スパイダーマン Stay Night 作:紅乃 晴@小説アカ
俺の名前は衛宮士郎。
またの名を、スパイダーマン。
爺さんが旅行先で持って帰ってきた特殊な蜘蛛に噛まれて、蜘蛛の特殊な能力を身につけることになった俺は、この世界でただ一人のスパイダーマンだ。
もちろん、事には順序ってものがあって、俺が蜘蛛に噛まれて、すぐにスパイダーマンになったわけじゃない。
最初の頃は、手に入れた特殊能力に浮かれていた。爺さんのような凄腕の魔法使いーーいや、魔術師になることを夢見てた俺は、突然手に入れたこの力に舞い上がっていた。
けれど、爺さんはいい顔をしなかった。それどころか、この力を無闇に使ってはダメだと何度も幼い俺を論したほどだ。
しかし、俺は爺さんの話を聞こうとはしなかった。なぜかって?この力を困ってる人のために使うことに間違いはないと思ったからだ。
そして同時に、俺は浅はかだった。
爺さんが持って帰ってきた蜘蛛を取り戻しにきた敵に、爺さんは撃たれた。俺の目の前で。
あんなに強かった爺さんが為すすべもなく撃たれて、敵はいずこかに消えた。俺は何もできなかった。突然現れて銃口を突きつけられて、舞い上がっていた気持ちは完全に折られたんだ。
血を流す爺さんの元に這うように向かったけど、溢れ出した血の海はもう助からない事実を俺に突きつけた。
爺さんは、近いうちにこうなる運命だったと言ったが、俺には今も爺さんが言った運命という言葉の意味が理解できずにいる。
血だまりの中で、爺さんは俺の手を掴んで言った。
正義の味方になりたかった、と。
そして、俺が手にした力は大きすぎる力だ、と。
いいかい?士郎。
大いなる力には、大いなる責任が伴う。
それを忘れたらダメだ。僕みたいにはなるなーー。
それが、爺さんの最期の言葉だった。
それから、俺は考えた。爺さんの言った『大いなる力』と『大いなる責任』。俺自身の独りよがりな正義感だけじゃダメなんだ。それから、俺は自分を鍛え、手に入れた力を引き出せるように自分なりに訓練をしてきた。
この手に入れた力を、最大限に活かし、役立てるために、俺が選んだ道。それはーーー
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「…た、助けて…!」
冬木の街。高層ビルが立ち並ぶ新都の路地で、一人の女性は腰を地に落とし、足を震わせていた。彼女はジャーナリストだ。
連日、冬木の街で起こる失踪事件とガス漏れによる昏睡者の増加を怪しんだ彼女は、単身で冬木に乗り込み調査をしていた。
そんな中で、彼女は見てしまった。
人ではない存在を。
今自分を追い詰めているのは、人の形を成した骸だった。いや、頭は顎骨だけという奇妙な存在ではあるが、手に持った刃状の凶器だけでも、彼女を恐怖の底に陥れるには十分だった。
骨は無感情のまま、怯える女性の前に歩いてくる。そして、しばらく女性を見下ろしてから恐怖を煽るように刃を振り上げていく。
「いや…いやぁあああああ!!」
彼女の叫びが新都の路地に響く。しかし、誰も現れない。骨の怪物はその叫びに答えるように振り上げた刃をかざしてーーーそして動きが止まった。
「ーーーえ?」
訪れない衝撃に疑問を感じた彼女は恐る恐る目を開けた。すると目に映ったのは、振り上げた刃が糸状の何かに掠め取られる瞬間だった。
すると、ビルの間に差し込む月明かりに導かれるように、ひとつの影がビルの屋上から、路地に舞い降りた。
「ーー!!?」
thunk!!!っと彼女の前に立ちはだかっていた骨の怪物が殴り飛ばされて、壁に激突する。
「お嬢さん。今夜はいい満月だけど、こんなところでお月見は感心しないな」
怪物を殴り飛ばし、女性の前に軽快に着地した人影。ジャーナリスト魂に従って、彼女は腰を抜かしながらも現れたその人物をよく見つめた。
赤と青を基調にしたコスチュームと、蜘蛛の巣を象ったラインに覆われたマスク。この冬木の街で調査を始めて、最初にしった冬木の不思議。
夜の街を、糸を飛ばしながら飛び回り、悪漢を撃退し、強盗を食い止め、傷つく市民を守る正義の味方ーーその名はーー
「やぁ、俺は親愛なる隣人スパイダーマン、ピンチそうだね。助けるよ!答えは聞かないけど!」
そう言って、彼は再び向かおうとしてくる骨の怪物と戦いを繰り広げていく。
「ねぇもういい加減にどこの誰か教えてくれないか!?骨をペットにするなら首輪くらい付けとけよ!郵便番号と電話番号が書かれてるやつ!!」
軽口を叩きながら、骨の怪物の攻撃を難なく避けては反撃するスパイダーマンに、私は無意識にカメラを向けてシャッターを切った。
「わぁ!凄いカメラだな!ということは写真家かな?どうせなら上手く撮ってくれよ!あ、けど事務所通してないから週刊誌とかに出すのはNGで!」
シャッターを切る私にピースや、軽口のジェスチャーを送る彼だが、気がつくと骨の怪物は腕や体の一部がボロボロに砕かれていて、スパイダーマンが放った顎へのアッパーにより完全に形を保てずに砕け散った。
「あーあ。今日も収穫なしか。困ったもんだ」
砕けた骨の怪物は、まるで手品みたいに骨の残骸が砂となって消えていく。一体、なんだったのだろう、自分は何に襲われたのだろう。
「あー、うん。君」
そう言われてスパイダーマンを見ると、彼の手首から伸びた糸によって、女性が手にしてたカメラがヒョイっとひったくられた。
「あ、ちょっと!返しなさいよ!」
「あっちゃー、バッチリ写ってるなぁ。これとこれとこれも消去っと。おっ、これいい感じに取れてるな。これは置いておこうーーいやいや、ダメダメ消去っと」
抗議の言葉を聞きもしないで、スパイダーマンは目にも留まらぬ速さでカメラに収まったデータを次々と消していく。なすすべもなく見てた女性に、用が済んだスパイダーマンはカメラを丁寧に返した。
「取材魂は認めるけど、今回はダメだ。これに懲りたら、もう一人でこんな危ない場所に来たらダメだからな?」
それだけ言うと、スパイダーマンはビルの屋上へ糸を放ち、狭い路地の間を飛び上がっていく。
「ま、待ちなさい!アンタ!」
女性の声が届くのも待たずに、スパイダーマンはテンションの高い雄叫びのような声を上げて新都の摩天楼の中へ消えていった。
女性は、まったくと言いながらもうひとつのカメラを取り出す。データを確認すれば、さっきまで取っていたデータが転送されている。危ない橋を渡りやすい自分が生み出した知恵だ。ジャーナリストたるもの、隙を生じぬ二段構えが常だ。しっかりと保存されたそれを確認して、彼女は摩天楼を見上げた。
「親愛なる隣人、ね」
翌日、彼女が手がけた原稿は冬木の新聞の片隅に載ることになる。親愛なる隣人、摩天楼に舞う。そのタイトルで打たれた記事は、瞬く間に読者の心を掴むのだった。
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「先輩、先輩?朝ですよ?」
柔らかい木漏れ日と、女性特有の穏やかな声に士郎は目を覚ました。寝転がっているところか見上げると、学校の後輩であり、よく家に来て世話を焼いてくれる女性、間桐桜がそこに立っていた。
「おはよう、桜」
士郎は起き上がると、眠気まなこの瞼をこすった。桜はその姿を見て小さく笑うと、身につけたエプロンを翻した。
「朝ごはんできてますから、顔を洗ってきてくださいね?」
士郎が寝入っていた蔵から出ていった桜に手を振り、士郎はホッと一息ついた。
スパイダーマンと学生と魔術師の修行の三重生活。少しでも気をぬくと、今日のように寝坊してしまう。士郎は「もっとしっかりしないと」
と呟きながら、傍にあった小ケースの蓋をあける。
そこには、スパイダーマンスーツが入っていた。
「桜にはバレないようにしとかないと」
士郎は小さく呟くと、スパイダーマンスーツをカバンに入れて、桜の待つリビングへ急ぐのだった。