ネギマシニカル   作:敗色

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第八話

僕と高音さんが灰の猫と接敵した翌日。僕は平常通り麻帆良学園中等部の男子校舎、一年生の僕のクラスにて授業の準備を整えていた。一限目は英語。あと何年かしたら携帯端末の発展とアプリの開発によって学ぶ意義のなくなる外国語の授業だ。

 

科学技術の発展は目覚ましい。ここ麻帆良においては皮肉のようにも聞こえるが、「高度に発展した科学は魔法と区別がつかない」を痛感出来るほどに、素早い進化を遂げてくれる。

 

ところで先の台詞だと科学は魔法の下位互換ということなのだろうか。科学の、文明の利器の利点は「基礎知識さえあれば誰にでも一定の成果を挙げられる」という点だと思うが、魔法が科学の上位互換となるためには、個々の才能に左右されないことが前提の条件となってきそうだ。

 

よって科学や魔法よりも魔法道具の方が優れている。結論から言うと魔法は科学の上位互換かもしれない。頑張れ科学。

 

いや、もしかしたら科学と魔法を分けて語る事がそもそもの間違いなのかもしれない。魔法が技術として確立されれば、そうでなくとも大々的に発表されれば、世の技術者科学者数学者物理学者哲学者宗教家が研究に名乗りを挙げることだろう。そうして年月を経れば、魔法は文字通り魔の法則ではなく、生物としての営みの一種として解明されるかもしれない。

 

されないかもしれない。

 

魔法と科学を区別するかしないか考えるのは、そんな未来が来てからでも遅くはないだろう。

 

「なあ罪口」

 

僕と同じく授業前の暇を持て余しているらしい臨席の友人が話し掛けてきた。僕は意味深なだけで意味のない思索に適当なまとめを打ち、隣席の友人に応えた。

 

「なんだいイブくん」

 

「佐藤って呼べよ」

 

落とした声音で機嫌悪く言い返したのは僕のクラスメイトにしてクラスの隣人、佐藤(さとう)聖夜(いぶ)くん。ご両親がキリスト教徒だという。彼自信も胸に十字架を抱いている。銀の十字架と名前がキラキラと眩しい。イブくん曰く、「俺は両親ほど熱心じゃない」らしいけど、日本人でしっかり信仰を持っている時点で熱心とかそうじゃないとか関係ないと思う。

 

日本においては宗教というのはやたらとマイナスに見られるし、宗教をやっている、なんておかしな言葉でまで言われるが、それが金稼ぎ目当ての悪徳宗教ででもなければ別に悪いことではないはずだ。イブくんも、進路は神学校に取っていると聞くし。

 

「なんだい佐藤くん」

 

「特に何かってわけじゃないんだけどさ、お互いに暇してるみたいだし雑談でもしよーぜ」

 

「いいよ。僕も先生が来るまでの時間を持て余してたところだし。それじゃあこの世界には実は魔法使いがいてこの学校はその見習い達の育成機関になっているという隠された秘密の暴露にでもかかろうぜ」

 

「それなら俺は俺の両親が昔ヴァンパイアを退治したことがあるらしいって話を始めるぞ。中学生らしい妄想に花を咲かせかけてるとこ悪いが俺は違う話がしたいな」

 

「そう? 結構面白いんだけど」

 

「悪いな、また今度聞かせてくれ」

 

「それで、なんの話をしようか」

 

「そうだな。雑談ってのは普通、なんの話をするかとか考えないで適当に思い付いたまま気が付いたままにするものだと思うぜ」

 

「うーん、でもそれだとすぐに継ぎ穂を失っちゃいそうじゃない? 不意の沈黙とか空気悪くなるし」

 

「お前って空気とか気にする奴だったのか……」

 

「もちろん気にするよ。空気読めないとか思われたくないからね。だって空気が読めないって評価は、谷愚痴と同じ評価なんだよ?」

 

チラと視線だけで件の谷愚痴を見やる。谷愚痴はクラスの後方でケータイをいじるジョンにしきりに話し掛け、生返事をもらっていた。ああはなりたくないものである。

 

「ふーん。でもお前の場合、空気の誤読が多そうだよな」

 

「難読過ぎるんだよ空気って。振り仮名振ってほしいね」

 

「難読ってのは認める。栞挟んだり読み返したくなるときもあるな」

 

「音読してくれればいいのに」

 

「なー」

 

こういう、オチのない本物の雑談の切り方にこそ、真のエアーリーディングスキルが問われると僕は思う。ただぶつりと終わらせるのではなく、時間いっぱいまで使って外的要因に切らせるのでもなく、自分から切る。これは非常に高度な作業となる。切り方を誤れば「空気が読めない」とされ、それを知らずに繰り返して友達から省かれることすらあり得るリスクを孕んだデリケートな職人技なのだ。

 

はっきり言おう。これが上手く出来ないのならば試みないことだ。ひたすら外的要因を待つか誰かが切ってくれるのを願うことだ。そうでなければ手痛い自傷を負うことだろう。

 

一般人なら恐怖に足がすくみ、喉が乾き冷や汗が止まらなくなる状況だが、僕は違う。日頃から空気を読むことに心血を注いできた僕だからこそ出来る、神業にまで昇華された至高の雑談切り上げ術。それを今、ここにお見せしよう。

 

 

 

 

翌朝。僕は寮の自室で刹那からの手紙を読んでいた。僕と刹那が行っている、お互いが警備に就いたときの状況報告だ。常時糸を張っておければこういうことも不要にはなるが、あいにくそれは現実味がない。少なくとも僕には出来ない。一度糸がきれた箇所は僕の索敵範囲外となってしまう。

 

「昨夜も灰の猫が……?」

 

刹那からの報告の内容はいたってシンプル。一緒に廻ったのが刀子さんだったことと灰で造られた大きな猫が五匹襲ってきたということ。斬りつけても大した手応えはなく、結合がきれたように灰となり、しばしの停滞の後敷地の外に向かって行った、とのことだった。

 

当然僕も刹那には警備の状況を報告していたため灰の猫のことは知っていた。刀子さんも前日の申し送りを聞いていたらしく二人はすぐに灰の後を追ったという。

 

そして、逃げられた。

 

灰は、気の扱いに長けた神鳴流剣士二人から、逃げおおせたのだ。

 

もちろん夜だったことや対象が粒子だっことも逃がしてしまった要因ではあるだろうが、少々無視しづらいことになった。

 

恐らくは同一であろう敵からの連日の襲撃、逃亡。あっさり退いたのはそうせざるを得なかったからか、他に目的があったからか。

 

僕の時と数が違うのが気になる。例えば他の警備場所にも同様に灰の猫を遣わせ、警備に相対させる。それを繰り返してこちらの体制を把握せんと様子見をしていると、そう見ることだってできる。数が少ないのは、造れる猫の絶対数に制限があるから。何体かずつ分けて警備範囲を探るつもりかもしれない。

 

僕が刹那にした報告も、刹那が僕にした報告も、当然麻帆良学園の教師陣にも届いている。それなりの警戒をするはずだ。

 

とは言え用心をするに越したことはない。これからしばらくは僕が護りたい場所、中等部女子寮近辺に絞って索敵の糸を厚く張り、警戒を濃くしよう。

 

早速糸の配置に取り掛かるべく身支度を整える。授業があってもサボるつもりだったが、真面目な学生たる僕にとって幸いなことに今日は土曜日で学校が休みだ。半ドンなんて知らない。一日休みだ。

 

 

 

 

糸を張りながら歩いているうちに教会についた。この辺りでようやく気付いたけど、人通りが多い週末昼間に糸張っても通行人にぶっちぶち切られる。もう一回張りにいかなきゃいけないレベル。心折れる。

 

雀の竹取り山で市井さんは遠隔でやってたみたいだし、僕にだって出来ないことはないだろう。つまり要練習、ということだ。関西にいるときからもっと練習しておけばよかった。覆水盆に帰らず。近接戦闘ばかり練習していたけど、僕の役割を考えればむしろ曲弦糸の練習にこそ時間を割くべきだった。

 

「よう、罪口」

 

教室では常に隣から聞こえる声が、今日は後ろから掛けられた。

 

「佐藤くん」

 

振り向くと、軽く片手を挙げた佐藤くんが教会から出てくるところだった。

 

「なんでお前がこんなところに? 用事でもあるのか」

 

「自分が『こんなところ』にいるのは当たり前、みたいな発言ですなそれは」

 

「返しがうぜえな。質問で返さなきゃ嫌われないとか思うんじゃねえぞ殺すぞ」

 

「急に語調が荒いよ。怖いよ殺すとか」

 

うざさに耐性が無さすぎた。よく僕と友達になってくれたものだ。僕が言うのもなんだけれど。

 

「で、僕がここにいる理由だっけ? 理由はないんだよね。僕がここにいる原因はと聞かれたら、目的もなく散歩していたからなんだけどね」

 

「ふん!」

 

「うわあ!」

 

殴りかかられた。避けた。

 

佐藤くんの前ではもっと簡潔に話した方がよさそうだ。それよって僕のアイデンティティが崩壊しかねないが、友情の崩壊に比べればアイデンティティの崩壊なんてどうということもない。

 

「ちょーとちょっとイブっちー! 神の家の前で暴力なんて感心できないなー?」

 

佐藤くんの背後から快活そうな女の子の声が聞こえてきた。快活そうな女の子の快活そうな声が聞こえてきた。

 

「美空……」

 

佐藤くんはやや辟易とした様子で、なんからうんざりと濃い溜め息でも吐きながら振り返った。声の主は教会の入り口から出てきた少女のようだった。修道服を着ているからシスターだろうか。シスター見習いだろうか。見習いという位階があるのかどうか僕は知らないけど。

 

美空、が少女の名前だとするなら(十中八九そうだろうが)この少女はシスター美空ということか。シスターで美空。もしかして木乃香のクラスメイトかな? クラスメイトにシスターがいる、というような話を聞いたことがあったと思う。

 

「佐藤って呼べよ。名前あんま好きじゃないんだって、何回も言ってるだろ」

 

「話を逸らさないのー。話を戻してまずは暴力について、それが終わったらイブっちの呼び方を話題にしようよ」

 

「話を戻すってことは、逸れたものをもう一度逸らすってことだよね。一度佐藤くんが逸らした話を君がまた逸らして戻そうと試みるわけでしょ? 見方によってはどっちも大した違いはないんじゃないかな、もっと言えば、逸らそうと戻そうと、結局話し手が自分の話したいことを話そうとしてるだけなわけだ。例えるなら自分が観てるテレビのチャンネルを変えられて、変えた人物に『観てる人がいるんだから勝手に変えるな。他人の気持ちを考えろ』って言うのと似たようなエゴイズムを感じることも出来るよね。もちろん僕はそんな意地悪な発想には至らないけどね?」

 

「ふん!」

 

「避ける! って言うか全部聞く余裕があるなら殴りかかるのを我慢する余裕を持ってくれよ! なんでわざわざ話が終わるのを待つのさ!?」

 

「人の話は最後まで聞かなきゃ失礼だろうが」

 

「人に殴りかかるのは失礼じゃないとでも言うつもりか!? 汝の敵を愛せよとか人を裁くなとか、アガペー溢れるのが君んとこの教義なんじゃないの!」

 

「バカ野郎。簡単に出来たらわざわざ教えになってねえよ。簡単には出来ないから教えとして伝わるんだろうが」

 

「簡単には出来ないなら難しくてもする努力をしてくれ! 佐藤くんは最初から諦めてるように見えるんだけど!?」

 

「ふん!」

 

「会話が面倒臭いからって肉体言語に走るな!!」

 

僕佐藤くんとは相性が悪い気がする。話を聞かない畑の人より中途半端に話を聞いて気に入らなかったら話を聞くのをやめる畑の人の方が格段に面倒くさい。僕だって殴りかかりたくなる。

 

「一段落ついた?」

 

僕と佐藤くんの、言葉と拳で繰り広げられる新感覚キャッチボールに区切りがついたのを見て少女、美空ちゃんが口を挟んだ。

 

「ついたんならイブっち、こっちのジョン・ドゥが誰か紹介してくれない?」

 

口端を上げて爽やかに笑う美空ちゃん。明るくて軽やかで社交的なのはいいんだけど、自分がさっき暴力を諌めようとして話を逸らされたことは忘れてしまったのだろうか。

 

話が逸れたことを幸いと思ったのか、あるいはこっちもついさっき諫められたことを忘れたのか、下の名前で呼ばれた佐藤くんも蒸し返すことなく応じた。僕を手のひらで示し、

 

「こいつは罪口鷺志。詐欺師みたいな名前だけどたいして違わないからどっちでもいいだろ。口頭だとわかんないし。クラスメイトだ」

 

「そっか。よろしくね罪口くん」

 

名字に君づけだったことに少し驚いた。いきなりの名前っち呼びなんかを警戒していたものだけど、馴れ馴れしくて空気が読めないというわけでもないのかもしれない。

 

「んでこっちが春日美空。女子中等部で俺の幼馴染みでここのシスターだ」

 

「客観的なパーソナリティに個人的なパーソナリティを挟んで誤魔化そうとするなよ。幼馴染みだと? 異性の幼馴染みだと? 佐藤くん貴様にはそんな人類の至宝とも呼ぶべき代物が備わっていたというのか。そしてそれを僕たちに隠していたと? 審問ものだな。貴様は全男子中学生を敵に回した。明日以降学校は敵地と知れ」

 

「ふん!」

 

「返事面倒くさいからって会話放棄すんな! 便利だなそれ!」

 

 

 

 

自己紹介の後に世間話をし、「んじゃ私雑用あるから!」とニカッと笑って教会の中に走っていった。結構足が速い。

 

「佐藤くんはいいの? 教会の手伝いとか」

 

「俺ただの信者だし。礼拝に来ただけだし」

 

「え、そんな感じでいいの? どこに献身的な愛があんの?」

 

「俺は自分に献身的なんだよ。俺の愛は自分に向いてんの」

 

「やーい、ナルシシストー」

 

「ふん!」

 

「沸点下がってねえ!?」

 

ここまでワンセットの流れ。

 

学園都市を練り歩いて張った糸の半分以上が無駄になる、という徒労感を友人との楽しい会話で誤魔化し、また夜に、今度は走りながら糸を張ろうと思い立つ。これまで以上の密度で見張ろうとなると、一日に何回張り直せばいいのやらちょっと考えたくない。

 

今度【道具作成】スキルでもって何か作ろう。索敵のアイテムとか、便利な糸とか。今使っている糸、『鉄鋼糸(てつごうし)』も、気に入ってはいるが、どうせならもっと楽に広範に展開出来る仕掛けが欲しい。

 

「それじゃぁ、僕はそろそろ……」

 

一言掛けてこの場を去ろうとした。実ることのない努力をしてたら心が磨耗した。癒しに触れて心を癒したい。磨耗した分を補いたい。

 

ポケットに手を入れて中を探る。指先の感触で携帯電話だとわかる。取り出して木乃香にメールを入れようとしたとき、

 

「……!?」

 

背後に魔力の高まりを感じた。それも尋常な高まりではない。木乃香に潜在する魔力を一気に解き放ったような、それでも足りないかも知れないくらいの昂り。いや、そもそもこれが魔力なのかを疑ってしまう。

 

僕だってそこそこ魔法の練習をしたし、魔力を込めた道具だって作った。しかしその時行使した力は、これほど清廉だっただろうか。これほど強靭だっただろうか。それとも僕の魔力が弱々しく濁っているだけで、他人の魔力はここまで清く、尊くすらあるものなのか。

 

「佐藤くん!」

 

僕に畏怖に似た感情を励起させた謎の力は、僕が今の今まで楽しくお喋りしていた相手、佐藤くんから感じられた。これは佐藤くんが発したものなのか、それとも佐藤くんに当てられたものなのか、その判別すらつかない。

 

「ああああああ!」

 

佐藤くんは、世にも恐ろしい化け物にでも遭ったような悲鳴を上げた。両目は限界まで見開かれ、その喉は魂からの慟哭に震える。びくりと全身を硬直させ、反射だろうか、顔を守るように両腕で覆った。

 

「佐藤くん、大丈夫!?」

 

僕は佐藤くんの体を検分する。服が破れたり手足の皮膚が破けたりといった変化は見当たらない。顔など目に見える肉体にもなにもない。発した声の反射で体内を探ってみようと試みたがよくわからなかった。分かった範囲でも、特に異常はないと思う。

 

「ぇ……、あ、あれ? なんで…………」

 

佐藤くんは悲鳴を止め、冷や汗に顔を濡らしながらキョロキョロと周囲を見回した。自分の首をペタペタと触り、その手をしげしげと眺めている。

 

暫くそうしていたかと思うと、ふっと力が抜けたようにその場にへたり込んだ。深い、深い溜め息を吐き出した。悪夢を、恐怖を吐き出すように。生きている実感を吸い込むように。

 

正直僕には何が起こったのかさっぱり分からない。さっきの謎の力の高まりは何者かからの攻撃だったのだろうか? だとして、佐藤くんは謎の力が何か分かっていたのか? 何も起こらなかったから安堵したのだろうか。

 

地べたに座り込む佐藤くんにそれらの諸々を確認しようと口を開き、

 

再度、謎の力が佐藤くんに収束した。

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