スパイダーマン Stay Night 作:紅乃 晴@小説アカ
春には鮮やかな花を咲かす桜坂。
その坂の上、夜の霧が立ち込める中でも圧倒的な存在感を示す巨大が悠然と立っていた。傍にいる少女が、士郎やセイバーたちを見下ろしながら妖艶に笑う。
士郎に備わるスパイダーセンスが囁く。目の前に現れた敵は冬木で出会ったスーパーヴィランである「ゴールデンストライカー」にも匹敵する脅威であると。
「アインツベルン…!!」
「アインツベルン?今、君アインツベルンって言った?まじか?クレイヴンを追い返したホムンクルスがいるのも確かアインツベルンって言ってたっけ?」
凛の言葉通り、あの容姿に似合わないアダルトな笑みを浮かべる少女がアインツベルンとするなら、相手は相当厄介だ。噂では異端者狩や化け物専門に扱い、ヨーロッパで手腕を振るった凄腕のハンターであるクレイヴンが瀕死の重傷を負った獲物だとか。
その腹いせに自分を襲ってくる豪胆さは感心するけど、そのファイティング精神を他のところに役立てて欲しかった。
「ふふ、そこの仮装姿のお兄ちゃんはあの愚かなハンターと知り合いなのね。まぁ、人の敷地に土足で踏み込んできたから、あの人は殺すけど…」
「いやいや、お嬢ちゃん。俺とクレイヴンがお友達に見える?たしかにあのおっかないゴツゴツマッチョと俺はどこか似てるかもしれないけど、決定的な違いはマスクをしてるかしてないかだよ」
「先にね。お兄ちゃんたちには悪いけど、ここで死んでもらうの。やっちゃえ、バーサーカー」
話聞く気、一切なし。まるで歌うかのようにそう呟いた少女の言葉と共に、隣に聳えていた巨体が名状し難い雄叫びを発して動き始めた。人蹴りでアスファルトを粉砕する脚力を持って、100メートルはあろう距離を信じられない速度で疾走してきた。
「あちゃあー、こりゃあ舗装費用が高く付くぞー?」
「マスター!下がっ…」
セイバーが臨戦態勢に入ろうと構えたと同時に、士郎は枯れ木となった桜の木にウェブを放ち、一気にバーサーカーの頭上へと飛び上がった。
「こらこら!こんな時間にペットを連れて散歩しちゃダメだよ、お嬢ちゃん?それにちゃんとペットにはリードをつけなきゃ!!」
たしかにあの巨体では考えられない速さであるが、ゴールデンが打ち出す物理攻撃よりは遅い。標的も大きいので飛び上がってすれ違いざまに、士郎は無防備な腕にウェブを放った。
そしておもちゃのように振り回されて壁に叩きつけられた。崖を補強するブロック塀を打ち砕いてめり込みながら、士郎はため息をつく。
「アガッ!?なんつー怪力…!!」
「あはは♪そこのタイツのお兄さんはお馬鹿さんなのかしら?バーサーカーにそんな小細工が通じるはずないのに」
「し…スパイダーマン!コイツは本気でやばいやつよ!生身のアンタが勝てるわけないわ!!」
「ああ、だろうね!言われ慣れてるよ!!」
即座にハマった壁から脱出すると追撃してくるバーサーカーの一撃を避ける。風圧だけでかなりやばい。スパイダーセンスが囁くまでもなく、あの一撃をもろに受ければタダでは済まないだろう。文字通り真っ二つだ。こんな時間帯にスプラッタホラーの被害者になるのはごめん被る。
「ああもう!ほんとに無茶苦茶な奴ね!!アーチャー援護して!!」
「筋肉ダルマさん!ウェブの味はいかが!?」
呆れた凛とアーチャーのコンビを無視して、ほんの僅かな隙にバーサーカーの両足をウェブで絡ませた士郎は、そのまま素早く巨大のバーサーカーを簀巻きにしていく。鉄筋ワイヤー並みの強度を誇るウェブを、まるで絹糸を引き裂くように千切っては吼えるバーサーカーの口を、士郎はウェブで塞いだ。
「はいはい、お口チャックしようね!!」
と同時にワイヤーを振り払った腕が直撃。カーブミラーをへし折ってフェンスを吹き飛ばし、眼下に見える他人の家の庭先に墜落した士郎は頭に被った植木鉢を退けた。
「あー疲れる。これ、ライノの突進よりキツいかも…」
そう呟く士郎の真上から飛び降りてくる巨体の影。その着地を阻止するように横合いから不可視の剣を構えたセイバーが割って入った。
「セイバーちゃん!?」
「ちゃん付けはやめてほしいです、マスター!!全くあなたは無茶苦茶だ!!」
「そういう君もかなり無茶苦茶だよね!その力自慢の秘訣は何かな?深夜の通販番組で売ってる胡散臭いプロテイン?あれ不味いんだよね」
「そういうところが無茶苦茶だと言ってるのです!!」
凄まじい速さでバーサーカーと剣を交えるセイバーと、絶妙なタイミングでウェブを使った妨害を繰り広げる士郎ことスパイダーマン。一対一の戦いに水を注されるなんて悠長なことを言ってられる相手では無い。士郎やアーチャー、凛の援護を受けながらセイバーは互角に渡り合えていた。
「あら、その変人タイツがセイバーのマスターさんなのね?苦労するわね、セイバーも」
だが、それでも〝互角〟。パワーポテンシャルでも、テクニックでも自分たちをはるかに上回るバーサーカー相手に、力の均衡は不利を意味していた。
「いてて、なんだよこの肉ダルマくんは!攻撃が通じない!!」
「ふふ、無駄よ。バーサーカーにそんな攻撃、意味ないんだから」
「くっそぉー!時間を稼ぐの精一杯!!赤タイツのお兄さん!武器投げて!こういう時に役に立たなくてどうすんのさ!?」
士郎の注文にアーチャーは不満そうに顔をしかめながらも干将・莫耶を手に投影した。
「やかましい!ええい、貴様のような阿呆に武器を貸すことになるなんてな!」
そのまま両の手に持った刃を士郎めがけて投げつける。そのまま当たってしまえと思うが、士郎は高速回転する武器を正確に捉えていた。ウェブで干将・莫耶を取ったと同時に、さらに遠心力を加えて武器を加速させていく。
「よーし!オーライオーライ!この武器で相手を…」
叩きつければ!そう考えていた瞬間、スパイダーセンスが別の異変を感じ取った。放たれたプレッシャーの方は顔を向けると、真っ黒な外郭に身を覆った影が空中にいた士郎を捕らえた。
「ぐっへぇ!!ヴェノム!?今取り込み中だったんだけど!?」
「SpiderrrrrrMaaaaanNNNN!!!!」
ウェブで捕まえていた干将・莫耶ごと再び桜並木のある坂の場所へと叩きつけられる。ちょうどフェンスの向こう側でアーチャーたちの戦いを見ていた凛の真横だった。
「スパイダーマン!?」
「ひょっとしてこないだのこと、まだ怒ってたりする?けど仕方ないじゃないか、君が暴れるんだ!下水管に突き落とされても文句言えないよね?!」
アスファルトが凹むほどの衝撃で叩きつけられていたが、士郎はすぐさま立ち上がってバーサーカーには劣るが、巨体と言える腕を振り回すヴェノムの攻撃を巧みに躱しながら軽口を放った。
「交渉の余地なし?あっそう!慣れてるけどさ!」
その言葉が癪に触ったのか、ヴェノムは力任せに士郎を黒い糸で引っ張り込むと、腕力にモノを言わせて殴り飛ばす。桜の木をへし折って吹き飛ばされたが、士郎は折れて自分の上に乗る木を軽々と持ち上げて苛立った声で返した。
「いっててー、はぁー。そんなもんかぁ?」
首の骨を鳴らしてリターンマッチ。受けた分を返すようにウェブと遠心力を使った多彩な攻撃でヴェノムを翻弄してゆく。
「今回の聖杯戦争、おかしな奴が多いのね。まぁ関係ないわ。一緒に倒しちゃえ、バーサーカー」
面白そうに笑うアインツベルンの少女のオーダーに従って、バーサーカーが上へとよじ登ってきた。
「アーチャー、このままじゃジリ貧よ!」
「わかっている!セイバー!!凛と小僧を!!」
「スパイダーマン!引き上げるわよ!!」
「ワァオ!その作戦には大賛成!!」
凛の掛け声に応じてウェブスイングで捕らえたヴェノムをバーサーカーへと投げ飛ばすと、セイバーと共に凛を素早く抱えてウェブで宙へと飛び出す。弓を構えた状態のままアーチャーも宙へと飛び上がり、眼下にいるバーサーカーとヴェノムめがけて目標を定めた。
「我が骨子は捻れ狂う。偽・螺旋剣〝カラドボルグⅡ〟…!!」
射出、同時に爆轟。凄まじい爆発と衝撃波が広がり、その場にあるものは木っ端微塵に吹き飛んだ。
「バーサーカーの命を一個奪うなんて…やるわね、あのアーチャー」
爆炎と共に冬木の市街地へと逃げた士郎たちを、燃え盛る中見つめるアインツベルンの少女は、燃え盛りながらも立ち続けるバーサーカーの横で小さく笑った。
「けど、今夜は見逃してあげる。バイバイ、クモのお兄ちゃん」
偽・螺旋剣〝カラドボルグⅡ〟の直撃を受けたバーサーカー。その近くにいたヴェノムも計り知れないダメージを負っていた。
「Spider-Man…」
うわごとのように呟かれたと同時に、路地へと墜落したその肉体からは黒い液状の何かが剥がれ落ちてゆく。漆黒の外郭から吐き出されたのは、みすぼらしい衣服に身を包んでいた褐色肌の中東系の男性だった。
その男性は本来なら魔術協会から派遣された魔術師。サーヴァントのマスターであったが、その悪辣な手段に依存した魔術システムを冬木にいる親愛なる隣人が許すはずもなく。
自尊心と劣等感により自分の首を絞めるよりも前に悪事を暴かれ、その報いを受けた当人だった。全てを失った彼が偶然にも手にしたものが、今彼の肉体から離れようとしている。
選ばれたはずの鬼才だと信じていた自分は、何の価値にもならない存在だと見捨てられたのだ。
「必ず…必ず俺がこの手で殺してやる…殺してやるぞ…スパイダー…マン…」
振り払われたバーサーカーの一撃と、偽・螺旋剣〝カラドボルグⅡ〟の直撃を喰らった彼は、見当違いな恨言を呟き続けたまま、その短い生涯に幕を下ろしたのだった。
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いつもの通学路。生徒会の仕事のために早めに柳洞寺を出た柳洞一成は、住宅地の路地にパトカーや人集りが出来ているのに気付く。
「なにかあったのですか?」
「柳洞寺の坊ちゃんですか。ええ、どうやら今朝ここで仏さんが見つかったらしくて」
黄色の封鎖網のテープ。その向こうではブルーシートが貼られ警官や鑑識の人間が忙しなく行き来しているのが見える。
(ふむ、連日の奇怪な事件の犠牲者か…。〝メディア女史〟の事といい、最近の冬木にはモノノ怪の気配が止まぬな。略式ながら供養を。南無阿弥陀)
ここ最近、冬木に広がる噂や正体不明の事故を思い返しながら、神仏に身を置く一成は手を合わせながら不運な末路を辿った死者を弔う。
「では、拙僧はこれで」
答えてくれた野次馬の一人に声をかけて、一成は学校への道を歩き出した。
彼の持つ鞄に、黒い液体がこびり付いていることを知らないまま…。