職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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早く投稿するって言ってたダルルォ!?

今回はキツめのグロ表現があるから気を付けてね


20 殺人鬼が笑いながら近付いてくる

 狐につままれたような、という表現がある。少し違うかもしれないが、とも思うが、ネ級はそんな気持ちになっていた。

 

 船についていた艦娘と、後から合流した北方の援護で敵を殲滅(せんめつ)した後。どういうわけか、ネ級・ニ級・レ級らは艦娘の指示で船の甲板に上がっていた。残った北方棲姫は艤装を船体にボルトで固定して下で待機しており、妖精たちは武装と一緒に艦娘らに回収されている。

 

 連行された場所に広がっていた景色に、深海棲艦の女二人は少し眉を潜めていた。

 

 敵には空母が居たから、そこそこの攻撃は受けていそうだ、等とは思っていたが想像を超えていた。煙突には穴が開き、船上のあちこちから白い蒸気のような物が漏れ出ていたのだ。

 

 中でも目を引いたのは、本来は何に使うのかは知らないが、縁日の屋台のテントみたいな物が幾つも連なって並んでいる様だった。まだ雨も止んでいない現在、二人はその場所でじっとしている。

 

 なんでわざわざ猛獣みたいに見られている存在が、こんな場所まで連れてこられているんだろうか。疑問に思いつつも、ネ級は群がってくる数人の子供たちの面倒を見ていた。

 

「ほらほら動かないの。血が出ちゃうぞ~」

 

「おれ痛くないもん! おねーちゃんこそ、ないぞー飛び出てる!」

 

「内臓じゃないぞ~じっとしてろっつの。っと。ほら今度は後ろ向いて~」

 

 言われてみれば、内蔵に見えなくもないなこれ。どこかにぶつけたのか。皮を擦りむいている少年に絆創膏を貼っているなか、彼に触手を弄られる。

 

 冷静に考えるまでもなく、今のネ級は妙な空気の中に居た。言葉が喋れると発覚したとたん、船医や看護師にこうした子供の面倒を見るように言われたのである。深海棲艦の知識がないのかもしれないが、鈴谷に言わせれば、人喰い鮫に子守りをやらせるようなものだと思った。

 

 深海棲艦が船に乗り込んでいるのに。みんな呑気なもんだな。隣にいたレ級が小さな子をおんぶして遊んでいるのを見て思う。

 

 無言で体を動かす彼女に、女の子は「おねーちゃんしゃべれないの?」と言う。レ級がなにも言わず頷いているのを見て、「変なのー!」と返す。歯に衣着せぬ物言いな子供にレ級がたじろぐ。

 

 子供に気を使って笑顔を崩さないようにしているのか、ヘラヘラしながら体を揺らす彼女だが。ふと何か思い付いたのか、尻尾にしがみついていた男の子を引き剥がした。

 

「しっぽーもちもちー!」

 

「……………!」

 

 ちょっとごめんね? そんなような事をレ級は言いたい風にネ級には見えた。

 

 いったいいつの間に入れていたのか。レ級が自分の尻尾から取り出したのは、飴やガム、チョコレート等のお菓子だった。彼女がそれを手に持った瞬間、ストレスを溜めていたろう子供たちは目を輝かせる。

 

 自分の胸元にいた男の子も何か言いたげに見えて。ネ級は、「言っておいで」と耳元で(ささや)いた。

 

「……ふぅ」

 

 レ級が子供たちを甘いもので釣り始めた時。何かの準備を終えたのか、ちょうど看護師やらが戻ってきた。子守りも終わりか、と思う。

 

 何もない時間がやって来たので、考え事をしてみる。

 

 こっそり聞き耳をたてたが、どうやらこの船は処女航海の途中だったという。ついでにスタッフも新人が多いのではないのか。それか、よほど疲弊しているのかのどちらでは、とネ級は考えを巡らせていた。

 

 原因は色々あったが。そんな思考に至ったのは、当然のように自分らの存在が受け入れられたからだった。

 

 普通なら追い払われて終わりそうだが、今は少し状況が違うのか。子供の手当てを手伝わされたばかりか、積極的に面倒を見るように言われる始末である。自分達がくる前に何があったかは知らないが、よほどの事があったのは容易に想像できた。

 

「…………」

 

 この状況でお菓子なんて出したものだから、子供にもみくちゃにされているレ級を眺める。困っていそうだが、同時にどこか楽しそうにも見えた。

 

 下にどれだけの人が居るのかわからないけど、このぐらいの客船だと、映画館とかが入っていそうだ。大きな浴場や、音楽ホールなんかも、それら全部ではないが有るかもしれない。となれば宿泊客も多そうだし、被害はかなりのものだろうか。あまり詳しくは無いとはいえ、素人のネ級でもそれぐらいは予想がつく。さぞ、旅行会社などは、賠償金やブランドイメージダウンで頭を抱えそうだな、と思う。

 

 持て余した時間を妄想に使っていると、「ちょっと」、と背後から女の声がした。

 

 振り向くと、駆逐艦と思われる艦娘が立っている。独特な形状の槍のような物を杖の代わりにしている者と、隣にはその腕を引っ張っている艦娘も居る。声をかけてきた方は、両目を覆うように包帯が巻かれていた。目が不自由なのか、と思う。

 

 「何かありましたか」 ネ級は言った。音を頼って手探りの彼女に体を触られる。

 

「あんた、深海棲艦なんでしょ。私には見えないけど」

 

「陸の人はそう呼びます」

 

「ふ~ん。ひとまず、ありがとう。意味がわからないけど、助けてくれたんでしょ」

 

 語気は強いが素直な人だな―― どういたしまして、と返した。

 

「私は叢雲(むらくも)。こっちは雪風(ゆきかぜ)。あんた……何級なの」

 

「みんなネ級と呼びます」

 

「そう。どうでもいいけど……なんで助けてくれたの」

 

「……………ただの気まぐれです」

 

「何よ。今の間は」

 

「気のせいじゃないですか?」

 

 深海棲艦が普通に話すのは、やはり艦娘からすると異様に写るらしい。隣にいる雪風は動揺していたが、叢雲は普通に話す。もしかしたら、目が見えないから、人が冗談を喋っていると解釈しているのかも、などとネ級は想像を膨らませる。

 

「1個、聞いていいですか。目、不自由なのでしょうか」

 

「……。」

 

「言いたくないなら大丈夫で」

「あんたたちが来るのが遅いからこうなったわ」

 

「………………遅れてすみませんでした」

 

「別に。どうせ遅かれ早かれこうなったのよ……私は」

 

 自分達が来る前の戦闘の怪我、か。すぐにネ級が謝ると、雪風が口を開く。

 

「……ひどい一方的な戦闘でした。貴女が来るまで防戦一方です。どこからか途切れずに次々襲い来る敵を、船に近付けないようにさせるだけで精一杯でした」

 

「……雪風。良いのよ」

 

「叢雲さんは特に前面に突出して敵を引き付けていたんです。そこで空母の攻撃を受けて」

 

「みっともないから止めてよ……私が弱かっただけなんだから」

 

 ネ級が座っていたキャンプ用のベンチに手探りで座りながら、(うつむ)き加減で叢雲は言う。

 

「気を抜いたらこの様よ……全く、嫌になる………」

 

「……船医の方から診断は頂けないのですか。もしかしたら治るのかも」

 

「もう無理よ……前が全く何も見えないもの……私の艦娘の人生は終わったわ」

 

 そんなこと、とネ級が続けようとしたときだった。雪風が耳打ちしてくる。

 

(その……お医者様もストレスを溜めていらっしゃるようで)

 

(?)

 

(あんたたち軍人は頑丈だろうから後回しだって。先にお客様の方を診ると言って聞かなくて)

 

 雪風の言うことが本当なら…………。ネ級は思わずカチンと来た。その医者がさっきすれ違った者と同一かは知らないが、例え本当のこととはいえ、もう少し言い方という物が有るんじゃないかと思ったからだ。

 

 「悲観するのは、まだ早いですよ。ちょっと包帯解いても良いでしょうか」 ネ級がそう言うと、叢雲が顔を上げる。目元は隠れているが、不思議そうな顔をしているように見えた。

 

「何よ……深海棲艦が外科医気取り?」

 

「いーからいいから。大丈夫です。きっと治りますよ」

 

 ぐちゃぐちゃに巻かれた物を(ほど)くネ級の手慣れた様子に、目が見えないながらも叢雲は意外そうな顔になる。気にせず彼女は視診をやってみる。

 

 かなり頑丈に巻かれた包帯の下を見るのは度胸がいたが。意外と、この艦娘の怪我は深刻ではなかった。

 

「顔に当たったというから、そのときに破片でも入ったんでしょう。所々、裂けて血は出ています。でも眼球の損傷しているのは強膜((白目))の部分です」

 

「強膜……? 何が言いたいのよ」

 

 傷の周りの消毒を済ませてから、包帯を巻き直す時に口を開く。

 

「眼球破裂だとか、目玉がバラバラに千切れたとか以外なら、今の医療なら基本的に治ります。治る時間と経過とリハビリの大変さが違うだけです。特に虹彩に近い部分は綺麗に残っているから、信頼できる医者にかかれば問題ないはずです」

 

 あまり複雑な怪我でなくて良かった。特に何も考えずそう呟いた。

 

 ふと、下げた頭を持ち上げると。叢雲と雪風の二人がなんだか妙な表情でこちらを見ているのが気になる。

 

「アンタ、何者?」

 

「?」

 

「なにトボけた顔してるの。怪我の触診なんてお医者さんごっこみたいなのだと思ったら全然違うじゃない。どういうわけ?」

 

「あ………えっと」

 

「えっと? 何?」

 

「……私、島に住んでるんですが。結構、流れに乗って漂流者みたいな人が流れ着くんです。昔、医者をやっていたと言う人が……」

 

 口から出任せをそこまで話したときだった。叢雲は見えない目を細めて相手を(にら)みつける。思わずネ級は身を引いた。

 

 「嘘臭いわね……すごく嘘臭いわね」 なんとなく、予想はついたがそんなように言われて。少し機嫌を損ねる。

 

「嘘だと思うなら勝手にそう思えばいーじゃないですか」

 

「なに? イラッとしたわけ?」

 

「別に!」

 

 なんだカワイイ奴だな。話し相手にそう思われているとも知らず、ネ級はそっぽを向いて足を組んだ。

 

 何分か経過したか。まだ隣に座っていた二人にネ級は再度話しかけた。

 

「……さっき、私の人生は終わりだって言いましたよね。そんなに入れ込んでいた仕事なんですか」

 

「は? 何よ急に」

 

「……すいません」

 

 ちょっと苦手だこの人。ネ級がそう思ったとき。叢雲は「まぁいいか」と言った後に、暇だから、と付け足して答えてくれた。

 

「昔、従兄弟がアンタ達みたいのに襲われたのよ。だからなっただけ。後はまぁ、給料も悪くないわね」

 

「はぁ」

 

「嘘ですよ。ずっとなりたかったそうで、子供の頃からの夢だったって」

 

「………………雪風ぇ、余計な事は止めろと言ってるでしょ」

 

 ため息混じりに叢雲は言う。口をへの字に曲げながら、彼女は続けた。

 

「ムカつくのよ。深海棲艦っていうのは。こっちがなにもしなくても変なことしてくるし、話は通じないし。野蛮人でもあそこまでないわ」

 

「私もその仲間ですが」

 

「アンタは私の視界に入ってないじゃない。今は、ね」

 

「そういう問題でしょうか」

 

「そういう問題なの。私の精神衛生上はね。それに、一応助けてはくれたみたいだし」

 

 ふん、と鼻をならしながら彼女は言った。

 

 叢雲はどこか得意気な様子のはずだったが。どうしてか、ネ級の目には元気が無いように思えてしまう。少し考えてから、ネ級が言う。

 

「……聞き流してしまって構わないんです。独り言、今から喋りますね」

 

「?」

 

「夢ってそう簡単に捨てられる物なんでしょうか。誰でも1つ2つ、大小持ってると思いますけど……」

 

「………………」

 

「頑張った先で、せっかくなれた職を……簡単に捨てるなんて言ったら駄目だと思うんです。それに叢雲さんの目はまだ死んでない。元通りになる可能性だってあるんだから。」

 

 余計なお世話だ、とか、言われるのを覚悟しての発言だった。しかし、叢雲はネ級の予想を外れた反応を見せる。

 

「雪風。ちょっと、私にこいつの見た目を実況してくれない?」

 

「え? 何かあるんですか?」

 

「いいから早く」

 

「……目の色は、右が茶色で左が赤です。髪も肌もマネキンみたいに真っ白で、黒と緑のジャンパーを着てます。へその横ぐらいから、人の足ぐらいの太さで、先っちょに鮫の口みたいなのが付いている触手が生えています」

 

「……そ。ありがと……アンタ、本当に深海棲艦なのね」

 

「普通の人だと思ってましたか」

 

「……だって、現実味がないじゃない。深海棲艦が艦娘を助けてくれるなんて。前に噂でそういうのが居るとは聞いたけど、信じてなかったし」

 

 自分のさっき思ってた事はあってたんだな。会話しながらネ級は思う。

 

「変わり者もいるのね。深海棲艦って」

 

「変わって……ますか。私」

 

「だって学校の先生みたいなこと言うんだもの。人に優しく(さと)すような、気を使いすぎてるというか……すごく変な気分」

 

「褒められているのでしょうか」

 

「そういう事にしておいて。……でも話の通じる奴がいるとはね。認識を改める必要があるかしら」

 

「数は少ないですよ。普通に話す者が知人に居ますが、それでもそんな深海棲艦はあまり……」

 

「友達がいるの? どんなヤツよ」

 

「最近は泊地棲姫様と親しくなりました。今、この船のあっちにレ級も居ます」

 

 叢雲には見えるはずが無いのだが、自然と指をさして一方向を示してしまった。ネ級はしまったと思ったが、それとは関係の無い部分を突っ込まれる。

 

「姫級と……友達? アンタ本当に言ってるの」

 

「好い人でしたよ。少なくとも私には」

 

「へぇ……興味が沸くわね」

 

 「深海棲艦って何食べて生きてるのかしら?」 「さぁ、ボーキサイトでもかじってるんじゃ……」 そんなようなヒソヒソ話を二人がし始める。聞こえてますよ、とネ級が言いたくなったときだった。

 

 もう二人、艦娘が奥から歩いてくるのが見える。

 

 今、喋っていた者らとは違い、表情はどこか深刻そうで。少なくとも無駄話をしに来たわけじゃ無さそうだ。

 

 ネ級が考えていると。包帯を巻いた腕を首から吊っている、白い着物に赤いスカート姿の女性と、日焼けした肌と眼鏡が印象に残る女性のうち、後者が口を開いた。

 

「なぁ。ちょっといいか。あんた」

 

「何か悪いことをしてしまいましたか。そうなら、謝ります」

 

「あぁ、違う。そんなんじゃないんだ…………………もし、だよ。もしもお前が人並みの優しさだとか感情ってものを持ち合わせてるなら、助けてほしいんだ」

 

 「え」 とネ級は生返事を漏らす。

 

「向こうに小さく島があるのが見えるか。あそこで停まって、この船を守ることになった。待っていれば、味方が来る手筈になってる……みんな、怪我をしてる。派手に動けるような頼れるのはあんたらしか居ないんだ」

 

「やってくれと言われれば、やりますが……」

 

 とても、意外に思った。

 

 ギプスの方は格好から空母の艦娘だろう。今話した者は、記憶が正しければ戦艦の武蔵(むさし)という人に特徴が似ているから、もしそうならかなり腕の立つ戦艦の艦娘の筈だ。そんな人が、得体の知れない他人にそんなことを任せるのかと、思わず勘繰ってしまう。

 

「そうか……! そうか、良かった! これで船を守れる」

 

「あの。ちょっと良いですか」

 

「なんだい、気になったことなら答えられる範囲で言えるが」

 

「艦娘の方々の増援は望めないのですか? 自分みたいな深海棲艦に任せるとは……」

 

「あぁ。確かにそれは気になるよな……」

 

 寂しさを漂わせる力無い笑顔を見せながら、彼女は言う。

 

 

「下手をすればあと半日。早くても夜中まで救援は来ないと味方から返信があったんだ……こんな場所だから、文句は言えないがな……」

 

 

 一瞬ネ級は自分の耳を疑った。が、「この場所」を考えると当然かと考える。土地勘が狂ってなければ、確か陸からかなり離れた場所の筈だ。……もっとも、やはり気になるのはこんなおかしな場所へ船を航行させた船員だが。

 

 「引き受けます。まだ、体は動きますから」 立ち上がってそう言うと、隣の叢雲も立つ。

 

 「持っていって。」 そう言って彼女が差し出してきたのは、杖の代わりにしていた槍だった。

 

「これを、ですか」 

 

「さっき雪風から聞いた。あんた武器にほとんど弾が残ってないんだって? どうやって戦う気だったの?」

 

「それは……」

 

「補充するにしたって私たちも弾に余裕なんて無い。もしもの時に使いなさいよ。今の私には使えないからあげる。気休めにはなるでしょう? 丸腰になることは無くなるんだから」

 

 確かに、前まではいざ知らず、深海棲艦のフィジカルで無理をして接近戦に持ち込めないこともないのは最近の戦闘で経験している。ただの槍でも、素手よりかは使えるか。ネ級はありがたくそれを受け取った。

 

 触手に副砲をマウントするためのマジックテープに長柄を固定していると、日焼けの艦娘から更に渡されるものがある。一旦没収されていた瑞雲と武装、その操縦士の妖精らだ。

 

「返さなきゃいけない物がある。ほら。……あんた妖精とも仲が良いとはな」

 

「あぁ……ありがとうございます! みんなお疲れさま。大丈夫?」

 

「おかし貰えたのです!」「うまい棒!」「すにっかーず!」「びっくりまん!」

 

「な~に甘いもので釣られてんのさ。このこの!」

 

 良かった。妙に思われて変なことをされたわけではなさそうだ。触手の上に座って、貰った物を食べている彼ら彼女らの頬をつついて弄る。

 

「繰り返すが、何かがあったときは頼む。動けるのは私とそこの雪風ぐらいだ。たった二人じゃ船に気を割くほどの戦闘ができない」

 

「信用して頂けているんです。私でよければ、お力になれれば。」

 

 返却された武装以外の荷物は下で待つ北方棲姫に預けている。そのため手早く準備を済ませて海面に降りようとすると、いつの間にか、レ級と同じく子供たちに付き合っていたニ級も近くに来ていた。

 

 そのニ級が甲板から飛び降りたので、激しい水柱が起こってネ級は海水を被る。少し顔をしかめながら、縄ばしごを降りきったとき。船の上から子供の声がした。自分が絆創膏を貼った、あの男の子だった。

 

「おねーちゃーん! どこいくのー!」

 

「こわーいオバケを退治するのよ~。艦娘のお姉ちゃんの言うこと聞くんだよ~?」

 

「ちゃんと帰ってきてねー!!」

 

 この状況だというのに。気を使っているのか、それとも幼いゆえの天然なのか、元気な子だな。

 

 大声で叫ぶ彼に、その周囲で慌てる大人たちに笑いながら、ネ級は言った。

 

「じゃ、応援してヨ! お姉ちゃんはね、褒められて伸びるタイプだからさっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 自分の出来る最大限の笑顔を浮かべて。ネ級は、船からこちらを見下ろしている子供たちにピースして見せた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 負傷して身動きが取れない艦娘らにかわり、偵察と護衛を任されて。およそ、5時間ほど経過した。

 

 ネ級の予想に反して、意外と敵の攻撃は穏やかな物だった。自分が首を突っ込んだ最初の猛攻はなんだったのか、と思えるほどで、数時間に片手で数える程度の駆逐艦がやって来る程度なのだ。警戒しつつも、少しずつ凝り固まった体の緊張を(ほぐ)す。

 

 自分と北方棲姫、おまけのニ級が任されたのは主に海面を駆け回っての遊撃と敵の撹乱だ。すぐ背後の船では療養中の艦娘らが援護のために、固定砲台として甲板に陣取っている。なお、怪我の度合いが予想よりも酷かったレ級もこの中に含まれる。

 

 武器は全て故障もなし。残弾は合計で120、+自分の体調に合わせると血を撃てるのは2~3回。残った瑞雲は5機。贅沢は言えないが、万全からは程遠いよな。妖精から教わった簡易整備を済ませながら、ネ級は武器から外していた装甲板を戻す。そんな折、妖精が呟いた。

 

「不気味な海なのです。敵は少なく、小粒な部隊ばかり。なにかありそうで……」

 

「な~に、どうにかなるよ。神社で御詣りも済ませたし」

 

「あの薄気味悪いヘビ神社なのです……?」

 

「薄気味悪いなんてバチ当たりな、白蛇って近くで見たら意外とめんこいんだぞ~?」

 

 おちゃらけた様子で返事をしたが。妖精たちの言うことも尤もだと考えていた彼女の内心は、正直、穏やかではなかった。

 

 嵐の前の静けさ、という具合だろうか。なにか、とてつもなく恐ろしいものがこちらに向かってゆっくりと近づいている。そう嫌な想像が脳裏に浮かぶのだ。一度考えてしまうと、それがこびりついて離れない。本気で笑おうとしても、乾いた声しか出せなかった。そんなネ級の様子に気付いたのか、北方棲姫も口を開く。

 

「なぁに、ネ級。自分の身が心配?」

 

「…………それもあります。でも一番はこの船の安全でしょうか……ここに南様が居ればまた違ったんでしょうけど」

 

「南方かぁ。あの人、喧嘩は強いけど打たれ弱いからなぁ」

 

 流石は自分よりも強い人だ。落ち着いてる。見習わないとな―― 等と考えつつ。1つ、ネ級は相手に質問した。

 

「北方棲姫様は良かったんですか。私なんかに付き合って。今のこれにしたって、別に付き合う義理なんて無いわけだし……」

 

「いーの。たまには変わったこともやってみたかったから」

 

「変わったこと」

 

「こーやって、一緒に小舟に乗ってお話ししているとね、姉さんを思い出すんだ。ネ級は優しいから、なおさら」

 

「お姉様ですか。そういえばあの港には居ないようでしたが」

 

「うん。ほんとうに最近だったんだけど、妹と一緒にお引っ越ししたの。どこか遠くだって」

 

「引き留めなかったんですか。仲は良好だと聞きましたが」

 

「ううん、駄々はこねなかった。前から、貴女はおねーちゃんでしょって言われてたから。それに、困ってる部下の人が居るから。って。いつか返ってくるって言ってたから、私待ってるの」

 

 ゴーグルをつけた目を細くして、彼女は屈託の無い笑顔を見せた。ほんの少しだけ、嫌な気分も晴れた気がした。

 

「そうですか……いつかきっと、皆さん会えるといいですね。」

 

「うん。それにね、ネ級の考えも面白いなって。陸の人に恩を押し売れば、仲良くなって撃たれなくなるかも、なんて変なの!」

 

 持っていたラチェットをカチカチ鳴らして遊びながら彼女は言う。

 

 変なこと、ね。みんなそう言ってくるよな。そう思っていると。付けっぱなしだった船の縄梯子からレ級が何かを抱えて降りてきた。

 

「どうしたのこんな時間に?」

 

『お夜食だそうです。バイキングで余ったパンで作ったサンドイッチだとか』

 

 言われてみればお腹も空いていたな。ネ級は彼女が持っていた物を1つ取った。しかしなかなかどうして、ここまでやってくれるだなんて、船の人々はこちら(深海棲艦)の理解がある人達だな、と思う。

 

「怪我は大丈夫なのレ級」

 

『右手が痛みますが、利き手は無事なので特に。引き金を引くぐらいなら』

 

「そっか……無理しないでね。みんな無事で帰ろう」

 

「…………」

 

 ネ級が差し出した小指に、レ級も乗って来て、二人は指切りをする。心なしか彼女の力が弱いのを感じて、右腕の怪我というのをそれとなくネ級は把握する。ついででその体に目をやれば、至るところが青あざだらけだ。相当無理をしていたのだろうと予想する。

 

 全員で北方棲姫の艤装に座り。つかの間の安らぎを堪能しているときだった。ネ級が貰ったものを食べ終わった辺りで、唐突にレ級は何かを書いて渡してきた。

 

「……………」

 

「ん? なに?」

 

 いいから覗いてみて、と言っているように見える。ネ級は紙に顔を向けた。

 

 

己を律せぬ者に 勝利はありません

 

 

「ぐっ……! ふふふっ……」

 

 わざわざ筆ペンを取り出して彼女が書いた便箋(びんせん)の、あまりにも達筆な字に、ネ級は意図せず噴き出してしまった。

 

 みんな、私に気を使ってくれてるのかな―― ネ級は考える。妖精たちは毎日自分を支えてくれる。叢雲は身を案じて武器を貸してくれたし、北方棲姫も世間話で気をそらすようにしてきた。レ級も、笑わせて緊張を解こうとしたんだろう。こう複数の他人に支えられているのを実感すると、無理にでも頑張ろうと思っちゃうよな……。彼女は心の中で呟き、自身を奮い立たせる。

 

『後ろで見てます。頑張ってくださいね』

 

「わかってる。船の人たちは頼むね」

 

「…………!」

 

 ネ級の言葉に、少しふざけながらレ級は敬礼の動作をして見せたそのとき。船、北方棲姫の装備、そして自分が持たされていた機器の警報が鳴った。

 

 北方が定期的に飛ばしていた猫艦船の1匹(一機?)が戻ってくる。口のような部分を開閉して何かの意思疏通(そつう)(はか)っているそれの様子を見て彼女は言う。

 

「猛獣が来たみたい。数はわからないけど、方向はあっち!」

 

「わかりました。レ級は戻って」

 

『了解』

 

 また軽い編成が相手だと良いんだけど。ネ級はバズーカ砲の口から弾を詰め、電子機器を起動させる。砲撃戦の用意ができた頃合いに、日焼けの艦娘から通信が入った。

 

『こちら武蔵、北東から近づく熱源がある。迎撃体制を整えてくれ』

 

 相手の言う通り。声の主から貰っていた携帯電話の画面には、方位磁針が表示されているが、NEと書いてある方角に赤い点が幾つか浮かんでいるのが確認できた。

 

 飛んでいる艦載機と情報を共有する端末に、こちらに近づく物のデータが送られてきた。が、それの情報に、ネ級と北方棲姫は怪訝な面持ちになる。

 

 どういうこと? 二人の声が重なる。接近しているのは全て深海棲艦の飛ばす一般的なエイ型の飛行体だった。ならば、近くに空母が来ているはずだが、そんな反応はどこにも無いのだ。艦娘をやっていたときにも見たことがないケースにネ級はたじろぐ。

 

「艦載機だけが飛んでる……攻撃するべきでしょうか」

 

『何?』

 

「敵を確認しました。空母の艦載機のみがこちらに向かっています。何か異様な雰囲気が漂っています」

 

『……そうだな。早めに全て撃墜しろ。こちらからも援護はする。オーバー』

 

「承知しました。オーバー。」

 

 場馴れしているのか、素早く端的に指示を出してきた武蔵に従い、ネ級は武器を構えた。

 

 出し惜しみをする気など最初から無い彼女は、なけなしの特殊砲弾を単発式のロケット砲に込めて撃つ。最初こそ、敵が船の上を飛んでいたため使えなかったが、味方への被害を考慮しなくて良いのなら戸惑う必要は無かった。

 

 持ってきていた最後の一発の燃料気化爆弾は、綺麗な弾道を描いて薄暗い夜の闇へと吸い込まれていく。数秒後、それは眩い閃光を放ち、炸裂した。

 

「敵反応は……無くなった。本当にアレだけか」

 

「一応飛行機は飛ばしておくね。心配だから」

 

「お願いします」

 

 念を入れた行動を提案した北方にネ級が返事をしたときだった。

 

 ブー! と端末からブザーが鳴る。驚いて彼女は体を震わせ、視線を機器に向ける。

 

 

 なんだ。この大きな反応は。表示されていた物を見て、全身の毛が逆立った気がした。

 

 

『熱源反応、最後のひと……つ……!?』

 

「………………!!!!」

 

『一体どこからコイツは……あり得ない、なんでこんな近くまで探知できなかったんだ!!』

 

 明らかに異常な大型の反応を検知したのは後ろも同じらしい。武蔵が動揺(どうよう)しているのは声でわかった。

 

 一体何がこちらに向かってきているんだ。焦る心を隠せず狼狽える一同のもとに、「それ」は姿を現した。

 

 何かの演出のつもりなのだろうか。激しい水飛沫を上げながら、一体の大型の深海棲艦が水中から()い出てくる

 

 

「たった数人の艦娘に()き乱されるか。雑魚は使えないな、本当に」

 

 

 どうして艦載機のみが独立して飛んでいたのか。その理由をネ級はすぐに理解することとなる。

 

「使えない、使えないなぁ。でも食べると美味しいのは誉めることかな」

 

 血の匂いが微かに鼻を掠めた気がした。夜目のなれている彼女には、眼前の深海棲艦の口許(くちもと)が香りの発生源であることはすぐにわかった。

 

「いや、しかも仲間割れする数匹ごときにやられるのも情けない話だな、お陰で私に皺寄(しわよ)せが来た」

 

 頭から小さな角が2本生えている。格好は黒の薄手のドレスのような物に、首から胸にかけて先端の(とが)った骨のようなものが突き出ている容姿をしている。ただ、一番に目を引くのは、彼女の後ろに控える、体を大砲で着飾った大きな怪物だろうか。

 

『高熱源反応を感知。識別開始。データ、有り。戦艦棲姫です』

 

 見ればわかる。ネ級は心中でそう溢す。そんなことよりも目を引く行動を、対象は取っていた。

 

 唐突に現れたその戦艦棲姫は、空母ヲ級の手と足に見えるナニカを。味わい深い料理でも堪能(たんのう)しているように、よく咀嚼(そしゃく)しながら喋っている。犠牲者が深海棲艦だというのは、その特徴的な頭部から予測した。

 

 激しい痛みに抵抗でもしたのだろうか。相手が手に持っていたヲ級の首は、絶望に歪んだ表情で事切れている。

 

 冗談じゃない。同族を殺して喰ったというのか?? 駄目だ、こんなのを船まで接近させては。一体乗客の人たちをどうする気なのか、予測がつかない―― 槍を握っていた手のひらが、汗で湿(しめ)る。

 

「どぉ? そこのアナタ。これ食べる? 美味しいよ?」

 

「……そんなもの私は食べませんよ」

 

 気さくに話し掛けてきた相手を、毅然(きぜん)とした態度を作って突っぱねた。

 

 覚悟、決めなきゃな。絶対に船に近寄らせるものか。

 

 腰を落とし、貰った槍を正眼に構える。触手の先端を敵に向けつつ、ネ級は大きく深呼吸をした。

 

 

 

 




※3/6 歌詞を使用した場合、音読が使えなくなるためタブタイトルを変更しました。

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