──昔から、夜戦好きな
違う鎮守府にいる私の話を聞くと、どの川内も夜戦バカという認識があるのだ。
変なの。最初に思うのは、そんな言葉。
だって、夜戦なんかしても楽しくない。
そりゃあ提督の命令には従うけど、わざわざ無理して夜戦までする義理はない。
夜戦をしているより、神通や那珂と話している方が楽しいし。
そんなことを演習で呟いたら、向こうの鎮守府にいた川内がおかしそうに笑った。
かつての己を見るような眼差しで、こう告げてきたんだ。
──心から支えたいと思う提督と会えば、わかるよ。
そんなあやふやな言葉で。
当然理解できなかったから、私は首をかしげたわけだけど。
今なら……ううん、あの人と出逢ってからはわかるかな。
あの人に会った瞬間から、私の存在意義は定まったんだから。
提督との相性が悪いと、定期的に別の鎮守府に異動されることがある。
私もそのクチで、新たな鎮守府にやってきた。
そして、あの人に出逢ったんだ。
「川内だな。うちの鎮守府では初めての艦娘だから、色々と教わると思う。これから、よろしくな」
とくん。着任挨拶にきたあの人……提督を見て、私はたった一つの感情に支配された。
──この人を支えたい。
今までにないほどの、強い衝動。提督の笑顔が、声が、匂いが、私を狂わせる。
一目惚れと言ったら、そうなのかも。でも、私はそんな清い感情だとは思えない。
これは、一言で表すならそう──崇拝。
提督のために、笑いたい。
提督のために、頑張りたい。
提督のために、勝利を捧げたい。
提督のために……夜戦をしたい。
ああ、ああ。
今なら、わかる。わかってしまう。あの時言っていた
川内型は、川内は、真に仕える提督に出逢ったら、夜戦を捧げたくなるって。
だけれど、これを素直にぶつけることはしない。まだ初対面だしね。
心に苛烈な熱をしまい込みながら、私は快活な笑顔を向ける。
提督に余計な心配をかけさせないために。
「川内、参上。夜戦なら任せておいて!」
こうして、私の
──足りない。
提督の元に配属されてから、常に胸を掻き立てる渇望。
練度は上がった。周りとの連携も取れている。可愛い妹達もいるし、順風満帆だ。
でも、でも、違う。違うの。こんなの、私じゃない。こんなお行儀が良いのは、
なにが足りない……決まっている。夜戦、夜戦をこの身体が欲している。
今も夜戦はしている。だけれど、決まって小破以下で挑んでいる。提督の方針で。
私達の身を案じているのは、とても嬉しい。
あの人は優しすぎるから、私達艦娘に命令ができないんだ。お願いという形で、協力を仰いでいる。
それが愛おしくて、支えたくて、夜戦を捧げたくて。
だからこそ、不満。私達が、中破進軍したら轟沈すると思われているようで。
この鎮守府は強い。それは戦闘力という意味ではなく、優しい提督を支えようとする、艦娘達の献身が満ちているから。
水平線に、夕日が沈み込む。
その直前、仲間に向けて放たれた砲撃を庇い、私の左腕が破損。
謝る仲間に微笑みながら、空から零れ落ちた闇の先を見つめる。
──数は二。どっちも軽巡洋艦で、小破と中破。対するこちら側は、私が中破で、他は小破のみ。
唇を舐める。
身体が火照っていく。収まらない熱が、心から飛び立っていく。
やるしかない……そう、確信した。
「みんなは先に帰還しといて!」
呼び止める仲間を無視して、私は自身の
全ての雑念を忘れ、溢れ出る思いを抱きながら、闇の海を疾駆。
闇で蛍火が瞬き。直感で身を捻れば、すぐ側で熱が通り過ぎる。
背後から襲いくる水飛沫を浴びながら、私は口元に大きな弧を描く。
「さあ。私と夜戦しよ!」
我が身を焦がす、夜戦の焔。共に踊りましょう。提督に美しき夜戦を捧げるために。
この日、私は初めて中破状態で夜戦をしたのだった。
「うぁー……」
入渠施設という名の湯船で、私は全身を投げ出していた。
やらかした。今の心境は、その一言に尽きる。
中破状態で夜戦を始めてから、私はその魅力に病みつきになっていた。
提督の言葉を無視して、何度も何度も夜戦の日々。
時に危ない場面があったけれども、こうして無事に帰還している。
でも、今回は流石に不味かった。
咄嗟に神通へ放たれた砲撃を庇ったはいいものの、まさかの大破。
おかげで三途の川が見えたよ。まだ渡るつもりはないけど。
肝が冷えたかな。大破で夜戦はいくら私でも笑顔が固まる。
ただまあ、一つだけ言い訳はあるのだ。
敵は私達を逃がすつもりがなかったから、夜戦をせざるを得なかった。
これ幸いに倒しに飛び出た私もあれだけどさ。
「提督、泣いてたなあ」
叩かれた頬を撫でながら、私はため息をつく。
心配してくれたのだろう。普段は自信なさげな顔ばかりなのに、あの時はめちゃくちゃ怖かった。うん。
ごめんなさい。そんな思い以上に、とても嬉しくもあった。
「私、愛されてるね」
口元がニヤける。だって、仕方ないじゃないか。あの提督から、怒鳴られてぶたれたんだから。
被虐趣味があるわけではない。ないけれど、私の性質上、痛みで生を実感してしまうのだ。
神通のように可愛くないし、那珂のように笑顔が素敵でもない。
私にあるのは、艦娘としての力だけ。だったら、それを活かすことこそが、提督にできる唯一の奉公。
──より美しく。
──より華麗に。
──そして、より苛烈に。
それこそが、私が夜戦に求める
夜戦しか取り柄のない私には、それで十分。他の部分は、みんなが埋めてくれる。
「でも、次からは自重しなきゃね」
提督に泣かれちゃうし。
舌を出した私は、流れる涙をお湯で拭うのだった。
敵の戦艦が、崩れ落ちる。
海の藻屑となった残骸を見送り、肩を回しながら勝利の美酒に酔う。
夜目に慣れた目で辺りを見回せば、暗い中で喜ぶ仲間の姿が見える。
「ま、当然の結果ね」
自身は小破。仲間も夜戦で中破になった娘がいるみたいだけれど、戦艦相手にこれは大健闘だろう。
完全勝利とまではいかないでも、勝利と言っても問題ない。
「これなら提督も怒らないでしょ」
私は夜戦ができて嬉しい。提督は無事に帰ってくれて嬉しい。
どちらもハッピーな、幸せな結末だ。
まあ、私としては若干の物足りなさはあるけれど。
そんなことを思ったのが、フラグとかいうことだったのかも。
嫌な予感を感じた。気を引き締めて、跳躍。直後、私の背後が爆発した。
仲間達も違和感に気がつき、戦闘態勢を取る。
「戦闘音に誘われて来たのかな?」
夜戦している時に乱入するのは、よくあることだ。
艦娘の匂いでも感じているのか。それとも、ただ単に深海棲艦同士で情報を共有しているのか。やつらはふらふらとやってくるのだ。誘蛾灯に誘われる虫のように。
燃料確認、問題ない。弾薬も余裕がある、被弾状況も良好。
気配を探る。敵は駆逐艦が三隻。魚雷に気をつければ、まず負けない。
心が震え上がる。恐怖で……否、提督に捧げる新たな
いつものように、心の熱のままに身体を動かす。
「いくよ!」
歌おう、提督への愛を。奏でよう、己の美学に従うままに。笑おう、あの人に捧げられる夜戦に歓喜しながら。
高らかに叫ぶ、心の渇望に身を委ねて。暁の水平線に、勝利を刻むのだ。
──これがあなたに捧げる、私の