ネギマシニカル   作:敗色

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第五話

厳かに。悠然と。厳然と。夜を纏うようそのマントをたなびかせ、金髪の幼女が姿を表した。

 

たおやかな矮躯と裏腹に、王者の風格で、しかししゃなりと降り立った暗夜の女王は艶然と笑んでいた。見た目の幼さを嘲笑うような艶やかな笑顔は、背筋の凍るような色気を孕んでいるようで。燃えるような野心を覗かせるようで。

 

ごめん、ちょっと厨二病発症した。

 

僕たちの視線を一身に受けて、彼女は顕現した。真祖の吸血鬼。夜の女王。鬼の王。

 

知らず、口から彼女を示す言葉が、名前が零れる。

 

「エヴァンジェリン・赤松・健・マクダウェル………」

 

「誰だそれはっ!」

 

まなじりを上げて怒られた。ダメか。

 

「初めまして、僕は宵口鉤士。君のことは、なんて呼べばいいのかな?」

 

「罪口鷺志だな、知っているぞ。貴様の思惑通り、貴様はプレイヤーの間では有名だからな。『前後左右(デッドアングル)』?」

 

「そう。僕の東奔西走が結実しているのは喜ばしいことだよ。で、マクダウェルは、一体なにしに降りてきたんだい?」

 

「いやなに、貴様が自分の敗けだなんだとごねていたのが聞こえたからな。私見を述べに来ただけだ」

 

「闇の福音殿の私見とは興味深いなぁ。是非聞かせてよ」

 

幼女はひとつ鼻を鳴らして高畑先生を一瞥し、次いで爺さんを見やった。値踏みするように注視し、ほとんど一周するように僕へと向き直る。

 

「貴様には貴様の思惑があって隠していたのだろうが、聞かせろと言うからには聞かせてやろう。どうやらジジイも知らんらしいが」

 

童姿の闇の魔王はそこでわざとためを作った。どうやら僕が秘密にしていることを明かそうとしているようなので、もしかしたら言葉に割り入る隙をくれているのかもしれない。

 

だが、それは幸いにして要らない心配だ。

 

「巷に流れる前後左右は、死角に入る術に長け虚を衝くに秀で、神魔仏霊すら斬り伏せる怪刀を振るう近衛の忠犬である、という」

 

いい感じに大袈裟に広がっている。誇張表現はされればされるほどいい。

 

「この噂やその刀の印象で、貴様の武器はその刀と思ってしまいがちだが、それは貴様の仕込んだ誤認だな?」

 

「僕が仕込む誤認。その心は? 人形使いの見解は?」

 

「まず貴様の戦い方に違和感があった。タカミチの言う通り、さっさとその刀を出してしまえばよかったのだ。殺したくないなら峰打ちでも構わん。予期せぬ攻撃に、タカミチは予想外のダメージを負うことになる」

 

いつしか周りに集まる教師たちも、禍音の使途の演説に聞き入っていた。難しい顔をして静かに聞き、静かに考えている。

 

「そうせずタカミチと一緒にぐるぐる回っていたのは、一緒に回ること自体が目的だったからだな? 貴様は、自分の実力でタカミチの動きについていけるのかを確かめたかった。そして、それが出来ると分かった。つまり貴様が隠そうとしている本来の武器、道具は、相手に一定時間張り付けば効果を発揮するなにか」

 

断じるように言い、悪しき音信はさらに言穂を継いだ。

 

「もしくは、最初に後ろに張り付いて言葉をかける段階で仕掛けに必要な時間は終わっていて、そのまま張り付いたままだったのはタカミチを激しく小刻みに動かすのが目的だったか、だろう。その事から推測できる貴様のメインウエポンは……」

 

不死の魔法使いは言葉を切る。集まる注目を焦らすように間を開ける。この空間のイニシアチブを取ることができたのが気持ちいいかのように、口角を上げて意地悪く焦らす。

 

衆目の意識を十分に集め、まだ話さないのかと苛立ちが募ってきたころ、彼女は発した。己の自信を含めた推測を。

 

「毒だ!」

 

ハズレ。

 

「おっと、っと、細かな洞察、まずはさすがだね。浄不浄を問わず名が知れているだけはある。でも、ここでその解答の正否を解くことは控えさせてもらうよ。可能な限り、手の内は隠しておきたいからね」

 

「ハンッ! 正解だといっているようなものだな」

 

もちろん、正解だといっているように聞こえるように言ったからね。人を騙す手段は嘘だけではないという、好例だ。

 

隠しておきたいのももちろん事実だしね。何かあるのを仄めかしつつ隠しておけばそれは情報を得たものに作用する毒針となる。その推測が誤りであるなら尚良しさね。

 

 

 

 

「それで? アタナシアは、僕の技を見抜くために来たのかい?」

 

「まさか。それだけでわざわざ魔法使いどもの前に出るか」

 

「ふんふん? じゃあハイライト・デイ・ウォーカーの真意はなんなのか、当然聞かせてくれるんでしょ?」

 

「ふん。貴様は毛並みのいい魔法使いやその従者とは毛色を異にするようだからな。プレイヤーとして名を広めておきながら、暗殺紛いに躊躇いがない。しかもその目的も理由も自分自身にはなく、自分の飼い主のためだとか。大した忠誠心だな?」

 

僕を挑発するのが目的、だと思う。首を斜めに反らして尊大に見下ろすように、今ある顔を歪めるようにして嘲笑している。

 

あいにく僕はそんなことでは怒らない。僕の横で聞いている刹那がぴくりと反応しかけたが、しかけただけで乱れることはなかった。

 

「ふむ。自分の悪口よりも知人の悪口に動くタイプか。貴様らの飼い主のことは、ふざけても言わん方が今後のためだろうな」

 

「今後の?」

 

木乃香への言及は意図的に無視する。害意があるわけでもないようだし、ここで騒ぐほど僕も子供ではないつもりだ。ちょっとだけ気分が逆立たないでもないけど、騒ぐ方がむしろ木乃香の不名誉になりかねない。

 

だからここは無視して、言葉の先を促す。

 

「ああ、今後だ。手段を選ばない、というのは頭の固い正義の魔法使いには認知されん。はぐれもの同士肩を寄せて慎ましく生きていこうではないか」

 

「うわぁ似合わねえ台詞……」

 

初対面も初対面で彼女のことはろくに知らないけど、こんな殊勝な言葉を吐くような人物であるはずがないと、世界の意思が囁いているかのようだ。

 

「え、なに? キティは本気でそんなこと言ってるの?」

 

「キティはやめろ! というか、いちいち呼び方を変えるな鬱陶しい! エヴァでいい」

 

「そう。じゃあ改めて、エヴァは本気でそんなこと言ってるの?」

 

「まさか。本気なわけないだろう。茶々丸」

 

「はい、マスター」

 

エヴァの後ろに控えていた少女(ガイノイド)が音もなく前に出た。茶々丸、というからには、彼女が茶々丸か。エヴァの従者のガイノイド。超現代級のあからさまなオーバーテクノロジーの集大成。確か魔法と科学の申し子だったか。

 

「これを」

 

「……これは?」

 

茶々丸が差し出した紙片を手に取る。折り畳まれた紙片には何かが記してあるようだが、開いていないので読めない。

 

「ここでは落ち着いた話などできんだろう。明日の放課後、そこに書いてある場所にこい。そこが私の住み処だ。貴様と、後ろの貴様。土産に茶菓子を忘れるなよ」

 

いやに所帯染みた言葉を残して、エヴァは茶々丸を伴い広場を去っていった。なんだそれ。手紙だけ残せば済んだ話じゃないか。おしゃべりでも楽しみに来たのだろうか。

 

僕は広場中央へ向き直る。新入生の実技披露もそろそろ終わる。僕としては、同輩の水準がどれくらいかじっくり見たかったところなのだけど。木乃香に害為そうという密偵がいないとも限らない。

 

仕方ない。素行調査で代用しよう。確か近衛でよく使っている情報屋がいたと思う。やつに頼めば値段の分は調べてくれるはずだ。そこそこの額を渡しておかないと、調査対象にこっちの情報を売るというにわかには信じがたいこともしでかすけど、学園の警備のバイトで稼ごう。場合によっては、非常に遺憾だけど最後の手段としてお年玉貯金を崩さなくてはならないかもしれない。

 

ここで見られなかったのが痛い。懐に。

 

「それじゃあ刹那」

 

「はい、さぎくん」

 

「今日はこのまま解散でいいんじゃないかな。夜更かしは美容の大敵らしいからね」

 

実力を示し終わった者の中には、既に寮や家に戻っている者も少なくない。教師も咎める様子がないし、自由解散と見ていいのだろう。僕とエヴァの会話に聞き耳を立てていた教師は、咎めるどころではなかったのかもしれないけど。

 

「そうですね。話をしたい人も居なさそうですし、このちゃんももう寝ている頃でしょう」

 

「うん。それじゃあ、また明日ね」

 

僕は手を振って刹那と別れた。明日の待ち合わせ場所と時間の確認も忘れない。明日の放課後に、この広場で落ち合う約束をして、良眠を祈る。

 

 

 

 

翌放課後。僕は先に待ち合わせ場所に着き、張り巡らせた糸の確認をしていた。中等部へ足を踏み入れるのは初めてなので、校内や寮内のものを確かめている。

 

糸に異常がないなら問題もないけれど。今度空間製作と音使いのスキルを併用して高等部や大学部に潜入して、全域に糸を広めようかな。でも人口が多いから一度切れた糸を繋ぎ直すのが面倒なんだよなぁ。

 

ううむ、魔法の糸とかできればいいんだけど、僕は魔法使いとしてそんなに器用じゃないからなぁ。

 

などとつらつら考え込んでいると、僕に近付いてくる少女を感知した。背後から忍び寄る足取りには、いたずら心を感じさせる。

 

そろりそろり歩んで寄り、パッと僕の目を塞ぐ。そして鈴が弾むような声で、

 

「だーれや?」

 

と問い掛けられた。

 

「残像だ」

 

「はずれ~。正解は、せっちゃんでした~」

 

「わ、私でしたぁ……」

 

慣れないことをさせられて、刹那の声が上ずっている。

しかし木乃香も、刹那に僕の目を塞がせて自分が声をかけるとは、昔の純朴さに、成長に伴う程よい狡猾さが加わってきている。これが成長というものか。

 

「で、今日はどこにいくん? 」

 

「僕たちももう中学生。買い食いが解禁されているからね、喫茶店でも冷やかしにいこうよ」

 

「ええねぇ。うち気になっとるお店あったんよ!」

 

「初等部の頃から言っていたところですね。あの、本棚があってお客は自由に読めるっていう」

 

「そういえば聞いてたね。あそこでしょ、探偵がいそうな雰囲気で、小説の舞台になりそうなところ。いいねぇ行こう」

 

初等部では禁止されていた買い食い。中等部になった僕らにはその制約は効かず、ならば解放された僕たちはここぞとばかりに買い食いを楽しむべきだろう。これはもはや天意と言ってしまってもいい。なので僕は木乃香や刹那と買い食いを楽しむ。

 

「さっそく行こうか」

 

「せやね」

 

「ええ」

 

 

 

 

翌放課後、今日も僕は木乃香と刹那と三人で出掛けた。昨日は周りや食べ物の話題に終始してしまったが、今日は各々のことを話した。というか主にこの中に木乃香の話を聞いていた。

 

「あんなー、明日菜と同じクラスになれたんよ~」

 

「せっちゃんとも同じクラスやし、楽しいわ~」

 

「明日菜といいんちょは別のクラスでな、明日菜ちょっと寂しそうやってん。内緒やで?」

 

「長谷川さんは内気でな、あんまり話してくれへんねん。せっかく同じクラスなんやし、もっと仲ようしたいわ」

 

「あ、後な、お人形さんみたいにかわいい子もおるんよ~。綺麗な金髪のガイコクジンでな、エヴァンジェリンちゃん言うねん」

 

「友達いっぱいできたえ~」

 

ほんわかとかぽわぽわとか、そういうオノマトペがよく似合う少女、木乃香です。平和を感じる。

 

その翌日も、そのまた翌日も、さらに翌日も三人で遊んだ。そしてもうひとつ翌日の放課後。

 

「さぎくんは、友達おらんの?」

 

結構心配そうな顔をされた。

 

「いやいや、いるよ? ルームメイトの友達とか、僕の友達でもあるし」

 

「あ、ルームメイトさんは友達やないんやね」

 

「この辺も結構遊んだし、中等部に上がってからこっち、僕たちだけでしか遊んでないからね。そろそろ学校のコミュニティを豊かにするのもいいかもしれないね」

 

木乃香のことだ、きっともうクラスの友達から遊びに誘われている。それをあまり断っても、木乃香がクラスで浮く原因になりかねない。

 

のんびり遊んで、その日は明日の約束はせずに別れた。

 

 

 

 

「ジョン、國喜多、遊ぼうぜ」

 

「じゃあゲーセン行こうぜ!」

 

谷愚痴お前は誘ってない。

 

翌日。

 

「ジョン、國喜多、遊ぼうぜ」

 

「昨日のフィギュア残ってっかな?」

 

谷愚痴お前は誘ってない。

 

翌日。

 

「ジョン、國喜多、遊ぼうぜ」

 

「大食いの店見つけたんだよ、行こうぜ!」

 

谷愚痴お前は誘ってない。

 

翌日。

 

「ジョン、國喜多、遊ぼうぜ」

 

「お前俺ら以外に友達いねえの?」

 

 

 

 

 

今日は僕一人で歩き回っている。山というには起伏がなく、森というには小さく、林というには大きいような、中途半端な規模の木々の群れの、間を歩いている。木々に特有の清浄(な気がする)空気を吸いながら、木漏れ日の中を検分するように練り歩く。

 

僕の工房とするのに丁度よい場所を探しているのだ。

 

せっかく【道具作成】や【罪口商会】を持っているんだから何かを作りたいと思い立ち、早速工房探しに乗り出した。ただ作るだけならば空間製作でどこかに死角でも作ってしまえば手っ取り早いけど、邪魔が入らず道具が置ける場所はどうしても欲しい。

 

それに、毒とか攻撃魔法がうっかり漏れたりしたら困る。

 

周りに建物や往来が無く僕の行き来がしやすい場所とか都合よくないかな。竜脈? とか調べた方がいいのかな。それともそういうのは学園が押さえてるのかな。

 

反響音を聞きつつ糸を張りつつ歩を進める。探して歩くよりも爺さんに聞いた方が早かったかな、とかいまさら思ってしまったけれど、どうせだからこのまま歩こう。自分で見つけた方が喜びもひとしおというものだ。負け惜しみではない。

 

「………糸電話で爺さんと会話出きるんだよなあ。頼んじゃおうかな」

 

宛もなく歩いているせいで時間の感覚も鈍くなる。太陽が中天にあらから、そろそろお昼時だろうか。中断して昼食にしようかな。

 

もうほとんど帰ることで方針が固まってきた頃、木々に遮られほとんど機能しなかった反響音が大きな何かを経由した。木に似た響き方だが、面で反ってくる。木を組み合わせた人口物か?

 

その何かに行き先を固め、そちらに向けて足を早めた。ほどなくして見えてくる。丸太を組み合わせて作った家屋、ログハウスだ。

 

「なにこれオシャレ。どことなく生活感あるけど誰か住んでるのかな」

 

思わず独り言が漏れる。その言葉を聞いていたわけでも、その言葉に反応したわけでもあるまいが、ガチャリ、と扉が開いた。

 

「あ」

 

「あ」

 

「絡繰さんだよね? 絡繰茶々丸さん」

 

「茶々丸で結構です。どうぞ中へ、マスターがお待ちです」

 

「え?」

 

「え、とは………?」

 

「いやなんでないよ。お邪魔します」

 

はて、なにか約束なんてしてたっけか?

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