拙作ではありますが、本年もお付き合いいただければ幸いです。
二度目の力の収束でよりはっきり感じられた。これは魔力とは別のものだ。もっと清く、慈愛に満ちている。僕が木乃香に、詠春さんに受けた優しさを、思い起こさせる。
二度目の収束は一度目より短かった。一秒二秒の出来事だろうか。収束が終わった佐藤くんは、顔中に汗をかきながらペタペタと自分の体を改めている。その目は疑問や戸惑いに濁っていた。
「佐藤くん、大丈夫?」
僕の質問に答える間もなく、三度、佐藤くんの体に神秘が収束する。二度目よりさらに短く、心無し加わる力も小さくなったようだ。しかしそれは、力が弱くなったというよりも、なんというのか、自然に、馴染んだような印象だ。
そこからは、まるでフラッシュのように神秘の収束が連続した。短く一瞬の収束が、幾度も佐藤くんの体に灯る。そしてその都度、加わる力は佐藤くんに馴染んでいく。
「ちょ、佐藤くん、大丈夫なの!?」
僕は佐藤くんの前で慌てることしかできなかった。下手に触れていいものなのかもわからない。もしこれがなんらかの攻撃であるのなら、佐藤くんには死ぬ前にそれがどんな効果なのかを教えてもらわなければならないというのに、佐藤くんがどんな状況にあるのかすらわからないのだ。
もしこれが木乃香に向けられていたら、と思うと。
しかし僕には今の佐藤くんをどうすることも出来ない。力の正体もわからず、わかったとしてもそれを返せるとは限らない。魔法に関して、僕は無力過ぎる。
「罪口くん!」
背後からかけられた声に振り替えると、高畑先生をはじめとした教師陣が数名集まっていた。
「今のは、そこの彼が……?」
主語はないが、恐らく佐藤くんに起こった神秘に気付いてやってきたのだろう。僕は佐藤くんに視線を戻した。佐藤くんは汗の残る顔で僕と教師陣を見ている。フラッシュのような神秘の連続はいつの間にか収まっていた。
「佐藤くん、大丈夫?」
荒く息を吐く佐藤くんに呼び掛ける。佐藤くんは顔をあげ、確認するように周囲を見渡した。
心なしか顔付きが変わっている気がする。なんだか、強い執念を感じさせるような。
「先生、罪口…………」
脂汗の浮く顔で僕たちを見て、佐藤くんは笑った。笑いながら言った。
「あんたら、魔法使いなんだな?」
●
人前で話す内容でもない。込み入った話になりそうで、人払いを張り続けるよりも場所を変えた方がいいだろうという判断のもと、佐藤くんと僕は先生たちに続いて移動した。場所はどこかの地下室。刹那に一報を入れてから、僕も室内に入った。
広い部屋だ。何もない部屋だ。中央に机と椅子が置いてあるだけで、他に調度の類いは置いていない。
椅子は机に対して一対二で三脚置かれている。僕と佐藤くんが並んで座り、対面には高畑先生が座る。他の先生は部屋の外で待機。これは佐藤くんの希望だ。大勢から質問攻めにされるのは嫌だから、と他の先生方の入室を拒んだ。
「落ち着いたかい?」
対面の高畑先生が佐藤くんに問う。佐藤くんは無言で首肯した。汗も引き、興奮した様子も見られない。さっきまでの動揺は嘘のように消え去っていた。
「じゃあ君の話を聞かせてもらおうかな。まずは、なぜ僕たちを魔法使いだと思ったのか」
分かったのか、ではなく思ったのか、と聞いたのは、わざわざ情報を開示する必要がないからだろうか。場合によっては記憶を消すだろうから、もしかしたらその辺に備えているのかもしれない。
高畑先生の質問に、佐藤くんはほとんど間を置かずに答えた。
「どうやら僕、超能力に目覚めたようなんです」
なんの感慨もなく滑り出した答えは、「ああ、中学生なんだなぁ」と思わせるものだった。誰もが一度は経験するだろう、特別な自分とその他大勢の繰り広げる王道ストーリーの創作。
これがよその学校なら生暖かい目で見つめてノータッチでいてやるのが優しさなのだろうけど、ここは麻帆良で、佐藤くんは謎の力に晒され、その直後に魔法使いの存在を言い当てた。
あながち妄想とも言い切れない。
「超能力かい。いったいどんな?」
高畑先生は柔和な笑みを崩すことなく質問を続けた。否定せず相手の話を促す。ただの妄想だったとしても間違っていない対処法だ。
「予知能力です。それで、高畑先生や罪口たちが魔法使いだと知りました」
「へえ、それは凄いね」
「予知の世界では、高畑先生はポケットに手を入れたまま戦っていました。見えない弾? みたいなのを飛ばしていたように見えました」
「……!」
佐藤くんの言葉に僕はピクリと反応してしまった。それは高畑先生が無音拳で戦う様子を想起させるものだ。
僕の動揺に気付いたか気付かなかったか、佐藤くんは予知したという世界の話を続けた。
「葛葉先生は刀を振り回して常人とは思えない速さで動いていて、神多羅木先生は指を鳴らして、やはり見えない何かを飛ばしていました。伊集院先生や瀬流彦先生は呪文みたいなものを唱えていました」
これまたピクリだ。佐藤くんの話が信憑性を帯びてくる。
こんな突拍子もない話を現実と合致させるなんて、奇跡的な当てずっぽうか、未来人か、元々知っていたか、予知能力者だろう。
一番分かりやすいのは元々知っていた可能性だろうか。
まさか未来人じゃないだろうな。
「面白い話だけれど、それが白昼夢の類じゃなく超能力だと断じるには、何か理由があるのかな? あるのなら、是非聞かせてほしいな」
高畑先生はあくまでも白を切り通す気でいるのか、肯定も否定もせずに話を進めていく。
「そう思うから、としか言いようがないですね。先生は自分の人生が空舞う蝶の夢ではないと証明ですか?」
「なるほど、と納得していいのかわからないけれど、なるほど。僕が蝶の夢ではないことを証明する手段はないね。でも、僕が蝶の夢であるということも、同様に証明できない。違うかい?」
中学生の面倒臭い言い回しに高畑先生も面倒臭い言い回しで返した。大人気ねえ。
佐藤くんは高畑先生の質問返しには応じず、先生の手首を見ながら更に質問を重ねた。
「高畑先生、今何時ですか?」
およそ脈絡と言うもののない、友達と話していて不意に突き出るような日常の疑問だ。高畑先生は怪訝そうにしながらも腕時計を確認した。僕も携帯電話で確認する。十四時十五分。
「午後二時七分だよ」
あ、高畑先生時計ズレてる。
「もうすぐ先生の携帯に電話が入ります。内容は灰の猫についてと今夜の警備について」
残念ながら相手は知りません。と佐藤くん。
「それから、先生の時計五分遅れてますよ」
これから起こる事柄を当ててみせる。予知能力者や未来人なんかが自分の身分を証明する上で行う、非常に分かりやすい名刺代わりだ。多くの未来人は歴史への影響やらバタフライエフェクトやらを気にするくせに最初のこれはあっさりと行う。佐藤くんも、その辺りに頓着するタイプではないらしい。
プルルルル、と電子音が響いた。高畑先生のポケットから聞こえる。携帯電話の着信音だ。もちろん高畑先生の携帯だろう。高畑先生は佐藤くんの顔を一瞥し携帯を耳に当てた。
「はい、高畑です。ええ、ええ。……、そうですか、灰の猫の警戒を。そうですね。はい。今夜は僕が警備に。はい、はい。わかりました。すいません、今謎の力の調査中で、はい、失礼します」
通話を切った後も、高畑先生は携帯の画面を見詰めていた。腕時計と見比べている。
「君の力を本物としてもいい根拠が出来たようだね。まだ確定ではないにしても、夜の警備については一般生徒は気づけないようになっているはずだ。当然、灰の猫についても」
高畑先生はここに至っても魔法使いであることを認めず、突き放すように言った。
「それじゃ、最後にもうひとつ聞いてもいいかな」
最後のひとつ、と高畑先生は強調するように言った。それは「この話はこれでおしまいだ」と示しているように聞こえた。一方的に話を聞き出し、佐藤くんの質問には答えない。ううむ、やり口が汚いな。なぜもっと正直に、正々堂々とあれないのだろうか。
「佐藤聖夜くん。君は、今の電話の相手は分かるかい?」
知らない、と言っていたのを危機逃したわけでもないだろうに、高畑先生はわざわざ確認の質問を投げた。佐藤くんは目を細める。今までよりも真剣味を増した視線で応じた。
「知りません。今も予知でも、先生は相手の名前を呼ばなかったので」
「…………そうかい。ありがとう。せっかくの週末をいつまでも拘束しては悪いからね、もう行くといい」
高畑先生は席を立ち、部屋の扉を開けた。もう話すことはない。出ていけと、そう言われたように感じてしまうのは、穿ち過ぎだろうか。
●
佐藤くんと二人促されるままに外に出て、今僕たちは世界樹前広場にいる。なんとなく離れずに一緒に歩いてきたが、僕からは特に話題も用事もないし、佐藤くんも話し掛けてこないのでここに会話はない。
佐藤くんの話を信じるのなら、あの神秘の収束は他害的なものではないらしいし、ならば木乃香への脅威ではないはずだ。もちろん、純粋に信じるのなら、という一文は必要だが。
「ねえねえ佐藤くん、予知ってどういう風に感じるの?」
なぜか高畑先生がしなかった質問を僕がする。今ごろ先生たちは嘘と本当を見極める魔法なり魔法道具なりを用意しているのかもしれない。
「ある地点までの記憶を一瞬で得る感じかな。未来のことを思い出す、っていうか」
「へえ、詩的だね。記憶、ということは知ることができるのは佐藤くんが見聞きした、というかすることになるはずのことだけなの?」
「そうだな。俺が、俺の体で知覚した、考えたことだけを、今の俺が知ることができる」
「ほうほう。で、予知する一瞬っていうのは、教会の前であったみたいなことになるのかな」
「そうだな。暖かいなにかに包まれているような、守られているような感じで、思い出すんだ」
「ふーん」
ここまでの受け答えを、佐藤くんはほとんどノータイムで返してくる。どう答えるか、なんと言うかを考える時間を全く取っていないのだ。僕や高畑先生がする質問も、それに対する答えも、以前に経験していたかのように。
予め知っていたかのように。
「フラッシュみたいに連続してたときは、それだけ何回も予知したってこと?」
「ああ。二十回くらいかな」
「その度に、君は少しずつ違う行動をとっていたんだね?」
「その通り。毎回同じことをしても仕方ないからな」
「ふーん、自分の意思で行動できるんだね。予知って言うより、過去に戻ってるみたいな力だね」
「少なくとも、俺の主観ではそうだよ。俺の感覚としては、普通に行動して、普通に見聞きして、そしてある地点で途切れて戻る。分かりやすくするために『予知』って言ってるけど、実際には『やり直し』って言った方が近いかもな。前回のお前は『コンティニュー』って言ってたよ」
「前回の僕?」
「ああ。俺の主観では同じ時間を繰り返してるだけだからな。回数を数えて、覚えて整理を付けてるんだ」
たまに混ざるけどな。佐藤くんは笑った。
佐藤くんの話によると、初めてやり直しをしたのは一回目の五十六時間後。二日と八時間後。二日後の夜十時頃らしい。その時間から、僕と教会で話していた まで戻るのだという。
「戻るのはあの時間のあの場所なんだよ。毎回まったく同じってわけじゃなくて何分とかの誤差はあるんだけどな。今のところやり直しの始点がいつも同じだから、戻り先の条件を限定するのは難しいな」
「色々試してるんだね。最初から力の全てを把握しているわけじゃないんだ」
「まあそうだな。今のところ言えるのは、戻りの時間の幅は大体一緒ってことと、個人の行動で変えられる範囲なら前の回と違うことが出来るってこと。あとは確定事項がひとつ」
わざわざそこで言葉を切るなんて、どれだけ聞いて欲しいのだろう。どれだけ話したいのだろう。相手の要求を暗に示されたときはそれに沿いたくない僕ではあるが、しかしここで無意味に反発しても話は全然進まない。ウザいけど佐藤くんが待っているであろう質問をしてあげよう。
「確定事項。これまでの会話でもやたらと意味ありげに隠されてきた『やり直し』の始点のことだね? 佐藤くんの言葉を借りるならば、『ある地点』のこと。ある地点とはどの地点なのか、僕はようやく聞くことが出来るわけだ? ちょっともったいぶりすぎだよね。本当ならいの一番に話さなきゃいけないことじゃない?」
佐藤くんからの暴力を警戒しながらの言葉だったのだけれど、佐藤くんがことのほか真剣な表情で見詰めてくるため、僕は長くなる台詞を端寄り佐藤くんに続きを促すことにした。
「先生たちが魔法を使う場面を目撃した。多くの先生が、一般生徒である君の前で。二日後の夜十時、それだけの緊急事態が起こるっていうことなんだろう?」
「ああ」
佐藤くんは短く肯定した。あっけない肯定ではあったものの、その言葉には強い執着が絡み付いているように聞こえた。佐藤くんの目が陽光を受けて輝く。さながら炎を湛えているように、熱く、煌めく。
その炎は、他者への憎悪か、己への憤怒か。
「やり直しの始点は、俺の死だ」
内側から漏れる激情を声に滲ませ、佐藤くんは告げた。これまでに二十回ほど死んだと。五十六時間ほどでまた死ぬかもしれないと。
「罪口、助けてくれ」