現時点での通り名〜
ネ級……海駆ける鬼子母神
レ級……堅忍不抜の防人
防空棲姫……現人阿修羅
霞と木曾の取り計らいで。一時的に無理矢理、ここ、佐世保鎮守府に根を下ろすことになった那智だったが。ゲストのような立場とはいえ、プラプラするのも嫌なので今日は事務仕事を引き受けていた。
ネ級もとい鈴谷のやっていた備品の発注書の処理を済ませる。手早く伝票をまとめ、届いていた荷物に判を押して棚へ。品物が届くのは1日に3回だというが、その合間の暇で花壇の手入れや廊下·部屋の掃除をしておく。
明らかに疲れていた鈴谷のことは既に他の者に伝えており、周りが勝手に彼女の事をこの日は休みにしてしまっていたが。にしても起きてくる気配が無いな? 腕時計を見るともう午後の2時半ごろを指していて、那智は建物に目をやる。
どうやら相当お疲れだったみたいだな。こんなにぐっすり寝るやつだったか、アイツ。鎮守府に戻り、再度荷物の仕分けをしていたとき。何をしていたのか、書類の束を抱えた木曾と出くわした。
「お。なんだ木曾、その書類」
「ネ級の観察記録。もう一月超えたからな、厚くなってきたからまとめるトコ」
「そっか。顔見てないがあいつ、まだ寝てるのか?」
「たぶん。まだあっちのソファで……」
そこまで言って顔の向きを変えた木曾が口を止める。なんだと那智が同じ方を見ると、大あくびと伸びをしながら歩いてくるネ級が見えた。
「起きたのか。お〜い、すず……」 そこまで言いかけて、もう一度。木曾の口が動きを止める。
今度はなんだよ。そんなように言いかけたが、こちらに来る親友の顔を見て那智も無言になった。
今日のネ級は、普段は赤いはずの左目が深い青紫色になっていた。カラーコンタクト、というわけでもない。どう見ても虹彩の色がガラリと変化している。それに何故だろうか、普段の彼女のものとは似つかない異質な雰囲気がある。意味がわからず木曾と那智の2人は困惑した。
「ふぁ〜あ。まだ眠いな……」
「違う」。うまく言語化できないが、2人は眼前のネ級にそんな感想を抱いた。
「おはよ……」
「誰だおまえ」
咄嗟に那智の口からそんな言葉が出てくる。木曾が思わず彼女の顔を覗き込むが、対面するネ級はというと、ニヤリと笑いながら会話を切り出した。
「あ〜。すごいね、やっぱり解るんだ」
「っ! おい、鈴谷はどこだ」
「あの子は大丈夫だよとりあえずは。疲れて寝てるけど」
「…………1ついいか。お前は敵か味方かどっちだ」
「那智、距離離そうぜ。何か変なカンジだこいつは」
「いや大丈夫だ……特別、害意があるようには思えない」
「ふふふ……木曾は警戒心が強いんだね…………那智は、友達相手だからちょっと安心してるってところかな?」
薄く光る目を細めて、ネ級は穏やかとも不気味とも言える笑顔を見せる。質問に答えない。よくわからないがいいやつでは無さそうだ。そう思って、那智が背中に隠した護身用のナイフに手をかけたとき。相手は木曾に会話を振った。
「木曾はさ、聞いてたんじゃないの鈴谷から。夢の話」
「夢……看護士になりたいってやつか」
「あぁそっちじゃ無い。えぇと、2、3ヶ月前の入院中のとき。「夢でネ級と話した」って」
ネ級の発言に木曾は目を見開く。何かは知らないが、こっちはこの深海棲艦を知ってるのか? 尚も那智は相手の様子をうかがう。
「私ソレだよ。鈴谷の頭の中の「重巡ネ級」。」
「返答がまだだよな。もう一度聞くぜ、アンタは敵か?」
「さぁ、敵じゃないんじゃない? 知らない」
「………………」
なんか、調子狂うな。親友よろしく、疲れ目をこすってどこかに持っていたらしい栄養ゼリーを口にするネ級に。那智は警戒態勢を解いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わって艤装保管庫に。着々と準備を進めるべく、中身の入れ替わったネ級を伴って2人は作業を始めた。
最近本腰を入れて本格的な整理知識を得ようと勉強を始めた鈴谷には劣るものの、元から消耗品の交換ぐらいなら自分でやっていた那智と木曾は艤装の点検をする。その傍らで、ネ級は届いたばかりの鈴谷の装備を分解して清掃し始めた。
落ち着かない様子で2人は女をちらちら見る。やっている行動·仕草は同じでも、まとう雰囲気と表情が親友と重ならない……が、目の色を除いてその友人と同じ顔をしている。その事実がどうにも違和感と気持ち悪さを那智と木曾に与える。
この場の空気に耐えかねる。先に口が開いたのは那智だった。
「……鈴谷はなんと言って、引っ込んだんだ?」
「「ちょっと疲れてるからしばらく寝てる」って。そんだけ」
「へぇ……で。お前の目的はなんだ?」
「そんな御大層なものはないヨ。別に。あいつに代わってここ何日か、適当な仕事ぐらいはやっといてやろうかな程度のコト。」
何かの部品に油を差しながらネ級は言う。手を止めずに、彼女はずっと薄笑いだった顔を真顔に差し替えて那智に向き直った。
「鈴谷の敵は私の敵。鈴谷の味方に私も味方。オゥケィ?」
「……信じて、いいんだな?」
「モチ」
「そうかよ。……ハァ」
なんだか随分フレンドリーだが初対面の相手とあって、態度がよそよそしくなる。だがここまで言って、妙なことをしてくる様子が無いとなるとひとまずコイツの主張は本当か、と2人は考える。
ふと、木曾は思いついたことがあり、この際ならばと、この妙なゲストに質問した。
「1個、いいか。さっき流しちまったけどお前俺らの名前知ってたよな。もしかして鈴谷の目を通して外が見える……とかなのか」
「頭いいんだねぇ〜。そう、そんなカンジ」
「そうかよ……あと、もいっこ。お前から見て鈴谷ってどんな人間なんだ」
「う〜ん……?? ムズかしいな」 勿体ぶってからネ級は答えた。
「放っておいたら自滅するタイプだね。抱え込めるものは全て抱え込んで離そうとしない、アンタらが来なかったら心中を吐露できる相手もない。まっ、過労で倒れてたんじゃない?」
「「………………」」
ハッキリしたな。こいつ本当に「鈴谷」じゃないらしい。自分らの親友はこんな事は言わないし、内に引っ込んだ人格とやらの欠点を客観的に評価したところで2人は思う。
どうやら話はわかるやつのようだな。さっきから思っていたものの、何となくだが気さくな性質だと察して今度は那智が話しかけてみる。
「お前は純粋な深海棲艦なんだよな……「向こう側」に行こうとは思わないのか」
「ムコーガワ???」
「海月姫とかの事だ。仲間じゃないのか?」
「……傷つくんですケド。それレ級とか防空棲姫に行ってみ? 多分本当にブチ切れるから」
「あ……」
「ま、許したげる。ネ級ちゃんが珍しいからいろいろ聞きたいんでしょう〜? いいよ、私は寛大だから……♡」
自分の触手から一人一人、寝袋に入っている妖精を机に並べていきながら女はニタニタ笑顔で言う。鈴谷の言うとおり、性格悪そうってのはそれっぽいな……。苦い顔をしながら木曾は言う。
「えぇとなんだっけ……前に鈴谷から聞いた。深海棲艦にも派閥みたいなのがあんだっけ。お前は大人しい方ってわけだ」
「どうだろうね。ヲリビー、レ級、南方棲鬼、北方棲姫はそうだろうけど。防空棲姫とここで獲っ捕まってる2人はよくわかんない。鈴谷とあんまり面識ないし」
「「どうだろ」ってお前……」
「まぁ別にヒトゴロシなんぞ見ていて気持ちの良いものでもないし。別にやりたいとも思わないし……だから私は何となくで艦娘の肩を持つ。そんだけだよ。」
「………………。そうか」
ネ級は少し穏やかな顔をして、また気持ち悪さの残る笑顔になる。
その少しだけ見せてくれた表情に、2人は確かに鈴谷の面影を感じた。悪い奴じゃない―――体の持ち主の方と付き合いの長い那智と木曾にそう思わせるには充分な一コマだった。
雑談などやっていると更に部屋に入ってくるものがある。ここ数日ですっかり打ち解けた初月と天龍に、その部下の摩耶と鳥海。最後に防空棲姫が来た。
「おはようさん、やってんな」
「天龍さん、もう昼だよ」
「どうも。秋月サン、怪我大丈夫なのか?」
「まぁ、まぁまぁ……!?」
那智がなんの気無しにニセ秋月に挨拶したその時。対象を捕捉したネ級はニンマリと気持ちの悪い笑顔を見せたが、それを見た防空棲姫は信じられない物を見たとばかりに表情を歪める。
「んフッ、随分と調子良さそうだねぇ……」
「なんで、どうしてお前……!?」
「んぉ、なんだ、アンタもコイツのこと知ってんのか?」
「??? 那智、なんの話だ?」
「
硬直していた防空の元へ、ニコニコしながらネ級は近づき、その隣に立つ。何をする気だ―――そう思っていた女を無視し、彼女はその奥、棚に仕舞ってあった消耗部品を取りながら口を開いた。
(余計な
「………………」
(鈴谷をどうこうしようとしたこと。一生忘れないからナ?)
(わ、悪かったわね!)
「んっふふふふ……」
大勢が居る前なのに、わざとらしく小声で話す。動揺していた防空もまた、無駄に相手に合わせた声のトーンで答えた。挙動不審になった女に満足しながら席に戻ると。ネ級は天龍に挨拶する。
「改めて、こんにちは。天龍さん」
「…………まぁ、なんだ。お前には世話になったからな。何も聞かないことにしておく」
「お気遣い、痛みいります……♪」
「っ、なんだ気持ち悪ぃな。拾い食いでもしたのか??」
「これは手厳しい」
明らかに様子がおかしかったが、変なことは言わない事にする。そう言って何か察してくれた天龍へ、やはり彼女は大人だな、とネ級は笑顔を向けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鈴谷の体には、現在2つの精神が同居している状態である。この情報を知っても問題はないと那智が選別した艦娘のみ、今日、那智が苦心してどうにか件のネ級は元人間であることを伏せて作った話でその事は伝えられた。
そしてその当人はというと。鎮守府の堤防の上で、夜の海と携帯電話の画面を交互に見ながら考え事に耽っていた。というのも、鈴谷が起きる気配が無いのをそれとなく察したのである。
「いつ起きるんだコイツ……」
新品の防水スニーカーの靴紐を結びながら独りごちる。前の戦闘でボロボロになった服は新調した。着々と積んだ日頃の行いから、鈴谷には熊野から貰っていた着替えまで含めて全ての装備が戻ってきたため、ネ級は勝手にそれらを使うことにしたのだ。
自分自身でもよくわからない事だったが、鈴谷と違って、ネ級は自分自身と鈴谷の「心の健康状態」のような物が把握できた。初めはもしかして死んでいるのかと思ったが、確認すればやはり彼女は寝ているだけで。いったいどれだけの無茶をして疲労を溜め込んでいたのかと呆れる。
最初は適当にスマホでネットサーフィンをし、くだらないネタ記事ばかり読んでいたがそれも飽きてしまい、彼女は鈴谷が端末内に作っていた日記とメモ帳を覗いていた。
簡単にネ級に感想を言わせれば。彼女は鈴谷のやっていた事に引いた。
日記……と呼べるか怪しい走り書き。それは、その日1日に誰かに何か怒られたり、自身で改善できることの羅列であり。次の日には出来た事にはマル、出来なかった事にはバツしてあって、もちろんそこにもその日出来なかった事が追加されて……という具合に「どう自分をアップデートするか」というデータみたいな物だった。
「フツーの人間こんなことすんの……??」
今日の自分は頑張った。明日はこれをやろう! ……とか、書かれているならまだわかる。でも 「対 天龍 ✕ コーヒー 好み もっとニガめ 対 摩耶 ○ 連携時 右方向攻め中心―――」 などなど。本当にひたすらデータ取りを煮詰めるような記述を見ていると、コイツの精神状態は大丈夫なのか??? などと思ってしまった。
ダメだ、これ以上見てると気が触れそうだ。そう思って端末をスリープさせる。
顔を上げる。眼の前に赤く光る2つの物体が現れた。
「うぅおわあァ!?」
なんの事はない。居たのは防空棲姫だったが、突然過ぎて腰が抜けそうなほど驚いたネ級は反射的に思い切り背中側に仰け反り、危うく堤防から転がり落ちそうになる。慌てて背筋を総動員させ、触手の口を石に噛ませて抵抗していると、女に腕を引かれて助けられた。
「なにしてんのさ」
「こっちが言いたいよ!? 何よイキナリぃ!!」
にィッと防空は笑ってみせる。どう考えても昼の仕返しだとわかってしまって、ネ級は表情筋を引きつらせた。
「なにさ、まだ根に持ってるわけ? 言っとくけど初めに仕掛けてきたのはそっちだかんね」
「そういうんじゃない……聞きたいことがあっただけ。入れ替わったって、いったい何があったの?」
「別に……あんたのせいで、疲れた鈴谷は寝てるだけだよ。この分だと下手したら丸三日ぐらい」
「! ……なんか、ごめん」
「いいよ別に。私じゃなくて中身のコイツのお人好しが招いた事だし」
人が一人で居たいときに変なのが来ちまったな。そう思ってネ級は、鈴谷の趣味なのか、携帯の中に入っていた最近流行りのアーティストの曲を流しっぱなしにしてそばに置く。……考え事が隣のその邪魔者に覗かれている事には気付かない。
そんな事を考えるほど、今のネ級は一人の時間が欲しかったのだが、わざわざこんな変なところまで探してきた相手を思うと、さっさと逃げることもできず。ウダウダと無言の間を作り続けて5分ほど経過する。なにか喋ってよ、とでも言いかけたとき。今度はネ級にとっては珍しい人間が2人現れた。
「秋月姉、探したよ!」 外灯で照らされる場所から声がする。確か、秋月の妹の照月と涼月とか言ったか。防空棲姫と似た制服姿の明るい茶髪の女と、彼女と同じく真っ白な頭髪が目を引く女とをネ級は交互に見やる。
「照月? それに涼月も。なにかあったの?」
「姉さんがここに居るって摩耶さんから聞いたから……たまにはみんなでお喋りしたいなぁって。怪我、大丈夫かなっ、て……」
「そっか」
「ん〜……姉思いの子達なコト」 青い目を文字通り光らせながら、ネ級は大好きな秋月の近くに来た2人を見て言う。
艤装の点検を自分でやっている点で繋がりがあった初月とは多少話すこともあったが、この2人の妹のほうは挨拶ぐらいしか接点が無い。相手もそれが原因か、初めの頃の天龍·摩耶たち程の敵意は無いが、余所余所しい態度で見られる。もっともネ級はそれが当たり前だと思っていたので何とも感じなかったが。
「えぇと……ネ級さんと大事なお話?」
「いやぜんぜ」
「この鎮守府の存亡に関わる話だってのに、邪魔入ったな……」
「え」
「ばっ、ちょっ!? お前!」
「おほほほほ♪」
「「???」」
隙あらばとなにかおちょくってくるネ級に防空は思わず声を荒げた。妹らは呆けていたが、2人の距離感を見て友達同士か何かと勘違いする。
「仲良しなんだね。良かった……」
「そりゃもぅね、マブダチ!」
「はぁっ!? いい加減に」
「ヤバーいから、もうね、パピコ1個を一緒にちゅーちゅーするぐらいナカヨシよォ〜♪」
「ぐっ、ん゛ん゛!! ……………もういいよ……そういうことで」
やられたことへの仕返しの仕返し、妙なことをべらべら話してかき乱すネ級に防空棲姫は頭を抱えてそう言う。傍から見ていた2人は引きつった笑みを浮かべながら、姉の横に座った。
「良かった……秋月姉、元気そうで」
「とーぜん。お姉ちゃんは強いんだから」
「知ってる。でも最近疲れた顔してたから、心配で。涼月なんか秋月姉に元気出るようにってかぼちゃのプリン沢山作ったんだよ?」
「あはは……」
眉を八の字にしながら涼月は手提げ袋に入ったデザートを防空に手渡す。
「迷惑……だったかな?」
「そ、そんなこと! ちょうど甘い物欲しかったから」
「いらないなら食べていい?」
「あっ、ちょっと!?」
意地悪の気持ち半分、あまり湿った空気にさせないための
あまりにも自由奔放に振る舞う女に呆けている妹ら2人に、苛立ちから貧乏ゆすりを始めた防空棲姫の事など知らん顔で、ネ級は付いてきたスプーンで中身を掬って口に放った……実のところ、ただのイタズラでやった行動なので味なんてあまり期待していなかったのだが。予想外の完成度の高さに目を剥く。
「!? おいしっ!! 凄くない、えぇと……涼月ちゃん、だっけ」
「へ? えぇ、ぇと、はい!」
「すごいじゃ〜ん艦娘なんて辞めてさ、パティシエ始めれるよコレ!? お店建てれば!」
「ぇと、遠慮します!」
「あら残念」
いや、本当に美味しいなこれ。そんな事を思いながらネ級はキビキビ強奪したものを味わった。すぐに食べ終わると、彼女はごちそうさまの一言と同時に立ち上がって伸びをする。
「あ〜……美味しいもの食べたらなんか秋月いじめるのもどうでもよくなった。じゃ〜ね〜」
「できれば今日はもう二度と会いたくないけど」
「あ、そんなこと言っちゃう? じゃあまた会いに来るかも」
「どうぞお好きなようにっ!!」
ニタニタと笑ってその場を後にするネ級に防空は白い目を向けた。
ため息を一つ。改めて、やっと落ち着けると思った彼女は涼月の用意したプリンを食べた。うん、やっぱりこの子のコレは裏切らない味だな――そんなように考えていると。同じくデザートに手を付けていた2人と会話になる。
「う〜ん。美味しい……」
「……天龍さんから聞いたんだけど……秋月姉、また怖い深海棲艦と戦うんでしょ?」
「うん。私じゃないと捌けないから」
「わたしは、さ……嫌だな」
「?」
「秋月姉がその……怪我で寝込むところは、見たくないから」
「………………そっか」
どう返答したものか。顔を俯き加減にする照月と、こちらをじっと見詰める涼月とを見る。なんの気無しに……自然に、防空棲姫の口から声が出た。
「2人も来る? 次の作戦」
「え!」
「良いの? 私はともかく……照月は……」
「ぜ、絶対出る! それで秋月姉の隣で!」
「ふふ……そっか。じゃ、天龍に言っておくね。今回のエスコート隊は、連合艦隊ってことで!」
穏やかな顔をしながら、防空棲姫は小指と人差し指を出す。それに自分らの小指を結んで、妹2人は約束をした。
「やっつけようね。えぇと……秋月姉の敵!」
「深海海月姫、ね。大丈夫、みんなで行けば勝てるよ」
「うん!(はい!)」
「あとは……そうだ。終わったあと、やりたい事とか。2人はある?」
「みんなでご飯でも食べに行こうよ。久しぶりに、4人で。ね? 前に初月とさ、美味しいクレープ屋さんも見つけたの」
気丈そうに振る舞ってこそいたが、その両目には涙が溜まっていた。よほど自分は心配を掛けてしまったらしい。秋月は申し訳無く思った。
「うん……わかった! 私さ、あんまり良いお店とかわからないから。エスコートお願い!」
「任せて! 高いお店の予約しておくから!」
内心、防空は穏やかな心境ではなかった。
どれだけ繕っても。この子の事を騙しているという事実に変わりはない。そう思うと、自然と防空棲姫の笑顔は影が差したようなものになってしまうのは当然と言えた。
「……………………美しい
先程プリンを食べているとき、ちらりとこちらに意味ありげな表情を送ってきた涼月の顔を思い出す。
照月とか言う方はよくわからない。けど、あの白髪のほう。あいつ多分防空の事気付いてるな――
さも、邪魔者は退散すると見せかけた言動を放っておきながら。ネ級はひっそりと、3人の座る堤防の近く、吹きさらしのベンチに座って様子を眺めていた。妖精特製の盗聴器からの盗み聞きが終わり、イヤホンを外す。
「………………………。」
何か思い上がっているか勘違いか、「家族」って〜の。必ずしも血が繋がってなきゃいけないなんてキマリは無いんだよ。防空さん?
考え事混じりに、スマートフォンの写真フォルダを漁る。目当ての物が見つかって、ネ級は力無く笑う。
「やっぱり消せてないでやんの。鈴谷のやつ」
撮った日付はおよそ3年前ほど。どこかの観光地で、車をバックに、養父らしき男性と仲睦まじく肩を組んでピースをしている鈴谷の写真を、網膜に焼き付ける。やはり未練があったのか。持ち歩いていた物については車ごと陸に置いて行ったくせに、彼女は思い出を自分の携帯電話から消せないでいたらしい。
血縁関係なんてものはただの飾りでしかない。お互い認めあっていて、仲が良くて、変な事は踏み込まない妥協点みたいなものが呑めるのなら――もうその時点でそれは家族と呼んで過不足無い関係の気がする。鈴谷や防空棲姫の方は知らないが、とりあえずはそれがネ級の持論だった。
「認めればいーのに。打算関係なく妹が好きなコト。」
大きなため息をついて、ゆっくりと立ち上がる。
お仲間助けるってのにご執心なのは結構だけど。もうちょっと周りに対する態度考えたほうがいいんじゃないの? 義理の妹3人からすでに気づかれていると思われる防空棲姫に。ネ級は遠くから哀れみを多分に含んだ視線を飛ばした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
照月の朝はいつも早い。
艦娘の中では残念ながら「落ちこぼれ」と揶揄されるような実力でも、淡々とした真面目な仕事ぶりで尊敬していた姉が、行方不明になってから。寝れない夜を幾つも経験したが、その名残か、彼女は決まって4時半から5時の間には目が覚める生活リズムが出来上がっていた。
「ふぁ……あ。喉乾いたな」
眠い目をこすりながら、部屋の冷蔵庫を開ける。買い置きしてあった水やジュースなんかは前日に飲んだもので最後だったか、中は空だった。
「……たまには、良いかな。」
別に水道の水で喉を潤すことも考えたが、なんとなく外に出たかったので。小銭入れに使っている巾着を片手に、照月は寝間着で使っているジャージ姿のまま、鎮守府の外の自動販売機に向かう事にした。
肌寒い外気に体が晒されて眠気が収まっていく。まだ日が昇りきっておらず薄暗い周囲は、小雨交じりの外気に外灯の光が乱反射してぼんやり輝いている。なんだか現実離れしていて幻想的だな。そんなような事を思う。
雇われの警備員とすれ違って程なくして、自室の窓から見えていた自販機の前に着く。
『照月、はい。これ飲んで』
『秋月姉……なんでブラックコーヒー? 私苦手なんだけど……』
『今日は夜勤でしょ? いざってとき、眠いと困るでしょう。これで眠気覚ましてってこと。ほら、一気にぐいっと!』
「………………。」
ふと、まだ姉が行方をくらます前の事を思い出す。自分に気を遣ってくれたのか、もしかしたらただのいたずら心からの行動だったか。苦いのは嫌いな照月に秋月はブラックコーヒーを奢ったことがあった。
眠気覚まし、か。まぁ、たまには良いのかな。
『はい、どーぞ。』
『…………またブラック! せめて微糖とかさ』
『少し慣れたほうが良いと思うの。照月の舌はお子様すぎるもの』
『もしかしてわざとやってる?』
『まさか〜!』
自分の嫌いなコーヒーの差し入れは一回だけでは無かった。何回も、照月が夜の出撃がある日は決まって姉はそれを買ってきた。嫌だと抗議すると、今度はカフェインの覚醒作用だとか、興奮作用だとかが艦娘の業務には効果的だとか言われたのをよく覚えている。
HOT100円、か。今日は少し寒いから、まぁ……。何か見えない力が働くように、照月は初めに買う予定だったココアから、ブラックコーヒーのボタンに指をずらす。
『秋月姉、差し入れ!』
『あ、ありがとう。ブラックコーヒー!』
『…………。苦いの平気なの?』
『うん。あ、照月チョコ食べる?』
『いいの? じゃあ……ひぃっ、なにこれぇ!!』
『カカオ80%だよ♪ 照月には刺激が強かったかな?』
電子音が周囲に響き渡る。意識がここに無いような顔で、照月はライトアップされている自分が選んだ苦い飲み物のダミーラベルを見詰める。
秋月は苦い物が好きだった。同じく甘い物が苦手だった天龍と、それがきっかけで仲が良かった。
かぼちゃのプリン、いつもありがとうね。甘くて美味しい。
「……………………」
照月の目から涙が頬を伝う。何を今更。初めから分かっていたことだったのに。彼女は自分自身の耳にも届かないような声で独りごちる。
髪の白くなった姉は、甘い物が好きだった。ただ一点。そこだけが、明らかに自分の知る姉と違っていた。
照月はひた隠しにしていた。彼女は、この鎮守府で最も早く秋月が別人だという事に気付いていた。
秋月はとにかく甘い物を受け付けない舌をしていた。もはや体質なのかと言う程で、多少ならデザートに手を付ける天龍からすら「血の代わりにコーヒーが流れてる」などとよく冗談を言われていたぐらいだ。
「う……っ、……ぅ!」
涙が止まらない。抑えようとすればするほど溢れ出てくる。滲んできて焦点の定まらない視界の中で、缶コーヒーの封を開けて、一思いに中を飲み干す。相変わらず、脳髄に来るような強い苦味は慣れない。
涙を拭いながら、顔を下に向けたときだった。照月の目線が、釣り銭の返却口に向かう。
誰かの取り忘れた小銭が3枚ほど、そこに残ったままだった。
『今日は遅いな……いつも帰ってくる頃なのに』
『はぁっ、はぁっ……!! 照月!!』
『? どうしたの初月、何か急いで』
『姉さんが……姉さんが……みんなを…………逃がすために、第2の島風と2人きりで殿をやったって!』
『???』
『敵の大群を突っ切って……艤装の反応が消えたって…………』
『……………? 嘘………………』
あの日はよく覚えている。カンカン照りの晴れた日のこと。夜の戦闘が終わって、姉はいつも昼頃に港に戻ってくる。自販機には2種類、安物の缶コーヒーと、多少値が張るボトルのコーヒーがある。秋月は後者が特に気に入っているのを知っていた照月は、いつもお疲れ様の一言と共にそれを渡していた。
ボトルのほうは170円。200円を入れて30円の釣りが帰ってくる。
何の冗談だろうか。眼の前には10円玉が3枚残されていた。
「ぅあ、ぁぁぁぁ…………!」
もう、我慢は出来なかった。嫌な思い出が蘇る要素が揃いすぎていた。堰を切ったように。だが、呻き声を殺して静かに。照月は泣き始めた。
泣き腫らしてぐちゃぐちゃの顔のまま、コインを入れてボタンを押す。姉の大好きだった物を、嗚咽混じりに強引に喉に押し込む。
あの、嫌な苦い味は感じなかった。水でも飲んでいるような気分だった。自分の味覚がおかしくなってしまったのか、それとも姉の言う「子供の舌」が治ったのか、もう照月にはわからない。
「姉……さん……私、大人に……なれたかなぁ…………?」
両膝を地面に付いて、照月は地面に語り掛ける。返事を返してくれる者は、この場には居なかった。
防空棲姫は鎮守府の約65%ほどの人間から正体をそれとなく感付かれています。が、妙に掘り返すと以前までの酷い空気に戻るからと思っている艦娘達によって触れられていませんでした。因みに照月は、姉と別人だけど姉エミュしてくれてついでにみんなのメンタルケアもやってくれている謎の聖人だと認識しています。
以下から好きな食べ物をお選びください。多少今後の展開に影響します。
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すき焼き
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焼き肉
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たこ焼き
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手巻き寿司