スパイダーマン Stay Night 作:紅乃 晴@小説アカ
「慎二が椅子の人に就職するってよ」①
中学3年。
桜の木が蕾をつけ始めた季節。
最近、巷では人が行方不明になったり、怪事件が連日報道されるという物騒な世の中になりつつも、冬木の中学校に通う三年生は卒業の時期を迎えた。
友との別れや、新たな門出を喜び合う彼らは、それぞれ〝高校生〟という舞台へと歩み出そうとしている。
そんな中———。
「衛宮ーー!」
結局、式典にも姿を表さなかった学友である衛宮士郎を探して、一人で衛宮邸を訪れる卒業生がいた。
間桐慎二。中学2年の文化祭で準備を押し付けられた士郎と縁が出来た彼は、皮肉口を叩きながらも互いに家へと遊びに通う仲であり、中学で唯一の士郎の友であった。
品行方正と真面目に服を着せたような性格である士郎が学校をサボることは珍しい。ましてや中学の卒業式だ。疑問に思った慎二はその足で衛宮邸へ直行。
卒業証書の筒を持ち、卒業生に送られる安っぽいコサージュを胸元に付けたまま、軒下に隠されてる鍵を慣れた手つきで取り出し、施錠されていた衛宮邸へと入る。
「衛宮!いないのかー?中学の卒業式すっぽかしたの、お前にべったりな姉貴分が怒ってたぞー」
そのまま玄関先を確認。扉は空いているが靴は無い。慎二は踵を返して庭へと向かう。ガラクタ弄りが趣味という年齢に似つかわしくない趣向を持つ士郎は、よく蔵にこもってることがある。玄関先に靴がないということは居場所はそこしか無いだろう。
庭先から蔵へと直行した慎二。中を覗くとシートやらケースが散乱しており、さっきまで誰かがいた形跡だと分かった。だが、蔵の中を見渡しても誰もいない。
「優しい慎二君が心配してわざわざ見にきてやったんだ。居留守なんて使わないでさっさと……」
ふと上へと上がる梯子が目に入り、蔵の上に居るのかと慎二が視線を向けた。そして言葉が止まる。ついでに時間も止まった。
そこには、天井に足が張り付いたようにぶら下がっている赤と青の衣装を見に纏った〝変人〟がいた。明らかな手作り感と不恰好さ。そしてマスクらしきそれはサングラスを改造したような目隠しが付いているが、一眼見て慎二は思った。
〝ダセェ〟と。
「衛宮……なんだ、その格好」
「……俺は衛宮じゃない。親愛なる隣人、スパイダーマンだ」
「そんなわけあるか!?」
裏声のような声と誤魔化しを仕掛けたが一瞬で看破された。何故だ、裏声まで無理して作ったというのに。蔵にいるという状況証拠と裏声とは言え聞き違えることのない士郎の声という証拠が頭から抜け落ちてる士郎ことスパイダーマン(初期コスチューム)は、天井に張り付いていた足を離して慎二の前に着地する。
「いや……これはだな、慎二……卒業したみんなを驚かせようと思った仮装だ」
慎二の気配を感じて咄嗟に隠れたとはいえ、誤魔化しようがない。士郎の言葉に慎二は表情を怒りに変えて問い詰めた。
「冗談にも無理があるでしょ!!というか、なんで天井に逆さにぶら下がってるんだよ!?おかしいだろ、どう考えても!!」
「いや、まぁ落ち着けよ、慎二。これには深い訳が」
「冬木の街で壁とか這ってる化け物がいるとか言う噂とか!服の色とかが合致するんですけど!?」
「化け物とは失礼だな……」
ドクターオクトパスというヴィランが現れ、街の人が海魔に襲われていることがきっかけで始めたスパイダーマン活動。だが、この時はウェブシューターもなく、壁に張り付いたり、クモ特有の能力で跳躍してビルを移動したりという手段で当たっていた為、人々からの認識は「壁を飛び交う忍者」という印象が強かったりする。
親愛なる隣人という言葉もまだまだ広がっていない。
「第一、衛宮のくせに僕に隠し事なんていい根性してるんじゃ……」
さらに問い詰めようとする慎二だったが、玄関先に急停止した原付バイクの音が二人の耳に届く。ドタドタと大きな足音を立てて隠れる隙も与えずにやってきたのは、士郎の姉貴分である大河だった。
「士郎ーー!!アンタまた学校すっぽかしてスパイダーマン活動……を……って……」
大河の視界に驚愕している慎二と、スパイダーマン衣装の士郎が入った。ジトっとした目で士郎を睨みつける慎二に、当人は乾いた笑いを浮かべてからこう呟いた。
「流石にだめ?」
オーケー。じゃあ、もう一度説明しよう。
俺の名前は衛宮士郎。
またの名をスパイダーマン。
魔術師が作り出した特殊な蜘蛛に噛まれ、蜘蛛の特殊な能力を身につけることになった俺は、この世界でただ一人のスパイダーマンだ。
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冬木のとある病院。
地下室にある病室には、人工呼吸器と多くの管が繋がれた状態で生きている〝死人〟がいた。家督という重責、魔術師という背負えない咎、そして少女を悲惨とも言える行為に陥れ、それを見ていることもできない弱い自身への絶望。
酒に入り浸った彼の末路は、魔術師同士の殺し合いに巻き込まれた凄惨たる拷問であった。腕も耳も機能を失い、今や医療機器の補助がなければ生きていけないほど、醜く、弱く、無惨な姿となっている。
誰も見舞いにすら訪れなくなり、誰からも忘れてしまわれたその男が横たわるベットの前に、黒い霧のような邪悪から一人の老人が姿を表した。
「鶴野」
彼の名であったはずのモノを呼んでも、横たわる男に反応はない。老人は憐れむような目を向けて言葉を続けた。
「その名も、忘れてしもうたか。全く脆く、間桐の名を持つ者でいながら嘆かわしいものよ」
だが、その身体にはまだ利用価値はある。そう呟くと、老人は手を前へと差し出す。何もなかった手のひらに、皮膚が吹き上がり、皮を食い破った緑色の表皮をした〝蟲〟が現れる。老人はそれを横たわる男の上におくと、蟲は男の首筋を食い破り、そのまま体内へと侵入していった。
「鶴野よ。間桐の悲願が叶う日は近い。ぬしはその礎となろう。くっくっく……ぬはははは……っ!!」
体が痙攣している男を眺めながら、不気味な笑い声を上げながら消えてゆく老人。しばらくしてから地下室の病室へ看護師がやってきた。
「間桐さん、お加減はどうですかー。って言っても、寝たきりだから仕方ないんだけど」
深夜の見回りに来た看護師が閉ざされたカーテンを開く。そこにいつも横たわっていた生きる屍だった男の姿はなかった。
そんな、あの体で起き上がれるはずがないのに。そんな思考が頭をよぎった瞬間、背後から壮絶な力で看護師の首が締め上げられた。
「今、俺のことを寝たきりだと馬鹿にしたかな?お嬢さん」
そこにいたのは、患者であるはずの〝間桐鶴野〟だった。やつれ、骨と皮のようだった体は筋肉に満ち、その血色は異様なまでに赤く、どす黒い色素をしており、上半身や身体には血管が浮かび上がっていた。
「お前もお前もお前もお前もお前も!!同じようにしてやる。同じく、あれと同じようにただ俺にはそうしかできなかったことと同じように!!」
まったく理解できない言葉を吐きながら、抵抗する看護師の首をへし折った彼は、まるで壊れたおもちゃを捨てるように死体を投げ捨てて、開けられた病室の扉から飛び出した。
「あ゛ははは……あ゛ぁ゛ぁはっはっはっはっ!!!!」
明らかに正気じゃない。焦点が定まらない目つきのまま病院中に笑い声を轟かせ、虐殺を始めた男を眺めながら、老人は呟く。
「新たなる主に、名をつけねばな……こういうのは如何かね?グリーンゴブリン、と」