Tick Tack シャドウバース   作:fet_light

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7.ラストワード

 ミッドレンジロイヤルを握ってから美鈴のペースは再び上がり出した。

 勝率自体もそうだが、アーカスネクロは元々10ターン目の『幽葬の少女・フェリ』の効果で試合を決めるロングゲームになりがちなデックだ。

 その点ミッドレンジロイヤルは早ければ8ターンほどで勝負が決まる。序盤に有利を築いたミッドレンジロイヤルを覆すのは難しく、相手から早々にリタイアされることも増えた。

 それにより回転数が増えたのも、ペースが上がった要因だった。

(このデッキ、本当に強い)

 『月の刃・リオード』の潜伏『白刃の剣舞』。

 進化権無しで盤面に干渉できる『スカイセイバー・リーシャ』。

 『簒奪の使徒』の4/5という能力値は、進化した『永遠の花嫁・セレス』や『狂恋の華鎧・ヴィーラ』を上からとれる上にカード自体強いという環境によくマッチしたものだった。

 強力なラストワード持ちが多い今、『簒奪の絶傑・オクトリス』は強力なメタカードだ。

(強い……けどならなんで三和君はこのデッキを使わないんだろう?)

 

 

 

「俺がロイヤル使わない理由?」

「うん」

「いや普通に使うけど……」

「でも大会には持ち込まないでしょ?」

「蝙蝠ヴァンプも同じぐらい強いと思っているし……。うーん」

 三和は腕組みしてしばしうなる。その光景が面白かったので美鈴はしばらく眺めていた。

「いや正直に言うとロイヤルを使おうとは思った。けど……」

「けど?」

「俺元々はファンデッカー気質なんだよ」

「ファンデッカー?」

「強い弱いをおいておいて、特定のカードをコンセプトにしたデッキを使う人たち。まあ俺はファンデッカーというより、誰も見つけたことのないようなデッキを模索することに時間を費やす方が正しいんだけど」

「ふーん。だから色んなデッキのこと知っているんだ」

「ああ。他のデッキを見て新しいコンセプトを学んだりできるからな。大会とかでるようになった今は強いデッキを使うけど、昔は強さそっちのけでコントロールヴァンパイアや土ウィッチをいじっていたりしたよ。だからかな、なんでか環境トップデッキを握る気にならないんだ。自分でも悪い癖だと思うけど」

「ふーん。強いからあえて使わないんだ。天邪鬼だね。でも……」

「でも?」

「三和君らしいかも」

「どうせへそ曲がりだよ」

 忍び笑いをもらしつつ言うと、三和は居心地が悪そうに眼鏡の位置を正した。

「それより時間はいいのか? 収録なんだろ? 今日」

「あ、うん。そうだね。それじゃあね、三和君」

 携帯端末をバッグにしまい、パタパタと足音を立てて美鈴が立ち去る。

 見送った三和は、さて自分も帰ろうとかと腰を上げたところで樫崎に呼び止められた。

「ああ三和。明日の実験で使う器具を運びこむから手伝ってくれ」

「わかりました」

 明日は珍しく化学部の活動がある。元々活動の少ない部活だったが、化学準備室を美鈴の練習場所に提供してからさらに活動の頻度は減っていた。

「そういえば新入部員は集まりましたか?」

 先日、新一年生のためのクラブ紹介があったばかりだ。

 三和も参加し、シャボン玉を使った実験をいくつか披露した。

「今の所3人だな。女子が1人に男子が2人だ」

「お、女子は貴重ですね。柏崎が喜ぶ」

 陣内高校の化学部は活動時間に比例して部員が少ない。というよりそんなに活動的でないから部員が少ないのが道理だが。

 今しがた名前の挙がった柏崎は三和と同じ2年生の女子生徒だが、日ごろから女子部員が少ないと嘆いていた。

 女子は三年生にあと2人いるが、年が違うので何かと気を使う上に使い走りのように扱われることが多いらしい。

「女子といえば……お前らいつから交際しているんだ?」

「……は? 誰と誰がですか?」

 一瞬本気で樫崎の言っていることがわからず、三和は聞き返した。

「いや永瀬とお前」

「生憎ですけど男女の仲は一歩も進展していませんが」

「だってお前……」

 樫崎はまじまじと三和を見返して、しばし観察してから嘘がないと見抜いたのか、目を見開いた。

「え? マジ?」

「マジも何もありませんが……。男と女がいたらとりあえず付き合わせるのは小学生の発想だと思いませんか」

「いやでもあのやりとりしていて……ええ……?」

 樫崎が解せぬとばかりに首を傾げる。

 樫崎の戸惑いもわからぬものではない。日ごとに美鈴の三和に対するガードは甘くなり、まるで誘われているかのような錯覚を三和が覚えることは一度や二度でもない。

 美鈴のシャドウバースの腕もだいぶ上がっている。

 グランドマスターを駆け上がるだけなら、これ以上三和に教わるよりランキングに潜る時間を増やした方がいいぐらいだ。

 それなのに美鈴からは当然のように化学準備室へのお誘いの声がかかってきていた。

 樫崎が付き合っていると誤解しても致し方ないかもしれない。

(でも実際付き合っていないんだよな)

 三和の方からアプローチをかけることはないし、美鈴からも距離感は縮まったものの友達以上のモーションはない。

 美鈴の中では三和は珍しい男子の友人、そういう位置づけだと三和は解釈していた。

「近頃の子は……教師の私としては助かるけど奥手というか……。こりゃ少子化も進むはずだ」

 樫崎は一人落胆していた。藪蛇なので三和は放っておく。

 だが樫崎はからんできた。

「三和。こうなったらお前がしっかりするしかないぞ」

(しっかりしているから自制しているんだが)

 内心憤慨する。三和とて青少年だ。ふしだらな発想を持たないわけではない。

 それを自制して美鈴の特訓に付き合っているのだ。

「お前だって、あんなかわいい子とキスしたり、ツーショット写真を撮ったりしたいだろ」

(どちらも済ませているんだよ!)

「男は少しぐらい狼の方が健全だ。高齢化社会の次代を担うのはお前たち若者だ」

「そういう樫崎先生は結婚していませんよね」

「私はいい」

 鉄拳がとんできて額を殴られた。痛みに顔をしかめていると肩をわしづかみにされる。

「あんたも男なら、この機会逃すんじゃないよ」

(どいつもこいつも俺への評価低すぎだろ……!)

 妹の洗衣といい、樫崎といい、これがまるで人生最後のチャンスみたいだ。

 途端に腹の奥底から怒りに似た感情がほとばしり、三和は樫崎の腕を振りほどいていた。

「ほうっておいてください」

「あんたさ、自分への評価低すぎやしないかい?」

「はっ?」

 それはあんたらの方だろう、と言い返そうとしてハッとする。

「自分じゃ永瀬と釣り合わない。そう思っているだろ」

「あ、当たり前じゃないですか。……だって永瀬は……」

「学園のアイドル? そんなことは関係ないだろ。あの子は永瀬美鈴というただの女の子だよ」

 ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。

 本当に三和の評価を低く見積もっていたのは、美鈴と比較した三和の自己評価だった。

「男の子には優しさや謙虚さも必要だけどね。あんたの場合、少しはあの葛木を見習った方がいい」

 葛木。

 死んでも真似したくない人種の人間だ。

 だが……だからこそ葛木が美鈴にちょっかいをかけてきた時、三和は葛木に美鈴を奪われる未来を恐れた。

 恋愛に関しては、葛木の方がよっぽど実直で率直なプレイングだった。

「女も幸運の女神さまも一緒だよ。自分に自信のない奴には決して微笑まない。周囲の評価を下げているのは、あんた自身のへそ曲がりな根性だ」

「た……!」

 何か言いつのろうとして、それを歯ぎしりして三和は飲み込んだ。

「たまには……教師らしい説教できるじゃないですか……っ」

「見どころのある生徒だけな」

 そういうと、樫崎は三和の髪をわしゃわしゃと撫でまわしてきた。

「あんたなら永瀬を任せられる。だからあたしゃ世話を焼くんだよ」

「………。髪がくずれるんで、やめてください」

 そう言い返すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

「え、ここですか?」

 収録のために美鈴が案内されたのは、いつもの殺風景な会議室ではなく、華やかにセットされたスタジオだった。

 さらには出演予定の番組のメインパーソナリティの芸能人の姿もある。

「そ。今日はマスター昇格戦でしょ? だからちょっと豪華に頼むよ」

 チーフディレクターの横田が声をかけてくる。美鈴は緊張し上ずった声で、「は、はい!」と返すのが精いっぱいだった。

 順当にランクを上げた美鈴は、すでにBPを貯めて、マスター昇格戦へと入っていた。

 昇格戦はストリームライブの方でやる予定だったのだが、美鈴の進捗を知った番組の方から待ったがかかった。

 『昇格戦は、番組側でしっかりとした『画』として撮りたい』と。

 話を聞いた時はいつもの会議室での録画だと思っていた。だって美鈴の出演する企画は、番組の中ではたった数分で終わる程度の一企画にすぎなかったからだ。

 しかししっかりとしたセットがあるだけに足らず、メインパーソナリティと一緒に出演できるとは。

「どうも、蔵先輩です」

 メインパーソナリティの一人、芸人『蔵先輩』。挨拶自体が代名詞となっている、一発ギャグで一世を風靡した芸人だ。

「こんにちは、瀬村清平です」

 一方は元プロゲーマー。E-sports関連の実況解説も行うアナウンサーで、プライベートストリームもよくやっている。一時期は美鈴も積極的に見に行っていたこともある人物だ。

「は、初めまして。永瀬美鈴です」

「理江ちゃん、それ本名」

「あっ、間違えました! 凪咲理江です!」

 完全に緊張で美鈴のテンションはアガっていた。

(うー! 落ち着かないと!)

 予想外の展開だが、これは千載一遇のチャンスだ。

 美鈴はセットの隅に移動すると深呼吸した。

(うーでもだめ! これで緊張しないなんて無理!)

「マネージャー!」

 美鈴はマネージャーの鈴木のもとへと駆け寄った。

「どうしたの、理江ちゃん」

「渡したバッグ、貸してください!」

 鈴木には美鈴の私物を渡してある。その内の一つ、バッグを返してもらい、中から携帯端末を取り出した。

 そして見たのは三和とのツーショット写真。

「……にへへ」

 自然と頬が綻んだ。

 おそらく、この機会は本来なら番組側も想定していなかったことだ。

 美鈴の頑張りに、番組側が『画になる』と判断してわざわざ用意してくれたものだ。

 その千載一遇のチャンスをくれたのは三和の教えがあったから。

 そして今美鈴が頑張れているのも……。

「理江ちゃん、そろそろ撮影に入るけど、大丈夫?」

 ディレクターの野田が声をかけてくる。

 美鈴は溌剌とした笑顔で振り返ると、

「ハイッ!」

 と威勢のいい返事で返した。

 

 

 

 

 台本は渡されていた。

「それでは本番入りまーす」

 アシスタントが指で合図する。3、2、1。

「シャドウバース、一からグランドマスター挑戦企画~!」

 蔵先輩のハードボイルドな声色とノリのいいテンションの導入で始まる。

「はい、というわけでこの企画はこの新人アイドルの凪咲理江ちゃんが、全くの初心者、シャドバのシャの字も知らない段階から、最高ランクのグランドマスターを目指す企画でございます!」

 チャラけた様子の調子のいい導入から、対照的に瀬村が礼儀正しく背筋を伸ばした姿勢で美鈴に尋ねてくる。

「それで、凪咲さんはどれぐらい前からシャドウバースを始められているんですか?」

「一ヶ月ぐらい前からです」

「新学年がはじまったのと同時?」

「はい。それぐらいに企画の話をいただいたので。それとシャドウバースのレーティングシステムだと、一ヶ月ごとに集計されるので、グランドマスターになるためには一ヶ月以内にMPを1万ポイント貯めないといけないんです」

「それじゃ理江ちゃんは今どれぐらい貯めたの?」

「いえその……。これからマスターの昇格戦です」

「え? どういうこと?」

「シャドウバースは最初Dランクから始まって、C、B、A、AAと上がっていって、ようやくマスターになれるんです。そしてグランドマスターになるためには、マスターに上がってから1万ポイント貯めないといけません」

「ひゃー!? それじゃあなた、もしかして今ようやくスタートラインに立った訳!?」

「そうですね」

 オーバーなリアクションをとったのは蔵先輩だ。美鈴は苦笑いしつつうなずく。

 と、瀬村が神妙な顔をして言った。

「ということは……凪咲さんはあと十日足らずで1万ポイント稼がないといけない?」

「そうですね」

「それって結構ぎりぎりじゃないんですか?」

「ギリギリです。だからこの一か月間、ほとんどシャドウバースしかしていません」

 台本では、ここで美鈴の一か月間の活動の切り抜きが放送されるはずだ。

 もちろん撮影はそのまま続行される。

「シャドウバースには8種類のクラスがあって、一つのクラスを選ぶんですけど、私は最初ネクロマンサーというクラスを選んで、ここ最近ロイヤルを使うようになりました」

「その衣装は、もしかしてシャドウバースの?」

「はい。『幽葬の少女・フェリ』というカードです」

 母親が作ってくれた『幽葬の少女・フェリ』の衣装を今日も着込んでいた。ロイヤルの衣装は母マドカの手によって鋭意製作中である。

「それはお店で買ったんですか?」

 真面目な顔で瀬村が尋ねてくる。美鈴が照れ笑いを浮かべつつ、手を横に振って否定した。

「いえ、母が作ってくれました」

「自作!? 気合、入りまくりですね」

「えー、理江ちゃんは個人配信も行っており、視聴者の方にはご存知の方もおられるかもしれません。配信では、ご褒美の声真似を披露してくれるとか?」

「あ、はい。シャドウバースのキャラクター達の声真似をしています」

「ではとっておきのを一つ!」

「と、とっておきですか!?」

 カメラがズームし、美鈴をクローズアップする。

 

《構えろよ……飛ぶぞ》

 

 瀬村がきょとんとした顔をする。

「……え? 今の男のキャラクターですか?」

「はい。『禁絶の腕・ニコラ』というキャラクターです」

「あなたそんなかわいい顔と声しているのに、そんなハスキーな声出るのねー!」

「ボイトレとかに通っていて、声真似は得意です」

「もう一つお願いできますか?」

「では……コホン」

 

《あなたの未来と死が見える~♪》

 

「今度は対照的に可愛らしいですね」

「実はわたくしもシャドウバースは少し触っているのですが、正直、どっちも似ています!」

「お、蔵先輩の太鼓判も出ましたね!」

「嬉しいです」

 撮影しているスタッフ達からも拍手が送られる。彼らの表情を見る限り、撮影はいい調子で進んでいるようだ。

「ではこれから理江ちゃんには、実際にシャドウバースの対決を行っていただきます! 現在理江ちゃんは、マスターの昇格戦に入ったところですよね?」

「はい。そうです」

「その昇格戦というのはどういうシステムなんですか?」

 質問してきたのは瀬村だ。蔵先輩が進行役で瀬村が話の引き出し役という配役らしい。

「マスターになるための試験みたいなものです。3回戦って、2回勝たないといけないんです」

「それに勝たないと、一生マスターになれない?」

「はい。でも昇格戦に失敗しても、すぐ挑戦できるのでそんな難しいものじゃないんです」

「ではお願いします! 理江ちゃんのマスター昇格戦、テイク1!」

「テイク2は無いよう頑張ります」

 蔵先輩のテンションに笑みをこぼしながら、美鈴は昇格戦に挑戦した。

 番組側と検討した結果、昇格戦は1勝目をネクロマンサー、2勝目をロイヤルで取ることになっていた。

 1戦目、対蝙蝠ヴァンパイア。

「あ、4ターンフラウロス出された」

「ああ!? 理江ちゃんのライフがガリガリ削られていくッ!? そしてヴァーナレクが疾走! 8ターン目はぁ!? 闇喰らいの蝙蝠ィ~!」

 完封負けを喫した。

 それを横で眺めていた瀬村の感想。

「あの、蔵先輩の実況が完璧なんですけど、結構このゲームやっていますよね?」

「いえいえ、軽くたしなんだ程度です。そんなことよりも理江ちゃん、もう負けられなくなっちゃったんだけど!?」

「4ターンフラウロスをされた蝙蝠ヴァンプはかなりきつくって……次はがんばります」

 2戦目、対ミッドレンジロイヤル。

「リオードの白刃の剣舞! おおっとしかし、理江ちゃんの手札にはあのカードがぁ!? ビッグソウルハンター! 墓地6と引き換えにリオードがお亡くなりに! ジャイアントキリング! 7ターンアーカス着地! フェリで2枚葬送してグレモリー! 18点! リーサルです!」

「お見事!」

 次の試合はなんとか勝つことができた。瀬村も拍手してくれる。

「さて来ました大一番! 最終戦です! 皆様、これ、テイク1でございます!」

 ノリのいい蔵先輩のラップを背に、美鈴はロイヤルを選択。

(どんな相手がくるかな……?)

 気分の高揚とともにローディング画面を待つ。

 相手のクラスは、ヴァンパイア。

 美鈴は後攻。

 

 

 最初の手札交換。

(うーん、アイテールとオクトリスかぁ)

 どちらも3コスト。

 だが美鈴のデックに4PPで動けるカードの割合は少ない。

(ここは両方キープね!)

 『白翼の戦神・アイテール』と『簒奪の絶傑・オクトリス』を両方キープ。

 と、画面をのぞき込んだ蔵先輩が尋ねてきた。

「3コストカードを2枚残しましたね」

 カンペでは『もっとシャドウバースについてぐいぐい話して!』と書かれていた。

「そうですね。私のミッドレンジロイヤルは4コストで動けるカードってあんまりなくって、代わりに進化時能力を持つオクトリスを4コストでプレイしようと思ったんです」

「2コストひけるといいですが……。おっと引きましたね! レイピアマスター!」

「今回後攻なので、姦淫の信者を1ターンに出された場合はレイピアマスターをプレイします」

 相手は1ターン目をパス。

「何も出さないならこちらも出しません」

 美鈴も1ターン目をパス。

 

 2ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『メカゴブリン』。

「あ、機械ヴァンパイアですね」

「さっきのヴァンパイアとは違うデッキですか?」

「そうです。今回の新カードパックで追加された機械タイプのフォロワーを多く採用したデッキです。注意しないといけないのは『深紅の抗戦者・モノ』です」

 

《深紅の抗戦者・モノ》

コスト2 攻撃力2 防御力2

このフォロワーは、進化権による進化ができない。(カードの能力による進化はできる)

[ファンファーレ]『このバトル中に破壊された自分の機械・フォロワーが7体以上なら、ファースト・ワン1枚を手札に加える。』

[進化後]

攻撃力6 体力6

疾走

守護

自分のターン開始時、自分のリーダーとこのフォロワーに1ダメージ

 

 

《ファースト・ワン》

コスト5 スペル

進化していない自分の機械・フォロワーすべてを進化させる。(それらの進化時能力は働かない)

 

 

「モノは通常だと進化権での進化もできないただの2コストフォロワーなんですけど、バトル中に倒された機械・フォロワーが7体を超えると『ファースト・ワン』を手札にくわえるんです。そして進化したモノは、2/2から6/6守護疾走と一気に強力なフォロワーに変貌します」

 

 

 2ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのはエンハンス『レイピアマスター』。

 2/2で場に出現する。

 

 3ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『悪夢の始まり』。

 相手は2枚ドローし、『プロダクトマシーン』が2体出現する。

 『メカゴブリン』は『レイピアマスター』を無視し、美鈴を直接攻撃。ライフを18点に削る。

 

 3ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのは『白翼の戦神・アイテール』。

 ファンファーレで『スカイセイバー・リーシャ』を手札に加える。

「お、メカゴブリンはラストワード持ちですがオクトリスで奪わないんですね」

 蔵先輩が尋ねてくる。美鈴はうなずいた。

「はい。機械ヴァンパイアにはもう一つ『アーマードバット』というラストワードを持つフォロワーがいるんですけど、この『アーマードバット』のラストワードを奪うとかなり有利になるんです。だからできる限り『アーマードバット』が出るまで温存ですね」

 『レイピアマスター』は『プロダクトマシーン』を攻撃。1点の反撃を受け破壊。

 

 

 4ターン目、先行相手のターン。

 プレイしたのは2枚目の『悪夢の始まり』。さらに2ドローを重ね、『フォレストバット』が一体、『プロダクトマシーン』が一体場に出てくる。

 残った1PPでプレイしたのは『姦淫の口づけ』。

 『白翼の戦神・アイテール』に2点ダメージを与え、お互いのリーダーのライフを1点回復。体力を減らした『白翼の戦神・アイテール』に『プロダクトマシーン』を当てて破壊。

 『メカゴブリン』は美鈴を直接攻撃。ライフを17点に減らす。

 

 4ターン目、後攻美鈴のターン。

(相手に理想通りに動かれているな……)

 と、ドローで引いたのは『キャノンスマッシャー』。

「あ、ラッキーです。唯一の4コストで動けるフォロワーを引きました」

「おお、ナイスドローですね!」

 『キャノンスマッシャー』を4コストのエンハンスでプレイ。

《隊列完成!》

 2体の『プロダクトマシーン』が場に出現する。

 『レイピアマスター』は『メカゴブリン』と当たり相打ち。

 『キャノンスマッシャー』を進化させ、『プロダクトマシーン』を攻撃し破壊する。

「これ、機械の方と蝙蝠の方、どっちを優先して倒すとかあるんですか?」

「ええっと、ケースバイケースですけど今回は機械ですね。機械ヴァンパイアには機械を倒すほど強化されるカードと、場に機械・フォロワーが残っていると追加ドローできるカードがあるんですが、次の5コストにそのドローできる方のカードがあるんです」

 

 先行5ターン目、相手のターン。

 まずは『フォレストバッド』が進化した『キャノンスマッシャー』を攻撃。体力を2点まで減らす。

 そしてプレイしたのは『鉄刃の悪鬼』。

 

《ビビルダロォ⁉ この姿ァ!》

 

 進化。『鉄刃の悪鬼』は手札に2枚以上機械タイプのカードを持っていると、進化時能力で2点与えることができる。

 『悪夢の始まり』のドローにより相手の手札に2枚の機械カードがあることは確定している。

 進化時効果で2点ダメージを与え『キャノンスマッシャー』を破壊。残った『プロダクトマシーン』に攻撃し、1点の反撃を受け破壊。

 相手の場には6/4の『鉄刃の悪鬼』。

 美鈴の場には1/1の『プロダクトマシーン』。

 ライフは美鈴が17、相手が20。

 

 

 後攻5ターン目、美鈴のターン。

「さて、手札には『ドラゴンナイツ』と『スカイセイバー・リーシャ』! どっちをプレイする⁉」

「ここは……『ドラゴンナイツ』で」

 『ドラゴンナイツ』をプレイ。チョイスしたのは『不撓不屈の騎士・ヴェイン』。

 進化権を使用し、『鉄刃の悪鬼』を破壊。

 『プロダクトマシーン』は敵リーダーを直接攻撃。ライフを19点に削る。

 ターンエンド。ターン終了効果により『不撓不屈の騎士・ヴェイン』の体力は3点回復。残り体力は4。

 

 先行6ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『機械神』のアクセラレート。

 このバトル中、破壊された自分の機械フォロワーの数だけ1点ダメージをランダムな相手フォロワーに当てる。

 倒した機械フォロワーの数は5。美鈴の盤面の合計体力も5。

 全てのフォロワーが倒され、残った3PPで相手は『火焔の軍神・ヤヴンハール』をプレイ。

 進化はせずターンエンド。

 

 

 後攻6ターン目、美鈴のターン。

「お互いのライフは相手が19、理江ちゃんが17、盤面はぁ、んー、イーブンといったところでしょうか」

「進化権を使わないのならこちらも温存です」

 美鈴の手札には『簒奪の使徒』と『スカイセイバー・リーシャ』、『簒奪の従者』がある。

 美鈴は『スカイセイバー・リーシャ』と『簒奪の従者』をプレイ。

 兵士・フォロワーが場に出たので『スカイセイバー・リーシャ』は進化する。

 

《黄昏は、闇を照らす勇気の光!》

《任せて! リーシャ!》

 

 『火焔の軍神・ヤヴンハール』を攻撃し、3点の反撃を受け破壊。場に『黄昏の刃・ナノ』を出す。

 と、蔵先輩が話しかけてきた。

「今、簒奪の使徒でも盤面を処理できたと思うんですけど、リーシャを選択した理由ってあるんですか?」

「はい。あります。今のミッドレンジロイヤルに一番隙があるのが7ターンなので、その前により強力な盤面を作りたかったんです」

 

 

 先行7ターン目、相手のターン。

 プレイしたのはエンハンス『アーマードバッド』。

 進化して『スカイセイバー・リーシャ』を攻撃。5点のダメージを受けて破壊。

 残った1PPで『姦淫の口付け』を使用。『簒奪の従者』を破壊しお互いのリーダーのライフを1点回復する。

「危なかった」

 ほっと美鈴が一息ついた。食いついたのは蔵先輩だ。

「というと?」

「今のミッドレンジロイヤルって本当に隙が無いデッキなんですけど、しいていうと7ターンだけは1枚で解決できるカードがない一番動きづらいターンなんです。もう一つ、機械ヴァンパイアは機械カウントを稼ぐためにアーマードバットをどこかでプレイしないといけないんですが、オクトリスでラストワードを奪われるのを避けなければなりません。7ターン目アーマードバットは、オクトリスを進化しても上からとれない、厄介なターンなんです」

「なるほど、先ほどリーシャで強い盤面を作ったのが生きたわけですね」

「はい。もし簒奪の使徒を使っていたら、手札に加えていたリペアモードを使ってアーマードバットの体力は6点。オクトリスではとることができませんでした」

「なるほど、そこまで考えてのリーシャだったと!」

 瀬村が驚いたように拍手をする。

 

 

 後攻7ターン目、美鈴のターン。

 美鈴は演技なしに一瞬考える。

(相手の機械カウントは5……)

「ここは……こうかな」

 プレイしたのは『簒奪の絶傑・オクトリス』。

 『アーマードバット』のラストワードを奪う。

 そして『黄昏の刃・ナノ』で『アーマードバット』を攻撃、相打ちで破壊する。

 ターンエンド。

「おおっと、理江ちゃん、余裕の進化権4PP残しでターンエンド!」

「プレイできるカードもあるんですけど、あとあとの事を考えて残しておかないと」

 

 先行8ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『雷鳴の軍神・フニカル』と『火焔の軍神・ヤヴンハール』。

 能力により両方進化する。

 まず『雷鳴の軍神・フニカル』が『簒奪の絶傑・オクトリス』を破壊。奪ったラストワードで2体の『プロダクトマシーン』が場に出る。

 その片方を『火焔の軍神・ヤヴンハール』が攻撃し破壊する。交戦時効果で2点ダメージを与えるので、反撃は受けない。

 

 

 

 後攻8ターン目、美鈴のターン。

(進化権を使ってレイサムが着地できる。けど手痛い反撃を受けるから……。ここはアレも握っているし、長期戦を覚悟して……)

「理江ちゃんがプレイしたのはエンハンス『簒奪の絶傑・オクトリス』! 今度は『雷鳴の軍神・フニカル』のラストワードを奪います! そしてフニカルを攻撃し、破壊! 手札に加えた黄金の杯はリーダーに使用、2点回復! 場に出ていたプロダクトマシーンはリーダーを攻撃! 1点削ります!」

 美鈴のライフは20点。

 相手のライフは19点。

 

 

 先行9ターン目、相手のターン。

 まず『火焔の軍神・ヤヴンハール』でリーダーを攻撃。美鈴のライフを17点まで減らす。

 そしてプレイしたのは『破滅のサキュバス』。

 

《溺れて当然、狂って当然》

 

「おっと全体3ダメージを与えて6/6大型フォロワー破滅のサキュバス! これで理江ちゃんのフォロワーは一掃! ラストワードの4点はヤウンハールに命中、破壊!」

「次は10ターン目ですけど相手の進化カウントはまだ4ですね。機械ヴァンプにはニュートラルの軍神系フォロワーが入っていて、バトル中に6回以上進化すると4点疾走を持つ『至高の戦神・オーディン』を直接召喚するんです」

「そんなカードがあるんですね」

 瀬村が感心した声を上げる。

 

 後攻9ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのは『高潔なる騎士・レイサム』。

 

《誓いの刃をここに重ねよ!》

 

 勇ましい声とともに『高潔なる騎士・レイサム』が着地する。

 そして美鈴は残していた進化権を使用。

 『破滅のサキュバス』を上から破壊する。

 『高潔なる騎士・レイサム』のリーダー付与効果により、1/1『ナイト』が疾走状態で出現。

 敵のリーダーを直接攻撃、ライフを18点に減らす。

 

 先行10ターン目、相手のターン。

 プレイしたのは『マシンエンジェル』と『メカゴブリン』。

「おおっとここで相手は機械フォロワーを並べてきました! 6/6守護です! 場には4体の機械フォロワー、合計スタッツ10/10!。これで相手の機械カウントは7を超えます! 放っておくとモノによって一気に盤面が爆発しますが理江ちゃんは除去できるか⁉」

 

 後攻10ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのはエンハンス『白刃の剣舞』。

「のわぁあぁ~!? 進化レイサム剣舞! 12点ダメージで盤面一掃! そして無人の荒野を行くが如くの顔面パンチ! ナイトと合わせて相手のライフを一気に削って残り5点! これは相手もさすがに予想外かぁ!?」

 残ったPPで『簒奪の従者』をプレイ。美鈴はターンエンド。

 

 先行11ターン目、相手のターン。

 長考に入る。

「盤面には12/5のレイサムに1/1簒奪の従者とナイト。うーん。レイサムが凶悪すぎますねぇ」

「私だったらレイサムの存在は割り切って……」

 美鈴が言い終える前に相手がプレイしたのは、2枚の『深紅の抗戦者・モノ』。

 このバトル中に倒された機械・フォロワーが7体を超えたので、手札に『ファースト・ワン』を加える。

 

《ファースト・ワン・アンロック》

 

「おおっとファースト・ワンの効果で6/6守護が2体! そして12点は……顔面だああ! 理江ちゃんのライフを2点にまで削る! これでオーディンの直接召喚条件を満たし、守護を出さないと終わりだが!?」

「いえ、このターンで終わりです」

 

 

 後攻11ターン目、美鈴のターン。

 プレイしたのは『スカイセイバー・リーシャ』。

 まずは邪魔だった『ナイト』で『深紅の抗戦者・モノ』を攻撃、一方的に破壊される。

 次は『簒奪の従者』で『深紅の抗戦者・モノ』を攻撃。これまた一方的に破壊される。

 しかし『ナイト』が場に出る。兵士・フォロワーが場に出たので、『スカイセイバー・リーシャ』が進化する。

 『スカイセイバー・リーシャ』で『深紅の抗戦者・モノ』の片方を攻撃。破壊。そして手札に『トワイライトソード』を手札に加える。

 『トワイライトソード』は5コストスペル。相手のフォロワー全員と相手のリーダーに5点ダメージを与える。

 

《トワイライトソード!》

 

 相手のリーダーのライフは残り5。リーサルだ。

「お見事でした! そしておめでとう! これにてマスター昇格、達成です!」

 パンパン! と用意されていたクラッカーが破裂する。

 知らず知らずの内に美鈴の気分は高揚していた。

(やっとここまで来たんだ)

 グランドマスターを目指すためのスタートラインに立ったばかりだが、そこまでに長い時間を費やしてきた。

 そしてその努力が、このスタジオという場所ではっきりと結実した。

「いやぁ、横から眺めているだけでしたが……凪咲さんがしっかりとシャドウバースを勉強していることがわかる試合でしたね」

「本当にそうです。間違いなく私よりもうまいと言っていいと思います。……ちなみに本当にシャドウバースは始めたばかりなんですか?」

「本当です! FPSとかはプレイしていましたけど、カードゲームは未経験です!」

 必死に抗弁し、スタジオの笑いを誘った。

 と、瀬村が神妙な顔をして尋ねてきた。

「じゃあ短い期間に上達するコツってなんでしょうか?」

「えっと……」

 コツと聞かれれば一つしかない。

 美鈴がここまで短期間に上達したのは、三和に教わったからだ。

「それは……」

 美鈴の喉から三和の存在が出かかる。

 三和のことを打ち明ければ、どれだけ美鈴の心は軽くなるだろう。

「それは……教えてくれるひとが……」

「教えてくれる?」

「カードが教えてくれるんです!」

 危ういところで美鈴は言い直した。

「カードを好きになって、色んなカードのことを理解していくと、相手がどういう手を打ってくるかわかるようになるんです! それが、上達のコツ、ですね!」

「なるほど! カードを愛する! その理江ちゃんのカード愛にカード達も応えてくれるんですね!」

「はい! たぶん! そうです!」

 蔵先輩のとりなしに、硬直した顔で相槌を打つ。

(危なかった……アイドル一本で生きていくって決めたのに……)

 美鈴の心の内にどっと疲労感が押し寄せる。その後、収録の締めの言葉が蔵先輩と瀬村によってなされたが、美鈴は愛想笑いを浮かべるだけでほとんど何を言われたか覚えてなかった。

 

 

 

 

「理江ちゃんお疲れ様。そして改めてマスター昇格おめでとう」

 上機嫌で声をかけてきたのはチーフディレクターの横田だった。

「いやぁ、いい画がとれたよ。アイドルとか芸人のゲーム挑戦企画ってどうしてもプレイに付け焼刃感が抜けなくてファンから顰蹙買ったりするんだけど、ここまでの物なら鼻を明かせるものが仕上げられるよ」

「本当ですか? こちらこそ、こんなセットを用意していただいてありがとうございます。 夢のようです!」

「いやぁ、理江ちゃん本当がんばっているからね。上と掛け合って予算をひっぱってもらったんだ」

「そこまでしていただいて……本当にありがとうございます」

「いやいやそういうのは言いっこなし! これはお互い様だからね! ……実際理江ちゃんサービス残業みたいなものだったろ?」

 確かに、美鈴はマスターに上がるまでにすでに膨大な時間を費やした。しかしだからといって契約料が上がるようなことはない。

 それから横田は耳打ちしてくる。

「こういうことを言うのもあれだけど……本当は理江ちゃんがここまでがんばるって思ってなかったんだ。適当な画を録って、適当にマスター付近にまで上がったアカウントを渡して、ここまでがんばりましたって態で放送することも考えていたんだ。だけどその必要は無かった。嬉しい誤算だよ」

 業界の裏話に何と返せばいいかわからず硬直していると、横田はぽんぽんと肩を叩いてきた。

「ところでさ、理江ちゃんRAGEに挑戦する気はない?」

「RAGE……ですか?」

「そう。知らないかな?」

「いえ知っています。シャドウバースの大規模大会ですよね」

 上位入賞者には世界大会の出場権も与えられる、シャドウバースプレイヤーの頂点を決める大会だ。

 過去大会の優勝者の中にはチームと契約を結び、給料を得てプロリーグに参戦しているプロプレイヤーも存在する。この大会で優秀な成績を収めることは名誉と実益に直結する大会だ。

「今上とかけあって、この企画をもうちょっと延長して、RAGEの挑戦まで伸ばそうという話があるんだ」

 RAGEは五月のゴールデンウィーク中に開催される。

(ええっと、でもゴールデンウィークは別の興業の予定で埋まっていたような……)

「その、マネージャーと相談してみないと……」

「もちろん。はっきりしたら鈴木さんと交渉するよ。けど考えておいてね」

(次のお仕事のお誘いも頂けるなんて……)

 実はマネージャーの鈴木からは冷たい言葉を投げられていた。

 そこまでゲームをがんばっても、得られるのはゲーム好きな色物アイドルという印象だけ。

 すぐ飽きられるし、そこまでプライベートの時間を削ってまでやる必要はないと。

 だけど確実に美鈴のステップアップに繋がっていた。

(がんばってよかった!)

 グランドマスターになれる期限まであと十日間ほど。なれるかどうかはギリギリといったところだが、ここまできたらやり遂げるしかない。

(帰ったらさっそく配信つけて、ランクマッチに潜ろう!)

 そう固く決意する。

(よし、急いで家に送ってもらおう!)

 マネージャーの鈴木の姿を探す。

 鈴木の姿はすぐに見つかった。

 だが、鈴木の姿を見つけて美鈴の体は凍り付いた。

 鈴木は、美鈴の私物のバッグを勝手に開き、中から携帯端末を取り出していた。

 その画面には、三和とのツーショット写真が映っていた。

「理江ちゃん、ちょっと話いいかな?」

 つとめて笑顔で、鈴木は話しかけてきた。

 

 

 

 

 

「どういうことだ! わかっているのか!?」

 人気のない駐車場に連れてこられたところで、美鈴は突然鈴木に突き飛ばされた。

「君たち年頃のアイドルにとって、男女関係がどれだけ致命的かわかっているのか!? この写真の相手は誰だ!?」

 よろめきながら振り返ると、鈴木は人が変わったような形相で美鈴を見据えていた。

「み、三和君です……。シャドウバースを教えてくれているクラスメイトの……」

「ちっ、やっぱりそいつか……! この写真は相手の男も持っているのか!?」

「は、はい……」

「なんてこった! 流出でもしたらどうするんだ……!」

 鈴木の激昂はとどまるところを知らない。いらいらとした顔でタバコを取り出すとライターで火を着ける。

「それでこの男とはできているのか?」

「できて……?」

「付き合っているのかってことだよ! どこまでやった? もっと危ない写真をとられてないだろうな!?」

「付き合っていません! 三和君は……ただの友達です!」

「そうか。ならもう会うな」

「え……」

「クラスメイトなら会うなってのは無理か。とにかく話しかけられても知らないふりをしろ。これ以上相手に気を持たせるようなことは一切するな」

「で、でも……」

「でも?」

 初めて見る鈴木の眼光の鋭さに、射すくめられるように美鈴は全身を硬直させる。

「もしかして美鈴……お前この男のことが好きなのか?」

「それは……」

「なんてこった……。こんなどことも知らない馬の骨に……」

 美鈴は答えを返さなかったが、反応で鈴木には伝わったようだ。

「番組側の反応はすこぶるいい。僕の予想外だったけど、お前のがんばりがいい方向にむいた」

「……」

「今お前にとってどれほど大切な時期かわかるか?」

「わ、わかっています。だから……」

 目の端に涙を浮かべ下唇を噛みながら美鈴は言った。

「だから三和君とは、あくまでお友達として付き合っているんです」

 この涙は鈴木への怯えから流した涙じゃない。自分の心と矛盾した行動をとる、切り裂くような胸の痛みから流れ出した涙だ。

「最低限の覚悟はできているようだな……」

 鈴木はずれかけた眼鏡の位置を直し、紫煙を吐きだすと、携帯端末を美鈴に差し出してきた。

 美鈴はひったくるようにそれを奪い返す。

「美鈴」

「なんですか」

「その写真、削除しろ」

「え……?」

 鈴木の言っている意味がわからず、反芻する。

「誰かにその写真を見られてみろ。私物を漁りに来るファンがそんなのを見つけたらどうなる? 噂はあっという間に広がるぞ」

 鈴木の言う通り、ファンの中にはアイドルたちの私物を漁るために無断で楽屋や控室に忍び込む者たちもいる。れっきとした窃盗だが、そういった存在は実在するのだ。

「お前の覚悟を試すためだ。ここで決別しろ」

 鈴木の言葉は冷徹だった。美鈴は震える指先で携帯端末をタップする。

(覚悟は、決めたはず……)

 誰かのための美鈴は捨てて、みんなのためのアイドルになると。

 しかし。

 しかし。

 削除ボタンにかかった指先が押せない。

 心が、体が。全身で拒否をしていた。

「……」

 鈴木は紫煙をくゆらせながら、しばしその光景を眺めていたが、待っても美鈴の覚悟が定まらないことを知ると最後通告のように色のない声色で告げた。

「消せないようなら、お前との契約はここで終わりだ。当然、今回の番組の企画の話もなくなる」

「!?」

 すべてが、なくなる?

 この一ヶ月、いやもっと前から地道に築いてきた美鈴のキャリアが。

 母マドカの応援が。

 姉のことを自慢する桔音の笑顔が。

 すべてがなくなる?

 三和との写真を消せなければ。

 三和との写真を消せさえすれば……!

 美鈴の心を虚無感が支配し、痛みも何の感情もなくし、色の無い心で一押ししたようとした時。

 マナーモードにしていた携帯端末が震えた。

「三和君……?」

 三和の方から連絡をとってくることは珍しい。

 あったとしてもシャドウバースのプレイングのことばかり。三和からの話題はいつもそんな味気ないものだった。

「おい、美鈴」

 鈴木の静止の声を振り切り、美鈴は三和とのコミュニケーションアプリを開いた。

 挨拶のスタンプが押され、『収録どうだった?』と聞いてくる。

 今までの三和にはなかったことだった。

『今終わったところ』

『うまくいったか?』

「おい! 美鈴!」

『うん。ばっちり』

 鈴木の静止の声を置き去りに、美鈴は言葉を紡いだ。

 三和との言葉の交換で、手札に無い解答を探すかのように。

『そうかよかったな』

『うん、三和君のおかげ』

 そう告げてから、どうしても気になったことを尋ねる。

『なんで連絡をくれたの?』

『気になっていたから。迷惑だったかな』

『ううん。そんなことないよ』

「無視するな美鈴!」

 肩を強引につかまれる。美鈴の手から携帯端末をもぎとろうとする。

 美鈴はそれに必死で抵抗した。まだ聞きたい言葉が聞けてない。

 バッグで鈴木の顔をはたくと、その拍子にくわえていたタバコが鈴木の手の甲に落ちた。

「熱ッ⁉」

 悲鳴を上げて鈴木が一瞬ひるむ。その隙に画面に目を落とす。

『迷惑じゃないなら俺の方から連絡してもいいかな』

『とりあえずお疲れ様。応援しているから』

 鈴木に邪魔されて返信できていない間に、三和からは連続した通知がきていた。

 初めてのことだ。三和から美鈴を求めてきたのは。

 それが色を失いかけた美鈴の心に色彩を取り戻させた。

(この想いは一方通行じゃない……!)

「美鈴……!」

 舌打ち混じりに、閻魔のような形相で鈴木が睨んでくる。

「いい加減消せ! お前にとってそいつはダニだ! ウジムシだ! 邪魔なんだ!」

「消しません!」

 はっきりと美鈴は声を張り上げた。

「三和君の応援は、誰よりも、どんなファンの声援よりも力をくれるんです! だから消しません!」

「いいのか!? 事務所との契約が打ち切りになっても!」

「鈴木さんの独断でそんなことができるんですか!? ここまで物になっている企画を、一方的に潰すことが!」

 できるわけがない。

 鈴木の事務所はちっぽけな事務所だ。今回の企画をもらったのだって、事務所の力ではない。

 美鈴の力でとってきたものだ。

 ただのマネージャーにすぎない鈴木にできるわけがない。そんなことをすれば事務所全体の信用問題になる。

「私、捨てません! アイドルの夢も、三和君との思い出も!」

「美鈴……ッ!」

 鈴木の形相が悪鬼のように歪んだ。怒りではない。屈辱のせいだ。美鈴が鈴木に逆らったのはこれが初めてだった。

「……後悔することになるぞ……ッ!」

「私、事務所に言ってマネージャーを交代してもらいます」

 鈴木の表情がさらに歪む。美鈴の反抗が想定外だったかのように、目を剥く。

「今までお世話になりました」

 お礼の言葉を言いつつも、美鈴は決して頭は下げなかった。目線はまっすぐに鈴木を見返し、決別を宣告した。

「……付き合い切れない……ッ!」

 吐き捨てるように言うと、鈴木は一人その場を立ち去った。その靴音が聞こえなくなるまで、美鈴は一歩も動けなかった。

 4月の夜はまだ肌寒い。冷たい夜気が、美鈴の体を凍えさせる。

 途端に悪寒が走って、思わず美鈴は肩を抱いてかがみこんだ。

 ほとんど明りの無い駐車場の片隅。

 美鈴は確かな光源である、携帯端末を取り出してタップする。

『どうか』

『末永くお願いします』

 三和に返信を返して携帯端末を閉じる。

 鈴木は一人で行ってしまったし、もう彼に送られるつもりは美鈴にはない。

(タクシー探さなきゃ……)

 美鈴はふらりと駐車場を立ち去った。

 

 

 

 

 




シャドバ用語
・ラストワード
カードが破壊された時に発動する能力。消滅させられた場合は発動しない。
オクトリスはフォロワーのラストワードなら何でも奪ってしまう。
オクトリスの実装当時、『ドラゴンの卵1枚を手札に加える』というラストワード持ちが環境にいたためオクトリスが卵を産むという珍現象も起こった。

使用デッキ
・美鈴ミッドレンジロイヤル
https://twitter.com/fet_light/status/1126459382609301505
・相手機械ヴァンパイア
https://twitter.com/fet_light/status/1126460150041026560


※8話目もほぼ出来上がっているので明日投稿します。
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