職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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お待たせしました。せっかくの他作品との絡みなので明るくやります。

レ級の性格などについての質問があったので、少し掘り下げてみました。それではどーぞ


23 みんなが言うほど私は出来た人間じゃない

 

 

 

 とある鎮守府の一室。あてがわれた自分の部屋のベッドの上で、レ級は大きくあくびと伸びをしてから身支度を始める。

 

 季節は9月の終わり頃で、暑い日の中に、時おり、厚着したくなるような気温が混じるような具合だ。顔を洗って髪を整えると、支給品のライフジャケットとジャンパーに袖を通し、レ級は外に出た。

 

 通りすがりに「おはよう」と投げてくる職員や艦娘たちへ、笑顔でお辞儀をして横を通る。初めの頃は「挨拶も満足にできないのか」と突っ掛かってくるような者も居たが、数ヵ月も働くと彼女の「持病」を知らない人間は居なくなり。レ級が無言のことなど、すっかり誰も気にしなくなっていた。

 

 難しい顔で何かの書類を睨み付けながら歩いていた工廠(こうしょう)の整備長に一礼する。「あぁ、おう」とぶっきらぼうに行って彼は去っていった。表情通りの気難しい性質の彼こそ、先程考えたように挨拶にうるさかったのを思い出すと、ずいぶん、自分と言う存在はここに馴染んだものだな、と思う。

 

 考え事混じりに歩いていると、この建物のドンが居る部屋に着く。執務室の扉を軽く3回ノックして、レ級はマニュアル通りの礼儀作法で扉をくぐった。

 

 失礼します。その挨拶の代わりにいつも彼女は、余計に1回、深く礼をしている。足を止めていたレ級へ、部屋に居た男が声をかけた。

 

「おはよう。君か。いつもより早いな。何か仕事の用事かな?」

 

「…………」

 

 身だしなみに気を使っているのか、いつも服から柔軟剤の香りを漂わせている彼はここの提督だ。隣には秘書を勤めている艦娘が、ちらりとこっちを見て端的な挨拶を済ませ、書類とキーボードを叩く作業に戻った。

 

 レ級は歩いて彼の前に立つと、2つの封を閉じていない封筒を渡す。片方は自分宛に届いていた物で、もう一方は前日に彼女が直筆したこの提督に向けた手紙だ。

 

 渡されたものを男が読む。しばらく部屋に居た全員が無言の時間が流れた。

 

「「「……………」」」

 

 物を読み終えて、彼が口を開く。

 

「なるほど。用件はわかったよ。すぐにでも、ここから配属先を変更したいんだね?」

 

「…………」

 

「そうか……わかった。君のようによく働いてくれる人がいなくなるのは寂しいが、手続きを済ませよう。荷造りは済ませたのかい?」

 

「……………」

 

「あぁ、なら、今日は君を非番にしよう。準備もやりつつ、日頃の疲れを取ると良い。」

 

 彼の言葉に、頷いたり首を振ったりして意思表示をする。レ級は、なんだ、意外と急な要求でも承諾してくれるモノなんだな、と会話の最中に思った。

 

 彼女が渡した手紙は、「ネ級が目を覚まし、鎮守府に配属になった」という旨の書かれたものと、ついてはそれに合わせて、自分の配属先を変えてほしいという願いだった。

 

 内心、レ級はとても嬉しく思ったが、なるべく顔に出さずに敬礼する。男は手短に秘書の艦娘に必要書類について指示を出す。

 

 提督が、突っ立っていた彼女へ退出しても良いと言いかけた時。彼は語尾を濁らせ、1つの質問をレ級に投げた。

 

「レ級。1個だけ、聞きたいことがあったんだ。それと、謝罪しなければいけないことが」

 

「…………?」

 

「この鎮守府に来たばかりの事を覚えているかい。みな、君の事を警戒して心ない言葉をかけてきたろう。私だって同じだ。人間心理がわかるかも知らない深海棲艦をここに置くなんて、上の頭が可笑しくなったのかとか思った」

 

「……………」

 

(のど)の怪我で話すことができない君を、無視しているんだと決め付けて殴ってきた者が居たと聞いた。またあるときは、君の戦果を横取りして、水増しして報告する艦娘が居たとも聞く。本当に申し訳ない。私の監督責任だ」

 

「……! ……ッ」

 

 あぁ、そんな事もあったっけ。等と考えていると、突然立ち上がって頭を下げた彼に、慌ててレ級は声の出ない口を「そんなことはよしてください」と動かした。

 

 「しかし……」と。尚も謝罪の言葉を続けようとした相手に、レ級は紙と万年筆を取り出して伝える。

 

『やめてください。貴方は1つの鎮守府を預かる身なのですから、階級も持たない1人の兵に構うことなんてないはずです』

 

「……だが、初めは君を(うと)ましく思っていたのは事実だ」

 

『ですが、私は直接に貴方から被害を(こうむ)った覚えはありません。(くだん)の人物にせよ、(しか)るべき報いは受けたとお聞きしました。その時点で私の心は晴れています』

 

「む……………」

 

 責任感と正義感があるのは良いことだと思う。だけど、こういうときは少し面倒かな? レ級は(らち)があかないと判断して話題を切り換える。

 

『お話を変えましょう。聞きたいことがあるとは、なんでしょう』

 

「……ん……君の書く字の事なんだ」

 

「?」

 

 彼は続ける。

 

「君は人に何かを伝えるときにメモを書くだろう。書類仕事も何もかも、君は丁寧な字を書くのが気になっていたんだ。私は今まで君ほど綺麗に文字を書く人を見たことがない」

 

「……………」

 

「率直に言うが、君が丁寧に字を書く理由が知りたかったんだ。くだらないことで申し訳無い。深い理由が無ければ、そう言ってくれて構わない」

 

 字を綺麗に書く理由、か。少し思うところがあって、数秒考えたあと、レ級は手帳にペンを走らせた。

 

『私は言葉を話すことができません。それは、皆様の承知の事実だと思います』

 

「あぁ。そうだ」

 

『言葉とは、特に声を使った会話とは便利なものです。他者と他者を繋ぎ、人の心を動かす。人の英知とも言える発明です。しかし、私はそれを使えない』

 

 話を切り換えた効果が出たな。レ級は自分の話を聞くに真剣な目付きになった彼を見て、よろしい、と心中でひとりごちた。

 

『だけど、この指と瞳、不出来な頭を回して(こと)の葉を(つづ)ることはできます。しかし、音のないこれらは、人に働きかけるには(いささ)か力が足りません』

 

『ただ、物事には例外があります。文豪、とか、詩家とかの人達ですね』

 

『昔、有名な詩人の歌が載った書籍に目を通し、感心した事があります。そして、声ほど直接的でなくとも、紙に書かれた言葉とは、年代を飛び越えて人に伝わり、心を動かすのか、と思ったのです。』

 

『私が字を綺麗に書くのは、私が話せないことを他人に押し付けてしまう事の(つぐな)い、そしてせめてもの相手への礼儀、小難しい内容が思い付かないその場しのぎ。最後に、何かの間違いでこの落書きが後世に伝わって、人の目に触れてしまっても、笑われないように。そんな思いでやっています』

 

 こんなところだろうか……。逆さ文字を考えつつ、書き終わる。再度、数秒、人が誰も声を出さない静かな時間が流れた。

 

 書かれたものを読んで少し考える素振りを見せてから。彼はゆっくりと口を開く。

 

()つのはすぐ近日でいいのかい。君は、この頃の出撃で怪我を負っているだろう。少し療養する時間も――」

 

 薄い笑顔を浮かべて、顔を横に振る。レ級は手を動かした。

 

『お手紙まで頂いたからには、大切な友人ですから、いかないわけにはいきません』

 

「…………」

 

『私は、私を頼り、時に助け、気にかけてくれるあのネ級が好きです。今もきっと、知らない土地で困っているかもしれません。速やかに()せ参じるべきだ、と結論を下しました。急な要求だったことは、申し訳なく思います』

 

 レ級は使っていた手帳を仕舞う。そして、紙の質が一段上の、高級品の手帳を出して、思いを綴った。

 

『短い間でしたが御世話になりました。また会えるときを待っています。武運長久を祈っています』

 

 きっと彼は、少し突っ走る性格なんだろう。自分が正しいと思ったら、他人が止めてくれないとアクセルが緩められない。だから、私は少し冷たい態度で言いたいことを押し通さなければならない――。そんなように思っての行動だった。

 

 が、少々安直に突き放しすぎただろうか……。紙を見詰める彼の事をレ級は待った。

 

「そうか。なら、止めては失礼に当たるね……」

 

 彼は寂しそうな顔で体を動かし、敬礼の体制を取る。レ級もつられるように同じ行動をした。

 

「さようなら。体には気を付けて。困ったら教えてくれ。私にできることなら助ける」

 

「……………」

 

 どうか、お元気で。そう言って見送る彼を背に、レ級は執務室から出ていった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 同日の同じような頃合いの佐世保鎮守府の執務室で、ネ級は木曾に手錠をかけられた状態で、提督業を勤める男と向き合っていた。

 

 「名目上は猛獣扱いな訳だから、少しガマンしろよ?」との友人の言うことを飲み、彼女は大人しくしていたが。特例で深海棲艦を艦娘として雇うと書かれた書類数点に、穴が開きそうな位に目を通す男の姿を見つつ、ネ級は先程会った防空棲姫について、暇潰しを兼ねて考えていた。

 

 最初は混乱したが、ヲリビーのような降伏した深海棲艦なのだろうかと思えば、彼女は事情が違うらしい。具体的には、とある鎮守府・研究所のいずれかに捕らえられた姫級の深海棲艦を脱走させるために動いているという。

 

 それを聞いてネ級はますます動揺した訳だが、そんなことよりも、すかさず口封じとしてとある「密約」を強引に彼女が吹っ掛けてきた事が、強く印象に残っていた。

 

『いい? ネ級。貴女の事はこのオリビィから聞いたけど、佐世保に居るに当たって守ってほしい事があるの』

 

 初めに切り出してきたのは、防空棲姫の方だった。いつも通りにネ級は茶化してごまかそうとすると、一瞬だがヲ級が表情を強張らせて、必死そうに「下手なことは言うものではない」とアイコンタクトしてきたのを、はっきりと覚えている。

 

 拒否権は、有るわけないか。内心ため息を吐きつつ、黙って首を縦に振る。すると、防空は気持ちが悪いぐらいの笑顔で続けた。次いでネ級も対応し、話が長引く。

 

『1つだけ。私を「艦娘・秋月」として扱うこと。絶対に正体をばらさないでね。もし何かあったときは――それ相応の対応を考えているから。いい?』

 

『質問を、幾つかいいでしょうか』

 

『なぁに?』

 

『この鎮守府でどれ程過ごしましたか』

 

『2、3カ月かな。仕事に期限は無かったから、気長にやろうと思っていたし』

 

『じゃあ、もしもを言います。誰かに貴女の内偵が気付かれていたらどうでしょう。はっきりと言います。私は嘘がこの世で一番と断言できるぐらい苦手なの』

 

『つまり……何が言いたいのさ。詳しく』

 

『その、誰にせよ、核心に近いことをビタリと言われると、動揺しない自信は無いんだ。それについて、どうするのさ』

 

 防空棲姫はネ級の意見について、少し考えてから言った。

 

『それについては……まぁいいや。何とかするよ。ただし、繰り返すけどワザとばらすような真似はタブーね。おっけー?』

 

『………………。」

 

 あぁ見えて、結構天然か、それとも悪人を演じていただけなのだろうか。

 

 最初は凄んできて怖いと思ったが、話の後半のその場しのぎな受け答えに、何よりもファーストコンタクトにしてワーストな出会いだった南方棲鬼の方が恐かったな、などと思い出して。いまいちどういう人物かを会話で測りかねた防空について考えていると、紙束の確認が終わったか、男が口を開いた。

 

「確認は出来た。ようこそ、私の鎮守府へ……まぁ、なんだ。気は進まないが……木曾、手綱(たづな)は君が握っていてくれよ?」

 

「……はい」

 

 手綱、という単語に木曾が露骨に反応したのを、ネ級は見逃さなかった。大方、知人が動物扱いされたのが気に入らないとでも思ったことは、容易に想像できた。何せ彼女は療養中だった自分に、数万円のフルーツバスケットを差し入れしてくるような人間である。

 

 あ……、と。友人のぶっきらぼうな対応を見て、変な声が出る。ネ級は相手がまた机に目を向けたのを見計らい、慌てて小声で話しかけた。

 

(あのさ……)

 

(何だよ)

 

(もうちょっと愛想よくしたら? ……その、私の事を思ってくれるのは嬉しいけど)

 

(ちっ……わぁーったよ。……クソが」

 

「!?」

 

「? 何か言ったか?」

 

「いーえ、ちょっと予定確認してたッス」

 

 公然と暴言を吐いたかと思えば、あからさまもいいところの不自然な業務用の笑顔を作った親友に冷や汗が止まらなくなる。

 

 胃と頭と胸が痛くなってきた。前途多難で済むのだろうか。深海棲艦の秋月(防空棲姫)に少し機嫌の悪い親友。おかしいな、頼れる人間でオアシスと呼べるのがあのヲ級だけな気がしてきたぞ……。

 

 思惑と愛憎入り交じる情勢の佐世保鎮守府での生活に、ネ級は一人不安を感じていたときだった。唐突に、提督の座っていた机の、彼の私物の携帯電話が鳴った。

 

 「失礼。もしもし、どうした?」 部下からの着信なのか、特にかしこまる様子もなく、彼は応対する。

 

 そして数秒後。具合が良さそう、でもなかったが特に不調そうでもない様子から急激に顔色を悪くして、彼は電話を終えた。一体何の話だったのか気になった木曾が尋ねる。

 

「どうかしたんすか?」

 

「救援要請だ、味方の部隊が敵に囲まれてると連絡が入った。悪いな、話は後だ。送る増援を考えないと……」

 

 あぁ、なるほどな。大変だな、こんな昼下がりに……。そんな思いを胸に、何気なくネ級が木曾に仮面越しの目を向けたときだった。

 

 ものすご~~~く、悪巧みしていそうな顔を、友人はしていた。猛烈に嫌な予感がしたが、それも的中する。

 

「あ、あ。提督さん。ちょっと良いかい?」

 

「? なんだ?」

 

「このネ級を使ってみないか? ちょうどいい機会だ。実戦テストと行こうぜ」

 

 随分と大きく出た木曾の発言に。ネ級と男の両名は目を剥いた。

 

「抵抗の意志があったなら俺が後ろから倒すし、言うことを聞くならそのまま使える。捕まえられたときからコイツとは交流があったからな、実力は保証する。どうだろうか?」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ため息混じりにネ級は木曾と歩く。少々強引な隣の友人の案によって作戦に出ることになったが、もし失敗でもしたら冗談抜きで自分の首が物理的に飛ぶかも、などと考えていた。

 

 出撃準備のため、自分の艤装が置いてあるという場所へと行く道すがら、「あんまり気にすんな」と言ってきた木曾に口を開く。

 

「あのさ……言い出しっぺはそっちじゃん。こんな急にさ」

 

「悪かったよ。でもよ、これチャンスだぜ。バシッとお前が活躍すれば、ここの奴らの見る目も変わるだろ」

 

「そんなにうまく行くと思う? 私けっこー運が悪い方だと思うけど。絶対ダメだよ……」

 

「あまり悪い方に考えるな、災い転じて福となすって有難い言葉があるだろ。今の鈴谷にピッタリじゃん」

 

「…………」

 

「まだ不安なのか? 大丈夫だ、俺を信じろ」

 

 何か秘策でもあるのか、自信に満ちている友人を薄目で睨んでいると、目当ての場所に到着した。整備の人間で賑わっていたその場所に2人が入る。作業に集中している者以外の人間の目線がネ級に集まった。

 

 なんだか気まずい。そんなように思っていると、意外な人物とまた出会う。こちらを待っていたような様子で、壁にヲ級が寄り掛かっていたのだ。

 

 にやにやしながら、彼女は木曾に話を振る。

 

「よう、また会ったな。話は秘書さんから聞いた。あんたなかなかやるねぇ」

 

「そうか?」

 

「よくもまぁ信用して貰えたねぇネ級サン……きっと日頃の行いが良いんだろうな」

 

「……………」

 

「お前の持ってた艤装は、残念ながらここの提督が預かってるそうだ。悪いが俺の用意したモノで出撃してもらう。いいか?」

 

「別に……」

 

「くく……そーかい。なら早い。アレに乗ってもらう。結構な上等品だぜ?」

 

 ヲ級の指差す方を2人が向く。詰まれた資材や他の艦娘の艤装で見えなかったので、立つ場所を変える。

 

 そして、水辺に浮かべてあった乗り物が視界に入り、2人は目を剥いた。

 

 巨大な深海魚の頭部のような形をしていて、両脇から大きな腕が生えている。頭のような場所の上部にポン付けされたような座席が有り、各所に大型のキャノン砲やミサイルコンテナが取り付けてある。

 

 ネ級は顔がひきつり、木曾はため息を吐いて感嘆の声を漏らす。それは、鬼級の深海棲艦、装甲空母鬼の艤装だった。

 

「でっけぇー装備。マジもんの戦艦みたいだ」

 

「バッカじゃないの……こんなキモいの……」

 

 大量の重火器で着ぶくれした頭でっかちなこの怪物と対峙(たいじ)する。識別のためなのか、綺麗にマスキングされて施された鎮守府のマークの部分を撫でながら、木曾は口を開いた。

 

「おーおースゲーなこりゃ。戦艦の姉貴らなんかもメじゃねーデカさ。強そうだし何よりもかっけーじゃん?」

 

「他人事みたいに言ってくれちゃって……私ヤだよこんなの。こんなので出撃したらどうなるかわかるもん。どう見ても敵じゃん!! 後ろから撃たれるわ!」

 

 何がおかしいのか、不満の声を出したネ級を笑いながら、ヲ級はからかうように言う。

 

「どうだい? お前さんが寝てた場所、あっただろ。あそこの隠しダマだぜ、気に入ったかい?」

 

「おぉ、モビルアーマーみてぇだな!」

 

「ふざけんなっつーの! 私はぜぇ~ったいに使わないったら!」

 

 少し興奮しつつも、ネ級の言うことももっともか。確かに誤射の危険性がありそうな乗り物だな、などと木曾が思っていると。ヲ級は表情を変えずに続ける。

 

「まぁまぁ落ち着けって。こいつにはちょっとした細工が施してある。位置情報を特定するためのGPSシステムと、艦娘のレーダーから味方と識別される特殊な塗料でペイントされてら。まず誤認されるこたないヨ」

 

「レーダーぁ? そんなものに写ったところでさ、見た目が悪すぎるっつーの! 関係ナシに撃たれたらどーすんの!」

 

「だからここにでっかく鎮守府マークがあるだろ?」

 

「あのさ、戦闘中にそんなところ見る暇があると思うの?」

 

「あるわけねーわな」

 

「何ヘラヘラしやがってこの!」

 

 とぼけたような態度を崩さない相手にとうとうネ級はヲ級の首を掴む。「ぐえっ!」と素で苦しそうな反応をした彼女に、慌てて木曾が止めに入る。流石に悪いと思ったか、ヲ級は真顔になりながら話した。

 

「あぁその、なんだっけな……深い事情があってさ」

 

「どんな事情?」

 

「これ以外に持ち出せた装備が……その……」

 

 ばつが悪そうに、彼女が力なくある場所を指差す。何かと見てみると、軽巡洋艦の艦娘向けの軽装備がブルーシートに並べて置いてある。

 

「軽巡の装備じゃねーか。なんかあったのか」

 

「これが嫌だってーとアレしかない」

 

「「……なぬ?(なんだと?)」」

 

 再度、置いてあったモノに目を向けた。

 

 愛銃よりも口径が小さく旧式の、しかも「単装」砲。隣の背中に背負う装備は、エンジン部分が一見大きいように見えて、確か効率が悪くておまけに出力も低い粗悪品。……その他、熊野や蒼龍から譲ってもらった物とは比べ物にならない。悪く言わなくとも、「ゴミ」と他人から言われてしまうような物ばかりだった。

 

「………………」

 

 逃げ道などない。そう言うことか。頭を抱えながら、ネ級は立ててあったはしごに手をかけ、誰が見ても嫌そうに見える顔をしながら、運転席のような所に入る。

 

「やる気になったかーい」

 

「これが終わったら元の装備は帰ってくるんでしょうね?」

 

「さーね。根上さんの頑張り次第だろうさ」

 

 なぜ名前を知ってる。そんなように突っ込む気力も無くなったので、ネ級は無視して操作の方法を聞いた。

 

「どうやって動かすんですか。予定の時間に間に合わせたいんです。早く」

 

「手元にカラフルなスイッチがあるだろ? 赤いのを押して」

 

 言われた通りにボタンを押す。

 

《システム・キドウ》

 

「うわっ、何……? 電源はこれで入ったのか。次は?」

 

「スクリーンみたいなとこに手を置け。あんたの生体認証で動き始める筈だ」

 

 タッチパネル状のパーツに、手のひらを付けた。すると、機体の各部が赤く発光し、大きな機械の駆動音が施設内に響き始める。

 

《システム・コンバットモード――認証――操作・キドウ》

 

「操作はどうするんです? こんなもの触ったことないし、そう簡単に動かせる気がしないし」

 

「あんた車の免許持ってるって聞いたぞ~。安心しなよ、左右のレバーで旋回して、足のペダルで加速とブレーキだ。自動車の運転ができるなら直感操作できる」

 

 ヲ級と話しているうちに身支度を済ませた木曾が隣に来る。任せておけとでも言うのか、彼女は小さくガッツポーズして見せてきた。

 

 海に繋がるガレージのシャッターが上がっていく。固い表情をした、誘導灯を持った艦娘に従い、ネ級は慎重に艤装を動かして前進する。

 

 仮面の下からでも聞こえるような大きなため息を吐きながら、ネ級は出撃した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「―――あぁ。じゃあ、そう言うことだからよ。なるべく早く応援を寄越(よこ)してくれると助かる。じゃあな」

 

 小雨混じりで薄暗い海と空を睨みながら。軽巡洋艦、天龍(てんりゅう)は渋い顔で電話を切る。佐世保で提督を勤める彼に連絡を入れたのは彼女だった。

 

 この鎮守府では、主に漁船や民間船の護衛、その他には近海の警備などを勤めるエスコート隊という部隊がある。天龍はその中で指揮を執る旗艦として、日夜海を駆けている。

 

 そんな彼女らだが、今日は久しぶりに自発的に沖に出撃して、深海棲艦の群れの殲滅(せんめつ)(いそ)しんでいたのだが。運悪く戦艦や空母級を主軸とした編成に出くわし、手痛い打撃を受け、手当てのために浅瀬で休憩中だった。

 

 こっそりと後で食べようか。そんな気持ちで持ってきていたサラミをナイフで切り分け、怪我をしていた者に渡す。

 

「ほら、これ食べて元気出せ」

 

「あ……でも」

 

「気にすんな、肉ってのは血を作るんだ。こう言うときのために持ってきてんだから」

 

「……あざーす!」

 

 頭と腕に包帯を巻いていた駆逐艦の(さざなみ)は、貰ったものをゆっくりと味わい始める。もう何時もなら港に戻ってる時間だし、無理もないか。天龍は他にも岩に寄り掛かって仮眠を取ろうとしている者や、ナーバスになっているのを励ましている者を見て軽く舌打ちする。

 

 基本的にあまり自発的に攻めに行くような部隊では無いので、天龍率いるエスコート隊は「軽い」編成だ。部隊長がまず軽巡洋艦で、その下に2人居る重巡洋艦の摩耶(まや)鳥海(ちょうかい)が攻撃役。以下、軽空母の瑞鳳が策敵、足の速い駆逐艦の漣、菊月(きくづき)が囮役、といった具合だ。

 

 別に練度が低いこともなく、全員それなりの腕前も持ち合わせている。なので不足の事態でも対処はできる……だが、流石に疲労のたまった状況での戦いとなると格上と互角に戦うのは厳しく、大きな被害を受けた、という経緯があった。

 

 このまま日没までに味方が来てくれて、そのまま帰られると楽なんだがね。そう思った瞬間だった。妖精らに操縦を任せて寝ていた瑞鳳が、連れの小人に叩き起こされて青ざめているのが見えた。十中八九何かあったろうと天龍は立ち上がる。

 

「どうした? 何かあったかよ」

 

「さっきの空母、もしかしたら味方を呼んでたのかも。すごい数の敵がこっちに来てるって!」

 

「チッ……なるほどな」

 

 敵が来たぐらいは予想がついたがその上を行ったか。疲れの溜まった体に鞭を打ち、天龍は主砲を抱えて部下に指示を出した。

 

 

 

「クソが……ちっとばかし休憩してたらこれかよッ!」

 

『隊長! 敵の数が多すぎます!』

 

「解ってる! お前ら、適当に攻撃した後、包囲網に穴が空いた時を見計らえ! とっとと逃げるぞ!」

 

 四方八方から飛んでくる敵の弾に、落ち着くことなど不可能に近かったが。必死に頭を回しながら、天龍は脱出の方策を練る。

 

 持っていた刀で串刺しにした駆逐艦の死体を小脇に抱える。それを盾にしてなんとか敵の攻撃をいなしつつ、散り散りになっていた味方をまとめた。

 

『さ、漣は食べても美味しくないよーだ!』

 

『くっそ、キリがない……隊長、逃げに撤するべきだ。これじゃ弾切れするだけだぞ!』

 

「あの大軍に突っ込むってか? 俺はヤだね!」

 

『ちぃっ、やるだけやるしかってのか!? クソが!』

 

『みんな頑張って! ここが踏ん張りどころなんだから、弾は大事に、よく狙って撃って!』

 

「ぐっ……長くは持たねーな……」

 

 とは言ってみたものの。摩耶の言う通り、隙を見つけて逃げないと不味いことにはなりそうだな。残っていた最後の魚雷を全て発射して敵から距離を取る。

 

 そんな天龍の思いとは裏腹に、刻一刻と状況は悪化の一途を辿るばかりだった。そもそも6人で10数体の敵を相手取る所から始まった戦闘だったが、そこから更に敵の増援を瑞鳳が感知する。

 

『ま、また増えた!? 正気の沙汰じゃない!』

 

『ははっ、悪くない、一番槍もスコアも私が頂く!』

 

「フザけんなエスコート3下がれ! その怪我じゃ無理だ!!」

 

 いよいよもって隊員全員がオダブツか? 冗談じゃない……。そんなように思ったときだった。

 

 怪我のために自分の後ろに控えさせていた漣から通信が入る。

 

『後方より未確認の高熱源体接近! 追加の深海棲艦キター!』

 

「何だと!?」

 

『あれ……何だこれ? 友軍? こいつ、友軍の信号を発信していまーす』

 

 報告を聞いた天龍の頭の中は大量の?マークで埋まった。友軍信号の深海棲艦? 何を言っているんだ? そんな彼女の疑問に答えるものは無く。次いで、また更に通信が入った。

 

『こちらファルコナー。いー子にしてたアンタらを助けに来た』

 

 聞いたことがない声の持ち主からの無線だった。有無を言わさないような調子でその何者かは喋り始める。

 

『スマホから目を話すなヨ。指定した座標に集まれ。ウチのエースがお通りだ』

 

「てめぇどこの部隊だ? 所属を言え」

 

『大型砲で道を開ける。射線を開けろ、指示に従わないなら安全は保証できねーぜ』

 

「!?」

 

『10、9、8、7……』

 

 意味がわからない。だが明らかにヤバい空気がする。天龍は落としていた携帯電話の電源を入れ、相手の提示してきた場所を確認する。そして急いでその場から離れ、散っていた隊員にも同じ行動を取るように警告した。

 

「エスコート1から各艦へ、ただちに散開! 早く! 急げ!」

 

 一体何がくるんだ? そんなようにエスコート隊の全員が思って間も無くの事だった。

 

 緑色の光を纏った光線のような一撃が、対峙していた深海棲艦の群れへと放たれた。地響きのような音に、その場にいた艦娘たちは顔をしかめる。

 

「なん……だぁ……?」

 

 異常といって差し支えない威力を、その光線は持っていた。軽く見積もって3分の1程の数の敵を蒸発させてしまったのである。

 

「おいおいマジかよ……一体何が来るんだ?」

 

 再度、スマートフォンの液晶に目を向けた。そして超特大の反応に、天龍は眉間にシワを寄せて背中側の景色に顔を向けた。

 

 自分も知る深海棲艦、装甲空母鬼かと、そのシルエットを一瞬考えた。が、その怪物は、形状が少し異なっていた。

 

 実艦に装備されているような超大型の大砲が2つ。ホバークラフトのようなプロペラ装置が2基後部に配された「それ」は、通常の艦船などとは比べ物にならない、常軌を逸した速度でこちらに向かってきていた。

 

 その乗り物(?)に乗っていた深海棲艦と目があった気がした。ほんの少しの間だったが。そいつの被っていた狐の面が、深く脳裏に刻まれる。

 

「なんだアレ……姫級? いや、違う……重巡ネ級?? それも友軍信号を出している……」

 

 付近の地形をオートマッピングするアプリケーション上に、その深海棲艦の反応があったのを見つける。識別コードには「white knight」と振ってあった。

 

ホワイト・ナイト(白馬の王子さま)? どういうこった……」

 

 謎の深海棲艦は、天龍らに構うことなく、大型の艤装のやかましい駆動音を響かせ、高速で敵の群れに突っ込んでいった。

 

 

 

 




防空棲姫と本格的に関わるのは次~次の次くらいでしょうか。首を長くして待っていただけると幸いです。

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