メインはあくまでも『なろう』のオリジナルでいくつもりなので、更新の間隔は少し空いてしまうかもしれません。
ふと気が付くと、僕は全く見たことのない不思議な空間にいた。黒いような白いような、暗いような明るいような、広いような狭いような、散らかっているような片付けられているような、いくらでも形容できそうでいてなんとも言い難い場所。
密閉された部屋なのか開かれた空間なのかも判然としない。いやそれどころか、自分の体も分からないような気がする。手足があるのはわかるし動かしている感覚もあるが、しかし視界に映らない。そもそも目があるのかも怪しいものだ。
「こんにちは」
自分の状況も飲み込めていないのだから、そう声をかけられたときは驚いた。どうやら僕の後ろ、身体的にはともかくとして意識的な後ろから掛けられた声らしいのだ。
特に何かを考えたわけでもなく、声をかけられての当然の反射として、僕は声の主を振り向いた。
「こんにちは」
声の主は柔らかく繰り返した。焼けた肌。簡素な布を巻いた半裸。穏やかな顔。福耳。螺髪。
「……ゴータマ・シッダールタ?」
「そう、シッダルタ」
御釈迦様だった。
訳の分からない空間にいつの間にか居て、そこで御釈迦様に声を掛けられた。
僕が仏教徒なら五体投地ものだろう。
「君は、死んだんだ」
僕の心中を知ってか知らずか、御釈迦様は混乱を助長するようなことを言った。
●
「そうですか、僕は死んだんですか」
まるで平静なようだが、モチロン混乱したし、恥ずかしながら多少取り乱したりもした。御釈迦様に問い詰めたし自分の記憶に問いかけた。質疑応答もしたし沈思黙考もした。
その上で納得した。僕は死んだのだ。
「それで、僕は極楽浄土に渡ったということですか? それで御釈迦様が直々に、僕を歓待してくれている、と?」
現在を現実として認め、いまだ混乱に苛まれる頭を総動員して導きだした結論だったのだが、御釈迦様はゆっくりとかぶりを振った。
福耳が揺れてちょっと面白い。
「もちろん地獄行きでもない。君は、カンダタを知っているかい」
「気紛れで蜘蛛を助けた悪人ですか。御釈迦様が蜘蛛の糸を垂らして差し上げて、でも利己的な意識のせいで糸が切れ地獄に舞い戻ってしまった」
「そう。私はカンダタに限らず、私の、このたった二つの目に留まったせめてもの尊い者たちを救いたいと思っているんだ」
「つまり僕が、目に留まった……?」
御釈迦様は、今度は首を降らなかった。
「君の人生は視させて貰ったよ。君にその自覚はないかも知れないけど、君は大変な人生を歩んだね。多くの人は、君を不幸だと言うだろう」
御釈迦様の眼差しはとても優しい。深い慈愛に溢れている。だが、僕には御釈迦様が何を仰っているのか分からなかった。
「僕は、自分が不幸だったとは思っていません。僕には、自分が不幸だったという自覚がありません」
「うん、そうだろうね。一番の不幸は、そうして自覚出来ないことだと思う」
「仰っている意味がよくわかりません。そもそも僕に自覚がないのなら、僕は不幸ではないのではありませんか? こんなことを言うのはそれこそ釈迦に説法だとは思いますが、知らぬが仏、という諺もあります」
つい口をついて出てしまったが、笑えない駄洒落みたいになってしまった。
「僕が概ね満足に、満足感を感じない程度には満足していた人生をもってしていきなりお前は不幸だった、なんて言われても、納得しかねます」
御釈迦様が相手だからだろうか、やたらと敬語を使っている。自分でも知らなかったが、きちんと礼儀は弁えているらしい。それとも、御釈迦様の持つ、放つ、独特の雰囲気が、凡愚たる僕に働きかけているのだろうか。
「それに、よしんば僕が不幸だったとしても、世の中には僕よりも不幸な人がいっぱいいるはずです。僕より不幸な人がいる地域があるはずです。そちらを視ないのはなぜですか」
ああだめだ。興奮し出している自分を自覚する。自分の死が受け入れられないのか、やはり混乱しているのか。
捲し立てるように放たれた言葉を受けて、なおも続けようとする僕を見て、御釈迦様は短く言った。
「君より不幸な人がたくさんいても、それは君の不幸がないがしろにされていい理由にはならないよ」
「………」
継ごうとしていた言葉がたち消える。御釈迦様は興奮した人間の対処を心得ていらした。捲し立てられる言葉すべてに返すのではなく、言葉を割り込ませる、直前の言葉のみに返す。そうすれば言葉の継ぎ穂を失うし、それに納得させられてしまう。
「それにね、正直に言ってしまうと君が不幸に感じているかどうかはどうでもいいんだ。私が救いたいから、君を救う。これは私のわがままなんだよ」
悟りを拓いた身で言うことじゃないけどね。御釈迦様はそういって微笑んだ。柔らかく、優しく、慈しむような微笑みだった。
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救うといってもどうするのか、御釈迦様は説明してくれた。内容を要約すると、
「つまり転異世界転生モノテンプレ二次創作ですか?」
「そう捉えてもらって構わないよ」
とのことらしい。創作として産み出され僕の生前の世界にあった物語の中に、その世界に新たに生を受ける。それが御釈迦様の救済だとか。
僕も二次創作で何度となく目にしてきたが、しかしああいうものは仏様よりも神様のイメージだった。いやよく考えてみれは転生なんて、もろに仏教の範疇か。生まれ変わりをさせる神様もいるけれど、ならば御釈迦様が出てきたって不思議はない、のか?
蜘蛛の糸を垂らしてチャンスを与えたように、転生させてチャンスを与えるらしい。というか、転生ならもとの世界でもよかったのではないか? 元々それが輪廻転生の概念のはずだ。その疑問にも、御釈迦様は答えてくれた。
「輪廻転生では同じ生き物には生まれ変わらない。それでは変わる、とは言えないからね。だから私が行うのは異世界転生というよりは、異世界やり直しモノ、かな」
いや、やり返しものかも。御釈迦様は言った。
「君が望む作品の世界に、人間として生まれ変わって人生を歩むんだ。やり直してもいいしやり返してもいい。好きなように生きるといい」
「好きなように、ですか」
「そう、好きなように」
このときの御釈迦様の微笑みは、今までとは少し違う色を孕んでいた。どこか、試すような。
「その作品は君が好きに選んでいいよ。特殊能力も付けよう。それこそ二次創作みたいに、君は超人的な能力を持って二次創作のオリジナル主人公のように、生まれ変わるんだ」
その言葉はとても甘美だった。もとの世界に未練がない以上、この申し出は受けて困るものではない。僕の思考と関心はすでに転生先の世界に移ってしまっている。
「能力って、いくつでもいいんですか?」
「私の手に負える範囲ならね。数よりも、能力の難易度というか、コストで決める形かな」
御釈迦様がカタカナを使った。だからどうというわけでもないが、なんだか違和感だ。
「先に世界を決めるといい。その方が能力も決めやすいだろう」
「そうですね、では……ネギまの世界にします。できますか?」
「うん。問題ないよ。ちなみに、理由を聞いても?」
「特に理由らしい理由はありませんよ。好きな作品ですし、二次創作も多かったから、パッと出てきただけです」
「そう。じゃあ次は能力だね」
「はい。こっちは概ね決まってます」
「聞かせてもらおうかな」
「西尾維新の作品から、『曲弦糸』『音使い』『忍法足軽』『空間製作』『暗器術』『背弄拳』『見稽古』『罪口商会』と、アイテムとして『絶刀【鉋】』と『斬刀【鈍】』をお願いします。あ、そうだ、Fateから『道具作成』と『気配遮断』もお願いできますか。そうですね、『罪口商会』で物理的な道具を、『道具作成』で魔法的な道具を作る感じで。できれば、全てをその作中における最高クラスでほしいんですけど」
「一気に来たねえ。うん、構わないよ。大丈夫」
「本当ですか?」
「本当本当。釈迦族嘘吐かない」
かえって嘘臭くなる言葉だ。
「其れだけでいいのかな? まだいくつか付け足せそうだけど」
「いえ、これで十分です」
「そうかい? 謙虚だね」
作中で披露したキャラクターの努力と時間と疲労の一切を無視して同じスキルを手に入れるのに、謙虚もなにもないと思う。
「ついでに身体能力も強化しちゃおうよ。筋力上げてパワーアップスピードアップ。それでいてゴリマッチョにならない不思議設計の筋肉にしよう」
「なんか楽しそうですね」
「ちょっと楽しい」
素直だ。
「産まれに希望とかあるかな? 誰かキャラクターの兄弟姉妹になりたい、とか」
「特にはありませんね。既存キャラへの憑依でなければ希望はありません」
「そう、わかった。うん、これで準備は完了だ。君はもういつでもネギまの世界に旅立てるよ」
御釈迦様は微笑みを絶やさずそう言った。
御釈迦様はわがままだと言ったが、それでも僕を救おうとしてくれていることには変わりはないのだろうし、僕にその自覚がなくとも、やはり僕はお礼を言っておくべきだと思う。だから僕はお礼を言おうと、そのために口を開き……。
「じゃあ、いってらっしゃい」
あ、
と言うまもなく、どこからともなく表れた象に連れ去られた。