魔王軍から幹部待遇でスカウトが来たけど、丁重にお断りする話。   作:セカンドオピニオン

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お待たせしました。
ゴールデンウィーク中の書き溜めしてました。


第7話

 ──魔王城の、その最上階。

 

 数ある魔王城の部屋部屋の中でも一際豪華であり。

 目がくらむほど高い天井近くには、ガーゴイルの巨大な像がフロア全体に睨みをきかせるかのごとく構えている。

 

 禍々しく。

 それでいて、立ち入ったものが畏怖さえするかまでの、極めて荘厳な内装。

 それら全てが、その中央に座する部屋の、更には城全体の持ち主の実力と権力の強大さをそのまま反映している。

 

 厳粛にして剛毅。

 

 厳然にして冷徹。

 

 ──この世界において、現在『魔王』とも呼び習わされる人物。

 

「我が幹部が一人、カーミュラよ」

 

 豪華絢爛な玉座に座る百魔の王は、己が統括する幹部が一人にして……義理の育ての娘でもある人物。

 亡き兄の残し子たる少女を前に、口を開く。

 

「果ての大陸の不死王の説得は難航しているようだな」

「……はい」

「うむ。お前を持ってしてこのザマとは、余程向こうの心が頑迷であると見える」

 

 この魔王城内で目の前の少女に頭を垂れさせることの出来る存在があるとすれば、彼を除いて存在しない。

 

 逆に言えば。

 彼、魔王を除いた、この魔王城全体の意見と圧力を束ねたとしても。

 ──誇り高き【吸血女王】カーミュラに、膝を折らせることなど能わぬであろう。

 

 魔王城に限らず。

 おそらくは、この世界でさえも。

 

 ──果ての大陸の迷宮地下深くに住み着いた変わり者の不死将軍が所有する、一台の風呂桶を除いて。

 

「……あれからも定期的に、我が魔王城の誇る武具や武器を持ち寄っているのですが。生憎と目もくれず」

「ふむ。価値の高い装備などで釣れば、多少はなびくと思って提案したのだがな」

 

 魔導金属製の剣、盾、槍など。

 魔王軍の力を、もとい加入のメリットなどを示す交渉材料としてそれらを貢ぐという、交渉の常套手段。

 説得にあたって彼女に入れ知恵、もとい発案者の当人である魔王は、顎を引き気味にううむとうなる。

 

 魔王城の武器庫から貢いだそれらの品々では、とても足らぬとでも言わんばかりに(なし)(つぶて)だ。

 逆に、今まで向こうから要求してきた品は、たった一つ。

 

「……はっきり言って、余も何故この大陸の果てにまで名を轟かせるダンジョンの主が、食物の苗なんぞ欲しがるのかは知らぬが。だがともかく」

 

 思慮深く、兄ゆずりの君主の明に溢れる魔王軍の長は、威厳を含んだ声で言う。

 

「現状唯一向こうから求めてきたものがそれなのは事実。ならばこちらが取るべき行動の答えは定まっているというもの」

「えっと、それは……」

「──より多くの作物の苗を献上し、貢物とするのだ。必要な種類は部下に取り揃えさせよう」

「だ、駄目よ叔父様! それではますます」

「……む」

 

 暗がりの中で影で隠された魔王の表情。

 ついハッとしたような表情を浮かべるカーミュラに向かって、不機嫌そうに眉を潜めたのが見て取れた。

 

「余を叔父様と呼ぶでない。そう厳しく前から言っておろう、カーミュラ?」

「……はい。魔王様」

 

 その返答に満足したのか、はたまた頭を悩ませたのか。

 フン、と息を吐いた魔王は、ときにカーミュラよ、と話を変える。

 

「な、なんでしょう」

「世話役の者から聞いたのだがな」

「………」

 

 ……嫌な予感。

 人知れず冷や汗を流すカーミュラに、魔王は容赦なく問いただす。

 

「……『ひとりでに泡の出る風呂が欲しい』などと大理石作りの風呂桶を特注し、沸騰した熱水に飛び込んで火傷したそうだな」

「うっ……」

「魔法攻撃に耐える訓練でも?」

「いえ、そういう訳では」

「つい最近は管理を任せている領地を穴だらけにしたかと思えば。何のためにお前に十人以上も側近を用意したと思っている。おかしくなったのではないかと奴らも心配しておったぞ」

 

 返答に詰まるカーミュラに、魔王は追い打ちをかけるかのごとく。

 

「よりにもよって何故大理石造りにする必要があったのだ? 幹部の給料に加えて毎月の小遣いも与えているというのに、それも使い込みおってからに」

「それは! 確かにこ、個人的に……使いたかった理由もありますけれど……。その……不死王との交渉には必要不可欠なものであると判断したからですわ!」

「……は?」

 

 思わず間の抜けた声を上げた魔王の前で、カーミュラは懸命に力説する。

 

「あくまで、魔王軍の実力や財力、待遇を向こう側に見せつけるために」

「ならば申してみよカーミュラ。何故に泡の出る風呂桶なんぞが交渉材料になるのだ?」

「うっ……」

「適当なことを申すでない」

「………はい」

 

 言い返せずにうなだれるカーミュラ。

 

「貴様にはヴァンパイア一族の高潔なる誇りに加え、我ら魔王一族の血を裏切らぬよう、幼少期から躾けてきたはずだ」

「……」

「それでは亡き兄君も浮かばれまい」

 

 厳とした口調で魔王は言う。

 

「……その昔、兄君が先代魔王としてこの椅子に座っていた頃、余が側近・従者を務めていた」

「伺っております」

「理解しておるか? 兄君にとっての余であるような立ち位置に、ゆくゆくはお前がなるのだ」

「……」

「生みの親の顔に泥を塗るような真似は、さすがの余も看過はせぬぞ。兄君のためにもな」

「……はい、我が魔王様」

 

 恫喝する勢いで語気を強める、魔王。

 

 高慢なプライドと屈辱を飲み込みつつ。

 幹部、カーミュラは、その前に深々と頭を垂れる。

 

「申し訳、ありませんでした。……どうぞ、お許しを」

「良い。面をあげよ」

 

 偉大なる兄の後ろ姿を追い、厳格であるべきだと己にも言い聞かせ。

 育ての娘にも養子としてではなく、公私共に上司と部下という立場を貫く、厳格なる魔王。

 

「どうしてもと言うなら。小遣いを少しだけ増やしてやる。

 ……本当に少しだけだぞ? これでもう我儘は無しにするのだ」

「は、はい」

 

 ──だがその実。

 身内には割とダダあまらしいぞというのが魔王城の魔族達の上層部における周知の事実であることは、その主たる本人の預かり知らぬことである。

 ……そして度重なるこういった行為が、後々になって彼女の不遜で我儘な性格に拍車をかけていることを、魔王は知らない。

 

 ………。

 

「……ともかくだ」

 

 と、魔王。

 

「兄君の欠けた魔王軍を新たに一から立ち上げてから、もう随分経つ。だが全盛期に兄君が築き上げた威光にはまだ比べるべくもない。──件の勇者は消えたが、人間どもの軍勢に舐めてかかられた時が終いなのだ」

「承知しております」

「その為にも何としてでも、人間たちの間でも影響力を持つ者を味方につけ、情勢をこちらに傾けさせねばならぬ。カーミュラよ。お前の生は何のためにある?」

 

 もう何十となく、繰り返された二人の間のやり取り。

 魔王の問いに対し、吸血女王が応えるべきセリフは、二人の間ではもう決まっている。

 

 問いを投げかけられたカーミュラは、しばし間を置いたのち。

 いつもそう返すように、淀みなく。

 

「……父上が築き上げた、誇らしき魔王軍に栄光をもたらすためですわ」

「その通りだ。そしてそれは、余も同じこと。近いうちにまた謁見に来るがよい」

 

 そして、ひざまずくカーミュラの頭上に向かって、勢いよく手を伸ばし宣言した。

 まるでその先にある勝利を見据えたかのように。

 

 

「──必ずや果ての大陸のダンジョンマスターを、我らが魔王軍幹部に据えるのだ!!」

 

 

 ■

 

 

「くそ……どうして僕達がこんな初心者向けの階層で」

 

 そう悔しげにうめく剣士を筆頭に。

 女戦士、女魔道士が続く。

 前回、パーティーリーダーの剣士が氷漬けにされ一発ダウンし、テレポートで急遽帰還するまで、かなり深部まで到達していたエリート冒険者達だ。

 

 そんな彼らだったが、今回は一転。

 初心者でも突破できるような、かなり浅い階層で行き詰まってしまっていた。

 

 というのも。

 

「さっきから、モンスターに遭遇する頻度が高すぎる……。一体何が起こってるって言うんだ?」

「私たちなら捌ききれ無いことはないけど……消耗が激しすぎるわね」

 

 女戦士が疲れ切った声色で、額の汗を拭う。

 

「こないだの地震が影響してるんじゃないかなー。ダンジョンの中のモンスターの活動が、今になって活発化してきてるのかも」

「確かに、本来ならこの階層に出現しないはずのモンスターまで出てきていたし。可能性は高いわね」

「だとしたら、運が悪いな……」

 

 剣士が苦々しげに漏らす。

 

 少し前に起こった大規模な地震。

 それがダンジョン内のモンスター達の生態系に、さざなみ式に大きな影響を与えたのだろう。

 モンスターの遭遇率が格段に上がっており、同じ攻略率で見た割合だと、前回の挑戦よりかなり損耗が大きい。

 

「ユメ。ポーションは後どれくらい残ってる?」

「うーん、もう全然残ってないなー。私の魔力の消費具合から見ても、どうかんがえても一番奥まで持たないよー」

「……やっぱりか」

 

 そう報告する女魔道士にため息を付き、剣士が足を止め後ろを振り返った。

 

「……皆、残念だが今日は生憎日が悪いようだ。こんな浅い階層で撤退するのは癪だけれど、安全を考えて、またモンスターの活動が収まった頃に改めて挑戦に……」

「……ねえ、ちょっとアックスー」

「ん? どうしたのユメ?」

「あそこにへんな人が座ってるんだけどー」

「えっ」

 

 ……。

 

 魔導師の指す方向を見た女戦士が、奇妙なものを見たかのごとく、ぎょっとしたような表情を浮かべる。

 釣られて剣士もまた同じ方向を向いた。

 

 目を凝らす一同の前に浮かび上がる、その姿は。

 

「確かに……見るからに怪しさ全開じゃない」

 

 女戦士の言葉通り。

 彼らから少しばかり離れた位置に、平らな岩をテーブル代わりにその後ろに腰掛ける人物。

 

「……」

 

 かなり大柄な体格をすっぽりと黒いローブに包み、しかもその下には全身鎧を着ているようだ。

 ダンジョンのど真ん中にじっと座するその姿は、初心者向けの階層に似合わず、かなりの存在感を放っている。

 

 ──はっきり言って、まるで変装のド下手糞な貴族のお忍びのようだ。

 

「……初心者の冒険者ってわけじゃなさそうだけど」

 

 と訝しげに呟いた剣士に気づいたのか。

 ローブの男がくいとこちらを向くと。

 

「……おい。そこな冒険者方よ」

 

 話しかけてきた。

 

「ダンジョンの真ん中で困っているように見えるが……自家製のポーションはいかがかな?」

「……ポ、ポーション?」

「ああ」

 

 恐る恐る近寄って聞いた剣士の前に。

 岩のテーブルの上に、男はローブの中から取り出した瓶をいくつか置く。

 

「効き目は保証しよう」

「それは……。た、たしかに君の言う通り、アイテム不足で困ってたところだが。そもそも君は……」

 

 困惑顔の剣士に、女戦士と女魔道士、二人のパーティーメンバーが横から。

 

「アックス。ポーションのダンジョン販売なんて、新手の業者のやり口なんかじゃないの」

「そうだよー。きっとダンジョンの中だからって、薄めたポーションなんか売りつける気だよー」

「ククク……まあ疑うのも無理はない」

 

 半信半疑と言った様子のパーティーに、男はやけに特徴的な含み笑いで返す。

 

「ククッ、だが俺も俺とて、実を言うとポーションの販売は初めてなのだ。せっかくのお客様第一号、サービスとして無料配布しようではないか」

「無料配布? まあそれは有り難いが……」

「ますます怪しいじゃない。私達みたいな上級装備持ちに声をかけて、毒を盛って装備を持ち逃げする盗賊の手口だわ」

「うーん。でもリリアー。見たとこ私たちより数段上の装備着けてるみたいだよー?」

 

 ローブの襟元から、底光りする漆黒の鎧が覗く。

 フードの奥から覗く兜は、まるで悪趣味な魔族が着けていそうな面をしている。

 

 ……どう考えてもダンジョンのお助けキャラというには割と普通に無理があるレベルの威圧感を容赦なく辺りに振りまいている目の前の人物は。

 

「ほんのサービスだと言っているだろう。こんなダンジョンの中、俺がわざわざ冒険者を毒殺して金品を奪うような、回りくどい真似する盗賊に見えるかね?」

「ま、まあそれもそうかしらね……」

「ほれ、とりあえず飲んでみろ。タダだから」

 

 出で立ちとは裏腹に、気前よく瓶に入ったそれを薦めてきた。

 

 ……。

 各々、自分の手元に薦められたそれを見やる冒険者たち。

 瓶の中身は若干緑がかった白濁で、毒のたぐいかと言われれば微妙な感じはするが……。

 

「……んぐっ。……。ん? これは」

 

 毒を含めた各種耐性の高い剣士が、三人の中で真っ先に手にとって飲むと。

 

「……見たことのない効き目だ! ふたりとも、飲んでみてくれ!」

「ア、アックスがそう言うなら……」

 

 純粋な驚愕の声を上げた。

 その様子を見て、続けて手にとった二人組も、飲み干すや否やそれぞれ目を見開く。

 

「凄い。力が溢れてくる……」

「魔力の回復量、市販のポーションの比じゃないねー」

 

 驚愕と言った様子でポーションの効き目を口々に評価する三人。

 男はその様子を見つつ満足げに。

 

「そうだろう。従来のポーションとは比べ物にならん効き目なのは確認済みだ」

「こんなものをどうやって」

「言ったろう? 自家製だと」

「これは大変な……。あ、いや、ちょっと待てよ。君は……」

 

 興味津々の表情で声をかける剣士。

 

「なんだ? 言っておくが製造方法なら企業秘密で」

「違うんだ。いや、実際このポーションの効き目は凄いんだけれど。思いついたことがあって」

 

 驚きと興奮のままに、詰め寄らんばかりの勢いで男に話しかける。

 

「自分で言うのも何だが、僕たちはこれでも多少名の知れた冒険者パーティーでね。地元の商人ギルドとも、少しツテがあるんだ」

「ほほう」

 

 彼の言葉に頬当の隙間から男が片眉を上げたのが、後ろの二人のパーティーメンバーにも分かった。

 

「こんな効力の強いポーション、無料配布するなんて見たことも聞いたこともない。世に出れば、大勢の人々の助けになるはずだ」

「ククッ……ふむふむ。世の人々を助ける、か」

「ああ、僕自身、少なからず人助けのためにも冒険者をやってるからね」

 

 剣士の、意志の通った凛とした声に同調するように女戦士も。

 

「フフッ、アックスったら。たしか古の勇者に憧れたんだっけ?」

「ろまんちすと、って言うのかねー。アックスみたいな人ー」

「ち、ちょっと二人とも、茶化さないでよ」

「……」

 

 勇者、という単語に少し反応を見せた男だったが、剣士はそれも構わず語りかける。

 

「……とにかく。勿論タダでとは言わない。頼む、僕に話をつけさせてくれないか? まずは一本、買い取らせて欲しい」

「……。クククッ」

 

 ……。

 男はしばしの沈黙の後、まるで一転、おかしくてたまらないかのように。

 嘲笑とも哄笑とも聞こえる笑みを響かせた後、

 

「……ククッ。クハハッ! 古の勇者のようにか。なかなか見上げた男だな?」

 

 ──ニヤニヤと。

 不気味な笑みを兜の奥から覗かせた。

 

 

 

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