鉛筆から手を離す。机から転がり落ちないことを何となく眼で追って確認し、椅子の背に体を預ける。椅子を回転させ、携帯電話に目をとめる。
うーん。ま、いいか。新しく買って貰ったし使わないのも、いや、下手な言い訳だな。
箪笥の中。あそこには強化服、スーツと刀の柄と各種の銃が鍵の掛かった箱に入れて隠してあるが、爆弾も持って帰って来るべきだっただろうか。家で起爆したりを心配するのは神経質過ぎたし、山で試したら土砂崩れを起こして問題になりそうだが海まで行けば特に被害は目立たない、それに補充の懸念も杞憂だろうしなあ。使い切り、いや使い捨て、まあ兎に角使用限界は刀や小さい銃にも重力銃にも無さそうだが、新しい『より一層ツヨイ武器』はミサイル一発で終わりそうで、がっかりだ。
椅子を回す。この数日で数冊のSFを読んで、まあ借りてから期限が迫って慌てて読んだという情けない点はあるが、自分を客観視出来た。小説からだと軽いな、両親のコンピューターを使って戦争、じゃなかった紛争地域について検索もしたし、大丈夫か。
携帯電話には二人のヤマダさんと貴奈美さん、自宅と姉さんと両親の番号しか入って無い。
日野 貴奈美 0?0ー????ー????
彼女は、ハジメテじゃなかった。そこのベッドのシーツを洗濯機に持って行く時、血は少しも付いてなかった。童貞を捨てた時だったし、ふにふにすべすべの感触を思い出したら興奮してきた。ただ処女だったら良かったと思う。貴奈美には言わないが。ハッキリ正負に振り切って居ない気持ちだが、セックスに溺れていく気がした、というか、してる。今貴奈美に電話もメールもするのは止めとこう。
星人という黒球が示す標的との格好いい道具を使って戦うのは、道場で禁止された剣道を使った喧嘩を通り越した血みどろの暴力だ。星人達、特にしょうしょう星人は人間の男女と区別出来る気がしない。クローン人間とか、人造生物兵器が星人の正体ならまだ気楽、そうでもないか、しかし文字通りの異星人なら、知性のある化け物、人殺しと変わらない。私はもう殺人鬼、鬼なのかも。
今までの自分は暴力とセックスに浸る危ない奴になりかかっていたんだ、これから気を付けないと。日本は安全性が高い国とは聞くが、こういう危なさは日常の延長線上のすぐ近くにある。科学者だったら黒球の提供するものが未知の技術だと研究対象にしたり、特に医者なら転送や再生が画期的治療と興奮して、世界的偉業、つまり非日常へと入っていけるのかもしれないが。
浮ついているのは危険だ。夢見心地で殺し合いなんて可笑しい話だ。
安全のためにはキンナさんみたいに100点メニューの1番を選んで、記憶をごっそりなくす羽目になろうが黒球から逃げ出すのが常識的対応かもしれない。2番で強力な兵器を求め続けるのは軽くて狂った選択の気もする。でも、改めて考えてみても私は正しい。本の一冊を手に取る。見えない悪や危険や脅威から逃げても本当に安全な筈無いんだ。黒球は記憶を消す。嘗て私も100点を取って解放された後、今再び戻った可能性だって否定出来ない。記憶は取り戻せるのかもしれないから、巨乳に惹かれる下心抜きで戦力増強の可能性の為にもキンナさんとは会い続けないと。貴奈美には悪いが。それに、私はやるつもりじゃないが、あの兵器は幾らでも悪用できる。知られてはいけないというルールに反して黒球に粛清される危険はあるが、盗みも性犯罪も器物損壊も殺人も容易だろう。本を置いて立ち上がり、鍵を取り出して箪笥を開き、その中の大きな箱を見下ろす。
私は何かっこ付けて黄昏れているんだ?
箪笥を閉じる。
箪笥の中の青い包みが目に入る。新庄 湊さんの荷物が仕舞ってある。大切な、重力銃以外の遺品だ。銃も爆弾の破壊に巻き込んでしまったが飛行バイクと一緒に肩掛けカバンごと再生された。同一性の担保は無いが。
座り、首を振り、頭を掻いて。セックスの時の事を考えると肌に気を遣わないと。掻くのはもうやらないぞ。化粧について間近でみて、話して、化粧水と乳液は買ったし。剃刀も風呂に入る時2回に1回は使うようにしたし。
そうだ、受験勉強は夏休みにするのが普通だろうな。優先順位は低く感じるが、中卒で就職なんてヤバそうだ。そもそも黒球と縁を切らないとまともに働けないのは、キンナさんがナースをクビになったことからも明らかだ。大学まで進学してユートリアムを手にしないと殺し合いなんてやってられないだろう。そういえば、スグルは復活させても勉強で苦労するだろうな。100点を使ってまでやることなのか....。
視界の端の携帯。滝田家の番号は入ってない。一度お宅に伺おうかなぁ。
3番の再生をするなら、湊さんとか、あー、サクラバさんとか、知り合いの実力者を選んだ方が良いに決まっている。ふう、まだ覚えている内に色々ノートに記録して、黒球のある部屋、いや初参加者がいじらないように隣の追加兵器の部屋に置いときたいな。黒球に回収されないといいが。
黒球は、その行動だけじゃなくて、その技術もよく解らない。転送された人間は転送前と完全に同一存在なのか。元の肉体と精神は分解されて別の物質を使って再構築されたなら、それは本物と見做して良いのか。
SFじゃなくてホラーやファンタジーかも知れないが、死者蘇生の問題は小説のメジャーな題材だ。蘇生前後の自己同一性以外にも、生命の価値を低くするとか、禁忌を犯した報いがあるとか。天罰を下す神様がいるなら黒球だけを対象として欲しいものだ。
よそう。ふぅ、これからやることは、黒球に関連する出来事を記録して見直せるようする、後いつもの山や、海で兵器の習熟を今までよりもしっかりと行う、ぐらいか。おっと学校のテストに向けての勉強に、そこそこ綺麗なカノジョとの時間、まあセックス、へへ、キンナさんや滝田一家と会う、それと独り暮らしの為の相談もしないとな。
あーっ、モチノと会っておきたいな、それにまあソウとも。モチノに私の点取りに協力する気があると良いんだが。あのヒステリックな女子が騒ぐから、碌に飛行バイクの練習も出来ずに湊さんの銃と入れ物を回収しただけで退散する羽目になって、電話番号なんて当然聞けて無い。ソウはヤマダ先輩に聞けば判りそうだが、あいつは私に点を譲る理由が無いしな。
そういやあの女子の小さい銃を一撃で破壊できた刀は使い勝手が良いよな。あの時持ってはいなかったしどうせ使わなかったが重力銃なら殺してたかもしれないし、タイムラグで避けられて生き残った他の人も巻き込んだ仲間割れになったかもしれない。無力化したあのヒト慰める役を引き受けたモチノは完全に巻き込んでしまったが。
ドーナツ型バイクは飛行出来るようにならないと移動が微妙に手間だし、飛行バイク状態でも狭い場所、室内などでは相変わらず殆ど無力だよな。大きい星人を体当たりで吹き飛ばせる出力の高さはあるから建物を簡単に破壊出来そうではあるが、絶対に減速する。
一回の戦いで一度しか使えないだろう爆弾とミサイルに関しては明らかに最低の使い易さだ。特に爆弾の方は身に着けた状態で攻撃を喰らったら、一撃で即死しなくとも暴発して死ぬかもしれないし、使い方以前に戦いに持って行く事自体が悩ましい。
2番を選び続けるとどんなものが手に入るのか、黒球に確認したいな。まともに判るとは思えないけど。そうだな、3番に関しても、黒球のメモリーにある人達の能力が知りたいな。何度100点を取ったか、何点の敵を倒したのか、味方と連携をするのかぐらいは教えてくれないものか。
背筋に寒気が走る。敵も再生されているのだろうか。厭だな、夏に怪談は付き物かも知れないけれど。というかこの寒気、まさか黒球の転送前のお知らせでは無いだろうな。前回から1ヶ月経って居ないし、前回は2回連続で闘ったから2ヶ月休みにして欲しい位なのだが。
まっ、楽しみではあるが。....戦いの直後から4週間は夜もそれなりに気楽に過ごせるから、貴奈美を誘ったりデキるし?『殺し』は、楽しんで、いない、筈。そうじゃないと、いけない。