魔王軍から幹部待遇でスカウトが来たけど、丁重にお断りする話。 作:セカンドオピニオン
粛々と投下。
──高笑いと共にそばの岩陰から姿を見せた、このダンジョンのマスターたるアンデットジェネラルこと、俺。
「で、で、出たわね……」
「出たわねとはなんだ人に向かって失礼な」
口笛でも吹きそうな気分のままに、軽やかな足取りでカーミュラに向かって近づくと、彼女は逆に警戒するかのように後ずさりした。
魔王軍四天王のヴァンパイアクイーン。
そんな大層な肩書とは裏腹に、その実とんでもなく意固地なきかん坊である彼女は、つい数週間前に俺のダンジョンを盛大に爆破。
アレだけやらかしてなおまたこうして凸しに来てるのは、大方彼女が魔王様とか仰ぐ上司にこっぴどく叱られたか。
やっぱり彼女側ではもともとチョイスがないのか。
「こっちは完成まで冒険者に邪魔されないよう、出入り口を一時封鎖までして手ぐすね引いて待っていたというのに。随分な言い方じゃないか」
「いやいや……………いやいやいやいやいや!! 全然! 全ッッッッ然そういう問題じゃないから! 何これ、何? まさか幻影魔術かなにかじゃないでしょうね!?」
「そう思うなら確かめてみるんだな」
「……っ」
動転して何がなんだかよく分からないままに、やはりというべきか訝しげな表情で、近くの湯だまりに無造作に手を突っ込むカーミュラ。
「……あッッつ!?」
「おいおい、そっちはまだ水で埋めてない源泉だ。火傷するぞ」
「フーッ、フーッ! ほ、本物だわ……。でで、でもどういうことなの……?」
「ククク……如何にも不思議そうな顔だな?」
「ごまかさないでよっ! おかしいじゃない! 前来た時は」
「畑のことか? 畑ならもう一階下を作ってそっちに移したぞ。元々、この階にあったものの改良型のをそっちに設計するつもりだったし、どのみちお前の爆破魔法で元々の畑は駄目になったしな」
「う、ううッ……。なっ、ならっ! この温泉は何なのよ。こんな大量のお湯、一体どこから」
「どうしてもと言うなら教えてやろう」
俺は得意げにバッと手を広げ。
「──聞いて驚け! お前が爆破魔法を放った影響でな! このダンジョンに、湧き出たのだ!
───温泉が!!」
「……わ、わわわたしの魔法でぇっ!?!? そ、そんなことが」
「ほれ、お前がさっき手を突っ込んだ源泉を見てみろ。嘗てお前が爆破魔法を放ったのと全く同じ位置だぞ」
驚愕の表情はそのままに、ハッとしたように背後を見るカーミュラ。
湯だまりは濁った湯の上から見ても分かるほどに綺麗な円状をしており、その中心部から湯が湧き出ているのが分かる。
自分が爆破魔法を放った跡のクレーターで作られているのを、彼女も察したようだった。
「……信じらんない」
「流石の俺もお前が吹っ飛ばした所から、噴水みたいに湯が湧いてきた時は驚愕したぞ。だがな、その時ピンときたのだ! 畑の次はこれだと! この最深部も、まるごと崩落は辛うじて免れた。落盤で落ちてきた瓦礫も、ゴーレム共に手伝わせて二日で撤去したしな」
カーミュラも言われて初めて、辺りが温泉の周囲も含めて綺麗に片付けられているのに重ねて気づいたようだ。
インテリアとして配置されたものの他に、雰囲気造りのために温泉に二三個の岩石が沈められているのが水面から顔を出しているが、それだけだ。
ポカンとする彼女に、俺は更に。
「……そうそう、洞窟の落盤や崩落の影響で、魔石や、おまけに石灰岩の鉱脈も見つかってな。今錬成スキルを使って、そこから大理石を生成中だ。しばらくしたら向こうの方に大理石造りの浴場も作る予定だぞ」
「は……、はぁ……?」
魔石というのは、この世界でも様々な魔導具を扱うに際し、日本においての電池のように使われている鉱石の事だ。
ダンジョンの奥などに行けば行くほど良質なものが取れるというが、なんとまあそのザクザク掘れる事。
「というわけでまあ、こっちとしてはそれなりに迷惑したがそれ以上にデカい副産物も得られたわけだ」
「………」
「暫くは冒険者の相手はお休みにして、温泉の工事に集中しようと思っているのだが……。ん? 何だ、どうかしたか?」
「………。…………〜〜〜っ!!」
さっきまでプルプルと小刻みに震えていた彼女が、ついに我慢がならなくなったといった風に声を張り上げ。
「な、何よアンタ!! それじゃアンタ私が出ていってから今までずっとここに居て、しかも呑気に温泉工事してたっていうの!?」
「呑気に? いや、ある意味水回りの管理は畑仕事とは違って結構大変だったぞ」
「そういう話じゃなくって!」
「全く。一体どうしたというのだ? さっきから。それで何かお前が困ったり、迷惑する訳でもあるまいに」
「それは……。その。で、で……出て行っちゃったかもとか、そんなこと考えてた私がバカみたいじゃない……」
「ん? なんだって?」
「ななな何でもないわよっ」
若干顔を赤らめてそっぽを向いたカーミュラに、俺はしたり顔で。
「……ほほう、お前、もしやこの俺があの一件で居なくなったかもしれないとか、そんな事を思っていたのか? それで少なからず気を揉んでいたと」
「聞こえてるんじゃないの! つくづく趣味悪いわね!!」
「いやー、当の本人にそこまで心配してもらえたと思うと嬉しいなー。更に言うならそこまで出来栄えにも驚いてもらえると、ダンジョンマスター冥利に尽きると言うもんだ」
「心配なんかしてないし! ていうか、もはやダンジョンの中の風景じゃないしここ!!」
すっかり臍を曲げて、憤慨した様子のカーミュラ。
俺はそんな彼女に、少し調子を変えて宥めるように声を掛けてやる。
「まあそうカッカするな。お前もお前で、その調子だと恐らくは元々はこないだの一件を謝りに来るつもりだったのだろう?」
「うっさい! そんなのチャラよチャラ。っったくもう、何よっっ!! からかわれるくらいなら、こんなとこまでまたわざわざ来るんじゃなかったっての!」
「どうどう、ちょっとは機嫌を直したらどうかね。ほれ、折角ここまで来たんだ。ひとっ風呂浴びて行ったらどうだ?」
「いちいちいちいち、勘に障る言い方ねっ! アンタごとき、そんな簡単に人の気分を──」
そんな俺に、カーミュラは今にも噛みつかんばかりの勢いで──!
■
「ああああああぁぁぁ……極楽ぅぅぅ………♡」
彼女と俺とを仕切る、半透明のついたての向こうからは。
完全に力の抜け切った、無防備な彼女の声が響いてくる。
温泉に浸かる彼女の影に向かって、
「どうだ、いい湯だろう」
「んぅ……悔しいけど……長い道ダンジョン降りてきてからのこれはもう……卑怯よ……ぉ」
そんな彼女の声を片耳に聞きつつ、俺は温泉のほとりにしゃがんで、彼女が脱いだ服を畳む。
土木工事やら農作業ならいざ知らず、流石に配下のアンデッドの手でレディの服を触らせるわけには行かないからな。
「…………」
……というかめちゃくちゃいい匂いするなこの服。
女の子の香りとか、フローラルな香り、ていうのか。
ふんわりとしていて、なんだか体の内側から癒やされるような。
………。
………。
「──えっお前こんなの履いてんの!?」
「……? 何か言った?」
「なななななな何でもない何でもないぞ!? そんなことより服、ここに掛けとくからな!」
「ん。ありがと」
慌ててついたての上に畳んだ服を掛ける。
……危っぶねー。
アンデッドになってまで、俺も年甲斐のないことするもんだ。
生前でも中年の齢だぞ、俺。
「ねーえ、私が来るまで、こんないいもの独り占めしてたなんてずるいじゃない」
「あ、ああ。そっちもいい湯加減なようで何よりだな?」
「なんだか浸かってると心が安らぐわ……肌に染み込んでくる感じがするっていうか。美容にもいいのかしら」
具体的な効能は俺にもわからないのだが……。
あとで鑑定スキルでも使って調べてみよう。
湯治なんて言葉もあるくらいだし、温泉の成分はアンデッドにもヴァンパイアにも等しくいいのかもしれない。
………。
後ろめたさを隠すべく、俺は小さく咳払いをすると、いつもの威厳のある声を作りつつ。
「ククク……それにしても、魔王軍四天王と言えども、やはりこいつの魔力には勝てまいか」
「……むっ。四天王とかどうとか、少なくとも今は関係ないし」
「クク……はいはい」
……。
温泉特有の声の響きのためか。
いつもとは違った調子で、若干湿っぽさすら含むような声でカーミュラが。
「ふん。アンタにはわかんないでしょうけど、私はね。ヴァンパイア一族の中でも名門の血と、先代魔王様の血とを引く特別な血統なのよ。本来ならアンタみたいな奴とこんな事してる暇なんてないんだから」
「ヴァンパイア一族の血と……ん?
──ちょちょ、ちょっと待て、今なんて言った!?」
──!?
聞き間違いじゃなければ、誰の血を引くだと?
驚きを隠せないままに彼女と俺との間のついたてを乗り越え、身を乗り出さんばかりの勢いで素っ頓狂な声を上げた俺は。
「ちょっと!! 覗くんじゃないわよヘンタイッッッ!!」
「わぶっ!?」
飛んできた大量の熱湯に、盛大に尻もちをつく。
……覗きどうこうよりもまず今あれだ、のっぴきならない単語が聞こえた気が。
「全く……油断も隙もないんだから」
「す、すまん。だがお前、今さっき魔王の血を引いてるとか言わなかったか」
ちゃぷちゃぷという水音と共に、彼女が身を守るように自分を小さく抱きすくめたのが分かる。
こちらを揶揄するかのような仕草を浮かべた彼女は、予想に反してあっけらかんとした口調で、
「そうよ」
と。
仕切りの向こうで少なからず驚きつつ、俺はふと思い出す。
彼女が説得の為とかいって、よくわからん貢物を手に押しかけてきた、三回目の訪問の時の事を。
「……例の聖鎧の光に当てられても平気だったのは、そういうことか。もしや、ヴァンパイアの血を半分だけしか引いていない為か?」
「ま、そういう事ね。ついでに言えばわざわざ人里を襲って、チマチマ血なんか吸うまどろっこしい生き方もしなくて済むし」
「……成る程な」
「そういう意味でも、私はそこらの野良ヴァンパイアとは格が違うの」
「…………」
そうか。
一介のヴァンパイアや四天王という立場を差し引いても、やけに態度のデカイ子だと思ったが。
そういうことだったのか。
……などと腑に落ちる半面。
此方にとってはこれほど気まずい事はない。
彼女の言葉を信じるなら、彼女の生みの親というか父は、先代の魔王。
そして、その先代魔王を一騎打ちの果てに葬り去ったのは、言うまでもなく。
同じ時期に活躍した、勇者である当時の俺自身だ。
つまり、彼女にとって本来なら俺は、父親の敵とも言える立ち位置にあるわけで───。
「……今のお前の属してる、現魔王とかいうのは」
「先代魔王様の弟君ね。百年以上年の離れたご兄弟らしいけど、兄が成せなかった事を遂げるんですって」
「つまり」
「──家系で言えば、私の叔父様に当たるわ。まあお父様──先代魔王様が崩御なさった時から、育ての親みたいなものだったし」
「お、おお……」
「というか、お父様の事は殆ど知らないの。先代魔王の業績を記した文献も、ほぼ全てが戦争で燃えてしまったし。嘗ての勇者と戦って倒れたこと以外、どんな人柄だったのか、姿すら。現魔王様からの人伝にしか聞いてないけど、私の生き写しみたいな人だったとしか」
「………」
……。
先代魔王の生き写し、か。
「……確かにやたら偉そうな奴ではあったな」
「え?」
「何でもない何でもない何でもないぞ!!」
察するにいわゆる、箱入り娘ってやつなのか?
魔王の血を引く血統といい、こいつは随分とこんがらがってきたな。
──そして巡り巡って、新生魔王軍の幹部という立ち位置に今収まっていると。
そんな彼女がよりにもよってこんな場で俺と知れず邂逅するとは、運命というのは何と皮肉なものか。
………。
………。
「……その、なんだ。なんか済まなかったな」
「えっ?」
「いや、魔王や魔王軍についてだ。家来と雇い主の関係どころか、お前と肉親だとは思わなんだ」
確かに俺がしきりに彼女を煽っていた際、バックの現魔王や魔王軍について言及したときの彼女は一段と憤慨した反応だったように思う。
あるいは魔王軍を侮辱することが、間接的に亡き父を侮辱されたと感じたのかも。
俺は、少しばかり緊張しながらも軽く潜めた声で。
「その、確かに色々と言い過ぎたと思ってな」
「……フン。わかればいいのよ、わかれば」
鼻を鳴らし、やや尊大な口調のカーミュラ。
これはこれでちょっと癪だな、などど大人げない事を考えていると、今度は彼女の方から。
「そ、その。私も……ついカッっとなってやっちゃったこと……ちょっとは申し訳なかったって、思ってるから」
「お? ほほう、箱入り娘と思いきや、反省の二文字はちゃんと辞書にあるようだな」
「ちょっとだけよ? ほ、本当にちょっとだけなんだから」
「そうかそうか」
「………とにかくっ」
ザブン、という水音と共に、ついたての向こうの影が起き上がる。
湯から立ち上がった彼女が、掛けておいた服を取ったのがわかった。
「………」
うっすらとシルエットだけが映る向こうの影。
仕切りの反対側で着替える彼女の姿を、俺は向こうからも見られていないのをいいことに、遠慮なくガン見させてもらいつつ。
「お。もう上がるのか?」
「さっきも言ったでしょ。私は高位なる先祖の血を引く魔王の娘。こんな事してる暇もないし、さっさと帰ってアンタをこんなダンジョンから出て来てもらう手段を考えなきゃいけないのよ」
「ご苦労なこったな。せいぜい頑張るがいい」
「ほんっと、他人事みたいに言うわね。その分私の責任も重大だって、それも前に言ったわ」
「ククク……だが、貴様にできるかな?」
彼女に取っては、意地でも此方を引きずり出して幹部の椅子に座らせたいのだろうが。
逆に茶々を入れに来れば来るほど、ダンジョンの設備がどんどん充実していってる悪循環なんだが?
……そんな俺の懸念とは裏腹に。
「ま、逆に言えば、要は幹部随一のエリートって訳よ。アンタも含めて十二人幹部が揃った暁には、魔王軍一の実力者、筆頭幹部の座は頂きね!」
「ほーう、そっちがそうなら俺はアレだな」
手を豊かな胸に当て、威張るカーミュラに向かって。
「……幹部の集会とか、面子が揃う場所には決して姿を現さない、そんな場では決まって、
『おや、奴はまた欠席か。姿も声も聞いたことはないが、どこで何をしているのやら』
といった具合に同僚の幹部からまことしやかに噂される、通称欠席幹部の座は頂きだ」
「ち、ちょっと、欠席幹部って何よ? そんなの聞いたことないんですけど。……っていうか更に言うならそれ、出席してない割に結構メチャクチャ美味しいポジション持っていかれている気がするんだけど!」
着替え終わって衝立の向こうから姿を現し、俺の言葉に敏感に反応するカーミュラに向かって俺は笑いながら。
「ククク。とにかく、俺は当分ここを離れるつもりはないからな。その点に関しては、ま、安心するがいいぞ? 折角だ。ダンジョンの入り口に直通の隠し転移魔法陣でも作っておくか?」
「ふん! 調子いいんだから」
まあ、大本の原因は向こうからふっかけてきているだけとはいえ、散々彼女に足労をかけさせた要因でもあるわけだしな俺は。
「今度はその鼻を明かしてやるわ!」
そんな事を言いながら。
魅力的な肢体をいつものドレスに包み、アップにしていた金髪をいつものツインテールに整えた彼女は、いつもの呪文を叫んで消える。
「──『テレポート』ッッ!!」
「……また来るんだろうなあ、アイツ」
次来るときまでには、また何か拵えておいてやろう。
再び、彼女の驚き顔が拝めるように。
彼女の消えるのを見届けた俺は、いつになくそんな事を企むのだった。