人事異動の書類を小脇に抱え、近藤宙将のデスクを後にした俺は、自分のデスクへと戻るべく廊下を歩いていた。
時折、立ち止まると小脇に抱えた書類を見直し、頬をつねり、先ほどの辞令が夢などではないと、旗から見て怪しい言動と共に再確認しつつ、俺は自分のデスクを目指していた。
そして、とある角を曲がろうとした時であった。
ふと、誰かとぶつかりそうになり、俺は体を翻し、なんとか事なきを得る。
「おいおい、何処に目ぇつけてんだ!」
ぶつかりそうになった人物は、懐かしい、聞き覚えのあるだみ声で文句を言ってくる。
「その声? 大山先輩?」
その声に、俺はふとぶつかりそうになった人物に目を向ける。
するとそこには、成人しているとは思えない程小柄な背丈、手入れがされていないと一目で分かるボサボサの髪、そして特徴的な瓶底眼鏡。
同じ地球連邦防衛軍の士官用制服を着ているが、その着こなしは、見事なまでに着崩している。
その人物こそ、地球連邦防衛軍が誇る二大天才科学技術者の一人にして、俺の宇宙防衛大学在学時代の先輩の一人。
大山俊郎、三等宙佐。
現在、宇宙軍幕僚本部の特殊部門たる宇宙軍航宙技術廠に籍を置き、その才能を遺憾なく発揮している。
「おぉ、誰かと思えば、和泉じゃねぇか!」
宇宙戦艦ヤマトのテレビシリーズには登場しないものの、テレビ版を原作とするテレビゲーム版に登場するキャラクターが、同じ時間を過ごしていると、目の前で分かった瞬間は、それはもう本人の手前なので内心に留めたが、感動せずにはいられなかった。
ただ、やはり違う世界の住人と同じ時間を共有できるようになった喜びというものは、時間が経てばたつほど、薄れてゆき。
生き残るために必死に奔走していた事も相まって、気付けば、あの喜びや感動というものは、すっかりなくなってしまっていた。
「お久しぶりです、大山先輩!」
「あぁ、いつ以来だ? ありゃぁ、お前が
「そうですね」
しかし、今はそんな特殊なシチュエーションに関係なく。
久しぶりの大山先輩との再会を喜び、固い握手を交わすのであった。
「……所で、大山先輩。お風呂、入ってます?」
「あ? 風呂? あぁ、……確か、二週間ぐらい前に入ったな」
あっけらかんと衝撃の事実を言い放つ大山先輩に対し、俺は苦笑いせずにはいられなかった。
天才と言われる人々は皆こうなのか、それとも、大山先輩だけなのか。
大山先輩は、その才能故に、一度火が付き物事に没頭すると、生活に必要な睡眠や食事、それに入浴等の時間を削ってまで没頭する癖があり。
宇宙防衛大学在学時代も、その癖のお陰で女子生徒や女性教官などから煙たがられている大山先輩の様子を何度も目にした。
それは卒業後の現在においても、改善された様子はないようだ。
「所で、大山先輩、今日はどうして本部ビルに?」
宇宙軍航宙技術廠の主な施設などは、横浜にある横須賀基地内に設けられており、大山先輩の仕事場も、主に横須賀基地となっている。
故に、先の疑問も浮かぶというものだ。
「あぁ、会議での解説係として連れてこられたんだよ。まったく、あんな初歩的なもんまで解説するなんて、ひちめんどくさいったらありゃしないぜ」
文句を垂れ流す大山先輩だが、大山先輩の言う初歩的とは、俺達にとっては高度な、と意味合いが異なって来る事もしばしばあり。
天才と凡人の差というものを、感じられずにはいられない。
「んで、お前は何してたんだ? まさかサボりか?」
「いえ、違いますよ。辞令を受け取って、その帰りで」
「辞令? ほぉ。んで、何処にいくんだ?」
「ワルキューレです。そこで指揮官を務めろと、前祝に昇進もしました」
すると大山先輩は、真っ白い歯を見せながら笑顔を見せた。
「って事は、今度からはいつでもお前さんの顔を拝むことができる訳だ」
空間護衛総隊の司令部は横須賀基地に設けられており、大山先輩の言う通り、異動後はお互い基地内で働いている為、いつでも顔を合わせようと思えば合わせられるようになった訳だ。
「と言っても、ワルキューレの活動拠点は横須賀だけではないので、気軽に会えるかどうかはまだ分かりませんけども」
「そりゃそうか。……所で、前祝に昇進したんだってな?」
「えぇ、二等宙佐になりました」
「って事は、俺よりも階級が上って事になるな。となると、これからは和泉二佐って呼ばなきゃならんな」
「よしてくださいよ、大山先輩。先輩から和泉二佐なんて他人行儀に呼ばれると、何だが、むずがゆくなります」
「はは、そりゃよかった。実はな、俺もこういう堅苦しい言い方は苦手なんだよ。って事で、今後も和泉って呼び捨てで呼んで構わないな?」
「えぇ、ただし、時と場合は弁えてくださいね」
「わかってるよ、俺だってお偉いさん方の前で自分勝手に振舞う様な図太い神経は持ってねぇさ」
それはひょっとして冗談で言っているのですか。
と声に出てしまいそうになるのを堪え、こうして久しぶりの大山先輩との会話を楽しんだ俺は、その後大山先輩と別れ、自分のデスクに戻るべく再び歩き出した。
自分のデスクへと戻った俺を待っていたのは、いつの間にか辞令の話を知った一課長や同僚たちの祝福や応援の声であった。
その後は、異動に向けての準備に追われることになる。
引継ぎに荷物整理、挨拶回り等々。必要な手続きや荷造りなどを経て。
俺は、真新しい二等宙佐の階級章を取り付けた制服を着こなし、横須賀基地へと向かう車上の人となった。
首都高速湾岸線、前世でも同名の路線が整備されていたが、この世界の湾岸道路は横須賀まで延伸されており。
メガロポリスから横須賀までの移動が、かなり楽になっている。
湾岸道路から見える景色は、ほんの三年前まで地獄のような光景が広がっていたとは思えぬ程に復興を果たし。
更には、戦前以上に目まぐるしく急速に発展を遂げる社会の様子が広がっていた。
そんな景色を眺めつつ、俺を乗せた公用車は、湾岸道路を降りると横須賀市内の一角、厳重な警備が敷かれた横須賀基地の正面ゲートを潜った。
「ふぅ……、よし」
横須賀基地の一角、国連軍時代の極東管区司令部の建物に酷似した横須賀基地司令部。
その正面玄関前に止められた公用車から降り立った俺は、深呼吸し、気持ちを整理した後。
いざ、正面玄関を潜り、司令部内へと足を踏み入れた。
「案内の者が間もなく到着されますので、もうしばらくお待ちください」
受付で用件を伝え、暫く待合の椅子に腰を下ろして待っていると、ふと、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「和泉二佐ですね? お待たせいたしました、司令長官のデスクにご案内いたしますので、どうぞ、こちらです」
声からして女性と思しき方の方へと振り向き、その姿を見た瞬間、その装いからして、一瞬、同じ地球連邦防衛軍の者とは思えなかった。
だが、前世で見覚えのあったその装いと、その者の名を思い出すや、俺は目の前の女性の正体を理解する。
艶のあるロングヘアーの黒髪に青いヘアバンド、大空の如く空色の瞳にかけた眼鏡は、知的な印象を与える。
スレンダーな体系を着飾る、セーラー服のような衣類。
そんな彼女の名は、艦娘、大淀。
「あ、あの!」
「はい? どうしましたか?」
「艦娘の大淀さん、ですよね?」
「はい、そうですけど。……あれ? 私、自己紹介しましたっけ?」
と、いきなり初対面の俺から名前を言い当てられ、小首を傾げる大淀。
しまった、つい資料などではなく直に艦娘を見られた感動から、余計な事を口走ってしまった。
ここは、なんとか適当に誤魔化して乗り切らねば。
あらぬ誤解を持たれかねない。
「あぁ、その、目にした資料の通りでしたので、そうかと」
「あぁ、なんだ。そうだったんですか」
と、大淀は特に違和感を持った様子もなく。
どうやら、無事に誤魔化せたようだ。
「では、改めてご案内しますので、ついてきてください」
大淀の後に付いていき、司令部内を幾分歩いた所で、彼女は、とある扉の前で立ち止まった。
「失礼します、司令長官。和泉二佐をお連れいたしました」
「おぉ、入ってくれ!」
扉をノックし、入室許可を得ると、大淀は徐に扉を開け、俺に入室を促す。
促されるままに入室した部屋には、高価な調度品などが飾られた中、木目の美しい執務机で執務をこなす、一人の男性将校の姿があった。
日に焼けた褐色の肌には、歴戦の宇宙戦士を感じさせるしわが刻まれ、整えられた髭と相まって、渋みを醸し出している。
更に、執務机の傍らに置かれたパイプ煙草が、さらに相乗効果を発揮している。
その方こそ、これから俺の上官となる、大澤宙将であった。
「おぉ、よく来たな! 和泉!!」
「お久しぶりです、大澤宙将」
「まぁ、座ってくれ。あぁ、大淀、俺と和泉二佐のコーヒーを頼む」
「かしこまりました」
大淀が退室したのを見届けると、促されるまま俺は応接用のソファーに腰を下ろす。
そして対面に、パイプ煙草を手にした大澤宙将が、勢いよく腰を下ろす。
「積もる話も色々とあるとは思うが、先ずは、歓迎のあいさつからだな。ようこそ、空間護衛総隊へ!」
「ありがとうございます。……所で、大澤宙将」
「おいおい、今は二人きりなんだ、防大時代のように、教官と呼んでくれて構わんぞ」
「いえ、しかし」
「それに、俺は知り合いから他人行儀に呼ばれると、首の辺りがむずがゆくなって好かん!」
「あ、では、大澤教官」
「おう、なんだ?」
「今回の辞令、本当に防大時代にかけていただいた言葉を有言実行したんですか?」
「なんだ、覚えてたのか! 嬉しいじゃないか。……あぁ、そうだ。俺も、お前も、先の戦争を生き残った。そして、俺は重要ポストの座に就けた。ここまで事が運んだら、実行しない訳にはいかないだろ」
そこで一旦話を止めた大澤宙将は、パイプ煙草を吸うと、煙を吐き、再び話を再開する。
「それに、知っての通り、お前が赴任するワルキューレは今現在絶賛人員募集中だ。声をかけない手もないだろ」
「それなら、他の同期の連中も……」
「和泉! 俺がかけたあの言葉は、今更言うが、お前にしかかけてない。というより、お前だからこそかけたんだ。お前は、将来他の同期の奴らよりも一歩先を行く、そう俺自身が信じていたからな。そして現に、お前は生き残ってる他の同期の連中よりも、一歩先を進んでるじゃないか」
自分自身ではそんな自覚はなかったが、どうやら、大澤宙将は俺の事をかなり買ってくれているようだ。
「失礼します。コーヒーをお持ちいたしました」
と、手にしたトレイに二つの湯気の立つカップを乗せた大淀が、部屋に入ってくる。
眼前のテーブルに慣れた動作でコーヒーの入ったカップを置くと、軽く一礼し、再び部屋を後にした。
「それで、何かと話題のワルキューレの指揮官、ですか」
「なんだ? 嬉しくないのか? 大淀を、艦娘を見た事は?」
「直接見たのは、大淀さんが初めてです。資料では目にしていましたが」
「それで、自分の目で見た感想は?」
「かなりお綺麗ですね」
「ははは! そうだろ、そうだろ! やっぱり直に見ると、資料の写真なんかじゃ伝わりきれない魅力ってやるがひしひしと感じられるだろ。言っておくがな、大淀のみならず、艦娘は皆一様に見目麗しいお嬢様方ばかりだ。和泉、お前も絶対気に入るぞ!!」
まぁ、見目麗しいお姿の女性たちに囲まれて、嫌な気分になる男性というものは、特殊な事例を除き、ほぼないだろう。
「とまぁ、そんな事じゃなく。少し不安、といった所か?」
「分かりますか?」
「伊達に俺だって年食ってないし、ぼーっと色んな奴の顔を見てきた訳じゃないぞ」
「指揮官となったからには、時に部下を死地に送り出すような覚悟も必要、と、頭では理解しているのですが。いざ自分自身がその判断を迫られた時、本当に決断できるのか。……考えると、色々と不安で」
正直に心の内をさらけ出すと、大澤宙将は再びパイプ煙草を吸い、暫し何かを考えると。
やがて、煙を吐き出し終えると、静かに語り始める。
「俺も、時折考えてた時期がある。あの時の判断は正しかったのかどうかってな。……負傷したり、或いは死んでいった部下を目の当たりにして、後悔の念に駆られたこともある。だが、ある時、沖田先輩に言われた言葉が、悩んでる俺を救ってくれた」
──部下や仲間を信じて決断できるという事は、自分自身を信じているという事だ。もし、部下や仲間を信じられぬというのなら、それは、自分自身すらも信じられないという事だ──
「その言葉を聞いた時、俺の悩みは仲間や部下はおろか、自分自身すらも裏切る様な行為だったんだと理解したよ。だから、そこからは、そんな考えは持つのをやめた。仲間や部下は俺の事を信じてついてきている、なのに、自分自身が自分自身を信じられずしてどうするか、ってな」
「自分自身が自分自身を信じる……」
「ま、若いうちは色々と悩むこともあるから、悩むなって言っても難しいとは思うがな。……っと、これじゃ年寄りは何も悩みがない、みたいになっちまうな」
「ありがとうございます、大澤教官。少し、気持ちがスッキリした気がします」
「お、そうか。それはよかった」
「ワルキューレの指揮官の一人として、粉骨砕身、職務に邁進いたします!」
「はは、俺としてはもう少し肩の力を抜いてだらける位で……、と、こんな事言ってると土方先輩の超地獄耳に入らんとも限らんな。それじゃ、今後ともよろしくという事で、コーヒーだが、乾杯するか」
互いにカップを手にし、そして、乾杯を行う。
こうして、俺のワルキューレ指揮官、提督としての第一歩は踏み出されたのであった。
翌日、昨日は顔合わせや必要書類の記入など、異動初日なので特に仕事らしい仕事はなかった。
空間護衛総隊の、ワルキューレの一員としての本格的な仕事は、今日から始動する事となる。
身支度を整え、空間護衛総隊側が俺の為に用意してくれた、横須賀基地に設けられた寮の一室を後にすると。
その足で、俺は基地司令部へと出勤する。
「あー、和泉。異動早々にこんな事を聞くのもなんだが、お前は、ガミラスの事、どう思ってる?」
「どう、とは?」
「だから、親の仇のように恨んでるとか。目の前にいたら、撃ち殺してやりたいくらいの衝動に駆られる、とか」
「いえ、そこまでの恨みはありません。……確かに、昨日の敵が今日の味方、となって、複雑な気持ちもないとは言えませんが。それでも、これもまた"政治"、というものと割り切っています」
「そりゃよかった」
出勤早々、大澤宙将のデスクに呼ばれた俺は、昨日と同じように大澤宙将と応接用のソファーで会話を弾ませる。
「それが、何か?」
「あぁ、知っての通り、
「そうでしたか」
「って事で、ガミラスの連中ともちゃんと仲良くできると分かった所で。お待ちかね、和泉、お前の新しい勤務先だ」
徐に手渡された書類には、艦娘部隊の指揮官として、スールー星系第八惑星タウイタウイに設けられている"タウイタウイ泊地"への配属命令であった。
「タウイタウイ、ですか?」
「そうだ。太陽系から見て、南に位置してる惑星で、確か五百光年程の距離がある」
「という事は」
「察しの通り、政治とやらでガミラス側から権利を譲渡された元ガミラスの植民星の一つだ。惑星環境は地球と殆ど同じなので移住に適しちゃいたが、表面の約九割が水で覆われてるんで、結局移住には不適合って事にはなったが。その代わり、周辺の譲渡された惑星から採取される各種資源を運ぶ貨物船を守るための根拠地としては最適だったんで、
ガミラスとの戦争後、地球連邦は太陽系内の再開発と共に、ガミラスとの外交によって権利を得た元ガミラスの植民星の開発等も行っている。
譲渡された元ガミラスの植民星の中には、地球人の将来的な大規模移住計画の候補星とされる惑星も存在している。
しかし、噂では、やはり自前で候補となる惑星を見つけたいとの思惑が連邦政府内に存在しているとも聞こえ、これら元ガミラスの植民星が実際に地球人の大規模移住先になるかどうかは不透明なのが現状だ。
だが、折角譲渡してもらったのに利用しないのでは宝の持ち腐れなので、資源採取等、地球連邦発展の礎として大いに活用している。
「あの、今、活躍"予定"、と聞こえたのですが」
「あぁ、なんせ、本格始動するのは和泉が配属されてからだからな」
「それって、つまり……」
「しっかり業務もこなして、しっかり職場環境の整備と拡張、頑張ってくれよ!」
ちょっと待って下さい。
艦娘部隊を指揮して作戦遂行して、並行して拠点の整備と拡張も行えって、それもう指揮官一人がこなす仕事じゃないですよね。
そもそも、拠点の整備などは一介の士官が裁量するものではない。
「任務は兎も角、拠点の整備などは一介の士官である俺には……」
「あぁ、ほら。中継ステーションを整備して銀河放射線の影響を気にすることなく、太陽系内から太陽系外への交信は行えるようにはなったが、やはり物理的な距離というものは如何ともしがたい。よって、ある程度現地の者に自由裁量を与えて、整備していった方が効率的だろう、って事でな。……あぁ、安心しろ。一応、現地に到着しても暫く活動するのに困らんよう、最低限の設備は整えてある。それに、ちゃんと補佐の為の人員、人間と艦娘と、あとアンドロイドとかもつけるぞ」
だから、安心だろ。
と言わんばかりの表情で俺を見つめる大澤宙将。
確かに、現地にいかない人にとっては十分と思えるだろうが。俺にとっては、心許ない事この上ない。
だが、そんな事を口に出した所で、俺の命令が覆る訳もなく。
ここは、もはや覚悟を決める他ない。
粉骨砕身、職務に邁進すると口にしたのだから。
「はい、ありがとうございます!」
「お、いい返事だ。それじゃ、早速で悪いんだが、出発は今日の午後からなんで、とんぼ返りで部屋に帰って荷物纏めてくれるか」
こうして俺は、小一時間ほど前に出たばかりの部屋に、再び戻る事となったのであった。