魔王軍から幹部待遇でスカウトが来たけど、丁重にお断りする話。 作:セカンドオピニオン
魔王軍幹部。
ヴァンパイアクイーンのカーミュラ。
彼女は現在魔王幹部の座に数えられる精鋭たちの中でも、一際抜きん出た存在である。
魔王城でも一握りの存在しか知らされていない、魔王の血を引くという特殊な出自。
ヴァンパイアの持つ不死性と強い魔力とを併せ持ちながら、なおかつ圧倒的な力を以て魔族を統一、戦争を率いた伝説的な先代魔王の力を受け継ぐ存在。
その美貌もさることながら。
──魔力。
──耐性。
──攻撃力。
──身体能力。
どれをとっても魔王軍の兵士の中で右に並ぶものはいないだろう。
一度腕を振るえば、並み居る人間の軍勢でさえ吹き飛び。
生半可な魔術では、その白磁のような肌には傷すらつけられぬ。
得意の大火力の魔法が炸裂すれば、相手はひとたまりもなくあの世行きだ。
養父関係にある魔王の後ろ盾もあって、彼女は魔王軍の筆頭幹部とも目される存在なのである。
……だがそれ以前に。
それと同時に。
魔王軍の先鋒たる吸血女王の肩書を持つ少女、カーミュラは──
「──温泉風呂よ温泉風呂! このフロア一杯を埋め尽くすほどの温泉風呂を建てるのよ!」
「カーミュラお嬢様、さ、流石にそれは……」
──とてつもない我儘な箱入り娘でもある、というのが魔王城全体の共通認識でもあるのだった。
「素材は大理石よ。浴槽から何まで全部大理石造りにしないと承知しないわ!」
そんな事を高らかに宣言する彼女の前に。
彼女の身辺の世話を任された十人余りの側近のヴァンパイア達は、今回ばかりは困惑しきった表情を互いに見合わせる。
彼らとて、我らが魔王令嬢の無茶振りに振り回されるのは初めてではない。
無論のことだが。
物心ついたときから現魔王の元で育てられ、躾けられ、良くも悪くも世間ズレしたまま育った彼女の相手は慣れっこなのだが、しかし。
「も、申し訳ありませんが、カーミュラお嬢様。それだけの施設を作り上げるとなると、石材の材料費も加工費用も、領民を動員した総工費もそれなりにかかります。魔王様からのお小遣いに加え、現状で幹部に配当されている手当だけではとても……」
時々爆発する度を外れた彼女の我儘には、皆頭を抱えるしか無いのだった。
「総工費? フン。全く、やれやれね。我が側近ながらなんたる浅知恵……。主たるこっちのほうが情けなくなるわ」
「はあ。ならば失礼を承知でお聞きいたしますが」
そんな中。
厳格な佇まいの、ひときわ老齢と見える長身のヴァンパイアが、側近らの中から歩み出ると、朗々とした声で彼女に意見する。
「……カーミュラお嬢様はお嬢様で、なにか画期的なアイデアが?」
「──そこまでにしときなさい。ええ、私に素晴らしいアイデアがあるわ。心して聞くのよ」
心底訝しげな様子で聞いてくる側近の言葉を遮って。
吸血女王、カーミュラは、くいと形のいい顎を上げ。
「……答えはこうよ。アンデッドを召喚して、総動員させるの!!」
──と、腰に手を当てたドヤ顔で宣言するも。
「どう? これなら人手いらず。楽勝でしょう?」
「………」
「……は、はあ」
「………な、成る程。さ、流石はお嬢様で……」
「??? ど、どうしたのよ。皆名案だと思わないの?」
──側近らからの反応は、今ひとつ。
「ではまあ、やってみますが。……ではどなたか死霊術に心得のあるお方、ご協力願います」
声を上げた年配の側近を筆頭に、数人の側近が各々呪文を唱えつつ、輪になって中央に向かって手を伸ばす。
と同時に、物々しい雰囲気に包まれる室内。
──それは、この世界で闇魔術に心得のある者ならば誰しも見たことのある光景。
「「「……『ネクロマンシー』」」」
──不死魔族の固有スキルによる、アンデッド召喚の儀式だ。
「「「……はっ!!」」」
数人の側近が同時に気を込めると、各々の手からなんとも禍々しいオーラの形をとって可視化された瘴気が発せられ。
一つ、また二つと寄り集まっていく。
中央で一つになったそれは、みるみるうちに固まり、物質化すると。
やがで地面から立ち上がるかのごとく、異形の人型を形成し──!
「ちょ、ちょっとちょっと! 駄目よそれじゃ! そんな効率じゃたった十人生み出すのにも朝までかかるじゃない」
「……そうは言われましてもお嬢様」
召喚の義を終えたヴァンパイア達が、何処か疲れ気味な声で。
「我ら下級ヴァンパイア数人がかりで瘴気を最大限に引き出して行使する闇魔術でも、アンデッドを一体瘴気で構成し、呼び出すのにもこれくらいの時間はかかります」
「城の外れの共同墓地を一つ一つ掘り返し、既にある死体を蘇生させるならまだしも」
「それでも足りない部分は、やはり領民の魔族を雇って労働させるしかないかと」
「多少の人件費は浮くかと思いますし、これでも無いよりマシな程度にはなりましょう」
「〜〜っ! これじゃ埒が明かないわ!」
代わる代わる意見する側近らに混じって、瘴気で構成されたアンデッド──スケルトンが一匹、召喚されたはいいものの所在無さげに佇んでいる。
だが、これでは彼女の満足には程遠い。遠すぎる。
そう──彼はこいつかそれ以上の格のモンスターを、こともなげに同時に何百と召喚し操っていたではないか。
「ぐぬぬぬぬぬっ……! は、話が違うじゃないっ」
「……カーミュラ様は、死霊術の教えをよくサボっておられましたからなあ」
「不死者召喚について少し疎いのも、無理もありますまい」
「そうですな。思えば、身体から瘴気を引き出す上での細かな扱いなど、儀式的な手順を必要とする魔術は昔から御苦手で」
「先代魔王様のお力と、攻撃魔法の才能の開花はそれを持ってしても余りあるものではございましたが」
「ええ。お話が長くなるとすぐ何処かへ隠れてしまうので、魔王様も困っておりました」
「最早懐かしい限りで……」
昔懐かしげに談笑モードに突入し。
微笑ましげな語らいを始め、代わる代わる懐かしのエピソードまで上げ始める側近ら。
その横で彼女は再び、悔しげに爪を噛む。
──彼の体から溢れ出る瘴気、初めて会ったときから自分の家臣たちのそれとは比べ物にならないとは分かってはいたが、しかし。
対抗心に瞳の奥の炎を燃え上がらせるカーミュラに、年長の側近が横から耳打ちする。
「カーミュラ様。湯浴みが必要とあらば即座に湯を用意させますが……」
「湯浴み? そんなんじゃないわよ。それに、普通の湯じゃダメ」
「は?」
と声を上げた側近に指を突きつけ。
「天然! 天然の温泉よっ! ほら、なんていうの……こう、白く濁ってて、浸かると肌ツヤにいいやつ!」
「いくらなんでも温泉をまるごと引くのは無理でございますお嬢様! そもそもそれだけ大量の湯水をどこから持ってくるのやら」
「そんなの決まってるでしょっ! 掘り当てればいいじゃない私の領地からっ!」
「は、はいぃ!?」
目を白黒させる側近に、カーミュラはバッと大きく手を広げ、一段と声を張り上げる。
「そうよ。これだけ広いのよっ、絶対どこかに源泉が埋まってるはずだわ!」
「お、お嬢様……」
「そうと決まれば早速外に出て源泉探しね! 一回成功したんですもの。適当に魔法でふっ飛ばせば温泉の一つや二つ、余裕で湧くわよ!」
「そうそう簡単に湧くものでは……お嬢様? どこへ行かれるのですお嬢様!? お、お嬢様──!!」
■
「……で、私有地の周りに爆破魔法でクレーター開けまくった結果、領民からクレームが殺到した挙げ句魔王にも叱られた、と」
──俺は、四十半ばにしてギックリ腰を間接的死因としてダンジョンの奥でおっ死んだ元勇者。
こと、現ダンジョンマスターのアンデッドジェネラルだ。
死んで以来特にすることもなく、このダンジョンに勝手に棲み着き退屈な日々を送っていたのだが。
どうも最近何かと因縁を付けられたり変な勧誘を受けたり、あまつさえダンジョンを爆破されたりと、それに従って色々とやることが増えて、逆に困っているくらいだ。
それもこれも、元はといえば、目の前の彼女が、連日押しかけてくるためで。
「……ぅ、ぁあ………これ、ダメ……ぇっ」
「そうかー。ダメかー」
「なに、これ…………。こん、なの、はじ……めて……ぇ」
「ククク。無理もない。恐らくでなくとも、この世界には、こいつはまだ無いだろうからな……」
前回同様俺と仕切りで隔てた向こう側で、あられもない声を上げる彼女は。
魔王軍幹部であり、吸血鬼の中でも高位の種族であるヴァンパイアクイーン。
高飛車で傲慢。
俺を魔王軍側に引き込むと言って譲らない、なんとも頑固な性格の持ち主。
……つい先日、俺の元仇敵、魔王の娘という名の新属性も追加されたわけだが。
「ククク……だがそんなお前もこいつを体感するのは初めてだろう!
──改良型・ジェット噴流式浴槽! またの名をジャグジーバスだ! 喰らえ!!」
「んあああああああぁ────っっ!!?」
俺が高らかにそう言うと、肩の部分に水流が当たったのか。
嬌声を上げた彼女が、仕切り板に綺麗な流型の影を映し出しのけぞる。
湯船自体にマッサージされるなんて、彼女にとっては初体験の未知なる感覚の筈だ。
……その通り。
俺は毎度彼女を出迎えるに当たって、どうせただの風呂ではつまらないからと、丁寧にこんな仕掛けつきの風呂まで作っておいたのである。
日本では富裕層宅や成金の自宅に行けばかなりの確率で置いてある、勝ち組の証としてお馴染みのこちら。
「なにこれえええええっ、なにこれぇええっ! き、気持ちいぃ……♡」
ククク、怖いか。
お前が俺を引きずり出そうとここに押しかけてくるたび、俺のダンジョンはどんどんパワーアップするのだ。
「お風呂の中なのにぃ……揉みくちゃにされてるみたいな……っ」
こちらの世界に召喚されてくる際、俺は随分な特典の数々に恵まれた。
それはもう結構な数の特典である。
だが魔王を倒すという大目的の元に召喚された俺にとっては、割と必要ないスキルもそれなりにあったわけで。
攻撃や戦闘に使えない産廃スキルの数々は、一向にスキルのレベルを昇華させないままほったらかしだ。
使わなさすぎて、最近まで存在自体忘れてたスキルすらある。
ぶっちゃけ、余りある特典やらスキルなんか持ち抱えて異世界で暮らしている人たちは、リアルに大半が俺とおんなじ状態になるだろう。
錬金スキルなんかがいい例だ。
時間かけて物質の組成を微妙に変質させる、そんな効果。
スキルを極めれば道端の石ころを純金に変えられるらしいが、それでどうやって魔王と戦うんだよと。
稼ぎにはなるかも知れないが、そもそも勇者の俺には、国一つ懐に入れられる王家の莫大な財力の後ろ盾があったからな。
だが、究極に暇になった今、割と有用なスキルであることに気づき始めた。
彼女の魔法で落盤したところから発見した石灰岩を、高級な大理石に変えたり出来るということに気づいた俺は。
もともとは大理石を加工するために使っていたそのスキルで、物のついでに岩石から魔道具を組み上げるときとかに使う、ある程度頑丈な金属のようなものをこしらえることにも成功したため。
どうせなら何かに応用できないかと作り上げた一種の魔道具がこれなのである。
送風の仕組みそのものは、それほど複雑に設計した機構のものではなく。
吹出口として穴を開けた浴槽に、家庭でよく使う扇風機とか、理科の授業で磁石とクリップ使ってやった実験みたいなシンプルな仕組みを、風魔法も使って応用したものだ。
ちなみに動力源の魔石も、石灰岩と同様に豊富に採取できるため困ることはない。
……正直今まで侮っていた。
許せ錬金スキル。
そんなこんなで完成したのが、彼女が今浸かっているジャグジーなわけで。
水の勢いとか吹出口の位置の微調整なんかもしつつ、なんとか完成した形になる。
「クハハハハ! 毎回毎回のこのこやってくるお前に、この俺が珍しくもこんなにもサービス精神を見せてやっているのだ。感謝するがいい」
──俺は優越感たっぷりに。
「そして観念して、思う存分ダメになるがいい!! 魔王軍幹部が一人、カーミュラよ! クハーッハッハッハッハッ!!」
「も、もぉ……無理っ……! ダメに、ダメになっちゃうううううっ……!!」
そんなことを呂律の回らない口から漏らしつつ、一周回って危機感でも感じたのか。
上半身だけ湯船から出して謎の藻掻きを見せた様子だったが、溺れるようにぶくぶくと引き戻される。
……仕切りのこっち側からはまるでスライムに飲み込まれまいと藻掻く冒険者の姿なんかに見えてくるから滑稽だ。
俺はニヤニヤしながら、こないだと同じように仕切り板にかけておいた服を手に。
「ちょっと待っていろ。上がるなら服を……」
「ごめん、力抜けて立てない……。手、てぇ、そっちから貸して……」
■
「……畑が前よりでかくなってるんですけど」
「その通りだ。構造も洞窟内の地形を利用した棚田に変更してな。地下水を利用した水路はそのままに、改良型の灌漑設備で収穫効率もアップだ」
なんとか風呂から上がったカーミュラと俺は現在、一階下に移設した、平地が少ない洞窟内の地形を最大限活用できるよう立体型にグレードアップした畑を見渡せる位置にいた。
畑を食い荒らす野良モンスターも居ない恵まれた環境で育った作物たちが、ダンジョンの魔力を吸収した事によるめざましい成長スピードを見せ、いよいよ実り始めている。
中央では例の聖鎧があいも変わらず、畑に囲まれて輝いていた。
俺個人の粋な計らいで麦わら帽子を兜の上に景気よく乗っけたそいつは、農地を見守る案山子のよう。
最早聖堂に飾られていた御本尊というよりは、心優しき畑の守り神といった方がスッキリする。
「これ……全部アンタが一から作ったの……?」
「ククク………それだけではないぞ。向こうを見てみるがいい」
洞穴の隅の方に建てられた、石造りの施設を指さして。
「あそこにある、温泉の熱水循環を利用した温室が完成すれば、栽培できる作物の幅も更に広がることだろう! クハハハハハッ! ハーッハッハッハッ! 笑いが止まらん!」
「そ……そんな……」
個人用の菜園ですら珍しいこの世界。
荘園やら何やらで儲ける貴族でも、ここまで広大な畑や作物を自分オンリーのために独り占めする俺には敵うまい!
……おかげでこの世界には無い料理やデザートの開発もできそうな具合だ。
もう少し余裕ができたら、小規模な畜産業でも営んでみるか、などど企んでみる。
どのモンスターが食用に値するかそうでないかは、日本より自給率の低いこの世界では、技術や時代の割にかなり細かに解明されているし。
色々と圧倒された様子のまま固まっているカーミュラに、俺はわざとらしく大声で。
「いやあー、しかし魔王軍の暮らしもさぞかし贅沢なんだろうなー。魔王軍幹部ともあれば待遇も更にいいんだろうし羨ましいなー」
「!?」
「何だかんだいいつつ、深いダンジョンの中ってのも手狭な気がしないでもないしなー。ここなんかより更に好条件な物件を用意してもらえるなら、俺も引っ越さずには居られないのになー?」
「んんん、んぐぐぐぐぐ………!」
そんな事を言ってやると、魔王軍の代表者たる吸血お嬢様は一転、カチカチと尖った犬歯をかち合わせん勢いで震え始めた。
■
──魔王城内、カーミュラの自室。
「……どう、例の品物は用意できた?」
「はっ」
──彼女が派遣先から帰還し、色々と荒れに荒れた日から暫く経ってから。
彼女の一声の元に、年長の筆頭側近がパンパンと手を叩くと。
すぐさま他の側近たちが、数人がかりで彼女のリクエストのもとに作らせておいた品を運んでくる。
「カーミュラ様が是非お目に入れたいとお望みの、『ひとりでに泡の立つ浴槽』で御座います」
「言われたとおり、大理石造りの浴槽と合わせて拵えました」
「そうそう、これよこれ!!」
彼女のリクエストした、ひとりでに泡の立つ風呂。
……最も、そのサイズは人一人が足を伸ばして寝そべられる、あのダンジョンの地下に在ったそれとはひと回りかふた回りほど小さく。
心持ちこぢんまりとした風呂桶という形容の仕方がしっくり来る代物ではあったがそれでも彼女は満足であった。
湯船は、確かに彼女の思い描いていた理想通り、勢いよくボコボコと泡立っている。
思わず顔に気色を浮かべたカーミュラが、
「でかしたわ! まあ、サイズはアイツのダンジョンにあるやつと比べれば多少は見劣りするけど、試作品としては上々ね!」
「お褒めいただき、光栄なお言葉でございますお嬢様。カーミュラ様に喜んで頂いたならば我々世話役としても、冥利に尽きるというもの」
家臣らの働きを喜ばしげに評価すると、十人の側近らも各々顔を綻ばせる。
そんな中、筆頭の世話役がしかし、怪訝そうな顔で。
「しかしお嬢様、こちらのような奇異なる品物を用意して、何をどうするおつもりで?」
「? 何言ってるのよ。入るに決まってるじゃない」
「は? ちょ、お嬢様──」
■
「ボコボコに沸騰した風呂桶一杯の熱湯に全裸でダイブとか、お前マジで何考えてたんだ?」
「うぅっ、う、うるさいわねっ! イタタ………」
半泣きの顔で肩まで湯船に浸かる彼女に、俺はその程度で済んで逆に良かったなと苦笑しつつ。
元の世界なら言わずとも知れた、名物お笑い芸人の話をしてやる。
「俺の故郷では、裸で熱湯に突っ込んだときのリアクションを見て笑って貰う、変わった大道芸人みたいな奴が居たが。お前もアレか、その口か?」
「どこの誰よそんな適当な芸思いついたの!? どんな故郷から出てきたのかわかんないけど、アンタには私が自分から笑い者になるような人間に見えるっての?」
「あんまり騒ぐと火傷に響くぞー。今日はジャグジーもお預けだからな」
「ぐすん…………」
言いつつ俺は、入浴剤代わりの薬草袋を湯船に沈めてやるのだった。