僕はガラケーを使っている。クラスのみんなはスマホを持っているというのに、僕だけである。
平成も終わろうとしているこの時期に、中学生がガラケー。僕の周りだけタイムスリップした様な気分だ。
だから、『モンストがさー』とか、『今日のLINEが』とかそんな話について行けなかった。クラスの連絡網もLINEで組んでいるらしいけど、僕だけは電話で回って来ていた。友達からは「スマホ買わないの?」とせっつかれるけど、僕はこれで気に入っているのだから「しばらくは考えてない」と応えていたけど、実の所はスマホが欲しかった。友達がしているゲーム、僕もしたくて仕方なかった。
朝から雨が降っていた、二月も終わろうとした日。学校前のバス停で、僕はバスを待っていた。屋根を叩く雨の音が耳障りだった。まだ時間があったので、仕方なく待受画面をぼうっと眺めていた。家で飼っているネコだ。名前は『みかん』。お父さんが拾ってきた三毛猫だった。
「その猫、かわいいね?」
柔らかく澄んだ声がした。慌てて上を向くと、女の子が居た。
「名前なんて言うの?」
セミロングの髪。小柄だけど、整った顔でクラスの男子たちが狙っていると言う大和撫子。隣のクラスの娘だった。僕は特に気にしたことがなかったし、3年生までずっと別のクラスだったから、この時初めて喋った。
「えっと……『みかん』って言うんだ」
「『みかん』ちゃん、良い名前だね」
その子の顔は綻んでいた。僕は訊き返した。
「君はネコ好きなの?」
「そうだね。ちっちゃい頃から周り動物だらけだったから」
「ふーん。ネコ以外も飼ったことあるんだ?」
「イヌとウサギ。ちょっと前まではハムスターも居たんだよ」
そう言うと、僕の隣に空いていたスペースに腰を下ろした。
「バス通学なんだ?」
「ううん。JRなんだけど、時間が空いたりする時はここで待ちぼうけするんだ」
「へー、初めて知った」
「君とはあまり顔合わせないもんね。下校時間がズレてるのかな?」
「そうかもね……僕はいつも遅いから」
僕は剣道部だった。県大会常連の強豪校なので、放課後の練習時間はほかの部活より長く、時計の短針が7より過ぎることも珍しくなかった。
「今日は早いの?」
「うん、大会終わったばかりだから。君は美術部……だったかな?」
「そう、よく知ってるね!」
「僕の友達がそう言っていたのを思い出してね。それと…」
「なに?」
「君の描いたネコ。綺麗な黒猫描いたことあるでしょ?」
去年の文化祭に掲出されていた作品だった。見とれて、突っ立ってしまった。
「あー、あれおばあちゃん家の飼い猫なの。見る?」
そう言って鞄から取り出したのは──
「ガラケー?」
「そ。○○君と同じ」
僕は二つ驚いた。一つは、この中学校に僕以外にもガラケーを使っている生徒がいた事。そしてもう一つは、
「……僕の名前知ってるの?」
「だって、ガラケー使ってるの珍しいもん。ほら移動教室の時、○○君の教室の前通るでしょ?」
「うん」
「この間、休み時間に○○君が弄ってるの見かけたから。その時友達に君の名前聞いたんだ」
「なるほど……」
「どんな子か気になって声掛けたんだけど、その待受にネコが映ってたからちょっと嬉しくなって」
僕はガラケーを見つめ直した。みんなの会話に入れず、惨めだと思った事が幾つかあったけど、こうやってネコが好きな女の子と話せるなんて、悪い気はしなかった。
「ほら、この子なの」
「綺麗な毛並みだね。名前は?」
「『クロ』。おばあちゃんが覚えやすいからって言うけど、もっといい名前あると思うのになぁ」
「あはは。でも色んな人に覚えてもらえるから、その子も嬉しいんじゃない?」
「そっか、そうだね! あ、ほら他にもね──」
互いに自分の家で買っているネコの話をした。ソファーからずり落ちた『あずき』という猫の話をした時はとても笑っていた。その笑顔を見て、ああ、確かにかわいいな、と思った。
しばらく話し込んで、ふと屋根を叩きつける音が無くなっていることに気づいた。
「あ、雨止んだね」
「うん。晴れてきた──あ、バス来た」
「私も駅に行くから。じゃ、また明日!」
「うん、じゃあね」
目の前の水溜まりに青空が映り込んでいた。
僕はその子を見送ってバスに乗り込んだ。もうちょっと遅れてもいいのに、と思った。