職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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FAガールを作ってたら遅くなったので初投稿です。すち子作ってたらvar2発売とかもうね()

ネ級のフィギュアとかでねーかな


25 品定めはいつまで続く?

 

 

 

 「隊長聞きました? あいつ、「ライセンシー」だそうで」 食堂で頼んだ料理を待ちながら、額に貼っていたガーゼを交換していると。隣の席に居た摩耶が話し掛けてきたので、天龍は手鏡を眺めながら続ける。

 

「ライセンシィ?」

 

「ほら、鎮守府の優良隊員に配られる資格があったじゃないスか。なんか、艤装の管理を任される奴が」

 

「深海棲艦が資格持ち((ライセンシー))……そりゃ、すごいな」

 

 昨日、自分らを助けたネ級に思いを()せる。今朝のレ級、木曾と3人並んでの自己紹介を思い出して、天龍は真顔になった。

 

 最初に思ったことと言えば。「すごく流暢に喋るヤツだな」というものだ。

 

 思い起こせば、いつも砲弾をプレゼントする相手は電波を飛ばしてくるような声ばかり出すので。前から鎮守府に居座っていたヲリビーを差し引いても、何を取っても人間と変わらないように発声するネ級が、たまらなく違和感の塊のように思えたのである。

 

「一体俺らの提督は何考えてんのかね。鎮守府に3匹も深海棲艦を置くとはな」

 

「正直、アタシは嫌だな。どいつもこいつも信用できそうにねーや……特にあのヲ級だ。何をしたのか知らねーが、偉くなって一丁前にでかい顔しやがってよ」

 

「まぁ、異常事態ではあるよナ。しかし、資格持ちねぇ……でもなんであいつ提督に装備押さえられてんだ? 昨日のばかでかいのは借り物だって話だが」

 

「まだ信用されてないって事でしょうよ。アタシがここの指揮取ってるならたぶんそーするし」

 

 話の途中で、給仕の者が来る。2人の前にそれぞれ料理が並べられた。

 

 さぁ食べるか。そんなように考えた天龍の手にブレーキがかかる。どういうことか、運びに来た女は、数種類のクレープが並べられた皿も一緒に置いた。頼んだ覚えがないデザートに彼女は突っ込みを入れる。

 

「? なんだ、クレープなんて頼んでねぇぞ」

 

「みかんの缶詰を誤発注してしまって、処理するために作ってもらったんです。お好きにどうぞ。半分からこちらの方は、サラダを具にしたおかずになります」

 

「ほー。まぁいいや。どうも」

 

 気を取り直し。食事を楽しみつつ、2人は話す。

 

「隊長サンはどう思って? アイツとかレ級とか、あのな~んか怪しい木曾とか言うのは」

 

「さぁな。意外と悪いやつじゃないんじゃないかな」

 

「はぁ?」

 

「一応助けてもらったことには変わりねぇ。貸しを作ったことにはなる。いつか何かしてやんねーとな、ってな」

 

「へぇ……律儀っすね。ホント」

 

「お前も一応礼ぐらいは言っとけよ。わりと真面目に俺は命の恩人だと思ったからな」

 

「なっ、頭下げたんスか!?」

 

「あたりめーだろうが。普通にどういたしましてって返されたケド」

 

 まさかちゃんと返事が来るとは思わなかったがな。天龍は心中で呟く。

 

 艤装研究所の職員が着ている作業着に、顔に被った狐の仮面という着こなしが恐ろしく噛み合わず違和感を(かも)している容姿だが。あぁ見えて普通に話の通じるヤツ。今のところの天龍のネ級の評価はそんなところに落ちていた。

 

「………………。」

 

 ぐちぐちと何か呟く摩耶をちらちら見つつ、考える。話題に出てきた深海棲艦たちへ比較的前向きに思っていた彼女は、もしも自分の部隊に配属されたら、と予想していた。

 

 前提としてこちらの命令に忠実なことが必要だが、ネ級・レ級とは高い身体能力で名を轟かせる種である。無茶はききそうだし、使いこなせればさぞかし仕事は捗るだろうな、等と思っていたとき。また誰か1人、天龍の隣の席に腰を落ち着けた。自然と彼女の目線は横に移る。

 

 流れるようにして横につけてきた割烹着姿の女……食事に関係する事柄を任されている間宮(まみや)は、天龍に話を振った。

 

「どうか、しましたか。難しい顔になってます」

 

「まぁな。変わりもんが結構な数ウチに来たし」

 

「ネ級さんと、木曾さん。あとレ級さんでしょうか」

 

「わかるかやっぱり。お前はどう思ってんだよ」

 

 まかないだろうか、炒飯と野菜炒めを口に運んでから、彼女は返事をする。

 

「ここだけの話にしてもらえますか。私は、特にどうとも思ってないんです。……ただ、そうですね。どちらかといえば、好意的に見ています」

 

「はぁ!?」

 

「摩耶、うるせぇよ。で、なんで?」

 

「このクレープ、食べましたか?」

 

「……? いや。俺は甘いの苦手だからよ」

 

「あ、じゃあこっちのはどうでしょう。天龍さんみたいに、甘味が好きじゃない人用のサラダ系の具なんですけど」

 

 それはさっき別のやつから聞いたケド。口ではそう言いつつ、だが暗に「食べてみろ」との間宮に、天龍は真顔で物を取って口にしてみた。

 

 中に入っていたのは、トマトとチーズ、千切りのキャベツだった。それらがオリーブオイルベースの少し酸味があるソースでまとめられている。個人の好みもあろうが、天龍としては舌に合っていた味だった。

 

「……ウマいな、誰が作ったんだ。間宮さんアンタか?」

 

「いいえ。聞いたらお2人は驚くと思います」

 

「ほぉ? キッチンにも新人でも来たのか?」

 

「少し、近いですね。これ、作ったのは全部レ級さんです」

 

 予想よりもうまいな、等と思って再度クレープをかじった天龍の手が止まる。間宮が来る前からオレンジクレープを食べていた摩耶はというと、間宮の発言に激しく咳き込んだ。

 

「ゲッホッ! ぐっ、けほっ、ん゙ん゙ッ」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ほっとけ。つーかさ、マジかよ。あいつが作ったのか……深海棲艦てのは料理もできんだな」

 

「隊長、何ノンキかましてんだ!? 毒でも盛られて……」

 

「馬鹿かおまえ。この人が監視してる場所でそんなことできるわきゃねーだろ」

 

「毒は言い過ぎですよ。それは失礼すぎます」

 

「間宮さんまで……」

 

「言ったでしょう。私は、あの人たちを悪いようには思ってないんです。摩耶さんは決めつけがすぎます」

 

 頬杖をついてぼうっとした様子で、間宮は続ける。

 

「ちょっと感激したんです……なんでこんなことをしたの?って、レ級さんに聞きました。そうしたら、ネ級さんからの指示だと」

 

「なんだと」

 

「皆さん、連日の作戦行動や訓練で疲れてるでしょうし、何より艦隊行動は頭も使うから。糖分が摂れるものを、との事で」

 

 わざわざこっちに気を使った、って事かよ。不気味なほど人間味のある根回しを指示したらしいネ級に、天龍は思う。実はレ級が間宮に伝えたこれは、彼女がネ級のために作った嘘だったが、当然そんなことは調理した本人以外に誰も知らなかった。

 

「…………」

 

 無言で天龍はオレンジ味を取って口にする。生クリームと和えられた控え目な柑橘の甘さが広がる。果物は好きではないが、嫌いではない味だった。

 

「割りと、こっちもいけるな」

 

「…………」

 

「どうした摩耶」

 

「いや。なんか、ちょっとイラッしただけ」

 

「そうか」

 

「疑ったアタシがバカみてぇだ。ほんと何したいんだあいつら……」

 

「さぁな。ただ、案外単純かもよ……「鎮守府に信用されたい」。みたいな」

 

 口を麦茶で濯ぎながら、天龍は食事を続けた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 生まれ持った社交的な性格に加えて、レ級の計らいによる極秘の手料理工作によって、着実に鎮守府からの信頼を勝ち取っていた事はとうぜん欠片も知らず。ネ級は今日もまた近海で味方と演習に(いそ)しんでいた。

 

 鎮守府ではレベルの高いグループに含まれる艦娘たちに囲まれながら必死に応戦するネ級を、演習の責任者である艦娘、鹿島(かしま)が遠くから双眼鏡で眺める。

 

「具合はどうです? 天龍さん」

 

『微妙だな。動きは悪くない。まぁまぁか』

 

「そうですか。時間まであと10分間、続けてお願いします」

 

『あいよ』

 

 スマートフォンのタイマーと、模擬戦を繰り広げる彼女らの被弾状況などのモニタを見つつ、指示を出す。いつも通りの馴れた仕事に、天龍は事務的な応答をしてきた。

 

 2本1対の触手や、腰から生えた尻尾など。外見こそ見るからに人間から逸脱しているものの、能力や性質としてはそれほど危険性は秘めていない。というのが鹿島のネ級への見解だった。

 

 この深海棲艦を連れて歩く木曾と話しているところを見ているし、それなりの礼儀も叩き込まれているらしいことも知って、鹿島は多少この怪物への警戒を緩める。

 

「また被弾……それに動きがぎこちない?」

 

 レンズ越しにみえる女に、独り言を呟く。このネ級、鎮守府の精鋭チームには一対一でぎりぎり勝てない程度の力量であることが、鹿島を安心させる要素の一つだった。

 

 鎮守府の備品の作業着にエプロンという格好で、悪地形に苦戦しながら水面を駆け抜けるネ級を見る。

 

 弱い……と断言できるほどお粗末ではない。が、文句なしの一流というには少し動きが固い。鹿島の下した評価はおおよそそんな物だった。

 

『ほらほらどうした、避けれてないぞ?』

 

『こっちもです!』

 

『……………ッ』

 

 浅瀬に足を取られて転倒しかけるが、ネ級はしなやかな身のこなしで後転して体を起こす。ただ、それに夢中になると、隙を突かれて駆逐艦・軽巡洋艦らの攻撃を回避しきれなくなる。そんな流れが何度も眼前では繰り返されていた。

 

『どうです、こいつ? 教官』

 

「さぁ、私からはなんとも……」

 

『いいとこ中の上ってトコですよこれ。そりゃ、ハチャメチャに強いのも怖いですけど』

 

『他の子と連携するには、ちょ~っと練度が合わないかなぁ?』

 

 駆逐艦の漣、天龍と同じく軽巡洋艦の那珂(なか)が端的に感想を述べる。こうして軽口を流す余裕が出来てしまっていることからも、ネ級と天龍らに技量で差がある事は簡単に想像できた。

 

 噂と違うんだな。鹿島は思う。

 

 開示された情報で知ったが、彼女は軍でも有名だった人助けをして回っていたネ級だと言う。最後は艦娘の部隊と連携して戦艦棲姫を撃破したとのことだが、とてもそれほどの強さがあるようには思えなかったのだ。

 

 療養で2か月のブランクがあるとは聞いたけど、ここまで(なま)るものなのかな。30分間の演習中、既に両手で数えられないほど被弾し、服をペイント弾で濡らしていた彼女を眺めていると。今まで黙々とネ級を狙い撃ちしていた摩耶から通信が入る。

 

『こちらエスコート3。少し良いかい教官サマ』

 

「どうかしましたか」

 

『こいつ、やっぱり疲れが取れていないんじゃないのか。昨日の今日だ。不馴れだとかとは別で動きがぎこちない気がするよ。そうは思わないか?』

 

「………………」

 

 思い当たる物があって。彼女は返答に詰まった。

 

 鹿島は、前に悪戯(いたずら)好きな艦娘たちの悪乗りに付き合わされて覗くことになった、ネ級の寝顔を思い出す。

 

 

 

 数日ほど前に(さかのぼ)る。その日は自分の主要な仕事である演習がなく、鹿島は適当な雑用をこなしていた。

 

 定期的に運ばれてくる武器や装備の弾や燃料を数え、発注の書類を作成していると。非番で暇そうにしていた何人かの艦娘に絡まれる。

 

『あっ、教官。ちょっと良いかな?』

 

『? 磯風(いそかぜ)さんに(あらし)さん。どうかしました?』

 

『暇を持て余していてな。少し度胸試しでもしようかと考えたんだが、一緒にやらないかい?』

 

 この寒くなってきた頃合いに肝試しでもするのか? そう思って彼女は聞く。返ってきたのは、鹿島としては余り良いとは思わない返事だった。

 

『度胸試しって、夜中にお墓参りでもするんでしょうか?』

 

『そんなんじゃない。ただのイタズラさ。例のアイツにな』

 

『アイツ』

 

『な~んだよニブいな、ネ級だよネ級! あの野郎、仮面なんて被ってスカしてるだろ? 自分の部屋がないとかで、いつもソファで寝てるらしいんだ。ちょっくら引っ()がしてやるのさ』

 

 嵐の発言に思わず鹿島は2人を睨んだ。確かに、彼女もネ級に不信感を抱いていたことは否めない。が、何か理由があっての仮面だろうと思っていたのでそれは少しやりすぎでは? と思った。

 

『あまり気乗りしないです。それにまだ仕事も……』

 

『手伝うよ。ザイコ整理なんて3人でやりゃすぐ終わるだろ』

 

『え? あぁ、どうもすみません……』

 

 作業を理由に逃げようとすると、退路を塞がれる。嫌ではあったが興味が無いわけではない彼女は渋々2人に乗せられた。

 

 数分後。話を持ち掛けた2人と仲の良い加古(かこ)も加わり、4人は件の踊り場に着く。階段をよく使う艦娘らの話のとおり、毛布を被ったネ級が静かな寝息をたててそこのソファに寝ていた。

 

『シー。居たな。誰が最初に行く?』

 

『へへ、俺がやろうか?』

 

『お、嵐どうした? なんかあるのかよ』

 

『油性のマジック持ってきたぜ。デコッぱちに「肉」って書くとかどうだ?』

 

 笑いながら話している3人へ鹿島は釘を指す。

 

『ダメですよ。一応私たちの仲間なんですよ?』

 

『はぁ。わかってねーな教官は。新人クンにイタズラするだけだっての!』

 

『あっ、ちょっと!』

 

 鹿島の制止を振り切り、意気揚々と嵐は早歩きでネ級の元へと近付いていった。

 

 ここで少しおかしなことが起こる。

 

 宣言通りに嵐は仮面を剥いで落書きをやろうとした……が、心境の変化でもあったのか。彼女はなにもせず、それどころか取った仮面をつけ直して戻ってくる。

 

『どうした? なんで何もしないんだ、お前らしくない』

 

『なんか、シラケちまったよ……』

 

『ハァ??』

 

『お前らも見てくりゃわかるよ。……チッ。イタズラなんぞする気になれねーよ、あんなん……勝手にしな』

 

 付き合いが悪いな。そんなように言われても無視して嵐は去ってしまった。磯風ほどつるむわけではないが、彼女のいたずら好きを知っている鹿島は妙に思う。

 

 疑問に思いつつ、3人は眠るネ級に歩み寄る。仮面の顎の部分を掴み、ゆっくりと加古はそれを取り払った。

 

『『『……………』』』

 

 目当ての物を見て、3人は無言になる。

 

 仮面を勝手に取ってしまっても、全くネ級は動かなかった。相手からすれば元々は敵である存在((艦娘や人間))だらけな鎮守府の中で、本当に無警戒でぐっすり眠ってしまっていたこの深海棲艦に、磯風らは動揺する。

 

 そしてそのマスクの下にあった彼女の寝顔を見て。それを眺めた全員は、なんとも言い難い気持ちになっていた。

 

 どんな怪物みたいな表情かな? そんな決め付けをしていた者はまず拍子抜けする。肌の色さえ気にしなければ、特に変な部分もない。それなりに整った、世間的には美人に含まれる位の顔だ。

 

『なんか、想像と違うんだけど……』

 

 加古は言う。口には出さなかったが、他2人も概ね同じことを思った。

 

 仕事に疲れきった人間のような印象を3人は受ける。それこそマジックでイタズラされたような、かなり色の濃い隈が目の下に刻まれ、右目を中心としてうっすらと火傷の跡みたいな傷跡がある。ついでに、このネ級は首に大きな傷跡があるのが目を引いた。

 

『なんの傷だよ。ギロチンでも食らったっての?』

 

『さぁね。普通じゃないな、こんな切り傷砲弾で付くものじゃない』

 

 「可哀想」という単語が脳裏に浮かぶような痛々しい顔周りの傷に。それに、全く起きる様子がないほど深く眠る彼女に、磯風と加古のイタズラしてやろうなどという考えは無くなっていた。リアクションが無くてはつまらないと思ったのもあるが、何よりも罪悪感を感じたのである。

 

 次に3人は、触手を抱き枕のようにして寝息をたてている女の側にあった、彼女の私物であろう手帳に目がいった。興味本意から加古が手に取って中を覗いてみる。

 

『なんだ、メモ書きか?』

 

 ページを開き、彼女は眉を潜めた。

 

『うっわ!? なんだこれ……?』

 

 薄汚れた手帳の紙には、びっしりと隙間なく文字が敷き詰められていた。3人は何が書いてるかと見てみる。

 

 鎮守府の提督、艦娘……だけに留まらず、整備士や清掃員、果ては出入りの業者に至るまで。この建物に関わる人物ほぼ全ての名前が記入されていた。

 

 その中で一際目を引いたのは、書類仕事→施設内清掃→艤装自主点検→敷地内清掃→……――という何かの走り書きだ。何の予定かピンと来た加古は半笑いで言う。

 

『な、なんなんだよこれ……フザけてるだろ、こいつここの掃除なんてやってたのか?』

 

『いや、誰か言ってたな。外でゴミ拾ってたとか』

 

『じゃあ、こりゃ1日のスケジュールってことか……ならこいつほとんど寝る暇も……』

 

『何かの冗談だ。ワーカホリックか何かか? タダ働きをこんなに……自分は理解しかねる』

 

 

 

 アレから生活習慣が変わってないとしたら? 疲れが溜まる一方だろうし、まともに動くことは……。鹿島が物思いに耽っているときだった。

 

 演習場内に、試合の終了を告げるブザーが鳴り響く。まだ時間はあったはずでは? と思った鹿島は、タブレットに目を通して気付く。どうやらネ級はこちらの駆逐艦からの攻撃で撃沈判定が出たらしく、それで終わったようだった。

 

「エスコート6、轟沈判定です。港に戻りましょうか」

 

『ははは……すいません。やられちゃった』

 

「……次は頑張ってくださいね」

 

 鹿島が無線を飛ばすと、相手は半笑いでそんなことを言ってきた。素顔は見えないのだが、あの疲れの滲んだ顔面で力なく笑っているのが想像できる。

 

 不意に、ネ級が足元から突き出ていた岩に(つまず)いて転ぶ。完全に不注意だったらしく、結構派手に飛沫をあげて倒れたものだから、摩耶らが慌てて駆け寄って声をかけた。

 

『おいてめぇ、大丈夫か? 立てる?』

 

『すみません。不注意でした』

 

『あぁ、問題ないならそれに越したこた無いけど……気を付けろよ』

 

「…………」

 

 彼女は本当に、自分の知っている深海棲艦という生き物なのだろうか。鹿島はつくづく疑問に思った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 更に別の日の出来事。ネ級の飼い主(木曾のこと。周囲が皮肉を込めてこう呼ぶ)が、どこか違う場所で仕事があるからと鎮守府を離れているという。そんな訳で、演習で面倒を見ていた天龍がその日限りだが代役に抜擢されてしまった。

 

 監視といっても、ここ最近ではそれは名前だけの飾りみたいな仕事と化していた。

 

 何故ならば対象のネ級はいたって大人しいし、問題行動など何一つ起こさなかったからだった。おまけに自主的な物と1日の業務を終えると、大体はソファで寝ているだけなのだ。

 

 彼女が鎮守府に入ってきてから早1週間と少し。もうその一連の生活習慣を把握していた天龍は、数時間に1度姿を確認する程度の適当な仕事をしていた。

 

 しかしここまで模範的となるとつまらないもんだな。何か想像もできない問題行動を起こしてくれたほうが、いっそやりがいがある。報告書に文字を綴っていきながら考える。とうとうやる気が完全に無くなった彼女は、適当なレポートをでっち上げて遊ぶことにした。

 

 佐世保の鎮守府は、提督の趣味で建物の中にバーが入っている。食堂と同じく利用は金を払う必要があったが、特に夜限定などと営業時間が決まっていないのを知っている彼女は、そこで暇潰しをすることに決める。

 

 まさかこんな昼間から、仕事の日に酒を飲む事があるとはな。どうせネ級は大丈夫だろうと中に入る。

 

伊良湖(いらこ)、席()いてるか」

 

「あっ、天龍さん。こんな時に珍しい。時間が時間ですから、()いてますよ」

 

「そうかよ。じゃあ邪魔して……」

 

 何か飲もうかね。そう言おうとした天龍の口の動きは止まる。

 

 さすがに殆どの人間が働いているこんな時間は、普段は誰も居ないバーなのだが。カウンター席に一人居たヲ級に彼女の目は釘付けになる。

 

 入り口の鈴の音で人の出入りに気付いて、短くこちらをちらりと見てから何かの作業に戻ったそいつの隣に、天龍は座った。

 

 アルコール度数の低いフルーツカクテルのグラスを側に置いて、何かの書類を書いている。コジャレたスーツに眼鏡をかけている姿は、端から見ればやり手の弁護士か何かのようだ。

 

 妙な先客に、嫌味を多分に込めて天龍は話し掛けてみる。

 

「昼間から優雅なもんだな。オリビーさんよ」

 

「さて、どうかな。徹夜明けで疲れていたんだがね」

 

「徹夜? 仕事か何かか。とてもそういうようには見えないけどな」

 

「心の広いやつは余裕を持った態度を取ると聞いたんだ。意識してのことさ。アンタこそどうした、今日はネ級の監視だろうに」

 

「あんなのほっといたって何もしねぇよ。仕事と飯と寝ることしかしやがらねぇ」

 

 相も変わらず掴み所の無い態度が気に食わねぇな。そんなように思っていると、ヲ級は携帯電話で遊び始めた。

 

 天龍の瞳に、この女が使っていたヴィトンのスマートフォンカバーが写る。注意深く観察すればこの深海棲艦、かけていた眼鏡や手袋もかなり値が張るブランド物ばかりだ。いったい軍から幾ら貰っているのやら、と呆れる。

 

「何の書類だ。日記か?」

 

「そんなところかな。ネ級の観察日記。ここの提督から頼まれた」

 

「ネ級の?」

 

「ここ数日の働きっぷりが気になるんだそう。そうだ、天龍さんはあいつの指導役だったっけ? 何か適当に教えてもらえないかい。どんな雰囲気だとか、感じた感想とか」

 

「感想……別に。これといって変なことするヤツじゃないし、言うことはちゃんと聞くから……」

 

「借りてきた猫みたいか」

 

「…………前から気になってた。よくそんな言葉知ってるな。勉強でもしてるのか」

 

「陸で暮らしてもう10年だからな」

 

「!?」

 

「なんだよ知らなかったのか。お前さんが学生だった頃から俺は働いてるよ。」

 

「へ、へぇ。そうなんだ」

 

 嘘だろ。そんなように返したかったが、このヲ級にしては珍しく真面目な顔をしていたのでホラを吹いてるようには見えず、納得しがたい発言だったがぐっと飲み込む。脊髄反射(せきずいはんしゃ)で、天龍は疑問をぶつけてみる。

 

「10年か……結構なもんだな。切っ掛けはなんだ? その、こっちに来たのは」

 

「というと?」

 

「軍に味方する理由だよ。なんかあったんだろ? 金稼ぐだけが目的なのか?」

 

 あぁ、なんだそんなことか。ヲ級ははにかみながら、しかし表情と噛み合わない返事をした。

 

「好きな人が深海棲艦に殺された。それだけさ」

 

「好きな……って。なんだよ、恋人でも居たのか」

 

「くくく……違うよ。君らの言う「家族」みたいな人さ。義理だけどね」

 

「…………。そうか。聞いて悪かったな」

 

「別に。慣れてるから」

 

 悪いことをしたな、と思った天龍は話題を強引に切り替える。

 

「そういや秋月とか照月とは上手くいってるのか。確か最初に姉貴((秋月))が砂浜に倒れてるの見つけたのアンタだろ」

 

「まぁまぁかな。でも良かったよ。今は体調も問題ないみたいだし、成績良好なのも知ってるだろ」

 

「あぁ。まるで前とは人が違うみたいだよ。なにより射撃の腕がとんでもねぇ。ありゃ、今年の表彰台は確実だろうな」

 

「ふふふ……まぁ、あまり目立たないほうが本人のためだと、俺は思うんだがねぇ……」

 

「どういうことだ?」

 

「あいつの妹たちほど、俺はあいつを知らない。だけど人を見る目はあるつもりだ……あまりあぁいう奴は、人前に出たがるタイプに見えないからな……」

 

 へぇ~、などと話し半分に聞いているような態度で、天龍は水を飲む。

 

「しかしまた、なんで秋月はともかく、ネ級もここにぶちこんだんだ。お前、言っちゃ悪いがみんなから嫌われてるぞ。前よりももっと……秋月の事で株上がってたのによ、もったいねぇな」

 

「別に気にしてない。そういう天龍さんだっていつも距離を置くじゃないか」

 

「……知ってたのか」

 

「人の心の動きには敏感なつもりさ。じゃなきゃ今ごろ俺は海の藻屑(もくず)だ」

 

「そこまで言うかね」

 

「言うさ。偉い人の機嫌を損ねないように慎重に生きてる…………俺は賭けてるのさ。あの秋月とネ級にね。俺が手を差し伸べた二人が活躍すれば、見出だした俺の株も給料も上がる。奴等も信用と名声、ついでに金を得る。みんなが特をする……良いことだ」

 

「ほぉー。なんだよ、そんなに入れ込んで。あいつらが好きなのか」

 

「好きだねぇ、金には及ばないがな。あいつらには情緒(じょうちょ)って物が確かにあるから、見ていて退屈しないからな……」

 

 情緒……ねぇ。確かに感情豊かとは言えるか。そんなように思っていると、ヲ級は天龍の思考を読んだような言葉を投げた。

 

「気になるかい、ネ級のこと」

 

「一応人並みに、かな」

 

「そっか。これ、やるよ」

 

 そう言ってヲ級がルイヴィトンのバッグから出したのは、綺麗にファイリングされた資料だった。話の流れから、ネ級に関するものだろうと察する。

 

「ネ級について、知ってる限り集めた。いつか俺に聞いてくるやつがいるだろうから、と思って一部作ってたんだ。天龍さんが一番最初だからあげる」

 

「そりゃどーも」

 

「さて。出ようかね……車で出る仕事があってねぇ……」

 

「車? おい、飲酒運転する気か」

 

「酒飲んでたと思った? 残念、こいつはただのモクテル((ジュース))さ。残りはあげるよ。じゃあな」

 

 ヒールのかかとを、わざとらしくカツカツ鳴らしながらヲ級は店から出ていってしまった。興味本意で天龍は言われた通りに飲み物を口に含む。嘘ではなかったらしく、全くアルコールを感じさせない甘さが口内に広がった。

 

「マジだ。ただのカルピスじゃねぇか」

 

 本当、何考えてるかわかんねーやつだな。飲み物で再度喉を潤しながら、風変わりなヲ級のことをそう思った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ーーと言うわけで、この部分にどれだけ圧力をかけるかで艦娘の艤装の出力特性はガラリと変わるのれす」

 

「なるほどね。えーと、低圧が続くと低燃費か。じゃあ、あのでっかいのは意外とパワー無いのね」

 

「そういうことになるのれす。得体が知れないと思ってたけれど、調べてみれば普通のパーツにまみれていたのれす」

 

「へぇ~……。でも、ありがとね。妖精さん。いつも付き合ってくれて」

 

 えっへん! と胸を張る数人の小人たちの頭を、ネ級は指で撫でる。いつも自主的な仕事で暇を潰しているが、今日は自分の担当の妖精らが戻ってきたので艤装の勉強をしていた。

 

 密かに木曾やレ級、ヲ級の助力もあったが、何よりも彼女自身の日頃の行いが評価されたのだろうか。相変わらず良い顔はされないが、鎮守府での信頼は着々と勝ち取り。最近では、没収されていた装備、妖精、その他様々な物が返ってきていた。

 

 少しでもここの工員の負担を減らそう。そんな思いで、妖精らと話しながら叢雲から貰った槍を磨く。いつかまた会えたら、返さないとな。などと考えていると、普段は整備工場に来ないような友人が来る。レ級だ。

 

「あっ。どうしたの、こんな時間に」

 

『呼ばれたんです。どうやら私たち2人を加えて作戦行動をとるんだとか』

 

「えっ、私が? なんか変なの」

 

 渡された紙を見てから顔を上げる。嫌われ者をわざわざ入れるとは何事? と思ったが、それよりもいつもと違う格好のレ級に目がいった。

 

 服装が大きく変わったからだろうか。かなり雰囲気が変わったな、と思った。オレンジ色の少しサイズの大きなツナギに、海上保安官のキャップと赤いフレームの眼鏡がよく似合っている。しかし彼女は目も悪かったのか? とネ級は新事実に驚く。

 

「どうしたのその眼鏡?」

 

『前の鎮守府で視力検査をしたんです。そうしたら視力が1を切ってました』

 

「あらら……でもコンタクトじゃないんだね」

 

『それが、話すようになった方から頂いたんです。もう使わないからいいよって』

 

 何気ない世間話に2人が花を咲かせている時だった。なんだか背後からザワザワとした人の気配と音を感じてネ級は振り向く。ざっと片手の指では足りない数の艦娘に囲まれていた。中には艦娘に擬態中のあの防空棲姫も居る。

 

 ヤバイな、何か悪いことでもしたかな。良くない雰囲気を察知し、そう身構えていると。先頭にいた天龍から話を切り出された。

 

「時間通りか。なるほど、教育はちゃんとされてるな、やっぱり」

 

「「?」」

 

「出撃の時間だ。レ級、外に出ろ。ネ級はあのデカブツ連れて出てこい。いいな?」

 

「! 了解です」「…………。」

 

 レ級の言ったそばから来たのか。ネ級は言われた通りに装備を整えて乗り物の電源を入れる。手早く準備する傍ら、妖精と話した。

 

「なんだか随分急な話じゃない?」

 

「ここの提督しゃんはよく解らないのれふ。鈴谷しゃんやレ級の事は悪く言うのに、頻繁に働かせてるし」

 

「あぁ。だね。」

 

 遠隔操作のコントローラを持って海面に降りる。ネ級は変な不安を抱えたままガレージから海へと出た。

 

 

 

 

 




・ネ級……最近は当然のように触手を枕にして寝る
・レ級……いつも和食ばかりだったので洋食の勉強を始めた
・天龍……ヲリビーと防空棲姫を除いた上記二者を警戒中。個人的に木曾のことを気に入らない。
・木曾……実は鈴谷が鎮守府に馴染めるまで、という契約で来ていた。なのでネ級はたぶんもうほったらかし

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