職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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お ま た せ

今日から三国志大戦が新バージョンらしいので初投稿です


18 利き目を閉じて

 

 

 

 泊地姉妹に頼んだ艤装の完成を待って、ネ級は基地に2日間滞在する。本来は一日で終わるものだったが、中枢棲姫から譲り受けた装備の調整で日程が次の日まで食い込んだのだ。

 

 別に緊急を要する用事など無いネ級は、予期せぬ一日を中枢棲姫の面倒を見ながら過ごす。

 

 泊地・水鬼の両名からは何度も申し訳ないなどと謝られたが、ネ級は気にしていないと返した。むしろ彼女は、姉妹の両目の下にくっきりと隈が出来ていたことの方を心配して、相手の身を案じた発言をするものの、「そんなことを気にする場合ではない」と気圧され、大人しく中枢棲姫の介護に戻っていた。

 

 中枢棲姫の経過は、良好と言えた。彼女が探している友人(戦艦水鬼)とやらに自分が似ているらしいが、それが精神安定剤になったのだろうか。と、汚れたガーゼを貼り直したりする傍ら、ネ級は考えていた。

 

 たっぷりと一日の延長時間を使って、泊地棲姫と水鬼の仕事が終わる。明け方、時計が朝の7時を指す頃合いに、ネ級は北方棲姫から呼び出しを受ける。

 

 窓から射す日の光に渋い顔になる。ネ級は眠い目を擦って、ベッドから身を乗り出した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 大あくびをしながら、ふらふらとネ級は北方棲姫の後に着いていく。足取りのおぼつかない彼女を支えるように、ニ級もお供になっていた。

 

 昨日は、精神的にどこか病んでいると察した中枢棲姫に付きっきりで、そんなに寝ていなかったため、寝不足が祟って視界もぼやける始末だった。なんとか意識を歩く方向に向けて、ネ級はブーツの爪先で足元を確かめるような動きをとる。

 

「すいません。こんなにじかんかかっちゃって」

 

「ふぁぁぁ……別にいーです。暇だし」

 

「そうなの? 艦娘を助けるおしごとは?」

 

「……………ん?」

 

 何か聞き捨てならないことを目の前の子は言わなかったか。ネ級は聞かなかったフリで乗りきろうとするが、北方棲姫は続けた。

 

「かいぐんのレスキューたいいん? なんでしょ?」

 

「れ、レスキュー? 誰が言ってたんです」

 

「泊地棲姫さまが言ったんです。あのネ級は人間大好きなんだって。だから、うたれるのも覚悟で陸に向かって突き進むだろうから、とびきり頑丈なのをこさえてやろうって、意気込んでいました!」

 

 あの人がそんな事言ったのかい! 

 

 否定しきれないな、とも思ったネ級は、肩に座っていた妖精と目を見合わせる。言葉選びに気を付けつつ、彼女はひきつった作り笑いを浮かべ、北方棲姫に説明する。

 

「軍には流石に入ってないです……あ、でも昔、たまにお話しするぐらいの仲の人なら居ました。今も元気かは、わかりませんが」

 

「ヲリビーさんは軍に居ると聞いたよ?」

 

「その方のお話も聞きました。でも、まだ直接の面識は持ってないんです。私、ちょっと陸でトラブル起こして追い出されちゃって」

 

「ん~……?」

 

 怪しまれてる怪しまれてる。どう言い訳続けよう? ネ級は悩む。眼前の深海棲艦は小柄な少女の容姿をしているが、これでも姫級の個体だ。何かあってから抑え込めるような者じゃないし、なるべく事は荒立てたくない……というより、そもそも勝てる算段が無いので下手に出るしかない。

 

 考えすぎなぐらいに予防線を張るべきだよね―― 返事を予想して身構えていると。北方棲姫は、話題に飽きたような返答をしてきた。

 

「いいや。あ、つきました。どうぞ」

 

「案内、ありがとうございます」

 

「うん……なんか怪しいけどいいや。泊地棲姫さまはほっとけって言っていたし」

 

「やっぱり怪しまれてるんですか。私」

 

「うん。でもたかがネ級1匹みんなで抑え込めるって」

 

「………………………。なるほど」

 

 一瞬、ネ級と妖精たちの背筋に冷や汗が流れる。

 

 予想はしていたがこうまで言い切られると、ネ級は悪寒に身震いする。遠回しに「お前なんて簡単に始末できる」と言われて怖がらないなんて、よっぽど自信家か大馬鹿かだ。どちらにも該当しない彼女はこっそり恐怖した。

 

 コンテナの扉に手をかけたとき。別れ際に、北方棲姫からこんなことを言われた。

 

「あとはね、中枢さまの近くにいてくれたこと。だからみんなが、あいつは悪いやつじゃないよって!」

 

 じゃあね、と付け足し。彼女は長靴を鳴らしながらどこかへ去っていった。

 

 

 

 

 結局のところ、ここの深海棲艦には、あまり悪いようには思われていないらしいとネ級は認識する。今後の身の振り方はこのようにするか、等と考え事を胸に秘めつつ、彼女はコンテナ部屋に入った。

 

 普通の物と違って縦に重なったこれは、中は2階建ての部屋に改造されていた。ここ数日で思っていたが、基地の深海棲艦の趣味なのか、カーペットと木目の壁紙で飾られている。もっとも、目線の先で机に突っ伏していた水鬼の周囲は、コンクリートの地面が露出し、周囲は金属のキリコで散らかっていたが。

 

「あの、起きてますか?」

 

「うぐぐぐぐ…………う゛う゛う゛…………」

 

 目を半開きにして寝ていた水鬼に呼び掛けてみるが応答がない。顔を覗き込んでみると、ただでさえ顔色の悪い彼女の目の下が紫色になっているのにギョッとする。

 

 寝冷えすると悪いだろうと思って、ネ級は壁にかかっていた毛布を一枚とって彼女の背中にかける。さて、姉の方はどこだと思ったとき、ちょうど2階から泊地棲姫が降りてきた。妹に負けず劣らず、彼女も顔色が悪い。

 

「あぁ。来てた、のか」

 

「出来たと聞きましたから。あの、大丈夫ですか? 顔色悪いですが……」

 

「問題ない問題ない、前に気絶したときは三徹はしたからな」

 

 電池が切れたときは吐いたがね、と泊地はふらつきながら続ける。

 

(それは大丈夫の範疇(はんちゅう)に入るの?)

 

「さ、武装は完成だ。どうだこれ、中枢棲姫さま印のスゴいのだ、ヤマトの直撃を貰ったってそう簡単には壊れんぞ」

 

「へ、へえ? そりゃすごいや」

 

「聞いて驚け、こいつは生体電流で動くように改造しておいた! お前さんの触手にくくりつけるわけだな、こうやって」

 

 泊地はネ級に向き合うと、言葉通りの行動を実行するために彼女の触手2本を手に取った。そのままネ級はされるがまま、先端部分の型をとって最適な形状になっている艤装をねじ込まれる。

 

 付け心地は上等と言えた。違和感の無い仕上がりで、ブーツの時から思ったが、やはりこの姉妹の技術は一流なんだなと思う。

 

「生体電流?」

 

「生物の筋肉は脳からの微弱な電気を拾って動いてる。そういったものに感付ける素材を肌に貼り付ければ、上手くやれば頭で考えただけで撃てる艤装の完成さ」

 

「へぇ……音声認識は変えたんですか?」

 

「そのままだよ。起動したければ「Nユニット」と言え。血で動くモードに切り替わる。「通常弾」と言ってやれば普通の砲にもなるぞ」

 

「そうですか。何から何までありがとうございます。こんな、頼りっきりになっちゃって」

 

「ふふ、ふふふ……気に入って貰えて嬉しい……よ……………」

 

 いい仕事をして貰えたな。そう思ってネ級が笑顔で応対すると。満足そうな顔をしながら、とうとう電池切れを起こした泊地棲姫はネ級に倒れかかって眠ってしまった。

 

 慌てて体重をかけて相手を支える。どうにか近くにあったベッドに彼女を寝かせると、その女の髪から妖精たちが飛び出してくる。

 

「ただ働き終わりなのれす」「あぁちかれたちかれた」「プレーリーオイスターをよこせ!」

 

「ご苦労様。大丈夫だったの?」

 

「ほとんどのことはこの深海棲艦がやっていたのれふ。ワシらはホントにただのお手伝いなのれふ」

 

「あ、そうなの?」

 

 明らかに過労そうな二人に比べて、妖精たちは元気な様子なことから、この発言は嘘ではないと察する。

 

 いつか、恩を返さないとな。寝息をたてて夢の国に行った泊地棲姫に布団をかけながら、ネ級はそう思った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 事前に貰っていた基地の地図を見ながら、ネ級は北方棲姫を見つける。用事は済んだので、帰る前に挨拶をして回ることにしたのだ。

 

 「警戒」はされていなくても、やはり「不審」だとは思われているらしく。北方棲姫含め、多数の深海棲艦からは妙な目で見られる。話を聞くと、「ここを偵察しに来たんじゃないのか?」などとまで言われる始末だ。

 

 そもそも最初からこれっぽっちも変な行動など起こす気が無いネ級は、そんなような事を言われようがへこへこと頭を下げて回る。最後には変人扱いされたが聞かなかったことにしておいた。

 

 全員に別れを言ったことを確認し、出口に向かう。帰り道の途中、見送ると言って着いてきた戦艦ル級からこんなことを言われる。

 

「挨拶回りねぇ……変な奴」

 

「そうですか?」

 

「初めて見たよ、少なくとも私は。来るやつみ~んな用事が済んだらすぐにどこかに消えるからな」

 

「はぁ。ドライというか、なんと言うか」

 

「そういうんじゃない、単純にここのみんなを怖がってるだけさ」

 

「怖がってる?」

 

「当たり前だろ、戦艦・空母・姫・水鬼……まともに全員に喧嘩を売って平気でいられるようなのが居るとは思えない。正直、意味がわからない。アンタなんで平然としてるんだ?」

 

 歩きながら、ル級は着ていたツナギから携帯食料を取り出してかじり始める。相手の声のニュアンスが怪しいものを探る様子から「興味」に移ったのを察し、ネ級は顔がひきつった。

 

「いえいえ、皆さん優しいじゃないですか。よそ者に気を使って」

 

「気を使ってた訳じゃない。変な知識もあるし、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なアンタを怖がってただけだ」

 

「へ?」

 

「応急手当なんて真面目にやるやつ初めて見た。ほっとけば傷なんて塞がるのに変なのって思ったよ。あ、ちなみにな、私はお前さんを見て変な顔してる奴らを見てる方が楽しかったがな」

 

「は、はぁ?」

 

「1日経ったらなんとなくわかったしな。ずいぶんのんびりしてるやつだって。あと場違いに優しいとか」

 

「そうでしょうか」

 

「それにそのニ級の事だな。珍しいなって思って。駆逐艦なんてなつくやつ滅多に居ないのに」

 

 会話の最中で目的地に着く。ル級はしゃがみこんで、ネ級にくっついてきていたニ級の頭を撫でる。

 

「アンタに似てこいつもまぁ大人しいよなァ。見掛けたらだいたいの奴は暴れて手がつけられないのに」

 

「あ、やっぱりそうなんですか。ちょっと変わった子だなぁとは思いましたが」

 

「変わってるなんてもんじゃない。どいつもこいつも酷い猛獣ばっかで。私だってこないだハ級に手を噛まれた」

 

 女二人がしゃがんでニ級と戯れる。ネ級には、どうにも今のニ級は頭を撫でられて惚けているような気がした。

 

 適当な所で切り上げて帰ろうか。そんなようにネ級が思ったとき。普段着のワンピースから、作業着に格好を変えた北方棲姫が近付いてくるのが見える。

 

「おはよー、ル級」

 

「おはようございます。準備は出来たみたいですね」

 

「うん。やること多いだろうし」

 

 蛍光色の目立つ服に、よく見れば彼女は大きなリュックサックを背負っている。どこかに出掛けるのか? と思っていると。北方棲姫の口からはネ級の予想していなかった言葉が出てきた。

 

「姫様、お気を付けて」

 

「はい。ネ級、よろしくお願いね?」

 

「え?」

 

 いつもと違う格好をしていたことに引っ掛かっていたが。手荷物を乗り込み式の艤装に詰め込み、持ち物の確認を済ませた彼女の今のル級とのやりとりに。疑問が最高潮に達した。

 

「ついていきます。1カ月ぐらいになるかな。最終調整もしないで戦うつもりだったの? そんなの自殺行為ですヨ」

 

「えぇ!? そんな、恐れ多くて……」

 

「ヤダってもついてく。監視も兼ねてるからね……あと、南方に久しぶりに会いたいなぁって」

 

「……了解です。」

 

 監視、か。下手なことできないな―― 考え事をしながら喋っていると、更にもう一人近付いてくる者がいる。怪我の後遺症で松葉杖をついている中枢棲姫だった。

 

「おはよう……ネ級」

 

「!! 中枢棲姫様、いけません、ゆっくり寝ていないと」

 

「嫌よ。帰るのでしょう……見送りの挨拶だけでも、させてよ……」

 

 杖を放って、彼女はネ級の体に倒れかかるようにして抱き着く。人肌が恋しいのだろうか―― ネ級は意図を汲んで彼女の背中を撫でる。

 

「外は危ないわ……危ないことは、あまりしないでね……それにね、ネ級。聞いてほしいことがあるの」

 

「何なりと、お申し付けください」

 

 次に相手の口から出てきた発言を、ネ級は意外に思った。

 

「南方棲鬼を、支えてあげてね?」

 

「南様を……私が支える?」

 

「あの子は感情の起伏が激しいから……でもね、誰よりも優しい子よ。人に傷を付けたことが1度もないくらい」

 

「! それ、本当なんですか?」

 

「えぇ。誰に馬鹿にされようと、罵られようと。彼女はそれを変えなかった。きっとあのレ級が居なければ心も、もたなかった。二人で、あの子を支えてあげてね……」

 

 「そして、もうひとつ。」 すうぅ、と。深呼吸を挟んで中枢棲姫は言った。

 

「……痛みを、忘れないでね」

 

「痛み。ですか」

 

「他人の心を……痛いって事をちゃんと貴女は解っているから。解ろうとするから。その考えがあるかぎり、貴女は優しくあれると思うから……」

 

「……。当たり前です。自分がされてヤなことは、しない主義ですから」

 

「優しい貴女で居てね……また、お話、しましょうね……?」

 

「トーゼンです!」

 

 にこり、と笑う。屈託の無い笑顔を作ったネ級とは対照的に、中枢棲姫の浮かべた笑顔は疲れが(にじ)んでいた。

 

 彼女は、自分が離れても大丈夫なのだろうか。

 

 やはり、思い返しても今までに出会ったことがないタイプの雰囲気の女に、表現の難しい感情を抱きながら。少しの憂いを抱きつつ、ネ級はニ級と北方棲姫を連れ、港を後にした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「生きて帰ってこれたのね。オメデトウ」

 

「誉め言葉ですか?」

 

「嫌がらせの皮肉よ」

 

「にしてはあまり悪意は感じられなかったです」

 

 夕方、海も朱色に染まる頃に島に帰着する。屋敷の玄関を潜ったとたんに南方棲鬼にからかわれたが、ネ級は涼しい顔でいなした。

 

 ネ級に続いて中に入ってきた北方棲姫が口を開く。なお、ニ級は外の池で遊んでいる。

 

「お久し振りです」

 

「うわ、チビだ」

 

「背丈が小さいのは便利だよ? 落とし物が取りやすいから」

 

「フン……可愛いげがない反応ね。部屋なんて無いわよ」

 

「お構い無く。野営の準備はしてきました」

 

「チッ……あっそ。じゃあね」

 

 応対を言葉だけでとらえれば、南方棲鬼はかなりひどい態度に思えるが。このときの彼女の顔に、確かに、ほんのりと笑顔が浮かんでいたのをネ級は見逃さなかった。

 

 少し部屋の奥を覗くと、レ級が夕食の支度をしているのが見える。暇をもて余すことに抵抗を感じたため、ネ級は手伝うことにした。

 

 

 

 

 夕焼けに染まっていた海も真っ暗になる時間帯になる。四人は食事を終えたところで、北方棲姫のみ、艤装の調整があるからと外に出ていた。

 

 自分の分の食器を洗ったあと、他もやろうとしたところ。レ級から、自分に任せてくれと伝えられて、ネ級はぼうっと机に座っていた。

 

 テーブルの上で遊んでいる妖精たちを眺めていると、対面の南方棲鬼に話し掛けられる。

 

「色々見てきたそうね。まさか中枢棲姫と仲良くなるなんて」

 

「南様は面識が有るんじゃないんですか?」

 

「さぁね……辛気臭い奴は嫌いよ」

 

 相手の言葉に、そっと笑っておく。彼女らしいな、と思った。

 

「本当腹立たしいわね。あの基地は私が出てから住み心地が良くなったそうじゃない。面倒な連中は居なくなって、普通の奴等が沢山いて」

 

「皆さん、良い方々ばかりでした。得体の知れない私に世話まで焼いてくれて」

 

「ふ~ん……まぁ、お前、無味無臭な性格だしね」

 

 他人に合わせるのが上手、と言いたいのだろうか? 考えていると、南方棲鬼は続ける。

 

「私は無理よ。絶対無理。頭に来たら手も出るし足も出るし……あの時仕返しできなかったのが悔しい」

 

「背中から撃たれた、ってやつですか」

 

「それ以外に何があるのかしら」

 

「あはは。すいません」

 

「まともな奴は泊地((棲姫))と今日来たガキの姉ぐらいね。他は会話もできないバカばっかり」

 

 北方棲姫に姉なんて居るのか。基地では見なかったと思い、ネ級はそれとなく聞いてみることにした。

 

「親族の方なんて居るんですね。北方様に」

 

「? 会わなかったの? あと勘違いしてるようだけど、別に血が繋がってるとかじゃないわ」

 

「というと」

 

「あいつの姉貴は港湾棲姫って呼ばれてる深海棲艦。寂しさを紛らせるためにあのチビを建造したとか聞いたけど。しかも二人も」

 

「二人。じゃあ妹さんか、もう一人姉に当たる方が」

 

「あのチビよりももっとガキがいるはずだけど……今は住んでるところが違うのか……? 言っておくけど、チビに輪をかけたチビよ。性格もてんでガキね、しかもいつも眉間にしわ寄せて、可愛いげのない顔してるクソガキ」

 

 後半はただの悪口だぞ! こっそりと心中で突っ込む。そんなときだった。

 

 いきなり南方棲鬼は両手を伸ばし、ネ級の頬を掴む。そして1つの質問をぶつけてきた。

 

「……そうだ、話を戻す。貴女は気に入らない奴とかってどう思うタイプなの? 怒らないから、ショ~~ジキに言ってくれないかしら?」

 

「え」

 

「ほらほら早く。嘘なんて言わせないわよ、思ったことそのまま口から垂れ流しなさい」

 

 人とそう変わらない構造の手のひらで頬をつままれる。意外と痛くないんだな、とか最初は思ったが、握力の強い相手の手を払いネ級は口を開いた。

 

「気に入らない人を、ただ気に食わないと殴るのは。マァ、スッキリするとは思います」

 

「それで?」

 

「別に物理的にし返すのを否定しないけど………でも、それはスマートじゃないと思います。」

 

 ネ級の言葉に。キッチンで作業中だったレ級の手が止まる。それに気付かず、二人は会話を進める。

 

「すまぁと??」

 

「あぁ、えっと……なんて言うかな。何でもかんでも物理的に解決しようとするのは、少し考えが浅いかなって」

 

「私がアンポンタンだって言いたいのかしら」

 

「いえ、そうじゃないんです。せっかく、言葉と言葉で繋がれる者同士なんです。仕返しするにも、ちょっとした工夫で相手を悔しがらせたいな、なんて」

 

「なんか要領を得ないわね。具体的に何か言いなさいよ。どれをこうするって」

 

「相手が1発パンチしてきたとします。腹いせで殴り返します。勿論相手も2発目を繰り出すでしょう。そんなのに相手してたら、日が暮れるどころか、大事な顔が梅干しみたいになっちゃいますよ」

 

 「せっかく南様はすごく美人なのに……」 ネ級は続けた。

 

「あえて殴り返さないんです。それで、自分の度量を見せ付けるんですよ」

 

「…………(おび)えて反撃してこないだけだと思われたら終わりよ?」

 

「ん……なら、これはどうでしょう」

 

 ネ級が口を開き、何を喋るのかに南方とレ級が全神経を集中させたときだった。

 

「殴ってきたヤロウをめっちゃくちゃに誉めちぎるとか! 多分、気味悪がって近付いてこなくなりますよ!」

 

 期待して耳を傾けていたのに、相手の口から飛び出した予想外の変化球に。南方棲鬼とレ級は思わずズッコケた。会話を妨げないように見守っていた妖精らはお腹を抱えて笑い始める。

 

「ふふふふひっ!」「ひーっ!」

 

「あ、あなたねぇ!? 本気で言ってるわけ?」

 

「???」

 

「あぁ……もういいわ。なんか疲れちゃった……もう寝ようかな」

 

 がしがしと髪を掻きながら、呆れて物も言えないと言った様子で南方棲鬼は立ち上がり、自室へととぼとぼ歩いていってしまった。

 

 話し相手が居なくなり、視線を遮っていた物が無くなる。ネ級は、変な顔をしていたレ級と目があった。

 

「なんか変なこと言いましたか……?」

 

「…………ッ」

 

 それはひょっとしてギャグで言っているのか? レ級は頭を抱えた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 洗い物が終わったレ級は、この日も自分の部屋にネ級を誘った。例によって、南方棲鬼に知られないように内緒話をするためである。と、いっても、今回は少し意味が違った。

 

 レ級は、先程のネ級の言葉は本心ではないと思ったのである。そんなわけで、彼女は『言いたいことは別にあって、さっきのはただの出任せでしょう?』等と紙に書いて相手に見せた。

 

 多少、カマをかけた言葉を伝えてみると。予想は当たっていたようで、ココアの入ったマグカップを持ったまま、ネ級は固まった。

 

「わかっちゃいます? やっぱり」

 

『当たり前です。貴女ほど思慮深い人が、あんな無責任なことを言うわけがないと思いましたから』

 

「思慮深いなんて。買い被りすぎです」

 

謙遜(けんそん)も、過ぎると嫌味に裏返りますよ』

 

 ここ数日のネ級の話は聞いている。怪我をした艦娘を数度助け、中枢棲姫の面倒を見、南方から提案された港ではわざわざ全員に挨拶をしてから帰ったという。そんな几帳面で礼節をわきまえたような人間が、あんな事を言うわけがない。レ級は、半ば確信していたのだ。

 

『言いたくないなら、大丈夫ですが。何かありましたか。考えていることとか』

 

 レ級は、泊地棲姫等には及ばないと自覚しても、一応は世話係として南方棲鬼と親しい事を自負している。なので、さっきのネ級の応対に多少だが腹が立っていた。

 

 元々の性分で、特に癇癪を起こすことなど無くとも、ちょっぴりの怒りを文に込める。

 

 先程妙な事を言った彼女の返答はというと。レ級の考えていないような物だった。

 

「嫌なんです。真面目な話は昔から……気分も空気も重くなるから」

 

「………………」

 

「人生の限られた時間を嫌いなことで(つい)やしたくないんです。明るくお喋りして無駄な時間にしてしまったほうが、私は楽しいと思ってるから……」

 

 外していた首輪とティーカップにもたれて眠っている妖精の頬を、指先で撫でながら。微妙な表情でネ級は言う。

 

「港で、中枢棲姫様にお願いされちゃったんです。行方不明になった友達を探してくれって。」

 

「…………」

 

「すごくしんみりした会話になりました。そりゃ、そーでしょう。仲の良かった人が音信不通になって不安になるのは当然だし、私も茶化す気は有りませんでした。……だって、そういう「場面」じゃないと思ったから」

 

 なんであんな事を言ったのやら。そういう風に問い詰める予定だったレ級だが、ネ級の顔を見て考えが変わる。自分の予想以上に、彼女は色々と思案を巡らせていたらしい。

 

 「南様の笑った顔を見たことないと思って」 ネ級が言う。

 

「いつも仏頂面で、整った顔を歪めてらっしゃいます。眉間に深い(しわ)ができて、口は悪くて、体は古傷だらけで。何か昔に一悶着あったのは簡単に想像できます。……笑わせてあげたいんです。私のエゴかもしれませんが」

 

「…………………」

 

 ネ級は仮面を取り、そっとテーブルに置く。そして、ゆっくりと右目のまぶたを開く。瞳の色が左右で違っているネ級の素顔を初めて見た彼女は、なぜか息を呑んでしまった。

 

「ほんの少し前、事故で右目が見えなくなりました。ぽっかりと視界が欠けて、風の当たる感覚だけが残りました」

 

『あえて聞かせていただきます。どのような事故だったのですか』

 

「よく覚えていないんです。怪我をしたのと同じ頃合いで、目の前で二人、人が死ぬところを見ました。一人は命を救ってくれた恩師((土井))です。もう一人は、私が無我夢中で助けた子供の母親でした」

 

「……………」

 

「訳がわかりませんでした……二人とも、大怪我でとても平気じゃなかったはずなのに、笑っていました……幸せそうな顔をしていました……私にはわからないんです。死ぬって、怖いことなのに……なんで笑えるのか」

 

 だんだんと声のトーンが落ち、顔が(うつむ)き気味になる。このとき、レ級はこの人物を問い詰めてしまったことを軽く後悔していた。

 

「人は、知らないことを怖がります。死んだらどうなるのかが解らないから、きっと死を怖がるんです。……死んだら、楽しいことも出来なくなります……好きなことをして笑うのは幸せなことです……死の間際で力なく笑うなんて、あまりにも矛盾が過ぎます……死ぬのは楽しいことじゃないはずです…………」

 

「………………」

 

「できるだけ、笑える毎日を私は過ごしたいんです。その楽しさを南様にも知ってほしいんです。…………結局、自分本意の行動でした。すみませんでした…………」

 

 慌ててレ級はペンを走らせる。全力で謝罪の文を作り、伝えた。

 

『言いたくないようなことを喋らせる形になりました。本当に申し訳ございません』

 

「あ、いえ、大丈夫です。気にしてないし」

 

『だってそんな辛いこと』

 

 相手に見えるように、レ級が上下反対で字を書いていたとき。そっと、その手を止められる。紙から目線を上げてネ級の顔を見ると、彼女はどこか影のある笑顔を浮かべて話した。

 

「辛いことばかりでも……無かったんです。色々と、助けてくれる人達に恵まれました。ニ級はそばに居てくれます。レ級さんと南方棲鬼様は住む場所をくださりました。中枢棲姫様は勇気づけてくれました。まだ、時間が必要だけど、嫌な思い出と向き合える気がしました。」

 

「………………!」

 

 どこまでも、優しい人なんだな。目に写る景色ではない、何か別のものを見てしまっているようなネ級の表情を見て思う。それと同時に、聞きたい事がもう1つ、レ級の頭に浮かぶ。

 

『艦娘と深海棲艦。どちらも助けるのは、何か理由があるんですか』

 

「罪滅ぼし、なんです。これもただの自己満足かもしれないけど……」

 

「……………?」

 

「昔から看護師に憧れていたんです。だからそれ(もど)きを演じているだけだし、目の前で二人も人が死ぬところに立ち会って何もできなかった事が悔しかったんです……ただの偽善ですね。どっち付かずでイタチみたいな……」

 

 ネ級は頬杖をついて目を細める。眠そうな顔のその赤と茶の瞳に光が無いように見えた。

 

『私も似たような事をしていました。でも、貴女ほど積極的ではありませんでした。私は疑問です。ともすれば、貴女はそのまま死んでしまうのではないか、と思える危うさを感じるのです』

 

「あぁ……そういう風に写るんですね。やっぱり」

 

 力の抜けたような顔をニヤリとさせて彼女は言った。

 

「死ににいこうなんて思っちゃいません。恩師に「死ぬな」と言われてしまいました。だから、私は生き続けようと思っています。格好よく死ぬより、みっともなく生きていたいと、心から思いましたから。」

 

『それだけ聞けて、安心しました』

 

「それは良かった」

 

 ネ級は薄ら笑いを濃くして見せる。

 

 気のせいだろうか。一瞬、レ級は変なものが見えた気がした。

 

 ほんのコンマ数秒。鮮やかな緑の髪の女性の姿を、話し相手の上から幻視する。一瞬意味が解らなかった彼女は目を擦るが、やはり目の前にいるのは深海棲艦の重巡ネ級だ。

 

「? 何かありましたか?」

 

『いいえ。お構い無く』

 

 気のせい、だよね。疲れているのだろうか。しかし、それにしてははっきりと見えたけれど……?

 

 気分を落ち着かせるために、飲み物を喉に流し込む。すっかり冷えていたココアは、嫌に甘く感じた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「…………………。」

 

 こんな時間に何をしているのかと思えば。なんだ、ずいぶん重い話をしているじゃないか。

 

 南方棲鬼は二人に気付かれないように、物音を殺しながらレ級の部屋から遠ざかる。自分が寝ているときに二人が何かやっているのは感付いていた彼女は、こっそり深夜の茶会の様子を何度か盗み聞きするのが習慣になっていたのだ。

 

(ここ最近でレ級と仲良くしてるようだけど。害は無いみたいね、本当に)

 

 寝室に向けて歩きながら考える。自分をよく世話してくれる彼女は臆病な性格なのをよく知っている。そんな者に、部外者の癖によく取り入れたな、と南方棲鬼は思う。

 

(何かするようなら始末するつもりだったけど……なんかシラケるわね。やっぱり弱そうだし)

 

 それにあんな話までするとはな。一体何者なんだろうか。馴れた目で暗い廊下を歩く中で、先程のネ級の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

(笑わせてあげたいんです……ねぇ。本当、変なやつ。嘘みたいな発言だったけど、そんな風には聞こえなかったし……)

 

 ぼんやりしていると、自分の部屋に着く。

 

 いつか、自分も死にかけるような目にあったとき。アイツは血相を変えて駆け付けてきそうだナ。顔に薄笑いを浮かべて、そんなことを考えたときだった。

 

 カチャリ、と足元で何かを踏んだ音を聴く。フローリングが軋む音とは明らかに違う。

 

「ん……?」

 

 何を踏んだ? 視線を下げると、何か落ちているのが確認できた。暗くて何かは解らない。南方棲鬼は物を拾うと、部屋の入り口の豆電球を点灯した。

 

 自分の手の中に収まっていたのは、長方形の名刺入れだった。中を開けると、小判型の金属片と、1枚の紙切れが入っている。金属片のほうは前にレ級に教えてもらったが、確か、ドッグタグ、とか言ったよな、と記憶を辿る。

 

(こんなものうちにはないよな。そもそも廊下に落ちてるものだったらレ級が掃除してるはずだ)

 

 消去法でネ級の物かと特定する。興味が湧いた彼女は、タグの文字を読んでみる。

 

 第7横須賀鎮守府 重巡洋艦 鈴谷-Kimi Negami―― ステンレス製の板には、読み間違えが無ければそう刻まれていた。 そしてもう1つ。折り畳まれていた紙の方にも目を通す。

 

 それは、熊野が鈴谷を送り出す際に撮った、港に集まった面子での集合写真だった。

 

「……………――――」

 

 南方棲鬼の思考が停止した。名前は知らないが、写真には鈴谷、熊野、那智……ネ級が海に出た日に集まっていた者らが写っているが、そんなことは問題ではない。

 

 熊野・那智・蒼龍の服装に見覚えがあった。

 

 昔に艦娘と数度交戦した事があるが、その時の記憶が正しければこれは艦娘の制服だったはずだ―― どうしてアイツ、艦娘と仲が良さそうにしているんだ? 疑問の芽が次々と増えていく。

 

 混乱するなか、写真を裏返してみる。そこにも、何か書かれていた。レ級には及ばないが、綺麗な字だな、等と思う。

 

 

 紀美が辛いとき。これを見て励ましになれば、と思います 典子より

 

 

「……キミ……っ!」

 

 どういうことだと思ったが、すぐにドッグタグのほうに目を移す。Kimi Negami(きみ ねがみ)。確かにそう彫刻されている。

 

「…………まさか。そんなことありえない……ありえない、けど……」

 

 狼狽えながら、南方棲鬼は寝室に入った。

 

 

 重巡ネ級は、元は艦娘(人間)だった。そんな飛躍した考えが、どうしてか頭から離れなかった。

 

 

 

 

 




何かに気づいてしまった南方さん。ネ級の明日はどっちだ。

因みにレ級は現時点で唯一ネ級が本心を言える友人です。

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