職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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応援してくださった読者様の作品、新タナ私ハ防空棲姫とのコラボぞ(唐突) モリモリ宣伝も入れていくゾ

話を進めるためにかなり巻いてます。ちょっとダイジェスト感がががが()

【挿絵表示】



3 純白のビジランテ
22 傷つき倒れた先で


 

 

 酷く、景色に霧がかかったようで、思考も(まと)まらないな。そんなふうに、ネ級は考える。

 

 今現在、彼女は戦艦棲姫と戦ったことすら忘れ。どこか、観たことのない場所に(たたず)んでいた。

 

 繰り返すが、周囲は霧がかかって遠くまでは見えない。足元は陽光に照らされて金色の砂利が敷き詰められ、すぐ近くには水の流れる音がする。川が有るのだろうか。等とネ級は思う。

 

 最初こそ、いつもの「夢」だと思ってあの気さくなネ級を待っていたが、いつもと違う点に気付き、女はその場にぼうっとしていた。

 

 いつもは「鈴谷」であるはずの自分の体がネ級のままなのである。もしかしてこれは現実なのだろうか? と思いつつあった。

 

 川……川か。まさか三途の川だったりしてね。そこまでネ級が考えた時だった。

 

 ばしゃり、と何かが水面に叩きつけられたような音が響く。

 

「?」

 

 驚きはしなかった。ただ、何の音だろうか? と好奇心に押されて、足元の石を踏みしめて騒音の発信源に近付いた時。

 

 何か、嫌な感覚に全身が包まれる。例えるなら死神か何かだろうか。絶対に対抗できない何者か、みたいな存在と目があったような――おぞましい気配を感じた。

 

 嫌だな、何か有りそうだ。近付かないようにしておこうかな。そう思って、水面が視界に入った頃合いで引き返そうとした。

 

 が、その判断は遅かったらしかった。

 

 音の正体はすぐにわかることになる。ネ級が見つけた水辺から、視界を埋め尽くしそうな程の量の、「黒い手」が生えて(うごめ)いていたのだ。

 

「   」

 

 ネ級は身がすくんで動けなくなってしまった。立ったまま腰を抜かしたような感覚を覚える。間違いなく。人生で一番の恐怖を感じて戦慄した。

 

 数えることが無駄に思えるほどの物量の黒い手に、全身を掴まれた。そのまま川に引きずり込まれそうになる。その感触が嫌でたまらないのに、なぜか体は動かなかった。

 

 やめて、助けて―― 舌が乾くとはこの事か、と思う。あの日首を切られた時みたいに、声を出すことすら満足にできない。

 

 そのまま自分は水中に没することになるのだろうか。生きることを諦めて、そんなように思ったときだった。

 

「おっと。貴方たちにこの人は預けられないな」

 

 聞き覚えのある女性の声を、無抵抗の体にくっついた耳が捉える。

 

 少し落ち着いた、それでいて明瞭な声だ。熊野ではない。南方棲鬼や那智でもなく、浜波はここまではっきり喋る人間じゃなかったよね―― 危機的状況にありながら、嫌にハッキリと頭が回る。

 

 「手」に顔を被われて居るので、その人物の顔は見えない。誰だろうか、と思って程なく、沢山絡まっていた手は、その人物によって自分の体から引き剥がされた。

 

「久し振りだね。根上さん……といっても、2、3ヵ月ぶりぐらいかな」

 

 顔を見て、やっと思い出す――あぁ。なんで私はこの人を忘れていたんだろうか?――失明した右目も、色の変わった左目もどちらも涙で潤んだ状態で、ネ級はその人物に声をかけた。

 

 白い髪を後ろで縛り、手の肌が黒い。服は、医者が着るような白衣を着崩さずに真面目そうに(まと)っている。顔に浮かべる表情は、下がった眉尻が、瞳の光と合間って優しい印象を受ける。そんな容姿の女性だ。

 

 

「土井……先生? どうして……?」

 

 

 覚えていない筈がない。うずくまった自分の前にしゃがんでいたのは、「あの日」自分が間に合わなかったばかりに死亡した筈の土井だった。

 

 意味がわからない、と思った。ネ級はともかく、この人は間違いなく死んだはずなのだ。脈も測ったし、その死体のそばで数時間ほどぼうっとしていたがぴくりとも彼女は動かなかった。間違いなく死んでいた。じゃあ、目の前のこの人は??? 普段は合理的に判断を下す鈴谷の脳も、この時はエラーを出す。

 

「なんで、土井先生が……ここは、天国なんですか……私は、死んだってことでしょうか」

 

「ふふふ。相変わらずだなぁ……考えすぎだよ、根上さん。貴女はまだ生きてるよ」

 

「じゃあっ!」

 

「ここはどこ、でしょう。私にも詳しいことはわからないんだ……でも、なんだろうね。現実とあの世の境界線、みたいな気はするんだ。何となく、だけどね」

 

 またアレが来るといけないから、少し向こうまで歩こうか。土井が言う。ネ級はそれに従い、立ち上がった。

 

 

 

 目的地のわからないまま、白衣の女にくっついて歩く。足を動かしつつ、二人は会話に花を咲かせた。

 

「間に合って良かった。アレはあまり良いものじゃない。ちょっとやり方が強引で」

 

「アレ、ってなんですか。あの沢山の腕のこと?」

 

「そう。暇でずぅ~っと見てるんだけどね。岸辺に近付いた人を、さっきの貴女みたいに捕まえて、水の中に引きずり込んじゃうのさ。ハエトリソウみたいにね」

 

「川の栄養にする……って事ですか」

 

「ふふふ、面白い事言うね。根上さんにはアレが生き物に見えたわけか」

 

「……茶化さないでください。ホンとに怖かったんだから」

 

「ごめんよ。アレはね、私の予想だけど。多分、「死」の概念そのものだと思う」

 

「死…………なんでそれを、土井先生は止められたんですか?」

 

「簡単な話さ。私はもう死んでるけど、根上さんは生きてる。アレはね、生者だけを引き込むんだ。そして死者を避けるらしい性質がある。だからさっきは助けられたってわけ」

 

「へぇ~……」

 

 どこか現実味のないこの状況を曖昧に捉えていたお陰か。意外とネ級は、すんなりと彼女の話を飲み込めていた。

 

 尚も歩き続ける中で。土井は少し表情を暗くして続ける。

 

「貴女の命はまだ繋がっている。人はいずれ死んで、ここに来る。でも、まだその時じゃない」

 

「………………」

 

「根上さん、覚えていて欲しい。死はこの世の全てに等しく訪れるモノだけども……覚悟があったりする人にはそれは優しいけど……下手に受け入れたり、怖がったりすると、光よりも早く襲い掛かってくる」

 

「軽々しく死ぬなんて思うんじゃない……」

 

「そう。私が言いたかったのはそう言うことだね」

 

「肝に銘じておきます」

 

 二人が直も会話を続けていると。ネ級の視界、あるものが入ってきた。

 

 「さ、着いたよ。私が見送れるのはここまでだ」 土井が言う。

 

 土井が連れてきたいとネ級に言って誘導した場所には。これまた、彼女には思い出深い品物が佇んでいた。義父から受け継いだ、陸に置いてきた自分のシビック()だ。

 

「改めて眺めると、綺麗で立派な車だ。きっと熊野さんが手入れしているんだろうね……いつか帰ってくる貴女を信じている証拠だ」

 

「熊野が? わかるんですか?」

 

「ほっときっぱなしでこうはならないさ、何となくだけどね。几帳面な性格の人でしょう? あの人は」

 

「あぁ……まぁ」

 

 光を反射し紫色に輝く車体を指でなぞる。思い出に浸っているようなネ級へ、土井は口を開く。

 

「さぁ。これに乗って帰るんだ。貴女の助けを、帰りを待つひとがいるはずだよ。行ってあげないと」

 

 恩師の声に耳を傾けながら、ネ級はドアノブに手をかける。カチャリ、と機構が作動する音と共に、すんなりとシビックのドアは開いた。

 

 車内は海に出ていった日から変わらない様子だった。赤いバケットシート、握り心地の悪いハンドル、義父が好きで使っていた香水の香り――気がついたときには、彼女はドライバーシートに体を滑り込ませていた。

 

 ドアを閉めてキーを捻る。鎮守府で働いていた頃に何度も聞いた、スタータが回り、エンジンに火が入る音が体に飛び込んでくる。

 

 少し重みのあるクラッチペダル、アイドリングで揺れるシート、胸にくい込むシートベルト。ここ数日の目まぐるしい日々を思い出すと、あらゆる感触が懐かしく感じる。

 

 ウインドウのスイッチを押して運転席の窓を下ろす。開いた場所から入る風が、彼女に出発した日の事を想起させた。

 

 車のすぐ横にいた土井が、ネ級の目線まで屈み、呟く。

 

「またね、と言いたいところだけど。できれば貴女には、そう何度もここに来てほしくはないんだ……さようなら、根上さん。お元気で。私なりに、武運を祈るよ」

 

 影のある笑顔で、相手はそう言った。ネ級は何故か、悲しい気持ちになる。少し(うつむ)き加減で、彼女は返事をした。

 

「本当に、ありがとうございました……さようなら、先生……」

 

「うん、どういたしまして。さようなら。」

 

 ハンドブレーキを下ろしてシフトノブを操作する。ゆっくりと加速を始めた車を、ネ級は土井が指差す方向へ、ひたすらまっすぐに走らせた。

 

 バックミラーに映る土井を見る。手を降って自分を送る彼女の顔は、寂しげな笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 目を覚まして一番最初に、ネ級は身動きが取れなかったことに疑問を持った。

 

 夢(?)の中では曖昧(あいまい)だった思考が、意識の覚醒と共にはっきりとしてくる。

 

 そうか。自分はなり行きから戦艦棲姫と交戦したはずだ。確か、最後は南方棲鬼が助けに来てくれたんだっけ……。一応、艦娘の人達は味方についてくれていたが、だとしたらここは軍の医療施設か何かだろうか。見慣れない天井と嗅ぎ慣れない空気に、そう思う。

 

 体を起こす事ができないので、首と目だけ動かしてみる。自分の体は布団をかけられた上から、複数のベルトでがっしりとベッドに固定されていた。ついでに触手の方はというと、口の部分に大きなマズルガードみたいな物が被せてある。

 

 なるほど、と思った。世間的には猛獣と同義な深海棲艦をここの職員が縛り付けたのかな? 近くに立ててある点滴のスタンドを眺めながら、そこまで考えた時だった。

 

『おい、目を覚ましたみたいだぞ。なんて言おうか?』

 

『なんで私に聞くんですか。知らないですよ、適当にオハヨーとか言えばいいんじゃないですか?』

 

 自分が寝かされていたのは、四方を真っ白な壁に囲まれた殺風景な場所だったが。その四隅に配されたスピーカーから、男性と女性の話し声が聞こえる。

 

 当然意識のあったネ級は会話を聞いていたが、女性の提案に乗って『おはよー』と抑揚(よくよう)のない声でばか正直に言った男性に、思わず笑いそうになってしまう。ネ級はそんな相手へ、返事をした。

 

「おはよう……ございます」

 

『お! 本当に喋ったぞ。聞いたか大淀、綺麗な日本語だ』

 

『報告書通りですね。引き続き観察を続けましょうか』

 

『おぅ。ん、気分はどうだ? どこかが痛むとか何とか』

 

「良くはないと思います。体の節々が痛みます。出来れば、筋肉を(ほぐ)したいところですが」

 

『……らしいが。大淀、どうするべきだ?』

 

『艤装を取ってきますから待っていてください。護衛付きで中に入りましょうか』

 

『だな。私は無駄話を続けるとするよ』

 

 こちらに聞こえないと思っているのか、それとも言葉を理解する脳ミソが無いと思われているのか。筒抜けな会話を交わした顔の見えない二人が、スピーカーの奥で物音をたて始めたので、何か始まるんだな、ぐらいの想像はついた。

 

 まさか、自分は取っ捕まって実験動物か何かになった訳じゃないだろうな。時間稼ぎが見え見えな男の話に対応していると、程無くして「大淀」なる女性が戻ってきたのか。武装した艦娘を連れ、ドアを開けて入ってきた男に、ネ級は先行きに不安を感じた。

 

 しかしそれは杞憂(きゆう)に終わる。

 

「改めまして、どうも。ネ級さん」

 

「……初めまして」

 

 どういうわけか、護衛を押し退けて一番最初に入室した白衣の男に言う。彼は続けた。

 

「話を始める前に、貴女にぜひ、会わせたい人が居る。いいか?」

 

「?」

 

 初対面の人間に会わせたい人? 誰だろうか。そう思いつつ、別に断る理由も権利もないので了承すると。男の次に一人の艦娘が入ってくる。

 

「よう。元気か? 鈴谷。」

 

 見間違えることは絶対に無い人物が姿を現す。前の鎮守府で一緒に肩を並べた戦友。木曾だった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 客観的には、5秒ほども無い間だったが。ネ級は放心して口を半開きにしていた。その場にいた全員が無言の時間が少しあったが、最初に口を開いたのはネ級だ。

 

「うっそ……どういう事……?? なんで、どうして木曾が!?」

 

「待ってたぜ~この寝坊助ぇ! ビックリしたのはこっちだよ。あんな八千代(やちよ)の別れみたいな事言っといてよ、まさか3か月そこらで会うとはな」

 

 幼馴染みの熊野ほどではないにせよ、親しい間柄の友人との再会に。嬉しくない訳もなく、肩を叩いて捲し立てる相手に驚きつつも、ネ級の先程まで考えていた不安は吹き飛んでいた。

 

 嬉しさ半分、疑問を残りに抱き。彼女は気になったことを友人に聞くことにする。

 

「どうしてここに? ここ前の鎮守府じゃないでしょ? 配属変わったの?」

 

「相変わらず察しがいいのな。そうだよ、ここは佐世保だ。軍の部隊が重巡ネ級を捕まえたって連絡聞いてな、無理言ってここに来れるようにしてもらった」

 

「へぇ……あと、3ヶ月って? 私確か1ヶ月とそこら……」

 

「な~に言ってんだ。お前ボロボロになって保護されたとか聞いたぞ? ギリギリ2ヶ月いかないぐらいか、ずっと目も覚まさないで」

 

「うっそ……」

 

 また、か。ネ級は前の負傷で1ヶ月間寝たきりだったことを思い出して、心中でそう呟いた。

 

 会話の最中、木曾に上半身の固定に2ヶ所付けられていたベルトを緩められる。自由になった体を起こすと、相手は続けた。

 

「心配したよ。脈も息もあるとは聞いたし見たが、起きる気配が無いんだから。このまま起きないのかと、変なこと考えたこともあったな」

 

「その、ゴメン。」

 

「……いや、言い過ぎた、俺が悪かった。気にすんな、お前はちゃんと生きてるし、戻ってこれたんだしよ」

 

 また心配かけちゃったな。そんなように思っていると。男が話の間に入ってくる。

 

「で、少しいいかな。桜田((木曾))さん、この人が根上((鈴谷))さんで間違いないのかい?」

 

「はい、絶対そーです。2年間もヨコで顔見てたんだ、間違えようもないっすよ」

 

「なるほどねぇ。じゃあ安心か。拘束を全て外そう」

 

 木曾以外の艦娘達も全員が武装を解除し始める。各々が装備を適当な場所に置いて、彼女らに固定具を外され、ネ級は完全に自由になる。

 

 友人が居て、なおかつ平然と話せたとなると、この人物も土居や提督の関係者なのだろうか、と考えていると、男は口を開いた。

 

「悪いことをしたよ。確証が持てないとなるとこっちも最悪を想定しないといけないからな、体の動きを封じさせて貰っていた」

 

「いいえ、別に、当然の反応だと思うし……」

 

 改めて、男の姿を眺めてみる。小太りだが清潔感があり、体格ががっしりとしている。研究員のような格好だが、どちらかと言えば力仕事が得意そうな人間に見えた。

 

 服の内側に入れていたネームプレートを外に出しながら、男は続ける。

 

「土居って知っているだろ? 君の主治医だった彼女だ。あいつの繋がりから佐伯提督とも少しだけど面識がある。田代 聡(たしろ そう)って言う。よろしく」

 

「どうも……」

 

 何かの書類の挟まったボードを片手に、真面目そうな顔で田代は言う。

 

「話は木曾と佐伯提督から聞いた。けっこー大変だったな。うちでよければ、傷と体を癒していくといい。上層部から貴女を鎮守府に配属するような指令が下ってるんだが、面会謝絶と言っておいてある。嫌ならずっとココに居ていい」

 

「!? いえ、そんな! 迷惑ですから」

 

「そうかい? 遠慮するならまぁいいがね。こっちも手間は無くなるからナ」

 

 会話をしつつ、包帯の巻かれた体の各所をつねったり動かしたりして感覚を確かめる。2ヶ月も寝たきりだっただけに、体の中で骨がギシギシ軋むような感触に眉を潜めていると。木曾に触手の一本を掴まれる。

 

「久々に触ったなお前のコレ。相変わらずもちもちぬくぬくで触り心地がいいな」

 

「やめてよ気持ち悪い……女同士でベタベタして」

 

「いいだろ減るものじゃねーんだから」

 

 一人が恐れる様子もなくグロテスクな物体で遊び始めたからか、それを見ていた大淀もネ級のそれを持ち上げた。「やわらかい!?」と声を出して驚いて首に巻き始める始末だ。そんな艦娘2人を眠そうな顔で眺めながら、田代は言う。

 

「そういえば連絡があった。今のうちに言っとく。ネ級、君には特別な許可証が発行された。凄いぞ、艦娘でもあまり居ないような栄誉あるモノだそうだ」

 

「?」

 

「無くさないように。再発行は面倒だそうだ」

 

 相手から一枚のIDカードのような物を受け取る。

 

 『艤装の独自運用を認める免許=監督者の指揮下に限る』 そう、渡されたカードには書かれていた。始めてみた免許で、鈴谷はこれは何かと医者に尋ねる。すると、疑問には木曾が答えた。

 

「何ですか?」

 

「見てわかるだろ、ライセンスってヤツだよ。那智とかが持ってるやつ。ほら、鎮守府所属の時は、艤装付けっぱで行動してもいいってやつ」

 

「!? なんでそんなものくれるの??」

 

「? お前知らないのか? 今じゃすげー有名人だぞ。「海難救助のプロみたいなネ級が居る」……っていう話。鹵獲された重巡ネ級に危険性は無い、って判断されたそーだ」

 

「あ……」

 

 ニヨニヨと目を細めながら木曾は話す。

 

「「ホワイトナイト」とか「鬼子母神(きしもじん)」だって。良かったな鈴谷、カッコいい通り名が沢山あったぞ」

 

 日頃の行いが自分を救う。そういう事だろうか。ネ級は心中で呟いた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 目まぐるしい島での1ヶ月を考えると、非常に穏やかだと言える時間を施設で過ごす。

 

 鈍りきった体を、職員用の休憩室を借りてトレーニング等で戻しつつ、ネ級は木曾から自分が寝ていた間の事と、あの場では聞き忘れた事を聞いた。

 

 もたらされた情報は、納得はできても意外な物ばかりだった。

 

 怪我・疲労で気絶した状態から自分は一番遅く目を覚ましたそうだが。そもそも最初から意識のあったまま港に来た北方棲姫と南方棲鬼は、怪我を直したのちに、監視付きで半ば強引に軍属に。

 

 自分と同じく負傷から寝ていたらしいニ級、レ級の両者は、海難救助に関係する部隊に配属になったという。捕まった者が全て働きに出ているのも意外だったが、こと、後者2人に至っては救助隊員になっていることにネ級は驚いた。

 

「救護部隊……深海棲艦が」

 

「甲斐甲斐しく怪我人に対応していたのを評価されたらしい。レ級なんて、今じゃすっかり職場に溶け込んでるそうだってよ」

 

「へ~……誰か後ろについてるの? 深海棲艦がそんなにすんなり組織に入れると思えないけど」

 

「やっぱ鋭いな。鈴谷、聞いて驚け。なんでもな、この職場には深海棲艦のお偉いさんが居るんだ」

 

「……!! そいつ、空母ヲ級だったりしない?」

 

「なんで解った!?」

 

「あぁ。多分私の知ってる人だそれ。直接あったことはないけど、確か名前は――」

 

 ヲリビー。っていう人だよね? そこまで聞くと、木曾は少し大袈裟に驚いた素振りを見せた。

 

 聞けば、ネ級が親しくなった彼女たちがこうもすんなりと軍に籍を置いて安定するに、例の空母ヲ級が関係していると言う。かなりの情報や技術の提供をしているらしく、ネ級の予想よりも遥かにこの人物は重宝されているらしい。

 

 単体でも強大な力を持つ姫級ともなれば、戦闘に関与する影響力も大きい。戦力として得られると言えば確かに心強いかも知れないが、普通なら、敵の彼女らは警戒されて信用などまずされないはずだ。それを捩じ伏せて便宜を図ったとなると……。ヲリビーという人物を考えると、ネ級は少し恐くなる。

 

 仕事の合間をぬっては面会に来てくれる木曾、何かと気を使ってくれる田代、その他の職員らと交流を深めつつ、早くも一月ほど経過した。

 

 体が回復したことを時間をかけて実感し。ネ級は田代に、鎮守府で仕事をする件を了承する旨を伝えた。すると、彼から「あと1週間は待て」と言われる。

 

 突っぱねる理由もないので、ネ級はその期間を妖精と艤装の勉強でもしながら過ごした。

 

 何かの用意が必要なのかな……。戦艦棲姫に吹き飛ばされたのを、北方が拾ってくれていたというヘアピンを眺めて暇潰ししていると。期日の日に待ち合わせ場所にされた基地の波止場へ、彼が何かを持ってやって来た。

 

「待たせた。時間をかけたな、これを渡しておく」

 

「…………?」

 

 渡された物品に、ネ級は首をかしげた。1つは昔の縁日にあるような狐の面と、もう1つはロボットの部品のような、細長くて先端の尖った謎のパーツだ。

 

「お面? 何に使うんですか」

 

「木曾からだが、体が変わったって顔はそんなに変わってないと聞いた。なら表情は隠すべきだろ。お前さんを疎ましく思ってるような奴が居たとして、万が一バレたらめんどくせ~だろうしな」

 

「……なるほど」

 

 言われてみれば。そう思った彼女は、前髪につけていたピンを外して、髪を後頭部で縛る。そして貰った物で顔を被った。

 

 次に、何かの機械部品のようなものについて質問する。返ってきた答えは少し意外だった。

 

「これ……は何でしょう。恐竜の尻尾みたいですが」

 

「テールスタビライザー? だと。お前の体の欠陥を補う装備だ。尻尾のアクセサリーみたいに腰に巻くんだそうだ」

 

「装備……艤装なんですか。これ」

 

 気になる相手の発言にネ級は続ける。

 

「……体の欠陥? 体調に問題はありませんが」

 

「そういうのじゃナイ、重量バランス的な意味での話だ」

 

「……???」

 

「ヒトの体ってのは基本的に股の辺りに重心が来るようになってる。だからその近辺のバランスが崩れると、転倒しやすくなったりする。それはわかるな?」

 

「……えぇ、何となく」

 

「例えば、異常に重たい荷物なんか背負ったやつは、身軽なやつよりスッ転びやすい。考えりゃすぐわかるハナシだろ?」

 

 つまり……どういうことだ? そう言いたげだった仮面の下のネ級の目を見て、田代は言った。

 

「お前は腹部から2本の触手が生えてるよな? 生まれたときからあったならまだしも、ここ最近の体の変化な訳だ。いくらフィジカルと経験で()じ伏せたって、限界はある。その崩れた体のバランスで戦うのは、ちとキツいだろ?」

 

 彼の言った言葉に、ネ級は島での数々の戦闘を考えた。

 

 言われてみれば、確かに転倒する回数が多かった気がしないでもない。疲労があったとはいえ、戦艦棲姫と合間見えた時は、記憶が正しければ4~5回は体制を崩していたと思い出す。

 

 口許に手を置いて考え事をしていたネ級に、田代は更に続けた。

 

「ただ、気に入らないと思ったらすぐに外してイーよ。そう思ったということは、それはむしろもっとバランスが崩れてるって事になるからな、頑張って体に慣れるしかない」

 

「…………。すみません。何から何までお世話になって……」

 

「いやいいんだ。ココの奴らみんな暇してるからナ。ただの趣味の延長さ。ほら、迎えの船が来たぜ」

 

 田代が海側を指差す。小さな船がこちらに向かって来ている。よく見ると、木曾も乗っていてこっちを見ているのが確認できた。

 

「……わかりました。では」

 

「おう。気を付けてな。ささやかだがあんたの服のマネーカードに多少の金も入れといたよ。軍資金の足しにしてくれ」

 

「えっ」

 

「じゃーな、元気で。死ぬなよ~!」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 モーターボートで送迎される中で、ネ級は自分のこれからを木曾から聞いた。

 

 特に何をされるでもなかったため気にしていなかったが、今まで自分が療養していたのは艤装に関係する開発施設だったこと。これから向かう自分の職場は佐世保の鎮守府であること。最後に、噂のヲリビーにこれから挨拶をしに行くらしい。因みに、木曾はネ級の監視と言う名目で佐世保に入ると説明を受ける。

 

 目的地はかなり近場だったようで、すぐに船は停まる。その場から見渡せる場所にあった建物に、あれが鎮守府だろうか、等と考えていると。船から降りて早々に、木曾は用事があると言ってどこかに行ってしまった。

 

 さて、暇なので貰った物の確認でもしていようかな。そう思ったとき。視界の端にネ級は妙な人物を捉える。

 

 言うまでもなく、こんなに鎮守府に近いこの岸は軍基地の一角だ。そんな所で釣りをしている女を見付ける。普通なら異常事態だし、明らかな不振人物だ。

 

 が、少し様子を見て落ち着いた。なぜならばその人物は自分と同じく、珊瑚(さんご)の死骸か何かみたいに肌が白かった。恐らく間違いなく、「ヲリビー」だとネ級は思う。

 

 階級こそないが、軍内の人間関係に影響力のある深海棲艦だ。スーツ姿のOLみたいな格好でもしているのか。そんなように考えていたネ級は思わず拍子抜けした。

 

 そのヲ級は非常にラフな格好をしていた。裾を捲ったジーンズ、派手なスニーカー、アロハシャツの上から薄手のジャンパーを袖を通さず羽織り……。妙に色白な部分さえ吹っ飛ばせばただの人間の若者と変わらないような服装に、ネ級の仮面の下の表情は困惑に染まった。

 

 クーラーボックスに腰掛けて釣りをしていたその女に近づく。気配を察知したのか、話しかける前に相手はこちらに気づいた。

 

「ん……? なんだ、キツネの友達は俺に居ない筈だが」

 

「軍の人から聞いてきました。ココに貴女が居るから落ち合えと」

 

「あぁ。あー……アンタかい。元人間とかいうやつは」

 

 道具をまとめて竿を畳んでから、相手は軽いストレッチをしながら口を開く。

 

「よう。初めまして、だな。話は聞いてるだろ? ヲリビーだ。重巡ネ級「改」、かな?」

 

「書類上ではそうなってるそうですね」

 

「あぁ……と、なんだい、元は人間だから、人外扱いされるのが不服か」

 

「いーえ。しょうがないと思ってますから」

 

 一応、相手の機嫌を損ねないようにネ級は気を付けて話す。

 

「ずいぶんオシャレしてますね。靴、ブランド物でしょう?」

 

「へー、知ってるんだ。そう。せっかく陸に居るんだ、金を使って楽しまないとな」

 

「買い物、楽しんでいらっしゃるんですね」

 

「そうだねぇ……金は好きだからねぇ。好きなものが買えるから。こんな娯楽は海には存在しない」

 

「満喫してるんですね。ここの暮らし」

 

「まぁ、な。」

 

 砕けた口調と、少しだらしない様子が初めは目についたが。何だろうか、あまり嫌には感じない印象の人だな。ネ級はそう思う。そして同時に、このヲ級が今まで生き残ってきた理由を何となくだが察する。

 

 意識しているのか、生来の物かはわからない。ただ、特に理由はなくても人から好かれるタイプの人種だな。身に(まと)う雰囲から、1種のカリスマ性のような物をネ級は感じた。

 

 座り直して再度釣りに興じる彼女の隣で、ネ級がしゃがみこんで世間話を続けていた時だった。木曾が歩いていった方向から、誰かが来るのが見える。

 

 「少し遅いな。」 何を考えているのかわからない真顔で、座ったまま顔を相手に向けてヲ級は呟く。

 

 「ごめんね、少し遅刻したかな」 前にネ級が助けた秋月と似たような制服を着た白髪の艦娘が2人に言う。ヲ級が口を開いた。

 

「いいよ、特に大事な話をするでもなし。紹介するのはコイツだ。どうだ? 見所は有りそうかい?」

 

「ん~……まぁまぁ、かな。戦ってるところを見たわけでもないし」

 

「そうか、俺はどうでもいいや。仲良くしてくれよ、問題なんて吹っ掛けられても俺は「知らねぇ」って言うからな」

 

 話の内容がわからない。が、このヲ級はこの艦娘に自分を紹介していたらしいことだけは理解した時。女が続ける。

 

「貴女がネ級?」

 

「はい。……アダ名が色々ついてるみたいだけど……」

 

 てっきり艦娘とばかり思っていたこの女性の口から出た言葉に、ネ級は体を強張らせた。

 

「初めまして。(ココ)じゃ、秋月って名乗ってる。ホントは防空棲姫だよ。よろしくね」

 

 

 

 

 




満を持してヲリビーお披露目。防空棲姫との仲はどうーなんでしょうか。

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