職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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くっそ遅くなって本当に申し訳ナス
コラボってるお相手様の防空さんのお話になります。それどはどうぞ。


28 疑いようのない優しさ

 

 

 

 鎮守府に戻って早々に、天龍は事後報告のため執務室に行く。

 

 ダメージの激しかったネ級の艤装はドック入りし、彼女もまた深く負っていた怪我の治療を済ませたのを見て、こちらから休むように言っておいた。基地の防衛のために残した部下に聞いたが、レ級もまたよく働いてくれたと聞き、勝手に敵視した二人には、天龍は申し訳無さでナーバスになっていた。

 

 いつも通り。戦場と違って落ち着いた執務室という場所で、机に向かって字を書いて、提督に提出する。慣れていることなので機械的にこなしたが、事務作業中も考えていたのはネ級のことだった。

 

 「あの2匹、どうだった。」 二枚重ねのレポートをめくりながら、上司が言う。「匹」、って数えるかねぇ。あまり良い態度で彼女らに対応しない彼に、天龍は苦笑いしながら返事をする。

 

「凄かったよ。正直、俺らだけじゃ犠牲者が出てた。間違いなくな」

 

「あのネ級の肩を持つのか?」

 

「違う。経験と勘に基づいた分析ってヤツだ……俺以外から報告来てないか、ズタボロになるまで頑張ってくれてたよ」

 

 彼女の発言に、男は書類を片手にパソコンの画面を切り換えて何かの資料をチェックし始めた。天龍の言う報告がメカニックや医療班から来ていたのか、それについて口を開く。

 

「なるほど、機械も本人も相当な痛手を負っている。これは、予想以上にいい買い物になったかな」

 

「買い物?」

 

「そういえば天龍には言ってなかったか。この鎮守府は、技術研究所からの取引であのネ級を引き取っていたんだ。取り合えずの手付け金に、なんて1500万円貰ってる。あの深海棲艦に問題があったとき、全額ここに入る資金だ」

 

「1500万円……」

 

「あぁ。ただし、素行に異常がなかったり、艦娘としての性質に問題がないとここの人間に認められた場合は、程度に応じて少しずつ返すお金だ。今は、確か600は返金したかな。因みに500万は戦闘や日々の生活のデータと引き換えに提供してくれるんだそうだ」

 

 少しだけ、天龍は心当たりがあった。いつ戦死してもおかしくないから……そんな理由で、艦娘の中でも特に戦闘に参加することが多い者は月一回に限らず、頻繁に給料明細が発行されることがある。その中に含まれている彼女は、ネ級が来てからは演習の方が多いにも関わらず、自分の配当が上がっていて不審に思っていた。タネはそれか、と思う。

 

 同時に思ったことがあった。あいつの命はたったの1500万円か。そんな感想だ。

 

「……お前さ、三国志わかるか?」

 

「どうしたんだ急に? まぁ、有名どころはだいたい知ってるが」

 

「……趙雲(ちょううん)、って武将知ってるか? 作り話らしいんだけどよ、大将の息子を胸に抱いて、万単位の敵の囲みを振り切るって話がある。俺はそれ結構好きなんだけど、ちょっと思い出しちまったよ」

 

「敵の大軍を、あいつは切り抜けたのか」

 

「大軍て程でもねーが、結構なキツい敵倒して、民間人を助けたらしい。あいつ、港についたときにガキに抱きつかれてやがったぜ」

 

「……ネ級が、子供に好かれていたのか」

 

 顔を少し地面に向けて、天龍は続けた。

 

「なんつーかな、何か、普通の艦娘とかとは違うんだよな。言っとくが、深海棲艦だからなんて野暮なこと言うなよ」

 

「それを見ていて。君はどう思ったんだ?」

 

「マァ、なんだか妙に優しいヤツだと思ったよ。そのあともガキども一人一人に話しかけてやんの。元気付けたり勇気づけたりしてさ……それに子供の扱いにも慣れてそうなカンジだったな」

 

 「なんか、価値観変わっちまう感じだよ。」 ほんのちょっぴり。頑張り屋のネ級を物扱いした自分の上司に、軽蔑の念を抱きながら。天龍は部屋から静かに出ていった。

 

 

 

「…………中枢棲姫との接触を報告しない、か。見損なったよ、天龍。」

 

 観音開きの扉を白い目で睨みながら、男は言う。

 

「まぁいい……あのネ級がいる限り、奴はこちらに敵対することはなさそうだな……お前もそう思うだろう?」

 

 『えぇ。しかし、あのような強力な個体と繋がりがあるとは……危険です、ネ級を殺しますか』 男が机に置いていた、仕事用とは別の私物のノートパソコンから声が出力された。

 

「なるほど、お前は頭が悪いな?」

 

『えっ』

 

「馬鹿なことを言うものじゃない。適当に泳がせておけ……余計な事をすればそれだけ感付かれることになる、無駄なアクションを取る必要はない。「検体」は今の量で充分だ。おい、食事や世話はちゃんとしてるんだろうな」

 

『はい。勿論、このように……見えますか?』

 

「……なるほど、機嫌は悪そうだがな。たまには気分転換に、時間を決めて外に散歩でもさせてやれよ……まぁいい、これまで通り、しっかりと丁重にもてなせ。彼女らは金になる」

 

 この執務室には盗聴機が幾つか取り付けてあった。実は提督の彼が、とある「仲間」との連絡手段として意図的に付けたものである。

 

 パソコンモードから画面を切り離し、タブレットになった機械の液晶に映る、テレビ電話上の作業着の男と話す。その男の奥、彼が意図的に見せてきた景色に、提督の男はつまらなさそうに目を細めた。

 

 

 端末の画面には、それぞれ片手と片足を欠損した状態で、少し渋い顔をしながら洋食に手をつけている港湾棲姫と離島棲姫の姿があった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 完全に日が落ちてから数時間後。夜勤で近海警備中の艦娘以外は、帰宅しているか寮で寝ている時刻に、防空棲姫は懐中電灯片手に鎮守府を歩いていた。

 

 夜中の1時に何をしていたのかと言えば。彼女は、軽くネ級に「探り」をいれるつもりだった。

 

 念には念を入れて足音を消しながら歩く。少し調べたが、今日、施設の深夜見回りをする者はこちらから言って交代して貰っている。あまり大規模な鎮守府でないからか、自分以外は他にこの警備の仕事をやるものも無いことを知り、彼女にこっそり接触するにはうってつけの日だと判断した。

 

 天龍ら、いわゆる「普通の艦娘」は、今回の出撃で正の方向にネ級への認識を改めていたが。防空棲姫の抱いた感想は違っていた。

 

 奴は、自分の知らなかった、自我のある深海棲艦。その中でも、あのような特殊な個体と交流があるらしい。ともすれば危険な存在かもしれない――そんなように思っていた。

 

 艦娘としてこの鎮守府に溶け込んできたわけだが、他の者から聞くと、ネ級は自分の部屋を割り当てられていないらしく、いつも階段の近くにあるソファに荷物を置いて寝ているらしい。果たして、言われた通りの場所に彼女は寝息をたてて横になっているのを見つける。

 

「…………」

 

「ん……ぅ……ゥ……」

 

「起きない、な。安心安心。」

 

 事前に夕食に軽めの睡眠薬を盛っておいたが、相手の顔や手などを弱くつねったりする。尚も静かに眠っている彼女を見て、防空は用意を始めた。

 

 ショルダーバッグから、箱状の電子機器を取り出す。「さ。泊地、この機械の使い方、教えてちょうだい」 女は持っていたスマートフォンにそう語りかける。防空棲姫は、ネ級よりも以前に泊地棲姫と交流があった。そもそも、この内偵事態が彼女からのお使いである。

 

『そりゃ、教えるが……本当にやるのか』

 

「当然でしょう。それと……言うのを忘れてた、なんて言わせないよ?」

 

『悪かったよ。そいつが中枢棲姫様と仲が良かったって話だろう。必要になる情報だとは……』

 

「はぁ……もういい。早く使い方」

 

 コード付きの電極が付いたAEDに似た機器を指示に従ってセッティングする。一方の極をネ級の頭と首に、もう一方を防空は自分の額と首の辺りに貼り付けた。

 

 防空棲姫は、鎮守府に潜り込むに辺り。漂流物に見せかけて、様々な物を泊地やその部下から支援として受け取っている。艦娘の服や、装備を偽装するためのハリボテ、規格が合わない自分の砲の専用弾頭などだ。そんな中で今日持ってきたもの……これは、「人の夢の中に入ることができる機械」だった。

 

『本当に使う日が来るなんてな……』

 

「なぁに、なんだか変な声になってるけど」

 

『別に……妹の友達がまた一人減るのか、って……そう思っただけさ』

 

「…………疑わしきは罰すると言ったのはお前だぞ」

 

『…………。電話、切るぞ。達者でな』

 

 勝手に切りやがった。なぜか相手が少し不機嫌な声になったのに、防空棲姫は理解できないまま、装置を作動させる。

 

 女の目が、濃い赤色に光る。薄目で笑いながら、彼女は寝ているネ級に呼び掛けた。

 

「さようなら……最後の夢、楽しむと良いよ……バイバイ。じゃ、おやすみ。」

 

 全ての準備を整えて。防空棲姫は眠りに就いた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ネ級も出会い、物資的な支援をした泊地棲姫だが、彼女は1つだけネ級に嘘をついていた。

 

 泊地は、ネ級と出会う以前から、妖精を見たことがあった。これは彼女の妹も知らないことだった。なぜ隠していたかと言えば、ネ級のことを最後まで信用できていなかったことに起因する。

 

 更に彼女は妖精の技術も、多少は取り込んで自分のものとしていた。その集大成として作り上げ、防空棲姫に渡していたのが、「夢に入れる機械」だった。

 

「んしょ。っと」

 

 取り敢えずは成功か。泊地から機械と同時に持たされていた手書きの説明書を片手に、秋月(防空棲姫)は自分が寝ていたベッドから起き上がる。

 

 夢を夢と判断する方法。それは、現実世界と夢世界では侵入した者の姿形が異なる、という物だ。丁度よく自分が居た部屋にあった鏡に写るのが、深海棲艦・防空棲姫ではなく、髪も黒く、肌も血の気のある人間の姿になっていたのを確認し。まずは第一ステージは来たかと思う。

 

「……ふ~ん。なるほど」

 

 部屋からでて、そこにあった廊下を眺めたり、壁や床の材質などを調べながら秋月はネ級の夢の世界がどういうものかと吟味する。

 

 艦娘として、鎮守府の寮で生活している夢、か? 秋月は、道行く作業員や艦娘を見て、そう思った。

 

 なんだ、普通の夢だな。そんなように感想を抱いたとき。目標の人物に声をかけられた。

 

「おーはよっ。どうしたの?」

 

「!? おっ、おはようございます!」

 

 背後からいきなり来た声に驚く。振り向くと、迷彩服を着たネ級が居た。

 

「朝の見回りと、体操でもやろうかと。ははは……」

 

「そっか。私、庭の掃除があるから。またあとで、じゃあね!」

 

 前から不思議に思っていたが。深海棲艦や艦娘相手にはほとんど効かないサブマシンガンを、ネ級は大事そうに紐を付けて肩から下げている。髪留めの鈴を鳴らしながら彼女は去っていった。

 

 適当に言ってしまった後に後悔したが、運よくこの夢の状況を軽く知る。何の疑問もなく素通りしたことから、どうやら時刻は午前の6~9時ぐらいらしい。

 

「…………。」

 

 さて、どうやって殺すかな。

 

 ネ級の夢の中の建物を練り歩く傍ら、そんなことを防空棲姫は考えた。

 

 

 

 

「聞こえますかー。声、私の、解りますかー?」

 

 さて、秋月(防空棲姫)が夢に潜り込んで数時間が経過したが。目の前にある景色に、彼女は酷く動揺していた。

 

 初めて入った夢世界という物に。好奇心をもって、多少楽しもうなどと考え、秋月はこっそりとネ級をつけていた。するとこの深海棲艦は、唐突に道で倒れた女性の処置を鎮守府の艦娘とやり始めたのである。

 

朝潮(あさしお)さん、AED持ってきてもらえますか? なければ、近くの病院とかに連絡!」

 

「は、はい! 了解です!」

 

「頼みます。私、心臓マッサージするから!」

 

 花壇の植え込みに身を隠しつつ、対象を観察する。倒れた人物の上着を1枚取り、両手を女性の胸、肋骨の辺りに当てて、腕を真っ直ぐに伸ばし。ビデオ教材のお手本のような綺麗な姿勢でネ級は心肺蘇生を試みている。

 

「1、2ィ、3、4、5、6ッ……!」

 

 防空棲姫は、ただただ唖然とした。

 

 ヲリビーと田代が情報を伏せていたこともあって、彼女はネ級が元は人間だったことを知らない。が、普通の深海棲艦ではないとの考えには至っていた。それが現在の、どう考えても医療の知識がなければできないことを、さも当然とネ級がやっているのを見て。ますますその考えが固まる。

 

 夢の中を見る機械。しかし正確には違う。これは、「対象人物に理想の夢を見せる+その中に入ることができる」というマシンだった。つまりは、このように道行く人間に手を差し伸べるような生活がネ級の理想の現実ということになる。

 

 話を戻すと、やはり防空は酷く狼狽(うろた)えた。正直なところ、彼女は共に出撃したときのネ級の行動を「自分をよく見せるための打算」か何かだと思っていた。が、こんなものを見せられては、彼女の心の底からの親切心を認めるしかなかった。

 

(……気になる。本当に、何が)

 

 茂みに隠れるのをやめ、建物の方へと走る。

 

(お前の正体は一体なんなんだ? 重巡ネ級……。)

 

 

 

 

 マシンの説明書を片手に、秋月はあるものを探す。

 

 そもそも、彼女がわざわざこの機械でネ級の夢に入り込んだ理由だが。単純な興味というものに加えて1つ、大事な要素がある。それは、「完全犯罪的に対象を簡単に抹殺できるから」だ。

 

 夢、というものはまだまだ医療分野でもわかっていない現象だが、人の活動に多大な影響を及ぼすというのは有名な話だ。泊地の機械は、そんな夢の「核」を破壊することができる機能がある。

 

 簡潔に言うと。この「夢のコア」を壊された人間は死ぬ。そう防空は聞いていた。

 

 どこからか調達した設計図通りに物を作っただけだという泊地には原因不明だそうだが、侵入者が直接手を下す必要があるが、夢を壊された対象は植物状態のようになるという。

 

「…………これか」

 

 見えない壁に体を軽くぶつけた秋月は、そこから一番近くにあった扉を睨む。

 

 夢世界は、無限に広がっているわけではなかった。対象から半径数km程度の場所で終わっており、そこからもっとも近い扉や窓といった開くもの。それが夢の核の保管庫だとマニュアルにはある。

 

 すぅ、と深呼吸してから入る。

 

「……こりゃ、また」

 

 明らかに建物の中とは別な、異質な空間が広がっていた。

 

 ドアの先なのだから、普通は部屋のはずだが。扉1枚隔てた先は、雨の降る夜の町並みが広がっていた。

 

「ここから先は、と。」

 

 入ってきた場所を閉め、秋月はメモ書きに目を通す。

 

《扉を越えると、そこは夢を見ている人間の「人間性?」のような景色がある。ずっと歩けば行き止まりがあるから、そこの核を壊せば夢が壊れて出ることができる。もし、壊さないのであれば、侵入した時に目が覚めた場所で眠ればそれでも夢から出られる。》

 

「人間性……? ジトジトした性格ってことなの、このネ級?」

 

 流石は夢と言ったところか。なぜか打たれても濡れない雨水を妙に思いつつ、秋月は歩き始めた。

 

 数分間、町を歩く。程々の強さに降る雨音以外に音の無い、静かな場所だと彼女は思う。これはつまり、あまり騒いだりするタイプの性格ではない、ということか。等と考えていた時だった。

 

 ぶぐじゅ。ぐじゅるぅゅり。唐突に、粘ついた、水気のある音が近くからした。

 

「えっ―――」

 

 好奇心と、疑問から後ろを見た事を。防空棲姫は激しく後悔する。

 

 そこに居たのは、端的に「化け物」と呼んで差し支えが無さそうな物だった。皮膚がなく、内蔵が剥き出しのゾンビみたいなヒトガタが数人立っていたのである。

 

「ひっ……!」

 

 この世のものとは思えない異形に、意図せず変な声を出して後ずさる。

 

 ネ級の心の中には文字通り魔物が住んでいる、ということか。あまりにもおぞましい醜悪な姿をした者達を、嫌悪感を隠せない表情で防空棲姫は睨む。

 

 妙な反応をそいつらは見せた。

 

 防空が睨み付けると。彼(彼女?)らのうち何人かは顔を被う。もう何人かは壁にかかっていた旗などで体を隠し、最後の一体はなにやら申し訳なさそうに見えなくもない表情になったのだ。

 

「ゔー……ゔー……」「るぅ……」「……ぅ」「うぅ……」

 

「???」

 

 なんだ、こんな見た目で襲ってきたりするわけではないのか? 数分様子を見たが、こちらに近付いてきたりする事がなかったので、防空棲姫は先に進むことにした。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…! 入り組みすぎでしょう!? 全く……!!」

 

 一体どれだけ歩いただろうか。泊地はまっすぐ歩けば目標まで辿り着けると書いているが、それは嘘じゃないだろうなと思うほどに防空は焦る。町は迷路のように複数の路地が噛み合った構造で、目的の行き止まりまで到達できないのだ。

 

 道行く中で度々目にする怪物たちへの忌避感すら無くなる。夢の中だというのに、疲れまで覚えた防空はその辺りにあったベンチに体を投げる。

 

「意味わかんない……どういう性格してんのよコイツ……」

 

 複雑、ということか。にしたっていい加減にして欲しいものだ……そんなように防空棲姫が思っていたときだった。

 

 ふと、1匹のゾンビがゆったりとした動きでこちらに来るのが見える。何かと彼女は上体を起こす。

 

 襲ってくる、というわけではなかった。性別もわからないような外見のそいつは、何かを持ってきた。

 

「ゔー……ゔー……」

 

「? なにこれ……取……扱い…説明書??」

 

 ゾンビの一体が本を差し出してくる。恐る恐る、受け取って開いてみる。このとき、血や何かの粘液に濡れていた怪物が持っていた割りには、なぜか貰った本に湿り気などが無いことに不思議に思うが、夢なのでこんなものだろうと防空は思考停止した。

 

 『根上 紀美の思考を紐解く』 辞典のような書物の表紙にはそう書いてある。根上、というのは確かネ級の偽名だったか?―― 本当は本名なのだが、ヲリビーのように陸でネ級が使っている名前だと勘違いしながら、防空は読み始める。

 

・人知れず頑張りすぎることがあります。たまにでいいので(ねぎら)ってあげてください。

 

・考えすぎて空回りすることがあります。落ち込んでいるときは励ましてあげてください。

 

・疲れていても顔に出づらい傾向にあります。決まった休息の時間をあげましょう。

 

・頼まれごとは断れずに引き受けてしまいます。疲れて寝ているときにはそっとしてあげましょう。

 

・甘いものが意外と苦手です。間食よりも主食など、体力のつく食事を与えましょう。

 

・交流のある人物が害されたとき、我が身を省みず暴れ始めます。気を付けてください。

 

・彼女は自分を大した者ではないと考えています。また、彼女は自分の命を他者に生かされているもの、と考えています。

 

・ありがとうと誉められて無理をすることもあります。時にはあえて突き放すことも大事です。

 

「…………――――」

 

 何のことはない。人並みに情緒があって、どちらかと言えば他人に尽くす性格だ――大まかにそんなような事の記述があった。

 

 しかし気になるのはこの書物よりも、これを寄越してきた怪物である。一体何がしたいのかわからないな、などと思っていると。今度はまた違うゾンビが来て、秋月は服の袖を掴まれる。

 

「うぅ、う」

 

「?? 着いてこいってこと?」

 

 疑問に思って質問すると。その怪物は静かに頷いた。

 

 ゾンビに誘導されて到着したのは、マンションのような建物だった。外見は老朽化か何かで小汚いが、中は掃除が行き届いて綺麗だ。

 

 尚も誘導に続く。案内された先には、映画館をそのまま小さくしたようなシアタールームがあった。やけに礼儀正しく、それでいて大人しい所作でエスコートするゾンビに従うまま、秋月は中央の席についた。

 

「るぅ……るるる……」

 

 複数体いたうちの、片腕のない怪物が、なにやら器用に機械を操作する。

 

 大型スクリーンに映った映像に、防空棲姫は目を奪われる。

 

「な…に……これは」

 

 火の粉を散らして燃え盛る住宅街。笑いながら重火器を人間に向ける艦娘たち。意味のわからない、脳が理解を拒む映像が流れている。

 

 場面が切り替わる。鮮やかな頭髪の一人の女性が、女の子を守って艦娘に顔を撃たれて死亡した。

 

「っ!?」

 

 なんなのこれ。どういうことなの? この夢の中で何度目かわからないが、ただただ防空は困惑する。恐らくは、ネ級が見た記憶か何かだろう。色々とあったが、艦娘が一般人に手を出している点が一番意味がわからなかった。

 

 映像は尚も続く。また防空は驚く。死んだと思った女性が立ち上がり、また女の子を守るように艦娘の前に立ち塞がったのだ。

 

 唐突に、女性の腹部が裂けた。そして、そこから2本の触手が生えてきて、彼女の肌が急激に血の気を無くして白くなる。

 

「!!」

 

 片方の目を眩しいほどに赤く輝かせながら、その女は力任せに艦娘をなぎ倒した。しかし命までは取るつもりがなかったのか、そいつは律儀に自分の吹き飛ばした者の脈を測ってから、女の子を抱えて逃げ出す。

 

 

 カメラが切り替わって顔が大きく映る。防空は唖然としてだらしなく無意識に口を開く。その女はネ級だった。

 

 

 全速力のまま、およそ1、2kmほど走っているだろうか。流石に体力が持たなかったのか、ネ級は足がもつれているのにも関わらず、尚も走り続ける。

 

『死なせない……ぜったい、死なせない!』

 

『はあっ、はっ……! っぐ、ぜったい、助けるんだ……!』

 

『お姉ちゃんが、着いてるからね……ぜったい、死なせたりするもんかっ……!!』

 

「…………っ」

 

 これは? 背負っている子供に言い聞かせているのか? 何のために? 恐怖心を少しでも和らげるためか? 困惑する防空に構わず映像は続く。

 

 流れる物は、どれもこれもが彼女に衝撃を与えるには充分な情報量を秘めていた。多対一の状況に構わず突撃する、手負いの艦娘を艦隊まで送り届ける、気を病んだ中枢棲姫への付きっきりの看病……他者への深い慈愛の念でもなければまず不可能なネ級の数々の行動が、防空の胸を締め付けた。

 

 最後に、戦艦棲姫と刺し違えるような形で彼女が気を失い、南方棲鬼が乱入する所で場面が切り替わる。映像主体だったものが、唐突に真っ暗な画面に文字が映される演出が入る。

 

「!」

 

 ―心労が祟って病んでしまうことがあります―

 

 ―気丈に振る舞ってはいても、それは弱さを周囲に見せないための仮面なのです―

 

 ―自己犠牲。彼女の人間性は、その一言に集約されるのでしょう―

 

 ―彼女を助けてあげてください。そして、支えてあげてください。彼女は、決して強い人間では無いのです―

 

 

「…………………」

 

 ムービーが終わる。重巡ネ級という女性の本質を知ったとき。防空棲姫は全てを理解すると、その場で泣き出してしまった。

 

 何の事はない。何があったのかはしらないが、彼女は自分と同じ、元は人間で純粋な深海棲艦ではなかった。付随する要素として、他人思いで自分を省みない性格だということはこの映画ですぐに理解できた。

 

 次いで、どうしてここまで心優しい夢の「住民((ゾンビ))」は怪物の姿をしているのか。暗く陰鬱とした色彩に溢れているのに、空気も居心地も良い空間が無意識の領域に広がっているのか。

 

「そうか……そういう、ことか……」

 

 容姿、言動、立ち振舞い。様々なものがあるが、他人から理解されづらい。もしくは、酷く誤解されてしまうような性質をもつ。そんなネ級(鈴谷)を表す風景だったんだな。自分もまた「誤解」していたと自覚した彼女は、申し訳無さと自分の短絡的な思考回路の情けなさに、涙が止まらなくなった。

 

「ゔ……ゔ~……!?」「ぅうるぅ……」「……ぅう」

 

 泣いている客人に気を使ったか、化け物の一人はお菓子の包み紙を、もう一人は暖かそうな毛布。更にもう一人が涙を拭くようにとハンカチを差し出してくる。

 

「あり、がとう……優しいのね。貴方たちは……」

 

「疑惑は解けた。……かな? 防空棲姫……さん」

 

「!」

 

 不意に、横から投げられた言葉に。防空は顔を上げる。

 

 いつの間にかに隣の席に座り、声をかけてきたのは重巡ネ級だった。一瞬ギョッとしたが、現在進行形で夢を見ている本人とは何だか雰囲気が違う。よくよく見てみれば瞳の色や髪型も違い、防空はこのネ級は映像に映っていた「鈴谷」とは別人だと認識する。

 

「お前は……?」

 

「見れば解るでしょ。重巡ネ級でごさいます。」

 

「そりゃ、そうだけど……お前は鈴谷じゃない……」

 

「あら、ご名答。そう、私は紀美じゃない……この夢の護り人さ。鋭いね」

 

 飄々とした態度の女だ。顔を見るまでは、声や言葉選びからそんな印象を受けた。が、発言者の表情を再度見て、その認識は間違いだと改める。

 

 どこまでも澄んでいて、かつ、視線の先を射抜くような鋭さを秘めた――強い意思を感じる目で防空は見られていた……気がした。もっと簡単に言うと、この人物の前ではどんな嘘や建前も効きやしない気がする顔を、ネ級はしていた。

 

 膝を組み、その上で指を組んでいる余裕そうな態度が。なおさら、相対するこの女のただならぬ雰囲気を助長していると防空は感じる。数分ほど、女二人はお互いに見詰めあっただろうか。スクリーンの映像がリピートでまた再生される。

 

 「さて。」 青紫色の瞳の先を、コンマ一秒たりとも防空棲姫から外さずに席を立つと、ネ級は言った。

 

「あまり変な詮索(せんさく)はしないであげてよ……こう見えて、内面この子はナィーブだから」

 

 スクリーンに映っていた鈴谷の顔を見ながら、ネ級は秋月の肩を軽くとんとんと叩く。

 

「じゃあね……私の代わりに見守ってあげて。鈴谷(紀美)を。」

 

 女が言い終わるか、というとき。防空棲姫は抗いがたい強烈な睡魔に襲われた。

 

「…………!?」

 

「っとぉ、落ちる前に。良いこと、教えたげる」

 

 次第にまぶたが開けられなくなる。そんな彼女へ、(ささや)くような声でネ級は助言をした。

 

 

「貴女の鎮守府の提督に気を付けな。じゃあ、おやすみ。」

 

 

 意識が遠くなる。気絶や何かの類いではない、心地よく眠りにつくような……そんな感覚だった。

 

 そして、完全に気を失う前に。防空棲姫の脳内で、この夢の中で経た情報が整理される。

 

(殺す……だなんて……)

 

(笑われるのは私のほうか……)

 

(最初から……彼女のなかに、私のような偽物の好意などは無かったのだから……)

 

 1から10まで。害意など無いどころか、出来すぎているほどに他人思いで思慮深い人物。それが、この女性(鈴谷)の本質だった。

 

 もう、防空棲姫の中には。ネ級を殺そうなどという思考は微塵(みじん)もなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




仕事が……仕事が忙しすぎる
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