メルキア帝国歴 102年
一進一退の攻防が続き、長い硬直状態にあったメルキア帝国とユン・ガソル連合国の戦況は倒叙として始まったユン・ガソル連合国の大攻勢によって大きく崩れた。それはユン・ガソル連合国が新型の攻城兵器を投入した事が原因だ。この戦いにより、センタクスを守る東の元帥の決死の抵抗も虚しく、メルキア帝国は東の守りの要であるレムレス要塞を奪われた。
初戦を制したユン・ガソル連合国は勢いを衰えさせず、さらに侵略の手を広げてレイムレス要塞を含めて東の都センタクスと折玄の森の三つの領土を制圧した。これに対してメルキア帝国も大規模な反攻作戦を展開する。
皇帝自らが直属の軍団を引き連れて帝都より出陣し、帝国最強と名高いキサラ領の精鋭と合流し、街道沿いに南下を開始した。その行軍は途中まで順調だった。だが、それは想定外の横槍が入って変わってしまった。それはメルキア帝国の東に位置するザフハ部族国がユン・ガソル連合国の動きに合わせるかのようにメルキア帝国に侵攻を開始したからだ。御蔭でクルッソ山岳とし、城塞都市ヘンダルムを奪われ、キサラに集結したメルキア軍は出鼻を挫かれることとなったのだ。
こうしてセンタクス領を完全に奪われたメルキア帝国だが、この状況で動きだしたのがバーニエとディナスティだ。ここに俺とヴァイス達が入っている。まあ、正確には違って、俺はさっさと落とされる前にヘンダルムへと転移してそこからザフハ部族国を突破してセンタクスへと入った。
別働隊として結成されたヴァイス達は、本隊から先行する形で南から迂回し、センタクス領へと潜入した。それはユン・ガソル連合国の支配下になった折玄の森を突破し、東の都センタクスの近郊へと到達するという無茶を行ったという事だ。
ザハフ部族国が北方を抑えたことにより、周辺の警戒を緩めたユン・ガソル連合国を強襲した。だが、それは罠でもあった。
ユン・ガソル連合国の三銃士、エルミナ・エクスが率いる部隊による東の都センタクスを利用したメルキア帝国の拠点破壊と増援部隊の殲滅。それこそがユン・ガソル連合国の狙いだった。エルミナの狙いは最初からこれが狙いだったと思われる。そうでないと被害の規模があわない。ただ、唯一の救いは事前にエルミナ・エクスが住民を避難させていた事だけだ。民間人を傷つけない辺り、高潔な人物ともいえなくないが……甘いともいえる。住民が残った御蔭で復興がまだたやすくなったのだ。物はまた作ればいいが、命はそうはいかない。まあ、怪我人や仮設住宅の建設などで費用がかさむのだが、そこは仕方無い事だ。
「―――以上がこれまでの経緯か」
リセルから貰った報告書をブリッジで読んだらこんな感じだった。まあ、ルナ=ゼバルで住民達を迎えに行って、センタクスに戻ってきた所だ。正確には跡地となるがな。
「そうですね。間違いはありません」
「どうだ? リセルの報告書は分かりやすいだろう」
「確かにな。ララも読むか?」
「嫌です。そんな面倒な物は好みません。ララはマスターの名に従い、マスターを守るだけです」
「ラクリールは?」
「私は……読ませてもらおう」
俺はラクリールに資料を渡して、改めて周りを見渡す。艦長席に座っている俺の左右にララとラクリールが控えていて、目の前に置かれた大きめのテーブルにはヴァイスとリセルが席についている。
「さて、その報告書に俺達の報告書を合わせて帝国へと送っておこう。ララ、頼む」
「了解なのです。そこのお前、これを帝都に送るのです」
「了解」
ララはあっさりと受け取ったこちらの報告書とラクリールから回収した報告書を魔導機人に渡して何事もなかったかのように俺の傍に立っている。
「「「……」」」
「? どうしたのですか?」
「いや、あっているんだが……目の前でやられるとな」
「そうだよな……」
「間違ってはいないんですが……」
「効率的でいいのではないか?」
俺とヴァイス、リセルは微妙だが、ラクリールは賛成のようだ。まあ、確かに効率的だけどな。でも、どちらかというと面倒だというのもあるんだろうな。どちらにしろ、これだけ仔細に状況を記してこちらの復興計画も記したのだから、本国の指示も現状に即したものが送られてくるだろう。流石に上層部が無能だとは思いたくない。
「さて、次の報告を頼む」
「私が調べた街の被害状況に関する報告だが……」
ラクリールは沈痛な表情を浮かべ、俺達に報告書を渡してくる。
「防壁は完全に大破。内部の住居は壊滅し、焼け落ちた残骸のみ存在する。軍事関連や商業関連の施設だけではなく、センタクスという街その物を完全に破壊されたといえる」
「攻める上で防衛施設が潰されていたのは幸いでしたが、今度は逆の立場になりますから大変ですね……」
「本城ですら既に瓦礫の山だから大変という言葉すら生ぬるいがな」
ラクリールの報告が終わり、俺達の空気はなんともいえなかった。これからまたあのエルミナ・エクスと戦わないといけないのだから。
「状況は理解した。最後は周囲の状勢についてだが……リセル、頼む」
「はい。それではこちらの地図をご覧ください」
沈んだ雰囲気の中、ヴァイスの声でリセルがテーブルの上に地図を開いて再び会議を進行させていく。
「私達が奪還したのはこのセンタクス領の中心都市である東の都センタクスです。レムレス要塞と折玄の森に関しては依然としてユン・ガソル連合国の支配下にあります。それと一時的に追い払ったとはいえ、ユン・ガソル連合国の本隊はレイムレス要塞に健在です。その戦力は計り知れません。そして……」
「無視できない勢力としてセンタクスの北方にある城塞都市ヘンダルムとクルッソ山岳都市を制圧したザフハ部族国の存在があるのだな」
「でも、そっちはキサラにいる本隊と睨み合いを続けているので、挟撃される心配はないのです」
「逆に言うとザフハ部族国が崩れない限りはキサラにいる本隊が到着する事もないという事だ」
リセル、ラクリール、ララ、ヴァイスの順で答えてくれる。つまり、次は俺か。
「つまり、それまでの間、俺達だけでこの滅んだセンタクスでユン・ガソル連合国を食い止める必要があるという事だな。はっきり言って無理ゲーだ。どんだけ戦力差があるか考えるだけでも馬鹿らしいな」
「私達がこの状況下で取れる手段は二つです。一つ目は市民を連れてルナ=ゼバルでセンタクス領を脱出し、キサラにいる本隊との合流を目指すという案です」
「確かにルナ=ゼバルの性能から考えて、封鎖されている街道を突破するのは被害さえ考えなければ容易いのです」
「だが、この船の構造上、乗せられる人間の数には限界がある。一時だけでかなり無茶をすれば3千人が限界だ」
「その3千というのは?」
「部屋や倉庫に詰め込んでだ」
「もちろん、怪我人も増えれば機動力も落ちるのです」
無茶な起動をすれば確実に怪我人は増えるだろう。
「ふん。使えるのは囮くらいではないか。バーニエの最新鋭艦も大した事ができないな」
「ラクリール、後でお仕置きな」
「なっ、なんだと!」
「五月蝿い、エイダが俺の為にくれた物だ。許さんから」
「ぐっ……」
「馬鹿なのです。そもそもルナ=ゼバルは少数精鋭による高機動型陸上魔導戦艦なのです。千人以上の部隊移動を想定していないのです」
ルナ=ゼバルの戦法は突撃が基本だからな。しかし、どんなお仕置きをしてやろうか……っと、今はそれどころではないな。
「うっ、うぅ……お仕置き怖いお仕置き怖い……」
ガタガタと震える身体を抱いているラクリールを無視して俺は会議を進める。ドン引きしている二人も無視だ。
「ヴァイス、リセル、続き」
「そうだな。俺達の任務はセンタクスの奪還だからそれは既に果たされている。仮にセンタクスを放棄したとしても、市民を連れて脱出したならば十分な功績として評価されるだろう。しかし、この街に住んでいた数万の市民を連れての脱出劇は決して容易くない」
ヴァイスの言葉通り、街道を避けるという事は魔物……モンスターの襲撃を考慮する必要があるだけでなく、ザハフ部族国に見つかる可能性が限りなく高い。やつらは獣人がメインなのだ。そんな所に何万規模の人間が移動するれば匂いなどで絶対に気づかれる。例えルナ=ゼバルで囮をかって出たとしても半分も助からないだろう。
「わ、分かりました。二つ目はこのままセンタクスに留まり、本隊の救援を待ち続けるという案です」
「その場合、この街でユン・ガソル連合国の攻撃を耐え続けなければならないのが問題だな」
「確かに前回の戦いはこちらもそちらも攻城兵器がなかったからな」
「しかも、次は壊滅状態の街を微かな戦力でユン・ガソル連合国の猛攻から防衛しないとならないと……不可能なのです」
「レイムレス要塞を攻略し、万全の状態のセンタクスの街を陥落させたユン・ガソル連合国相手にはララの言うとおり不可能だな」
センタクスを守りきる事ができるのならばそれが最高の結果であることは間違いないが……ちょっときついな。
「しかし、これだけの報告書をよく少ない時間でまとめてくれたな」
「ヴァイスハイト様の副官として当然のことです。それにラクリールさんも手伝ってくれましたから。ヴァイスハイト様達は遅くまで街の方々と一緒にお仕事をなさってたではないですか」
「確かにそうだな。特にエルカはあのあとからミライ様の修理に入ったんだろ?」
「ああ、御蔭で寝てないぜー」
粗方の修復は終わったが、やっぱり完全な修理はこの艦の設備では不可能だ。幸いというか、ララの予備パーツでなんとかなったがな。一部では骨のパール鋼まで歪んでやがったからな。全く、ここまで攻められるとは……ん? 攻められる?
「くっくくく……」
「おい、どうした?」
「大丈夫ですか?」
「リセル、それは違う意味で非道いのです」
「あっ……すいません」
「おい、いい手を思いついたぞ」
「どんな物だ?」
「第3の選択肢。やられたらやり返す。つまり、こっちからレイムレス要塞を強襲して、ぶっ壊してやる」
「ぶっ!?」
「ちょっ!?」
俺が提案したのは不可能に近い事だ。だが、これはかなり有効だろう。時間稼ぎとしてもだ。