たぶん18~20話とかは更新が早いかも()
レ級が料理をすると聞き。「深海棲艦が料理???」なんて考えてネ級は怪しい顔になっていたが、そんな
陸にいた頃は、普段は自分一人で適当な自炊しかしていなかった身としては、ネ級の目にはレ級の手捌きはとてつもなく手際がよく見えた。包丁やフライパンなどの調理器具を使う手に迷いがなく、その熟練度合いに少し驚く。
どういうわけか、普通に人間も食べる食材がつまっていた冷蔵庫から拝借した食材で、ネ級が適当な惣菜を1・2品目作る頃には。彼女はもうメインディッシュの用意を済ませていて、プロの料理人レベルの力量を自然と見せ付けてくる姿勢に舌を巻いた。
南方棲鬼のオーダーから一時間も経たずに用意は終わったので、レ級は寝ていた彼女を起こしに行った。何をしようか少し迷ったネ級は、料理の皿を運ぶことにする。
「すごい手際の良さだったね。あの人」
「めちゃ早なのです。鈴谷さんよりテクニシャンなのです」
妖精の一言多い発言に、多少機嫌を損ねつつ。ネ級は彼女が作って置いていった揚げ出し豆腐と煮魚に目をやる。出汁や調味料の香りが食欲をそそる点もあるが、見た目にも気を使って綺麗に盛り付けてあるのに、性格が出ているな、等と勝手に思う。
「ばーか、私はね、一芸は極めない代わりに多芸なの!」
「それはただの言い訳なのです」
「いちいち一言多いね!?」
服の中や触手に隠れていた妖精らと口論しながらも、ネ級は両手と触手を駆使して物を運んだ。
リビングに戻り、椅子が用意されていた場所に皿を並べる。2回の往復で全員分の料理を並べ終わる頃合いで、丁度、レ級に肩を軽く叩かれていた南方棲鬼が目を覚ました。
「ふぁ……ぁあ。レ級、出来たの?」
「…………♪」
「あぁ、そう。今日も美味しそうね。流石だわ」
さて。自分も座って食事するべきなのだろうか。勝手に座るのはどうかと思って彼女の指示を待っていると。何をしているんだ?とでも言いたげな表情をした南方棲鬼に指示を受けた。
「……何しているの? 座ればいいのに」
「は、失礼します」
意味があるかはわからなかったが。ネ級は礼儀作法に乗っ取って、努めて丁寧に椅子に腰を落ち着けた。
ぴしっと背筋を伸ばして座った彼女に目もくれず、南方棲鬼は腕に嵌めていた装備をその辺に放り投げ、スプーンを引っ付かんで昼食に手をつけ始める。どうやらネ級の心配は杞憂に終わったらしい。
「ふ~。落ち着く。貴女が世話係で助かってるわ」
「………///」
「……いただきます。」
腕の鍵爪は外せるのか、等と考えながら、料理人を褒める女と、それに照れる女とを見る。一応、食事の挨拶をしてからネ級は料理を口に運んだ。
じんわりと、薄味の醤油の香りと風味が口に広がる。出汁に浸されてまだ時間もさほど経っていないからか、揚げた豆腐の食感も損なわれてはいない……はっきりいってここ数日の疲労が吹き飛ぶ美味しさだった。
「はあぁぁ……――!」
すごく久し振りにまともな手料理を食べた気がする―― 白米が欲しくなったがそれは贅沢か、と思って箸を進める。最近は缶詰か店売りの惣菜ぐらいしか食べていなかったネ級は、人の温もりを感じる昼食に感謝しながら、用意された食べ物を味わった。
3人と妖精らが食事を楽しんでいるとき。唐突に「そう言えば」、と南方棲鬼が口を開く。
「えぇと。貴女はネ級でいいのよね」
「? はい」
「そ。じゃあこれからもネ級って呼べばいいのね」
彼女は続ける。
「何か聞きたいんでしょう? 貴女さっきは何も知らないって言ってたけど。答えられる範囲で言うけど」
「質問、ですか」
さっきまでは文字通り殺気をぶつけてきていたのを、急に態度を柔らかくした相手に。ネ級は、手元で自分の用意したサラダを食べている妖精を見ながら呟いた。
「改めて聞きます。どうして深海棲艦から襲われていたんですか? 貴女のような強い方が」
「あぁ、そんなこと。……レ級、いい?」
ネ級の質問に、南方棲鬼がレ級に何かの許可を求めた。彼女が無言で頷いたのを見てから、相手は答える。
「アナタ、陸で暮らしていたのよね。そしてそこから海に出て今に至ると」
「まぁ、そんなところでしょうか」
「じゃあ知らないか。そもそも深海棲艦って三種類居るの知ってる?」
種類? 「危険度」の事だろうか。軍に居たときの知識でネ級は聞く。
「ノーマル、エリート、フラグシップですか?」
「……???」
「あ、いえ何でもないです。すいません」
軍では深海棲艦のタイプを三種類に分けている。具体的には青・紫色の発光体を持つ個体をノーマル、それよりも強い赤い物をエリート。最後に黄色い光を放つ強力な個体がフラグシップで、ごく希に現れる、青と黄色の2つの光を放つものを
「……? まぁいいわ。1つは話の通じるやつ。2つ目は通じないやつ。3つ目は黙って着いてくる奴よ」
「はぁ」
「そもそも深海棲艦って、強い奴には弱いやつが自然とくっついてくるそうよ。あのニ級、たぶん3つ目でしょうね」
「貴女やそちらの方、それと私は1つ目だと」
「理解が早い子は好きよ。そう。で、さっきみたいな雑魚は2つ目。そもそも思考能力なんてない、ただただ同じタイプ以外の目に写ったあらゆる生物を殺そうとする。迷惑きわまりないからやめてほしいわ」
「へぇ……」
少し、驚く。正直言って全て2番目だろうと思っていたネ級には、話を読み解くと、きちんと人間的な思考回路を持つ個体が一定は居るらしいという事に興味を引かれる。
「私はね。人間と戦うのが嫌でここに居るの」―― ふーん、と聞き逃しそうになるが、相手の口から飛び出した重大発言にネ級は食いつく。
「何かあったんですか。貴女ほどのお強い方が」
「何か買い被ってるようだけど、強くもなんともないわ……嫌なのよ。痛いのは」
「……………」
「意味がわからないのよ。艦娘は年々強くなっていくし、なのに抵抗はやめないし。やつらは味方まで攻撃するし。面倒臭いのよ……」
「…………。そうですか」
頬杖をついて彼女はぼうっと虚空を見詰める。「痛いのは嫌だ」と言ったこの人物に、ネ級は、昔に読んだ南方棲鬼についてのレポートを思い出す。
数こそ普通の深海棲艦より少ないが、鬼・姫級の個体も複数は存在するらしいことは今の艦娘達の知識としてスタンダードである。中でも南方棲鬼には火力の高さや武装の豊富さ、と言うものに混じって、ある最大の特徴があった。
それは、ある一定の部分の体質が、人間とそう変わらない程度の硬度しか無い、というものだ。当たりどころが良ければ一撃で死亡したという記録もあって、ネ級は当時はそれをみて驚いたことをよく覚えている。
上着を脱いでほぼ下着姿のような彼女の、はだけている地肌を目を凝らしてみれば、大きな怪我を治療した古傷が幾つかあるのを確認する。自分の知識が正しくて、彼女もそれに該当するのなら―― 姫級より遥かに格下の深海棲艦の攻撃で先程怪我をしていた事も、今の彼女の腕に巻かれた包帯を見て考える。
軽く鉄筋コンクリートすら吹き飛ばす攻撃飛び交う中で、防御能力は歩兵みたいなものが戦うような物か……そりゃあ、確かに嫌にもなりそうだ。
「嫌で嫌でたまらないからちゃっちゃと逃げたのよ。味方の居た場所からね……酷い目にあったけれど」
「酷い目。」
「味方だったはずの連中から、後ろから撃たれたのよ。おかげでレ級は後遺症で喋れなくなったし、口封じなのかこうやってたまに襲い掛かって来る奴等もいるし……本当に嫌になる」
「…………」
「ここに来てどれぐらい経ったかな……え~と、インキャ……じゃない。そんきょ? でもないや」
「
「そうそうそれそれ。貴女、教養があるのね。珍しい」
「え、いや、あはは……アリガトウ……」
今日という日に至るまで、苦労が絶えなかったらしい。話の途中で鼻を啜りながら、南方棲鬼は涙目になっていた。そんな彼女のあまりにも人間的な態度に、ネ級の思考は半ば停止しつつあったが。
「レ級さんとはどのようなご関係で」
「あぁ、言っていなかったわね……この子は私に良くしてくれるわ……信じられるのはもうこの子だけ」
「はぁ」
「まだここに居なかったときにね。世話係が欲しいと思って、誰か居ないかって言ったら来てくれたのよ。本当、助かってるわ」
南方棲鬼が会話をしているとき。ふと、ネ級は膝に何か当たっている感触に、机の下に視線が行った。
すると、斜め向かいに居たレ級から、南方棲鬼には見えないように、下から手紙を突き付けられていた。意図はわからなかったが、空気を読んでネ級は話しながらもそれを受け取る。
「重宝してるわ。身の回りの世話はしてくれるし、ご飯は美味しいし。けどこの子、レ級なのに弱いのよね」
「…………。」
「あぁ、別に責めてる訳じゃなくてね? えぇと……」
後でメモ書きは読もうか、等と思ったとき。ストレートな意見を口から出力した主に、先ほどまで笑っていたレ級は悲しそうな顔に切り替わる。どうやら南方棲鬼とは対照的で、ナイーブで優しい性格をしているのだろう事を、何となくだがネ級は察した。
「何となくわかりました。優しいお方なんですね」
「私からすれば優しすぎるわ。殴られても無抵抗なのよ? だからこんなことに」
「………///」
「……なんで照れてるのアナタ? 褒めてないわよ別に今のは」
前言撤回。かなり天然も入っているのか? 南方棲鬼の苦言に、なぜか顔を赤くして髪を弄り始めたレ級にそう思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3人+αが食事を終える。戦闘の疲れが抜けないと言ってまた昼寝を始めた南方棲鬼をリビングに置いて、ネ級はレ級の案内に従って彼女の私室に来ていた。
「おじゃましま~す」
「なのれす」「「「「ですぅ~」」」」
部屋に入ってすぐ、中に漂っていた
小さな机や椅子が並べてあるのが目につく。中は綺麗に整頓されていて、このレ級は几帳面な性格なのだろうか、等と思案を巡らせたときだった。相手から座るように促される。
「…………」
「えっと、どうも」
用意した椅子にネ級が座るのを見てから。キャンプ用に使うような組立式の机を手早くセッティングし、自分用の椅子を置いて、同じくレ級もそれに座る。
「………………」
食事の時にネ級が貰ったメモには、「後で私の部屋に来てください」とだけあった。落ち着ける状態になって、何をするのだろうか、とネ級が思うと。レ級が手帳の1ページを寄越してきた。
『話のあとも じいっと南さまを見てましたよね 何かあったんですか?』
「あぁ。えっと」
雑談でも始めるつもりなのかな? ネ級は適当に答える。
「私よりも胸が大きいなって」
どんな真面目な理由があるのか、と勝手に考えていたらしい妖精らとレ級は予想外の答えにズッこけた。
「な、何を言ってるのです??」
「私もスタイルに自信あったのに……負けたって思って……」
「…………////」
「あの状況で考えることじゃないのです……」「「「鈴谷さんのえっち!」」」
「うっさいな、朝におっぱいに座ってたのはどこのどいつだ!」
「「「ぎくり!」」」
胸を両の掌で持って妖精と喋るネ級を見て、レ級は顔を真っ赤にする。ぷるぷる震える手でネックウォーマーを口許まで引き上げながら、彼女はまた手帳のページを相手に渡す。
『おっぱいのお話はまた今度でお願いします。今は別にお話ししたいことがありますから』
「あぁ、ごめんなさい」
ネ級は謝る。レ級は、急に変な話を振られて、顔を赤くしたまま手帳に筆を走らせている。触れ合う時間が増える度に比例して増えていくこのレ級の可愛いげのある態度に、ネ級は思わずにやける。
「別にお話ししたいこと。なんです?」 特に考えずに言うと。ほどなくして言いたいことを書き終えたレ級が紙を渡してきた。
「どれどれ」
ネ級は頭の片隅にすら想定として置いていなかったような返答が返ってくる。
『私は元は人間です』
数秒、思考が停止した。今日初めて南方棲鬼に会ったときの驚きなど遥かに飛び越える。
「……………え?」
「「「「………は???」」」」
考えることは妖精たちも同じだったようで。彼ら彼女らもネ級と同じく少々間抜けな顔を相手にさらす。
先程の仕返しのように。ニコニコ笑いながらレ級は続けた。
『だった、と言うことだけですが。前世の記憶なんてこれっぽっちも覚えてません。ただ、私を作った方が、人の死体から私を作ったと言っていました』
『それに、どうして一緒に居るのかはわからないけど、「妖精さん」ですよね?』
『艦娘さんの事は詳しくないけどそれぐらいはわかります。もし良ければ、ネ級さんのお話も聞かせて頂けませんか?』
目をぱちぱちさせながら、ネ級と妖精たちは顔を合わせる。
「どうする妖精さん」
「あわあわあわあわあわ、慌てるにはまだまだまだまだ早いはやっ、はやややや!」
「慌てすぎでしょ」
相当驚いたのか、ぶるぶる震えながら
「ごめんなさい。今はまだ、ちょっと……」
「……………」
「色々あった、とだけ。すいません」
怒るだろうか―― そう思ったが。レ級はネ級が思ったのとは逆の言動を取った。
『構いません。落ち着けるとき、また聞かせてください』
「!!」
『何か聞きたいことは無いですか。答えられる範囲で、この海のことならわかりますよ!』
優しげに微笑みながら、レ級はそう伝えてきた。
どこから見ても。少なくともネ級には、この深海棲艦の表情は人間と何ら変わりないものに見えた。
数分黙って心を落ち着かせる。ネ級は相手の好意に甘えて、提案にのって幾つか質問をすることにした。
「作られた、って言いましたよね。その、深海棲艦って何なんでしょう……」
「?」
「あぁ、えぇと。機械みたいな、それでいて生き物みたいなのも居るし……陸だと、誰かが大昔に作った生物兵器が暴走したんじゃないか、とか言われてるんですよ」
漠然とした掴み所がない愚痴みたいな発言だったが。レ級は意図を汲み取ってくれたらしく、彼女なりの答えを発してくれた。
『南さまも仰っていましたが、簡単に三種類居ます。それは割愛しますが、更に絞ると二種類まで圧縮できます』
「二種類?」
『私もよくわからないので、深海棲艦の成り立ちとか、発生とか、そういうのはわからないんです。でも、機械を元に作られる物と、動物の肉などを元に作られる物とが存在するのは知っています』
ネ級が読んでいた途中の物に、『私は人の遺体という肉からできていますから、後者ですね』と付け足してレ級は続ける。
『深海棲艦は普通の生き物とは違います。人が住んでいた島なんかを改造して「工場」みたいな物を作っています。その中で、そこを仕切っている姫級の深海棲艦が低級の深海棲艦を作り、海に放流しています』
「へぇ………魚の養殖みたい」
『いい表現です。実際その通りだと思いますよ。無責任に外来種を放流しているようなものです』
少し浮かない笑顔を浮かべながら。レ級は手帳に文字を
『私も見たことがない
「……世知辛いんだね。深海棲艦の世界も」
『その人によると、深海棲艦は弱肉強食だそうです。雑魚に飲まれて死ぬ方が悪いと。そんな態度を見かねて南さまは上位種を見離して
『逃げ遅れて私は喉を怪我してしまいましたが……』 メモに追記しながら、彼女は首につけていた物を取る。レ級の首には、酷い火傷みたいな傷跡があった。これでは声を失って当然かとネ級は文字を読みながら思う。
「このおうちの食べ物は? どこか畑で取ってるわけでもないと思うけど……」
豆腐とかあったし……。重くなった雰囲気を変えたくて、ネ級は質問を変えた。特に嫌な顔もせず、レ級は付き合ってくれた。
『どうやったのかはわからないけど、人と繋がりのある深海棲艦が何人かいらっしゃいます。ヲリビー、と名前を貰ったらしい空母ヲ級がそれに該当します』
「人と繋がりがある……それってつまり、普通に陸地に出入りしてるんですか?」
『いえ、その方に限れば、海軍の方を経由して買い物をしていると聞きました。この家にある食料品は、鉱物資源と引き換えにその方から定期的に貰っているものです』
「買い物……深海棲艦が軍と繋がって……」
買っている物こそ危険性は無いかもしれないけど。それって「裏取引」とか呼ばれるものなんじゃないのか? ネ級は陸にいた頃にも聞いたことがない話に、眉を潜める。
『彼女の話が本当であれば、ですが。私たちのような個体を伏せて、「2番目」が多く現れる海域の情報を流して組織のポストを得たと言っていました』
「へぇ……策士だね。裏切るわけでもなく、嘘言うわけでもなく。そいつ」
『上手いことをしていると思いますよ。この島にいれば、そう遠くないうちにまた会えると思います』
マグカップに水を入れて置いていたのを一口飲みながら、レ級は手を動かし続けた。『まだお聞きしたいこと ありますか?』再度渡された紙切れにはそう書かれている。
「いいえ。いい時間をありがとうございます。無知な自分にはいい勉強になりました」
『大したことじゃないです。体を動かすのは苦手ですから、私にはこれぐらいしかできませんし』
「あの、お昼。とっても美味しかったです……失礼しますね」
用は終わったし、あまり長居するのも迷惑かな。そう思って席を立ったときだった。ネ級は腕の皮膚の固い部分を相手に掴まれる。
何かと思って振り返る。レ級はせっせと早書きしたメモを突き出してきた。
『行くあてはあるんですか?』
「いえ、別に……キャンプに戻るぐらい」
『この辺りは危険ですよ。南さまが仰っていますが、2番目が多すぎます』
「…………?」
『しばらく泊まっていってください。南さまには私が言ってあります。荷物の運搬ぐらいも手伝いますよ』
え! と思わずネ級は生返事が漏れる。会ったばかりの人に、それは流石に世話になりすぎだと思って口を開こうとするが、続けざまの彼女の文字に。それは封殺された。
『貴女はとても疲れた顔をしています。お構い無く。しばらく休んでください』
純粋にこちらを心配してくれているようなレ級の曇った表情に。ネ級と妖精たちは何も言えなくなってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家、というよりは「屋敷」と表現した方が適切な建物の案内をレ級にしてもらったあと。ネ級は、建てていたテントに置いてきた荷物を建物の方まで運ぶために屋敷とキャンプとを往復していた。
水と食糧、医療品、地図、サバイバルブックに、その他キャンプ用品様々。最後に地面に打っていた杭やテントを小脇に抱えて最後の荷物を運び出すとき、ネ級は自分と並走してムカデ競争みたいな体制で運搬を手伝っていた妖精らに話しかける。
「妖精さん。今、いいかな?」
「なんでしょう?」「「「ですぅ」」」
「あの場所さ、元はやっぱり自衛隊の基地とかかな。チラホラそれっぽい乗り物置いてあったけど」
「十中八九そうだと思うのです。たぶん、深海棲艦の登場で無血開城したのです」
「だよねぇ……やっぱり」
話している最中にも、林を抜けて屋敷の裏口が見えてくる。
案内の最中に注意深く周囲や設備を眺めて気が付いたが、ネ級は今しがた妖精らに言った通り、元は艦娘もいた基地か何かの跡がある島なんだな。と考えた。理由としては、建物の最初に自分が入ったのとは逆側の入り口に大規模なガレージがあったり、軍で使うような装甲車やジープが錆びて放置されていたからだ。
「小さいけど結構立派だね、これ。まだ動きそう」
「燃料さえあれば動くと思うのです。問題は放置されてるから、性能は落ちていると思われることですが」
「だね」
ガレージの中、荷物置きとして使っていたスペースに物を積んでいく。ヘッドライトの割れた装甲車の隣にあった、粗大ごみみたいな薄汚れたソファに腰かけて落ち着いた。
レ級には心配そうな顔を再度されてしまったが。家に居座るのは、なんだかあの南方棲鬼が渋い顔をしそうだな、と思ったネ級は、許可を貰って、誰も使っていないと言うガレージに居候することになって。座っていた物の上で横になりながら、天井に視線をやる。
「鈴谷しゃんは良かったのです? こんな埃っぽいところで」「「「ギモンなのです」」」
「べ~つに。テント暮らしより全然良いところじゃん。雨風しのげるし、嫌になったら寝るとき以外は中入れば良いんだし。贅沢言えないよ」
「よくわからんのです。なんで深海棲艦にそんなに遠慮して……」
「場所を貸してくれてるんだもの、礼儀だよ。せめて心は人間らしくね」
自分の触手を枕にして寝返りをうつ。建物に沿うように設置されているソーラーパネルが目に入った。
深海棲艦とはいえ、親切な人に、早い期間で会えたのは喜んで良いことなのかな。………熊野とかは、今何をしてるのかな。
「………………」
ぼうっとしていると段々と眠くなってくる。何の気なしに、ふと目線を外から中へとずらした。
恐らくは元は軍の基地かベースだったというだけあって、機械関係の設備は充実している。使い方はわからないが何かのリフトに、クレーン、溶接機、立派で大きな工具箱……と、それらを眺めていて、唐突に何かを思い付いたネ級は体を起こして、鞄の上に座っていた妖精らに声をかけた。
「妖精さん、艤装の整備ってできるよね?」
「モチのロンなのです。そのための私たちなのです」「「です!」」
フンス! とか漫画ならば効果音が付きそうな得意そうな顔で皆が言う。改めて安心したネ級は、微笑みながら頼み事をしてみた。
「私にさ、教えてよ。これから多分何ヵ月、もしかしたら何年も帰れるかは解らないから。それぐらいはなんとか自分でやりたいんだ」
「ガッテンなのれす。このワテクシに任せろなのれす!」「「「ですぅ!」」」
「ふふふ……頼もしい。ありがとう。妖精さん」
一番近くにあったキャスター付きの工具箱に触手の口を噛ませて引き寄せる。
「鈴谷さん、横着なのです……」 今の行動に対する妖精の一人の発言に、ネ級は苦笑いした。
放置されて使われていなかったのだろうか、埃を被っていた小さなコンテナ何かが山ほど転がっていたので、ありがたく使わせてもらう事にする。
ラジオペンチやドライバー、レンチやハンマーで悪戦苦闘しながらどうにか部品を外す。艦娘の時には艤装の日常点検ぐらいしかせず、生活の中で工具を使うときなどは、自転車に空気を入れるときか車のタイヤ交換ぐらいか程度で。正真正銘、整備なんてド素人同然な彼女には、外装部品を外すだけでも一苦労だ。
「ハァァァァ……! やっと外れた!」
「初日にしては上出来なのです。でもまだまだこれからなのです?」
「見てなよ、すぐにマスターするモンネ!」
「楽しみなのです」
初めて艦娘になってから2年目の付き合いとなる鈴谷の艤装に、愛銃の20.3cm連装砲が3つ。仲間から
ネ級が妖精らから初めに教わるのは、艤装を一度部品単位まで分解・洗浄した後に、また潤滑剤やオイルを
その道では自分よりも遥かに知識と技術のある妖精らに従い、説明手順通りに
「妖精さん?」
「なんでしょう」
「この、掃除? って何の意味があるの? ただバラバラにして戻してるようにしか思えないけど……」
「大アリなのです。欠かすと航行中に艤装が大爆発するのです」
「
「嘘なのです」
流れるように
「うぅ……ようは、機械の健康診断なのです。えーん」
「健康診断」
「長く使っていると、油やごみがたまるのです。キチンと掃除してオイルの通りを良くする訳なのです。不摂生な人の血管に
「なるほどね」
事前検査とかみたいなものか。自分の知識に照らし合わせながら、何となく理解してネ級は頷く。
粗方全ての部品が拭き終わったぐらいで、彼女は立ち上がり、倉庫からあるものを引っ張り出してきた。もう使っていない場所だから好きにしていい、とはレ級に言われていたので、備品は遠慮なく使っていく。
戦車や航空機なんかに塗るような紺色のペンキを持ってきたネ級に。妖精は問い掛ける。
「何をするのれす?」
「ちょっと細工をね」
そう言うと、彼女は外しておいていた主砲他、各種武装の外装部品をハケで紺色に塗り始めた。
「再塗装? 何のためにです?」
「偽装よ偽装。カモフラージュ。そのまま使ってたらさ、変な誤解も招きそうだしね。例えば、死んだ艦娘から武器を取ってるとか……見た目だけでも、深海棲艦っぽくね」
「あぁ…………」
いきなり出てきたものだから、初日に遭遇して助けた秋月らはしようがないとしても。今後の事も考えると、艦娘の装備そのままで動くのは不味いだろうと考えたのだ。
意図を組んだ妖精たちは、ブリキ缶に刺さっていた筆を取り、精密部品が多いからとネ級は放っていた艦載機に色を塗り始めた。
「あ、手伝ってくれるの?」
「鈴谷さんのためなのです。貴女をお守りするために私たちは着いてきているのですから」「「「ですぅ!」」」
「ふふ………ありがと。みんな」
せっせと手を動かす彼らの頭を、指先でつついたり撫でたりしていたときだった。ガレージ内部と屋敷とを繋ぐ扉が開く。誰かと全員が音の先に目をやると、レ級が立っていた。
『お夕食の準備を南さまがご所望です』
「え、もうそんな時間?」
薄暗いガレージの電気を付けっぱなしにしていて気が付かなかったが、いつの間にかに外は日が落ちて暗くなっていた。腕時計を引っ張り出して確認すると、時刻は午後の6時頃を指している。
「そっか……みんな一息つこうか。いつでも時間はあるし」
「ガッテンれす」「「「お夕飯!」」」
塗料で手や顔を汚している妖精たちを抱えて、ネ級はレ級に案内され屋敷の中へと入った。
感想、批評お待ちしています。他にも不可解な点があれば遠慮なく送っていただけると励みになります。