シンデレラの武闘会~地上最強アイドル決定戦~   作:shima-ebi

3 / 4
真2

 

「何をしてるんだ… その子たちをはなせ!」

 

狭い路地に、少年の毅然とした声が響く。

 

一瞬、その場にいた七人の視線全てが少年に集中した。

 

「……ちっ」

 

スキンヘッドは、一度小さく舌打ちをすると、少年の周囲にきょろきょろと視線を送った。

 

ほかに人がいないかを確認しているようだった。

 

「…なんだよお前、何もしてねえよ、遊んでるだけだって…」

 

言いながら、ふらふらとその少年に歩み寄る。

 

「その倒れてる女の子はなんだ…! お前が殴ったの、ボクは見てたぞ!」

 

ベレー帽のひさしの陰のせいでよく見えないが、その表情は強い怒りに燃えていることが想像された。

 

「……ふん」

 

スキンヘッドが、ゆっくり、少年との距離を詰める。

 

180cm以上――、いや、185cmはありそうな長身の男だった。

 

160cmほどしかない少年とは、えげつないまでの体格差があった。

 

が、少年は、全く怯む様子もない。

 

「威勢がいいな、ボクちゃんよ…」

 

と――、

 

「た、助けてっ! こいつらんっ!ぐぐ…!」

 

口を押さえられていた未央が、隙をついてわずかに声を漏らした。

 

少年が、ちらっと、そちらに視線を送ったそのとき――、

 

「うぉらぁっ!!」

 

スキンヘッドが左のロングアッパーを放っていた。

 

 

 ぼっ!!

 

 

「あっ!」

 

声を出したのは、渋谷凛であった。

 

地面に倒れたまま顔を上げた凛の視線の先――、スキンヘッドの剛腕が、小柄な少年の頭を吹っ飛ばしたように見えたのだ。

 

が…空中に舞ったのは、少年のかぶっていたあのワインレッドのベレー帽だけだった。

 

間一髪――、少年は数センチ上体を引くだけでそのアッパーを紙一重でかわしていたのである。

 

そして、その帽子が落ちてくる前に、少年の右足がアスファルトを蹴って跳ね上がっていた。

 

凄まじいバネだった。

 

まるでムチがしなるようにその右脚は美しい三日月形の弧を描き…、アッパーを放つために少しかがんでいたスキンヘッドの顎を正確に撃ち抜いていた。

 

考えられないほどに速く、精度の高い右ハイキック…上段廻し蹴りであった。

 

「おっ!?」

 

スキンヘッドは、一声発したあと、ぴたりと一度動きを止め――、ぐるりと白目を剥いた。

 

そして、がくりと両膝を折って、糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

 

と同時に、宙に舞っていた少年のベレー帽が落ちてきて、スキンヘッドの上にぽすっ、と、乗っかった。

 

もはや、ぴくりとも、動かない。

 

「お前たち、やるっていうなら・・・」

 

「手加減できないぞ!!」

 

残りの者たちが唖然として見つめる中、その少年の声は朗々と響き渡った。

 

いや…、少年ではなかった。

 

きりりと引き締まった眉。

 

バランスの良い整った目鼻立ち。

 

紫陽花の花のように鮮やかに輝く、若紫色の瞳。

 

そして頭頂部にぴょんぴょんと二本飛び出している特徴的なくせっ毛。

 

ベレー帽を脱いで初めて露わになったその顔は、確かに端整な美少年のような面影があったが…紛れもなく、それは“少女”の顔だった。

 

(あ、あの人って、もしかして・・・!?)

 

島村卯月は、アイドルになる前、アリーナの広々としたステージで歌い踊るその少女を観客席から見たことがあった。

 

(え? アレって、765プロの・・・?)

 

本田未央は、『王子様の昼下がり~特集・イケテル貴公子大集合!~』というテレビ番組に、ゲストで出演していたその少女を見たことがあった。

 

(な、なんだっけ、確か、名前が――)

 

渋谷凛は、以前街を散策していたとき、パビュリックビューイングのスクリーンに映る、煌びやかなステージ衣装に身を包んだその少女を見たことがあった。

 

(((菊地真???)))

 

“菊地真”――。

 

それが、彼女たちのピンチに颯爽と現れた救世主の名だった。

 

そう、神宮前交差点で、女子高生が瑞樹に見せた動画の中で、次々と大男を薙ぎ倒していた超人アイドル…

 

シンデレラの武闘会にエントリーしている戦士の一人だった。

 

 

「な、何をしやがったぁ!」

 

未央の口をおさえていたピアスの男が言った。 

 

「くふっ!? こっ、こひゅっ」

 

もう一人、未央の両足首を持っているナポリタン頭は、真の方を見たまま固まって、何か、むせたような奇妙な声を出していた。

 

何か意味のある事を言おうとしてるのに、それが出来ないようだった。

 

「や、野郎…! やりゃがったなぁ!」 

 

顔を真っ赤にして吼えたニキビづらの口から白い泡が飛ぶ。

 

そして、捕まえていた卯月を後ろに突き飛ばすと、ずいっと前に出て威嚇するように真を睨みつけた。

 

対して、真は、胸の前で両腕を交差させ、“ふーっ”と息を吐きながらゆっくりと開いた。

 

半身の、空手の構え。

 

「来いよ… 相手になってやる!」

 

両手で拳をつくり、左拳は肩の高さで前に。 

 

右拳はぐっと引いて脇腹のあたりにつけている。

 

そして左脚を大きく前に踏み出し、右脚の膝を外側に軽く曲げて浅く腰を落としていた。

 

典型的なスポーツ空手と伝統派の構えをミックスしたような、実戦的な構えといえた。

 

だが…ニキビの男が繰り出してきたのは、空手には無い技だった。

 

「しゃあああああぁっ!!」

 

前かがみになっての、突進…

 

相撲のぶちかましのような、タックルだった。

 

何か、ラグビーかアメリカンフットボールなどの経験者だろうか。

 

体重なら真の2倍近くありそうな、がっしりとした男が、砲丸のようになって真に襲い掛かった。

 

よく、“空手の型には投げも関節技も、タックル潰しも含まれている。故に空手の型をちゃんと分解、稽古していれば、あらゆる局面に対応できる”といった話を聞くことがある。

 

実戦における空手万能説。

 

だが、現実のところ、普通の空手家が、タックルをかわしたりいなしたりする練習を日常的にしているわけでは、無論、ない。

 

路上のケンカでタックルをされた時、空手家が型通りにさばくことが出来るのか…?

 

「ふぁっ!?」

 

今度は、島村卯月が素っ頓狂な声をあげた。

 

思っても見なかった方法で、菊地真がその弾丸タックルをさばいたからだった。  

 




本日はここまで。
また来週末に続きを投稿していきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。