スパイダーマン Stay Night 作:紅乃 晴@小説アカ
遠坂を置いて学校から離れた後、士郎は音もなく住宅地の屋根や電柱の合間を縫って飛び交い、自宅である衛宮邸の中庭へと着地する。
「あー、今日は疲れた…散々な1日だった」
特に学校での戦い。遠坂の蹴りはきつかったし、あの青タイツと赤タイツの攻めも一級品だった。ドクターオクトパスと、エレクトロをいっぺんに相手した時よりきつい。バルチャーに空から落とされて墜落した時よりはマシだったが。
さっきから手の甲が痛む。火傷を負ったような違和感が拭えずに士郎は片手をぷらぷらとほぐす。学校での戦いで投擲された武器が掠めたのだろうか。
マスクを脱いで素顔を晒しながら、開けっ放しの縁側から台所へと進み、水を飲んでやっと一息つく。
《あのなぁ、衛宮。僕は散々言ったよな?遠坂は危険だから、さっさと逃げろって》
耳に付けたままのインカムからは、間桐邸にいる慎二が呆れた様子で文句を続けていた。だいたい、慎二が忠告した通り、学校に近づかずにエレクトロを追っていれば遠坂やタイツ二人組に襲われることなんてなかったのだから文句の一つや二つ言いたくもなる。
「ああ、聞いてたよ。耳にタコができてタコさんウィンナーになるくらい。けど、あんな状況で放っておくことはできないだろう?それに、あの青タイツと赤タイツは何者だったんだ?」
《…衛宮。お前が魔術師の世界に無頓着なのは分かっているけど、はっきり言っておく。あのわけがわからない存在には関わらない方がいい》
通信越しに慎二の声色が変わったことに気がついた士郎はリビングに移動しながら改めて問いかけた。
「慎二?」
《あの槍使いと、剣を無限に生成できた相手はおそらく…》
ふと、慎二の声を遮って士郎の直感が働いた。ざわめく感覚が脳から全身へと伝わり、体中の毛が逆立つ。これほどまで危険なシグナルは久々で、士郎は少し止まってしまった。
そしてすぐに上体を逸らした。同時に赤色の槍が士郎の上半身があった場所を穿つ。
「詳しい話を今聞いてるってところか?なぁ、坊主」
「あっぶな!?」
突き出された一閃から横へ槍が振られ、士郎は体を逸らした状態からしなやかな柔らかさで槍を交わし、バク転して天井に張り付く。
「どうも、さっきやられた青タイツってやつだ。悪いが目撃者は〝誰であっても〟逃がすわけにはいかなくてな…!!」
そこにいたのは青タイツこと、〝ランサー〟だった。赤い槍を携えた彼は、学校での一件後、すぐに霊体化し離脱した士郎の後を追いかけてきたのだ。矢継ぎ早に繰り出されるランサーの攻撃をウェブと反射神経で巧みに交わしながら、士郎は貫かれた壁や、穴が空いた畳を見て声を上げる。
「ちょちょちょ!ちょっと待って!マスク着ける間くらい待てないの?もしかして、ヒーローの変身シーンでも容赦なく攻撃を仕掛けてくるタイプの悪役さん!?」
「ちぃ!!口うるさい上に、ちょこまかとすばしっこ…がはっ!?」
死角へと入り込んだ瞬間に体の移動方向を切り替え、士郎はランサーを全体重を使ったスイングキックで外へと吹き飛ばした。廊下の壁を突き破って外へと吹き飛ばされたランサーの前に、マスクを被り直した士郎が着地する。
「家の中でああして暴れられると壊れて大変なんだよ!!おたく家財保険入ってる?壊した分後日支払ってくれる保険とか入ってるわけ?え?今から入れる保険があるんですか!?」
「何を訳のわからんことを!!」
「戦うなら外でってこと!!」
仕切り直しと言わんばかりに攻勢を強めるランサーだが、その攻撃を巧みに交わして、槍を撃ち終えたほんの僅かな隙に固めたウェブを発射して攻撃、大ぶりになればパンチやキックを放つ。何回かの剣戟を交わし、ランサーは切れた口から血を吐き出した。
「ちぃ!その身のこなしと察知能力、テメェ!やっぱり只者じゃねぇな!?聖杯戦争にどういう関係がある!!」
「戦争なんて愛すべき隣人スパイダーマンが関わる訳ないだろ!?そら!お返しだよ!!」
「俺を舐めるな!!」
士郎が放ったウェブを槍で切り払うが、その様子を見て当の本人は肩をすくめる。
「あっと、それはまずいかも」
途端、ランサーの頭に人並みの庭石が落下した。ウェブは陽動で戦いの最中、士郎は中庭にある池の辺りから庭石をウェブで掴んで上へと投げていたのだ。まんまと引っかかったランサーの頭から庭石がずり落ちる。
顔を上げた時の表情は、完全にキレていた。
「テメェ…クモ野郎…俺を〝本気〟にさせたな?」
その声を通信機越しに聞いた慎二はゾッと背筋を凍らせた。こいつは最高にやばい。魔術師としての道を諦め、知識として学ぶ方向へと転身した慎二だからこそ、その異常性を誰よりも理解できていた。
「おっと、かなり怒ってらっしゃる?激おこ?それとも激おこぷんぷん丸?カルシウムいるかな?ここは落ち着いて家でココアでも飲んでママのところに帰ります?」
いつものおしゃべり口調を崩さない士郎だったが、その時ばかりは予想外だった。神速とも言えるランサーの脚力を見失い、矢のように放たれた蹴りが胴体を捉えた。なす術なく吹き飛ばされた士郎は庭先の蔵へと突っ込み、土煙をあげて叩きつけられる。
「今の世に生きる相手に、よもやこれを使うことになるとは思わなかったぜ」
咳き込む士郎へランサーは赤い妖艶な気配を滾らせた槍を横へと向けたまま歩み寄る。その槍は見るまでもなく、当たったら確実にまずい事になることは誰の目から見ても明らかだ。
「これって、かなりヤバいやつ…?」
スパイダーセンスが告げる警戒感に伴って、何故か片手の手の甲が猛烈な痛みを発し始めた。何かが身体を駆け巡る。そんな違和感が士郎を襲う。
《士郎!!!その槍は絶対に避けろ!!!!死ぬぞ!!!!》
遅い!!そう言わんばかりに腰を落としたランサー。身体を起こすが、あの神速の一撃をかわすにはギリギリだ。一か八かの賭けに出るかと士郎がウェブシューターのリミッターを解除しようとした瞬間、蔵内に光が溢れた。
「オイオイ、マジかよ。このタイミングか!!」
足元に現れたのは見たこともない魔術陣。光が迸って輪郭が見えたのは一瞬だったが、その陣を士郎はハッキリと見た。これは、過去に見たことがある。どこで…?いつ…?肝心な部分が翳っていて見えない。手の甲の痛みが増したが、苦痛はなかった。熱く燃えるような感覚が片腕から全身へと広がる。
「何が起こってるんだ…」
光は渦となり、そして晴れた。光の渦から現れたのは黄金の髪と翠色の目をした人。騎士を思わせる甲冑があしらわれた青いドレスを見に纒う〝ソレ〟は、ゆっくりと目を開いて、こう呟いた。
「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した。問おう、あなたが私のマスターか」
その夜、士郎は運命と出会った。