魔王軍から幹部待遇でスカウトが来たけど、丁重にお断りする話。 作:セカンドオピニオン
俺がこの国で魔王に対抗する勇者として召喚されたのは、もう何十年も前に遡る。
……というか、その手の小説でも何でも世界の為とか言って割とホイホイ勇者召喚させるけどさ。
チート能力与えるのは結構なんだが、召喚されたっきり元の世界には戻れないこっちの身も考えて頂きたい。
兄妹居なかったけど、何だかんだ三人家族でそれなりに仲睦まじくやってたんだぞ? 俺。
──と、そんな愚痴を飲み込みながら数年余り。
がむしゃらに働いたし、戦ったさ。
人類の為に。
実際楽しかったし、テンプレ無双真っしぐらな人生は。
転生特典。
魔法耐性うんたらに、全属性魔法の才能。
魔法学院とかで何年も修行する必要ないね。万歳。
伝説の聖剣なんとかカリバーの選ばれし使い手。いろんなスキル。
何とか検知何とか感知。
何とか増加。何とか耐性。エトセトラエトセトラエトセトラ。
──四天王。
世を脅かす魔王の側に並び立つ強大な存在たち。
彼らを倒さねば、魔王城の結界を破る事も出来はしない。
それら一人一人に辛勝を収めつつも。
俺は数々の苦難を乗り越え、数多の敵の屍の上に魔王を倒し。
国からも騎士の称号を頂き、国一番の美人とも言われたお姫さんと結婚した。
上々だ。
人族でも随一の実力と名声、富を手に入れ、男の夢、異世界転生無双を満喫。
──それが出来たのも、まあ二十代までだった。
色々とうまくいかなくなり始めたんだ。
その時から、人生が。
考えてみれば勇者の力には、それだけ巨大な責任が付いて回る。
それも国一つどころか、人類全体の存続に関わる責任だ。
そしてそれだけのものを背負い込むだけの覚悟とか意識が、生まれも育ちも平均的日本人の俺にはなかった。
ただそれだけ。
はっきり言って面倒臭いし。
でもそれは、大多数の人間の失望のタネになる。
頻繁に王族と対立するようになったのはその時から。
俺という名前の一人間という器に収まった勇者の力を目当てにした輩が、色々と謀略を仕掛けてきたり。
それの影響で、夫婦仲も上手くいかなくなった。
そしてついに、国中を巻き込んだスキャンダルと離婚騒動の末に、俺は国を出て行った。
それまでの立場にそれほど執着も感じていなかった事に気付かされたのもその時だ。
要するに嫌になったのだ。
色々と。
三十代。
元勇者という身分を隠して、俺は雇われの冒険者として活動を始めた。
金、酒。ギャンブルに女。
自由きままな生き方を見つけられた気がした。
四十代を過ぎても、俺は冒険者稼業を止めることはなかった。
それ以外にこの世界で生きていく道を、ただ知らなかっただけなのだ。
適当に冒険心を満たしつつ、好きなもん食って生きていきたい。
ありとあらゆる特殊チートを持った俺は、戦いの中でしか自分の存在意義を見つけることができなかったし、実際俺もどこかそれでいいと思っていた。
内心納得してもいた。
──そして、ある日終わりはやってくる。
「ングウッっ!! ……不味い、腰がっ……」
「ククク、素晴らしい! 余をここまで追い詰めるとは!! 貴様、相当に名のある冒険者と見受けたぞ。時代が時代なら、勇者として輝く道もあったろうに」
「じゃなくて腰が……ちょ、タンマ──」
目の前には、最強の不死王とも呼ばれるダンジョンマスター、リッチ。
冒険者として中年に差し掛かっても、チート能力に任せて未だバリバリ無茶をし続けて来た俺。
そのツケが、とある地方で最大の規模とも言われた巨大ダンジョンにノリで挑戦した際の最深部でのラスボス戦、最悪のタイミングで現れたのである。
ギックリ腰として。
──いくらどれだけチート特典に恵まれてても、土壇場でギックリ腰をどうにかする特典なんてあるわけないんだよなあ。
「もはや満足に動くことさえ能わずとは、せめてもの情けとして、一撃で葬ってやろう! 『ブレス・オブ・デス』!!」
「──いや待……ぐぎゃあああああああ」
悍ましい白骨と化した不死王の口より放たれたのは、生あるもの全てを死に至らしめる不死王の奥の手、必殺の吐息。
紫の奔流となって襲い来る攻撃に太刀打ちする術もなく、俺はその場で呆気なく死んだ。
──物語が終わるのは、いつも唐突。
これが、身の丈に余る力を手に入れた、等身大の日本人の末路か。
そんなことを思いつつ、俺はなんちゃって勇者としての生涯に幕を下ろした。
■
「──と、思ったんだがな。まさか、アンデッドとして蘇るとは」
重厚な鎧の奥からくぐもった声を漏らしつつ、剣を杖代わりに、玉座にどっかりと座る。
前の持ち主、リッチが座っていたものだ。
──そう。
予想だにしなかった事なのだが、勇者として戦争を戦い抜き、ダンジョンの奥深くで倒れた俺は、なんといつのまにか高位アンデッドの一種、アンデッドジェネラルとして蘇ったのである。
老いる事も朽ちる事も無い不死身の肉体。
自殺する事も出来ん為に、だらだらと惰性で前ダンジョンマスターから引き継いだダンジョンを運営している。
アンデッド化の影響で肉体のリミッターが外れたのか。
生前より増した力の影響で、俺は見事、ダンジョンマスターのリッチにリベンジマッチを果たしていたのだった。
そこまではいいものの。
その後やる事も特に無く。
あーあ。
誰か適当に倒してくんねーかな。
そんなことを投げやりに思いつつ。
「第百二十三階層にドラゴンゾンビがスポーン……どっから流れ着いて来たんだか。九十階層辺りで大規模な共食い? ……面倒臭い。勝手にさせておけ」
明確な意識や自我のあるモンスターがダンジョンマスターを倒したら、どうなるのか。
俺自身もあまり考えたことも無かったが、どうやら新しいダンジョンマスターとして認定されるらしい。
俺自身ダンジョンを出て行く宛もなく勝手に最深部に住み着いただけなのだが、詳しいことは分からん。
とにかく、各階層の管理は配下のワイト(アンデッド化の影響で死霊術が使えるようになったので、試しに呼び出した)に任せっきりだ。
こいつも意識があるのか無いのか分からんし、辛うじて会話の相手が務まるくらいだが。
……こんな感じ。
何がしたいのかもわからないし、ただダンジョンを大きくするだけの作業ゲーをやりつつ、ごくたまに最深部までやってくる冒険者を叩きのめして撃退するだけを繰り返す毎日。
異世界に来てまで、やることがこれなのか。
そんな毎日に飽き飽きしていた俺のターニングポイントが、ある日、ダンジョン内に相当な高位モンスターの反応が来たと報告が来た時だった。
■
──不気味なほど規則正しく配置された松明が、淡い光で部屋の内を照らし出す。
天然と魔術の為せる技により作り上げられし内層は、不死王の統べる大陸最大のダンジョンの最深部に違わぬ荘厳さを持って、ダンジョンマスターとそれに立ち向かう歴戦の冒険者の戦いの場の雰囲気を演出する筈なのだが、今回の訪問者は少し違った。
「ほほう……貴様、さてはヴァンパイアだな? それも高位の」
「さてはとか言わなくてもこの格好見りゃわかんでしょ。ホレホレ〜」
とか言いながら。
上質な衣で形作られた衣装、まるで誘惑するかのように、目を静かに細める目の前の魔族。
背中からは強大なコウモリの翼が生え、姿形は年端もいかぬ少女のそれだが、発育はやたらよく見える。
鮮血の様な紅の瞳には冷徹さと傲慢さが。
金色の長髪をツインテールにしたその表情からは、高位種族としてのプライドの高さが見て取れる。
俺は兜で顔を覆われているのをいい事に、咳払いをしながら観察した。
アンデッド化した今、俺も同じモンスターの狢。
同族の魔力は感知できるし、どれくらいの実力者なのか事前に鑑定できるスキルも身につけている。
……もっとも、これは勇者として召喚された時のチート特典で。
──ヴァンパイア。
日本人にとってもまあ、それなりに知名度の高いモンスターだろう。
その名の通り、人間の生き血を啜ると噂される魔族。
この異世界においては強力な魔法を使うモンスターの一族とされ、エナジードレインなどの凶悪な魔法で人間を脅かし、低級のはぐれヴァンパイアでも小規模な村や国を滅ぼしてしまうこともあるとも言われる。
あちこちに危険が潜み、モンスターが跳梁跋扈するこの世界。
子供を産み、人類の子孫を残すことそのものが重要視されるこの世界では、トップレベルに危険視されるモンスターなのだ。
「……こ、コホン。アンデッドの俺に魅了スキルを使うとは、わざわざ無意味な事を」
「あら、バレちゃった?」
「俺ほどの実力ともなれば当然の事……。それとも何か? この俺を冷やかしに最深部まではるばる乗り込んできた訳ではあるまい」
適当にハッタリを噛ませつつ返答した俺に、彼女は宙に浮きながら内心合点がいったような表情で、しかしどこか生意気そうな笑みを浮かべた。
「……ま、それもそうね。大陸最強の不死王とも噂されるアンタに、小手先は通用しないのはむしろ当然。ダメ元で試してみただけだったし」
「大陸最強の……なんだって?」
……んなもん聞いた事も無いんだが?
ってあれか、もしかして多分それは前の──
「いいえ、謙遜しないで。こんな見た目だけど私もそれなりに長く生きてきたわ。アンタの纏ってる瘴気の濃さは今まで出会ったアンデッドの中でも一番……」
「瘴気……」
「何よりここまでの規模のダンジョン、それを今まで支配してきたという事実が、貴方の戦歴の最たる証左と言えるわね」
「いや、それはだな……」
ダンジョン、部分的には代替わりしてから成長したかもしれないけど、大部分は普通に受け継いだだけだし。
瘴気が濃いのは単に、勇者時代の俺の力がアンデッド化の影響で変質した為だ。
たぶん。
困惑する俺を他所に、さっと髪をかきあげた彼女は、打って変わって真剣な目つきで。
「当てが外れたら足労ついでにダンジョンごと消し炭にしてやる気で、噂をつてに直々に来てあげた訳だけど。相応の実力者のようで安心したわ」
「……ほ、ほう。まあそこまで言われれば悪い気はせんな」
「ええ。その実力を見込んで、頼みたいことがあるの」
「頼みだと? まあ、内容次第では聞いてやらん事も無いが……」
……ここはひとまず、話を合わせておくに限る。
直接戦って負けるかどうかはともかく、ダンジョン消し炭にされたら迷惑だし。
彼女はこちらを品定めするかの様に、少女のような容姿に不釣り合いな妖艶さで唇をひと舐めしたあと、切り出した。
「貴方でも聞いたことがあるんじゃない?果ての大陸の魔王の話を……」
「魔王? ああ、あの魔王か。奴ならだいぶ前に倒し……じゃなかった、倒された筈だが」
っぶねー。
内心焦る俺だったが、彼女は対照的に訝しげな表情で、
「……倒された? アンタ何言ってるの?」
「む? 魔王の話だろう」
「そうよ」
「まさか──怨念で蘇ったとか?」
「アンタと同じにすんじゃないわよ」
「いやそういう意味で言ったわけでは」
「そうじゃなくて」
「違うのか」
「とっくの昔に代替わりしたの! どっかの勇者が前魔王を倒した後、今は現魔王様が指揮を取り、協力者を募ってるわ」
……いつの間に。
というか、そもそも俺が蘇ってからいくつもの月日が流れていたのか。
アンデッドは眠らないし、陽の光の入らないダンジョンの中で、時間感覚が狂ってしまったのかわからないが、どうやら相当の年月が経っていたことにようやく気づく。
……そうだよな、魔王も普通に代替わりするんだもんな。
勇者からしたら一度倒したら終わりかもしれないが、人間より長命な魔族側にとっては、長い目で見た場合新たなる指導者が必要になるのも当たり前だ。
ジェネレーションギャップって、こういうことを言うんだろうなあ。
………。
「……で、それとこれと、俺になんの関係があるんだ?」
「なんの関係が……ってアンタねえ、さっきから宗教勧誘にでも来たと思ってる訳?」
察し悪いわねえなどと愚痴りつつ、目の前のヴァンパイアは溜息をつき。
「私は魔王軍四天王が一人、ヴァンパイアクイーンのカーミュラ。貴方を新生魔王軍の幹部に迎え入れに来たの」
「幹部……この俺を?」
「そうよ」
「ちょっとまて、色々と飲み込めないんだが」
カーミュラと名乗った彼女は、八重歯を覗かせたドヤ顔で豊満な胸に手を当て、
「喜びなさい! さっきも言ったけど、魔王軍結成にあたり大陸全土の魔族達に召集が掛かったの。それに当たって、貴方の評判を聞き付けた魔王様が、貴方を幹部に抜擢するとご指名されたわ。私はそのメッセンジャーって訳」
「……つまり、俺に魔王の配下になれと?」
「ええ、そういう事。光栄に思いなさい?」
「要するに……スカウトマン的な?」
胡散臭さ度で言えば、宗教勧誘とあんま変わらない気がするんですがそれは。
「断る」
「なっ!?」
……いや断られるとは思ってなかった的な表情してますけど。
むしろ何でオーケーしてもらえると思ったんだよ。
何の為に勇者の地位を捨ててまで家出したと思ってんだよ、俺。
「ちょっとよく考えなさいよ。魔王軍の、しかも幹部待遇よ? 貴方も仮にも一アンデッドなら、魔王軍に抜擢されるだけでもモンスターにとってはこれ以上ない栄誉だと思わないの!?」
「いや、モンスターの栄誉とか常識とか、はっきりいってよく分からないんだが……幹部というか、四天王が既にいるんだろう? お前も含めて」
四天王とか、一周回って懐かしい響きだ。
俺も戦ったなあ。四方を守護する魔王の幹部とかいって、一人一人大陸のあっちこっち行って攻略すんの面倒くさかったけど。
「まあ、そうね」
「現時点で四人埋まっているなら、それでいいじゃないか」
「四天王は四天王だけど、あくまで暫定よ」
「は? 暫定? 四天王呼びが暫定なのか?」
「そうよ」
「なに……魔王の配下の幹部といえば四人で四天王だろうが」
「だ・か・ら! それは昔の話っていったじゃない! いつの話してるのよ。今の魔王様は再び魔王軍を結成するにあたり、幹部を十二人迎え入れるのを計画しているわ」
「多っ!?」
俺の時と違う気が。
幹部を十二人構えるとなると、人間側からしたら攻略するのも、魔王軍側からしたら結成するのもそりゃ一苦労だろう。
さっき大陸中から魔族をかき集めてるって聞いたけど、それはそれで十二人も実力者が集まるのか心配なところだ。
それともこれが時流の流れってやつなのか?
「幹部の数が多ければ多いほど、魔王城の結界もそれだけ強固になるのよ。貴方なら結界維持に割ける魔力なんて余裕のはずでしょう?」
「違う、そういう問題じゃない」
「もう一度よく考えて。流石に私ほどじゃないかもしれないけれど、貴方もモンスターとしては相当の高位よ。誰もが貴方の実力を認めるわ」
「……流れるような自分age乙」
「それとも……何か言った?」
「言ってない」
……。
確かに、俺は現状やることも見つけられずにいる。
いつ終わるともないアンデッド生涯。
せめてこの力を何かのために役立てたほうがいいのかも知れない。
……。
だからと言って、元の勇者のような立ち位置に戻るのは、なんか違う。
人間かモンスターか。
それだけの違いでしかない。
同じことの繰り返しになるだけだ。
……というか、深く考えるまでもない。
俺に戦う理由なんて、そもそも存在しないのだ。
魔王軍幹部なんて地位を受ける理由も。
もう一度不特定多数の誰かの運命や責任を背負ってまで戦う理由も。
「……いや、やはりやめておこう」
「……」
最初から答えは決まっていたようなものだ。
「返事はノーだ。四天王だの幹部だの、そんな地位や栄誉は俺にはもはや価値のないものだ。従って、お前の頼みを受ける理由も、俺にはない。悪いが、今回はお引き取り願おうか」
「………」
カーミュラはというと、しばらく納得のいかないと言った表情で、複雑そうに俺の方を睨んでいたものの。
やがて、心の中で自分なりの答えを見つけたかのような表情で。
「成る程ね。よくわかったわ」
「わかってくれたか」
「ええ。それに、アンタの事も、少しだけ知れた気がするし」
「ほう。そうか」
「地位や栄誉に頓着しない、それだけの器の持ち主ってことがね」
「ああ……えっ?」
ニヤリ、と不敵な表情を見せ、
「確かに、今日のところは引き取らせていただくわ。けど、地位や名誉に拘らない貴方でも、靡く理由を見つけて来てあげる」
「いや違うんだが……お前話聞いてたのか?」
「ぶっちゃけ、魔王様も十二人も幹部を構えることを計画した以上、それだけの数を何処からかき集めてくるのか悩んでたみたいだし」
「やっぱりかよ! 十二人も幹部構えることがそもそも計画倒れなんじゃ」
「とにかく!」
ビシッ! っとこちらに指を突きつけ宣言した。
「絶対にアンタをこっち側に引き込んであげる。今度来るときまで首を洗って待っていることね!
──『テレポート』!」
体を光が包んだかと思えば、彼女の姿は消えていた。
後にはあっけにとられたまま。
色々と言い損ねた俺だけが残され、
「……新魔王軍とやらがあんな奴ばっかりだったら絶対に入りたくないんだが」
そんなことを独り愚痴りつつ、俺は諦めとともに玉座にどっかりと座り直した。