職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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ゴールデンウィークに投稿する男


35 死んでも守りたい場所

 

 

 

 

 

 鎮守府内に響き渡る警報の音で鈴谷は目を覚ました。何だ何だと慌てて身支度を済ませて、彼女は取り敢えずはと艤装の保管ガレージへ急ぐ。

 

 かなり前に、何回か仕事で出向いた前線基地でしか聞いたことがないこのサイレンは、鎮守府やそれに準ずる施設に深海棲艦が近づいている事を知らせる物だ。

 

 数ヶ月前まで彼女が根城にしていた南方棲鬼の屋敷があったような危険地帯の基地ならば、これが作動するのはよくあることだが、こんなしっかり陸地に構えた鎮守府で鳴ることなんて殆どない。そもそもすぐ後ろに、多少離れているとはいえ住宅街があるようなこんな場所まで敵の侵攻を許した事になるし、ひいてはこの場所を預かる提督の責任問題にもなる。つまりはあり得ないことなのだ。

 

「来やがった、かな。ついに」

 

 昨日、夜中までゲームなんてやっていた鈴谷だが、そんな中で木曾と那智からここ数日の話は聞いた。

 

 あの海月姫がもうじきここ目掛けて突っ込んでくるだろう事は予想して、事情を知る者はみな装備を変えるなどして準備を整えている。ついでに、天龍などは妖精たちをうまく使って、下手をすれば提督の男がここの艦娘を生贄に、例の相手を誘き寄せる手筈まで進めている可能性まであると情報を掴んでいるという。明確な日付までは解っていないと聞いていたが、それが今日かと思う。

 

 大急ぎで走ってガレージに到着する。既にこの場所は、大勢の艦娘や艤装整備関連の人員で賑わっていた。

 

「木曾、那智にレッちゃん、待った?」

 

「いや、私らも今来たばっかりだ。大丈夫だよ鈴谷」

 

「そっか! ……で、出撃準備……って感じとも違うね。なんかあった?」

 

 艤装を身に纏って待機していた友人3人らのそばに付く。自分の装備まで持って来ていてくれた那智らから物を受け取って準備する中で、鈴谷は周りを見る。注意深く観察すれば、この場には落ち着いている者と軽いパニックになっている者との2者が居るようだった。

 

 「ここの提督さんは? 警報出てんのに指示とかないの??」 手慣れた動作で体の至る所に武器を括り付けていた鈴谷に、背後から迫る人物が居る。眉間に影を作り、いつもの余裕そうな笑みが顔から消え去ったヲリビーだった。

 

「それについてはねぇ……俺が説明する。」

 

「あ……お久しぶりです、ヲリビーさん」

 

「時間無いから手短に。ここの提督よ、逃げたよ。たぶん。」

 

 鈴谷は口を開けて目を見開く。聞き間違いか。そう思ったが、木曾も那智もレ級も、大小怒りを孕んだような表情になり、鈴谷はそれとなく状況を理解した。

 

 唇を震わせながら、木曾が補足するように言う。

 

「お前んとこの妖精の隠し撮り、みんなで見たろ。あのクソ野郎、敵の言うままの行動取ったんだよ。死にたくないから、みんな置いてってトンズラだ。……下手したら捕まってたってお姫様らも連れられて」

 

「!! あ、あのクズ男ぉ……!!」

 

 ざわめく周囲の声に負けないように声を張る友人らから詳細を聞くほど、鈴谷の心の中で轟々と炎が上がる。

 

 秋月=防空棲姫。この鎮守府の非常にセンシティブな問題。それを上手いこと触れないようにしつつ、天龍は正体を知るものや、あまり動揺しないような者らを見繕って海月姫に対抗する予定だったのに。今日の提督失踪騒ぎに、海月姫の強襲とその対応で、何も知らない艦娘らはパニックになっていた。今現在静かなのは事情を知る者で、騒ぎ立てているのはこの鎮守府の様々な問題を知らない者達だという。

 

 そもそも敵と内通したりなんだりしている時点で、この提督は鈴谷の中ではカス以下だなとは思っていたが、もはやそんな言葉で評するのも贅沢なゴミだなと考える。

 

「どうすんのこの騒ぎ……まともに防衛戦できる? 那智はどう思う」

 

「さぁ、どうなる事やら。ヲリビー、あんたなんか無いのか?」

 

「……実はさっき、ちっとばかし天龍隊長と打ち合わせした。ま、見てな」

 

 那智から会話を振られたヲリビーは、いつの間にやら、ブルーシートに包まれた何かを載せた台車を用意していた。彼女は3人にひらひらと手を振ると、部屋の中央の方でもみくちゃにされていた天龍の方へ歩いて行く。

 

「あいつ何する気だ?」

 

「さあ?」

 

 どいたどいた、と無理矢理艦娘らをかき分けて人混みに消えていくヲリビーを4人は見守る。視線を先の方に向ける。出撃用の設備がある場所に立っていた天龍が、腕時計を確認しながら周囲の艦娘に対応している。

 

「なんなんですかこの警報は!? 天龍さんは知っているんでしょう??」

 

「まぁ、な。でも悪いけどお前には言えない」

 

「どういうことだそれぇ!! てめぇふざけんなよ!!」

 

「待てって、事情ってのがあるンだよ」

 

「この緊急事態に事情も何もあるんですか!!」

 

 一人、天龍の胸ぐらに掴み掛かった者を鳥海が渋い顔で止めているのが見える。そのとき、会話に割って入る形でヲリビーが混ざる。

 

「取り込み中のところ悪いな。隊長さん、用意したぞ」

 

「あぁ!? なんだテメェ引っ込んでろよぉ!!」

 

「落ち着けよ。ありがと、ヲリビー。それ、取っていいぞ」

 

「あいあいさぁ♪」

 

 勿体ぶるような動作で、ヲリビーは台車に掛かっていたカバーをサッと取り外した。

 

 出てきた物に、その場にいた複数人が目を剥く。積まれていたもの。それは、防空棲姫の装備だった。言うまでもなく、1番驚いていたのはその場にいた持ち主だ。

 

「な、なんですかそれ……」

 

「知らないか? 深海棲艦、防空棲姫の装備だ。高級品だぜ」

 

「い、いえですから、なんでこんな物がここに……」

 

「説明は俺がやる。秋月、ちょっと来い」

 

 呆けていた防空棲姫の腕を掴んで側に寄せると、澄まし顔のヲリビーからマイクを受け取り。天龍は一呼吸置いてから、口を開く。

 

『わりぃなみんな、こんな真っ昼間に集まってもらって。この警報やら、そこの装備やら色々の説明は今する。今まで黙ってたやつには謝る。ごめん』

 

 軽く頭を下げてから、彼女は特大の爆弾発言をかます。

 

『知ってる奴居るだろうがな、みんなビビらないで聞いてほしいことがある。俺らんとこ帰ってきた秋月な、本当は防空棲姫ってな深海棲艦だ』

 

 一瞬、静かになったガレージがまたざわざわと騒がしくなる。それを無理矢理静めて、天龍は続けた。

 

『だからビビんなっての。ヲ級にネ級、レ級までウチには居るだろうが、今更ってカンジだろ、なぁ?』

 

『何ヶ月も肩並べて働いた仲間だ。その中で背中撃たれたやつなんていたか? 答えはもう出てんだろ。俺は自分の寝てるベッドぐらいにはコイツに背中預けられるぜ』

 

 ぎゅっと、天龍は秋月、もとい防空棲姫と手を繋ぎ、頭上に伸ばす。もたらされる情報の多さにフリーズする艦娘たちへ、尚も彼女は言う。

 

『こんな状況だ、もうとにかく時間がねぇ。手短に、取り敢えず秋月に害なんてものは無いってことだけ伝えとく』

 

『あと、も一個大事なことな。この警報だけど、今鎮守府に深海海月姫ってな野郎の部隊が近づいて来てる。先行して迎撃に当たってる扶桑(ふそう)と菊月から聞いたから間違いない。あとは、俺らの提督。あの野郎、その深海棲艦と内通してやがったんだ。だから、ここが標的にされた』

 

『軽い指揮は俺とそこの若葉、今ヘルプで来てくれてる霞さんでやる。前から打ち合わせで編成は決めてるから、このあとすぐに海出て迎撃戦だ。繰り返すが時間がないから、質問は受け付けねぇ。こんなグチャグチャしちまったのは、用意できてなかった俺のせいだ。本当に悪かった、このとおりだ』

 

 スゥ、と天龍が深呼吸をする音が聞こえた。すると、彼女は深々と頭を下げるどころか、その場に土下座してみせる。

 

「「「「……………!」」」」

 

 しん、と周囲が静まり返る。少し予想外な彼女の行動に鈴谷らも驚いているとき。皆が彼女を静観しているこの場の中で、口を開いた者がいた。

 

 「天龍さん。頭、上げてください」 そう言ったのは、照月だった。

 

「……おう。今、こんなことしてる場合じゃないか。」

 

「…………………一個だけ。私のわがままな質問に答えてもらえますか。」

 

「なんだ。長いなら無視するぞ」

 

 水辺のギリギリに立って艦娘らに向き合っていた天龍はともかく。彼女とその隣、防空棲姫に相対していた照月の顔は、鈴谷には見えない。だが声色から、何かの覚悟を感じさせるような……そんな調子で、照月は続ける。

 

「本当に、問題はないんですね? 天龍さん。」

 

「…………あぁ。少なくとも俺はそう考えてる。現にコイツのおかげで救われた命だってあんだ。信用して当然だ」

 

 天龍の答えに。照月は深呼吸をして目を閉じる。すると、今度は鳥海が話を始めた。

 

「照月。それに、初月に涼月。あなた達はどう思ってるの。もし良ければ、聞かせてほしい」

 

 話題の渦中にいた秋月の姉妹は、たまたまか、それともヲリビー·天龍の打ち合わせどおりなのか、全員が天龍の近くにいた。3人は静かに呟く。

 

「僕は気にしないよ。姉さん」

 

「うん。私も……涼月は?」

 

「……………見なかったことにします。姉さん。帰ってきてから、じっくりお話、です」

 

「……だそうだよ。「秋月」姉さん。僕らみんな気持ちは同じだ。いま「そんなこと」気にしてる時じゃない。」

 

 また周囲がざわつく。何しろ生きていたと思われた者が全くの別人だと知ってなお、「どうでもいい」などと妹らは発言した。無理もないか、と鈴谷は一人勝手に思う。

 

 床に置いたマイクを拾い。天龍は強引にこの場を仕切り直す。

 

『と、そういう事だ。頼む。みんな、細かい事は後にしてほしい。今は全力でここに近づいてる連中追っ払うことに集中してくれな、頼むぜ』

 

 そう、彼女が言ったとき、開きっぱなしになっていた海へ続くシャッターの方から、怒鳴り声に近い瑞鳳の声が響いてきた。

 

「みなさ~ん!! 扶桑さん帰ってきましたぁぁぁ!!」

 

「やっとか! 怪我してるだろうから誰か手当してやれ!」

 

 咄嗟に体が動く。この場で誰よりもそういった仕事に向いていると自負があった鈴谷は迷う事なく、部屋に備え付けてある簡易の医療キットを引ったくって海面に降りた。

 

 ギョッとしていた瑞鳳から怪我人が居る場所を聞き外に出る……までもなく。すぐに対象の人物と出くわした。

 

 体の大きさを有に超えるような、巨大な主砲を幾つも背負った、長い黒髪が目を引く戦艦の艦娘。鈴谷は面と向かって話す機会はほとんどなかった、先程も話題に出た扶桑(ふそう)という者だ。だが背中の立派な装備も、複数の砲身がひしゃげて曲がり、黒煙を噴き出している。また使用者自身も、身体中に怪我をして流血し、逃げてきた戦闘の壮絶さを物語っていた。

 

「あら……貴女は……」

 

「面と向かって話すの、初めてです……なんて言ってる場合じゃないですね、酷い怪我……」

 

「ごめんなさい。心配かけちゃって」

 

 同じく先行していたという菊月に支えられてよろけていた彼女を、体重をかけて支えながら、鈴谷は特に出血のひどい場所を抑えつけつつ湾内に誘導する。ついでに、外せそうな装備のロックを外してその辺りの水辺に放り投げた。

 

 帰ってきた者の姿を見て天龍が血相を変える。なんだ? 何かあったのだろうか? 不思議に思っていると、彼女は扶桑に駆け寄って来て手当を手伝う。

 

「血だらけじゃねぇか!! 一体何が……!?」

 

「かんたんな話。情けなく敗走してきたってだけ。あと、大事な話があるわ」

 

 天龍と鈴谷に扶桑を任せると、菊月は駆け足で、車椅子を持って戻ってくる。それに座って、額に冷却シートを貼りながら、扶桑は重い口を開いた。

 

「ごめんなさい……悪いニュースよ。この警報、姫級の接近を知らせていたみたいなの」

 

「「「!?」」」

 

 先程もあったが、また周囲がにわかに騒がしくなる。ただのイロハ級なんてものじゃなく、敵の主力……海月姫がすぐそこまで来ているのかと事情を知るものらが顔を青くする。

 

「く、クラゲの野郎本人が来てるってのか!? すぐそこに!?」

 

「いえ、別の個体よ。迫ってるのは空母棲姫。でも、どうにか行軍を止めるので精一杯だった」

 

「いや、にしてもおかしいだろうが、警備の連中とかは何してやがる!? 幾ら姫級ったってこんなとこまで陸に近付けるはずが……」

 

「あり得なく、ないのかもな」

 

「あンだと?」

 

 悟りを開いたような真顔で会話に入ってきた那智に思わず天龍は怒鳴る。すると今度はどこからか現れた霞が言った。

 

「ここのクソ提督と繋がってたんでしょうあの海月姫とかっての。なら、最短航路と防衛網の手薄な場所……知られてそうだしね?」

 

「対処法が分からなかったら複数人で挑むだろうしな……そうすれば戦局が悪化するとも知れずに」

 

「……!! ぃッ、そういう事かよ!」

 

 もう時間は無い。天龍の言っていた以上に、その言葉通りな状況みたいだ。体に固定した武装類を確認しながら、鈴谷は項垂れている扶桑を見る。

 

「……………。別の鎮守府の子だったけれど……私より若い子が、2人程眼の前で亡くなったのを見たわ。……ごめんなさい天龍。私達だけで逃げてくるのが精一杯だった……あの先で、まだ助けを待っている子達も居る。だから、早く行ってあげて」

 

「扶桑……お前……」

 

「時間は稼いだわ。後は頼みます……」

 

 タオルを巻いた氷で頭からの血を止めている扶桑の目は。強い意志を秘めているような、そんな光があった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 とんでもない事になったな……なんて、今までにもこんなヤバい事あったし、今更か。

 

 心なしか落ち着いている友人らとエスコート隊の面子を見ながら、鈴谷は海面にしゃがみこんで靴紐を結ぶ。パンっ、と自分の顔を叩いて眠気を覚ましておく。

 

 そんなときだった。ヲリビーがまた何やら段ボールを抱えてこちらにやって来る。

 

 「さて、と……勝利のお膳立てと行こうか……」 そう言う彼女に、天龍は一瞬驚いた顔を見せたかと思えば、何か興奮した様子で話す。

 

「! 本当に用意してくれたのか」

 

「海軍の皆様は俺に良くしてくれるクライアントなんだ。頼まれごとは無碍(むげ)にするわけには行かないのさ……」

 

 「ほれ、アンタも着なよ」 そう言ってヲリビーが鈴谷に投げ渡してきたのは、いつも着ているライフジャケットよりも重い、中に何かが入った服だ。何かと見てみると、内張りの収納に大量のナイフが差してある。

 

「だが、悪いな。あんたらぶんぐらいの数しか用意できてない。いいか?」

 

「この際ゼータク言わないよ! ……オリビア、本当にありがとうさん」

 

「礼なんていらない。こっちは言われた事を完璧に出来てないし……死なないようにな。あんた、みんなから慕われてんだし」

 

「バカ言うな、そんな無茶しねーよ」

 

「そうかいそうかい……ここから応援してる。頑張れ〜」

 

 気の抜けているようでいて、心配はしてくれているのか。はにかみながら手を振るヲリビーに天龍も笑顔を返した。

 

 前日の約束通り、鈴谷の大型艤装に乗り込み設定を済ませる天龍が、打ち合わせ通り、今日はエスコート隊に入る若葉の方を見る。あいも変わらず、駆逐艦のこの女はニマニマ笑っている。

 

「若葉、お前のコールサイン」

 

「サザンカ。」

 

「ンだよ、前と同じかい。ま、いいか。お前ら聞いてたか?」

 

「無線でサザンカって拾ったらコイツってこと?」

 

「そ」

 

「はいよ。ま、隊長の教え子ってんなら腕は良いんでしょーね。遠慮なく行くぞ、いいか?」

 

「どーぞお構いなく」

 

 どうもこの女は苦手だ。そんな態度がありありと見える摩耶に、鈴谷は苦笑いする。

 

 着々と準備が終わる者が居る中で。まだ水面に降りずに打ち合わせ……というよりも、作戦に出る前に会話を楽しむ者も居た。防空棲姫と、その妹らだ。

 

 早く来いよ―――そう言いかけた口を、天龍はつぐむ。少し離れた場所に、姉に向けて花束を持った照月を見つけ、何か大切な話をしているように見えたからだった。

 

 

綺麗……こんなの貰っちゃっていいの? ……だって私は――――

 

姉さん。その先は……言わないでね。ね?

 

………わかった!

 

 

 会話の内容がかすかだがエスコート隊各々の耳に入る。急かしたりはせず、彼女らは4人姉妹の様子を見守っていた。

 

 見ていると、秋月は受け取った物を2つに分ける。何をしているのかわからないといった顔になっていた照月へ、彼女はもう一方を渡した。

 

 

私、花言葉とかは詳しくないから、わからないけど……でも、きっと良い意味なんだよね。照月は、そういうの調べる性格だものね……なら、貴女にも持っていてほしいの

 

私、にも?

 

うん。もし、何かあったとき。この花束が目印になるでしょ? それにお守り代わり。私に全部なんて勿体無いもの。

 

……………うん!

 

 

 あれ、初月と涼月には渡さないんだな。そんなように疑問に思った鈴谷へ那智が軽く耳打ちして教えてくれる。

 

 どうやら今日は防空棲姫に照月が随伴で海月姫の相手をするらしく、他2人は邪魔が入らないように周囲の敵の掃討に徹するという。恐らくだが危険な任務かつ、精神的に危うい照月を気遣っているのでは、と那智は言う。

 

 2人はそれぞれ自分の艤装にガムテープで花束を固定した。姉妹の交流が終わり、4人も水面に降りてくる。周囲の艦娘らも次々と出撃する中、準備の整ったエスコート隊と、霞や那智、秋月らで構成される部隊が全員集まり。天龍は言った。

 

「じゃ。出撃すっか。」

 

「あいよォ」「了解」「解りました」「委細承知。」「イエス·マム」

 

 なかなか様になってるな隊長サン。装甲空母鬼の装備に乗り込んで誘導を受けている天龍を尻目に、鈴谷は再度、自分の持ち物を確認した。

 

 20.3cm連装砲と8inch連装砲をそれぞれ1基づつ。15.2cm単装砲と15.5cm3連装砲を予備含め2基づつ。瑞雲6機。中枢棲姫から譲り受けたブラッドストームに、叢雲から貰った槍を背中に。次いで、この作戦のためだけに用意したダガーナイフが10本入った上着。最後に両腕に格納した14cm単装砲が2基―――間違いなく、ネ級は過去に無い重装備で海面に降り立つ。

 

 

 自分(すずや)が初めて深海棲艦になってからやった戦闘を―――これでもかと全身に荷物を担いで鎮守府から出奔した日のことを思い出させた。

 

 

 頼ってくれるなんてうれしーなー。なら、頑張るかナ―――

 

 大量の刃物を差したライフジャケットのフロントジッパーを閉じる。深呼吸を一つ、重みを感じる腕から視線をずらし、ネ級は水平線の先を睨んでいた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

『進行する敵の部隊を発見! 情報通り、旗艦は空母棲姫、周囲に多数のイロハ級も確認しました』

 

「ありがとよ。鹿島、危ないから戻っててくれ」

 

『了解です……皆さん、お気をつけて』

 

 たまたま近くを通りがかっていたという違う鎮守府の部隊と、扶桑たちの奮戦により、接近中の空母棲姫は周囲の兵力と艦載機を減らし、脅威度は下がっているという。とはいえ相手は姫級。力任せにこちらの部隊をなぎ倒して進んでいると聞き、天龍は誰よりも先行して戦場の把握に努めていた。

 

 撤退を始めた鹿島の助力もあり、こちらに一直線に進んでくる敵の数や種類なども知る。まずは俺が囮になって、後はそこからか。脳を高速回転させ、1秒でも早く敵を倒す方策を考える。

 

「こちらエスコート1!! 後方の全部隊に通達、空母棲姫は俺たちエスコート隊とファルコナー隊((鈴谷がもと居た部隊。))でどうにかする。控えの隊は、抜けてきたイロハ級の迎撃を頼む!」

 

『『『了解!』』』

 

「…………さて、はじめっか!!」

 

 ペダルを踏み込み、艤装に加速をかける。そのまま全速力で突撃を敢行すると、目標の空母棲姫とその周囲を固める軽巡や戦艦といった複数の深海棲艦を確認した。

 

 そのまま天龍は敵の横を通り過ぎる。適当にぱらぱらと砲弾やミサイルを放って様子を見ると、相手は撤退中の手負いの艦娘たちを無視して天龍へ集中攻撃を始めた。

 

(予想通り、1番厄介に見える俺に仕掛けてきたな。このまま注意を引き続けて……)

 

 初めてこの乗り物を使ったときの鈴谷と、奇しくも天龍は同じことを考えていた。まずは何よりも敵を鎮守府から離すのが先決だ。そんな考えだ。

 

(良い子だ。そのまま俺を狙えよ!)

 

 ニヤリ、と彼女は笑う。声を張りながら、無線へ呟いた。

 

「サザンカ、出番だぜ。」

 

 

 

 

 

『サザンカ、出番だぜ。』

 

「ふふ……この瞬間を待っていた!」

 

 猛スピードで先行していた天龍だが、その後方には摩耶、鳥海、鈴谷、若葉の4人が追従していた。師が自分を呼んだのを聞き。作戦開始だ、と、若葉は上げていた口角をさらに釣り上げて笑みを浮かべる。

 

「打ち合わせ通り、若葉は先頭だ」

 

「ネ級、配置に付きました」

 

「私もOKよ!」

 

「っしゃあ! 行くぜ! しっかりついて来いよ!!」

 

「勿論!」「了解!」「んふ♪」

 

 天龍が前方で上げた信号弾を合図に、4人は突撃を開始した。

 

 先頭を若葉、次いで摩耶、鳥海、鈴谷と続く。敵に体の横を見せ、相手の攻撃をすり抜けつつ、砲を構えながら進む。

 

 脇腹が海面すれすれを掠めるような姿勢で、横から滑り込むように若葉は敵を追い抜いて背後を取る。気を取られたホ級を摩耶が打ち抜き、隣のリ級は鳥海に足を掴まれて転倒する。すかさず後に続いていた鈴谷は、スライディングしながら身をひねって照準を合わせて発砲する。4人は流れるようにまずは敵2匹を仕留めた。

 

 軽く打ち合わせしたとおりの展開になったな。4人の居た場所の遥か後方、那智は木曾に支えて貰いながら、遠距離から戦艦用の砲を数度撃つ。その隣では、立て膝の体制で武器を構えていたレ級も砲戦に参加した。

 

 着弾したかどうかの確認はせずに那智はすぐに余計な装備を捨て、3人は会心の笑みを浮かべながら、全速力で先行するエスコート隊との合流を目指す。偶然だが、4人の撹乱に気を取られたもう一匹のホ級に今しがた放った攻撃が当たり、敵旗艦の護衛は次々と数を減らす。

 

「まずは奇襲成功……♪」

 

 一番乗りで敵の背中を取った若葉は、フレンドリーファイアなど気にせず砲も魚雷も滅茶苦茶に放つ。当てずっぽうに撃ったものだが、いくつかは空母棲姫とその取り巻きに着弾した。激昂して艦載機や砲弾を放つ敵に、口笛を吹きながら、彼女は敵の部隊を中心に時計回りに動いて回避行動をとる。

 

 後に続いた3人も散会しながらすかさず攻撃を開始し、敵の注意を散らす。更に合流した木曾と那智が、守りを固めていたル級の2体に集中砲火を行う。不意を突かれた痛手にダメ押しを貰い、その2体は反撃することすら無く沈んでいった。

 

 7人はそれぞればらばらの方向に動いて、とにかく連射の効く武器を撃ちまくる。残弾など気にせず縦横無尽に動く標的に、狙いを絞ることができないのか、空母棲姫の放つ艦載機の攻撃もそれほどの驚異にはなり得なかった。多少の被弾など物ともせず、全員、副砲や対空機銃を連射する。

 

 波状攻撃はまだ続く。散らばっていたイロハ級の掃討を済ませた弥生と涼月と初月、最後に霞の4人が合流した。敵に接近する時間も無駄にせず。4人は対艦ロケットランチャーや単相砲を放ち、弾の無くなったそれらを投げ捨てて身軽になる。

 

『こちらエスコート1、更に先行して敵を引っ張る。お前ら、そのデカブツは任せた!』

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

 あの夜とは真逆の展開が生まれる。恐ろしいまでに息のあった連携と撹乱で瞬きする間に護衛部隊を全滅させると、エスコート隊とファルコナー隊は足を止めて集中砲火の体制を作った。

 

 だが、空母棲姫もただただ翻弄されているだけでは終わらない。なけなしの艦載機を放ち、抵抗を続けようとした……のも、無駄に終わる。

 

「やらせない!」

 

 涼月と初月が艤装の弾の装填を済ませ、猛烈な弾幕を形成する。あろう事か。2人は装備の性能と弾の数に物を言わせて敵の艦載機をほとんど全て撃ち落とした。多少の撃ち漏らしも、他全員は回避するか適当に撃ち落とすなどして対応する。

 

「………!? ?? ………………!!」

 

 ありえない。そんなはずがない、夢でも見ているのか―――先程までは道行く艦娘たちを力任せになぎ倒せた自分らが、たった数分、10数人ごときに完封されたのが余程応えたらしい。鈴谷から見て、空母棲姫はそんな様なことを考えていそうな、驚愕と絶望の混じった表情でこちらを見ていた。

 

 余裕そうな態度が一転して、恐怖に染まりきった顔で、彼女は座っていた乗り物に付けてあった副砲か何かを取り外して、霞を狙って引き金を引く。しかしそれもまた、今度はレ級が、いつの間にやら構えていた刀で弾いて防いでみせる。

 

 カァン!! と甲高い金属音が周囲に響く。得意げな表情のレ級とは間逆な空母棲姫へ、若葉は無慈悲に告げる。

 

「残念。もう手遅れだ……♪」

 

 およそこの場面には不釣り合いな、満面の笑顔を浮かべていた若葉……どころか、その場に居たほぼ全員だったが。代表して彼女は静かに、だが自分の勝ちを確信しきった声色で呟いた。

 

 目を見開いて、この後に自分がどうなるかを察してしまった空母棲姫の表情が歪む。当然、それを気にする事なく、即席の連合艦隊は引き金を引く。

 

 完璧な連携、正確な砲撃。そして、ダメ押しの集中攻撃。ありとあらゆる方策で翻弄され、空母棲姫は為す術もなく、海中に没した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 鈴谷たちが空母棲姫を含む敵部隊を殲滅したころ。防空棲姫と照月は、その様子を空母の艦娘が撮っていた映像越しに見ていたのだが、あまりの手際の良さに驚いていた。

 

 息をするのも忘れて送られてくる動画に魅入っていると。秋月の元へ、摩耶が通信を入れてくる。

 

『見えたかよ、秋月。アタシらのカッコいいとこ?』

 

「うん……とても、すごかった……!」

 

『アタシらの腕も……まぁまぁだろ?』

 

 どうやら自分は他者の事を過小評価していたらしい。あの夜はそもそも敵が死体とはいえ艦娘だったり、自分や天龍が迷惑をかけたという事もあって彼女らは本気を出せていなかったが。全力を出せばここまでのものなのか―――そんなふうに思う。

 

『この程度なら姫級だろうとどうにでもなります。さ。貴女と照月は海月姫の相手を』

 

「……了解!」

 

 とてつもなく頼りになる者を、私は味方に出来ていたのかもしれない。海月姫が居ると検討をつけられた地点まで移動するため、前進する中で考える。そんなとき、続けて霞や鈴谷からも無線連絡が来る。

 

『ねぇ。今ちょっといい。アンタ』

 

「……どうぞ」

 

『……人との話、なんてものは時間あればいつだってできんのよ。今はただガムシャラに前の敵に集中することね』

 

『私も霞さんの言うことには賛成します。秋月さん』

 

「…………。お気遣い、どうも」

 

 進んでいると、先行していたエスコート隊の面々らが見えてくる。向こうからもこちらが見えたようで、摩耶はインカムのスイッチから手を離し、大声で話しかけてきた。

 

「あーきーづーきー。おせぇぞ〜」

 

「すみませんでした」

 

「まぁ、そんなことは良いけどさ。あの、さ。お前は確かに周りとは桁が違う強さだよ。だけどな……」

 

 人を指差すようなポーズでピースサインを作りながら。摩耶は続ける。

 

「アタシたちだってそれなりに頼りになる実力あるぜ? 見直したかよ?」

 

 摩耶だけではない。今しがた姫級を一体仕留めた面子は、全員が自信に満ちた目を防空棲姫へ向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は海月姫VS防空です。今まで散々変な連中に翻弄されていたので分かりづらいですが、エスコート隊も普通の目線で見たらとんでもない手練だと言う事を見せたかった回になりました()

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