スパイダーマン Stay Night   作:紅乃 晴@小説アカ

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第6話 聖杯戦争

 

夜もすっかり更けた時間。

 

明かりが灯った衛宮邸で、私服姿に着替えた士郎はとりあえず居間に通した遠坂と、蔵で出現したサーヴァントであるセイバーの前にお盆を持ったまま腰を下ろした。

 

「どうぞ、粗茶ですが…」

 

「…まさか衛宮くんが、噂のスパイダーマンだったとはね」

 

「頼む、遠坂!みんなには内緒にしておいてくれ!!」

 

湯気が登る茶の前で呆れた様子で言う遠坂に士郎は頭を下げた。すでに冬木でヴィランと戦っている以上、正体が明かされるのは非常に悪い。とくに桜や大河に危害が及ぶ危険がある。頭を下げる士郎に、遠坂は「別に正体をばらすつもりは無い」と答えてくれたので、士郎はホッと胸を撫で下ろした。

 

「私にとって、貴方がスパイダーマンだったことは重要じゃないわ。むしろ、隣にいるサーヴァントが問題。それもセイバーのサーヴァントなんてね」

 

「あー、ということはそこで俺のことを睨みつけている怖いお兄さんも…」

 

「私のサーヴァントってことね」

 

遠坂の後ろで腕を組んでこちらを睨んでいる長身の男に、士郎は警戒心を解かないまま目を向けた。

 

通信機越しに慎二が予見した通りだ。

 

肌は褐色、髪も白髪であるが顔たちは日本人であり、身につけている赤い服が異国情緒を思わせ、一目で〝只者では無い〟ということはわかる。それに士郎は彼の攻撃を受けているし、手も合わせていた。

 

「遠坂も、聖杯戦争ってやつに参加してるのか?」

 

「サーヴァントを連れてるんだから、当然でしょ?」

 

当然のように遠坂は答えると、温かな茶に手をつけた。今日は冷える。遠坂は出されたお茶を飲み一息つくが、その空気を我慢できなかったのはセイバーの方だった。彼女は立ち上がると、士郎へと怒りの目を向けた。

 

「マスター!あなたは何の知識もなく、聖杯戦争に参加してるのですか!?」

 

セイバーの言葉に、士郎は通信を終える前に慎二から怒られた令呪のことについて思い出す。あの時は士郎が一言、戦いをやめろと命ずれば事は済んだはずなのに、話を聞かないで飛び出した方がどうかしてると散々怒られる始末だった。慎二の怒りの声で士郎はいかに自分が魔術師として未熟なのか痛感させられるばかりだ。

 

「その通りさ、セイバー。俺は魔術師ではあるけど三流、四流がいいところだし、使えても解析と強化だけだ。日常生活でちょっと便利くらいにしか考えてなくて…」

 

セイバーの怒声を受け流す士郎の言葉に、今度は遠坂が驚いた顔をして固まった。

 

「衛宮くん、冗談でしょ?じゃあ何?貴方の頑丈さや、手首から飛び出す糸や、私のサーヴァントとの攻撃をひらひらと躱していた身体能力なんかも、魔術じゃないっていうわけ?」

 

サーヴァント…いわゆる英霊に戦いに巻き込まれた、いや加わったと言うべき士郎が見せた脅威的な身体能力や、壁に張り付いたり、糸を出して空中戦を自在にこなす姿を見た遠坂は、その能力が魔術に起因するものだと考えていたからこそ、その驚きは大きかった。

 

士郎は長袖の裾をまくると、手首に備わる〝ウェブシューター〟を遠坂に見せる。

 

「糸は魔術関係だけど、俺の体は魔術じゃない…まぁ元を正せば魔術関係なんだろうけどさ」

 

ちなみに制作者については秘密にしろと慎二に釘を刺されているため言わない。誤魔化すように「ちょっと待っててくれ」と言って士郎は別の部屋へと向かい、すぐに戻ってきた。持ってきたのは士郎がスパイダーマンとしての力を手に入れる原因となったものだ。

 

「これが、俺が〝スパイダーマン〟になった理由だ」

 

小さなビンに収められたのはすでに死に絶えている1匹のクモだった。体色は青と赤。注意深くビンの中を見る遠坂にとって、見たこともない種ではあったが外見は他のクモ種となんら変わりない。

 

「蜘蛛…?いえ、違うわ。何か特殊な措置がされた人工的な…」

 

「遠坂は魔術師なんだろ?解析はできないのか?」

 

「馬鹿にしないでよね。強化と解析は魔術の初歩中の初歩よ?」

 

士郎の言葉にムッとしながら、遠坂は瓶の中にいるクモへ解析をかける。要点や変化点を効率よく見つけ出そうとするが、結果は芳しくなかった。

 

「ダメ。単なる生き物…クモとしての特性しか見受けられないわ」

 

「マスター。では、その少年を解析してみたらどうかね?」

 

お手上げといった様子の遠坂に、後ろに控えていた赤タイツがそう助言した。なるほど、クモが何の変哲もないと言うことなら、スパイダーマンとしての能力がある本人を解析すれば何かわかるかもしれないということだ。一人で納得していると、隣にいるセイバーが待ったを申し出た。

 

「何をいうのですか!我々は敵対関係、自分の利を無闇に晒す真似など」

 

「遠坂が良いなら、やってほしい」

 

「マスター!」

 

「セイバー。これは聖杯戦闘とは関係のない俺個人の事だ。クモの力を得てから今まで戦ってはきたが、その能力を解析してもらえるなら俺に文句はない」

 

正直な話、切嗣にも何度か見てもらったがこのクモの能力の起因が何なのかは分からずじまい。肝心のクモも何の変哲もない。士郎にとって自分の身に宿った能力は知る限り、壁に張り付くことや鋭敏な感覚、そして強靭なスタミナと身体能力くらいで、深層的な能力についてはさっぱりだった。

 

その言葉を聞いて、遠坂のサーヴァントがフンと鼻で士郎を笑った。

 

「呆れたものだ。まったく未知の能力だというのにそれを使っていたとはな」

 

「けれど、そのクモに噛まれて、俺はスパイダーマンの力を手に入れたんだ」

 

嫌味全開な言葉なのはわかっている。士郎もヴィランたちに散々言われたことだ。その様子を見て、遠坂は疲れた様子でため息を吐いた。

 

「わかった、衛宮くん。アーチャー、お願いできる?」

 

「マスター」

 

アーチャー。サーヴァントのクラスを表す名を呼ばれて、彼は怪訝な顔をする。

 

「わかってるわよ。けど、相手が自分の手を晒すのだから、それじゃフェアではないでしょう?」

 

セイバーのマスターである士郎、そしてスパイダーマンの能力を解き明かす機会を提供してくれているのだ。ならば、相応の対価を出すのが遠坂家流の礼儀だと言う。マスターの言葉に、アーチャーは不服ながらも従い、士郎の横へと移動した。

 

その気になれば〝ひと突き〟でトドメを刺せる間合いだが、アーチャーの直感が避けられると叫んでいる。魔術師としては半人前、戦士としては素人同然、そして自分にとって因果のある相手であるはずなのに、どこか警戒心が取れない士郎を前に、アーチャーはゆっくりと肩へ手を置いた。

 

「構造解析…」

 

魔術回路が起動し、構造解析が始まる。士郎の中への調査用の魔術が迸った瞬間。

 

 

アーチャーは盛大に嘔吐した。

ついでにパスが伝わってる遠坂も吐いた。

 

 

日付も変わったと言う時間帯に、バケツと雑巾を持った士郎が掃除をする中、コップ数杯の水を飲んでやっと落ち着いた遠坂が涙目になりながら士郎を問いただした。

 

「あ、貴方…なんでこんなヤバイ奴に噛まれても生きているの!?」

 

「そ、そんなにヤバイのか?」

 

戸惑い気味の士郎の声に、遠坂は何とも言い難い表情で言葉に迷っていた。見えたビジョンはほんのわずか。巨大な蜘蛛の巣と、真っ赤な八つの複眼。ただ、その目に睨まれただけで体の全てを持っていかれそうになるほどの精神的ダメージがあった。後ろで座り込むアーチャーに至ってはしばらくまともに身体を動かすことも困難なほどに疲弊している。パスで繋がっただけの遠坂でそんな有様だったのだ。アーチャーが受けた影響は計り知れない。

 

「…ヤバイも何も、今の貴方の状態は絶対にヤバイわ。上手く説明できないけど、魔術師関係の組織に絶対見せたらダメ!!わかった!?わかったっていいなさい!!」

 

「わ、わかりました…」

 

食い気味に言う遠坂に頷くことしかできない士郎は首を縦に振ることしかできなかった。士郎が見せたクモの死骸が入った瓶を預かると、それをそのままぐったりするアーチャーへ渡す。

 

「アーチャー。このクモは貴方に。絶対に誰にも渡さないで私の実験室に運びなさい」

 

「…ああ、承知した」

 

そう答えて、アーチャーは霊体化して消えていった。その様子に士郎はやや驚くが、相手は英霊、気を取り直して口を拭う遠坂へと向き直る。

 

「なんか、すまん。遠坂」

 

「いいわよ、別に…ただ、どちらにしろ今の貴方の状況は良くないわね」

 

スパイダーマンとしての能力はさておき、魔術にまったく明るくない士郎にとって聖杯戦争に巻き込まれたのは不運だと遠坂は言う。そもそもの話、巻き込まれた事の正体が士郎には掴めない。

 

「聖杯戦争って奴に巻き込まれたけれど、具体的にどういうものなんだ?」

 

士郎の質問に、遠坂は簡単に説明を始めた。

 

そもそも聖杯戦争とは、「あらゆる願いを叶えるとされる万能の願望機・聖杯の所有をめぐり、一定のルールを設けて繰り広げる争い」それら全ての事象。

 

聖杯によって選ばれた魔術師とサーヴァントが生き残りを懸けて戦う。

 

基本ルールは単純。

 

参加条件は聖杯に選ばれ令呪を宿し、そしてサーヴァントを召喚すること。

 

マスターは令呪を使うことで、サーヴァントに対して3回までどんな内容でも命令を強制できる。サーヴァントは必殺の武器である宝具を最少でも1つ所持している。

 

サーヴァントとして「英霊」が召喚され、その能力に応じて「剣士」、「弓兵」、「槍兵」、「騎乗兵」、「魔術師」、「暗殺者」、「狂戦士」の7種のクラスに割り当てられる。対応して、それぞれ「対魔力」「騎乗」「単独行動」などといったクラススキルが付与される。なお、サーヴァント自体に紐づけされる固有スキルも存在する。

 

そして、最後まで勝ち残った1組のみ、聖杯にて己の願望を叶える事が出来るというのが、聖杯戦争のルールだ。その要所を摘んだ説明を聞いて、士郎は頭を抱えた。

 

「そんな信憑性に欠ける存在のために命をかける戦いをするとか…だから魔術師ってやつは嫌いなんだ…」

 

ドクターオクトパスしかり、エレクトロしかり、ヴァルチャーしかり。魔術師という人種はどれもこれもロクデナシばかりだと士郎は思う。士郎にとっての魔術は解析と強化ができる程度の認識だ。その程度なら生活に役立つ程度の力で済むが、ヴィランたちの悪事を見る限り、魔術にはどうにもネガティブなイメージしか持てなかった。

 

魔術師の実験のせいで生まれてしまったヴィランもいるし、その中でも〝ヴェノム〟は非常に厄介だ。敵味方区別せずに襲ってくるし。

 

「貴方ねぇ、魔術師にとっては自分の存在証明に匹敵する事なのよ?」

 

スパイディ活動の歩みを思い出して感慨に浸ってる士郎に、遠坂は不満げな声でそう言った。魔術師にとって根源に至るということは悲願でもある。そのために聖杯戦争に挑むのだから、士郎の言い草はどうにも気に入らなかった。

 

「探求に犠牲が伴うという理論はそれをする側の問題だろ?魔術師が納得できても、一般人は納得しない。たとえそれが魔術師の世界での常識だったとしてもだ」

 

遠坂の抗議を、士郎はピシャリと跳ね除けた。

 

魔術の秘匿だとか、一般人に察知されないようにって動いている段階で魔術師は少数派だ。それが死者を出すレベルのことを容認しろという方が暴論だ。そんな真似にいくら理由をつけようが、やってることは街中の河で海魔を生み出そうと実験しているオクトパスや、変電施設を襲撃するエレクトロと何ら変わりない。

 

「だったら、貴方は聖杯戦争を止めるってわけ?」

 

「それが俺にとっての責任だからな」

 

「責任?」

 

聖杯戦争にも魔術にも関係ないのに?と言う遠坂に、士郎は手のひらを見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う。じいさん…俺の養父が教えてくれた言葉だ」

 

その言葉が士郎を縛ると同時に、スパイダーマンとしての使命を自覚させる。

 

この言葉は、奉仕を強いるような意味ではない。「手にした強力なパワーは、予期せぬ災害を招く事もあるからこそ、そのパワーは慎重に使わなければならない」 といったごく普通の意味だ。魔術師にしろ、犯罪者が銃を持っているにしろ、それが力を持っているなら、その力を自分個人の欲望のために無闇矢鱈と使っては破滅を呼ぶことになる。

 

それを止めることがスパイダーマンとしての役目だ。ありとあらゆる理不尽な出来事の全てに責任を持つことなど出来ないと、士郎はもう〝知っている〟から。

 

「しかしマスター。貴方が私を召喚した以上、聖杯戦争と無関係でいるわけにはいきません。貴方が聖杯戦争を否定しようと、私には聖杯を勝ち取り、叶えたいものがあるのです」

 

セイバーの真剣な言葉に、士郎は頷く。

 

「無関係でいるつもりはないさ。冬木の街に住んでいる人々に危害が及ぶ危険がある以上、俺は戦う。それが親愛なる隣人としての使命だからな」

 

しかし、聖杯を掴むために死に物狂いで戦うわけではないのでしょう?そう言いたげに不満な顔をするセイバーの前に、遠坂が割り込んで話を切り替えた。

 

「とにもかくにも、まずは監督役に報告しなければね。教会に案内するわ、衛宮くん。何も知らない貴方に」

 

とりあえず、まずは最後のサーヴァントが現界したことを報告しなければならない。そう言う遠坂に士郎は首を傾げる。

 

「どこに報告するんだ?」

 

「決まってるでしょ?聖堂教会よ」

 

運命の夜は、さらなる闇へと更けていく。

 

 

 

 

 

 




※士郎のクモの能力

あるクモを模倣しようとした魔導師の集大成であり、小型でありながら噛まれた際は死の概念がある半神の英霊でも死に至るほどの毒性を持っている。が、士郎の体の中にあるアヴァロンの力により相殺され、結果的にクモの能力が身体に定着する。

クモの能力が魔術回路や士郎の本来持つ投影魔術にも侵食、定着しため、感覚の鋭敏さやクモの能力と引き換えに心象風景が巨大な渓谷に巣食う蜘蛛の巣へと置き換わってしまっている。同時に、士郎の体内にはアヴァロンの能力とリンクしたことにより〝クモの化け物〟が巣食っている。

模倣品の完成品とも目され、神代の時代の魔術師いわく「神話上の英雄が命と引き換えにして対峙できるほどの化け物」らしい。
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