Tick Tack シャドウバース   作:fet_light

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8.答えの存在しないリーサルクイズ

『どうか末永くお願いします』

「……末永く………?」

 美鈴からの返信待ちで、10分以上携帯端末と睨めっこして待っていた三和は、美鈴の文面に首を傾げていた。

「なんかえらいもってまわった言い方だな……」

 含んだような言い方だが、拒絶するような文章ではない。

 何度も読み返し、その文面の意図を読み解こうとする。三和の国語の成績はいいほうだが、難解で、結局理解できずに思考を放棄した。

「とりあえず、俺の勘違いでも一方通行でもない……のかな」

 少なくとも美鈴は三和のことを友達以上の存在だと思ってくれている。

(気持ちが一方通行じゃないってことは、いいことだな)

 お互いの印象を手探りで探す感覚。

 カードゲームのようにプレイできるコストに上限があるわけでもないし相手の手札の枚数も数えられない。

 ただ自分の強い手札を叩きつければいいわけではなく、相手の都合のことも考えてやらないといけない。

「恋愛って難しいな」

 苦笑を滲ませ、三和はベッドに寝そべった。

 

 

 

 

 

 翌日、永瀬邸。

「美鈴ー! ご飯よー! 美鈴……?」

「いらない」

 母マドカが美鈴の部屋の扉をノックするが、美鈴からは拒絶の言葉が返ってきた。

 昨夜、収録から帰ってきてから美鈴はすぐに自室に駆け込み、部屋を出ようとしなかった。

「学校はどうするの?」

「……ごめん、体調不良ってことにしておいて」

「……そう。わかったわ」

 不審に思いながらも、マドカは今はそっとしておこうと思い、一階のダイニングへと移った。

「お姉ちゃんどうしたの?」

 桔音が不思議そうに尋ねてくる。

「昨日の収録で疲れちゃったみたい。今日はそっとしておきましょう。それより桔音もそろそろ時間でしょ?」

「はーい。いってきまーす」

 ランドセルを背負い、桔音は出発した。

「美鈴ー! お母さんもパートに出かけるからねー!」

 

 

 

 昨日はほとんど眠れなかった。

 携帯端末には何件もの着信が来ている。事務所からだ。おそらくマネージャーの件だろう。

 鈴木が事務所側に何と言ったかはわからないが、今は確認する気にならなかった。

 憔悴した顔で、美鈴は携帯端末の画面を見る。

 三和と写った写真。何度か昨夜の内に消そうかと試みた。けどやはり無理だった。

 次にシャドウバースのアプリを開いた。マスターランクの0MPで止まっている。

(ランクマッチまわさないと……)

 期日まで残り少ない。一日だって気を許していい日はないはずだ。

(だけど今まわしてもきっと勝てない)

 確信があった。こんな沈んだ気分でまわしても、きっと勝てはしない。

(やっぱりけじめをつけなきゃね)

 美鈴は腰を上げた。

 衣服を制服に着替える。睡眠不足による目の下のクマは得意の化粧で誤魔化した。

 バッグを手につかみ、中に携帯端末を仕舞い込む。

「三和君、さよなら」

 最後に呟いて、美鈴は自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 放課後。三和は化学部の実験に参加していた。

(今日永瀬の奴、学校休んでいたな……)

 美鈴はアイドル業の都合で学校を休むことはしばしあったが、担任の菅原によると体調不良らしい。

(うーん。後で連絡入れるか? でも美鈴の友達あたりが連絡しているだろうしなぁ)

 体調不良なら、自分などが声をかけてもわずらわしさを増すだけかもしれない。

「三和ぁ。ぼうっとしていないでしっかりと見とけよー」

「ああ、悪い」

 今は化学部の活動の真っ最中だった。新入部員や、見学に来た生徒たちが混じっていていつもより賑わっている。

 活動頻度自体は少ない陣内高校の化学部だが、不思議と部員の出席率はよく、活動の際の参加率はほぼ100%。幽霊部員は存在しない。

「えー。今回行うのは過酸化水素とヨウ素カリウムの混合で……」

 樫崎がヘマをする生徒がいないか目を光らせながら実験の説明をする。今回は見学者もいるので、万が一がないように三和も周囲に気を配っていた。

「……ん?」

 その視線が違和感のある物を見つけた。

 あるはずのない栗色の髪が廊下を駆け抜けていくのが見えた。

「休んだはずじゃ……」

「どうかした?」

「い、いや」

 気のせいだろうと思いなおす。だがあれほど鮮やかな栗色の髪の持ち主、この学校に他にいただろうか。

 実験はつつがなく成功した。

 樫崎は地味な外見に反して派手な実験を好む。今日は過酸化水素とヨウ素カリウムの混合。

容器に入れられた二つの液体が一瞬で泡となって体積をふくれあがらせながら容器から溢れでる様に見学者たちも沸き立っていた。

「後片付けは二年でするから一年はいいよ」

 片付けの勝手がわからず戸惑う新入生たちに声をかける。何も親切心ではなく、危険な薬品があるのでまだ新入生には触らせたくないだけだ。

「あのさぁ、三和」

「どうした? 柏崎」

 二年生唯一の女子部員の柏崎が声をかけてきた。

「見た? 新入部員の女の子」

「ああ。えらいちっさい子だったな」

「本当。お人形さんみたいだったよね。で話しかけたらすごい人見知りの子で、かわいいのなんの」

「あんま脅かすなよ」

「普通に接しただけだっつーの! ってか怯えさせるのならどうみてもあんたの目でしょ」

「目つきが悪くて悪かったな」

 言いつつ眼鏡の位置を直す。

「それ。目つきもそうだけどそのクセだよ」

「ん?」

「眼鏡を押し上げる癖。それを目の前でされると、『お前のことを見ているぞー!』みたいな空気を感じて圧迫感を覚えるんだよ」

「そう……なのか? これって、目つきが悪いから少しでも正面から見えるように眼鏡の位置を直しているだけなんだが」

「え? そうだったの?」

 三和の返答に虚をつかれた顔をすると、柏崎は笑い転げる。

「あっはっはっは。そっか、逆に気にしているからそんなことしちゃうんだね。でも逆効果だよ」

「……むー……」

 三和は眼鏡の位置を直す癖を直すかどうかで迷い、眼鏡を弄ぶ。

「お前らぁくっちゃべってんな。こっちはテストの採点で残業があるんだぞー」

 柏崎と話していると樫崎からのお叱りが入った。

 2人そそくさと離れてそれぞれ片づけにまわる。

「よし、と」

 最後に樫崎が施錠をして、今日の部活動は終了。

「それじゃ片付けご苦労さん。気をつけて帰れよ」

「お疲れ様でしたー」

 声を上げて三々五々と散る。三和も帰ろうとすると、樫崎に呼び止められた。

「三和。永瀬今日は休みだって?」

「ええ。体調不良だとかなんとか」

「ふーん。昨日収録だったんだろ?」

「ええ。そう聞いていますが」

 樫崎は腕を組んで、指先でトントンと自分の肘を叩いた。

「三和、あとで連絡とってやんな」

「はぁ。なんと」

「それは自分で考えな」

(一方的に宿題を押し付けられてもな……)

 教師は勝手だ。

 とはいえ、確かに三和も気になる。迷惑がられるかもしれないが、連絡を入れてみようと思った矢先のことだった。

 物陰から当の美鈴が飛び出てきた。

「ながっ」

 せ、と言葉を発しそうになったところで、美鈴が口の前に人差し指を立てるのを見て慌てて口をふさいだ。

 美鈴は三和の制服のすそをひっぱると、空き教室へとひきずりこんできた。

 遮光カーテンで仕切られた空き教室。中には余った机が二段重ねになって置かれていた。

「おい永瀬。こんなところ見られたらまずいんじゃないか?」

 一応カーテンのせいで中は見えないが、だからこそこんなところに2人でいるのを見られると言い訳できない。

 しかし美鈴はふるふると首を振ると、三和を見上げてはにかんだ。

「今日はお礼を言おうと思って」

「お礼?」

「うん。三和君のおかげでね、今度の企画、すごい出番が増えそうなんだ!」

 それから美鈴は溌剌と三和に収録の話を聞かせてくれた。

 蔵先輩。一発ギャグで流行ったけど落ち目の芸人じゃないか?

 村瀬清平。元プロゲーマーだけどFPS畑出身じゃないか?

 と疑問符を覚えたが、美鈴が幸せそうに話すので黙って三和は聞いていた。

 聞き終えて、最後に「よかったな」と感想を述べた。

「うん。これも三和君のおかげ」

 にんまりと笑顔を浮かべて、美鈴が白い歯を見せる。

「それでね……私、そろそろ三和君を卒業しようと思うの」

「え?」

「グランドマスターまで時間ギリギリだから、ランクマッチまわさないといけないし……今まで居残り練習付き合ってくれて、ありがとうね」

「いや……気にする必要は無い」

 言葉を返すが、三和の頭の中は真っ白だった。

 卒業? これでお終い?

 こちらはこれからどう美鈴と仲良くするか、そんな未来を思い描いていたのに。

(なんか俺、すっげぇダセェ……)

 三和は自分自身に落胆した。そもそもが、行動が遅すぎたのだ。美鈴には番組の企画という期限が切られていたのに。

 心の中は自分への失望で彩られていたが、それでも美鈴の笑顔に平静さをなんとか取り戻し、声を絞り出した。

「がんばれよ。昨日も言ったけど、応援するから」

「うん。ありがとう」

 微笑みを浮かべると、美鈴は身を翻した。

 栗色の髪が躍る。

(それを見ているしかできないのか? ……葛木だったらどうする?)

 一瞬の内に三和の思考が駆け巡った。しかし最適解は見つからない。

 短い時間が悠久の時のように感じられる。しかしどれだけ時間を引き延ばしたとしても、三和の思考はまとまらなかった。

 美鈴の手が扉にかかる。

「あのね、三和君。私ね」

「なんだ?」

「三和君のこと、好きだったんだよ」

「………?」

 一瞬、思考が断線する。

「でもね、アイドルは恋をしちゃいけないんだって、マネージャーに言われちゃった」

 永瀬が? 自分に?

「だから私諦めることにしたの。こんな私でも応援してくれるかな?」

 言ってから、三和の顔を見て目線を伏せる。

「……なんてね。虫がいいよね」

 美鈴の指先が扉のとってにかかる。

 横開きの扉を開こうと肘に力が入った。

「永瀬!」

 三和は自分でもこんな声が出るのかという大声を発していた。

 びくりと美鈴の体が弾み、動きが止まった。

「みわ、くん……?」

 戸惑う美鈴にずんずんと近づき、肘をつかんで引き寄せると角際においやった。

 恋愛の最善手とはどんなものだろう。そんなことばかり考えていた。

 相手の都合も考えないといけない。そう思っていた。

 だけど喪失を実感した時に味わう心の空虚はなんだ?

 人に恋をしたときはこんな痛みを味合わないといけないのか?

 こんな痛みを抑え込んで、他人を祝福しないといけないのか?

 ……そんなのまっぴらごめんだ。

 美鈴の体を壁際に押しやると、身を乗り出して顔を近づけた。。

「嫌なら抵抗していい」

 それが最後通牒。

 三和が何をしようとしているのか、聡い美鈴がわからないわけがない。

「だ、だめ……」

 美鈴の喉から蚊の鳴くような声が漏れて、体を緊張に縮こませる。

 三和の顔を近づけるほどに美鈴は頬をサクランボのように紅潮させた。両手が三和の胸板に添えられ、小さく押しのけようとするが、抵抗は小さなものだった。

 互いの吐息が吹きかけられる距離。

 美鈴は羞恥に耐えかねるかのように目をぎゅっとつむり、そして震える唇があげられた。

 まずは2人の吐息が混ざり合い、唇が重なる。

 美鈴の脳裏を、白い電流が走った。

 甘美で背徳的なキスの味。してはいけない、別れの言葉のために学校に来たはずだが、その感触は美鈴の理性を侵した。

 唇を放して、お互いに言葉を発さず放心した時間が流れる。

「その、永瀬」

 口を開いたのは、三和の方が先だった。

「順番が逆になったけど、好きだ」

 三和が目線を外さずはっきりと告げる。

 それに一瞬呆けて、理解するにつれて、美鈴は目を涙にうるませた。

「私も……だけど……」

「俺は影でいい。アイドル業の邪魔になるというのならずっと息を潜めている。でも永瀬とは縁を切りたくないんだ」

「いいの………?」

「ああ」

「でもそれって私に都合がいいことばかり……」

「そんなことはない」

「あ……」

 三和が美鈴のおとがいに手をかけると顔を上げさせ、また唇を重ねる。

 右手は美鈴の栗色の髪にそえられ、さらさらと流れた。

「永瀬がいいのなら、ずっと近く……は無理でも、影から応援させてほしい」

「三和君……」

 ああ。どこまで。

 この人は優しく、謙虚なのだろうと。

 たまらなくなって、涙が溢れ、くずれ落ちて嗚咽を上げた。

「永瀬……?」

 三和は、昨夜の鈴木とあった出来事など知らないだろう。

 どれほど三和との関係性に美鈴が思い悩ませたか、知らないはずだ。

 それでも嗚咽を上げる美鈴のそばにずっとたたずみ、髪をなでてくれる。

 美鈴が泣き止むまで、数分の時を要した。

「落ち着いたか?」

「うん……」

 泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、うつむく。

「私、悪いアイドルだ」

「そうか?」

「うん、アイドルなのに、好きな人をつくっちゃった」

「いいんじゃないか? アイドルだって人間だし」

 三和はあっけらかんと言葉を返した。

「それに俺も、永瀬のファンだからさ」

 目を細めた、邪気の無い柔和な笑み。

 美鈴の一番好きな三和の顔。

「三和君……」

 美鈴はぎゅっと三和の首に手を回して抱き着く。

 暖かい体温を抱きとめるように。

「しらばくこうしていて」

「ああ」

 三和も手を回し、美鈴の体を抱きとめる。

 

 

 季節はまだ春。

 肌寒い季節だが、今日の二人には無縁だった。

 

 

 

 




シャドバ用語
・リーサルクイズ
盤面と手札を見せて、『どのようにすればリーサルがとれるか、そもそも存在するのか』を問う問題。
複数枚のカードを組み合わせないといけなかったり、時にはフォロワーを自壊させたりと複雑な手順が必要な問題がSNS上で時折あげられている。
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