職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

24 / 37
こっそり表紙絵を張り替えてみました。前までの物は第1話に格納してあります。


24 助っ人は深海棲艦

 

 

 

 

 全身に掛かる加速Gに、ネ級は顔がひきつる。体中に重りをぶら下げているような不快感だった。

 

 ちょうど両手が来る場所にレイアウトされた操作レバーを微調整しながら前後に動かす。今まで触ったことも無いような超大型の艤装を旋回させ、ネ級はまた敵の軍勢に切り込む。

 

 味方に射線を空けて貰ったお陰で撃てた20inch砲の威力は凄まじい物だった。先程はコンソールを埋め尽くさんばかりにあった敵反応が軽く半分は無くなっている事に、自分が撃っておきながら背筋が冷える。

 

「うぅ゛ッ! ぐっ……!!」

 

 勢いがついていた所からの急旋回で、遠心力で体が悲鳴をあげる。しっかりと体をホールドしてくれるバケットシートとシートベルトがあったから良かったものの、これらが無ければ吹き飛ばされていたのではと思うような負荷だった。

 

 手元のモニターを叩き、素早くパスコードを入力する。艤装の背面に配されたミサイルコンテナの蓋が外れ、弾頭が空気に晒される。

 

「……………!」

 

 一旦操作レバーから片方の手を離し、艤装の火気管制と連動している単装砲を構える。海面を跳ねる乗り物の上で狙いが定めづらいが、ネ級は気合いでレティクルを敵に合わせた。

 

 引き金を引く。タン、と軽い発砲音のすぐあとに、装填されていた大量のロケットが敵に向けて殺到した。

 

 アナログテレビの砂嵐を極限まで大きくしたような発射音が戦場に轟く。鼓膜どころか頭が震えるような音に、思わずネ級は身動ぎした。

 

『鈴谷、敵に囲まれてるぞ!』

 

「わかっ……てるって……!」

 

 無誘導の弾頭は滅茶苦茶に海面を跳ね回り、蛇がのたうつような動きで敵を火だるまにした。だが、それでもなお仕留めきれなかった個体から放たれる攻撃を、乗っていた生き物の腕で無理矢理防ぐ。そんな立ち回りをしていると、友人から警告を受けた。

 

 味方から敵を引き離す、という当初の目標は達成したが、ネ級は作戦行動を続ける。というよりも、数多くの敵に包囲され、撃滅しなければ逃げることすらままならない状況に追い込まれていた。

 

 ただ、ネ級は比較的余裕な精神状態を維持する。というのも、流石に使っていたのが鬼級深海棲艦の物だけあり、その頑丈さを信じていたことが大きかった。

 

 後方で部隊を逃がすための誘導と、ネ級の横を素通りした残党の処理をしている木曾はよくやってくれていることをモニターで確認する。ひとまず作戦失敗になるようなことはないと判断してほっとしたのも束の間、流れ弾が当たり大きくよろけた艤装に、彼女は苦い顔をした。

 

(残った敵……軽巡と戦艦、あと空母が少しか!)

 

 最初の奇襲が上手くいったこと。何よりもそこに感謝するべきか。後は派手に暴れて逃げようかな。ネ級は簡単に行動指針を固めると、単装砲の狙いを戦艦タ級に合わせる。

 

「>―=?]`~「-:^`<`}@^;<_]@]……!!」

 

「おぉおぉ、怒ってる怒ってる♪」

 

 1か月と意外と短かった島の生活。その中で、ネ級は「2番目の深海棲艦」にも、簡単な感情表現があることを理解していたが、それを上手く利用する。狙い通り、効きもしない豆鉄砲みたいな武器で挑発された敵の一団は、怒りに染まった表情でこちらを追い掛けてきた。

 

 後方から豪雨のように殺意の濁流が押し寄せてくる。どうにか小回りの利かない怪物を左右に振り回しながら回避に専念していると。港で待っているヲ級から無線が入る。

 

『何してる。20inch砲を使え』

 

「ここからじゃ味方に当たります!」

 

『手段を選んでる場合か? その速度で海面に叩き付けられて見ろ。狙い撃ちにされてお前の体が砕け散るぞ』

 

「承知の事ッ!!」

 

 右手のレバーを限界まで手前へ。反対に左は奥に押し込む。操作に従って、ネ級を乗せた艤装は右回りに急旋回し、慣性に従って後ろ向きに進み続けた。

 

 そして追い掛けてきた者らを正面から迎え撃つ。ネ級は装備に強引に括ってあった航空機用のミサイルを放った。多弾頭式のそれは、花火が弾けるような光と炎を撒き散らしながら、深海棲艦の頭上に降り注ぐ。

 

 これで終わりか? そう思ったが、安直な思い込みは崩れ、尚もまだ被弾を免れた複数の個体が前進を続けるのが見えた。

 

「……………ッ!」

 

 弾幕を潜り抜けた一団が、矢鱈滅多らと撃ちまくるのを視界の隅に捉える。大きな図体ゆえに回避が取れず、ネ級はそのまま装備で攻撃を受けた。

 

 主砲として2基用意していた20inch砲の1つが破損する。ついで爆発と衝撃が各部に波及したのか、大型艤装のあちこちから嫌な音が出始めた。

 

 部品の破損を知らせるブザーが鳴る。警告音に顔をしかめつつ、ネ級は出力を上げて前進すると、今度は敵の群れの側面を狙って突撃を敢行する。

 

「ググギ……ギギ…ギ……」

 

「持ちこたえてよ……ガンバって!!」

 

 今のダメージは少し堪えたのか、怪物が唸り声をあげる。ネ級は自分の鞭に応えてくれる彼に呼び掛けながら、操舵に込める力を強めた。

 

 有り余るパワーが艤装を前へ前へと加速させる。

 

「ここだっ!!」

 

 そしてネ級は、唐突に再度レバーを引き、90度程怪物の方向を変えた。

 

 操作パネルに幾つか配された、cautionの文字が書かれたボタンを押す。すると、破損を免れた1基の大型砲が展開される。冷静に砲弾の装填音を耳で捉えてから、彼女は引き金を引いた。

 

「うぅりゃああぁぁぁぁ!!」

 

 タ級たちに最初に襲い掛かってきた物と同じ。深い緑色をした光が、彼女らに降り注いだ。

 

「はぁ……はぁ、ふううぅぅぅ……終わったぁ……」

 

 不味いな、ボロボロになっちゃった……可愛そうなことしたかな。

 

 体の緊張が切れる。シートベルトを外して楽な体勢になると、ネ級は座っていた下の生き物の頭を撫でた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 装備にそれなりの損害を出したものの、危なげなく任務をこなし。ネ級と木曾は、援護した部隊と仲良く鎮守府に帰投した。

 

 「お疲れ様」の一言と共にスポーツドリンクを渡してきたヲ級に、取り合えずネ級はありがとうと言っておいた。

 

 壊れた装備を、整備工員が声かけをしながら何かの点検をしているのを眺める。同じく横でその様子を見ながら、ヲ級は続ける。

 

「こいつの乗り心地はどうだった」

 

「まぁ……悪くないんじゃないですか。あまりにも小回りがきかないケド」

 

「そーかそーか。しかしまた、派手にやったな。そんなに大軍だったのか?」

 

「あの人たちよく持ちこたえたなって感じでしたよ。目測で30ぐらい敵がいて」

 

「……おい待てよ。30だと? それ本当か?」

 

「嘘言う必要ないじゃん。明らかに味方の倍は確実に居ました」

 

 敵が多かったことに何かの不都合でもあったか、ヲ級はこめかみに手を置き、頭が痛そうな素振りを見せた。

 

「参ったな。また突発的に湧いてきたってのか? にしても30は数が多すぎるぞ」

 

「何かあるんですか?」

 

「…………そうだな。お前さん、なんで俺が軍に居場所があるか。気になる?」

 

「ん~……ちょっと」

 

「そうかい……。俺はな、顔見知りから情報を買ってるんだよ。海にはお前さんのお友だちみたいに戦い嫌いな深海棲艦もいる」

 

「あぁ。居るでしょうね。それも結構」

 

 ネ級は自分用のブーツや武器を用意してくれた泊地水鬼や中枢棲姫を思い出す。

 

「そういう奴らはな、(ココ)の物を、例えば食べ物なんか渡すと大層喜ぶわけさ。コンビニのおにぎり渡しただけで号泣するヤツだっている」

 

「へぇ……」

 

 会話の最中、レ級が屋敷で教えてくれたことも思い出した。ヲリビーは買い物好き、という話である。初めて彼女を見たときは服装などから私的な物だと考えていたが、この事だったのかと思う。

 

「そういうのを小突くと教えてくれるのさ。集団で活動する深海棲艦の群れとか、最近戦闘が激しかった場所、とかな」

 

「なるほど。それで安全な場所を割り出して船の航路とか作ってるわけだ」

 

「大当たり。察しがいい奴は好きだぜ」

 

 昔から、ネ級は不思議に思っていた事がある。軍は、特に日本はアウトエリアなんかの危険地帯が、かなり明確に細分化されて地図に有ることだった。このヲ級がいつから活動しているかは知らないが、確かに、海の王者とも言える生き物の協力があるなら、あれだけ精巧な物も作れるよな、などと考える。

 

 会話を続けよう、とネ級が思ったとき。木曾が自分らの元へと走ってくるのが見えた。

 

「お帰り。どうしたの?」

 

「戦果報告はやってきたけど、報告書を書けだってさ。あと今昼だし、飯食いに行こうと」

 

「あっ。もうそんな時間なんだ」

 

 ネ級は書類を受け取りながら、隣のヲ級に向けて口を開いた。

 

「ヲリビーさんは?」

 

「ご一緒、しようかね」

 

「そっか」

 

 深海棲艦2人は寄り掛かっていた手すりから体を離した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 華々しい……物かはさておき、デビュー戦を勝利で飾った日の翌日。ネ級はやはり木曾に手錠をかけられて1日を過ごしていた。

 

 当然だが深海棲艦なのであまり歓迎されていない様子の彼女だったが。ならば逆に利用すれば、あまり作戦に呼ばれなかったりしてぐっすりと午前中は睡眠を取れたりしないだろうか? 等という怠け心は、着任2日目にして朝早くに木曾に叩き起こされた事で砕けて無くなった。

 

 一応早い時間に寝ていたので寝覚めは悪くなかったものの。何の理由があって自分は布団を引き剥がされたのか、ネ級は友人に聞く。

 

「なんでこんな朝っぱらから起きないとダメなのさ。また仕事?」

 

「近からず遠からずだな。あぁ、強制参加だから一応仕事かな」

 

「ドジ踏んだ人らの救助の次はなにさ。まさか秘書艦?」

 

「書類仕事か。確かにお前なら任されるかも」

 

「…………あのさ、なんでそう露骨にはぐらかすのさ」

 

「はっきり言うとお前逃げそうだしヘソも曲げそうだし」

 

 木曾が言い終わらないうちに、ネ級は手錠を押さえながら目一杯に腕を捻る。変な方向に手を曲げられた友人は悲鳴をあげた。

 

「あぁっが!? いだだだだだだだ!!」

 

「言わないともっとネジるよ~」

 

「話すよ、喋るったら離せって!」

 

 「か、肩が外れたかと思った……」 木曾は答えた。

 

「俺とお前。あともう一人今日配属になるやつの自己紹介をやるんだと。そんだけだよ」

 

 肩を擦っていた木曾の誘導に従って、ネ級は昨日も数回訪れた食堂に着いた。

 

 自己紹介、だとぉ。昨日渋い顔をしていておいてそんなことをするのか。あの提督、なんか変なこと企んでたりして。そんなことを思いながら大部屋に入ったネ級は、視界にあった1人の人物に目が吸い付いた。

 

 見覚えのある女が、艦娘達とは離れた所に座って静かに読書をしていた。

 

 蛍光色の作業着の上からライフジャケットを羽織り、右手には赤字架の書かれた腕章をつけている。何よりも目を引いたのは、その女性は腰から恐竜の頭のような巨大な尻尾が生えていた。まるでレ級だ。というよりレ級その人で間違いなかった。

 

 相手もこちらに気が付いたようで、彼女は落ち着き払った動作で本に(しおり)を挟んで閉じ、背筋を伸ばす。

 

 『凶作恐怖恐慌京都』というタイトルのその本が、一体何の小説なのか凄く気になったが、とりあえずネ級は久し振りに再会した彼女に話しかけてみた。

 

「レッちゃんが何でここに?」

 

『お久し振りです。怪我は大丈夫でしょうか』

 

「え? あぁ、うん。私はなんともないよ」

 

『そうですか。私は、貴女が目を覚まし、この鎮守府に配属されると聞きましたので、迅速に駆け付けました』

 

「え゙」

 

 ネ級が読んでいた物を覗き見て、木曾が口を開く。

 

「おまっ、コイツに合わせてこんなとこまで!? 北海道から?」

 

「北海道!?」

 

『貴女に何か不都合でもありましたか? もしそうならば深くお詫び申し上げます』

 

 手錠を握る友人の発言にネ級は思わず声を張り上げた。

 

 救護の部隊とは聞いたが、そんな北国からはるばる自分ごときのために迎えに来たのかと思う。当のレ級はというと、2人が変な反応をしたものだから、深くお辞儀して頭を下げてきた。慌てて女2人はそんなことはしなくていいと言ったとき。食堂の入り口から、ここの提督が入場してきた。

 

「みんな、おはよう……なんだお前たちも来ていたのか」

 

 朝食を摂っていた者らに挨拶を済ます中で、彼は木曾らを見つけると、あからさまに嫌そうな表情になった。男の露骨な態度に、ネ級は真顔に、木曾は眉を潜め、レ級は情けない笑顔を浮かべた。

 

「はい……おはようございます」

 

「「……………」」

 

 渋々やってやってる、という気持ちを顔面から滲ませて木曾が挨拶をする。後ろの深海棲艦2匹は無言でお辞儀をした。

 

 

 

 

「どーすんだー鈴谷ぁ。お前もレ級も印象最悪ってカンジだぜ?」

 

「しょーがない。信頼って言うのは気長に築くしかないよ。」

 

「そんな悠長で大丈夫なのか? 下手すると後ろから撃ってきそうな雰囲気だったケド」

 

 やる気のない男が主導で行われた3人の自己紹介+朝礼だったが。あまり良い結果で終われず、木曾は頼んだ魚の定食に手をつけながら愚痴を呟く。

 

 ハッキリ言って、どんなに自分が凄い人間だったところで上手くいくわけがない(もよお)しだったな。ネ級の感想は(おおむ)ねそんなところだった。

 

 そもそも、向こう(この鎮守府)は初めからこちらを警戒していた。風変わりなネ級の噂はよく伝わっているようだが、ここの艦娘はそんな迷信には踊らされない者が多いのか、怪物の話す言葉など最初から聞く気が無いようにネ級の目には写っていた。

 

 ぞんざいな扱いを受ける理由は頭で理解できていたが。正直、多少ネ級は腹が立った。

 

 昨日助けた艦娘だが、自分の装備を確認するという口実でこっそりと整備の様子を見たが、かなり追い込まれていたらしいことを装備のダメージで把握した。そんな所から一応は身を(てい)して庇ったのだ。ちょっとぐらい、誰か1人ぐらいは褒めてくれてもいーじゃん等と考える。

 

「ま……頑張るよ。一応、考えが無いわけでもないし」

 

「お、マジでか。例えばどんな?」

 

「なんだろ。そうだ、カッコつける。それも、めっちゃくちゃにね」

 

「…………わかんねーわ。どういう事?」

 

 メロンソーダで喉を潤してから、続ける。レ級はというと、パンケーキをアイスコーヒーで流し込みながら2人の様子を黙って見ていた。

 

「男女関わらずカッコいいものっていうのは人を惹き付けるんだよ? 木曾が昨日言ってくれたじゃん。私が作戦で、例えば民間の人を助けたりなんだりで大活躍するわけ。最初の印象が悪い分、ギャップで株が上がるってものでしょ!」

 

「あぁ、そんなこと言ったっけ。言い分はわかった、なるほどな。でもそんな簡単に上手くいくのか?」

 

「上手くいく・いかない関係ないし。頑張ってる人っていうのは、大なり小なり人の心を動かすんだから」

 

「ふ~ん……」

 

 納得がいかないような表情の友人へ、鈴谷は言う。

 

「なにさ。そのカオは」

 

「いいや。さっきまでブーブー言ってた割には、今元気だなって」

 

「あそこまでどいつもこいつもあからさまだとね。ちょっと頭に来ちゃって」

 

「ほ~。でも、大丈夫なのか。そう空元気振り撒くのも、見返りが無いとキツいだろ。お前だっていつも元気だとは限らないんだし」

 

「ふふ~ん……私はね、褒められて伸びるタイプなの。でもね、自家発電も出来るワケ。今日の私は頑張ったなぁとか、最高だ~とか思って自己暗示をかけると、人って能力が上がるんだって。知ってた?」

 

「………………」

 

「つまりだよ。私ってスゴい! 無敵! 天才! とか日頃から思うネ級ちゃんは最強ってこと。おわかり?」

 

 鈴谷という人間は、頭が良い奴だと俺は思っている。だけど今この瞬間は突き抜けたアホだな。 そんな風に対面の女に思われているなど露知らず、ネ級は上機嫌で続けようとした。

 

 ふと、木曾は腕時計に目をやった。瞬間、血相を変えて彼女は無理矢理食べ物を口に押し込み始める。

 

「……? なにしてんの」

 

「仕事だ仕事。もう少しで時間だ。お前にも来てもらうかんな」

 

「ふーん。別に良いけどさ」

 

 味わう暇もなく2人は頼んだ料理を完食する。片付けようとしたネ級を止めて、木曾はレ級に話し掛けた。

 

「レ級、悪い、片付けて貰っていいか」

 

「…………」

 

「そっか、あんがとよ。後で何か奢るよっ」

 

 手錠をはめ直して、木曾はネ級を引っ張って慌ただしく食堂から出ていく。

 

 なんだか大変そうだな。今日一日、予定もなく暇なレ級はのんびりと食器を戻しながらそう思った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「…………………」

 

 さて、キッチンには取り合えず来てみた。マミヤ、という調理場の責任者からも許可は取っている。どんな料理を作るべきか……。 レ級は冷蔵庫の中身を物色しながら思案する。

 

 どうしよう、どうしよう、と物思いに(ふけ)る2人を眺めていたレ級だったが、会話にこそ混ざらなかったものの、実は彼女も多少の方策は練っていた。

 

 仕事の方針、職員・艦娘への気遣い……色々と話していたネ級らだが。レ級は、「鎮守府の構成員に手料理を振る舞おう」等と考えていた。

 

 まず彼女自身も様々な予測を立ててみたものの。一周回って簡単に考えて、美味しい食べ物を振る舞ってやれば、余程性根の曲がったもの以外は心を開くだろう、と思ったのである。

 

「…………………」

 

 肉類、野菜、果物に、生クリームやチーズ、つぶ(あん)等の加工食品や調味料と大方揃っている。しまいにはドラゴンフルーツやらサボテンまであって驚くが、取り合えず作れなさそうな物は無いなと心中で彼女は呟いた。

 

 豪勢にフルコース的なモノか? 軽くつまめるジャンクフードの寄せ集め……? いや、ダメだ。前者をやるには自分は腕も信頼も時間も無いし、後者はあまりにも手軽すぎるものを作ったって、わざわざ自分が作る意味がない。困ったな、いよいよ行き詰まった…… 文字通り頭を抱えてそんな事を思っていると。彼女の目に、食堂に貼ってあったポスターが写った。

 

 『定期周回~移動式屋台 天然素材のクレープ屋さん』

 

 クレープ……いいな。名案だ。レ級はそう思った。

 

 手軽に、それこそ外出先で散歩しながら片手間に食べるような食べ物の代表格である。片手で持てて、手は汚れづらく、そして味も人に合わせてかなり自由がきく。何よりも作り手の温もりが感じられるような食べ物だ。今自分が用意したい料理として、これ以上ないぐらいに適任だろう。

 

 これは神様からの天啓かな? レ級は表情を(ほころ)ばせながら、フライパンやホットプレート、ガスコンロ等と使いそうな道具を取り合えず並べる。

 

 食器・器具に洗い忘れた汚れなんかが無いかと見つつ、スマートフォンの電源を入れた。主食に関係するような物はほとんど網羅(もうら)するほど作ったことがあるが、レ級はデザートはあまり作った経験がなかった。それとなく調べて情報を仕入れつつ、じっくりとクレープという食べ物を考えてみる。

 

 中の具材は何にしようかな。何気無しにぼうっと周囲を見渡す。レ級はそのとき、開け放たれた食堂の入り口を通り過ぎる艦娘を見つけた。

 

 待機中の者だろうか。なんだか暇そうだな。等と考えていると、レ級は名も知らぬ彼女が手に持った蜜柑(みかん)で遊んでいるのが目につく。

 

 蜜柑……か。あまり嫌いな人が居なさそうだし、どうかな。そんなように考えつつ、キッチンの近くを見回したとき。先程のポスターの隣の貼り紙と、その下にあった紙袋に注意が向いた。

 

 『誤発注につき、ミカン缶大量発生 ご自由にお取りください』 間宮が作ったのか、黄ばんだ紙にはそう書かれている。袋の中を覗いたが、なるほど、確かに備蓄というには多すぎる大量のミカン缶が入っていた。

 

 決めた。取り合えず最初はこれで実験してみようか。中の物を1つ手に取り、レ級はIHコンロの電源を入れた。

 

 

 

 

「ふううぅぅ…………ふぅ。」

 

 料理上手で手先も起用な彼女は手早く試作品1号を作り終える。出来立てで熱いそれを、猫舌なので入念に冷ましてから食べる。中の具は暫定的にミカンと生クリームとした。

 

「…………」

 

 ボツ……かなぁ。レ級は一口食べてしばらく考えたのちにそう判断する。

 

 最初から上手くいくことなど考えていないし、そもそも練習目的で作ったのでかなり適当にやったのだが。生地は厚く、具材の蜜柑はあまり生クリームと相性が良くないように感じた。

 

柑橘(かんきつ)の独特な酸味がクリームの人工的な甘さとケンカしてる……ような気がする。そのくせ、後味に蜜柑の苦味がやって来る。あまり美味しいとはいえないかな)

 

 他人の味覚の違いということも多少考えるが、自分が美味しいと思わない者を他人に提供して良いのだろうか。そんな考えが脳裏によぎる。

 

(ダメだ。南様ならダメ出しするレベルだこれは。却下だな……具材はともかく、取り合えずもっと薄く焼くコツを掴まないと)

 

 生地に入れるものの量を変えてみよう。それで何かが変わるかも、等と考えていた時だった。

 

 立ち上がった瞬間、誰かに呼び止められた。驚いてレ級は机に膝を強打する。

 

「何、してるの?」

 

「!? っ~~~!!」

 

 床に固定されている物に強かに体を打ち付けて、レ級は思わず声にならない声をあげて座り込んだ。唐突に話し掛けた秋月(防空棲姫)は、急いで弁解しながら彼女を介抱する。

 

「ご、ごめん大丈夫?」

 

『許しません』

 

「うっ!? そんなぁ……」

 

 レ級は震える手で書いたものを彼女の胸に突きつけた。続いて彼女は涙目になっていた秋月に伝言を続ける。

 

『試食、手伝ってください。じゃないと許してあげない』

 

「試食?」

 

『そこのクレープ見えてないの』

 

 何のことだ? と問い掛けて相手が出してきた、ボードマーカーでやたらデカでかと書かれたメモに。秋月は慌ててテーブルにあったものを口に突っ込んだ。

 

 

 

 

「私はあまり悪くないと思うんだけどなぁ」

 

「そうかい? 僕は微妙かな」

 

 どうでも良いことだったかもしれないが、いきなり声をかけてきた相手に頭に来たレ級は、秋月を何度もクレープの食べ比べに付き合わせる。

 

 時間の経過と共に、ふらりとやって来た彼女の妹だという同じく駆逐艦の初月(はつづき)も興味本位からそれに付き合うことになり。茶菓子代わりにそれを食べて感想を言う2人を見つつ、レ級はひたすら焼き加減について練習する。

 

 「私は好きな味だな」。最初にレ級が作った物を食べて、秋月はそう言っていた。逆に初月はあまり好きではないと言うのを聞く。それを踏まえてレ級は考えを変えていた。

 

 当然と言えば当然か、食べ物の好みなど人によって千差万別である。たまたま万人受けするものがお店として繁盛するぐらいで、100人が嫌いと言う味がたまらなく好みな人間も存在するだろう。薄く焼く事ばかり躍起になったが、レ級は気楽に考えて厚いものも薄いものも両方用意することに決めた。

 

 生地の問題は解決した。沢山色々用意すれば良いだろう。が、中身はどうだ。下手に色々用意しても余るものが出たりして面倒だし。そんなように思っていると、秋月からリクエストが来る。

 

「ちょっといいですか」

 

「…………………」

 

「しょっぱいものって作れますか? こう、サンドイッチの具みたいな……」

 

 あぁそうだ。おかず系統のクレープなんて物があったな。レ級はミカン味の物ともう1つ、サラダ味でも作るかと思い立った。

 

 嫌な出会い(ワーストコンタクト)だったが良いことを言うな。そんなように思いつつ。レ級はしっかりと彼女の好みに合わせて厚い生地にキャベツとトマト、ベーコン等を挟んでマヨネーズをかけてから渡そうとしたときだった。

 

 ふと、レ級は気に入らなかったミカン入りクレープを食べた初月の感想が耳に入る。

 

「私は良いと思うけどな。気にしすぎじゃないかな。初月はどういうところがダメだったの?」

 

「僕は……そうだな。食感が気になった」

 

「食感?」

 

「うん。苺とかバナナとか、クレープに使われる果物って、結構サクサク噛める物のイメージがあるんだ。オレンジみたいな、少しぶよぶよした歯触りの物ってあまり使われない気がするし」

 

 「味そのものは悪くないんじゃないかな。僕の感想だけど」 そう、彼女は締め括る。

 

 歯触り……食感。そうか、違和感の正体はそれだ。レ級は初月の肩を掴み何度も頷いた。

 

「…………!」

 

「わっ!? なんだ急に? 変な気があるなら容赦しないぞ」

 

 彼女が言い終わらないうちに、レ級はてきぱきと調理を始めていた。

 

「なんなんだ一体……それに深海棲艦を2人も入れるなんて。提督は何を考えてるんだ」

 

「別に良いんじゃない? 悪い人では無さそうだけど」

 

「でもね、姉さん。軍の体面って物が」

 

「あっ、これ美味しい!」

 

「……………はぁ」

 

 何をひらめいたのか、鼻歌混じりに自在に調理器具を振り回すレ級と、すっかり餌付けされた自分の姉に。初月はため息を吐いた。

 

 

 

 

 




レ級の手料理作戦は成功するのでしょうか。因みに着任したばかりの彼女は秋月が深海棲艦であることを知りません。ついでに作者は料理はヘタクソなので必死にネットと本を読み漁りました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。