スパイダーマン Stay Night 作:紅乃 晴@小説アカ
学園に響き渡る剣戟の音。
青と赤の閃光が走る中、遠坂凛は目の前で繰り広げれる英雄たちの戦いにすっかり魅入られていた。
赤い槍が迸り、黒と白の彩色が施された剣がそれを華麗に受ける。土煙を上げ、地面すら抉るそれを前にして、彼女は若齢ながら現代人が達することが非常に困難である剣舞を前に言葉を失っていたのだ。
校舎の窓を激しく揺らす一撃を退けた青き衣を纏う槍兵は、追撃のように放たれた刃の投擲を飛んで躱すと、空中で2、3回転と体を翻して校舎脇に設けられていた電灯の上へと音もなく着地する。
「解せねぇな、貴様…弓兵のくせに何故剣を扱う」
稲妻を纏う槍を携えたまま、下から土煙を纏ってこちらを見上げる赤い外套の弓兵を睨みつける。彼は槍兵の言葉に返すこともせず、投擲から戻ってきた剣を手に取り、ゆっくりとその身を構えた。
それはまるで、かかってこいと言わんばかりであり、その姿が槍兵のシャクに触った。
「ハッ!弓兵風情が剣士の真似事とはなぁ!!」
持つ武器の切っ先を構えて飛び上がった槍兵は、眼下で見上げる弓兵へと再び襲いかかる。再度巻き上がった砂煙の向こうから煌めくように生み出される剣と槍の火花を、遠坂凛が見つめている刹那。
爆発音のような音ともに打ち上がった学校備品である台が、弧を描いて空へと打ち上がった。それはまるでスローモーションのように少女の目に写っていて。
煙の幕から脱却したそれは、重力を思い出したかのように下へと落ちてくる——それも、見上げている遠坂凛の真上にだ。
だが、彼女は焦らない。手足に施された魔術礼装を淡い光の色と共に起動し、飛来する落下物への迎撃態勢を取る。英雄と英雄の戦いだ。それを間近で見るのだから巻き込まれるのは必然。であれば、自身の身くらい自分で守らなければ〝使い魔〟の〝マスター〟など務められるわけがない。
飛来する落下物のタイミングに合わせて片足を軸に態勢を整える。狙いは完璧。強度も充分。あとは素早く足を振り抜くだけだ!
その絶好のタイミング。
独特な射出音と共に矢のように学園の校内へと飛んできた影は、今にも飛来する影に押しつぶされそうになっていた少女の前へと飛び降り、その怪力を遺憾無く発揮した腕力で、衝撃でいえば中型トラックはあろうほどの飛来物を受け止めた。
「大丈……ぶっはあ!?」
そして華麗な右の背側蹴りが、華麗に飛来物をキャッチした影の横腹へと炸裂した。
飛来物を抱えたまま真横へとあらぬ力で吹き飛ばされた〝現代のヒーロー〟は、掴んでいた飛来物ごと数回転してグランドへと寝そべることとなった。
▽
「あー、今日は散々だ。オクトパスとあって、エレクトロとあって、最後には女子高生に蹴りを入れられるなんて、まったく大した日だね」
上に乗っていた台を無理やり横へと置いてから、士郎はマスク越しに思わず悪態を吐いた。市街地へと消えたエレクトロを追っていた士郎は、通い慣れた学校から異様な感覚を感じ取った。スパイダーセンスがここまで感覚を刺激してくるのは久々と言える。
前に感じたのは、桜と買い物途中に意識を失った運転手がダンプカーを桜と休憩していた喫茶店へと突っ込ませた時くらいだ。
あの時はとっさに桜を庇ってダンプカーを受け止めたが、今回の感覚はそれと同じか、それ以上だった。
「…あぁ、最悪。嫌な予感が的中だ」
慎二は常々。一成はほぼ毎日と言っていいほど、反りが合わない二人が言っていた懸念が目の前で起こっている。
〝遠坂凛には気を付けろ〟
見たこともない剣戟を前に逃げれない少女。それに飛来する大きな影。いつものように前へと飛び込み、間一髪で危機を救ったと思えば、まさか救った相手から蹴りを受けるなんて思いもしなかった。
そして、その相手が同じ学園、それも同級生の中では高嶺の花と言われていた遠坂凛だとすれば、頭を抱えたくなるのも仕方がなかった。
「アンタ…」
「ああ、俺は親愛なる隣人、スパイダーマン。ところであそこでこっちを見てる二人は、君の友達かな?」
耳に備わるインカムでは、さっさと逃げろと訴えてくる慎二の怒鳴り声が聞こえる。ただ、このインカムの良い点は耳の穴へと突っ込むタイプなので、周囲に音漏れする懸念がないことだ。もっとも、そのぶん慎二のヒステリックのような叫び声は頭にガンガンと響くわけであるが。
「ああ、アンタが最近冬木で囁かれてる都市伝説のスパイダーマンなのね。誰かが困っていたり、誰かが悪漢に襲われていると爽快と駆けつけて敵を倒しては去っていくというクモ男ってわけ」
「あははー、そんなに俺って有名かな?けれど、そんな凄んだ笑みで言われても嬉しさよりも戸惑いが勝っちゃうからやめた方がいいと思うよ?」
「別に凄んで無いわよ?ただ、私から見たらアンタがどれだけイレギュラーなのか、確認しておきたいという思いもあってね?」
そう言う遠坂の足に先ほど見た淡い光が宿る。うん、ビンビンにスパイダーセンスが反応している。この子…遠坂凛という少女は、凄みのある笑みの向こう側でかなり怒っているようだ。
次の瞬間には、弾丸のような蹴りが士郎の元へと飛び出してきており、その一撃を士郎は上体を逸らして華麗に避けた。
「避けんな!」
「割と無茶をいうね君!?」
槍兵と弓兵が共に見ている姿を横目で見ながら、士郎は遠坂の繰り出す八極拳まがいの体術の全てを避けてゆく。それが彼女のプライドを著しく傷つけ、怒りのボルテージを上げているということも知らずに。
「だいたい!さっきの一撃!モロに入ったっていうのに、なんでアンタはピンピンしてるのよ!?普通なら骨が粉砕骨折して、まともに立ち上がれないはずなのに!?」
「あー、それは年季の違いかな!?中々の威力だったのは認めるけど!?」
ひらりひらりと四肢の連撃を躱して、下への大振りの蹴りを飛んで躱した士郎は、校舎へウェブを放ってその身を空中へと避難させる。それでも跳躍で追おうとする遠坂の追撃をさらに躱して、士郎はやっと校舎の壁へと張り付いた。
「こっわぁあ……!!遠坂ってあんなことする奴だったのか!?」
『言わんこっちゃない!だから僕はさっさと逃げろと言ったんだ!それに、ここにきてから打ち合っていたあの赤タイツと青タイツの二人も相当にやばいやつだからな!?』
通信機越しに怒鳴る慎二の言葉に頷きながら、士郎は痛みが治まってきた脇腹へ意識を向けた。たしかに、かなりの威力があった。おそらく何本かの骨にヒビは入っていただろう。
昔からある驚異的な〝回復能力〟で、すでに痛みはないが、彼女の放つ攻撃は如何ともし難いものがあった。
着地した遠坂が睨みつけてくるのを苦笑しながら見ていた士郎。そんな彼に再びスパイダーセンスが囁いてくる。それもさっきとは比べものにならない大きさだ。
——危ない?
「危なっ!?」
無意識に身を動かした士郎がいた場所に、赤い槍が深々と突き刺さった。クモのように壁を伝って移動する士郎を見て、その槍を投擲した青タイツの男は不可思議なものを見るように士郎を見上げていた。
「驚いたな。死角から投げたというのに気付くとは…」
「ランサー、アレはなんだ?残ったサーヴァントとは考えられないが」
「どっからどう見ても人間だろ、ありゃあ。疑いたい気持ちもあるがな」
あ、これは…やばい。
見上げてくる二人の体格のいい猛者たちを見て、士郎は背中に嫌な汗を流した。どうやら藪を突いて竜が出てきたというのはまさにこれだ。
次に降りかかってくるのは赤タイツが放った攻撃。いくつもの刃が校舎の壁へと打ち立てられてゆく中を、士郎はスイングを駆使し、壁に張り付きながら躱す。
躱す。躱す。躱す。躱す!!
(アイツ、どこから武器を出してるんだ…!?)
突き刺さる鈍い音を響かせながら校舎の壁に突き刺さる武器。ちらりと目をやれば、赤タイツの男が再びその手に武器を複製しているのが見えた。
おそらく、あの赤タイツは自分の武器をいくつも再形成して投擲することができるのだろう。そう意識がされてる間に、目の前に回り込んだ青タイツが、赤い槍を引き下げてこちらに向かってくる。
「あの俺、そっちに何かしましたっけ!?夜の校舎で怪しげな武器を持って戦ってる怪しい人物なんて、心当たりがありすぎるんですけど!?」
「知るか!だが手前はこっちの戦いを目撃したんだよ!なら、消すのが道理ってことだろうが!!」
なんだよ!その無茶な理論は!?士郎の心の叫びを知る由もない青タイツが放った槍を、校舎の壁に寝そべるような形で切っ先ギリギリで躱す。赤タイツの投射物とより、あの青タイツのほうの槍がよりスパイダーセンスが働きかけているのだ。直感が囁いている。あの一閃を受けてはいけない。
それに、こっちもやられっぱなしにされている道理もなかった。
「そら!お返しだよ!!」
隙をついたように飛んでくる赤タイツの投射物を、今度は士郎が打ち返した。数個まとめて飛来するそれの二つをウェブで捉えると、一つをスイングして青タイツへ、もうひとつを飛ばし続けてくる赤タイツへと速度を倍にして投げ返したのだ。
わずかな時間の中で切り返した一閃を赤い槍で弾いた青タイツと、手に持つ剣で弾いた赤タイツ。その一瞬の隙でも、士郎には充分だった。
ウェブの塊を放った士郎の一撃は、躱した直後の無防備な青タイツの顔面へのクリーンヒット。視界を瞬時に遮られた青タイツへスイングで近づきつつ、まずは厄介な槍を持つ手をウェブで壁に固定。続け様にもう片方の手と足、胴体に首と、粘着性の高いウェブを貼り付けてゆく。
「野郎!!この程度の小細工など…!!」
「あー、そのウェブを破るのはやめておいた方がいいよ」
士郎の忠告を聞く前に腕と足に力を込めた青タイツ。その瞬間、ウェブに帯電した電気が青タイツの体に迸った。あーあー、言わんこっちゃないと呆れる士郎を他所に、思わず呻き声を上げる青タイツは、力をなくして沈黙した。
士郎の放ったエレクトリックウェブは、魔術師でもありヴィランでもあるエレクトロが使った魔術理論をもとに、慎二が調べ上げた魔術技術の応用で作られたウェブだ。従来の投射後に鉄筋ワイヤー相当の強度となるウェブの特性に加えて、破格の電力を相手に叩き込むという対海魔や人外に対して使うものだ。
ちなみに人間は0,1アンペアで死ぬことになる。電気って怖いね!!
人の姿をしているが、スパイダーセンスも然り、夜中の校舎の壁を平然と走り回れる相手がまともな人間であるはずがない。それに、あれだけの力を振りかざす上に、目撃者は全員殺すマンだ。撃退する上に正当防衛なので文句を言われる筋合いはあるまい。
青白く迸った電流を食らい、大人しくなった青タイツ。それに驚愕した赤タイツへも同じようにウェブを放って距離を取らせる。ステップで避けたと同時に赤タイツの屈強な体へウェブを投射して、一気に距離を詰める!!
「物を投げちゃダメって、お母さんから教えてもらわなかった!?」
「がっ…!!」
引き寄せる力と自身の体重、そして自由落下の勢いを乗せたキックを放つ士郎と、なす術なく吹っ飛ばされる赤タイツ。
手についた砂埃を払ってから、士郎は大人しくなった二人の英霊を前に携帯電話を取り出してコール。
「ハロー、刑事さん。今日は夜も働いてるでしょう?穂群原学園で暴行事件があってね。校内で暴れてる二人がいるから…ああ、もう二人は取り押さえたから、あとはよろしく」
携帯越しに怒鳴り声が聞こえながら、一方的に会話を終わらせた士郎は、起き上がろうとした赤タイツの口にウェブを放って、そのまま足を捕縛。電柱に吊り下げて蓑虫のようにウェブでぐるぐる巻きにしてから、呆然としている遠坂の前へと降り立った。
「あー、君も夜更かしは良くないとは思うよ?まぁ、あの二人と知り合いならここにくる警察の人に事情だけ説明しておいてね。あと、学校で暴力事件を起こしちゃあダメだよ?」
まるで手錠のように遠坂凛の腕にウェブを巻き付けた士郎は、それじゃあとはよろしくと伝え華麗にその場から飛び上がると、木の枝を踏み台にして冬木の夜景の中へと飛び込んでいった。
「……一体何者なのよ!アンタはぁー!!」
呆然としていた遠坂は、自身の手に巻き付けられたウェブを高々と掲げながら、夜景の中へと消えていったスパイダーマンに向かって叫び声を上げた。
常に余裕を持って優雅たれという遠坂家の家訓。自身初である聖杯戦争最初の出来事であった。