シンデレラの武闘会~地上最強アイドル決定戦~ 作:shima-ebi
其之一 菊地真
1
瑞樹が神宮前の交差点で街頭インタビューを行っていた、その時――
その場所から北の方角に約200mほど離れた場所。
原宿駅前、竹下通り。
その、若者でごった返す雑踏の中を、一人の少年が歩いていた。
「………」
煌びやかな店先のネオンが照らす道を、黙々と歩いている。
東から、西の方へ――。
原宿駅の方に向かって、明治通りから竹下通りに入ったところのようであった。
「…………」
ややうつむき加減で、ゆっくりと歩いている。
ベージュ色のチノパン、オレンジ色のチェックのシャツの上に紺色のパーカーを羽織っており、右肩に黒いショルダーバッグを引っかけている。
そして頭にはワインレッドのかなり大きめのベレー帽が載っていた。
小柄である。
身長は160cmあるかないか。
線が細いが、引き締まった無駄のない体つきをしている。
年のころは15~6歳くらいか。 高校生か…、中学生に見えなくもない。
ベレー帽を目深にかぶっており、口元より上は陰になっていて表情はうかがい知ることができなかった。
「…………」
湿った空気の中に、露店のクレープの甘い匂いが溶けている。
少年の、帽子の下の鼻の穴が、その匂いに反応してひくひくと動いたように見えた。
と―――。
「……?」
少年の足が、止まった。
横路地――、表通りから外れた、細い裏通りの奥を見つめている。
街灯がなく、はっきり見えないが、奥に数人の男女がおり…、何か話しているようだった。
「………」
気になるのか、少年は立ち止まったままじっとそちらの方を見ている。
薄暗い路地の奥で――、その男女は、何やら言い争っているようだった。
そこは、竹下通りから15mほどだけ奥に入った場所だった。
表の賑やかな喧噪が嘘のように、薄暗く淋しい場所である。
三人の女子高生らしき少女と、四人の若い男が向かい合っていた。
女子高生たちはブレザーの制服姿――。そして男たちは、よく深夜過ぎのコンビニ前でたむろしているような、チーマー風のナリをしていた。
「すみませんすみませんすみません!!!」
「しまむー! 謝ることなんてないよ! こいつ自分で落としたんだよ、私ちゃんと見てたんだから!」
特徴的なサイドロールの髪型の女子高生が、目をぐるぐるさせて男たちに何度も頭を下げている。
その横から、制服の上にピンクのジャージを羽織った少女が声をかけていた。
「ああ? 自分で落としただ?」
男の一人――、ガタイのいい茶髪のニキビ面の男が一歩前に出た。
「ざけんじゃねーよ!このアホ女がぶつかってきたせいで俺のスマホが割れちまったんだろーが!」
凄みながら差し出した男の手には、画面が割れてブラックアウトしているスマホが握られていた。
どうやら、サイドロールの少女とニキビの男がぶつかった拍子に、男がスマホを落として壊してしまったということのようだった。
「卯月があんたにぶつかったのは確かだけど…あんただって、前も見ないでスマホいじってたじゃないか。 卯月だけが悪いわけじゃないでしょ」
もう一人の少女――、腰まで届きそうなストレートの黒髪の少女が、比較的落ち着いた、物怖じしない様子で男たちを睨む。
「なんだとこのアマ?」
「言うねぇ、カワイイ顔してよ」
「へへ… 気の強い女、そそるねぇ」
ニキビ以外の男三人が、周りでにやにやと下卑た笑みを浮かべる。
少し酒が入っているようだった。男たちのアルコール臭い息に、黒髪の少女は少し顔をしかめた。
「…弁償すればいいんでしょ。 いくら?」
「しぶりん? こんな奴らの言う事聞く必要…!」
「いいから、未央は黙ってて」
黒髪の少女――渋谷凛が、ピンクのジャージ少女――本田未央を手で制した。
トラブルの当人――島村卯月は涙目で震えている。
三人とも、件の「346プロ」所属の駆け出しアイドルであった。
「まあ、この場で手打ちにしろってんなら… とりあえず10万だな」
スマホを落としたニキビではなく、横の、右眉毛に3つもピアスをしている男が言った。
「じゅ、10万? ふざけないでよ! スマホの画面にヒビ入ったくらいで10万なんて…!」
本田未央が食って掛かる。
渋谷凛は、黙って、じりっと後方に半歩下がると、ポケットから自分のスマホを取り出した。
「あんたたち… 警察、呼ぶよ…?」
「は? 何言ってんだコイツ。 被害者はこっちだろが?」
さっき、「そそるねぇ」と笑っていた男が言った。
オレンジ色に染めた、もしゃもしゃした髪をしている。まるでナポリタンを頭に載せているような男だった。
「これ、恐喝だよね… あんたらは、その現行犯だ」
言って、凛はまた半歩下がった。
「おいおいねーちゃん、穏やかじゃねーな… まあ落ち着…」
「近づかないで! 未央、卯月、下がって!!」
四人目――、一番背の高いスキンヘッドの男がまあまあと両手を揺らして歩み寄ろうとすると、凛は、カッと一喝した。
スキンヘッドの足が止まる。
「…………」
「…………」
三人の少女と、四人の男たちの間に、二、三m程の距離が出来ていた。
(未央… 後ろに走って逃げるよ! 卯月引っ張ってね!)
(ん、了解しぶりん!)
凛と未央が、お互いに視線を送った、その隙をつかれた。
「ふっ!」
「あ!?」
スキンヘッドがひとっ跳びで距離をつめ、凛のスマホを持っている右手首を握り込んでいたのだ。
「くっ! この、はな…!」
「うるせえ」
どすっ
「ぐっ!はぁ・・・?」
鈍い音、そして凛の口からかすれたようなうめき声が洩れる。
スキンヘッドは…左手で手首をつかみながら右の拳を凛の腹にメリ込ませていた。
凛は体をくの字にして、その場にくず折れた。
「なっ!? このぉ!何すんだよぉ!!」
未央がスキンヘッドの腕に飛び掛かる。
が…難なく振り払われ、未央は二、三歩と後ろにたたらを踏んで、アスファルトに尻餅をついた。
すると、まるで申し合わせたように、ピアスの男が後ろから未央の口を塞いでいた。
「!? な、何を、むぐぐ…!」
「り、凛ちゃん? 未央ちゃ、むぐぐぅ…!」
未央に続いて、身動きできずに震えていた卯月も、ニキビの男に口を塞がれていた。
「よし急げ、まず車に乗せろ」
スキンヘッドが、低い声で指示を出す。
先ほどまでのヘラヘラした態度は一変し、目がギラギラと不気味に光っている。
路地の更に奥に駐車していた黒いワゴン車が、いつの間にかすぐ側に来ていた。
恐らく、最初から三人を拉致するつもりで申し合わせていたのだろう。
「へへっ、久しぶりの上玉だ… こりゃ楽しみだぜ!」
ナポリタン頭が車の引き扉を開ける。
そしてピアスと一緒に、もがく未央を強引に車に積み込もうとした、そのときだった――
「何してるんだ! お前たち!」
四人の男が同時に振り向く。
そこには、竹下通りのネオンの光を背景に、あの少年が立っていたのだ。