職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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本編での独自設定ですが、作品世界の駆逐艦級の深海棲艦からは燃料が採れます。


12 揺れて流れて

 

 

 

 日の光を浴びて、鈴谷は目を覚ます。

 

 周囲に広がる日本庭園的な雰囲気の景色に少しぎょっとする。が、すぐに彼女は怪しかった表情を真顔に戻し「あぁ、またあそこか」と思った。

 

 また、「夢」か。どういうわけか、起きたときから座っていた椅子の背もたれに体重をのせて力を抜く。案の定、目の前にはテーブルを挟んでネ級が居た。

 

「………………………」

 

「察しがいーのね。ここ、夢なのヨン」

 

「さも当然のように人の頭の中を覗くのはやめてくれない。それに、3回目になればそりゃ、わかるよ」

 

 初めて会ったときと同じく、ネ級は何か食べている。よく見れば、机に置かれていたものと同じ和菓子だった。

 

 自分の体を眺めてみる。夢の中だからなのか、肌の色も髪の色もまだ人間だったときに戻っている。が、なぜか前直美から貰ったヘアピンだけは、そのまま前髪に付いていた。

 

 普通の人間は、明晰夢(めいせきむ)というのはあまり見ることができない現象だという。そう言う点では貴重な体験が何度もできて幸運と言えなくもないが、鈴谷からすると、こう、自分で夢を夢だと認識できるこれはなんだか気持ちが悪くて。お世辞にも心地が良いとは思えない。

 

「今日は何さ。何が言いたくて呼び出したわけ」

 

「呼び出したなんてとんでもない、逆に貴女が私に会いたかったんじゃないの?」

 

「とんでもない!」

 

「ひどっ。それに、用がないと会っちゃダメかな?」

 

「…………………ハァ」

 

 早く例の眠気が襲ってこないだろうか。この夢から抜け出すには二度寝する必要があることを知っている鈴谷は、テーブルにあった皿から最中(もなか)を1つ取りながら、そんなことを思った。

 

 鈴谷的には好きでも嫌いでもない空気感を出す相手は、爪楊枝(つまようじ)に刺した羊羹(ようかん)を口に持っていきながら続ける。

 

「びっくりしちゃった。てっきり暴れまわって町一つ地図から消すかなぁとか思ってたのに。つまんないの」

 

「するわけないでしょそんなこと」

 

「へえぇ? かなり頭には来てたみたいから、やるものだと思ってたけどねぇ?」

 

「…………何が言いたいのさ?」

 

「さぁねぇ……理知的と言えば聞こえは良いけどさぁ……理性も吹き飛ぶレベルで暴れた上で果てるぐらいのが見たかったし、そのほうが楽だったりして?」

 

「……………………」

 

 最初に会ったときから時折考えていたが、痛い部分をストレートに言ってくる女だ、と鈴谷はこのネ級に思っていた。

 

 確かにこいつの言う通り、漫画の怪物みたいに暴れたりしていれば、いずれ情報が拡散されて軍も鎮圧に来てたろう。そこで死んでいれば、あまりにも極端な考えだが、今こうして悩んでいる事も無いのだ…………もっとも最初から死ぬ気など無いので論外な考えだが。鈴谷は真顔で思考をまとめる。

 

「あんたの言うことも、まぁ、1ミリぐらいは有るのかもね。」

 

「お?」

 

「でも」

 

 相手が口を開くのに被せて鈴谷は続ける。

 

「私は死ねないの。義父さんにここまで自分の子供でもないのに育てて貰った。みんなには迷惑を掛けたけど、嫌な顔ひとつ貰わずに気持ちよく送って貰えた。そう言う事をしてくれた…………いや、してくれる人達が居るから。私はまだ死なないもんね」

 

 考えていたことを毅然(きぜん)とした態度で言い放つ。「ほぉ~」と対面するネ級は気の抜けた返事を返してきた。

 

「い~じゃんい~じゃん。自分の考えが言える人は好きだよ」

 

「何様よあんたは」

 

「女王サマ」

 

「姫級の深海棲艦でもないあんたが?」

 

「ひどい」

 

 例えあまり仲がよろしくなかろうと、話し相手が居るというのは楽しい。そう思った鈴谷はニヤニヤしながらネ級に口撃を始める。居心地が悪そうにし始めた相手はというと、堪らず話題を逸らそうとしてきた。

 

「じゃあこうしよう。今度は貴女の悩み、ワタクシが聞いてあげる」

 

「……例えこの世から全ての人間が消え去っても、アンタにだけは相談相手になって欲しくないもんね」

 

「ひっど!? そこまで言うのん?」

 

「嘘よ嘘。いつもあんたが私を揺さぶってくるから仕返ししただけヨ」

 

 ニイィと口角を上げて笑う。ネ級がうっすらと眉間にシワを寄せて不機嫌そうな表情になるのを、確かに見逃さなかった。

 

 相手を弄るのにも気が済んだので。鈴谷は「悩み」というのを真面目に考えてみる。

 

「悩み、かぁ」

 

 今のところ自分の抱えているのは3つある、と簡潔に考えた。

 

 1つは直海他、自分と関わっていた人たちの今後だ。直海は父親の所に帰るんだろうが、心に大きな傷ができただろう。佐伯や熊野にしたって、自分を送り出すために資金的な援助をし、あまつさえ火薬で一般施設を爆破までしている。変な連中に嗅ぎ回られて事が全てバレる可能性がないとは言い切れない。

 

 自分が考えることじゃないと言えばそうだが。考えれば考えるほどマイナス方面に掘れる頭痛の種の1つだった。

 

 その次は今後の生活についてだ。理想は1、2年ほどの海上生活を続けた後の帰投だが、それを見越すと、やらねばならないことは多い。どうにか軍に自分は危険ではないということを伝えた上で、更にいい意味で(こび)を売る必要がある。土井の言っていた「過激派」のことを考えれば、それでもまだ足りないという予測が付くのが最大にネックな部分か。

 

「………………」

 

 最後に思っていたのは、一番の発展と言えるモノだった。それは、「なぜ何の疑問もなく佐伯たちは自分を送り出してくれたのか」 というものだ。

 

 今更になって改めて考えて気になったことである。普通に考えて、付き合いの長い友人なんかが、例えば唐突に「起業して成功したい」等と言えばどうなるか。応援する人間も居るだろうが、「やめておけ」だとか「無茶するな」とか。1つ2つのこちらの身を案じた反対が出るはずだ。「それ」が鎮守府の友人たちから無かったことが鈴谷は引っ掛かっていた。

 

「なんでみんな、疑問も持たずに見送ってくれたのか、かな」

 

 悩んだ末に。一番最後を、鈴谷はネ級に打ち明けることにする。

 

「熊野は最初こそ問い詰めてきたけど……そのあとはホイホイやることはまとめてやってくれたし。他の人にしたって、妙に聞き分けが良かったし……私の見てないトコで会議とかしてただけかもしれないケド」

 

「……………本当にわかんない? 貴女結構考えすぎるタチなのね」

 

「……ちょっとどういうこと」

 

「ものすごぉく答えは簡単だと思うんだけど」

 

 舐めた口を聞きやがって。ネ級の言葉を聞いて最初に沸いた考えはそんな感じだった。しかし詳しい内容を聞き、鈴谷ははっとする。

 

「結局みんな貴女と一緒だったってだけでしょう。おんなじ、何をしたら良いのか解らない。だから、せめて相手の願うことを手伝いたい。そう思ったことの結末に過ぎないだけ」

 

「……………!」

 

 こいつ……なかなか鋭いことを言っているのでは。確かに、そう考えてみれば、あの2日間、妙に聞き分けがよかったみんなのことに説明がつくような気がする。

 

「…………」

 

「どーお? 納得いく答えだった?」

 

 直海を除いた自分を見送った面子を思い浮かべる。ぎこちなく無理矢理笑顔を作っているような者ばかりだったのを、鈴谷は鮮明に覚えていた。

 

「…………そっか」

 

 当たり前、だよな。人がいきなり化け物になるだなんて、まず一生のうちに体験しないような事だものね―― ネ級に言われたことが、少なくとも鈴谷には疑問の答えに思えて。ほんの少し、心の中が掃除された気分になった。

 

 考え事をしていると。彼女はゆっくりと這い寄って来るような眠気を感じた。夢から覚める兆候である。

 

「……! ……………」

 

「あら、もうおねむ?」

 

 重い(まぶた)を無理矢理開く。何が楽しいのやら。鈴谷の顔を眺めながら、ネ級はにっこりとはにかんでいた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

『―――でも、深海棲艦の活動が活発になっているとのことです。沿岸部の皆様は、警報が出たとき、すぐに避難誘導には従ってくださいね』

 

「ん……ぅん?」

 

 ノイズが少し入っている、ラジオ放送の音が耳に飛び込んでくる。

 

 あくびと伸びをしながらネ級は体を起こす。自分の体はテントの中にあり、外からは波の音が聞こえてくる。潮の薫りなども感じたことから、今度はしっかりと現実の方で目が覚めたようだと認識した。

 

「鈴谷しゃんがお目覚めなのれす」「「ですぅ」」

 

「おはよう。妖精さん」

 

 自分よりも早起きしていた小人たちに挨拶を返す。

 

 少し肌寒いな、と思って目線を自分の体に向けると、水着姿の自分の胸が目に入る。昨日は気温の高さに寝苦しく感じて、上半身下着だけで寝たことを思い出した。

 

「眼福なのれす」「ないすばでー」「えちえちのえちなのです」

 

「なにさ。このおませさんたちめ」

 

 無防備な格好を見て好き放題に言ってくる者らの頬をつつく。中には彼女の谷間に座り込んでいた奴まで居て、ネ級は少し顔を紅くしながら、その不届きな妖精をデコピンでふっ飛ばした。

 

「どこ座っとんじゃいこのすっとこどっこい」

 

「うわぁん」

 

「もう。このスケベ」

 

 尻餅をついた妖精を見てニヤニヤと笑う。

 

 懲りない他の小人らの「流し目がせくしぃ」等という発言をよそに、寝冷えして外気が寒く感じた彼女は、外に竿を建てて干していた薄手のジャンパーを取る。着替えの最中、初めてここに上陸した日と同じく快晴な空を見て、ネ級は足元に居た妖精らに話し掛けた。

 

『―――エスト曲でした。さて、次はお待ちかね……』

 

「今日も無駄に天気いいね~……あと、さっきから気になってたけど。このラジオ貴女達がつけたの?」

 

「「「「です」」」

 

「ふ~ん……にしても」

 

 こんな誰も居ないに等しい場所ですら電波が拾えるなんて、スゴいラジオだなこれ。上着のチャックを閉じて、ネ級は物を手にとって眺めてみる。

 

 熊野から娯楽のためだと受け取ったこのラジオ、新技術がてんこ盛りの最新式だという。艦娘の艤装に使われている技術が入っているらしいのだが、どれぐらいスゴいものなのかと言えば。海面を伝ってくる僅かな電波やら何かを拾って増幅し、周波数さえ合わせればほぼ地球上のどこでも放送が聞けるとのこと。

 

 技術の進歩というものに感心していると。垂れ流しになっていた放送が1つ終わり、次の放送が始まる。

 

『みんなおはよー! 時刻は午前9:30になったわ。突撃・シエラ隊のウツギよ! 今日遠征に出ている、クローバーナイト隊・サインズ隊・ルベライト隊の皆さん、体調は如何ですか? 風邪とかひいてない?』

 

「うぅ~わ。久々に聞いたなぁ、ウツギさんの声……」

 

「お知り合いの方なのです?」

 

「いやいや違うよ。個人的に気に入ってるパーソナリティさん」

 

 適当に周波数が合わせてあった機械から聞こえてきたのは、自分の大好きだった番組だ。そう日にちは空けていないのに妙な懐かしさを感じ、思わずスピーカーの声に聞き入った。

 

 内容はというと、自分の居た場所よりも先に出来た鎮守府の艦娘がやっている、艦娘への緒連絡・一般人への広報を兼ねたラジオ放送である。因みに現在進行形で喋っているこの人物の本名は知らないが、軍では駆逐艦・(あかつき)という名前だとネ級は記憶している。

 

『――とか、大変ですよね。じゃ、早速お便り読みましょうか! えぇ、PN(ペンネーム)・演習無敗さんからのお便りです。ウツギさん、いつもお疲れ様です。作戦とラジオとどちらもこなす姿勢に憧れます。ふふふ、どうも♪ 誉められると照れちゃうな~』

 

「今日もこの人は元気だなぁ」

 

「鈴谷さんはよく聞いているのです?」

 

「リスナーだったからね」

 

「「「「へぇ~……」」」」

 

「なんでもね、この人、物凄く強い艦娘さんなんだって。いつか会ってサイン貰うのが夢だったんだけどなぁ……」

 

「どれぐらいの練度なのです?」

 

「うろ覚えだけど、確か70とかじゃなかったかな。もしかしたら80後半超えてたかも」

 

「はにゃ~鈴谷さんなんてデコピンでやられちゃうレベルなのれす」

 

「なっ!? それ余計じゃない!?」

 

 なかなか直球で痛いことを言ってきた妖精を指でつついて突き倒す、そんなとき。ネ級は機械越しに聞こえてきた話題に、顔の向きを変える。

 

『おととい、軍港の近くで大きなテロ事件がありましたね。あぁアレね。えぇ、私はああいう一般の人を巻き込むような人達を許せないと思っています。ウツギさんの考えをお願いします。ね。う~ん』

 

「!!」

 

 少し驚く。多分間違いない。「あの日」のことだろうか。唐突に出てきた自分に関係する事柄に、全神経が放送に向いた。

 

『ちょっとキナ臭いというかなんというか。不気味な事件ですよね。あの、私が言って良いのかな――あ、大丈夫? おっけーおっけー。えぇ、スタッフさんから許可頂けましたので、お話しますね(笑)』

 

『私もね、結構嫌な出来事だなぁって思ってます。一応自分も艦娘ですから、人を傷つけるような行動は論外って持論を持ってて。亡くなった方のご冥福をお祈り申し上げます。』

 

『個人的に気になってるのは、やっぱりなんか、テレビとかでストッパーというか報道規制みたいなのがかかってる事ですよね。そういう辺りは、私は本当に黒いものを感じてたりします』

 

「……………………」

 

「鈴谷しゃん……」「「「ですぅ……」」」

 

 どんなことを言うのかと思ったが、流石に公共の電波に乗っている人間な辺り、自分の身を(わきま)えているのだろう。ネ級が最初に思ったのは、多少切り込んでこそいれ、本当に当たり障りもない無難なコメントだな、とかそういう感想だ。が、彼女は別にそんな点には注目していなかった。

 

 みんな、思うところは一緒なんだな。彼女はそう思っていた。

 

 100人ぐらい取っ捕まえてアンケートを取ったら99人ぐらいは「おかしなもの」と言うだろうな、とは思っていたあの日の出来事とそれに付随する報道関連のことだが。こうして実際に他人の見識を聞き、それが自分や周囲の人間とそう変わらないものだと知ると。なんとなく親近感を覚えて、安心感のような物を感じる。

 

『さぁ、暗い話になってしまいましたね。あぁ、演習無敗さんを責めるわけではないので、安心してね? では、次のニュースね。最近鎮守府では――』

 

「……立派な方なのです」「「「ですぅ」」」

 

「そーぉ? 私はフツーな意見だなって思ったけど」

 

「鈴谷さんはいつも飄々(ひょうひょう)としてるのに、真面目を気取るとすぐに顔に出るから解るのです……本当はそう思ってないのです?」

 

「……え、ばれた? そんなに私顔に出るの?」

 

 テントの外に置いていた水を張ったバケツにタオルを浸ける。絞って水気を切ったそれで体を拭きながら、ネ級はのんびりと妖精らとの会話を楽しむ。そんな時だった。

 

 ずり、ずり……と。何かが砂の上を這ってくるような音を耳にして、妖精とネ級は互いに顔を上げる。視線の先に、1匹の駆逐ニ級が居た。

 

 誰も慌てる様子はなく、全員が相手の方を見る。妖精の1人が口を開いた。

 

「またあのニ級なのです?」

 

「みたいだね」

 

 はぁ、と短い溜め息を吐く。体の側面から生えた小さな手で、のそのそと腹部を引き摺ってこちらに近付いてくる深海棲艦の方へとネ級は歩みを進めた。

 

 

 

 

 今日で島に上陸して3日目だったネ級だが、初めてこの場所に来たときの疲労を抜くために昨日は半日を寝て過ごしていた。

 

 ではこのニ級は何かというと、いずれは魚などを捕って生活する必要がある、と海に出たところ、何故か後を付いて来るようになった個体だった。攻撃してくるわけでもなく、かといってじゃれてくることも無く。一定の距離を保って付いて来るだけで何もしてこないので放っていたのだ。……更にもう1つ。ネ級には、とてもではないが攻撃できない理由があったが。

 

「!!」

 

「よしよし。いーこいーこ、また採ってきてくれたのね……はぁ」

 

 深海棲艦が口に咥えていたズタ袋を手に取る。中には海藻や魚が入っている。またどこから持ってくるのか、砲に詰める弾薬まで入っていた。

 

 本当に謎が極まっていたが。このニ級は、ネ級が「弾が欲しい」という愚痴を聞いて、それらを持ってくるのである。彼女にとっては非常に貴重な補給のアテだった。

 

 いったい何故なのか、理由はま~~ったく解らなかったが。自分になついてしまったニ級の頭を、犬でもあやすように撫でる。

 

『今日の海の様子ですが、昨日と同じく快晴になるそうです。波や海流が荒れる心配は、特にしなくても大丈夫だそうです!』

 

「鈴谷さん、今日は何をするのです?」

 

「食べるものは、この子が居てくれたら多分なんとかなるだろうしさ。ちょっと島の中みてみたくない?」

 

「賛成なのです。地理の把握は大切です」「「「ですぅ」」」

 

 ラジオの音が気になるのか、そちらをみているニ級を撫でながら妖精と今日の方針を話す。綺麗にやすりをかけられたように、つるつるして日光を反射しているニ級の体は触り心地が良い。

 

『南下した海域では、近頃また新たな姫・水鬼級が観測されたとのことです。会わないに越したことはありませんが、もし、遭遇した場合は。慌てず、必ず複数人で対処するのをオススメします。無理はしないよう、いざというときは退却する考えも頭に入れましょうね。みんなファイトです!』

 

「瑞雲は使わないのです? 空からみれば一発なのです」

 

「燃料ケチりたいからそれはナシ。それに自分の目で見て地形は把握したいしね……それとも何、この子解体して燃料取る気?」

 

「ノーコメントなのです」

 

 こちらの会話の内容は多分解っていないだろうが、体を傾かせてキョトンとしているような態度を見せたニ級に。「お前さんは気にしなくて大丈夫よ」、と、少し思うところがあったネ級は言った。

 

 簡単な身支度を整えて立ち上がる。妖精らに言った通りに、適当に島を探検しようと歩みを進めたとき。また砂を掻き分ける音が後ろから聞こえてきて、彼女が体の向きを変えると。ニ級が後を付いて来ていた。

 

 驚いた。水上ならまだしも陸地でも追いかけてくるのか。そう思った彼女は、しゃがみこんで相手に問い掛ける。

 

「……君も来るの?」

 

「グルルルル……」

 

「なるほどなるほど……妖精さん、OK?」

 

「のーぷろぶれむ、なのです」「「「怖いよぉ」」」

 

 いや、どっちだよ。心の中で彼ら彼女らに突っ込みを入れた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 森の中に入って一時間ぐらいは経っただろうか。

 

 これから先、特に用事なんて物に縛られているわけでもないネ級は、のそのそ付いてくるニ級に合わせてゆっくりと先に進んでいた。

 

 初めて来たときから思っていたが、それなりに大きな島だと改めて実感する。森や崖があるのは初日に見ていて、昨日には、飲める程度には水が綺麗な川を見付けていたが。更に山があったり、小さな小屋や廃墟が有ったりと、昔は人が住んでいたような形跡も視界に飛び込んでくる。

 

「昔は人が居たのかねぇ?」

 

「さぁ、神のみぞ知る、なのです」

 

「ぎゃあ! でっかいムカデがいたのです!」「いもむし!」「だんごむし!」「かぶとむし!」

 

「うぅ~わ止めてよ気持ち悪い! ……って妖精さんカブトムシ駄目なんだ」

 

 道のように開けた足場に転がっていた虫の死骸を、苦い顔をしながら木の棒で避けたりしながら進む。そんな時だった。

 

 背中の方から、木の幹をなぎ倒して何か大きなものが地面に転がり落ちるような音が聞こえてきて。びっくりして慌ててネ級は振り返った。

 

「あちゃ~……」

 

 岩か木の根か何かに引っ掛かったらしく、後ろでニ級が引っくり返っていた。

 

 体の構造上、こうなってしまうと自力では起き上がれないらしく。この深海棲艦は、仰向けになってしまった亀のように手足をパタパタして唸り声をあげ始める。

 

「ギュッ! グギュゥ!」

 

「あらららら。大丈夫?」

 

 流石にここまで来て見過ごすわけもなく。ネ級は重たいものを持ち上げる要領で、腰に力を入れて彼(彼女?)を起こしてあげた。

 

 どう言ったものか。一緒に行動するうちに段々と認識が改まっていく。このニ級が戦闘をしているところを見ていないのもあるが、ネ級にはなんだか可愛く見え始めてきていた。

 

「ドジなニ級なのです。ここが戦場なら、私にかかれば瞬きしてる間にアボンなのです」

 

「そういうこと言わずにさ。そもそも海に居るのにこんなところまで来てくれてるんだから」

 

「勝手に付いてきただけなのです」

 

「まあまあそうカリカリしないで」

 

 元を辿ればそもそも最初は人間だった自分と違い、相手は純粋な深海棲艦だからか。まだ警戒を解いていない妖精らをなだめつつ、ネ級は森のより深くへと歩く。

 

 

 

 

「すご…………」

 

「ほえぇ……おっきいのです」「「「「ですぅ……」」」」

 

 自分の腰ぐらいまで延び放題に生えた雑草を掻き分けて、先を進んだ先にあったものを見て。ネ級は立ち止まっていた。

 

 人が居なくなってそれなりの年数が経っているのだろう。手入れが行き届かなくなった雑草や木に隠されるように、廃墟になった大きな神社があったのだ。妙な存在感を放つ建造物に一行は気圧される。

 

「スピリチュアル!」「この島を出た奴らはばちあたりなのれす」「御詣(おまい)りませませ?」

 

「すごい立派だね……ちょっと入ってみようか」

 

「グルルルル…………」

 

 かなり年月を経たものなのか、ひびの入っている白い大きな鳥居を潜る。一応、ネ級はしっかりと礼をしてから、中央を避けて参道を歩くことにした。

 

 昔はさぞかし名のある場所だったんだろうな。お参りやお賽銭をする場所である拝殿(はいでん)(つた)や苔に覆われているが、大きさも相まって圧倒的な存在感を示している。それに彫刻などは朽ちて崩れているものの、境内(けいだい)の玉砂利も綺麗だし、全盛期の姿を拝んでみたいものだ。そんなように、場所に対する感想を抱いた時だ。

 

 唐突に妖精の一人が叫び声をあげたので、思わずネ級はびくりと体を震わせる。

 

「ぎゃぁっ!」

 

「ひゃあっ!? 今度は何?」

 

「へ、蛇なのです! めちゃデカなのです!」

 

 たかが蛇ごときで……。そう思いながら、渋々ネ級は妖精の指差す方向に体を向けた。

 

 視線の先に、真っ白な蛇が鎌首をもたげてこちらを視ているのを見付ける。

 

 すぐにとある有名な神社の事を思い出して。周囲を見渡してあるものを見つけると、「やっぱり」という呟きが口から自然と漏れる。ネ級ははにかみながら、妖精らに話し掛けた。

 

「…………妖精さん、駄目だよ怖がっちゃ。あれ、多分神様だから」

 

「いったい何を言うのです!? 冗談きついのです! すぐにデストロイなのです!」

 

「いやいやマジよマジ。結構真面目なお話」

 

 指を指すのは失礼か、と思って手のひらで方向を指しながら、ネ級はある場所に妖精らの視線を誘導する。

 

「あそこ、見えない? お清めの手水舎のところ」

 

「……………あっ!」

 

 目をぱちぱちさせる妖精らを見て、ネ級は笑顔を濃くする。

 

 彼女が妖精たちに見せたかった物。それは、手水舎の隣に配置された、とぐろを巻く蛇の彫刻だった。他の物が軒並み風化してしまって壊れていたが、これ1つだけは残っていたのだ。

 

「「岩国(いわくに)の白蛇」って知らない? 昔から日本で白いアオダイショウは神様の使いって言われてるんだよ? 金運・幸運ですっごいご利益あるって言うし」

 

「受け付けないものは受け付けないのです」「「「ですぅ………」」」

 

「あ~らら。バチ当たりな妖精さん。ニ級もそう思わない?」

 

「グルルルル……?」

 

 朝に変な目で自分を見てきた仕返しで、笑いながらネ級は妖精たちをおちょくる。彼ら彼女らは結構気に入らなかったようで、みんなそっぽを向いてへそを曲げた。

 

 そんな相手の様子など知らない様子で、うきうきしながらネ級は拝殿に目を向ける。神社仏閣を訪れるのは昔から嫌いなことではなかった事に加えて、人生で初めて訪れた白蛇神社に興味が沸いたのだ。

 

「……なんか運命感じちゃったかも! ちょっとお詣りさせて貰おうかな。妖精さんは?」

 

「勝手にするがいいのです! ふん!」

 

「ふふふ……じゃ、そーするね♪」

 

 肩や触手に乗っていた妖精達を降ろして。ネ級は鳥居での礼は済ませていたので、手水舎で体を清めてお詣りする事にした。

 

 作法に乗っ取って、柄杓(ひしゃく)で手早く左手、右手、口の順で水で清める。最後に持っていた道具の柄を水で流して準備完了だ。

 

 どうせもう使うことは帰るまで無いだろうし。意味もなく持ってきていた小銭入れからコインを1枚取り出しながら、ネ級はどきどきしながら階段を登っていく。

 

「……………」

 

 いざ賽銭箱と鈴を目の前にすると、改めてこの建物の存在感みたいな物に気圧された。他に本殿は見当たらないから、恐らく1つの神様を(まつ)っているんだろうか、等と考える。

 

 100円玉をそっとお賽銭箱に入れて、鈴を鳴らす。そして、ネ級は2回深いお辞儀をした。

 

「…………………」

 

 ちゃりちゃりと髪留めの鈴が鳴る。次に、ぱん、ぱん、と音が境内に響き渡るほどの強さで手を叩き、目を瞑って願い事をお祈りするのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 これから先は恐らくまだまだ自由な時間も有るだろうし、と思い。別に急ぐ意味もなく感じたネ級の考えから、一行は砂浜に戻る。

 

「神秘的な場所だったね~。何かご利益あるかな?」

 

「興味ないね。なのです。蛇を祀るなんて趣味が悪いのです」「「「ですぅ」」」

 

「えぇ~? なんでよ、白蛇って神秘的で綺麗じゃん」

 

 のんびりと雑談しながら、キャンプまで歩く。陸地の行動に慣れたのか、帰り道では後を追ってくるニ級の速度がほんのり上がっており、行きよりもそう時間はかからなかった。

 

 戻ったら日が落ちるまでは何をしようか。缶詰・魚合わせて食べるものはまだまだあるし、多分は考えてここを指定したであろう佐伯のお陰で水の心配も特に無い。入院していたとき並は無いだろうが、それでもなんだか暇を持て余しそうだ。

 

 考え事の最中、多少息苦しく感じて、付けっぱなしにしていた首輪の位置をずらしたときだった。

 

 動物的な野生の勘とでも表現するとぴったりか。何か、妙な空気感を察知して。ネ級は唐突にその場に立ち止まる。

 

「…………………。……!?」

 

「どうかしたのです? 鈴谷さん」

 

「妖精さんちょっと隠れるよ!」

 

 いきなり急停止したかと思えば、どこかを見て目を見開いた彼女に妖精が疑問を持つ。何を見たか教えられる前に、全員はネ級に取っ捕まれて草むらに放られた。

 

「ぴゃあ! いきなり何をするのです!」「「「です!」」」

 

「いや、アレ…………」

 

「ほんとにもー、何が……」

 

 冷や汗で顔を濡らし始めた彼女に呆れながら、妖精らは視線をネ級が指差す先に向けた。

 

 肌は真っ白なので深海棲艦か。中高生の女の子ぐらいの体格で、それでいて、背中の下辺りから体と同じくらいの、先端に怪獣の頭みたいな物がくっついた尻尾が生えている。ネ級と妖精の知識が間違っていなければ。戦艦レ級、という個体が居た。

 

 何をしているのか勿論その場の誰も知らないが、相手は設置していたテントをじっと見つめていた。

 

「ぴゃぁぁぁぁぁ!?」

 

「うるさいっての! このスカポンタン! ばれるっつーの!」

 

「ふぇぇ……」「もう駄目だぁ……おしまいだぁ!」「ざんねん! あなたのたびはおわってしまった!」

 

「勝手に殺すなっちゅーの!」

 

 とんでもない驚異が現れたとはいえ、流石にビビりすぎだと思ったネ級は一人ずつチョップして黙らせる。

 

 戦艦レ級。軍では1体につき、必ず3人以上で対応することが推奨されているかなり強力なタイプの深海棲艦で、落ち着こうと努力はしつつも、元々悪いネ級の顔色は更に蒼くなる。万が一、いい寝床を見つけたとばかりにあの場所を占拠されたらどうしようか、と思うと気が気じゃなくなりそうだ。

 

「…………? 変だな………」

 

 ただ、少し妙な個体だった。自分の知っているレ級は水着の上からレインコートみたいな物を羽織った姿をしている。が、この個体はカーディガンにスカート、その上からなぜかエプロンを付けている。普通の人間みたいな格好をしていた。

 

 また、種族(?)的には非常に好戦的で好奇心が強い性格をしているとも聞いている。なんでも、目についた気になったものは片っ端から壊していく、とも。が、今視線の先にいる相手は、少なくとも今現在は非常に大人しく見える。

 

 色々考えてとにかく目を離さずに様子を伺う。そのまま数十分が経過した。

 

 幸い、色々考えたことは杞憂だったらしかった。興味を失ったのか、テントの内外を物色したあと、レ級は去っていく。手には何も持っていないのを確認して、本当にただ見てただけか、とネ級は思う。

 

「………………どっか行ったね」

 

「命拾い!」「ぎょうこう!」

 

 良かったぁ………お詣りのお陰だろうか。流石に早すぎるが、そんなように考えてネ級は自分の心を落ち着かせる。

 

「でも危ないな……今後も来るかもしれないし。テントの場所ずらすかな。」

 

「賢明なのですさっさとずらかるのです!」

 

「はいはい。はぁ……」

 

 まぁ、全くの暇になるよかマシなのかな。驚異が完全に去ったのを見てから、彼女は足を動かす。

 

 チリン、と頭の鈴が鳴る。同時に軽いものが落ちて地面を跳ねる音が足元から聞こえて。ネ級が頭を下げると、髪止めが落ちていた。

 

 今日という日はそれなりに体を動かしていたから、段々下がってきてたのかな。特に深く考えず、物を拾うためにその場に屈んだ。

 

 その時だった。

 

 お辞儀みたいな体勢をとった彼女の頭上を、赤い光を放つ光線みたいな物が凄まじい勢いで通り過ぎる。考える暇もなく、森の出口の方でそれは炸裂したらしく、大量の石や砂が爆風と共に飛んでくる。

 

 意味が解らなくて唖然とするも、頭の中で目一杯に鳴り響く警告音に従って慌てて後ろを振り向く。背後で立っていた者の姿を見て。ネ級の顔はさっきまで蒼かったのが、それを通り越して白くなった。

 

 

「こそこそ嗅ぎ回ってたようだけど……そんなに向こう岸に送られたいのかしら? あなた。」

 

 

 腰ほどまである長い白髪をツーサイドアップの髪型に纏めて、上下水着姿の、上半身には丈の短い革製のジャンパーのような物を羽織っている。目を引くのは、この人物は両腕が猛獣の鍵爪のような形状をしていることだろうか。

 

 そんな格好をした女に。ネ級は、相手の身体的特徴を掴むに連れてどんどん顔色を悪くしていく。全身の嫌な汗が止まらず、遂には軽い吐き気まで覚えた。

 

 戦艦や空母の上、最強に危険だと言われる艦種。軍からは「鬼」とつけられているタイプの深海棲艦、「南方棲鬼」という個体が背後に居た。

 

 

 

 

 

 




新キャラ登場。なおこの南方さんはツインテではなく棲戦姫ヘア。

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