職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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13 イ・チ・ダ・イ・ジ!

 

 

 

 季節は夏の始めに差し掛かっているので、今日はそれなりに気温も高い日だったが。そんなものも関係なくなるような寒気に、今のネ級は頭がいっぱいになっていた。

 

 抵抗なんてしても無駄だ。逆立ちしたところで絶対に勝てない――そう思わせるだけの威圧感を放ち、砲の先を向けてくる南方棲鬼に。彼女はすっかり腰を抜かしてしまう。

 

「2日間も何もせず浜にいるから何をしているかと思えば……ねぇ。なるほど、小癪(こしゃく)な真似をしてくれるじゃない」

 

「…………………!!」

 

「人間と同じ格好をさせたネ級か。少しは知恵を回したようだけど、ロクに擬装もさせずに送ってくるのは流石、馬鹿なアイツらしいと言っておこうかしら」

 

 深海棲艦が流暢に話しているところは見たことがなかったので、こんな状況でも無ければ多少は感心していたかもしれない。

 

 しかし、今のネ級にそんなことを考える余裕は勿論なかった。話の内容はわからなかったが、明らかにこちらに敵意があり、更に機嫌が悪いことぐらいは理解でき。全身から血の気が引いていく気がした。

 

「まぁいいわ。死になさ――」

 

 南方棲鬼が砲の引き金を引こうとしたときだった。

 

 成り行きからネ級が連れていたニ級が、吠えながら彼女に体当たりをかます。

 

「ガアアァァァ!」

 

「「!!」」

 

 唐突に活動を始めた1匹の深海棲艦に、2人は驚く。予想していなかったニ級の行動に、思わず変な方向に砲を暴発させた南方棲鬼を見て、慌ててネ級は距離を取った。

 

 島の中を探るに当たって、ネ級は自衛として最低限の武器だけは持っていたので、すぐにそれらのスイッチを切り換える。そして、まずは相手の様子を見ることにした。

 

 敵を突き飛ばしたあと、機関砲のような物を連射して南方棲鬼を威嚇(いかく)していたニ級は、今度は彼女の足に張り付き。どこに収納していたのか、手に(もり)のような物を持って彼女を突っつき始める。

 

「グル! ゥゥ゛ル゛ル゛ルル!!」

 

「あっだ!? 何すんのよ! このぉ、離れなさいっての!!」

 

 体にまとわりつくニ級を、南方棲鬼が足や手を振り回して振りほどこうとするのがよく見える。

 

「…………っ」

 

 さっきの事がないのなら、なごむ光景だけれど……。ネ級は少し場違いな事を考えつつ、1個だけ持っていた砲を両手持ちで構えながら、ゆっくりと摺り足で下がっていこうとした。

 

 が、ネ級のその行動はすぐに終わりになった。背後に居た何者かに、どん、と体をぶつけたのである。

 

「―――えっ?」

 

 嘘でしょ? まさか―― 当たって欲しくないと思う考えというのは、何故かよく当たるらしい。後ろに居る何者かは誰か。最悪を考えていたネ級の予想は当たった。

 

 ゆっくりと。()び付いた機械のような動きで、体の向きを変える。

 

 目の前でニ級に翻弄(ほんろう)されている南方棲鬼の仲間だったのだろうか。先程どこかに行ったかと勝手に結論をつけたレ級が、自分の背後まで来ていたのだ。

 

「あ……ぁ………!」

 

「…………………」

 

 完全に目と鼻の先、相手との相対距離は30cmと離れていない。逆方向は南方棲鬼がおり、更には右・左方向に逃げようにも木々が邪魔でとても全力疾走なんてできる場所ではないのは、今日の散策で知っている。

 

 本当におしまいだ。逃げ道がどこにもない――

 

 自分よりも頭ひとつぶん背の低い人型の深海棲艦に、震えが止まらなくなる。戦艦級の個体というのは、艤装を付けた艦娘並の馬力があり、素手で鋼鉄をねじ切れる位の能力はあるのを知っているだけに。こんな至近距離から体を掴まれたら何をされるのか、等と変な考えばかりが浮かび、(すく)み上がってしまう。

 

 本能的な恐怖にネ級が体を強張(こわば)らせているときだった。いやにゆっくりに見える動きで、相手が自分の顔に手を添える様子が彼女の網膜(もうまく)に映る。

 

「……………!」

 

 無駄かもしれないが、歯を食い縛ってこれからやって来る事柄に耐えよう……等とネ級は目を細めながら考えていたのだが。本日2~3度目の嫌な想定は、幸運にも外れることとなった。

 

 何をしてくるのかと思えば。レ級はネ級の頬の肉を軽く詰まんで引っ張り始める。

 

「ひゃ!? ……!? ……??」

 

「………………」

 

 てっきり力任せに顔の皮を剥ぎ取られるんじゃないか。そんなように思っていたネ級は、普通の人間と大差ないような力加減で自分の顔、とくに絆創膏(ばんそうこう)を貼っていた頬を撫で始めた相手に拍子抜けする。当然、彼女の頭の中に大量のクエスチョンマークが浮かんだ。

 

 小さな子供がじゃれついてくる時のような手つきで、レ級に顔を弄られていると。ネ級の背後から、その体越しに仲間の姿を見付けたらしい南方棲鬼の声が聞こえてくる。

 

「レ級、いいところに来てくれたわね、コイツをどうにかしなさい!」

 

「……!」

 

 南方棲鬼の声に反応したレ級はネ級の顔から手を離し、ニ級の居た方へとのんびり歩いて向かった。

 

 暴れていた深海棲艦をさっと(すく)い上げるような動きでレ級は南方棲鬼の体から取り。彼女は抱えていたニ級をやさしく地面に降ろす。

 

 さっきからそうだが、妙に落ち着いた行動をするこのレ級にネ級は混乱する。姿格好もあるが、なにより自分の知っている知識とは今一噛み合わない行動をすることが、彼女の頭をかき回す要因になっていた。

 

 足に噛み付いてくるニ級を放っておきながら、レ級は服のポケットから手帳みたいな物を取り出すのがネ級から見える。それに何かを書き込んで紙を1枚破り、彼女は南方棲鬼に手渡す。

 

「何よこんなときに……って貴女ね!?」

 

「…………♪」

 

「笑ってる場合!? 早くこいつを始末するのよ!」

 

「……………」

 

 何が書いてあったのかは知らないが。渡されたメモ書きを読んだ南方棲鬼が叫んでいる。応対しているレ級は、対称的になんとも楽しそうな笑顔だった。

 

 ネ級に殺意をぶつける相手の言葉を聞いて、レ級は両手を交差させて大きな×印をつくって見せる。理由は不明だが、なぜかネ級を(かば)っているらしかった。

 

 「駄目!? どうして?」 そう言って軽く癇癪(かんしゃく)を起こしそうになる相手に。レ級はまた手帳に何かを記して1ページを破き、南方棲鬼に見るように(うなが)す。

 

「…………はぁぁぁぁ! 解った! 連れてけばいいんでしょう……全く」

 

「……♪」

 

「ちっ……なんて面倒な」

 

 ゴツゴツした手で頭をぐしゃぐしゃ掻きながら南方棲鬼が近付いてくる。何となく、身の危険は去ったらしいと思い、ネ級は武器を下ろして気を付けをした。

 

「アナタ、言葉は話せるのかしら? 話せるわよね? さっき森の中で何かと喋ってるのは見たけれど?」

 

「は、はい!」

 

「よォしなるほど、会話の通じない馬鹿ではないみたいね? じゃあ話も早い、私に着いてきなさい? 返事は?」

 

「はい!」

 

 強制的に会話がトントン拍子に進む。取りあえずは何かの誤解は解けたらしいので、それは素直に良かったと思うべきだろう。ただし、このときのネ級は、眼前の人物の、心の中に化け物を飼っているような粘ついた満面の笑顔に恐怖しか抱いていなかったが。

 

 そんなとき。唐突に遠くの方から爆発音のようなものをその場に居た全員は聞き付ける。間髪入れずにどこからともなく飛んできた砲弾で木々が数本薙ぎ倒され、砂ぼこりが巻き起こった。

 

 「今度は何!?」 訳のわからない事に巻き込まれてナーバスになっていたネ級は思わず叫ぶ。その様子を見て、南方棲鬼は驚いたような表情になった。

 

「……!? アナタ、本当に連中の仲間じゃないの?」

 

「れ、連中って何ですかぁ! 知らないよもぅ!!」

 

 いつもの飄々とした態度はすっかり彼方に飛んでいく。これっぽっちも心に余裕の無いネ級は、涙目になりながら必死に相手の言う「連中」とは無関係な事を訴えた。

 

「……なるほどね……状況が変わったわ。あなたも手伝いなさい」

 

「えっ」

 

「返事はハイかYESよ。じゃなきゃ殺す」

 

「りょ、了解!! うぅ………!」

 

「…………リョーカイ? 変なアイサツね」

 

 南方棲鬼に袖を引っ張られて。嫌々ながら、ネ級は砂浜のある方へと引き摺られていくことになった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 3人と1匹の深海棲艦が森を抜けて浜に出る。攻撃してきたのは何なのか。それは複数固まって行動している深海棲艦だ、という事が、すぐにわかることとなった。

 

 テントを張っていた場所から少し離れた場所、崖の近くに黒っぽい人型が固まっているのがネ級には見えた。相手の事を見て、南方棲鬼は舌打ちする。

 

「ふん…………随分とナメた真似をしてくれるじゃない。こっちから攻めないと知って」

 

「え……?」

 

 自分はともかくとして、なんで部下を引き連れて動くような姫級の深海棲艦が同じ深海棲艦に狙われるんだ?―― 色々と聞きたいことが山程あったが、この時には一番に疑問に思ったそれを、ネ級は問い掛けてみた。

 

「あの……」

 

「何よ」

 

「なんで深海棲艦に狙われてるんですか? 同じ生き物なのに」

 

「はああぁぁ? 貴女本当に何も知らないのね……っと」

 

 会話の最中にも対空機銃の弾が飛んでくる。南方棲鬼は敵とは関係のない方向を見ながら()わして見せ、ネ級は慌ててキャンプから引っ張り出した盾で耐えていなす。

 

 涼しい顔で、回避しきれなかった弾は拳で弾き飛ばしながら。南方棲鬼は全員に指示を出した。

 

「話は後。さっさと目障りな雑魚を片すのよ。貴女とそこのニ級は手伝いなさい……レ級は家で留守番よ、あそこの守りを固めてちょうだい。いい?」

 

「…………!」

 

 ビシ! と音が聞こえそうなキビキビとした動作でレ級は敬礼し、どこかに逃げていった。退散した彼女から南方棲鬼の目線がネ級に移る。鳥肌を立たせながらネ級は「ハイ!」と従う返事をする。

 

「イーコイーコ。素直な犬は好きよ……さて」

 

 南方棲鬼の瞳が、強膜の部分まで真っ赤に光った。

 

「そんなんじゃ楽しめないだろうがァ!!」

 

 足場の砂を蹴って大量に巻き上げ、凄まじい加速をかけながら彼女は敵の群れに突っ込んでいく。埃にむせながら、ネ級はその場にしゃがみこむと、誤射に気を付けて援護射撃の体制を取る事にした。

 

 両手で武器を構えてアイアンサイトを覗き込んだときだった。さっきまではだんまりを決め込んでいた妖精らが話し掛けてくる。

 

「深海棲艦の言うことを聞くのです?」「「「でーす」」」

 

「しょーがないでしょ。鈴谷があんなのに勝てると思う?」

 

「「「絶対に無理なのです」」」

 

「断言しなくたっていーじゃん……」

 

 妖精らの呟きに耳を傾けつつ。あまり当てようとは考えずに、敵の邪魔を念頭に置いて狙撃を行う。南方棲鬼はというと、ネ級の援護で怯んで動きの止まった者から、爪で切り裂くなりして重巡・軽巡の深海棲艦を血祭りにあげているのが、遠くからでも確認できた。

 

「…………。おっそろしい」

 

 およそ人間には不可能な動きで右に左にと彼女は跳ね回るように動いている。弾の節約がしたいのか、南方棲鬼はネ級に撃ってきたような主砲は使わず、機銃と格闘で次々に敵を張り倒していく。それに遅れる形で、のそのそとニ級が敵に近付いて砲を撃っているのも見える。

 

 体から漏れ出ているような赤い光が残像を描くような速度で動く彼女に。敵ではなくて本当に良かったと思う。同時にネ級は、間違っても喧嘩など売って勝てる相手ではない、とも再度悟ることになった。

 

「………………。」

 

 呆けている場合じゃないか。援護の続きをしなければ―― ネ級がそう思ったとき。全く注意を向けていなかった方向から飛んできた砲弾に、後頭部を強打する。

 

「あ゛っだ!」

 

「不注意が過ぎるのです!」「「「です!」」」

 

「うっさいっての!」

 

 ゴチン!という鈍い音が響く。粗悪品の弾は炸裂することなく、ネ級の頭に跳ね返って浜の砂に埋まっていった。たんこぶの出来た頭を抑えながら身を(ひるがえ)すと、重巡リ級と軽巡ツ級が1体ずつ立っている。

 

「こんのぉ! うりゃー!!」

 

 両手に抱えた主砲をツ級に撃つ。上手く急所に当たったらしく、敵の火薬に引火し、ツ級は艤装の暴発に巻き込まれて炎上大破した。

 

 爆煙にむせそうになりながら、慌ててネ級は距離を取る。

 

「テントの近くは……ちょっと危ないか」

 

 キャンプには食糧・衣類・地図……必要な物が大量に置いてある。間違って吹き飛ばしたりしたらそれこそ一大事だ。素早く頭を回転させて結論を出し、ネ級は一旦離れた場所で戦うことにした。

 

 敵に(きびす)を返して全速力で走る。案の定こちらを追い掛けてめちゃめちゃに砲弾をばら蒔き始めたリ級に、彼女は補足されないようにジグザグに逃げる。

 

「………………」

 

 眼前に森が迫ってくる。ちょうどいいや―― 木々を使った反撃を思い付き、ネ級は構わず走り続ける。

 

 林の中、倒れた木の近くにあった切り株を足場に、脚の筋肉を総動員させて飛ぶ。そのまま木の枝に一瞬だけ飛び乗ると、そこから片足を軸にして方向転換しながらネ級は敵の頭上を狙ってジャンプした。

 

「このォ――ッ!」

 

 リ級の頭上めがけたトップアタックを敢行する。真上から大量に降り注ぐ爆薬と弾頭の嵐に敵は成す術もなく膝を折った。肩と頭を撃ち抜かれた相手は、土下座するような体勢で地面に倒れて動かなくなる。

 

「やった! うわぁっ! ……と。うぅ…砂だらけ……」

 

 着地に失敗して砂浜に尻餅を着く。が、すぐに前転して立て直し、周囲に目線を飛ばす。遠くの方ではまだ南方棲鬼が残った敵に応対していた。

 

 すぐにまた後衛に戻らないと―― 狙撃による援護に最適な場所を探すべく、ネ級は駆け出した。

 

 

 

 

「…………ちっ」

 

 ネ級が増援の深海棲艦に絡まれ、それらの対応に追われていた頃。南方棲鬼は予想していたよりも数が多かった相手に、思いがけず苦戦を強いられていた。

 

 ネ級の知るところでは無かったが、彼女は島に住んで1年と少しを過ごしている。ということで、地の利は自分にあると信じていた。が、流石に10数体もわらわらと殺到してくると、対処に苦労するのは必然だった。一応はニ級も応戦に参加していたが、驚異ではないと判断されたのか、敵は駆逐艦を無視してこちらばかりを狙ってきている。

 

 どこからともなく、いつの間にかに増えていた戦艦ル級に、不意を突かれて撃ち抜かれた肩を押さえる。痛みに(もだ)えながらも、砂浜を駆け回って敵に照準を付けられないように動き続ける。自分の流す赤い血を見て、改めて、攻め混んできた深海棲艦らへの怒りが沸いてきた。

 

「―――――――!!」

 

「この程度の攻撃……ナメるな雑魚が!!」

 

 聞き取れない叫び声を挙げるリ級に。一瞬で距離を詰めると、一思いに鍵爪でその体をズタズタに引き裂く。断末魔すら言えずにその個体は絶命した。

 

 仲間意識というものが薄いのか。リ級の死体に弾が当たることを(いと)わず、自分に向けて一斉砲撃をしてくる一群に、南方棲鬼は険しい表情のまま、腕に突き刺さった遺体を敵の群れ目掛けて放り投げた。

 

「人形遊びでもしていろ」

 

「――!?」

 

「――――!」

 

 この行動は予想していなかったのか、ほんの数秒間攻撃が止む。隙を見計らい、南方棲鬼は人混みを一気に突っ切る。そのまま2体ほど轢き殺すように敵の数を減らすと、彼女は崖へ向かって走った。

 

「これでふたつ……」

 

 足蹴にした岩が砕けるほどの脚力で上に飛び、爪を岩肌に引っ掻ける。速度が死なないよう、崖に体が掛かったと思った瞬間、南方棲鬼は岩に足跡を穿(うが)ちながら壁を走ってひたすら上を目指す。

 

 コンマ数秒下を見る。追い掛けてきていた深海棲艦達は流石に登ってきて追ってくる様子は無かったが、自分の真下に集まってこちらに攻撃してきていた。

 

「……ふ、フフフ……」

 

 ばーか♪

 

 心の中でそう呟く。

 

「いらっしゃぁい……歓迎するわね♪」

 

 準備が整った―― そう思った南方棲鬼は腕を岩に突き刺して減速する。そして、そこを軸として体の向きを敵側へと変え、崖に両足を突き刺して体を固定する。

 

 温存していた弾を遠慮なく撃ちまくる。下に集まってきていた深海棲艦らを狙い撃ちにした。

 

 ほどなくして全滅できるはずだ――南方棲鬼はそう思っていたが。しかし多少甘く設定した想定は少しだけ外れる。

 

「…………?」

 

 爆風と砂ぼこりの巻き起こっていた場所から、先程の一斉射よりも遥かに規模が小さいが、自分に向かって幾つかの攻撃が飛んでくる。何かと思ってよく目を凝らして観察すると、戦艦ル級の1体が、死亡した仲間を盾にしてこちらを狙っていた。

 

「…………。気に入らないな……そういうの」

 

 その場にしゃがんでから一気に足を伸ばして壁から身を投げる。自由落下の勢いのまま、南方棲鬼は最後に残ったル級の体を潰した。

 

「おちなさい……フン」

 

 呆気なく、仲間を肉壁にしていた個体は即死する。

 

 これで終わりか。雑魚の分際で、私の体に傷なんて付けて…… 南方棲鬼が呼吸を整えながら、手に付いた血を、足元の砂を(すく)って取っていたときだった。

 

 重なっていた死体の山を吹き飛ばして戦艦タ級が1体立ち上がる。とどめを刺せていなかったらしい。

 

「!?」

 

 反射的に両手で顔を守る。すると、遠方からの援護射撃でそのタ級は体勢を崩した。弾の飛んできた場所にちらりと目をやると、ニ級とネ級が立っている。

 

「ふ~ん……」

 

 どうやら使えない雑魚どもとは少し違ったらしい。

 

 それなりの距離があったが、ネ級は綺麗に頭部や脇腹等の急所を的確に撃ち抜き。最低限の弾数でタ級を射止める。おどおどとしていた先程の様子とは裏腹な手際の良さに、ほんの少しだけ南方棲鬼は彼女への認識を改めた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 戦闘が終わり。南方棲鬼が、倒した深海棲艦を岩に囲まれたため池のような場所に放って処理を始めたので、それを手伝い。ネ級とニ級は、着いてこいと言う彼女に付き従って、「家」なる場所へと歩いていた。

 

 小一時間ほどの応対を通して、取り合えず今は驚異ではないと判断したのか、南方棲鬼の前では隠れていた妖精らは、ネ級の触手から出てくると、彼女の肩に乗って腰を落ち着ける。

 

 2~30分経った具合だろうか。歩いている途中に、南方棲鬼はネ級に質問した。

 

「……そのヘンなの、なに? 見たことないわそんな生き物」

 

 ネ級の肩を指差して言う。艦娘と日夜戦闘しているだろう深海棲艦だから知っているんだろうと勝手に思っていたが、妖精を見るのは初めてらしい。「変な生き物」と言われて彼女らは声を荒げる。

 

「サマをつけろなのです! この深海棲艦!」「「「です!」」」

 

「ん~? ぷちりと潰されたいのかしら?」

 

「「「ぴぃっ!? ぼ、暴力はいけない!」」」

 

 暴言を吐かれて腹が立ったのか、南方棲鬼は鋭利な指先で妖精の一人をつまむ。発言が冗談に聞こえなかったネ級は、苦笑いしながら妖精らに代わって口を開いた。

 

「あんまり(おど)かさないであげてください。大事な友達なんです」

 

「ふ~ん? 騒がしくて敵わないわ。アナタ気が長いのね」

 

「まぁ、人並みには。」

 

 努めて穏やかな態度と言葉選びで穏便に済ませようとすると、相手にはつまらなさそうな顔をされて。南方棲鬼に内心ではどう思われたかが読めなかったネ級は、少し不安になる。

 

 話し相手がそんなことを考えているのは勿論知らず。南方棲鬼は、今度はネ級が自分に対して施した傷の手当てについて質問する。それなりに深い傷で血の流れも激しかったので、見かねたネ級は南方棲鬼の腕と額にガーゼと包帯を巻いていた。

 

「あと……どこで教わったの? こんなこと」

 

「独学です」

 

「ど……? なんだって?」

 

 「独学」という言葉を知らなかったらしい。慌ててネ級は訂正する。

 

「人間から教わりました」

 

「人間から……? へぇ、酔狂なのも居たものね」

 

「…………? 驚かないんですか?」

 

「別に。陸地大好きな奴を知ってるし。人間も同じくね。たまにここに寄っては、聞きたいと言ってもないのに土産話を持ってくるわ」

 

「へぇ……」

 

「で、聞きたいんだけど、何があって人間と関わり合いになったの?」

 

「!!」

 

 ネ級の全身に鳥肌が立つ。何も考えずに喋ったものだから墓穴を掘ってしまった。急いで言い訳を考えないと―― 南方棲鬼の見えないところでびっしょりと冷や汗をかく、そんな心境のとき。妖精の一人が助け船を出した。

 

「ネ級しゃんは、昔サーカス団に拾われて働いていたのれす」「「「です~」」」

 

「さーかすだん???」

 

「!! ひ、人の前で見せ物をするんです! 高いところから飛び降りたり、芸をやったり」

 

「へぇ…………」

 

「海から浜に流れ着いていたのを、そこの団長さんが拾ったのです。僕らもそこの一員だったのです」「「「です!」」」

 

「ふ~ん。だから一緒にいるんだ」

 

 妖精さん……本当にありがとう!! ネ級は心の中で感謝の言葉を叫ぶ。咄嗟に言い訳がつかなかったら何をされていたか……と考えると、再度背筋には冷たいものが流れる気分だった。

 

 次に来る発言を予想して、ネ級は服のポケットに手を入れる。案の定、南方棲鬼から予想通りのリクエストがきた。

 

「ねぇ」

 

「はい」

 

「そのサーカスっていうの。なんで抜けたかは聞かないわ。でも、芸っていうの? 何か見せてよ。じゃなきゃ撃つわよ」

 

 本当、乱暴な人だな! 最後の一言が余計すぎる、と思いネ級の顔はひきつる。

 

「ええと、じゃあ」

 

 ネ級は真顔でその場に立つと、自分の持っていた筆記用具を4本取り出す。

 

「…………? それで何をするつもり?」

 

「まぁ見ていてください」

 

 目を瞑って軽く精神統一を済ませると。持っていた物を2つ、自分の真上目掛けて軽く投げた。

 

 物が落ちてくる前に、左手をポケットに突っ込み、空いた利き腕だけを使ってペンでジャグリングを始める。

 

「よっ……んしょ」

 

「へ~ぇ……また妙な事を」

 

 タイミングを見計らって残りの2本を左手で投げ、両手での曲芸に切り換える。まさか、昔暇なときにやっていた事が変なときに役に立つんだな。そんなことを思いながら。ネ級は回していたペンを1つ取ると、その上に3本を器用に立たせて見せた。

 

「よっ……と。以上です」

 

「ふ~ん…………まぁいいでしょう。殴るのはいつかまた今度にしてあげる。」

 

「…………殴!? え!?」

 

「フフフ……冗談よ。早く行きましょう」

 

「……………………」

 

 にやりと笑った相手のうっすらと光る赤い瞳が細く歪む。どうにも、心の読めない人だ。ネ級はそう思う。

 

 

 

 

 程なくして目的地に着く。建っていた建造物を見て、ネ級+妖精一行は本の少しだけ驚いた。

 

 深海棲艦の家などと聞いて、てっきりボロ小屋を改造した秘密基地みたいな物かと勝手な想像をしていたのだが、そんなものとは話にならない。普通に人が暮らすような平屋があって、おまけに周囲にはよく手入れされた庭が有り。この島の状況からすれば異常と言える普通さの家を、多少不気味に感じる。

 

「ニ級はそこの池にでも放っておきなさい。中には入れれないから」

 

「はい。…………ニ級ちゃん、待っててね?」

 

「グァ!」

 

 慣れたらかわいいもんだな、と思う。自分の言い付けを理解してのそのそと水の中にニ級は入っていった。ネ級は続けて案内をする南方棲鬼に着いていきながら、池にぷかぷかと浮かび始めたニ級に手を振って別れた。

 

 大きな手で南方棲鬼は器用に引き戸を開ける。中は土足らしく、入り口に特に玄関と明確に区切る場所などはない。

 

 戸をあけたすぐの場所にレ級が居た。掃除でもやっていたのか、手にはちり取りが握られている。

 

「戻ったわ。悪いけど、何か作ってくれる? 疲れて眠いのよ」

 

「………………」

 

「えぇ、ありがとう。……何突っ立ってんの? 中入りなさい」

 

「お、お邪魔します」

 

 周囲に目を配りながら中に入る。

 

 外見と同じく、内装もそれなりに立派な家だ。木目の内装に合わせてか、置いてある家具も、木製かそれに類する模様の付けられたものばかりで統一してある。乱暴な性格だが趣味は良いのか、それともこれらはレ級が用意したものなのか……等と絶えずネ級は考える。

 

 廊下を歩いていて、「己を律せぬ者に 勝利はない」と書かれた掛け軸だけが妙に浮いており、少し笑いそうになったとき。リビングのような少し開けた部屋で、南方棲鬼に話し掛けられた。

 

「そうだ。アナタ人間のところで暮らしてたのよね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「じゃあ、レ級と何か食べるもの作っておいてちょうだい。拒否権は無いわよ」

 

「え」

 

「調味料はヲリビーの奴が持ってくるの。それを勝手に使いなさい。私は疲れたから寝るから、じゃあね」

 

「え? いや、オリビーってなんですか? ちょっと」

 

「……………………zzz」

 

「ね、寝付きが良すぎる……!」

 

 質問する暇すら与えてはくれず、相手はソファに寝転ぶとすぐに眠ってしまった。横に立っていたレ級に視線を移すと、彼女は微笑みながら南方棲鬼の体に薄手のタオルをかけている。

 

 簡潔に言って、正に「傍若無人(ぼうじゃくぶじん)」という言葉がぴったりな人物だ。と、ネ級は南方棲鬼に対して思う。そんなときだった。レ級が手帳を手渡してきた。

 

「?」

 

「………………」

 

 (めく)って中を見るような仕草をしてきたので、指示通りにページを開く。先程から思うが、全く声を出さない彼女は喋ることが出来ないのだろうか、等とネ級は思う。

 

 紙に書かれた事を読もうとしてギョッとする。今まで見たことがないような達筆な字で文字がつらつらと記されている。思わずレ級の顔と手帳とを2度見する。妙な動作をしたせいで相手が目をぱちくりさせるのが見えたので、ネ級は慌てて手記の内容に目を通した。

 

『殺すとか殴るとか言われませんでしたか? 心配しないでください。(ミナミ)さまは優しい性格をしていますから、実行に移すことはないでしょう』

 

『キッチンでお昼の準備をします。お手伝いして頂けませんか?』

 

 内容を見て、またレ級の顔とを見比べる。どういったものか。穏やかな性分が(にじ)み出ているような丁寧な文章に、ネ級の相手への警戒心は(ほぐ)れていった。

 

「ええと、私などで良ければ」

 

「……!」

 

 返事をすると、レ級の表情はぱあっと明るい笑顔になる。不覚にも可愛いと思った。

 

「…………♪」

 

「………………はぁ」

 

 無言だがどこか楽しそうな彼女の後に着いていく。

 

 ここから先の島での生活。少なくとも暇は無さそうだな。ネ級は小さなため息をついてそう思った。

 

 

 

 




深海棲艦も使えるようになんねぇかなぁ

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