魔王軍から幹部待遇でスカウトが来たけど、丁重にお断りする話。 作:セカンドオピニオン
「邪魔するわよ。──って、まーたなんか変なことやってるわねこの暇人アンデッド」
今しがた、挨拶もなしに入ってきた少女をして曰く。
暇人アンデッドこと俺は。
「そっちこそ何の用だ? ネタ芸吸血少女め」
「ネタ芸言うな! それに私がここに来る目的なんて、たった一つよ」
「ククッ、温泉か?」
「ちーがーうー!! 魔王軍に入るようアンタを説得するためよ!」
大きな袋を手に憤慨する彼女に背を向けたまま。
手に持った瓶の中身の液体を移し替えたり、混ぜ合わせたりする作業に没頭する。
定期的に身分を隠して上層階をうろうろし、追加の連絡が来るのを待ちつつ、他の時間帯は最奥に籠もり、色々作業するなど時間を潰したりする形で、しばらく前に足を運んで撒いた種の芽が出るのを俺はこうして待っているのだが。
こういうときに限って、呼んでないヤツの方からやってきたりする。
足音と、ドスンと抱えてきた荷物を下ろす音が背後から聞こえるとともに。
「今日も今日で持ってきてやったわよ。暇なアンタにとっては、ま、お望みのものなんじゃないかしら?」
「……また武器かなんかか? 武器ならそこに置いといてくれ、後で熔かして建材にするから」
「今回は違──って、
──あ、あ、あああああアンタ今まで私が持ってきたもんそんなことに使ってたの!!??」
「全く。いちいち……っておお! これは!」
彼女の怒号に振り返った俺は、箱一杯に袋詰にして、丁寧に小分けにしてあるそれに即座に飛びつく。
そんな俺の背後から憤りを含んだ罵声が飛んできた。
「ちょっと! 私が持ってきてた武具とか、全部熔かした経緯を詳しく」
「ほほう、こいつは魔王城の周辺にしか生えないと言われている植物モンスター、ハニートラップの苗じゃないか! なんとも珍しいものを」
「ねーえ! だから武器の話を」
ぐいぐいと金色の髪が懸命に視界に押し入ってくるが、俺の関心事はそれではない。
勇者時代にも見かけたその植物モンスターについては、俺もいくつか知っていることがある。
「……甘い蜜を出して虫型のモンスターをおびき寄せる、こいつの特性を利用すれば糖蜜から砂糖が採取できるやも知れぬぞ! 他にも沢山随分なものをよくぞ──と、そうだ」
「無視してんじゃないわよ。こっちは何だかんだ言いつつ毎回持ってきてやってたのに! いくらなんでも失礼だと」
「失礼ついでに見せたいものがある。これだ、見るがいい!!」
「お願いだから人の話を聞きなさいよおおおおおおお!!」
最早涙目になりそうな勢いで叫ぶ彼女の前に。
ビシッ!! っと。
俺は先程、上層階で冒険者集団に売りつけたものと同じ、容器に入った液体を突きつけてやる。
「全く……。って、何これ?」
「ポーションだ」
「ぽ、ポーション? 今度はポーション作りまで始めたの? つくづくほんっとに暇ね」
失礼な。
俺はやれやれというように肩をすくめる。
「何を言う。俺の故郷では、異界に飛ばされのんびり暮らすといえば、ポーション作りというのがテンプレ、お決まりというものだ」
「あ、アンタの故郷では異界に飛ばされるのが当たり前なの……? ……本当は地獄から来た大悪魔の類かなんかじゃないでしょうね」
「そりゃまた随分な言われようだな」
別に当然とかそういうわけじゃないけど、なんでそんな解釈になるんだよ。
何やら身構える彼女を前に込み上げてくるおかしさをこらえつつ、俺は説明してやる。
「前にお前が火傷して半泣きになりながら、湯に浸かりに来たときのこと覚えてるか?」
「そ、その話はもういいじゃないっ。意地が悪いんだから……」
「違う違う」
俺は瓶をシャカシャカと振りつつ、中の液体が緑がかった白濁なのを見せてやる。
「あのとき、薬草袋を湯に浸けたろ? そしたらお前の火傷は短時間で治った。そうだな?」
「まあ、心持ち治りが早かったような……」
「あの後薬草成分の混じった湯を鑑定……というか調べてみたんだがな。聞いて驚け、湯そのものがまるごと、治癒効果に加え、微弱ながら魔力回復効果を持っていたのだ」
「ええっ……?」
驚愕する彼女に、俺はうなずきつつ。
「……原理は分からん。だがどうも、温泉の成分と、魔力豊富なダンジョンの地下で栽培した薬草の成分が、強力な相乗効果を発揮したようだな。そこで俺はピンときた。──こいつを改良すればポーションとして売れる、とな」
……役立ったのは数ある産廃特典の一つ。
薬草師スキルだ。
こちらもスキルを極める以前に、もう既にポーションのエキスパートなエリート宮廷魔導師が勇者パーティーにいたため、ついぞ効果を発揮することが無かったのである。
もっともそれを差し引いても、俺のステータスで治癒ポーションなんぞ必要は無かったし。
アイツ今どうしてるんだろうな。
「だが、湯をまるごと強力なポーションに変えられるとは! 既にダンジョン攻略中途の冒険者パーティーに飲ませて売りつけ、効果は実証済みだ!!」
「……ん?」
「ククク……向こうも何かと話しの分かるやつだったのが幸いした。クハハハッ! これを元手に商人ギルドと──」
「ちょちょちょっとまって。ちょっと待って。ちょっと待って。一旦ストップ」
大げさな手振りで強引に遮ってきたカーミュラ。
なんだよと視線を投げかけると、彼女はいつになくシリアスな低い声で、詰問するように。
「……貴方はそのポーションを、飲ませて売ったのよね? 通りすがりの冒険者に」
「そうだが?」
「で、そのポーションはあの薬草成分入りのお湯を使ってるんでしょう?」
「その通り」
「火傷した私が浸かった、温泉のお湯よね」
「……あっ」
……。
固まる俺に、恐る恐るといった様子でカーミュラが──
「……それってつまり、私が浸かった後の……。の、残り湯をポーションにして、飲ませたり売りものにしたって意味に聞こえるんだけど……。流石に……、嘘、よね?」
「…………」
………。
………。
長い沈黙。
「……大丈夫だ」
「……」
「……う、売ったのは一瓶だけで、あとは全部無料配布……」
「なおさらダメじゃないのよおおおおおおおおおおおおお!!!」
「う、うおおおお何だ!? 急に掴みかかってくるな!」
号泣でもしそうな勢いで襲いかかってきたカーミュラに、ガクガクと揺さぶられる。
すごい力だ。
すごい力だが、こんなことで魔王の娘の本気を出されても困る。
「べべべ、別にいいだろうちょっとぐらい! 一瓶だけならそこまで儲けた訳じゃ」
「お金の問題じゃないわよおおおおおお! アンタってヤツは! ……ポーションなんて! ──よりにもよってポーションなんてぇっ! どんな羞恥プレイよ!!」
「ポーションとしてじゃ嫌なのか。じゃあ何か? 『温泉大好きヴァンパイアっ娘の残り汁』とかで堂々とラベルでも貼って売り出したほうがいいってのか!?」
泣きながら癇癪を起こすカーミュラに向かって言い返す俺だったが、逆に火に油を注いでしまったのか。
怒りと羞恥による感情の昂りか、赤い瞳を輝かせ、涙を浮かべ罵倒してきた。
「アンタってヤツは! アンタってヤツは! 何をどうやったら乙女の尊厳をそこまで踏みにじれるのよ! 逆に尊敬するわ! 慰謝料! 慰謝料払いなさい! 間接的なセクハラに伴う精神的苦痛に対する慰謝料を要求するわ!」
「お前いまお金の問題じゃないとか言ってたろうが! おい、ちょ──ああっ、瓶を手当り次第投げつけるのはやめろ! 貴重な売りもんなんだぞ!」
「アンタってヤツは! アンタってヤツは! アンタってヤツは! アンタってヤツわあああああ──っっっ!!!」
■
……。
──私の名前は、カーミュラ。
誇らしき魔王一族の末裔だ。
「早速聞こうか。貢物の効果は如何ほどだカーミュラ?」
果ての大陸のダンジョンマスター。
不死王ことアンデッドジェネラルを、魔王軍の幹部の一人として迎えるため説得せよとの命を私が受けて、暫く経つ。
……けれど、魔王様のご期待とは裏腹に。
私は一向に、なんの成果も得られずにいる。
「はい。……かなり、喜んでいたようで」
「成程。植物型のモンスターの苗なども共に送ったはずだが、そうか。大方植物の類の収集癖でもあるのであろうが」
「………」
逆にこっちの方の口は重くなるばかり。
──言えない。
ダンジョンマスターなんて名ばかりのアイツが冒険者なんかそっちのけで、最深部のさらに奥で農場経営してるなんて言えない。
──言えない。
折角結構な武器をいくつも持っていったのに、都合よく建材にリサイクルされてたなんて言えない。
──言えない。
この私を骨抜きにするぐらい見事な温泉まであるなんて言えない。
──言えない。
はっきり言ってこっちが勝ってるとこないくらい、魔王城の暮らしより数ランク上の贅沢して暮らしてるなんて言えない。
──言えない。
私が入ったあとの残り湯でポーション発明したりしてますなんて絶対に、絶対に言えない!
「どうしたなカーミュラ。なにやら悲壮な表情をしおってからに」
「はっ!? い、いえ何でもないですわ」
「で、貢物に対し、幹部入りを承諾する可能性は期待できそうか?」
「それは……それとこれとはその……話が別と、言っておりましたというか……」
しどろもどろになりつつ、頑張って嘘をつく。
あのあと、怒りにまかせて作り置きのポーションを一つ残らず割ってしまった私は、もうお前帰れと逆に追い出されてしまったのだ。
……だ、だっていくらなんでもアレはあんまりよ。
自分の知らないところで……あれが勝手にポーションとして売られたり飲まれてたなんて、なんたる羞恥!
魔王軍の説得とかそれ以前に、あんなこと許されていいはずがないんだから。
「四天王それぞれに別々の幹部候補を説得に行かせたが、成果を挙げられておらぬのはお前一人なのだぞ?」
「はい。承知しております」
「他三人の尽力により、幹部の数は順調に増えている。もう四天王などと特別扱いは出来んのだ、カーミュラ。私情を滅し、ゆくゆくはお前のことを、あくまで十二人いる中の一人として扱わねばならん」
「……。はい」
「責任は分かっておるな? カーミュラよ」
……とはいえ。
せっかくの貢物もこれで帳消しになってしまったのは事実。
アイツのことだ。
次行ったときはまた更に畑の拡張にでも勤しんでいるんだろうとやりきれない予想をしつつ、私は魔王様に頭を下げる。
「カーミュラよ、この際無理は言っていられん」
……と、魔王様が深謀遠慮を含んだ声で、また別のことを言い出した。
「後がつかえておるのだ。不死王の説得と同時並行して、お前には近いうちに他の幹部が説得にゆくはずだった幹部候補の一人のもとへ向かってもらう」
「……べ、別の幹部候補、ですか?」
「そうだ。後の説得が楽になるよう、重要度の高い候補から説得を進めていく予定だったが、この際順番は問題では無いからな」
同時期の派遣任務……。
派遣先がどうあれ当分は忙しくなりそうね。
「だが、魅了の魔法など多岐にわたる魔王軍の実力者である、お前だからこそ任せられる任務なのだ。やってくれるな?」
「はっ、魔王様!」
「うむ。よいなカーミュラ、汝の生は──」
「……魔王軍のために」
「左様」
……でもそれは、同時にそれだけ魔王様に頼りにされているということ。
その事実が大いなる自信となって、私の心を満たしていく。
──そうよね。
結局は他の幹部が向かったところで、舐められて終わりよ。
魔王軍の最高戦力である、この私が向かわないと。
「不死王の説得も急いでもらわねばならん。こうも交渉が長引くと、こちらに引き込むか引き込まないか、という話だけではなくなってくるからな」
「? といいますと……?」
疑問符を浮かべ聞き返す私に、魔王様はうむと頷くと。
「無論であろう。何度もいうが、大陸の果ての不死王の与える影響力は非常に大きいと推察される。であれば、その力を狙ってくるのは我ら魔王軍だけであるはずがない」
「……人間も、ということですか」
「いかにも。勇者という支柱を失った人間どもが、仲間同士の小競り合いに際し、あさましくも戦力を求めるかもしれぬ。干渉してくる可能性は大いにあるであろう」
今更の話になるけれど、それは考えていなかった。
関心事の増え唇を噛む私の耳に、魔王様の声。
「冒険者、商人組合……なんであれ。人間側とのパイプを向こうが持ってしまえば、幹部に据えるどころの話ではなくなるかもしれんのだからな」
「冒険者に、商人組合……」
言われて初めて気づく。
幹部に引き込む以前に、そもそも彼に何らかの怪しいコンタクトを取ってくる人間が居ないか、今まで見張っていなければならなかったということではないか。
「──そ、そういえば……」
──そして。
私の脳内に、突如電流が走ったような気がした。
『──だが、湯をまるごと強力なポーションに変えられるとは! 既にダンジョン攻略中途の冒険者パーティーに飲ませて売りつけ、効果は実証済みだ!!』
『──ククク……向こうも名の知られたパーティーだったようでな。何かと話の分かるやつだったのが幸いした。クハハハッ! これを元手に商人ギルドと──』
あのとき──残り湯云々に気を取られてよく聞いてなかったけど。
なんとなくそんなことを言っていたような気が。
冒険者パーティーに売りつけたって、ていうかその元手に……何をするって?
……。
「……」
……しばしの思考の後に、私はようやく思い当たる。
これってかなりマズいのではと。
「……!」
なぜならそれは、文字通り知名度のある冒険者パーティー、あるいは商人ギルド。
もしくはその両方と、彼が間接的ながらも繋がりを持ってしまうということ。
魔王様が恐れている事態が発生してしまう恐れがあるということ。
「……!!」
──マズい!!
しまった。
あの時ポーションの製造元よりも先に気づくべきことがあったのに!
こんなことしてる場合じゃない!!
「ま、魔王様!」
「どうした、急に血相を変えて。何か──」
「はいっ! 重大な事といえば重大なのですが──ともかく今急に思い当たりまして! 直ちに、不死王の元へと向かわせていただきますっ!」
「そ、そうか。苦しゅうない」
失礼致しましたと、退出の言葉を述べるいとまも無く。
私は背を向け、扉を跳ね開けると、脱兎の如く魔王様の間から飛び出す。
急げ、一刻も早く。
アイツが魔王軍以外に決定的なコンタクトを取る前にと。
私は背中の翼を懸命に羽ばたかせ、大陸の向こう側のダンションへ──!