因みに今後は新章に入る度に区切りの挿絵をここに置いておこうと思います。
また今話から「鈴谷」表記が「ネ級」に切り替わります。なお、混同を防ぐために敵に重巡ネ級が登場しなくなります()
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11 自分の不器用さが嫌い
目の前、とはいってもまだそれなりに距離がある戦闘区域から砲撃の音が響いてくる。
風に乗って聞こえてくる艦娘達の悲痛な叫びに、
誰か――居ないんですか――ッ!
救援をお願いします――怪我をしている人が居るんです――
誰か――誰か――!
声の主と思われる艦娘は負傷した味方を背負い、必死に無線機に叫びながら奮戦している。しかしそんな彼女は、空母や戦艦といった強力な深海棲艦らに完全に遊ばれてしまっていた。敵から目を離さず、ネ級はベルトで固定して持っていたサブマシンガンを腰に持ってくる。
速度を一切落とさず、敵に向かって突っ込む。対艦ロケット砲――廃棄予定だからと仲間たちから受け取ったWG42を両肩に担ぎ、狙いを定めて深海棲艦の群れ目掛けて発射した。
「動きが……止まったっ、ここだ!」
「助けが……深海棲艦…………!?」
やっと味方が来てくれた――そう思ったに違いない艦娘達の顔が絶望に染まった。と、思えば、姿を現した深海棲艦が艦娘の装備と艦載機を引っ提げて来たのを見て、今度は困惑の色に変わる。それに構うことなく、彼女は引き続き攻撃を続けた。
「妖精さん。ヲ級の注意を引ける?」
『あいさーなのです!』
「ありがとう。……さてさて。突撃いたしましょう!」
並走するように飛んでいた艦載機の妖精に簡単な指示を伝えると。ネ級は艤装の出力を更に引き上げて最大船速にし、前傾姿勢を取る。
初めから弾を温存する気など更々なかったロケット砲を気前よく全て撃ちきり、空になった武器を2つ放り投げて身軽になった。
運が良かったと言うべきか。今の奇襲で敵の駆逐ハ級と戦艦ル級の1体ずつにはそれなりのダメージを与えられたらしく、それぞれの体からは黒煙が吹き出ていた。しかし今の状況だと、1体でも数を減らしたいと考えていたネ級からすると、それはあまり良いニュースとは思えなかったが。
満身創痍の艦娘達に向いていた攻撃の矛先が、一気にネ級に切り替わる。敵の砲や目線が一斉に動いたのが見えたので、これはすぐにわかった。
なるほど、すぐに倒せる敵よりも自分の方が脅威だと感じたのか―― ネ級はすれ違い様に手負いの駆逐艦に主砲を叩き込む。
「このぉ!」
「―――――――――!!??」
至近距離からの直撃弾で、悲鳴すら上げさせることなくハ級は撃沈できた。ただ、喜ぶ暇もなくあちこちから砲弾や機銃・爆弾といったものが雨あられと降り注いでくる。
空母ヲ級の爆撃だけは当たるとまずいと判断して最優先で回避する。ネ級は空いていた手に軽機関銃を持つと、爆弾に当たるように祈りながら適当に弾をばら
生き物のエイのような形状をした深海棲艦の艦載機が投下してきた爆弾は、ネ級が撃ったマシンガンと副砲の弾に撃ち抜かれるか弾かれるかで着弾する前に炸裂する。空中で起動したそれらの爆風と金属片に、ネ級は顔をしかめる。
「
敵の弾幕が一層濃くなっていたキルゾーンを抜けて、気を緩めていたネ級を隙を1体の戦艦ル級が突いてくる。
不意打ちで飛んできた砲弾を、咄嗟にネ級は袖を捲った右腕で弾き飛ばした。
「………………!」
上手い具合に軌道を反らせた、ということか。多少手が痺れ、当たった場所は薄皮が剥けて血が出ているが、殴った弾頭は自分や艦娘達とは関係がない遠くの方で爆発した。
薄々気づいていたものの、それをあえてネ級は見ないふりをしていたが、こんな芸当ができてしまってはもう認めるしかない。彼女は自分が深海棲艦になってから、筋肉や骨や皮膚といった物の硬度が以前よりも遥かに上がっている事を認識する。
考え事の最中にも手は止めず、撃ちまくる。瀕死のル級を仕留めることは出来なかったが、代わりに流れ弾が当たった2匹目の駆逐艦タイプが爆散していくのが見えた。
攻撃ではなく撹乱を中心に行うように指示を出した妖精たちはよく働いてくれている。どのみちあんな数の艦載機じゃ、固い表皮を持つ戦艦や空母は倒せないから、自力でどうにかしないといけない。弾が無くなったマシンガンのマガジン交換が手間で、ベルトの部分を
『鈴谷さん、囲まれているのれす!』『『回避優先です~』』
「!!」
疲労が溜まっていることの
前と右側、そこに空母の援護が加わってくる。一切
爆発した機械の破片が、また辺り一面に降り注いで自分にも牙を剥いてくる。激しい敵の攻撃から意識を逸らすなんて出来るわけもなく。鈴谷は両手と触手で顔を覆って必死に身を守る。
いつもならこれぐらいの敵は数分あれば片がつく。が先程よりも質の高い戦艦と空母の相手となると、話どころか次元が変わってくる。こちらには支援してくれる味方は恐らく無く、余裕を持てるだけの弾薬も無い。
「…………………。」
腹をくくる。という言葉はこう言うときに使うんだろうな。場違いに冷静に、そんなような事を考えて両手に主砲を構えたときだった。
動き続けていたとはいえ、少し敵の攻撃が落ち着いてきた事に気付く。
「?」
疑問は背後に視線を向けたことで解決した。様子がおかしい深海棲艦だが、敵ではないのだろう。そう判断してくれたのか、最低限の自衛のみで棒立ちしていた艦娘達が動き始めたのだ。
元気な的が増えたことで深海棲艦達の狙いが分散し始める。隙を突いて地道に相手を削るネ級だったが、ほんの少しだけ意識を味方の居た背中に向けると、艦娘達の会話が聞こえてきた。
「……ネ級を援護しましょう」
「本気か?」
「彼女の助けがなければ私たちは全滅していました。精一杯のお手伝いです!」
多少は余裕ができた事で、ネ級は防御から攻勢に転じる。既に息も絶え絶えだったル級の1体に狙撃すると、難無く相手を倒すことができた。
敵の数は残り2体となる。が、その両個体は掠り傷すら与えられていないので、まだまだ元気に動いている。安全策を考えて距離を取りながら、ネ級は艦娘達の方に目線を動かした。
負傷しているのは合計で3人。片腕を怪我した重巡の1人は後方で援護に専念していて、残り2人は脱力して仲間に抱えられている。
「この……ちょこまかと」
「牽制! 弾幕です!」
明らかに戦闘に不馴れな様子ながら、果敢に敵に挑んではいる。しかし気迫と反比例するように、彼女らの支援は涼しい顔をしている敵に簡単に回避されてしまっていた。勘違いだったかもしれないが、ネ級から見て、敵対する空母ヲ級と戦艦ル級の両者はお粗末な行動をする艦娘達を笑っているように見えた。
ネ級が目を離さないようにしていたル級の瞳が、一瞬、青白く光ったような気がした。
猛烈な気持ち悪さのような物を感じる。本能的に何かが不味いと思って妨害に入ったが、対応が少し遅れてしまう。
ル級はにやけ面を作りながら、軽空母の艦娘を抱えた艦娘に向かって武器を撃つ。直撃ではなく至近弾だった。明らかに弱いものいじめで弄ぶような動きに、ネ級は舌打ちする。
「
砲撃に煽られた艦娘の肩から、軽空母の艦娘が投げ出された。撃墜しようとしていた敵空母の戦闘機を妖精に任せ、ネ級はすぐにその近くに寄る。
放り出された瑞鳳というらしい彼女の体を2本の触手を絡ませて抱き抱える。その様子を見ていた旗艦と思われる艦娘は、なんとも表現のしづらい複雑な表情をネ級に見せた。
「あっ……」
「……………」
自分らを助ける変な深海棲艦。そんなネ級と目と目があった艦娘は、こう言ってくる。
「あっ、ありがとうございます!」
少し迷ってから、ネ級は返事をした。
「どういたしまして。」
抱えていた瑞鳳の身柄を艦娘に引き渡す。礼を言ってきた彼女は、流暢な日本語を喋ったネ級に信じられないとでも言いたげな驚いた表情を晒す。
「貴女は――」
「
「!!」
何かを言おうとした彼女を置き、彼女の部隊の他の艦娘の言葉を聞いてネ級はすぐに戦闘に戻った。
緊迫した声質から、ル級がこちらに向かっているのか。そんな予想が当たる。敵戦艦は今度は何をするつもりか、どんどんこちらに近付いて距離を詰めてきていた。
振り向く暇が無い。そう判断したネ級は敵に対して体を横に向けると、当てずっぽうで適当に発砲する。
しかし彼女の読みは外れる。ル級は全く
「!?」
やられる――!! 敵の弾の直撃で致命傷を覚悟したときだった。飛ばしていた艦載機のうちの一機が砲撃の射線上に割り込み、ネ級への攻撃を僅かだが逸らして見せた。
爆発の煙と鉄片から身を守りながら、彼女はル級に副砲と主砲を撃ち込み、一旦距離を離す。
「うっ、ぐッ……! 妖精さん!」
「ばたん、きゅぅ……なのです………」
爆散した機体から投げ出された妖精が、すかさず反撃に移っていたネ級の肩にしがみつき、そう言ってきた。彼女は小さな命の恩人を、触手の口の中に仕舞って休ませる。
「ありがとう。休んでいて」
「後は頼むのですぅ……」
火薬の炸裂で発生した煙が晴れ、ル級の姿が
相手は満面の笑顔を浮かべていた。
ネ級の頭の中に警告アラームが鳴り響く。絶対に何かある。何をするつもりだ―― 敵の「罠」の正体を、彼女は自分の頭上を見上げることで理解した。
数十機の敵の艦載機が、大量の爆弾を投下してきていた。
体中の血の気が引いていく感覚を覚える。考える暇などなく、ひたすら無心で弾を撃ちまくって払う。しかし全て無効化するほどの技量など元から彼女には無く。弾幕を切り抜けた数発が顔に向かって落ちてきた。
こんな終わりか。意外と早かったかな……――
最悪の想定をネ級はしたが。彼女の予想は、良い方向に裏切られることになる。
敵の落としてきた爆弾を顔面で受け止めることになる。ガラスが砕け散るような音と共に、顔を覆っていた装甲板が割れて落ちた。
「…………!」
生きてる、のか。まだ諦めるには早い。神様はそう言っているのかな。
自分の想像以上に、深海棲艦というのは頑丈にできているらしい。考えつつ、爆風を抜けていく。日差しの下でも解る程の強い光を放つ赤い瞳で、敵を睨み付けた。
「……………」
主砲の弾倉を交換する。狙いを定める先はル級ではなく、空母ヲ級だ。
何を今更、しかも1日目に弱気になっているんだ。重巡ネ級。何年、何十年経ったって必ず陸に戻ってくる――そういうみんなとの約束じゃなかったのか? ネ級は掌で、熱を帯びていた顔を覆いながら自問自答する。
「まだ、死ぬには早い。そう言うこと? 熊野。」
引き金を引いた武装から、弾が発射されず、乾いた作動音のみが聞こえてくる。
「副砲は……弾切れか」
ちょうどいいか。ネ級は心の中で一言呟き、使い捨ての武装の1つを放り投げた。
こけおどしの艦載機の機銃を妖精たちは放っている。それに合わせて主砲を撃つ。次のリロードまでのタイムラグなど度外視し、ありったけを敵に見舞う。手負いの艦娘が近くにいて、中でも何人かは重傷を負っている。それを逃がすためには敵を全滅させる必要がある。そう考えての行動だ。
「…………そうだ。」
私はまだ、死んじゃいけないんだ。そうなんでしょ? みんな……――
「当たってよ……!」
主砲の直撃で上体を
「――――――ァァァァァ!!??」
機械のハウリングのような甲高い叫び声をあげながら。散々にネ級と艦娘達を苦しめた空母ヲ級は海中に没していく。
最後に残ったル級と相対する。どうしてまだ生きているのか。そう言いたいのか、敵は明らかに動揺しているような表情をしていた。
ル級は本棚のような形状をしている両手に持った武装から、猛烈な弾幕を形成し始める。自分という深海棲艦は思っている数倍は打たれ強いことを嫌というほどこの戦闘で実感したネ級は、意を決してその中に飛び込んでいった。
この後の事などお構いなしに生き残ることだけを考え、所持していた中では一番頑丈な装備である主砲の1つを盾にする。思惑通り、それは直撃を免れないと思えた弾を受け止めてくれた。ただし、代償に、もう再使用は出来ない程度に破損してしまったが。
「まだまだ……!!」
どうせ4つ持ってきていたのだ。たかが1つ壊れた程度で――
先程敵にやられたことをそのまま仕返しとして敢行し、遂に目と鼻の先まで接近することに成功する。盾にしていた物で相手の右手を
「――――!」
何かを言おうと口を開いたル級の腕を、ネ級は蹴り上げた。
金属同士が激しく打ち鳴らされて耳障りな音が響く。激しい火花に目を細めながら、ネ級は吠えた。
「うぅりゃぁぁぁ!」
尚も両肩の副砲で抵抗を続けようとするル級の脇腹に触手を噛み付かせる。相手が身動きできないようにがっしりと体を固定し、全ての準備が整った彼女は行動を開始した。
明後日の方向へ砲弾を放ち完全な無防備を晒した敵へ、その胴部に主兵装の連装砲を密着させて何度も引き金を引く。
無いに等しい距離から強烈な衝撃と致命傷になる攻撃を受けて。体に空いた穴から青い血を流しながら……ル級は沈んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
死んだ敵が水底に還った場所に、幾つかの泡が上って来る。
ル級の肺から漏れてきた空気だろうか、等と考えつつ。泡と同時に、彼女の血液と思われる青い液体も海面にじんわり広がっていくのが見えた。
「……悪く、思わないでよ」
行って、戻って、帰ってくる。私がまだ鎮守府に居たときと同じ。みんなと交わしたのはそういう約束だったから――まだ死ねない。
自分に言い聞かせるように、心中で静かに呟く。一人、ネ級がそんなセンチメンタルに浸って考え事をしているときだった。
援護に専念していた数機の瑞雲が、ワイヤーで自分のリュックサックを牽引してこちらに飛んでくる。すっかり荷物の事を忘れていたネ級は、物を預けていた妖精らに礼を言った。
「お荷物のお届けなのです~」「「「でーす」」」
「ありがとう。早く逃げようか」
視力の無い右目を瞑ったまま、横目でちらりと艦娘達を見る。流石に進軍は控えて、負傷者に気を使って撤退する準備をしている……のと並行で、やはりこちらを見ているのが気になった。
当然といえば当然か、と思う。深海棲艦側に奇襲を仕掛けて艦娘の味方をしたのもあるが、旗艦の彼女に至ってはネ級が喋ったところを見ている。一部言葉を話す深海棲艦が居るのは確認されているが、コミュニケーションがとれる個体なんてまだ見付かっていないのだ。大事件と認識されていても何もおかしくはない。
ネ級が持ち物の確認を済ませたと同時に。案の定、旗艦の艦娘が声をかけてきた。
「……何者でしょう。貴女は」
話をしつつ、この人物が機銃と主砲装備に弾を込めているのが目につく。明らかにこちらを警戒している動きだ。
言い訳を言うべきなのか、黙ってさっさと逃げるべきなのか。少し思うところがあってネ級は足を止めてしまう。
「………………」
「話さないんですか? それとも……」
だんまりを決め込むと、今度は武装の銃口を向けられた。しかし、何か言えと言われたところで、まだ自分の体のことすら完璧には把握できていない。だから答えられることはありません。
―――――とか言った所でまた話がややこしくなるだけだよなァ……。等と思っていたときだった。
旗艦……秋月の問いかけは、また彼女の同僚の声で待ったをかけられることとなる。
「秋月、そいつはいい! 早く帰らないと!」
「瑞鳳さんの血が止まらないんです!」
腕を負傷していた艦娘の呼び掛けに、慌ただしく彼女は体の向きを変えて瑞鳳の傍による。流し見しただけでもわかる程度に重傷だった彼女の容態が悪化しているらしい。
「止血は済ませたんでしょう!? 早く鎮守府に!」
「いや、でもこのままじゃ間に合わないって……! 血が足りなくなる……」
「じゃあどうするって言うんですか!?」
さっきまで問答をしていた相手を放って、軽いヒステリーを起こして秋月は叫んだ。
ネ級から客観的に見て。多分だが、秋月サンにも中々のストレスが掛かっていたのだろう、と思う。強敵に揉まれたと思えば妙な存在に助けられ、そこから更に同僚が危険な状態に陥る……という一連の流れをシームレスに体験しているのだ。相当に頑丈な心でも持っていないと、やむなし、というものである。
先程艦載機で身を呈して自分の身代わりを務めてくれた妖精が肩に登ってくる。顔を少し動かすと、彼女と目があった。
「………………どうするのですか?」
「手当てはするよ。乗り掛かった船だから」
「鈴谷さんらしいのです」
「ほめてる?」
「皮肉なのです」
「なんですと」
ストレートに悪口(?)を言った相手の頬をつついて黙らせる。
容態を見たいと思ったネ級は、群がっていた艦娘達を無理矢理手で
「え、ちょっと、何を!?」
「……………………」
腕を回して彼女を抱えていた者から、その体を強奪するように抱え直す。患者の体を水に付けないように、その下に自分の触手を敷いた。
現役で職務に勤める者には及ばないかも知れないが、救護活動が全くの未経験というわけではないネ級は多少は必要な手当ての検討ぐらいならできる。緊急手術が必要な物なら流石に無理があるが、この時の彼女は、この患者は恐らく問題は無いだろうと至って落ち着いていた。
なぜかと言えば、自分という格好のデータベースが居たからである。半身を吹き飛ばされた人間ですら息が保てるぐらい、艤装の防御というものは信用に値することを既に知っている。
対象者の患部……特に外傷の激しい右腕と腹部に目を通す。わかりやすく血で汚れている部分に軽く手を当て、状態確認から始めた。
「…………。」
初めはそっと触れようかと思っていたが、脈拍や心音が正常かを確認すると、彼女は既に気絶して寝息をたてていることを知ると。方針を切り替え、遠慮なく触診することにする。
骨も折れているのか。砲撃で折れたとしたら、
適当にグルグル巻かれた包帯の中で血溜まりができてしまっている。一度体外に出た体液は細菌の温床となるので、衛生的に非常によろしくない――ということで、すぐにネ級は処置に取り掛かった。
はっきり言って、下手な手当てだから起こったことだ。しかし鎮守府にいる艦娘達が教わる救護活動と言えば必要最低限なもの。専門的な事を知っている自分から見れば素人同然なのは当たり前だし、そこを強く言うつもりはなかった。
すっかり、自分が陸地ではどういう扱いをされる危険生物か、等ということがネ級の頭からすっぽ抜ける。自然と体が動いていた。
「……………圧迫が弱い」
ゆるゆるな包帯に独り言が漏れる。
たぶん、変に気を使って臆病になり弱い力で止血をやったんだろうな、と思う。出血が止まらなかった原因は、先程の戦闘で体が揺すぶられた事と、圧迫止血方にしては力が足りなかった点だとおおよその予想をつける。
さっきまでは「下手」と思ったが。結構あんな状況でこの人たちは頑張っていたんだな、と思う。多分だが、自分が敵の相手をしていた隙間の時間でやった手当てなのだろう。やり方こそ粗末だったが、すぐに患部に何かを巻いて止血をするという判断は最適解だと少なくともネ級は思ったからだ。
「妖精さん。衛生手袋と包帯。あと、何か硬いものある?」
「キャンプ用テントのピンの予備があるのです」
「それいーね!
「あいさー! なのです」
感染症の予防等を理由に両手に薄手の手袋を
血液でびちゃびちゃになっている包帯を全て剥がす。もしかすると
解剖の様子を見ていた事がまさかこんなときに役に立つなんて。そんな風に思う。血濡れの人体の一部なんて、目を背けたくなるような物が瞳に写ろうが別段動じることもなく、ネ級は淡々と素早く、適度な力で圧を加えながら包帯で患部を縛っていく。
これからすぐに鎮守府に帰投して適切な措置を受けるであろう彼女らの事を考えて、ほどきやすい結び方で巻いたものを締める。最後に、腕の部分のみ、骨折部位がずれないよう、固定器具代わりに妖精からテントのピンを2本受け取り、それを包帯の上から並行に腕に沿うように紐で固定する。
ものの4~5分ほどで全ての処置が終わる。この、妙な深海棲艦の手際のよさに、様子を見ていた艦娘らは唖然としていた。
「てめぇ……一体…………」
自分の仕事は終わった。そう思ったネ級は瑞鳳の体に触手を巻き付けて持ち上げる。その身柄を一番近くに居た艦娘に強引に押し付けた。
「……………」
「えっ!? あっ、ちょっと!」
口では動揺しつつも、艦娘がしっかりと彼女の事を抱え直したのを見て。今度こそネ級は先を急ぐために体の向きを変える。
もっとも、案の定秋月から停止を呼び掛けられたが。
「待ってください! ……貴女は何なんですか!」
「秋月……」
「答えてください!」
「………………。」
目一杯凄んでいるつもりらしいが、彼女の声と手は震えている。そのせいで、ネ級は銃口を向けられていても全く怖く感じなかった。
答えられることが思い浮かばない。そもそも自分がこうなったことすら
彼女の顔に主砲を向けた。
「…………………」
「えっ……?」
ふりをして、全ての武器を彼女らの足元に向ける。発射した弾は大きな水の柱を発生させ、ネ級は相手に、にわかに視界不良の状況を作ることに成功する。艦娘達に背中を向けると、最大出力で逃走を始めた。
「ま、待って!」
「行かないで――!」 負傷していた内の一人が叫ぶ。だが、そんな声を振り切って。彼女は振り返ることなく、その場を後にする。
水煙が晴れた頃には、すっかり艦娘達から距離が離れていた。無言で彼女らを、本人は自覚していなかったろうが、端から見ると寂しそうに見ていたネ級に。妖精の一人が声をかけた。
「…………………」
「良かったのです?」「「「「です」」」」
「うん………急がないと」
自分の声が震えていることに、ネ級は気がつかない。
もう砲撃の射程外に出ただろうか、とネ級と妖精らが思うそんな時だった。
「本当に、ありがとうございました!!」
背後から秋月の叫び声が聞こえてきて……彼女は変な別れかたを切り出したことによる罪悪感に苛まれる。
「………律儀だな………ごめんね」
ネ級の小さな謝罪は。彼女達の耳に届くことなく、風の音の中に消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから少なくとも5~6時間は経過する。周囲は完全に日が落ちて夜になっていたが、星の光や闇に目が慣れていたため、それほど迷うことなくネ級は最後の島の近くまで来れていた。
夜の闇と同化して
「何さここぉ……鬼ヶ島かなにか?」
海面から大量に槍が突き出しているような異様な光景に、思わず独り言が出る。
浅瀬で無理に高速移動をすると、靴に嵌め込んでいる装備が岩で削れてしまって駄目になる可能性があるので。ネ級はぎりぎりまで近づいてから艤装を停止させ、岩にしがみつき、それ伝いに歩いて島に入ることにした。
再度、暗闇の中で目を凝らして地図を見る。『貴女が到着する頃は恐らく夜だと思われます。月が出ている方角から島に入ろうとすると、大きな洞窟が見えると思います。浅瀬をくぐってそこから島に入ることをお
「全くもってなんでこんな場所を……」
ペンライトを口に咥えて、愚痴を呟きながら足を動かす。今日一日中ずっと立ちっぱなしも同然で、既に下半身の感覚はない。どう言ったものか。ネ級は、自分の足がほとんど自動で動いているような感覚に襲われた。
岩場を抜け、トンネルを潜り抜ける。すると溜め池のようになっている海面と砂場がある場所に出た。
メモ書きやコピーがクリップ留めされた地図をライトで照らして眺める。
崖と岩に囲まれ、海側からは見えなくなっている砂浜・森というには大袈裟な林。周囲の地形と注意書き付きの写真を見比べる。始めて来る場所なので確証は無いが、多分ここだろうか、と思った鈴谷はテントの骨を砂浜に突き刺した。
乱暴にブルーシートを放ってその上に大の字に寝そべる。
「すごいなここ……紅のブタみたいね」
一見ただの洞窟のようでいて、大きな岩礁が壁になっている海側は言うに及ばず。その近く、下から覗いたワイングラス並みに反り返った逆三角形の崖と、そこから生えている樹木は屋根のようになっており、恐らく飛行機などでも上からはこの場所は見えづらい。正に身を隠すにはこれ以上ないぐらいの天然の要害と言える現在地に、ネ級は舌を巻いた。
寝支度をするために、疲れた体に
説明書の指示に従いながらテントを組み立て、自分一人の野営地の設営を行う。今日一日、早朝から動きっぱなしだったため。全身に疲労が溜まったネ級は、流石にもう元気に動けるような状態ではなかった。
寝袋に入る行為すら面倒になり、張ったテントの中にぶちこんだそれの上に横たわる。約15~7時間ほどあてもなく動き続けたあとの休憩とあり。5分と待たずに眠気に襲われる。
「……………………」
意識すると、閉じていた触手の口が開く。遅い時間だったため、中に入っていた妖精らは全員寝ている。一日、何度も自分を助けてくれた彼女らを、ネ級は艦載機ごと外に出すと、そっと毛布の上に寝かせた。
寂しさを紛らせようにも、話し相手は全員疲れて眠りに就いている……ので、自分ももう寝てしまおう。そう思った彼女は、点けていたランタンを消した。
「……………………」
自分は今、この星のどの辺りに居るのだろうか。日本から、どれぐらい離れただろうか……。目を瞑ると、親友らの顔が浮かんでくる。
そんな迷いともホームシックとも後悔とも取れない思いを吹っ切る気持ちで。悩みを捩じ伏せるように、ネ級は無理矢理就寝に入った。
11話にしてやっと看護師らしいことをする鈴谷。遅すぎるゥ!
因みに彼女は艦娘のときから常に衛生手袋を携帯しています。