ネギマシニカル   作:敗色

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一話

僕は京都に生を受けた。

 

養父の話によると僕は竹林に棄てられていたらしい。捨て子だ。さすがに捨て子は人生で初めての経験だったので、聞かされたときは驚いた。

 

『罪口鷺志(ツミグチサギシ)』と書かれた半紙と共に藤の篭に入れられていたのだと。養父はこれを名前だと判断した。僕もこれは僕の名前だと思うが、これは名前としてどうかとも思う。罪口商会だから罪口なのだろうけれど、鷺志はいただけない。まるで詐欺師みたいだ。

 

養父の名前は近衛詠春。そう、メインキャラクターである近衛木乃香の父親だ。つまり僕と木乃香は義理の兄妹、もしくは姉弟となる。

 

敷地内に突如として表れた謎の赤子を、なぜ詠春さんが引き取り育てることになったのは知らない。詠春さんは語ろうとしないし、僕には物心つく前の記憶はない。当然と言えば当然か。誰も赤ん坊時代の記憶など持ってはいないだろうから。物心ついて自分の出生(発生?)を自覚して、一番驚いたのは【鉋】と【鈍】だ。僕はずっと、恐らくは藤の篭に入れられていた時から、僕は二振りの日本刀を携帯していたのだ。赤ん坊がどうやって、体積も質量も自分以上のものを隠しおおせたのか、誰よりも僕が気になる。僕を抱いた大人は予想外の重さに驚いたのではないか。

 

新たに生を受けてからこっち、僕は御釈迦様の仰っていた不幸の意味を痛感する、刺激的な毎日を送ることが出来た。

 

お味噌汁は美味しいし、寝ているときに寝返りをうっても怒られない。ご飯は、レンジで温めなくても温かいということを知ったときは驚いたものだ。

 

この人生を知ってしまえば、確かに生前(というのも変な話だが)は不幸だったかもしれない。もっとも、前世の僕は僕の状況にそれなりに満足していたが。

 

この人生と前の人生の一番の違いは、身の回りの人間が僕に接する姿勢だ。

 

木乃香も刹那もとても優しい、とてもいい子で、僕の心は洗われるようだった。

 

だから、僕が木乃香や刹那、詠春さんたち『家族』に恩返しをしようと思うのは、至極当然の発想だった。そういう発想が、現れたのだ。

 

 

 

 

養子である僕は家督を継げない。もちろん継ごうと画策するつもりもない。継ぐべきは嫡女である木乃香だ。もちろん本人の希望も大事だと思うが周りの大人はそうはいかない。頭と体の古い連中の中には、男子でないことに不満を感じている輩も多い。

 

そんな連中は自分がとって変わろうとよからぬ企てをするものと相場が決まっている。女子だと侮って強引な手段にも出るかもしれない。

 

「そんな連中から木乃香を守りたいと、そのための努力をしたいと言うのかい?」

 

「はい。僕ならまだ子供ですし、家庭の都合上木乃香の側にいても不自然ではありません。口はばったいようではありますが、相応の実力はあるつもりです」

 

詠春さんの書斎にて、二人きりの会話である。

 

周囲の僕に対する評価はわかっている。年に見会わぬこまっしゃくれた子供。確かに五歳の子供の言葉遣いではないかもしれない。嫌われる覚えは山とある。

だが、スキルの一切は誰にも見せていない。僕が何を使い何を為すのか、知っているのは僕と詠春さん、御釈迦様も合わせて天上天下に三人きりだ。

 

「……まず聞きたい。なぜその気持ちを私に?」

 

「黙って勝手に護衛紛いのことをすることも出来たとは思います。ですが当然、一人よりも大勢の方がいい。護衛として認知して頂ければ、その立場で知るべきことを教えてもらえる」

 

僕がいないところで何があったか。どんなことが起こり得ると考えうるか。子供の収集力では届かない情報を得ることができる。

 

これは大きい。敵が必ずしも正面から来るとは限らない以上、情報があるに越したことはない。

 

詠春さんは伊達に西を納めてはいない。僕の言いたいこと、主張するメリットと予想されるデメリット、そして僕の気持ち、分からないお人ではない。

 

「………」

 

詠春さんは沈痛な面持ちで押し黙っている。

 

「鷺志の言うことはわかります。その気持ちも尊重したい。しかし、私はお前をそんなつもりで養子に迎えたわけでは……」

 

「存じています」

 

わかった上で、誰かに言われたわけでもなくて、僕はそうしたい。

 

「これは僕のわがままなんです」

 

こう言われてはなにも言い返せない。それは経験上知っていた。

 

 

 

 

 

晴れて木乃香の護衛である。

 

極秘裏に就いた任務。木乃香にも知られないのが理想的で、前提条件だ。

 

「さぎくん、しりとりせえへん?」

 

「いいよ。木乃香からどうぞ」

 

「ほな、りす」

 

「推理」

 

「りんご」

 

「氷」

 

「り、り、リアル?」

 

「瑠璃」

 

「えー、またりなん? んー……、ええと、り、り、り………あ! 料理!」

 

「リハビリ」

 

「うえーん!」

 

「泣かせてしまった!?」

 

どうしよう!

 

女子を泣かせるという人生初の事件に狼狽える僕。情けない話だけどオロオロするくらいしか出来そうもない。五歳の女の子が喜ぶことってなんだ? どうやったら泣き止んでくれるのか誰か僕に教えてくれ。

 

「びえーん!」

 

いよいよもって泣き声が本格化してきた。僕も泣きたい。

 

護ると決めた女の子ひとりの涙も止められないなんて、僕はなんて無力なんだ……!

 

この窮地を乗り切ることが出来るなら、僕はなにとだって手を結ぼう。神でも仏でも、悪魔でも……!

 

「あー! さぎくんがこのちゃん泣かせとるー!」

 

「助けてせっちゃん!」

 

駆け付けてくれたのは僕たちの幼馴染みにして親友、桜咲刹那だった。可愛らしくつり上がった目は義憤に駆られていることを物語っていた。

 

「もー、さぎくんなにしたん? このちゃん泣かせたらあかんよ。めっ、や!」

 

「面目次第もない……」

 

「難しい言葉禁止!」

 

「ごめんなさい……」

 

「びー!」

 

僕が刹那に怒られる間も木乃香の泣き方は悪化の一途を辿っている。このままでは僕は、音使いのスキルを使って木乃香を落ち着かせるしかなくなってしまう。

 

「このちゃん落ち着いて、わるいさぎくんはうちが怒ったから大丈夫やよー」

 

「うー…ぐすぐす」

 

「ごめん木乃香、許して」

 

「ううー……」

 

「おやつのあんみつあげるから」

 

「え! ええの?」

 

「うん。あげるあげる。だから許して」

 

「もー、しゃーないなあ」

 

一瞬で輝かしいまでの笑顔を浮かべる木乃香。五歳児ちょろいマジちょろい。

 

僕のあんみつは犠牲となってしまったが、なに、尊い犠牲だ。木乃香に笑顔が戻ったのなら僕のあんみつくらいどうと言うことはない。僕は涙を呑むとしよう。

 

「ほないこか、せっちゃん」

 

「うん。このちゃん」

 

「さぎくんは来たらあかんえー」

 

「え、なんで?」

 

「おやつ食べへんのやからこんでええやん」

 

「え!?」

 

「うちらだけでいこうなー」

 

「なー」

 

木乃香と刹那が顔を見合わせてクスクス笑いながら駆けていく。してやられた。まさか狙っていたわけでもあるまいが、五歳児黒いマジ黒い。

 

甘いものがなくなってしまうのは断腸の思いだが、仕方ない。

 

「そこの不埒ものの腸を断って、慰みとしようかな」

 

 

 

 

ぐるりと首を巡らせあらぬ角度で見やる。その視線を受けて二人の人影が降りてきた。体に貼り付くような服を着た、尋常ならざる雰囲気を放つ二人組。

 

「木乃香たちとの楽しいおしゃべりを邪魔しやがって。どこの誰かは聞かないよ、そういう尋問はそういう部所に任せるから、僕の専門は捕獲なんだよね。捕獲専門」

 

体のラインから片方は女性だと分かる。動きやすいようにあんな服を着ているのだろうけど、貧乳過ぎてすぐには気が付かなかった。

 

「こういうさ、暗殺か誘拐か知らないけど悪辣な企てっていうのは某かの伏線があってしかるべきだと思わない?」

 

「……気取られないのは、俺たちが暗躍者として優秀な証だ」

 

「僕に気取られて今こうして向かい合ってるってことは、無能の証明だね」

 

メラッと怒りが燃え上がるのを感じた。男女がじりじりと間合いを積めてくる。僕の左右に拡がるように、僕を挟み込むように。

 

僕は慌てて訴えた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、丸腰の子供相手に陣形組むつもり? 戦う時は正々堂々一対一で……」

 

僕が言葉を終わらせるより早く、二人が飛びかかってきた。男がわずかに先行して頭に鈍器を振り上げてくる。反対からは女が腹を狙って刃物で肉を削ぎに来た。

 

男に気を取られたら女に殺される、そういうコンビネーションか。男が鈍器で頭を狙ったのも、分かりやすくするためのパフォーマンスか。

 

などと冷静を装って分析する間に詰まってくる。

 

「う、うわああああああ!」

 

僕は男の鈍器から頭を守るように手をかざし、無様に殴られんとする。

 

まあ当然、そんなものは当たらないけれど。

 

男が鈍器ごと頭を貫かれて即死する。女は肩に切っ先を受けて地に伏した。

 

「な、なん、なに……が!?」

 

男の死体を見開く目で凝視しながら、状況が飲み込めない様子で呟いた。混乱しているうちに【鈍】で女を地面に磔にした。

 

わけが分からないのも当然だろう。女の感覚としては、殺せると思った獲物の腰から突然刀が生えてきて自分を突き刺したのだから。

 

種は当然暗器術。男の方も同様だ。

 

「お前、捕獲専門って……それに、丸腰なんじゃ………」

 

「いやいやいや、冷静になろうよ。なんで僕の言うこと鵜呑みにしたわけ? 頭悪くない?」

 

冷静じゃなくしたのも僕なんだけどね。

 

わざわざ僕の前に姿を表したのも、分かりやすくする怒りを喚起されたのも、そもそも木乃香を追わずに僕と戦うのも、全部僕の仕業である。音使いの精神操作って便利。

 

「さてそれじゃ」

 

僕は男の頭から引き抜いた【鉋】を振り上げた。女の胴体を狙う。

 

「ま、まて! 雇い主の情報が欲しくないのか? 顔、名前、契約金、落ち合った場所、日時、なんでも話すぞ! なんならスパイになってもいい!」

 

往生際が悪く生き汚ない女な様子は実に見苦しい。これも彼女なりの処世術なのだろう。情報を提供するから生かしてくれと言うわけだ。確かにそれは有効な手段だろうが、

 

「いらないよ。どうせ君使い捨てでしょ。君と会ったのは下っ端だろうし、会合にも意味のある場所は選ばないだろう。だから日時も効果はない。っていうかスパイ? 僕なら失敗した刺客は殺すよ。放った矢は、戻ってこなくていいんだから」

 

木乃香たちをこの場所から離すのに犠牲になったあんみつの怨みもある。

 

「それにほら、僕君たちの腸を断つって言っちゃったし、言ったことは守らないといけないよね。嘘なんて言語道断だ」

 

っていうかぶっちゃけると、木乃香に悪意を向けるような輩は生かしておくのも我慢ならない。情報源にならないのだから、生かしておく意味もない。

 

僕は怒っているんだから。

 

「死方ないから情報死ゅう死ゅうは専門班に任せよう」

 

 

 

 

怒ると死吹の方言が出るんだけど、これは御釈迦様のイタズラじゃないかと僕は思っている。

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