職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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お ま た せ

相変わらずゴア表現有りです。少々ご注意を。


30 善意に偽物なんてあるのかい?

 

 

 

 

 日頃の行いに並行しての内偵で、思わぬ収穫を得ていたネ級とは裏腹に。今日この頃の防空棲姫は多少の焦りを感じていた。

 

 ネ級にも伝えた通り、最初期、初めてここに来た頃合いは鎮守府内部を重点的に探していた。が、成果が得られず、探索範囲は近くの港·その周辺の水中·町中……と段々と拡大の一途を辿っていたのだ。それでもなお、痕跡すら掴めなかった事から、終いには泊地棲姫の情報は間違っていたのか?とまで邪推する始末だ。

 

(どこだ……いったいどこに居る? 離島……港湾…………)

 

 融通の効かない自分のテレパシー一本(いっぽん)に頼り切りでは流石に探し切れない。だけど、二人の波長のようなものは何となくだが感じ取れるから、やはりこの街にいることは間違い無い―――。

 

 机に置いた地図の一部にバツを付けながら頭を抱える。戦闘に関する仕事は、彼女の能力を持ってすれば朝飯前も良いところだったから問題は無い。しかし、フルパワーなど出そうものなら異常な戦果を出して怪しまれる。加えて、周囲の人間関係も気を使う……そんな気苦労が、日に日に防空棲姫を追い詰めた。

 

 苛立ちから、持っていたボールペンを握り潰して割ってしまう。いけないな、物に当たるなんて。頭を冷やそうと、水を少なく濃い目に作ったレモネードを喉に押し込んだとき。部屋の扉をノックして初月が入ってきた。

 

『ちょっといいかな。姉さん?』

 

「いいよ〜。どうかしたの?」

 

「ごめんね。こんな遅くに」

 

 そんな時間だったか?と時計に目をやると針は10時を指していた。考え込みすぎて時間が経ってたのを忘れてたのか。混ぜた水の量が少なく、溶け切らなかった粉のジャリジャリした舌触りに不快感を覚える。なるべく疲れは顔に出さないように、秋月(··)は初月に向き合う。

 

「ん〜と、ね。」

 

「?」

 

「暴露話……って言うのも違うかな。なんて言おうか」

 

 真顔の中にも、穏やかさを感じさせるような表情をいつもしている初月だが。今日はどこか、その余裕さのようなものが感じられず、また、変に勿体ぶる物言いと、なぜかゴルフバッグの様な物を担いでいたのに防空棲姫が妙に思ったときだった。

 

「僕は口が下手だから。はっきり言う事にする。」

 

 ガチャリ、とわざとらしく部屋の鍵を施錠し。彼女は……少なくとも防空棲姫にとってはとんでもないことを呟く。

 

「姉さん……いや、防空棲姫って。そう、呼んだほうがいいのかな。」

 

 咄嗟の判断だった。

 

 防空棲姫は素手で自室の壁を叩き壊し、隠していた自分の武装を女へ向けて発射する。

 

 煙が晴れる。しかし、爆風が晴れたそこには無傷の初月が居た。

 

「!!」

 

「そうきた、か……びっくりした」

 

 自慢じゃないが戦艦並みの攻撃力がある主砲だ、どうしてこいつは無傷だ? そう思ったが、種は相手が自分から明かしてくる。

 

「なんで無傷か不思議そうだね。ちょっと開発室からくすねて来たんだ、この増設バルジのおかげさ。」

 

 ススだらけのボロ布と化したバッグから、彼女は鉄の塊のような何かを取り出した。艦娘の武装はあまり詳しく無いが、確か増加装甲の一種だったか。防空棲姫は細目で初月を睨む。

 

「そう来るってことは、やっぱり図星か。びっくりしたかい?」

 

「……なんでわざわざ公言した? 不意打ちでもすれば良いものを」

 

「不意打ちなんてしないさ……だって最初からそんな気は無いもの。」

 

「?」

 

 軽くだが読心が発動した。すると、なるほど、なぜか初月からは敵意やそれに類するような思考は感じられない。

 

「考えてもみなよ。あなたほどの個体に僕が一人、そんなで戦いになりはしない。僕がもしやるなら沢山引き連れてくるし、そもそも鍵掛けたりなんて自分を追い込むような事はしない」

 

「……確かに」

 

「僕はただ、貴女と夜更(よふか)ししに来ただけさ……」

 

「その割には、準備万端だったみたいだけど」

 

「どうせ信じてもらえないだろうから、最初は砲弾が飛んでくることは予想してたんだよ。読みどおり、ってところかな。2撃目が飛んでくる前に説得できるかは賭けだった。」

 

「………………。」

 

 やりづらい女だな。自分の性別を棚に上げ防空棲姫は考える。

 

 戦闘中に行方不明·死亡した艦娘に(ふん)して行動していた彼女だったが。生前の秋月と仲が良かったのか、ベタベタして来る照月、手料理を振る舞ってくれる涼月辺りとはよく話していたが、初月とはあまり深くは接していなかった。というのも、この女だけは抜け目無い性格なのをそれとなく察し、避けていたからだ。

 

 超火力の主砲に、グチャグチャに破損した装備を床に置き、初月は口を開く。

 

「気が付かないと思ったのかい。でも大丈夫さ。多分気が付いてるのは僕だけだ……照月と涼月はどこか天然な所もあるからね、わかってないと思う。まぁ、あのネ級とヲ級も貴女のことを知っていそうだけど……合ってるかい?」

 

「………………」

 

「無言は肯定と受け取るよ」

 

「いつから……気づいた?」

 

「ん〜。2、3週間経ったあたりかな」

 

 「漂流中のストレスで容姿が変わったと聞いたけど……その白い髪も、赤い瞳も。姉さんからかけ離れたと思ったけど、でも偶然なのか、貴女の顔立ちは姉さんそっくりだった。から、あまりそこは気にならなかった。」 初月は続ける。

 

「簡単な話さ。単純に、姉さんは貴女ほど強くなかった。はっきり言って異常な練度だもの、すぐに気付いた。あぁ、変装して陸を偵察しに来た深海棲艦なのかって、最初はそう思った」

 

「…………………。」

 

「昔から姉さんは運動音痴だったんだ。かけっこはいつもドンケツだし、縄跳び飛んでもすぐにバテるし。艦娘になっても、僕ら姉妹の中じゃ1番芽が出るのが遅かった」

 

 戦い方だって貴女とは違っていたよ。淡々とつづける初月に、防空は黙って聞き続けた。

 

「端的に言って弱かったから、姉さんは自腹を切ってまで用意した強い武器に頼ってた。艦載機撃ち落としたり、敵に攻撃したりなんていつも散弾だし、たまに普通に砲撃するときに使ってる弾も新型の貫通弾とか融通してもらったり」

 

「そうか。それで?」

 

「その点、貴女は違った。镸10cm砲ちゃんみたいに勝手に動いてくれる自立装備もそんなに使わなければ、たまに有り合わせで持ってきたような単装砲で敵の艦載機を撃ち抜いたり。気づかないほうがおかしいさ」

 

「……………。」

 

 わからない。なんだこの女の纏う雰囲気は。自分が敵である深海棲艦であったことへの失望や敵意ではないし、こちらがアクションをしてこない安心感などとも違う。防空棲姫は疑問から口を開いた。

 

「気づかないほうがおかしいさ、か。わからないな。私にはわからない」

 

「?」

 

「お前がそう言うんだ、他にも感付いた奴がいるはずだ。それでなぜ私に何もしてこなかった?」

 

 スウゥゥ、と。防空の問いに対し、唇から息を吸う音が出るような深呼吸をしてから初月は答える。

 

「鋭い、ね。具体的には僕と、空母の加賀さん。でもそれだけさ。みんな疑問に思いつつも、貴女のことは艦娘の秋月である、と。受け入れてた」

 

「? 気付いたのはたった二人か。なんでだ?」

 

「……貴女が思っていた以上に。秋月という女性が、この鎮守府のみんなの心の比重を占めてた。って、ことさ。」

 

「………………そうか」

 

 仕事(戦闘)はできなかったらしいが、信頼はされてた、ということか。それとなく初月の、何かを含んだ発言を理解する。

 

「照月のことを、突き飛ばして自分が身代わりになったこと、覚えてるかな?」

 

「……ちょうど1ヶ月前か」

 

「うん。それぐらい」

 

 「僕は、一瞬あのときに貴女に姉さんの姿を重ねた。」 初月は言う。

 

「もしかしたら……本当に姉さんが生きてたのかって、そう思ってしまった。その程度には、あの時の貴女は姉をエミュレート出来ていたよ」

 

「秋月は……照月を庇って死んだのか?」

 

「近いけど違うかな。簡単に言うと、僕らが敵に襲われて酷く消耗してたときがあってね。その時、殿を買って出たんだ。ちょうど他の鎮守府の方とも合同の作戦でね。確かそこの島風と一緒に敵に突っ込んで……そこから行方不明さ」

 

 女二人、だんまりを決め込む。部屋が数分間静かになるが、座っていた防空棲姫に対してずっと立っていた初月が、持っていたボロ布を尻に敷いてごみの上に座ると。事の続きを話し始める。

 

「帰って来たら酷い空気だったよ。みんなから慕われてた女の、死んだに等しい報告。晴れてた日だったのに、お通夜みたいな静かさでね」

 

 照月と涼月もそこそこ美人なのにさ。台無しになるような顔でわぁわぁ泣いてて……。重い話の中で、心臓を掴まれる様な痛みを防空は覚える。

 

「でも、時間が解決してくれた。何年も経つと、みんなそこそこ元気にはなった―――けど、そこに貴女が現れた」

 

「………………………」

 

「望月と菊月さんに三日月。特に古参の菊月さんは顔見てびっくりしたって貴女も聞いてたか。まぁ、そりゃそうだよね。遠洋で死んだはずの同僚そっくりの女が浜に倒れてたんだもの。しかもどう見ても水死体じゃない容姿。興奮しないわけがない」

 

「……この顔はただの偶然だ」

 

「うん。データにあった防空棲姫って深海棲艦が、秋月姉さんに似てるってからかったことがあったから、まさか初めはそれかと僕も思った」

 

 「でも、だよ」 俯いていた顔を上げて、初月は言う。

 

「貴女は……初めて会ったとき僕と、照月、涼月の名前を言ったでしょう。まぁ、本名じゃなくて艦娘としてのものだけれど……でもそれが、二人の。特に照月の――琴線に触れた」

 

「どういうことだ」

 

「秋月姉さんは職務熱心だったから。よく照月に本名で呼ばれては注意してたんだ。「照月。仕事中は、私の名前は「秋月」だからね?」って。そしてその約束を守るように、姉さんは、ついぞ最後まで鎮守府の中じゃ照月を「照月」としか呼んだことが無かった。もちろん、僕と涼月にも」

 

「ただの艦船の名前にそんな……」

 

「いや。照月にとっては、それは仕事の中では特別な名前だったから。姉に似た顔の女から本名を当てられる以上に、心を揺すられたはずだ。」

 

 寂しさの漂う笑顔を浮かべて、初月は言う。

 

「きっとこう思っただろうさ。「姉さんが帰ってきたんだ」って。僕も最初は騙されそうになった。貴女の人間のフリは完璧だったからね」

 

「皮肉か?」

 

「いや本気さ。でも妙に器用に戦いで立ち回るところとか……正式にヲ級が。というより、ネ級とレ級がここに配属になって、この人は姉さんじゃ無いとは確信に変わった。この人は、軍が口実をつけて深海棲艦を配置するための布石だったのかって思った……けど、表情を見る限りその読みは少し違うみたいだね」

 

 喉が乾いたのか、初月は立ち上がって洗面台で水を汲む。コップを傾けて喉を潤す彼女へ、防空棲姫は瞳を震わせながら質問を投げた。

 

「2人しか気づかなかった、と言うより、無理矢理この私を秋月として認識するよう周囲が努めた、という事か。だけどまだ不思議だ。なんでお前と加賀は知っていて私を放置した?」

 

「加賀さんの提案さ。特に現状を維持して問題ないなら、下手に告発して事を荒立てる必要なんてないとのことで」

 

「加賀が、だと?」

 

「理由は教えてくれなかったけど、あの人がそう僕に釘を刺した大体の検討はついてる。それもまた、照月に関することだと思う」

 

「…………そんな事まで私に教えて良いのか」

 

「言ったでしょう。僕は最初から貴女を敵だなんて思ってない」

 

 ええと、どこまで言ったっけ。話の腰を折った防空に、少し考え込んでから初月は口を開いた。

 

「照月はたぶん、偽者であっても姉が「また」居なくなることに耐えられない。から、だと思う。」

 

「!」

 

「時間が経ってなお、照月は目に見えて気分やら体調やらが落ちていたからね。それがあなたのお陰でぐんぐん持ち直した。いわば特効薬さ。それを取り上げる事なんて、僕も加賀さんもできない。そういう事さ」

 

 言いたい事は言い切った、と言うことだろうか。涼しさを感じさせる表情で初月は言った。しかし防空棲姫は対称的な暗い面持ちで意見を告げる。

 

「特効薬だって? ……私が? ………そんなのまやかしだ」

 

「まやかし、とは」

 

「私はみんなを騙してた。バレたく無いから本気も隠したし、会話も合わせたし。記憶喪失でみんなの艦娘の名前しか覚えてないなんて(うそぶ)いた。色々と他人に優しくしたのだってそうさ、それとなく親切を振り巻けば信頼を勝ち取れると思っただけだ」

 

 自分の頬を伝う涙に気づかないまま防空棲姫は続けた。が――

 

「偽物の姉の偽物の親切だ。そんな物で立ち直るわけが」

 

「善意ってものに……本物と偽物なんてあるのかい?」

 

「えっ――――」

 

「たとえ本心から親切にされても。たとえ、打算的に組まれた優しさだったとしても……どっちにしたって、やられた側は嬉しいさ……嬉しいに決まってる。だって相手の気持ちだなんてそんなもの、心でも読めなきゃわからないんだから。」

 

 初月は目を瞑り、顔を下に向けた。喉の奥から絞り出すような震えた声で、彼女は言う。

 

「貴女が思っている以上に。貴女は、私達の姉を演じられていたんだよ。それを、知っておいて欲しい……そして、それがどれだけ照月の事を救ったのかと言う事を。」

 

 ぐい、とまた顔を上げた彼女は両目を涙で満たし、鼻を(すす)りながら続けた。

 

「多分あなたは何気なく声を掛けただけだったと思う。痩せ気味だったあの頃の照月に、「ちゃんと食べてるの?」って。働き盛りなんだから、ちゃんと朝昼晩、ご飯抜いちゃ駄目だって。その一言で、どれだけ照月は姉の事を感じられたのか……僕はわからない。でも、確かに救われたはずなんだ」

 

「………うん……そう…………か。」

 

「偽物だとか本物だとか関係がない。姉を名乗って現れた貴女は、確かに「秋月」を演じ切っていた。それで良いじゃないか」

 

 真顔とも笑顔とも言えない――悲壮感のようなものをたっぷりと含んだ表情で、初月は壁掛け時計に目をやる。「こんな夜遅くまで、ごめんね」 そう一言。血縁者でもなんでもない女に謝罪してから、彼女は部屋を出ていく。

 

「…………うぅ」

 

 ただ、泊地棲姫への親切心から簡単に引き受けただけの仕事だった。なのに私は何か―――とんでもない罪を犯していたんじゃないのか?

 

 未だに見つからない同族のこと。勝手に敵視していたネ級のこと。そして、秋月の妹たちのこと―――考えすぎて、防空棲姫は軽い頭痛を覚える。

 

 その日の夜。防空棲姫は枕に顔を(うず)めると、涙が枯れるまで、ひたすら涙を流した。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「木ィ〜曾〜? イママデドコイッテタノカナー??」

 

「アダッ、いっ!? いちちち……わ、悪かったって! いててて……」

 

 「別の仕事で場所を移らなきゃいけなくなった。」 唐突にそう言ってから丸2週間は姿を消した木曾が、これまた性懲りもなく戻ってきて。ネ級は恨み言一つ、寂しかった旨の発言も添えて弄り倒していた。

 

 気分が晴れたネ級は、腕を捻られて痺れる感覚に顔をしかめる友人を無視し。すっかり日課と化した庭掃除に入る。そんな二人の様子を、自発的に掃除中の彼女とは別で、この日の当番として花の手入れをやっていた初月は笑って眺めていた。

 

「大変仲がいいみたいだ。二人とも」

 

「そう見えます?」

 

「うん。親友同士って感じかな」

 

「はは……どーも。にしても……大きい鎮守府っすよね。ココ。駐車場なんかたくさんいい車停まってるし」

 

「そうかな? 偉い人なら、もっとたくさん贅沢してる人とか、僕は見たことあるけどな。」

 

「マジすか? あそこにベントレーなんか止まってますけど、俺んとこあんなの居なかったっすよ」

 

「ははは。あれね、実は提督の車さ」

 

「え゛? あんなやべぇのを?」

 

「奮発して買ったんだって。3500万円とか。僕らには関係ないようなものだね。」

 

 これみよがしの場所に高級車、ねぇ。ネ級は目を細める。

 

 熊野のランボルギーニは確か中古で800〜700万とか言ってたっけ。単純計算で5倍か……。えらい高給取りだな。そんなように、鈴谷は仮面の下の瞳を、建物の窓の奥にいる男へ向けた。

 

 プライドだかメンツだか知らないが、金持ってますよアピールは少しヤーね。そんなように考えていると、ふと、自分の上司(佐伯提督)が型落ちのシルビアで毎日鎮守府に来ていた事を思い出す。時折、いまにも壊れそうな音を出していたが「そういう所が可愛いと思いませんか?」などと彼がのたまっていた事も同時に思い出し、噴き出しそうになる。

 

「木曾さんの所には高級車とか居なかったんだ。珍しいね」

 

「第7横須賀は質素倹約がモットーっすから。うちの提督なんてガタついたシルビアですからね、乗ってんの。たぶんあの車(ベントレー)買う金で20台くらい用意できて釣りが来ますよ」

 

「ふふっ。良いじゃないかシルビア。かっこいいし」

 

 カッコ……良かったかなぁ??? フロントバンパーにはヒビが入り、運転席のドアはサビまみれな車を想像して、ネ級と木曾は同じような感想を浮かべた。

 

 しかしなかなかどうして……すっかり溶け込んでるじゃないか。表情は被り物で読めないが、声色などから別にこの雑談で嫌な顔をしてるようにも思えないネ級(鈴谷)に。木曾は、ふとそう思う。

 

 元はといえば、木曾が監視の建前でネ級と一緒にこの鎮守府に来たのは、自分らの上司である佐伯の提案があっての事だった。「敵対存在として、きっと邪険に扱われるのはそう想像に難しくない。彼女からは気のおけない間柄の貴女のような方が1人居れば、ぐっと紀美さんの負担も和らぐ筈です。」―――ネ級が目を覚まして数日後あたりからの彼の発言を、思い出す。

 

(心配ねぇよ提督。さすが鈴谷ってところだ。悪評なんて身の振り方でねじ伏せてるよ。)

 

 快晴とは言えないが、多少曇っているお陰で涼しい気温のこの日の空を見上げる。ぼうっとしながら、そんな事を木曾が考えていたときだった。3人のもとへもう一人、ここ数日でネ級に思う所があった人物が合流する。

 

 「ちょっといいか。」 天龍の声に。初月はちらりと顔を見るだけ、ネ級と木曾の二人は体を向けて何かと彼女に向き合う。

 

「お疲れ様です。どうかしましたか」

 

「肩肘張んなよ、別に説教しに来た訳じゃねぇんだ。ちょっとお前に渡すものがよ」

 

「?」

 

「ほら、これだ」

 

 肩掛けカバンから天龍は袋詰された新品の服か何かを差し出す。前に軽く注意された経験から仮面を外そうとした手を、相手の差し出した荷物に向けて、ネ級は何かと訪ねた。

 

 封を開けて物を広げる。入っていたのは、天龍らが前に着ていたライフジャケットだった。胸には所属する鎮守府のマークと部隊章が刺繍されている。

 

「これは?」

 

「ここの鎮守府の備品だ。お前を正式に俺たちエスコート隊の一員として認める。あらためて、ヨロシクな。ネ級」

 

「!」

 

 ネ級も木曾も、少し驚く。奥にいた初月は少しだけ目を見開いたあと、またすぐに真顔に戻った。

 

 良かったじゃねーか鈴谷? 隣の木曾から小声でそんなことを言われながら肘で突かれる。純粋に、仲間として認められたことが嬉しかった鈴谷は、貰ったものに袖を通してみた。

 

「俺らのソレは特別性でな。海難救助も見越して、誰か抱えたりしても大丈夫なように3人分ぐらいの浮力がある」

 

「わぁ……いい着心地……でも良いんですか? こんなもの貰ってしまって。私深海棲艦……」

 

 と、そこまで言ったとき。天龍は軽くネ級の頭にチョップをかます。「んふぇ!」と変な声が出た彼女へ、すかさずその首の後ろに腕を回して抱きつくと、天龍は笑いながら口を開いた。

 

「ばーかっ! もう誰もお前のことそんなフーに思ってねーよ! 知らねーのか? こないだよおめーさんの大活躍でファンレターまで来てやがったぜ。もっと胸張れよ!」

 

「ファンレター?? どんなのだい?」

 

「お、なんだ初月も知らなかったのかよ。こないだのガキンチョがな。でっかくなったら提督になってコイツと結婚したいだってさ! ケッサクだったぜ」

 

「えぇ……?」

 

 困惑するネ級と、それを笑って眺めていた2人だったが。天龍は強引に会話を締める。

 

「まぁなんて言うかさ。自信、持てよ。お前はお前が思ってる以上に、人様救ってるんだぜ。じゃ、あばよ!」

 

 渡すものはあげたから。そう言ってその場を後にする天龍は、3人から離れる途中で思い出したようにもう一言、ネ級に向けて追加した。

 

「今晩他の鎮守府からの仕事が入った。お前、それ着てまたうちの部隊に混じってくれ、待機所で待ってるからさ。詳しいことは秋月から伝えさすから、また後でな」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

『我が鎮守府の管理下にある海域で、水位の異常上昇が認められた。現場は満潮時を除いて島があるような場所で、普段ならば水の下はすぐに砂か岩肌が見えるような地域だが、それらが深く沈み込んでしまうほどに海水面が上がっている。妙な減少の発生に、みな首を傾げている。』

 

『更に今までは発生していなかった大きな水の流れも観測されており、大型の船舶などは勿論、速度が出せない戦艦や空母の艦娘も身動きか取れなくなったと聞く。こんなことは今までに前例がない。』

 

『ともあれ、同海域に調査部隊を派遣したのだが、連絡が途絶えている。偵察とはいえ武装や練度に過不足は無く、熟練の艦娘たちを派遣したのだが、音沙汰が無くなってしまった。深海棲艦の大部隊のような熱源も感知できず、いったいそこで何が起きているのかを早急に把握する必要がある。』

 

『そこで君たちエスコート隊に海域の調査を依頼したい。早い海流に対抗できる艦種でほぼ占めている編成であることに、護衛任務での堅実な仕事ぶりと、指揮を取る天龍の高い戦略眼。そして最近入隊した重巡ネ級の良い噂と働きぶりも聞いている。活躍を期待する。』

 

『消息を絶った者たちはいずれもベテランと呼んで差し支えない艦娘だった。作戦中、もし障害となる物が現れた場合、遠慮なく排除してくれて構わない。彼女たちが戦死したとは考えたくはないが、もしそうなのなら、仇をとってやってほしい。以上だ。』

 

 

 

 練度の高い艦娘を抱えた鎮守府には、たまに他の鎮守府から依頼という形で仕事が回ってくるそうだが、まさかそんな大事なことをこなす役目が自分に回ってくるなんて。夜の海を、ネ級は他の艦娘から少し離れた場所を先行しながら考えていた。

 

 速度という面では今回の作戦の成約はなかったが、小回りが効かないということで装甲空母鬼の艤装は鎮守府に留守番をさせている。自分用の軽装備だけを纏った状態で、ネ級は携帯電話に繋いでいたヘッドセットからの依頼文の読み上げに耳を傾ける。

 

 しかし、とうとうこんなものまで見聞きさせてくれるようになったか……。着々と自分を信用してくれるようになった隊員らに、ネ級は顔を綻ばせた。

 

『Aポイントマーカー通過。そっちは?』

 

「確認しました。周囲に敵反応なし、オーバー」

 

『了解。そのまま索敵頼むぜ』

 

 鎮守府からはかなり離れた場所が作戦海域と言うことで、そこまでの道中には、スマートフォンの画面上にいくつかの中継地点を設定しての行軍となっていた。最初の1つをくぐったという事で、ネ級は後ろにいた天龍と簡単な連絡を済ませる。

 

 この日の編成は、旗艦は変わらず天龍。その後ろから秋月、摩耶、鳥海、弥生。そして先頭がネ級と言った具合だ。本来は瑞鳳が来るはずだったが、依頼にもあった謎の海流とやらで行動が制限されるため、代わりにと今日は駆逐艦の弥生が入っていた。

 

 しかしまた、夜の海に戦いに出るのは久し振りだな――。横須賀に居た頃は朝から夕方までが持ち時間だったネ級が、サーチライトで照らされる海面を見ながらそう思っていると。周囲数百メートルは索敵が完了し安全だと分かった辺りで、着いてきていた艦娘らが雑談を始める。

 

『そういや、隊長ってネ級の素顔って見たことあるンスか?』

 

『ん? あるけどなんだ』

 

『あんの!? えっ、嘘!?』

 

『ど、どんな感じだったんですか?』

 

『いやどんなって言われても……普通だったけど。普通の女の顔』

 

『前に補助で入ってたときに私も見たよ?』

 

『はぁ!? おい、弥生、詳しく』

 

 天龍と弥生の発言に急に言葉を荒げた摩耶にネ級は噴き出しそうになる。尚も彼女らは続けた。

 

『うっせ〜な〜お前らと来たら。そこに本人居ンだから見せてもりゃぁいーだろ』

 

『えっ?? そんなフツーに見せてくれんの??』

 

『たぶん。え、というか摩耶さんは見てないの? 前の作戦だとあの人外して動いてましたよ?』

 

『見るヒマなかったんだよ……あんのクソタ級にやられちまって。あぁ思い出しただけで胸いてぇし頭来るわ……』

 

 あの時か。摩耶さんけっこう重傷だったものなぁ……。手刀で袈裟斬りをされた彼女を思い出しながら、ネ級はインカムのスイッチを押し、会話に参加した。

 

「ちょっといいですか。別に、言われれば外しますが……」

 

『ウッソ! まじぃ!? 見せて! こっち向いて!!』

 

「どうぞ」

 

 まさかあの憎きクソオヤジ((吉田提督))の部下でもなし、別に見られて困るものでも無いし。ネ級は嫌がる素振りなど見せず、仮面を外して体の向きを変えた。パッと自分に照明の光が当たり、眩しさに目を細める。

 

『おぉ……お? …………ほんとに普通だ』

 

『……です、ね。』

 

『わかったかよ、全く……秋月は見たことあったのか?』

 

『ありますよ。私も前の作戦で』

 

『そっか。あぁネ級、もういいぞ』

 

「はい」

 

 やっぱりこういう、意味もない話に交じるのは楽しいな。元来、お喋りが好きな性分だったのでそんなように思ってたとき。天龍からプライベート回線でちょっとした謝罪が来た。

 

『わりぃな。変なことに付き合わせてよ』

 

「いえ、ぜんぜん構いませんよ。それより、部隊員の方とは仲が宜しいようで」

 

『まっ、今年で付き合いも7年になっからな。一緒に仕事すんのにギクシャクすんのもヤだろ?』

 

「ですね(笑)」

 

 暗い海を先陣切って行くのは少し心細いものを感じていたが、今のやり取りで大分それが和らぐ。そんな間にも着々と目的地へとエスコート隊は近付いていた。

 

 最後のマーカーのDを通過する。目印であった、過去に放棄された海底資源の引き上げのための小さな基地が目に入った。すると、声色を仕事モードに切り替えた天龍からの声が無線に届く。

 

『夕方のミーティングは覚えてっか?』

 

「はい。まず私が先行、後ろから天龍さん秋月さん弥生さん。後方の殿を摩耶さん鳥海さんがやって、手早く原因の調査、でいいですか」

 

『バッチリだ。報告通り、先行した部隊が消息を絶ってる。気を付けろよエスコート6。無線の電源は切るな』

 

「了解しました」

 

 気のせいか、周りの空気感が張り詰めたものに変わった気がした。みんな戦闘モードってところか。察したネ級は触手に付けていた武装の残弾を確認し、背負っていた槍を手に持つ。

 

 出発から数時間。エスコート隊は作戦海域に侵入した。事前の打ち合わせ通りの陣形を組み、ネ級は偵察に瑞雲を3機ほど飛ばす。

 

「暗いからみんな無理しないでね」

 

「あいあいさ!」「おーれーにーまーかーせーろー!!」「せんじょーをとぶ!」

 

 口を開けた触手から、洋上迷彩柄のプロペラ機が飛び立つ。ネ級は携帯電話の光で手元を照らしてメモ書きを確認し、予定通りの動きを始める。

 

 この周辺は既に謎の海流とやらの発生地帯である。後ろに控える駆逐艦·軽巡洋艦の味方はともかく、どうしても初速で劣るネ級は減速すると動きに制限がかかる。と言うわけで初めは航行してきたそのままの速度で流れを突っ切り、適当に探索をする。

 

 次いで、この海流の穏やかな場所が見つかり次第、そこを起点に水質や埋まった地質の調査を行う、というのが今回の作戦だった。ちなみに一番槍の役目に彼女が選ばれたのは天龍の支持だった。重巡洋艦の艦娘は巡航してトップスピードに乗っていれば問題は無いし、前の作戦から不測の事態への柔軟性は極めて高いと判断した。天龍の言い分はそんなところだった。

 

 調査海域のど真ん中を目指して進軍中のネ級と違い、他の艦娘は海域の外周を見るため、互いはどんどん距離を開けていく。眼前の暗闇に心細さがまた顔を出し始めたが、信頼には答えなければ、とネ級は口を結んで深呼吸をする。

 

 数分ほどただひたすら真っ直ぐに進んだだろうか。ここで少し不可解な事が起こる。携帯電話で確認すると、ネ級はちょうど作戦領域の真ん中に来た。どういう訳か、台風の目のようにこの部分は海面が凪いでいたのである。

 

(川の流れみたいなものだと勝手に思ってたけど、ここを中心に渦を巻いてたって事なのかな?)

 

 だとしたら、この真下に何かありそうだな。その場に止まることはせず、なるべく速度を維持するために同じ場所をぐるぐると旋回していた時だった。

 

 つん、と鼻をつく血の匂いにネ級は気付く。敵深海棲艦の熱源などは無かったが、考えるよりも先に愛銃のセイフティーを切る。

 

「………………………。」

 

 偵察に出ていた妖精たちは少し自分から離れているため、ネ級は持っていたライトで臭気が漂ってくる辺りを照らした。先にあった光景に、無言になる。

 

 何か大規模な戦闘があったらしい。艦娘·深海棲艦問わず、複数の死体が水の上に浮いていた。臭いで既に勘付いていたが、どれも血が乾き切っていない新鮮な状態だ。限界まで警戒心を研ぎ澄ませ、ネ級は天龍に報告する。

 

「こちらエスコート6。エスコートリーダー、今良いですか?」

 

『なんだ?』

 

「作戦領域の中心部に海流の止まっている地点を発見しました。さらに艦娘と深海棲艦の死体を複数確認。状態から、およそ数時間前に戦闘があった模様。どうすれば良いですか?」

 

『前に派遣された部隊か? やっぱり交戦してたのか……おい、そこは止まっても加速まで助走は付けれるのか?』

 

「ちょっと待ってくださいね……そうですね、スペースは充分あります」

 

『わかった……そこに止まって録画頼む。じっくり撮影してこっちに映像送ってくれ』

 

 嫌な予感。そんなものは言うまでもなく通り越し、見るからに危険としか言い様が無い光景だ。ネ級はサーチライトの光量を絞り、録画機器の暗視スコープを起動する。

 

「ちょっとショッキングな映像送りますね。良いですか?」

 

『……ちょっと待ってな。…………おしいいぞ』

 

「カメラ回します。では」

 

 言われた通りにその場にしゃがみ込み、ゆっくりと360°回りながら映像を撮っていく。レンズ越しに、血の匂いすら感じさせるような凄惨な現場が記録される。多少良かったことがあるとすれば、現在は夜で辺りも暗いため、ほんの少しばかりこの状況の視覚的情報が薄れていた点ぐらいか。

 

『………………。お前の言いたい事は良くわかったよ。ちとみんなに注意してからそっち行く。待ってな』

 

「わかりました」

 

『何かあったらすぐ逃げて来いよ。全力で援護してやる』

 

「ありがとうございます。オーバー」

 

 依然、敵反応はナシ、か。この状況でかえってそれは不気味だな。あまり長居はしたくない景色の広がるこの場所に、肩で震えている妖精をそっと撫でて落ち着かせる。

 

 とはいえこの惨状をしっかり何なのか調べるのも仕事のうちだよな。かなり嫌ではあったが、ネ級は両手に衛生手袋を嵌めると、死体のある方へと歩みを進める。同時に、このようにぷかぷか浮いているものが沢山あるということは、この流れのない部分の面積は中心部から割と広がっているらしい事も彼女は把握した。

 

「………………。」

 

 ひい、ふう、みい……改めて見るとそんな数え方があほらしく思える程の数がある。じっくり見ていてまず1つ気がついたのは、さっきは「死亡して間もない」と思っていた死体たちだったが、その中に時間が経過していることがわかる物も混じっていたことだ。

 

「……!」

 

 水に浮いていた遺体の1つを、慎重に触って何なのかと探ってみる。すると、手応えが異常な事に気付いた。

 

(なんで……?? 防腐処理がされている……? 誰が、何のために?)

 

 その昔、鈴谷は親しくなった解剖医の勧めで簡単な仕事を手伝った事がある。その時に触った物と同じ手触りに激しく動揺した。当たり前だがここは海上であり、そんな設備も道具もないばかりか、近くに島などもない。艦娘か深海棲艦でも無ければ来るのは困難な場所だ……だとしたら、いったい誰が??? 他の死体も確認しつつ、ネ級は脳内に大量のクエスチョンマークを浮かべた。

 

 程なくして後ろに控えていたエスコート隊の面子が集まって来る。事前に知らせてたとはいえ、実際の生の光景を見て、全員は渋い顔になる。

 

「わりぃ、待たせた。……思ってたよかヒデェなこいつぁ」

 

「ジョーダンきついぜ……なんだよこれ」

 

「ひどい臭い……ネ級、大丈夫?」

 

「私は別に何とも。それよりも、こんな場所に長居はまずくないですか? 提案ですが、調査はちゃっちゃと済ませるか切り上げるかで早く撤収するべきです」

 

「だな。こんだけの戦闘でぜんぜん何も襲ってこねぇのはおかしい。早いとこずらかるか―――」

 

 そう、天龍が言い終わらないうちに、事は起こる。

 

 

 突然海面から何か細長いロープ状の何かが数本飛び出す。更に、それらが死体に突き刺さった。すると、操り人形のようにヒトガタが動き始める。

 

 

「!!」

 

「な、なにっ、なんだ……!?」

 

 ネ級の抱いた疑問は、すぐに解決することとなった。恐らくはこの水面の下にこれらを操作している誰かが居るのか、何かの装置が起動したのかは知らないが。わざわざこのような悪趣味な芸当のために用意した死体か、と彼女は舌打ちする。

 

「漫画とかでぇ……ちょ~ヤナ奴が使ってくるヤツじゃんっ!!」

 

「冗談を言う場合か、早く迎撃!!」

 

 最初こそ動揺していたが、卓越した判断力で素早く天龍ら部隊の艦娘らは、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも武器を構える。予想外の出来事に軽口を叩いたものの、ネ級ももちろんいい顔ではなかった。

 

「地獄に行くようなバチ当たりってのは、こういうのを指すんだろうな。」

 

 体を弄ばれる死体の、どこも見ていない虚ろな瞳を見たあと、暗い海の底に向けて視線を飛ばす。ネ級は射抜くようにじっとその場所を見詰めていた。

 

 

 

 

 




今章はあと5話ほどで終了です。もうしばらくお待ちください。

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