。結構もらえるのか? 投げ銭って」
「えへへ。お小遣い程度だけどね」
指でわっかをつくり微笑む。お金に苦労している分、お金の話題には自然と頬がほころんでしまう。
「で、三和君にどんなデッキがいいか聞いてみようと思って」
「そうだなぁ。まず今環境、最強はロイヤルだ」
「最強? 1強な訳?」
「もちろんどんなデッキにも勝てるわけじゃない。ただとにかく安定している。エンハンスやアクセラレート持ちが多いから事故ることがほとんどないし、デッキに入るカード全てが強い。リオードの進化時能力の潜伏の使い方次第でプレイングにも差がでる」
「ふーん。他には?」
「あとは永瀬も使っているネクロ。ただ対策が進んできて、環境当初よりはパワーが落ちてきたかな。永瀬がシャドウバースを始めたのって鋼鉄の反逆者っていう新しいカードパックが発売されたばかりで、新デッキが次々と生まれる混沌とした時期だったんだ。その時にセレスっていうのは今までなかったカードでネクロの立場を押し上げることになったんだけど、今では対策も進んできている。聖獅子ビショップの『アサルトプリースト』とかな」
《アサルトプリースト》
コスト5 攻撃力4 体力4
守護
[ファンファーレ]カードを一枚引く。
[進化後]
(守護がなくなる)
[進化時] 攻撃済み状態の相手のフォロワー一体を破壊する。
「聖獅子ビショップはここ最近になって立場を上げてきたんだ。今強力なラストワード持ちが多いから消滅させる『漆黒の法典』が強いし、『アサルトプリースト』はヴィーラやセレスの対策になる。横並び対策の『安息の狂信者』もあってケアできる範囲が広いデッキなんだ」
「神殿を置いて聖獅子の結晶を連打するだけじゃないんだね」
「そうだな。あとは……蝙蝠ヴァンプあたりもかなり強い部類だ」
「蝙蝠はダメ。自傷っていうのが放送的にまずいから使わないことにしているの」
「そ、そうか……。あとはドラゴンだな。サタンドラゴンから純粋なランプドラゴン、あるいはフォルテを採用したフェイスドラゴンとかもでてきた。今のミッドロイヤルにも結構戦えるけど、一方で苦手なデックがいくつかあるな」
「ウィッチとネメシスは?」
「ウィッチは軸が色々あるけどスペルブーストが強いかな。ただプレイングが独特で、スペブ管理とか結構大変だぞ?」
「そうなのよね……。いざ作っても使いこなせなかったらもったいなって思って手が出ないの」
「ネメシスは実はあまり触ってないし見ないからよくわからないんだよな……マッチしても大体勝っているし、そんなに強い印象はない」
「うーん……あ、そうだ、エルフは?」
「前も話したけどいろんなデッキタイプがあって模索のしがいがあるな。アグロからミッドレンジ、コントロールまで色々ある」
「うーん……どれもやりたくなっちゃうなぁ」
「気持ちはわかるが時間はないからな。エーテルも限られているのならなおさら、絞っていった方がいいと思う」
「うーん……」
美鈴は意味もなくカードをタップする。
と一枚のカードが気になった。
「あれ、この娘、こんな能力あったんだ」
「なんだ? ああ、『スカイセイバー・リーシャ』か」
《スカイセイバー・リーシャ》
コスト5 攻撃力3 体力3
自分のターン中、自分の場に兵士・フォロワーが出たとき、進化する。
[進化後]
[攻撃時]自分の場に黄昏の刃・ナノがいないなら、黄昏の刃・ナノ1体を出す。
[攻撃時]このターンが自分の10ターン目かそれ以降なら、トワイライトソード1枚を手札に加える。
「この10ターン目以降ならトワイライトソードを手札に加えるって奴? そんなのあったんだなって」
「そうだな。アーカスネクロなら基本的に10ターン以内に終わらせるし盤面にフォロワー置かないから、あまり見る機会ないものな」
三和は端末を操作して、動画をひっぱってきた。
まさに10ターン目に『スカイセイバー・リーシャ』がプレイされた動画だ。
《黄昏は、闇を照らす勇気の光!》
《任せて、リーシャ!》
《トワイライトソード!》
『トワイライトソード』の効果は全ての相手フォロワーと相手リーダーに5点ダメージを与えるという超強力な効果だ。何よりも目を引くのは演出の豪華さ。『スカイセイバー・リーシャ』と『黄昏の刃・ナノ』が輪唱しながら技名を叫ぶという物だ。
「なにこれっ⁉ 必殺連携技⁉ この子普通に強いし完璧に女の子主人公じゃん!」
「そうだな、元ネタの神撃のバハムートでも人気キャラらしいし優遇されているな……。おれもそいつさえ存在しなかったら今頃機械ヴァンプを握っていたかもしれないんだが……」
「え?」
「なんでもない。まあ今のミッドレンジロイヤルの立場があるのはそいつのおかげでもあるのは間違いないと思う」
「決めた! 私この子使う!」
「うん。さっきも言ったがミッドレンジロイヤルは最強クラスに安定している。いい選択だと思うぞ」
「うん。じゃあこのデッキ組む……として……」
「どうした?」
トーンを落とした美鈴の反応に、三和が首を傾げる。
「ろくまんはっせんえーてる?」
「ああ。入っているのはほとんどゴールド以上のカードだからな。ネクロも同じぐらいしたけどかなり高い方だな」
「た、高い……エーテル足りない………」
「あー………。どうする? 聖獅子とかならもうちょっと安く済むけど」
「うー……ママに聞いてみる……」
美鈴は母親のマドカにアプリで連絡を送った。
今はパートの最中だと思うが、返事はすぐに帰ってきた。
『どうしたの?』
『シャドウバースのデッキを作りたいんだけど、課金しないと手が出ないの。ダメかな?』
『お願い!』というスタンプを押して懇願する。
『それって今度の番組のために必要なものなんでしょ? ならいいわよ』
『OK』というスタンプが帰ってきた。
お礼の意味も込めてハートの散りばめられたスタンプを押して返す。
「OKでた。というわけで魔法のカードの出番!」
シュッとクレジットカードを取り出す。
それをぼんやりと眺めていた三和が不意に問いかけてきた。
「永瀬の母親ってどんな母親なんだ?」
「え?」
「いや、アイドル業に理解があるのはわかるけどどんな人なのかなって」
「うーん……」
マドカは昔不動産関係の会社で働いたところ、社内恋愛で美鈴の父親と結婚、美鈴を身ごもると同時に退社した。
しばらくは主婦業に専念していたが、美鈴がアイドルに興味を示し、それに出費がかかることを知るとパートで働くなるようになった。
美鈴の夢を後押ししてくれる最高のパートナーだ。
「しっかりしているし、とにかく笑顔を絶やさない人かな。私が無理なお願いしても笑って許してくれるの。だから申し訳ないって言うか」
「ふーん。永瀬をそのまんま母親にした感じかな」
「そ、そうかな?」
マドカは美鈴の一つの憧れだった。もし自分が子どもをもったら、マドカのように子どもを応援できる母親になりたい。
その母親と似ていると言われるのは少しうれしかった。
「永瀬は懐が広いからな。葛木のような奴にも、俺みたいなゲーマーにも気安く接してくれるし。ガードが甘いところが逆に不安なんだけど」
「ガードが甘い?」
「そうだな……思わせぶりな笑顔が多いから、勘違いする生徒って結構多いぞ」
「ふーん……三和君も?」
ちょっと悪戯心を出して尋ねてみる。三和の顔が一瞬紅潮した。
「馬鹿。こっちはタダ働きで働いているのにからかうな」
「はーい。ごめんなさい」
微塵も反省していない態度で美鈴は顔をほころばせた。
週末の休日。
三和は妹の洗衣(みより)と一緒にモール街に足を運んでいた。
「中学になっても兄と一緒に服を買いに行くのって恥ずかしくないのか?」
「そうは言っても荷物持ちが必要でしょ? それにこんなかわいい妹と一緒に買い物できて不服なわけ?」
「もうちょっと可愛げっていうものを勉強してこい」
「ひどーい!」
頬を膨らませている洗衣だが、あまり三和とは似ていない。システムエンジニアをしている父に似た三和に対して、洗衣はライターをしている母に似ていた。どちらかというと線が細く身長が高めの三和に対して、洗衣は丸っこい顔をしていて身長も低くいまだに小学生に間違われる。幸いにも三白眼は遺伝せず、くりっとした丸い目を持っていた。
この辺りでは一番大きなショッピングモール。
週末であることも手伝って人でごったがえしており、賑わっていた。
「彼氏さんとデートですか?」
似ていないせいか、店員にもカップルと間違われる始末だ。
異口同音に「兄妹です」と発して店員を戸惑わせた。
何店かテナントを回り、三和の服もあわせて両手に4つの紙袋を抱えた状態となった。
「悠平にぃ、付き合ってくれたお礼にアイス奢ってあげる」
「お前が食べたいんだろ?」
「それじゃ悠平にぃはいらない?」
「もらう」
「もう。感謝の言葉は素直に言わないと。そんなんじゃ絶対彼女できないよ」
妹にまで苦言を言われる始末だ。その言葉はグサリと三和の胸に突き刺さる。
(彼女ねぇ……)
どうも自分がそういうものをつくるのは実感が湧かない。
美鈴とはかなり近しい関係にあるので、全く意識しないわけではないが、彼女にとって眼中にはないと思うし、誰にも優しい美鈴だからあの態度だと思っている。
「じゃ、悠平にぃはあそこのベンチで待ってて」
「あ? ああ」
洗衣が示したのは、ショッピングモールの中央に存在する広場だった。
ベンチが複数置かれ、ステージでは高校生ぐらいの少女たちがシックな黒の衣装で踊っている。
(ってあれ……永瀬じゃん)
ステージ上で踊っている少女たちの中央にいるのは、美鈴だった。視線に気づいたのか、目が合う。
声をかけるわけにもいかないので片手を上げて挨拶を返すと、美鈴は微笑みで返してきた。人前ではこういった二人だけのサインが二人の挨拶になっていた。
と。
「お待たせ! 何を見ているの?」
洗衣が二人分のアイスを片手に近寄ってきた。そして立ち尽くしたまま三和の手を取る。
「!?」
美鈴が、振り付けを間違えて一瞬ステージ上で硬直した。
すぐにはっとしまわりのメンバーに合わせるものの、いつもの溌剌とした表情ではなくどこか焦った表情だった。
幸いにも曲は終盤に差し掛かっており、曲の終わりとともに美鈴はステージを降りた。
「あの人ふりつけミスってたね。悠平にぃが見ていたのもあの人?」
「ああ……高校のクラスメイトなんだ」
「へぇ、すごい美人さんじゃん! しかもあの人センターだよね? あー、でも踊り間違えるなんて惜しいなぁ」
「いや……普段ならそんなミスはしないと思うんだけれど……」
そうこうしている内に、パタパタと足音を立てて美鈴が駆け寄ってきた。
「よ、よぉ永瀬」
人目を気にしつつ、三和はたまたま出会った同級生のふりをする。
一方、美鈴の方もいつも以上に完璧なアイドルの顔で微笑みを浮かべ、上品にたずねてきた。
「御機嫌よう、三和君。その娘は彼女さん? ずいぶん可愛らしい子だけど」
「いや妹だけど」
「妹でーす」
背伸びして三和の背丈まで身長を届かせて洗衣が言う。
一瞬、美鈴の目が点になった。
「え? 妹?」
「ああ。似てないけどな。くれぐれもロリコンとか事実無根な噂を広めるんじゃないぞ」
「血統書つきの妹です! ちなみに彼氏にしたい男性は兄貴と違って目元の優しい男の人です!」
「あ、あらそうなの。あははは、私慌てちゃって……」
「慌てちゃって?」
反応したのは洗衣の方だった。
「そ、そう! びっくりしちゃって……あははは、次の出番あるからこれで失礼するね!」
バビューン! と効果音を置き去りにしそうな猛ダッシュで美鈴は舞台袖へと消えていく。
「なんだあいつ……?」
三和が呆けた顔をする。
一方、洗衣はガッツポーズをとった。
「悠平にぃ! あの反応は脈ありだよ!」
「は? んなわけ……」
「いやいやたしかに奥が一、万が一、月にスッポン、猫に小判だけれど、少しは異性として意識している反応だよあれは! 私にはわかる!」
「なんで?」
「同じ女の子だから!」
無い胸を張る妹に、三和は一瞬無表情で眼鏡の位置を直すとデコピンを放った。
「あいたっ! な、なにするの⁉」
「お前こそ身の程を知れ。永瀬と自分を同類扱いするな」
「きしゃー! それが可愛い妹にする仕打ち⁉」
朴念仁! 唐変木! と罵声を浴びせかける妹を置き去りに、三和は一人歩きだす。
「ま、まってよ! これ女の勘! 悠平にぃには一生に一度のチャンスだよ!」
「嘆かわしいぞ妹よ。どんだけお前の中で俺の評価は低いんだ」
「ふぎゃ!」
洗衣の顔面を紙袋で軽く殴打して黙らせ、三和は歩を進めた。
(永瀬が俺に気がある?)
全く思い当たらないわけではない。葛木の一件以来、美鈴との距離が縮まった感覚を覚えることが増えていた。
だがやはり自分には高嶺の花だという固定観念がどうしてもぬぐえない。
もう一つは、仮に美鈴に意識されていたとして、彼女がアイドル稼業を目指す以上、自分の存在は足かせに過ぎないという懸念だった。
カードゲームにおける駆け引きは得意な三和でも、こと恋愛に関してはどの手が最善手か皆目見当がつかなかった。
一方、舞台袖に戻った美鈴は頬を紅潮させていた。
(は、恥ずかしい……!)
自分の反応は、『いかにも』そういう反応だった。
正直なところ、美鈴の中では三和への淡い好意を抱く一方、その感情を持て余していた。
アイドルを目指すために彼氏は作らないと決めたことが一つ。
そして三和への好意が本当なものなのか、まだ決めかねていることだった。
誰かに恋愛感情を持つのは美鈴に初めてのことだった。それでも確信できた。『これが恋する』ことなのだと。
それほどの自覚がありながらも、その思慕が一時の感情に支配されたものだという予感がぬぐえない。
それに、あまりにも自然体の三和を見ていると、自分など眼中にないのではないかと自信を失うことがある。
この一方的な想いは、三和にとって重荷にしかならないのではないか。
だから今まで通りの関係で満足していた。二人で秘密のトレーニングをし、アイコンタクトで通じ合うコミュニケーションに美鈴は絵も言えない幸福感を抱いていたのだ。
だけど、今日、自分と違う女の子と一緒にいる三和を見てはっきりと自覚した。
嫉妬心。自分の中に眠る仄暗い劣情。
三和が誰か違う女の子と歩いていることを想像するだけで、心の内にもやもやとしたものが広がる。
(どうしよう……)
恋愛禁止のアイドルという立場、はっきりしない三和の自分への印象。
美鈴が苦しんでいるのは二律違反という矛盾だった。
と。
「理江~! あんた珍しくふりつけミスったけどどっかしたの?」
アイドル仲間の長谷部真奈美が声をかけてきた。
168センチという高身長にスレンダーな体格。黒髪のボブカット。
耳のイヤリングと胸のはっきりとしたふくらみが無ければ男性と間違われかねない中性的な容貌だ。
「わっ、あんた顔赤いよ。熱でもあるの?」
真奈美が心配そうな顔でおでこに手を当ててきた。
真奈美と美鈴の学年は同じだが、見かけ通りの姉御肌で真奈美は面倒見もいい。
「ねぇ……真奈美……ちょっと相談したいことがあるんだけど、後でいいかな?」
「うん? こみあったこと?」
さすがの真奈美も、突然の美鈴の言葉に驚いた顔をする。
美鈴がこくんと小さくうなずく。
「そ。まああたしでできることなら相談にのるよ」
と気風のいい顔で言ってきた。
「ふーん……この子に美鈴が……」
真奈美には、三和と撮った写真を見せていた。
「こういっちゃあれだけど……目つき悪いね」
「わ、笑うとすごい優しい顔をするんだよ」
「わかったからのろけないでよ。……ふぅん……ねぇ」
「なに?」
「あんたって恋したことってこれが初めてなの?」
「え? うん……」
「小さいころに親戚のお兄ちゃんとか好きにならなかった? あるいは同級生の仲のいい子とか」
「うーん……ないかな。私、テレビに夢中だったから」
思慕を抱くとすれば、華やかなステージの上で歌って踊るアイドルだった。それも同性の。
「ふぅん……だから免疫が無いのか……」
「その……真奈美は誰かを好きになったことってあるの?」
「そりゃあるよ。最初は従妹のお兄ちゃんで、小学生の時は体育の先生だったかな」
「ええ!? そ、そうなんだ……。普通、そういうものなのかな?」
「そ。まあ最初は恋に恋するとかそんな段階から入っていって耐性つけるものなんじゃないかな」
「真奈美は今……好きな人いるの?」
「秘密」
ニカッと白い歯を見せて真奈美が言った。
「ふーん。まあ悪い奴じゃないのなら、告白しちゃえばいいんじゃないの」
「こ、告白!? でも私鈴木さんに止められているし、それに三和君がどう返事を返すかわからないし」
「そんなこといったって、理江と一緒にいてちょっかいをかけてこないって絶対自分からは手を出そうとしない草食系男子だよ。相手のアプローチなんて待っていたら一生進展しないよ」
「う……確かに三和君はポーカーフェイス得意だけど……」
「なら理江からモーションかけるしかないよ、うん」
「でも恋愛禁止だし……」
「そうね、絶対にアイドルを目指すっていうのならやめた方がいいかもね。リベンジポルノとかされたら目も当てられないし」
「三和君はそういうことするタイプじゃないと思う……」
「わっかんないよ~。痴情がもつれると厄介らしいから。打ち上げの時の先輩とかマネージャーの昔話とか色々聞いたっしょ?」
「うん……」
華のあるアイドル業界の裏では、それらの話題は暇がない。美鈴も真奈美も散々脅されていた。
「ただね、本当にこの三和って奴が理江の言う通りの奴なら、表向き秘密にしてこっそり付き合っちゃえばいいんじゃない?」
「こっそりって……マネージャーの鈴木さんにも?」
「もちろん。あの人厳しいからね」
鈴木であれば、絶対認めないだろう。それは美鈴も共通理解を持っていた。
「ま、こればっかりはあんたが決めることだけどね。あくまでアイドル一本で女の子としての自分を捨てるか、それとも一人の女の子としての自分を捨てずに、好きな男の子を作っておくか」
「うん……そう……だね」
三和への感情がはっきりするまでは、恋愛禁止でもいいと思っていた。
しかし三和への思慕がはっきりするほどに、近くにいれないのに触れ合えないもどかしさ、そして誰かに三和をとられる不安を覚えるようになった。
そして通じ合った時の幸福感。
あれを美鈴の一方通行のものではなく、三和と共有できたなら……。
「ちょ、ちょっと理江?」
気づいたら、はらはらと美鈴は泣き出していた。
「ご、ごめん。色々考えたら訳わかんなくなっちゃって……」
「ま、まあまだ学年も始まったばかりだし慌てる必要は無いんじゃないの。美鈴ぐらいの器量だったらたいていの女の子でも取り返せるわよ」
「うん……」
果たしてそうだろうか?
三和は一本筋を通す男だ。恋人ができたなら、たやすく裏切ったりはできないだろう。
例え自分の本心がどうであろうと、自分を犠牲にする。三和はそんな男の子だと短い邂逅の中で美鈴は知っていた。
そんな三和だから美鈴も惹かれ、そして誰かにとられることを恐れているのだ。
真奈美とはそれから別の話題をして別れ、携帯端末に映った三和とのツーショット写真をじっと見つめていた。
昨日までならそれだけで頬が緩んでしまっていた。唇に触れた三和の頬の感触を思い出してしまっていた。
でも今は少しだけ悲しい。
「あ、ここにいたのか、理江ちゃん」
と、マネージャーの鈴木が顔を出してきた。
「今日ふりつけ間違ったんだって? どこかひねったりしたかい?」
「いえ、大丈夫です」
「……目が赤いけどどうかした?」
「これは……さっきあくびしちゃって」
「そうかい。まあ今日もお疲れ様。さ、送るから車に乗って」
鈴木にうながされる。
美鈴は携帯端末を手に取り、そっとカバンに入れた。
アイドル………『偶像』。
美鈴はその存在になることに憧れた。
誰からも好かれ、誰へも好意を振りまく光のような存在。
その道を選んだ自分が、決定的な一人を選ぼうとしている。
それは一種の裏切りだ。
事実が明るみに出れば、怒り狂う人はでてくる。
今は優しい言葉を投げかけてくれるファンの中にも、裏切られたとなじってくる人はいるだろう。
それはとても恐ろしいことだった。何より恐ろしいのが、その矛先が自分の家族や三和といった大切な人にむけられることだ。
それに、自分を犠牲にしてまで応援してくれる母親の存在。
(やっぱり私、皆を裏切れない)
三和と親しくなったのは、シャドウバースの企画がはじまりだった。
しかしそれまで接点のなかった三和に教えを乞うてまで、今回の企画を物にしようとしたのはなぜだったのか。
それはアイドルとして成功するためだった。
学園のアイドルとして他校にも知れ渡るほどの美鈴でも、その実、全国区ではインターネットの裏番組のエキストラやバックダンサーが精々。
今回のような単独企画は、またとないチャンスだった。
(三和君……私はあなたのことが好きです)
携帯端末を仕舞ったバッグをぎゅっと握り、美鈴は告白をする。
女の子としての自分への決別を。
(でも私は……私は私だけのものじゃないから……)
胸が張り裂けそうな痛みを覚えた。切なさという言葉になぜ『切』という言葉が使われているのか、ありありとわかった。
(だから虫のいい願いかもしれませんけど、どうか)
(今と変わらず、私の師匠として一緒の時を過ごしてください)
(あなたが私の存在を重荷と感じる、その時まで……)
シャドバ用語
・アクセラレート
カードの元コストよりも少ないコストで、スペルとしてカードをプレイできる能力。
PPがカードの元コストよりも少ない場合はアクセラレートが選択される。
・エンハンス
カードの元コストよりも多いコストでカードをプレイする代わりに追加の効果が発動する。
PPがエンハンスよりも多い場合はエンハンスが選択される。