スパイダーマン Stay Night 作:紅乃 晴@小説アカ
「——そんなわけで、俺は今スパイダーマンとして活動してるわけさ」
大河のお小言から逃れる形で、ひとまず新都にある手頃な喫茶店に入った慎二と士郎。
人が少ない窓辺の席に座って、ミルクコーヒーに口をつけてから事情を話すと、慎二は最初は信じられないような顔をしていたが、内容が進むにつれて呆れたような、呆然としたような表情へと変わっていった。
「衛宮さぁ、お前馬鹿じゃないの?そんなことしたって、誰もお前に感謝なんてしないんだぞ?」
スパイダーマン活動の内容を掻い摘んで話した結果、慎二の第一声はそれだった。リアリストであり、皮肉屋である慎二らしい一言に士郎は困ったような顔をして答えた。
「けど、慎二…誰かがやらないと犠牲者が増えるばかりだ」
現に、海魔の触手を移植され精神的にも狂っているドクター・オクトパスによる行方不明の被害は出ている。年端も行かない子供が誘拐されて海魔に変えられそうになっているのだ。そんな事件を黙って見過ごすわけにはいかない。
「犠牲なった奴が間抜けってだけだろ?そんなに気にすることじゃないでしょ」
「慎二!!」
そう声を上げる。カウンターの向こうにいるマスターがチラリとこちらを見て、士郎は立ち上がりかけた腰を静かに降ろした。その様子に慎二もため息をついて頬杖をつく。
「はいはい、すいませんでしたよ。けどさ、衛宮。そんな一人で全部って…そのうちお前壊れるぞ」
「慎二…大いなる力には大いなる責任があるんだ」
「ハッ!!そんなもんのために奉仕活動なんて無駄なことさ。その力をどう使うかは衛宮自身が決めることだろ?責任なんて…」
「ああ、だから俺はこういう使い方を選んだんだよ。慎二。俺は助けなきゃならないんだ。その力があるんだから」
それがスパイダーマンとしての責任であり、その力を授かった士郎の役目だと思っているから。一度決めたら頑固な友人に、慎二もほとほと呆れながらも考え直すように苦言を講じる。
「衛宮、お前いい加減に…」
「慎二!!」
慎二の声を遮って士郎は鋭い目つきで窓際から外の景色を見据えた。慎二も振り返るが、そこには綺麗な冬木の青空が広がっているだけだ。
「何かが来る」
そう士郎が言った瞬間だった。窓際の天井が吹き飛んだのだ。衝撃と轟音が店内に響き渡り、難を逃れた客たちが悲鳴をあげる。天井を突き破った爆発エネルギーに襲われた士郎は咄嗟に慎二を庇って吹き飛ばされたのだ。
「ゲッホ!!ゲッホ!!なんだよ…これぇ…」
「慎二!!無事か!?」
「お前こそ無事なのかよ!?下敷きになってるぞ!?」
瓦礫と舞い上がった土煙を払いながら立ち上がる慎二の目に、倒れた柱と壁が覆い被さっている士郎の様子を見て驚愕する。普通なら即死の重量に押し潰されようとしているのだが、挟まれている士郎は何食わぬ顔で答えた。
「俺のことは大丈夫だ!!慎二、お前は早く逃げ…」
その瞬間、士郎のスパイダーセンスが異様に反応した。突き破られた天井からゆっくりと〝グライダー〟が降下してくる。その上には甲殻類…いや、昆虫を模したような装甲服と、まるで悪魔のような笑みを浮かべる〝鬼の仮面〟を被った怪物が立っていた。
《間桐慎二…おぉ、慎二…》
グライダーに備わる榴弾砲で喫茶店を破壊したのは、グリーンゴブリンだった。彼は怯える慎二の前にグライダーを降下させる。
「おおおお!?お前誰だよ!?なんで僕のこと知ってんだよ!?あっちいけよ!!」
恐怖で体が震えている慎二を見下ろしながら、グリーンゴブリンは〝くつくつ〟と喉の奥を鳴らすような笑い声を上げた。
《ははははぁあ…悲しいな慎二ぃ、忘れたのか?あぁ、忘れたほうが自然だものな。俺のことなんて忘れて忘れて忘れて忘れてしまったほうが。お前にとっての人生の汚点であり、欠落点たる俺を忘れたほうが幸せだっただろうに》
なんのことを言ってるんだ?そんなことを考えさせるよりも早く、グリーンゴブリンの腕が慎二の襟首を掴み上げた。
《だが、もう忘れさせないぞ。慎二ぃ》
「…があ!?は、離せよ!!なんだってんだよ!?」
宙吊りにされた状態の慎二。そのままグリーンゴブリンはグライダーを上昇させてゆく。柱と壁に押し潰されそうになっている士郎を見下ろしながら。
《誰もお前など助けにはこない。私が助けなかったように。誰にもだ!!》
「慎二!!慎二ぃいい!!」
「ええ衛宮!!助け……」
甲高い狂ったような笑い声が響き渡る中、グライダーは冬木の空へと飛び立ってゆく。慎二の悲鳴も微かに聞こえたが、すぐにエンジンの音によってかき消されていった。
「くっそ…!!このガラクタ…!!くそ!くそくそくそ!!動け…!!ぐうぅう…!!」
士郎は壁に押し潰されながらも、必死に動かそうともがいていた。だがどれだけ力を込めてものしかかって来る瓦礫を押し返すことができなかった。助けを呼ぼうにもこんな重量物、クレーンでもなければ持ち上げることなど不可能だ。そんなものを待っている間に連れ去られた慎二は死んでしまう。
「動かない…俺じゃ…ダメなのか?慎二も…あいつを助けられなくて…俺は…」
心が折れそうになる。あの時と同じだ。切嗣を目の前で失った時と同じ。何もできないまま、撃たれた切嗣を見ていることしかできず、流れ出る血を止めることもできず、死を見送ることしかできない。
あの時と何も変わっていない。
あの時から…何一つとして…!!
違うだろ?
そうならないために、俺は努力は努力してきたはずだ。
守れなかった悔しさを力に鍛え続けてきたはずだ。
こんなところで止まらないようになるために俺は戦ってきたはずだ!!
「立て…立てよ…衛宮士郎…!!お前は正義の味方になるんじゃないのか…!!」
自分自身を鼓舞する。他でもない自分を。あの怪物から友達を助け出すことができるのは自分だけだ。だから立たなければならない。立つしか道はない。立ち上がらなければ!!
「立て、立て、立ち上がれ…立つんだ。スパイダーマン!!」
渾身の力を込めて押しつぶそうとして来る瓦礫を押し上げる。さっきまでびくともしなかった瓦礫がゆっくりと押し上がり、そして士郎は立ち上がった。
「うわぁああああ!!!!!」
轟音と衝撃を撒き散らしながら、瓦礫を押しのける。息を切らしてボロボロになった姿で立ち上がった士郎は、ポケットに入れていた手製のスパイダーマンのマスクを被った。
「はぁ…ふぅ、意外と軽かったな?マシュマロくらいに」
呆然とこちらを見るマスターに振り返って、小さく手を振ってから、士郎は割れた窓から外へと出て、跳躍で小さなビルの屋上へと飛び上がった。
「待ってろよ、慎二。今助けに行くからな」
士郎の先にあるのは、グライダーが飛び去った煙の跡だった。