スパイダーマン Stay Night   作:紅乃 晴@小説アカ

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第11話 異変と狂気

 

冬木の異変。

 

それは柳洞一成が中学生になった頃から起こり始めていた。行方不明者や謎の爆発事故。新都に現れた化け物や、壁を這い摩天楼を飛ぶ蜘蛛男などなど…。

 

年頃の男子の規律たれという一成には関わりのないアウトローな世界であったが、彼は悩みを抱えていた。

 

通学路の道中で遭遇した事件。身元不明の男の惨殺死体が発見された日から、一成は謎の体調不良…いや、不安定さに悩まされていた。

 

睡眠時間もしっかりと取っているはずなのに感じたことのない重い眠気に襲われたり、以前作ってもらった衛宮のからあげが無性に食べたくなったり。

 

あの唐揚げは至高だった。しかし、僧である自分が良心ある衛宮にものを乞うなど許されるはずもない。そうは思っても食べたいものは食べたいという葛藤が繰り広げられている。

 

その日も、一成が早朝に目覚めると体の気怠さや体調の不安定さが重くのしかかった。メガネをかける前に目元を軽く揉むがそれで治れば苦労などしない。

 

いっそ、柳洞寺きっての薬師でもあるメディア女史に相談でもするか?そんなことを考えながら目元から手を離した時だ。

 

自分の腕が真っ黒に見えた。ただの黒ではなく、不気味な何かに覆われているような…そんな感覚が脳に刻み込まれる。ひゅっと声がすぼみ驚いて目を瞬くと、黒かった腕は人肌色へと戻っていた。

 

腕を確認するが特に異変はない。いや、いやに体が軽く感じた。気怠げさや、気持ちの不安定さはあるというのに、身体だけは今までにないほど疲労感がないのだ。

 

ドバッとイヤな汗が一成の背中を伝う。モノノ怪の類が自分に取り憑いているのではないかと錯覚するほどに、嫌な感覚が付き纏ってくる。

 

だが、そんな話を誰が信じるのだろうか?思春期特有の精神的な変化なのだろうか。そう思い込んだ方が少し楽になれるような気がした。

 

布団から立ち上がり、顔を洗うために襖を開く。

 

(………イッセイ…)

 

誰かに呼ばれた気がした。思わず後ろを振り返ったが、そこは今まで自分が眠っていた自室であり、誰かがいるはずもない。仄暗い洞窟の底から響くような声だった。

 

体が寒気で震える。冬木の冬は名の通り寒い。一成は聞こえた感覚を振り払ってそのまま洗面台へと向かう。

 

その手首には黒い〝何か〟がベッタリと張り付いていて、すぐに服の中へと姿を隠したのだった。

 

 

 

////

 

 

 

士郎や遠坂たちが昼間、学校で授業を受けている中。冬木の街は人々が行き交い、活気ついている。噂されている冬木の異変はあれど、そこには普段と変わらない一般的な日常があり、その土地で生きる人々もいる。

 

冬木のヴィランたちは、元を辿れば魔術関係の出だ。魔術師に捕らえられ改造された者。自ら踏み込んだ者。継承した者。不慮の事故に巻き込まれた者と、理由は様々であるが、その起因すべてが魔術関係と繋がっている。

 

そして、その足跡は見つけることができる。一流の魔術師であれば注意深く観察すれば尚更。もっとも、治めている土地に奇々怪界な魍魎が根城を作っているなど露ほど知らない遠坂は、あくびを噛み殺しながら授業を聞いている最中であるが。

 

とにもかくにも、そんな魔術に関わっているヴィランたちの動向を魔術協会が放置するはずがなかった。なによりも、聖杯戦争という戦場として選ばれた地でもある。龍脈もあれば魔力も他の地に比べれば遥かに良質な土地だ。不測の事態を起こさないためにも、そのヴィランたちの調査は幾度となく行われた。

 

そして、その日もまた、魔術協会から派遣された新たな魔術師が冬木の街を訪れていた。

 

「ふん、この程度の人避けの術式で僕の目を欺けると思ってるのか?野蛮な異常者どもめ」

 

廃ビルと化した路地に立つ褐色とブロンド髪の男は、簡素に施された人避けの魔術を一瞥しながら呟く。彼はガリアスタ家の人間であり、冬木の聖杯戦争に参加した男の兄であった。

 

弟と同じく、生贄を用いて魔力を生成するという魔術を得意とする金髪に褐色肌の中東系の青年で、かなりの資産家でもある彼は、魔術礼装を十分装備した状態で任務に挑む。

 

弟がこの地で行方不明になったとも聞いたが、大方聖杯戦争の最中に敗れ去ったのだろう。出来の悪い魔術師であったので当然と言えば当然。だが、ガリアスタの名に傷が付けられた以上、黙っているわけにもいかない。

 

「魔術を心得るならば、その秘匿性は十全に理解できているだろうに…まったくもって気品のかけらすら感じられないな」

 

低能な冬木の魔術師たちを吐き捨てて、男は廃ビルの中へと進む。魔力結晶は充分に用意してきた。それにトラップや守護霊を阻止するアイテムも教会から支給されている。今の彼に恐れるものなど何もない。

 

「魔術協会から派遣されたこの僕が直々に鉄槌を下してやろう。来るがいい、異常者ども。どんな小細工で工房を強化していようが無駄だぞ?こちらが全てを踏み砕いて貴様たちの元へと向かってやる」

 

高らかに笑いながら彼は廃ビル進む。さっさとこんな任務を終えて、弟を亡き者にした聖杯戦争の参加魔術師たちに少しばかり意趣返しでもしてやろう。

 

 

 

 

そんなことを考えていたから。

 

彼は手緩い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー、まったく馬鹿な奴らだ。魔術協会というのは性懲りも無く我々の領土に立ち入ろうとするなんて」

 

右腕と左足を切断された彼の命は、まさに風前の灯火だった。十全だと思えた魔術礼装や、自慢の魔力結晶、教会から支給されたアイテム。その全てを使う以前に、彼は蹂躙された。

 

理由は簡単だ。

彼があまりにも弱かったから。

 

「蛸足。それ以上腕と脚をもぐな。貴重なサンプルが使い物にならなくなる」

 

オクトパスの背から生える海魔の触手によって力任せに引きちぎられた腕と足。傷口が焼けるように熱く、痛みで意識が遠のきそうになるが、投与された毒により意識を失うことも、痛覚を麻痺させる魔術も行使できない。

 

うるさいと喚いていた喉は早々に潰され、魔術師として何の価値もなくなった男は、自分を取り囲む異常者たちの目を見て震えることしかできなかった。

 

「私は肉片でも構わんよ、試したい電気実験には神経細胞など不要なのだからな!!」

 

信じられない帯電量の電気を腕に蓄えながらせせら笑う男。高級なスーツ姿である男。他にも何人かの人影が見えたが、殆どが目の前にいるオクトパスの触手の恐怖によって遮断される。

 

「馬鹿な奴だよ、君は。どうせ入り口で「この程度の人避けの術式など」でも考えたのだろう?あの程度だから効果があるというのに」

 

この程度だからこそ、丁度いいのだよ。そう言ってオクトパスやヴァルチャーは笑った。一般人は近づいてこない。魔術に心得があって、さらに自分の力に絶対的な自信を持つ者の方が好都合であった。

 

そしてオクトパスたちヴィランが、その措置をしたことには理由がある。

 

「往来の街中に隠れて工房など作ってみろ。実験用のサンプルを採る前に蜘蛛男がやってきて我々の築き上げた工房をめちゃくちゃにするのが目に見えている」

 

現にそうであった。オクトパスが冬木の一般人を実験に海魔を生み出そうとした事件が起こったとき、スパイダーマンが現れ、その企みを根こそぎ阻止したのだ。オクトパスの計画は潰え、それ以降、スパイダーマンは冬木の街に目を光らせている。

 

「まったくもって不愉快なものだ。人避けもしなければならない。ある程度隠れられるような構造にしなければならない。そして肝心なのは実験サンプルさ。クモのやつめ。冬木の浮浪者にも目を光らせておる。そんな包囲網から人間の実験サンプルを持ち帰るなど至難の業なのさ」

 

魔術にはリスクがつきものであるが、オクトパスやヴァルチャーが挑むのは非行中の非行だ。人の命を積み重ねて強くなれる実験が好きでたまらない。だが実験体が手に入らなければ元も子もない。

 

「そう悩んでいたところに、秘匿性にこだわる魔術協会が来たものだ。まさに飛んで火に入る夏の虫というやつさ。言っている意味がわかるかな?」

 

ガタガタと震える男の肩を優しく掴んでオクトパスは嗤った。地獄の中の仏である。何もしなくても協会が定期的に実験体を差し出してくるのだから。

 

「我々は待ってさえいればいいのさ。クモが気づかない穴蔵の中に、君たちの協会の人間が勝手に入ってきてくれるのだからね」

 

前回は数十人のグループだったな?いやはや、なんとも有意義な実験をすることができた。何人かはイカれてしまったが、まぁ些細な問題だな。そう言って彼は近くの培養槽を見た。そこには首だけとなった人間が浮かんでいたり、脳髄が浮かんでいる。彼らがその成れの果てなのだろう。

 

イカれてる。

 

こんなことをして、協会が黙ってるはずない。そう目で訴えかけているのがわかったのか、オクトパスはニンマリとした笑みを向けて答えた。

 

「勘違いするなよ?我々はイカれてなどいない。ただほんの少し、君たちの掲げる常識とは価値観や物の見方が違うというだけさ」

 

そう呟いて、オクトパスは指をピンと立てると男の肩へ、まるで豆腐に指を刺すような容易さで突き立てた。くぐもった声が男から漏れるが、喉が潰されていて悲鳴すら響かない。

 

「君は優秀だと豪語していたな?よろしい。ならば、その優秀な魔術回路を解剖しよう。生きたままならどういった反応を見せてくれるかもわかる」

 

ぐりぐりと傷を抉りながら言葉を続けるオクトパス。その隣ではメスなどの医療機器を用意したヴァルチャーが準備を進めていた。

 

「私は背骨からの神経細胞をもらおう。新たなガジェットの神経デバイスのテストにもなる」

 

「ひぃ…イヤダァ…助けて…助けてくれぇ…」

 

潰された喉を震わせ、掠れた声で何とか声を紡ぐがそれをオクトパスは草をむしるように絶望を突きつける。

 

「まぁいい。安心しなさい。安心しろよ。君の存在も、その後の顛末も、君を待ち受ける運命も、全部、全てを、君たち魔術協会が大好きでやまない〝秘匿〟にしてあげるからさ」

 

ようこそ、ヴィランたちの世界に。

 

首を切断され、死に際に自分の体が剥がされる様子を見せつけられた男は、その狂気を見つめたまま、誰にも知られることなく、この世を去った。

 

 

 

 

 

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