ログハウスの中は、外観からの想像を裏切らず綺麗なものだった。露出した木目とかカントリーな調度品とか、刑事ドラマの金持ちの別荘みたいな感じ。すごく怪しくて嫌な奴なんだけど結局犯人ではなく、視聴者に間違わせるための囮なんだよねあいつら。だからただのムカつく奴ってだけで、見てる間は意識にも登るけどドラマが終わるとその他大勢に埋もれるんだ。
なんの話だっけ。
「なんだ茶々丸、忘れ物か? 私のスイーツ欲は一刻も早いいなり寿司の摂取を求めているぞ」
「いなりの甘味はスイーツじゃねえよ」
階段から、さながら妖怪天井下がりのように垂れたエヴァが力無い声で茶々丸に訴える。髪の毛が広がってすだれみたいになっている。
目を閉じていたエヴァは僕に気付かず茶々丸に呼び掛けていたようだ。僕の声かけに驚いたエヴァは飛び上がって向き直り、驚いた表情から一転、僕にずびしと指を突きつけた。
「貴様、罪口鷺志! 約束の日から何日経ったと思っている!」
「約束の日、ってなんとなくカッコイイ言い方だな。審判の日に近しいものを感じる」
「桜咲刹那はどうした! 二人で来いと言っておいたろうが!」
「どうせ大した用じゃないだろう。なにか話があったなら僕から言っとくし、大体僕が来たことをまず感謝して欲しいね」
「感謝もなにもあるか! そもそも約束は入学式の翌日だろうが!」
「え? 約束を守るか守らないかって、約束を履行する側の自由でしょ?」
「そんな自由があるわけあるか! まともな人間なら約束を守るものだと、道徳の時間に教わらなかったのか!」
「悪の魔法使いがなにを言いやがる」
多分刹那がいたら「私は半分人間ではありませんし」っていうブラックユーモアを発揮していたと思う。
「ふん、今さらなんの用があって来た」
「呼び出したのはエヴァなんだから、用があるのはエヴァなんじゃないの? 僕は呼び出しに応じて召喚されただけの、ただの客人さ」
「いや応じてないだろう日時まるで無視してるだろう」
「無駄話はいいから本題に入ろうじゃないか。僕と刹那を呼び出したのはなんでだい?」
「ああ、その……」
あくまでも先を促す僕に、エヴァは困ったように口を濁した。視線をあちらこちらに泳がせてなにか、例えば無理の無い話題、というか理由を探しているように見える。だが僕にエヴァの真意は当然わからず、言葉の続きを待つしかない。
続きを切り出しのは、ここまで僕たちの会話に入ってこなかった茶々丸だった。
「マスターは、罪口さんの来訪を楽しみにしておいででした」
「お、おい茶々丸!」
茶々丸の話し出しを聞いてエヴァが露骨に狼狽えた。僕は素早くエヴァに近付くとこっそり糸も併用してエヴァの身動きを封じた。
「き、貴様、何をする!?」
「人の嫌がることは積極的にやりなさい、って小学校で教わったんだ」
「嫌がること、っていうのはそういうことじゃない!」
「ささ、茶々丸、続けて続けて」
「マスターは罪口さんたちを招待した後、率先して家の掃除を始めました。慣れない箒を使い、自分で雑巾を絞りました」
エヴァが「あー! あー!」と叫びだしたので口を塞いだ。
「学校からもいち速く帰宅され、また掃除に取り組まれました。玄関前の落ち葉を綺麗に掃き、景観に乱れがないかを丹念に確認なさいました」
エヴァの抵抗がいっそう激しくなった。糸で床と縛り付けた。
「罪口さんがいらっしゃらなかった日は、それとわかるほど動揺されていました。独り言も多く、最終的には『明日と明後日を聞き間違えたのだろう』と結論付けたようでした」
エヴァがいよいよ魔法を使い始めた。なんとかいう弱体化の効果がなければ僕は氷付けにされたいたかもしれない。だが現実は無情で、弱体化の効果が発揮されているので声による介入・撹乱で魔法の矛先を変えさせる。抵抗の意思は奪わない。人の嫌がることは積極的にやるのだ。
「翌日も夜まで待ち、罪口さんたちがお見えにならないと疲れたようにため息を吐かれました。それからは一日毎に目に見えるように消沈され……」
エヴァの抵抗が弱くなっていく。対抗の意志が無くなったのか、抵抗する気力が無くなったのか。
「マスターのその様子に強い既視感を覚えました。あれは、私が普段から目を通している大手掲示板の『育児板』で何度か見掛けたあの話………」
エヴァの身動きがとうとう無くなった。今は悶えるようにピクピク蠕動するだけだ。というか茶々丸、大手掲示板普段から見てるんだ。
対する僕は必死の抵抗を諦めたらしいエヴァに若干の不満を感じていた。僕は抵抗を押さえ付けて嫌がるエヴァの前で茶々丸の話を聞きたかったというのに、これでは僕がつまらないではない。
諦めたりなんかせず最後まで可能性を探し、わずかな勝機を見付けてそこめがけて邁進し、天運すらも味方につけ磨き抜かれた機転で敵を刺す。そしてすべてが無駄だったのだと絶望する。そういう展開が僕は見たい。
だというのに、観念なんかされたら興醒めも甚だしい。仕方がない。この場でエヴァの醜態を堪能することはひとまず諦めて、茶々丸の話を弱みとして握るとしよう。その弱みをちらつかせて無理難題をふっかけ、顔を青くしたり赤くしたり白黒させて青息吐息で右往左往させて、最後にここぞという場面で可能な限り多くの人の前で弱みを暴露して茫然とするエヴァを楽しむとしよう。
茶々丸の話が終るまで、エヴァは僕が全身全霊を以て食い止める。
楽しい未来を思って自然とほころぶ僕の顔を見ながら、茶々丸は、茶々丸がロボットであることを忘れさせるほどに人間らしい表情を浮かべた。切々と切なそうな、痛々しそうに痛嘆な、どこか微笑ましそうな、複雑な顔で、
「あれはまるで、初めて家に友達を呼んだ子供のようでした…………しかも、すっぽかされた………」
………………。
「………」
僕は静かにエヴァの上から退き、全ての拘束を解いた。
「………………」
長く重い沈黙が続く。ただの沈黙だというのにこの空間だけ重力が増したかのように感じる。エヴァの肩が小刻みに震えているように見えるのはなぜだろう。願うなら見間違いであってほしい。もしくは怒りか、せめて羞恥による震えであってほしい。
「………あー、のさ…………」
エヴァがのろのろと顔を上げた。幸い目も頬も濡れてはいない。本当に幸いだ。キャラ崩壊にも程がある。
エヴァの心情が僕の想定する最悪でないと知り、僕も少なからず安心した。エヴァの細い肩に手を置き、柔らかく微笑む。自分にできうる限り優しい声を出すよう意識して、安心させるようにエヴァに言った。
「僕とエヴァが友達とか初耳なんだけど?」
「追い打ちだと!?」
●
「別に貴様をと、友達だと思っているわけではない。巷に溢れる正義の味方どもと違って、目的のためなら卑怯卑劣を是とする姿勢に多少の、なんだ、その、ほら、親近感? のようなものを、お目前が! そうお前が感じるかもしれないと思ってな。声をかけてやった次第だ」
エヴァが精一杯の虚勢を取り戻すのにそう時間はかからなった。そもそも落ち込んでいるようにも見える様子を誰かに見られることをよしとしない性格のエヴァは、僕になんと言われても気にしていない風を装い平静を取り戻した。反応がないとなると僕にも揺さぶりをかける意味はない。人が苦しむ様を眺めるのはいい気分だが。
「どうやら僕が覚えていることにされているらしいその親近感とかいうそれが、僕がこのお洒落なログハウスに呼ばれた理由かい?」
「マスターは話し相手が欲しかったのです」
「茶々丸。いなりはどうした。早く買ってこい」
「いいから続けろよ。僕だって、エヴァが本気で友達を求めてたとか思っちゃいないからさ」
尚も茶々丸の排除を企てるエヴァを宥めて話の先を促す。茶々丸はエヴァの斜め後ろに配され、エヴァは大きなソファにふんぞり返った。
「ふん、当然だ。私は友達など欲していない」
「わかったから話を続けてくれ。あまり繰り返されると反語かなにかかと疑りたくなる」
む、とエヴァは眉をひそめ何事か反論しようとしたようだが、思い直したように言穂をつぐんだ。ここで言い返しても会話が停滞するだけだと気付いたのだろう。それから小さくかぶりを振って、務めてそうしたように尊大な態度を取った。
「この学園には正義の魔法使いが多い。魔法使いの大半が『偉大なる魔法使い』を、正義の味方を目指すものだから、当然と言えば当然だ」
僕は黙って頷いた。大衆がそうであるように、僕も正義は好きだ。戦隊ものに憧れ、ウルトラマンを志し、仮面ライダーを目指す、一般的な日本男児だった。それは生まれ変わった今でも変わらない。一部には「正義なんて」と言う人たちも言うけれど、それはやはりマイノリティだと思う。万人に対して究極的に正義で居られる人間は少なくても、自分の好きな人間に対して、殊更に辛辣に当たる人こそ少ないはずだ。
悲哀を気取ろうと偽善だと謗ろうと、例えば「胸がスカッとするコピペ」なんかが流行るのは、やはり他人に迷惑をかける非常識な行動はよろしくないと思っていからだと思う。
それでもよの多くの人々は、九割九分九厘の人間は、正義に徹することは出来ない。よくないと思っていても、見て見ぬふりをしてしまう。自分には解決する能力がないからと。介入する手段がないからと。
それは特別責められることじゃない。正義を成したところで、自分が死んでしまってはどうしようもないし、そもそも正義を定義することが困難だ。
難しいからこそ、苦しいからこそ、成しがたいからこそ、正義の味方は明るく、眩しく、輝かしいのだ。
目指す道に横たわる苦難を知っているのかいないのか、この世界の魔法使いは大人も子供も、その多くは、少なくとも多いという印象が残る程度の人数は、正義の味方を目指している。とても優しい世界だと、僕は思っている。
まあ僕にとっての正義は木乃香なんだけどね。
「分別を弁えた、酸いも甘いも噛み分けた、擦れた大人の魔法使いなら、お前を優しくさとしながらも反発することはないだろう。だが未だ夢の最中にいる夢見る少年少女はそうはいかない」
「そうだね。最大多数の幸福を望んでも、最小公倍数の不幸を良しと出来ない、良しとしない子供たちは、一人二人殺してでも木乃香の幸せを守ろうという僕の考えは理解できないだろう」
考え、とは言ったけど、それはあくまでも便宜的なもので、何か明確に思考しているわけではない。意図も画策もない。論理などない醜い感情論だから。
「それで、エヴァは結局何が言いたいのかな?」
「ここ日本では特にそうだが、数の多いものはそれだけで立場上強くなれる。各国にある紛争しかりデモしかりな。そこでどうだ。少数派の弱者同士、仲良く慎ましく過ごそうじゃないか」
「だから、そういう台詞は似合わねえって」
どういうつもりか知らないけれど、エヴァの言い回しは迂婉的に過ぎる。端的に纏めると、寂しいから友達になろう、ってことでいいのかな。
「そういえば木乃香が、エヴァンジェリンちゃんは友達がいないようでいつも教室で一人だ、って言ってた。優しい木乃香は孤立しているらしい君の様子を憂いていたよ。そうだね、僕や刹那と接点を持てば木乃香の心配も解消されるだろうし、いいよ。僕が友達になってあげる」
僕はにこりと微笑んでエヴァに右手を差し出した。もちろん握手をするためだが、意に反してエヴァは僕の手を叩いた。
「大人しく頷け! 貴様は言葉が多すぎだ!」
沈黙は金。能弁は銀。銀の方が金よりも硬いんだから、銀の方がいいに決まってる。