ここ麻帆良には侵入者が多い。
実際の侵入者、つまりまんまと侵入せしめた人数は決して多くはないが、侵入を目論む侵入者志願者が多い。月に十人から十五人は来る。その都度しかるべき対応をしてはいるはずだが、どういうわけかその数は一向に減ることはなく、むしろ例年に比べて多いくらいだという。豊作である。
その侵入者への対策として、教員や生徒が持ち回りで警備を勤めることになる。無論生徒に強制はしないし、バイト代も出る。危険手当ても出る。将来正義の味方や偉大なる魔法使い、その従者を目指している幼き夢追い人が経験値目当てで志願する場合がほとんどだ。バイト代目当てや不貞への義憤なんて理由を持つものは少なく、特定の誰かのために警備をかって出る生徒はさらにすくない。
二人しかいない。僕と刹那しかいない。
今日は刹那は休みで、僕が警備に出ている。当然僕一人では麻帆良の広い土地はカバーしきれないため、他にも十人からの生徒が出張っているし、相応の人数の教師も出てきている。それぞれが遠すぎず近過ぎずの距離感で分布しており、外を警戒しながら定められた範囲内を警邏する。
さらに言うと、経験の浅い新入生や実力に不安のある未熟者は上級生と組みツーマンセルで行動する。地形的に狙われやすい箇所や警備を厚くしてある経路などを説明してもらう意図もある。この時の組み合わせなんかに生徒の意思は介入せず、その日の担当教師が決めることになる。
好きなやつと二人組みになれー、による悲劇を回避することが出来る。素晴らしいシステムだ。ただしその後に待ち受けるいたたまれない無言タイムは独力で切り抜けねばならない。
今日担当の教師が誰か、僕はチェックしていないので知らない。今日僕とコンビに彼女を選んだ理由もわからない。例えば学園都市全体を覆うことの出来る糸があったとして、それを継続するだけの技量を僕が得たとして、そこから伝わる音を細大漏らさず全て聞くことが出来たとして、聞いた音を雑音か会話か聞き分けることが出来たとして、その内の会話を全て把握することでも出来れば話は別かも知れないが、生憎と僕にそんな神業はできない。
だからこれは無責任な推論だけれど、きっと今日担当の教師は、子供は一緒にさせとけばいつの間にか仲良くなっていると勘違いしているタイプの、性質の悪い団塊の世代だ。
「ちょっと罪口さん、聞いていますか?」
「はい、もちろんですよ高音さん」
聞こえないように、こっそりとため息を吐く。
高音・D・グッドマンさん。僕の今夜の警備の相棒だ。今彼女は懇切丁寧に地理やそれぞれの守りやすさ攻めにくさを説明してくれているが、彼女にとって残念なことにその説明は警備初日に瀬流彦先生によって受けている。気弱そうで線が細くて影もキャラも薄い先生だが、やはり教師は教師。そういう説明は上手かった。
比して高音さんの説明は、思い付くまま気がつくままに垂れ流され、正直聞いていて分かりにくい。話す前に順序立てる。そうでなくても、口に出す前に一考するだけで随分違うと思うのだが、どうやらこの人、見かけによらず脳筋系らしい。
「麻帆良には森林地帯が広く確保してありますが、侵入者の大半はその森林地帯から忍び寄ってきます。なぜだかわかりますか?」
「街中を深夜に徘徊していたら目立つけど、森林地帯なら林立する木の影や木の上に身を隠せるからだと思いまーす」
「正解です。また、木が邪魔をして敵対者の攻撃が阻害されることも理由として挙げられるでしょう」
既に説明を受けたことや言われなくてもわかることを滔々と、いっそ嬉々として説明する高音さん。彼女が得意になって胸を張ってくれれはその豊かな胸を望めるので、まあ話のどうでもよさは我慢しよう。
だが一応警備である身として、自分の位置を常に知らせ続けるのはいかがなものかと思う。声が聞こえれば相手に身を隠すだけの余裕を与えかねないし、声が聞こえなくなる距離まで離れてから姿を現せば良いわけだから敵にとっても容易だ。まさか麻帆良の魔法使いたちを向こうに回す者共に、「侵入しようとしたけど見回りいるからやーめた」なんて弱腰のものはいないだろう。
よしんば今回の侵入を諦めさせることが出来たとしても、次回にはより入念な準備をされると予想することは間違ってはいまい。
警備という役割に懸命でありたい僕としては大声で歩き回ることは避けたい。胸の大きな女性と散歩するのは悪い気はしないけど、ここは高音さんには声を潜めてもらおう。
「高音さん」
「なんですか?」
「高音さんの声はとても綺麗ですね。あまりに綺麗ですね聞き惚れてしまいます。まるで天上から降ってくる、天女の竪琴のようです」
「…………………!!」
喋りながら声で羞恥心を助長された高音さんは、顔を赤くさせて口をつぐんだ。顔をうつむかせてやや早歩きになる。そうすると彼女の胸が拝めなくて残念だが、静かになったのでよしとしよう。
音で行動を強制させるなり精神を操作するなりすれば、もっと手っ取り早く静かにさせることも出来たろうが、しかし僕は敵でない女性に強制や操作はしたくない。そんなの成人指定の同人誌みたいじゃないか。
僕は自分の思惑がはまったことに満足しながら高音さんに歩調を合わせた。高音さんの分も周りを見て歩く。高音さんの服はいつもの制服で、修道服のようなゆったりしたワンピースだ。うつむいてしまった今、その立派な胸の現在は全くうかがうことができない。
やっぱり強制、いや操作してしまおうかな。こう、はっきり胸を張って歩くように。
●
警備の巡回もそろそろ終わり、交代の時間が近付いてきた。あと十分弱で交代要員が集合場所に現れるだろう。僕は高音さんに呼び掛けた。
「今日はお世話になりました。また組む機会があったらよろしくお願いします」
「まだ交代には時間があります。こういうときの気の緩みが、失敗に繋がるんですよ」
返す言葉もなく正論だ。僕も気を引き閉めて索敵に戻る。張った糸から伝わる感触、周囲の音、見える範囲、三感を活かして周りを見張る。
まず糸に感触があった。木立に張った糸が次々に切れていく。外部から内部にかけて何者かが移動しているようだ。単体ではない。複数、大勢だ。
「高音さん。何か来ます」
次に音が聞こえてきた。下草を踏みしだく音。枝葉を掻き分ける音。かなり広範囲から聞こえてくる。十か十五か。二十までは行かないと思うが。
「多いですね……」
ようやく見える距離に来た。十七の物体が森の中から躍り出てくる。みな灰色で統一された四足獣、大柄の猫だった。灰色の猫が十七匹、前足を伸ばし牙を向いて、敵意を剥き出しにして。僕は猫派だが、体調にして一メートルほどの猫は初めて見た。鳴くどころか唸り声のひとつもあげず、毛皮に見えたそれは毛皮を象った粗い粒子であるらしい。
よくみると毛皮だけでなく、猫たちは全身が灰色の粒子で出来ていた。突然変異かなにかで巨大化野生の猫が集団で人間を襲いに来た、という可能性はなさそうだ。魔法によって造られた動物なのだろう。
臨戦した高音さんの行動は迅速だった。警備任務中に何度となく侵入者と当たったことがあったのだろう。足元から数本の影の槍が立ち上がり、拒馬槍の如く並んで猫を迎え討とうとする。鋭利な影槍は猫たちを串刺しにせんと待ち構える。
キリと表情を引き締める高音さんを尻目に、僕は指を動かした。僕たちの周りに張った糸をピンと張る。
それだけで、糸に触れた猫たちは行動に致命的な損傷を負った。足や胴体を縦に横に切り取られたのだ。もちろん僕の糸によって。
十七の個体は三倍以上の物体に別たれ、慣性に従って僕たちの方へ落ちてくる。その途中で、猫の素材だった粒子が結合を崩し、灰色の砂となって地面に落ちたのだ。
いや、砂というよりもこれは、灰だろうか。
灰色の灰だ。
「……」
目の前で物言わぬ物体となった元猫足元に見つめ、しかし僕も高音さんも動かなかった。たとえ生き物の形を崩したとは言え相手は魔法で造られた生物(?)。そうでなくても粒子なのだ。こういうのは合体して巨大化するのが常識。高音さんも同じことを考えているのか、影槍を納めて影人形を造り出した。
猫が灰になってからたっぷり十秒ほど。灰が動いた。さらさらと流れるように森のなかに、吸い込まれるように這っていく。ザザザザザと、潮が引くように退いていく灰を、僕も高音さんも見送った。高音さんは視線も警戒も解かずに携帯を取りだしコール。
「警備班のグッドマンです。使い魔らしき魔法生物と交戦しました。対象は退いたように見えますが術者の姿が見えません。先生の派遣をお願いします」
高音さんが電話している間に僕は遠方の音を拾ってみた。直接聞こえない範囲は糸に伝わる振動を聞く。その策敵が聞く範囲において、どうやら人のいる気配はない。通常の糸を人通りの多い箇所に張っただけだから、効果範囲は決して広くはないが、僕が感知する限りにおいて猫たちは既に猫だった。糸の結界に入ってから猫を作ったのではなく、初めから猫の状態で糸の結界に入ったのだ。
「高音さん。僕は魔法があまり得意でないのでよく分からないんですが、魔法で作った人形とかって、完全に自動で動いてくれるものなんですか?」
高音さんは僕の提案した意識の共通にすぐに応じてくれた。
「完全自立も可能です。術者の技量にもよりますが、簡単な命令を仕込んでおけば、術者の思惑通りに動いてくれるはずです。つまり罪口さんは、術者は遠方から、あの猫だけを送り込んだと考えているのですね?」
「ええ。少なくとも僕の策敵にはかかりませんでした」
言外にさりげなく力を誇示。今のところ実力を知られたくはないから詳細は言わないけど、取り敢えず僕には範囲を探る手段があることと、それが広範囲であることを明に暗に知らしめる。
ハッタリは張っておいてハッタリだとバレなければ相手はこちらを過剰評価して二の足を踏んでくれる。ハッタリだとバレたら相手はこちらを過小評価してろくな準備もせずに来てくれる。過剰評価も過小評価も同じこと。間違った情報は失敗の元。
とか言ったところで僕の策敵能力には僕自信不満がある。視力は平均。聴力は音使いのスキルがあるけど、音は変調しやすいし森林みたいに障害物が多かったりトンネルみたいに反響しやすいとすぐに分かりにくくなる。もっとスキルを使い慣れる必要がある。熟練度を上げる必要がある。
なにより糸だ。今僕は学園内に縦横無尽に糸を張って探知代わりに使っているけれど、人口が多いせいもあって張ったそばから糸が切られる。それをいちいち手動で張り直しているのだけど、雀の竹取山での遊馬さんもこんな苦労をしていたのだろうか。張り直すのは手動しかないか。
灰色の猫、いや灰の猫も気になるし、今回切れた糸の新調も急務だ。曲弦師はお金がかかる。