大宇宙これくしょん   作:ダルマ

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第六話 始動

 セットしていた目覚ましが鳴り、俺は、意識を夢の世界から現実の世界へと覚醒させる。

 目覚ましを止め、ベッドから身を起こすと軽くストレッチを行う。

 

 三日前から新しい自室となった司令部施設内の私室、その部屋の窓から差し込む光は、まだ薄い。

 それもそうだろう、まだ、時刻は朝焼けと呼ぶに相応しいのだから。

 

「さてと、準備しよう」

 

 ストレッチを終え、寝間着から動きやすいランニングウェアに着替える。

 何故、仕事着たる軍服に着替えないのかと言われれば、当然、朝のランニングを行う為だ。

 最近はタウイタウイ泊地への移動準備等で行えなかったが、無事に着任した今となっては、一時中断していた日課のランニングを再開している。

 

「さて、いくか」

 

 準備も整い、私室を後にすると、静まり返った司令部施設を出て、設定したランニングコースを走り始める。

 ちょっとした見回りも兼ねて設定したコースを走り、やがて、埠頭を走るコースに差し掛かる。

 埠頭に停泊する麾下の航宙艦、埠頭に打ち付ける波の音、漂う潮の香。

 

 潮風を肌で感じながら、俺は埠頭を走り続ける。

 

 と、不意に、前方に見知ったピンクの髪を靡かせる人物が佇んでいる事に気が付く。

 

「やぁ、明石」

 

「あれ? 提督、こんな時間にどうしたんですか? っと、その恰好、もしかして走ってます?」

 

「うん、日課でね。最近は異動や着任準備で忙しかったから出来なかったけど、今は時間を作れるようになったから、再開したんだ」

 

「そうだったんですか」

 

「所で明石は? こんな時間にどうして埠頭に?」

 

「昨日ドック入りしたBAC-TB-J354の修理が完了したので、潮風を浴びてちょっと休憩を。あ、後で修理の報告書は上げておきます」

 

 明石の言う修理とは、昨日神風以下巡洋艦一、駆逐艦四の編成で哨戒の任務を行っていた時の事。

 駆逐イ級で構成された深海棲艦の小規模艦隊と遭遇し、その戦闘の際、BAC-TB-J354が敵の攻撃により中破、帰還後ドック入りしたのだ。

 ドック入りの時刻が夜間であった為、こうして修理が完了したのが朝方になったという訳だ。

 

 残念ながら、ゲームのように数秒で修理完了する高速修復材なんて便利な品物は、この世界には存在しない。

 

 明石を筆頭に、数人の工廠員とアンドロイド達により夜通しの修理は行われたのだ。

 よく見ると、明石の頬にはオイルらしき汚れが付着していた。

 

「ありがとう、明石」

 

「そんな、これも私の仕事ですから、感謝される程でもないですよ」

 

「それでも、夜通し修理に尽力してくれたんだから、感謝しないと」

 

 照れくさそうに頬をかく明石。

 その姿を見て、俺は、明石に対する評価を改めなければと思った。

 第一印象は、不安しか感じなかったが、これからは、安心して彼女を頼っていかないとな。

 

 本当のことを言うと、もしかしたら野戦の夜戦でもしませんか、なんて意味深な事でも言うのかと内心身構えていたのだ。

 

「あの、提督……」

 

「ん?」

 

「その、感謝してるなら、その、"しるし"が欲しいです」

 

「感謝のしるし?」

 

「できれば、首筋の所と大事なあそこにしてほしいです」

 

 前言撤回、やはり明石は期待を裏切らなかった。

 

 

 その後、何とか労いの品を送るという事でお茶を濁してその場をやり過ごすと、明石と話していた分のタイムロスを取り戻すべく走るペースを上げるのであった。

 こうして、何とか時間内にランニングを終えると、再び私室に戻り、軍服に着替え、身支度を整えるのであった。

 そして、朝食を取るべく、食堂へと向かうのであった。

 

 水星鯖の味噌煮定食を朝食としていただいた俺は、満足した足取りで食堂を後に、執務室へと赴いた。

 

「さぁ、今日も頑張ろう」

 

 そして気合を入れると、俺は、執務机で書類との格闘を始めるのであった。

 

「提督」

 

「ん?」

 

 それから暫く書類と格闘していると、不意に、大淀から声をかけられる。

 

「本日到着予定の新加入の艦娘と航宙艦ですが、正午過ぎに到着予定との事です」

 

「分かった、報告ご苦労さま」

 

 その内容は、本日到着する新戦力の到着予定の報告であった。

 報告を聞き終えると、止まっていた手を動かし、再び書類との格闘を再開する。

 

 こうして午前の業務は、書類の処理と哨戒任務に出ている神風からの報告を確認するなどして終了した。

 

 食堂で帰還した神風と共に昼食を食べ終え、午後の業務を始めて暫くした頃。

 不意に、大淀が執務室に入室してくる。

 

「提督、新加入の艦娘と航宙艦が埠頭に入港しました」

 

「分かった。それじゃ、埠頭に行ってくる」

 

 手を止め、執務室を後にすると、途中で鉢合わせた神風を引き連れ、新加入の艦娘を出迎えるべく埠頭へと赴く。

 

「所で……、どうして舟坂一尉も一緒に?」

 

「万が一を考慮して、護衛にと」

 

「……そうですか」

 

 何故か、途中で舟坂一尉も合流し、俺達は埠頭へとやって来た。

 埠頭のバースには、今し方錨を下ろしたばかりの航宙艦が接岸している。

 無人艦を示す、黒色の塗装が目立つ航宙艦達の中、三隻のスコードロンリーダー塗装が施されたM-21741式金剛改二型級宇宙戦艦とM-21701式村雨改級宇宙巡洋艦の姿があった。

 

 程なくして、その三隻からタラップを下りて、三人の艦娘と思われる女性が俺達のもとへと近づいてくる。

 

「貴方が司令官?」

 

「えぇ、皆さんの上官となる和泉 弓弦二等宙佐です」

 

「私は朝風、朝風よ! 早く覚えなさい、いいわね?」

 

「ひ、日振と言います! 頑張ります! よろしくおねがいします!」

 

「あたい、大東! よろしくなー、提督!」

 

 三者三様の自己紹介を行う、新加入の艦娘達。

 神風とは色違いの衣服を身に纏い、大きな青いリボンを付けた朝風と名乗った彼女は。

 他の二人よりも一歩前に出て存在感をアピールするあたり、その勝気な性格があふれ出ている。

 

 朝風よりも幾分背丈の低い、日振と名乗った彼女は、白地に青のワンピースに帽子を被り、その姿は水兵を彷彿とさせる。

 性格は、真面目で明るそうだ。

 

 最後に、大東と名乗った彼女は、日振と同じ装いながらも、黒髪の日振と異なり少し茶色かかった髪の色をしている。

 そして性格も、自身をあたいと呼び、日振よりも男勝りな性格が伺える。

 

「皆さんよろしくお願いします。そうだ、紹介しておきます。こちらが皆さんの先任である神風と、泊地の警備責任者の舟坂 広志一等宙尉です」

 

「朝風さん! 日振さん! 大東さん! 自分、舟坂 広志一等宙尉であります! 今後ともどうか、よろしくねがいします!」

 

 平静を装ってはいるが、舟坂一尉の節々からは、三人と出会えた喜びの感情がにじみ出ている。

 特に、糸目の奥が輝いて見えるのは、気のせいではないだろう。

 

「神風姉ぇ! 久しぶり!」

 

「朝風! まさかまた一緒に働けるなんて、嬉しい!」

 

 しかし、そんな舟坂一尉を他所に、朝風は神風との再会を喜んでいた。

 あれ? 朝風と神風って姉妹だったのか?

 ゲームでは神風型の姉妹艦とされていたが、この世界ではそのような区分分けはなかった筈だが。

 

「神風と朝風って、姉妹だったの?」

 

「そうなんです。司令官の下に配属される前は、一緒にワルキューレの一員として働いていたんです!」

 

「神風姉ぇ、それ、司令官の質問に答えてないわよ」

 

「え? あぁ、そうだった! ……こほん、私と朝風は、他の姉妹と共に同じ製造ロットで製造された艦娘だから、姉妹という認識なんです」

 

「個体によっては、容姿は同じでも私達の姉妹じゃないのもいるわ」

 

 成程、製造ロットを基準にしていたのか。

 しかし、そのような事を聞くと、改めて彼女たちは人間とは異なる存在なのだという事を実感させられる。

 

「因みに、あたいもひぶ(日振)と姉妹だぜー」

 

「私達も、同じ製造ロットで生まれましたから、姉妹という認識です」

 

「へへ、そういうこと」

 

 どうやら、日振と大東もまた姉妹だったようだ。

 これなら、前世の感覚が邪魔して混乱する、なんてことはなさそうだ。

 

 こうして姉妹の再開をひとしきり堪能し終えた所で、朝風が俺にUSBメモリーを手渡してくる。

 

「その中に、新しく司令官の下に加わる私達のデータが入ってるわ、よく確認しておきなさい」

 

「ありがとう」

 

 受け取ったUSBメモリーを、タブレットに接続すると、確かに、今回加入した艦娘と艦艇の詳細なデータが保存されていた。

 朝風は神風同様、M-21741式金剛改二型級宇宙戦艦。

 日振と大東の二人はM-21701式村雨改級宇宙巡洋艦となっている。

 

 その他、無人艦としてM-21701式村雨改級宇宙巡洋艦の二隻、M-21881式磯風改級突撃宇宙駆逐艦の六隻が更に追加される事となり。

 これで、現在俺の麾下となった航宙艦の数は、合計ニニ隻となった。

 

「それじゃ神風、三人を艦娘用の官舎に案内してあげてくれ」

 

「了解よ。じゃ、案内するから、私の後についてきて!」

 

 手短に確認し終えると、神風に三人の案内を任せて、俺は執務室へと戻る事に。

 舟坂一尉も、満足げな表情で自身の持ち場へと戻っていった。

 

 

 

 執務室へと戻り、午後の業務を幾分かこなした頃。

 ふと、神風が執務室にやって来た。

 

「訓練?」

 

「そう。私と朝風は前にも一緒に組んだ事はあるけれど、日振と大東の二人とは初めて組むから」

 

「だから、今後発生する艦隊戦に備えて、今から連携訓練も含めた訓練をしようって事よ!」

 

「私達も、艦隊行動の際に神風さんや朝風さんの足を引っ張らないように、今の内に訓練したいです! ね、だいちゃん(大東)!?」

 

「まーな、強い奴に負けるより、足手まといになる方があたいとしては癪に障るし」

 

 四人の意見を聞き、確かにと納得する。

 軍隊というものは組織で動く。勿論、軍隊の一員であってもイリーガルに動く者もいるが、そうしたのはほんの僅かで、大半は集団行動を原則としている。

 そして、集団行動で一番肝となるのは、互いを理解しているか、即ち、ツーカーの仲であるかどうかだ。

 

 特に、艦隊行動は集団行動の集大成と言ってもいい。

 故に、実戦に備え、平時から艦隊行動の際の訓練をするのは悪い事ではない。

 

「分かった。それじゃ早速手配しよう」

 

「ありがとうございます、司令官!」

 

 執務机に置かれている内線電話に手を伸ばし、立花一尉に訓練の準備を指示すると、神風たちにその旨を伝える。

 

「惑星近郊にあるアステロイドベルトで訓練の為の準備を始めたから、準備が整い次第、早速訓練を行ってもらう」

 

「了解です!」

 

 訓練に備え、自身達も準備の為に退室した神風達を見送ると、俺も再び書類との格闘を再戦する。

 それから暫く、書類と格闘を続けていると、不意に、内線電話が鳴り出した。

 

「和泉二佐、間もなく訓練が始まりますので、もし見学になりたいのでしたら、司令室までお越しください」

 

 それは、立花一尉からの訓練見学のお誘いであった。

 チラリと、机の上に置かれた未処理の書類の量を確認し、数秒考え。

 導き出した結論は、気分転換に見学しよう、というものであった。

 

「分かった。それじゃすぐに行くよ」

 

 内線電話を切ると、俺は席を立ち、司令室へと向かうのであった。

 

 

「丁度今から始まる所です」

 

 司令室へと足を踏み入れると、そこにはオペレーター達の他、立花一尉と大淀、それに舟坂一尉の姿もあった。

 立花一尉と大淀が司令室にいるのは分かるが、何故舟坂一尉まで同席してるんだ。

 

「あれ? 舟坂一尉はどうしてここに?」

 

「和泉二佐がいらっしゃると聞き、万が一を想定して、護衛にと」

 

 あれ、何だか数時間前に同じことを聞いたような気がする。

 まぁいいか、特に害がある訳でもないので。

 

 指定された座席に座ると、巨大モニターに映し出された神風達の様子を拝見し始める。

 

「アステロイドベルトの小惑星に設けたターゲット、及びターゲットドローンを用いての射撃訓練を行います」

 

 大淀の説明に耳を傾けながら、巨大モニターに映し出された訓練の様子に目を向ける。

 そこには、ターゲットが設けられた小惑星目掛け、主砲を向ける神風の姿が映し出されていた。

 

「撃ち方、はじめ!」

 

 艦長席で指揮を執る神風の号令と共に、神風の主砲が火を噴いた。

 放たれる青白く輝く光線は、正確無比にターゲットを貫き。

 その命中率は八割近くを叩き出した。

 

「次は私の番ね!」

 

 神風に変わり次に射撃を開始したのは、朝風であった。

 

「撃ち方はじめ! てーっ!!」

 

 朝風の号令と共に、放たれる幾つもの青白く輝く光線。

 こちらも、正確にターゲットを貫いてはいたが、その命中率は七割であった。

 

「ま、こんなものよね!」

 

「つ、次は日振、頑張ります!」

 

 朝風に変わり、その船体角度を調整する日振。

 こうした訓練は初めてなのか、それとも神風達の前で緊張しているのか、日振自身の声も、何処か振るえている。

 

「はじめます、て、てーっ!」

 

 号令と共に放たれた青白く輝く光線は、ターゲットどころか設置した小惑星すらもかすめる事無く。

 その後も命中弾を稼げず、結果は命中率三割強というものであった。

 

「う、うぅ」

 

「大丈夫よ、日振。誰でも最初はこんなものだから。これから訓練して、もっと頑張れば、もっと命中率を上げられるわ!」

 

「は、はい! 神風さん、ありがとうございます!」

 

「じゃー次はあたりだなー!」

 

 短距離通信で神風が日振を励ましている間に、大東が自艦の射撃を開始する。

 日振と異なり緊張している感じはない大東の命中率は、四割弱であった。

 

「ま、こんなもんか」

 

 そして、その結果に、特に悔しがる気配もなかった。

 

 

 その後、ターゲットドローンを用いた対空射撃訓練や、アステロイドベルト内での運動訓練。

 更には艦隊行動の際の陣形訓練やダメージコントロール等々、後半になるにつれ実戦を想定しての度合いを高めた訓練は、俺が想定していたよりもかなり厳しめなものであった。

 

「大淀、皆と話はできるかな?」

 

「今からですか? 分かりました、少しお待ちください」

 

 暫くすると、四人と通信がつながった旨が伝えられ、手渡されたマイクに向かって声をかけ始める。

 

「皆、聞こえるか?」

 

「あ、司令官! どうされました!?」

 

 最初に反応を示した神風、それを追うように、残りの三人もモニター越しに各々の顔を正面に向ける。

 

「訓練ご苦労様、と言おうと思ってね」

 

「あら、司令官。殊勝な心がけね。なら、帰ったら肩でも揉んでくれるのかしら?」

 

「は、はい! 自分めが、精魂込めて揉まさせていただきます!!」

 

 朝風への返事を考えていた刹那。

 割り込んできた舟坂一尉に驚きはしたが、朝風自身は誰でもよかったのか、舟坂一尉の提案に納得したので、この件はすんなりと片がついた。

 

「日振も大東も、よく頑張ったな」

 

「ありがとうございます。でも、まだまだ神風さんや朝風さんのようには上手くできません」

 

「最初からなんでも完璧にできるなんて、人間でもいないさ。だから、今回の結果に気を落とさず、今後の訓練に励めば、ますます上達していくさ。その為の伸びしろが、日振には一杯あるからね」

 

「は、はい!」

 

「勿論、大東にもね。姉妹で切磋琢磨して、タウイタウイ泊地の双璧を目指してくれ」

 

「へへ、良いこと言うじゃん、提督!」

 

「それじゃ、皆、無事に帰って来るんだぞ。帰港するまでが訓練だからな」

 

 ──了解!

 

 四人の返事を聞き、マイクから手を離すと、俺は立花一尉と大淀に、四人に今回の訓練を頑張ったご褒美を用意してあげて欲しいと頼む。

 それを終えると、俺は司令室を後に、執務室へと足早に戻るのであった。

 

 何故足早なのかと言えば。

 思った以上に訓練の様子に見とれ、自信が想定していた見学時間をオーバーしてしまっていたからだ。


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