職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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時間かかって申し訳ナス。 ついでに表紙絵を張り替えておきました。前までのものはそのうちどこかに格納しようかと思います。


36 憎き笑顔に吠え面を

 

 

 

 

 幸先よく、空母棲姫という難敵を排除した鈴谷たちだったが。二手に別れて敵の迎撃をする最中に状況を把握していく中で、あまり現時点ではこちらは優勢では無いらしいと理解していく。

 

 佐世保鎮守府の所属艦娘はおよそ60人ほどと鈴谷は記憶している。今しがた迎撃で出ているのはたまたま待機していた30人ぐらいだったが、残りの半分は遠征や他方への派遣、もしくは第一陣の迎撃で負傷して退却中であり、敵の数に対して全く足りていない。

 

 また、運がいいのか悪いのか。たまたま合流していた別の鎮守府の者もちらほらこの作戦には協力してくれてはいたが、頼りにするにはいささかその数は少なかった。

 

 黙々と鈴谷は親友の那智や木曾、助っ人の霞、弥生に初月と6人で駆逐艦や軽巡洋艦級の雑兵を排除していく。反応を探知した者が複数いるが、姿が補足されていない海月姫は以前のように海中に潜んでいるのか。それはわからなかったが、こちらの切り札である防空棲姫への負担を減らすためにも、露払いに徹する。

 

『ぶ、ブラボー3から各艦へ! 敵の数が多すぎます! 怪我をした方は無理せず後退してください!!』

 

『こちらエスコートリーダー、後退ってどこにだ。俺らの鎮守府か?』

 

『え……あ、ハイ』

 

『おいおいしっかりしろよ。民間人ごと陸地が吹っ飛ばされちまうぜ……覚悟決めろ、なんとしてもこいつらは食い止める』

 

『しかし……』

 

『ホットケーキ隊、了解した』

 

『エメラルド1、承知しました』

 

『え、そ、そんな……!』

 

『そういうこった。……こちらエスコートリーダー! 全員死ぬ気で行く! 止まったら皆殺しになっちまうぜぇ!!』

 

『っ、ブラボー3から全艦へ、戦線の維持に努めてください』

 

『アイサァ!』『辛いな……』『はいよォ!』『任せろォォ!!』

 

 ふと、何気なく無線が拾った会話が耳に入った。最初に弱気なことを言っていた者を、天龍が強引に激励して発言を変えさせているのを聞いて鈴谷は笑いそうになる。

 

 これで何体目だろうか。戦艦ル級を一体打ち倒したところで一旦敵の攻勢が途切れ、ちょっとした暇ができる。頬のかすり傷の血を拭っていた木曾から声をかけられた。

 

「えらく悲壮感の漂った無線だったな」

 

「その割には、天龍さんはどこか楽しげだったけど」

 

「笑ってなきゃやってらんねーだろ、この状況はよ。」

 

 ランナーズ・ハイみたいな精神状態にでも入っているのか―――現時点で戦闘中の者は、疲労で肩を落としている者と、どこか楽しげな者との2つに別れていた。

 

 視界に入る大海原の景色のそこかしこで、爆散した深海棲艦から黒煙が立ち昇っている。

 

 額から流れ出る血を無理矢理包帯で抑えつけて止めながら、那智は海面を漂っていた駆逐イ級の死体の上に座り込む。顔色の悪い親友に、心配になった鈴谷は声をかけた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「まぁ、なんとか……頭にいいの貰っちまった。ちと目眩が、な」

 

 よく見れば那智は目線の焦点があっていないように見えた。これは危険な状態では。語気を強めて帰るように彼女が言いかけたとき、それを遮って霞が口を開く。

 

「……撤退しなさい。命令よ」

 

「教官、しかし………」

 

「死にたくなければ逃げろと言ってるのよこのクズ。……この忙しいときに死なれたほうが迷惑よ。いいかしら?」

 

「っ、了解した」

 

 ナイス霞さん。流石に昔の先生には強く出られないらしい。大人しく従う様子を見せた那智にそんなように思っていたとき。無線機のスピーカーが、鎮守府で待機していた扶桑の声を拾った。

 

『鎮守府から、扶桑よ。みんな落ち着いて聞いてちょうだい。医療班がフル稼働しているのだけれど、手当てに当たっている子の数がまるで足りていないみたいなの。誰か1人だけでもいいわ。戻ってこれないかしら?』

 

『こちらガーネット2……冗談きついですヨ、こっちだって数が足りてないんだ、そっちでどうにかならない?』

 

『無理ね。そもそも待機中だった子たちだけじゃまるで手が足りていないし、手伝っているのも素人だもの。譲歩はできないわ』

 

『……わかりました。どなたか、誰か戻れるやつ居ませんか?』

 

 …………………。これは、呼ばれてるな。鈴谷は深呼吸をして目を瞑った。

 

 扶桑と別働隊の艦娘の会話を聞いた木曾と霞の視線が鈴谷に向く。この女の経歴を知らない弥生と初月は不思議そうな顔をしていたが、意を決して、彼女は那智を立たせながら無線のスイッチを入れる。

 

「こちらホワイトナイト。私が戻って医療班に回ります」

 

『はぁ!?』『なっ!』『て、てめぇが!?』

 

 重巡ネ級が戻って手当をする、などと言ったものだから戦線に散らばっていた艦娘達が動揺する。無理もないな、と本人は苦笑いした。

 

「こっちの那智が頭を負傷しまして。送るついでに待機します」

 

『待てよ深海棲艦……お前に人間の手当なんぞできるってのか??』

 

「心得はあります」

 

『信用できるかぁ!!』『ちょ、ちょっと加古、落ち着きなって!』

 

 …………。やっぱり無理か、ここは残るべきか。流石に戦友らの生殺与奪を、味方とはいえ、深海棲艦に握られるのは我慢ならないと見える無線機越しの艦娘たちに、渋々鈴谷が引き下がろうとした時。

 

「…………やはり他の者が」

 

「コイツ以外に適任は居ないと思うけど?」

 

「!!」

 

 霞が間に割って入る。そのまま彼女は、このネ級を助ける発言を繋げた。

 

「ちょっと前だけど、私はこのネ級に死にかけてたところを助けられてる。どこで覚えたのか知らないけど、コイツの腕前はトーシロなんてメじゃないけれど?」

 

『なんだと……』

 

「だいたいそもそもあんたらは、コイツのコールネーム((ホワイトナイト))の由来知ってて言ってんのかしら。バカ正直に怪我人の前に現れて、手当して本隊に送り返す。……その中にバカでロマンチストな奴がいたのか、それでコイツを白馬の王子様に例えたのが始まりらしいけど?」

 

『そ、そーなんだ』『へぇ……』

 

「で、どうなのかしら? 噂に違わぬ海難救助の腕があるらしいなら、コイツほど裏方に回せる適任者は居ないけど? それとも救急隊みたいな行動が得意なやつがこの場で他にいるのかしら?」

 

『『『『………………。』』』』

 

 胸を張って堂々と言う霞の態度が機械を通していても伝わったのか、返事をする艦娘は居なかった。「本当、肝心なときに曖昧な連中ね」。どこか寂しそうな顔をしながら、彼女はふらつく那智に肩を貸していた鈴谷に言った。

 

「行きなさい」

 

「えっ」

 

「帰れと言ってるの、これ以上余計な事を言わせないで」

 

「はいっ」

 

 言われるままに、後退を開始した彼女を尻目に。霞は木曾にも指示を出す。

 

「木曾、アンタもよ」

 

「俺も、ですか?」

 

「友達なんでしょ、護衛に付き合ってやんなさい。何があるかわからないのに、二人だけは危険だもの」

 

「了解……すぐ戻ってきますんで」

 

「当たり前よ。いいから早く」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 霞たちと別れて5分ほど。鈴谷たち後退組が鎮守府に帰るに当たり、立ち塞がる敵をなぎ倒しながら退却する中で、負傷していた那智は鈴谷の背中で眠りに就いていた。

 

 この爆音と敵の悲鳴飛び交う環境でよく寝れるな、なんて、穏やかな顔で寝息を立てる友人を見て鈴谷は思う。人一人をおぶさる関係で両手を使わないで砲戦に参加していた彼女へ、木曾は背中合わせで反対側に武器を向けながら口を開いた。

 

「霞さん、大丈夫かね。強いとはいえ3人ごときで」

 

「問題ないっしょ。軍じゃ上から数えたほうが強い人なんだし」

 

「そうかな……ちと不安だよ」

 

「この乱戦なら即席で艦隊も組めるしダイジョーブダイジョーブ」

 

 友人に気を使ってあまり揺れないような動きを心がける。

 

 先程の扶桑の語った状況を考えると、たぶん私はもう戦闘には参加できないで終わるだろう。そう思った鈴谷は正確に狙う木曾とは対象的に、当てずっぽうに撃ちまくった。

 

 島にいた頃に共闘した南方棲鬼等には遠く及ばない物の、今の鈴谷は全身に火器類を積載してハリネズミのように武装している。副砲だけでも両手で数え切れない数、しかも腕を使わず使える。短射程ながらも猛烈な弾幕を形成するこの女に、有象無象の敵たちは近付けないでいた。

 

「距離詰めなよ木曾! 当たっても知らないかんね!」

 

「うっせぇ、わかってる! 誰が好き好んで死ににいくってんだ」

 

 カバーできるほぼ全方位に雨あられと火薬を撒いていく鈴谷に、木曾はピッタリと体がぶつかる程引っ付いて狙撃に徹する。

 

 やはり、というよりも当然だが鎮守府に近づくにつれて手負いの敵も増えていく。撃ち漏らしがあってはならない。同じことを考えた女2人は無心で殲滅していった。

 

 このペースなら問題はない。体力に余力はあるし、弾もちょうど到着する頃合いで切れるはず―――ほんのちょっぴり、気を抜いてネ級が深呼吸をしたとき。

 

『高熱源反応を感知。識別不能、該当データ、なし』

 

「「!!」」

 

 一瞬、2人は海面の波が妙に激しく揺れたのを感知する。と、同時に身につけていた警報の作動とアナウンスに眉間にシワを寄せ、水中を睨んだ。

 

 ズズズ、と飛沫を上げて浮上してくる物から全速力で遠ざかる。突然のことだったので思わず2人は無意識に鎮守府とは逆方向へ向かってしまった。

 

「嘘でしょ……」

 

「ちっ。おいおい……ジョーダンきついぜ」

 

 なんとなく予想は付いた―――浮上してきたのは。当然、深海海月姫だった。この場面で対応しなければならない相手にしては強すぎる……そんな考えともう1つ。想像以上に鎮守府まで近づかれていた事実に2人は鳥肌が立った。

 

 前のふざけた態度や盗み聞きからこの女の性格はわかっている。おおかた、一方的ななぶり殺しに適したカンムスと見てこちらを補足したんだろう……幸か不幸か、そのおかげで時間稼ぎはできそうだけど……。鈴谷も木曾も似たような考えを浮かべる。

 

 にんまりニタニタと気持ちの悪い笑顔の相手に容赦なく先手を撃つ。鈴谷は一瞬だけ那智を抱えていた腕も総動員したフルバースト。木曾は打ち切る勢いで魚雷を放つ。

 

「「どけよおおおおぉぉぉォォォ!!」」

 

 心の底から殺意を向けた一撃が怨敵に到達する。奇しくも女2人の叫ぶ言葉は同じだった。

 

「!!」

 

 以前と同じく余裕さのある態度かと思えば、海月姫は少し面食らったように見えた。不意をつけた、という事か。鈴谷は爆発で水しぶきが柱のように巻き上がったその場から更に距離を取る。

 

「那智。那智。起きて、那智!」

 

「ぅ……? んん……!」

 

「早く、死にたくないなら」

 

「ぐっ……気絶しちまってたか……悪い」

 

「謝るぐらいなら早く立って。海月姫が出た。応戦する必要があるから。」

 

「! ……なるほど、ね。つくづく私らは運がないな…………」

 

 海面に立った那智は、バチン! と大きな破裂音が出る強い力で自分の頬を叩く。気付けをして戦闘に参加する彼女を心配しながら、鈴谷も配置に着いた。

 

「ふ、ははは、ひひ……イイなぁ…………こんな痛みは久しぶりだ……」

 

「おいおい……鈴谷、何したんだ? 元気そうだぜ奴は……」

 

「サァね、黙って戦う!!」

 

「やるだけやるしかってヤツかよ……お前らしいがな」

 

 煙が晴れた先に見える光景に、鈴谷は再度自分が鳥肌立つのを感じた。

 

 目覚めさせてはいけない何かに触れてしまった………。あの大きな鉄塊が砕け散り、その身1つになっていた海月姫の纏う異様な雰囲気に変な汗が噴き出す。

 

「みんなに絶望をあげよう……」

 

 念力でも使っているというのか。前は確かに海面伝いに行動していた海月姫は明らかに宙に浮いていた。更に周囲に4つ、青白い光を纏ったクラゲのような、こちらも浮遊している生物を従えている。

 

 この喧騒に包まれた戦場にはおよそ不釣り合いな、優雅な仕草で。海月姫はまるで指揮者のように、大げさに手を振るった。

 

 こいつ、いったい何を―――考えたり予想したりよりも体が動く。鈴谷はしっかりと顔を腕で多い、上半身を自分の触手で包み込む。

 

 集中豪雨と見まごう火薬の雨が3人に襲い掛かった。

 

「逃げ(まど)え、舞い踊れ、私のために血を流せぇ!!」

 

 艤装や硬化している皮膚が弾を弾いてくれる感触。柔らかな部分に突き刺さる鈍い痛み、露出している足のブーツを掠める衝撃が全部一緒に鈴谷にやって来る。

 

 離れろ、とにかく離れろ。考えるな、何も考えずに逃げる事だけ考えろ。逃げなきゃ死ぬ―――

 

 厳しい環境に置かれて磨かれた鈴谷の、生き残るための判断力が警報を鳴らす。彼女は防御態勢で全く視界が効かない中で、運だけを頼りに背中を向けた方向に進んだ。

 

 およそ10数秒がまるで永遠に感じられる。こころなしか当たる弾の数が減り、受ける衝撃が弱く感じた所で守りを解く。目を開いて前を見据える。相手との相対距離はおおよそ100mぐらいだろうか、あの化け物の身体能力を考えると心許ない距離だが、今受けた不意打ちの至近距離よりはマシだと前向きに考えた。

 

「絶対逃げ切って押し通ってやる……!!」

 

 自由になった腕を振るう。尚も攻撃は続いていたが、大振りに槍を振って撃ち落とせる物を叩き落とし、鈴谷は連装砲を片手に自分の射程距離のぎりぎりまで接近を試みる。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「木曾! 那智! 生きてるなら返事して!!」

 

『大声あげなくても聞こえてんよ。』

 

『さぁ、死んでるかもな』

 

「フザケてる場合!?」

 

『こういうときこそ、だろうがっ、とぉ、危ないな』

 

 『怪我したアタマに運動は響くな……』 無線越しに具合の悪そうな那智の声を聞いて、鈴谷は怪訝な面持ちになる。だが、敵の攻撃の激しさで満足に周りも見れないが、一応2人とも無事なことはわかって安心した。

 

 それにしても―――異常な弾幕に、鈴谷は前だけを見る。前に叩き割られた仮面に代わって、今日は泊地に作ってもらった物を顔に付けているので、頼みの左目以外は最悪爆発しようがどうということはない。そうして強引に自分を落ち着かせながら、冷静に攻撃を弾いて観察する。

 

 大前提として、宙に浮いているあの女の髪は艤装の制御を乗っ取ることができる。おまけに今こうして砲弾まで発射できると来て、どんな構造だと舌打ちする。追加で、取り巻きのクラゲ型の生き物からも散発的に弾が飛んでいるのが見えた。

 

 人間の髪の毛は軽く見積もっても億単位で生えていると聞いたことがある。あの女が人と同じかどうかはともかく、多目に見積もって注意するに越したことはない。と、なると。奴は約数万単位の数の銃火器を、しかも巡洋艦や戦艦の艦娘の射程距離まで発射できると見たほうが良いだろうか。

 

「………ッ。キモッ………」

 

 そんな数の砲門があるなら秒間の発射弾数はたぶんCIWS((ガトリング砲))とかも超えてくる。不意打ちなんて食らったが最後、穴だらけの粉微塵になって吹き飛ぶだろうな―――冷静に考えるとあまりの勝ち目の無さに笑えてくる始末だった。

 

「……………………。」

 

 何か、何か隙は無いか。当てずっぽうで武器を撃つ。すると、相手の撃ってくる細かい弾が挟まって動作不良を起こした装備が誘爆した。手元でこんな事が起きても火傷すらしない頑丈な自分と、継ぎ目が無いので破損しづらい中枢棲姫の武装に感謝しつつ、敵を睨む。

 

 手応えのある、殺し合いの相手。ふと、鈴谷の脳裏に天龍の叩き割ったディスクに録音されていた海月姫の言葉が浮かんだ。

 

 相手は純粋な戦闘狂。か、もしくは弱い者いじめが好きなんだよな。生きるか死ぬかの瀬戸際で、残された思考のリソースで彼女は必死に策を練る。

 

「…………………!」

 

 もしかしなくとも、この攻撃が本気で無いとしたら? 幸先よく艤装の一部を吹き飛ばしてやったけど、まだ不意打ちのカードがあるのなら? それを、こちらの身構えている時に引き出さなきゃ―――

 

 さっきみたいな事がもう一度あったら、生きて帰れる気がしない。今度こそみんなが死んでしまう。

 

「妖精さん、お願いがあるんだ」

 

「んふぇ! なんなのです?」

 

「私、限界まで相手の近くまで突っ込むから。駆逐艦の子らが戦うぐらいの距離まで来れたら、一気に全員発艦して欲しいんだ」

 

「!? 無茶なのれす! 鈴谷しゃんが死んじゃ……」

 

 激しく動き回って応戦していた鈴谷の首輪に捕まっていた妖精の口を、空いた手で塞ぎ。鈴谷は薄笑いを浮かべながら呟いた。

 

「体の半分ぶっ飛んで生きてたやつが、「この程度」で死ぬと思う?」

 

「ん、んん……」

 

「じゃ、行くよ。お願いねっ!!」

 

「あ、あいあいさ!」「つっこめー!」「いちげきだぁ!!」

 

 砲撃のために前に向けていた触手を後ろに向け、その口を限界まで開いて妖精たちの発艦がしやすいように準備する。幾度となく鈴谷の無茶に付き合って来た彼ら彼女らは、言いつけ通りのタイミングを見計らいながらじっと待つ。

 

 気のせいか、雨あられと飛んでくる攻撃が薄くなる。

 

 ここだっ―――

 

 2人には関係のない、勝手に決めた決死の突撃を鈴谷は敢行する。

 

「うおおおぉぉぉりゃああァァ!!」

 

「「「!?」」」

 

 友人と敵を含めた3人全員が目を剥く。突然セオリーと逆行する特攻をかける親友に、本能的に援護しつつも木曾と那智は思わず叫ぶ。

 

「すっ、鈴谷何を」

 

「戻れ!! 死にてぇのか!?」

 

 前のめりになりすぎて海面に倒れそうな程の前傾姿勢で突っ込む。やるからにはためらいはない。躊躇すれば死ぬ。そんな思いから真っ白な頭で持てる速度の最大で海月姫に接敵した。

 

 その場に屈むよりも見を低くした鈴谷へ、あまりにも低すぎる姿勢のせいか敵の攻撃があまり当たらない。予想したりよりも受ける怪我が少ない嬉しい誤算に、鈴谷は経験に基づく動作でしっかりと槍を握りしめる。

 

 相対距離およそ50m。もう半分ぐらいの所で全機発艦、それと同時に全ての火力を総動員してこの壁に穴を空ける―――

 

「みんな、行ってェ!!」

 

「「「「まーかーせーろぉぉ!!」」」」

 

 喉が潰れる声量で叫ぶ。言い終わらない内に、妖精たちは一斉に各々の愛機で離陸して行った。

 

 流石の腕前と言うべきか、この濃密な弾幕の中で最小限のダメージに抑えて皆が飛び立つ。特に瑞雲を駆る者は器用貧乏な機体ながら、まるで手足のようにマシンを操って指示通り鈴谷の真上に陣取る。

 

 全く余裕の無い彼女の知らない事だが、困惑しながらも援護してくれていた木曾と那智の活躍も見逃せない。鈴谷のやる事の意味がわからないながらも、2人は親友が無駄な事はしないはずだとただ信じて弾を撒き続けた。

 

 乗るか、反るか、ワンチャンス。

 

 ちらちらと見えるか見えないか―――もしかしたらスキなんて相手には無いのかもしれない。だけど、そこを崩す以外に生き残る手段はない。鈴谷の賭けが始まる。

 

「オオォォァァアアッ!!」

 

 後ろに向けていた触手を前へ。叫び声を上げる鈴谷が両手両足両触手、前砲門を前面に集中させて引き金を引く、その時だった。

 

 海月姫の周囲を漂う生き物が前に出てきて盾になる。火薬の暴力であえなく吹き飛んだそれに混じり、小さな水飛沫がそこかしこで発生した。

 

 ―――なんだコレ。破片が落ちてからの現象ではない。明らかに何かが水中から「湧いている」。砲身が焼け付く事をいとわず、鈴谷は続けて水面を撃ち抜く。

 

「!!!!」

 

「貴様っ!?」

 

 鈴谷のカンは当たった。海月姫はおびただしい数の艦載機を水の中から発艦させていたのだ。人間を超えた動体視力で無理矢理対応してみせたこの女に、海月姫は自分を棚に上げて背筋に寒気を感じる。

 

 が、しかし手数で勝る海月姫の優位は変わらない。少しばかり意表を突かれたものの、無茶をした鈴谷は、今の突撃で確実に怪我が増えてパフォーマンスが落ちていた。正確さを欠き始めて大味になってきた対処を見て、海月姫は余裕を取り戻す。

 

「ふふ……その虚勢、いつまで持つかな?」

 

「……………!」

 

 勝てるなんて考えるな、何が何でも逃げることだけ優先するならどうにかなる!! 自分が疲れている事を見抜かれた鈴谷は、しかし諦めずに抵抗を続ける。

 

 前の交戦経験と自分の体を最大限に利用する。彼女は槍を背負い直すと、両手に大振りのナイフを持ち、自身の触手を持ち上げて副砲を構えた。

 

 大量に殺到する海月姫の触手を冷静に捌く。本数が多すぎて、全て切断し切るのは現実的ではない。が、攻撃のリソースを全て防御に割り振ればどうにか身を護るぐらいはできた。副砲で弾幕を張り、遠いものは撃ち落とし、こちらを刺しに来るものだけを正確に切り払う。

 

「ちっ……小賢しい」

 

「ッ!!」

 

 親友のために作戦海域から離脱することのみを考えた鈴谷の行動は鋭くなる。誘爆を懸念して使わない武器の弾を海にばらまき、贅沢に装備を盾にして懐に飛び込む。

 

「腕2本で……足りないならッ!!」

 

 鈴谷の体から生える触手の口の1つから、せり出すように刃物が飛び出す。さらにもう一方に槍を噛ませて、彼女は4本持った獲物を振り回し始めた。

 

 滅茶苦茶に刃をぶん回し、距離を考慮して同士討ちの危険が無いことを察した鈴谷は矢鱈滅多らに弾をばら撒き始める。こんな事をすれば先に弾が無くなるのは自分だろうが、最初からそもそも勝つ気がない鈴谷に攻撃を緩める考えは無かった。

 

 息が詰まる。というよりも、呼吸に意識を割くことすら惜しい。気を抜けば死ぬ、ミスは許されない。少しずつ攻撃をいなす彼女の集中が深くなる。それと同時に、予想外に善戦するこのネ級に海月姫の意識が集中し始めた頃合いだった。

 

 海月姫の両脇で小規模な爆発が起きる。意識の外から来た攻撃の痛みと、体が揺すぶられる衝撃で思考が止まる。今、一体何が起きた? 海月姫が目線をネ級から離す。

 

「悪いな……私らは甘くないんだ。」

 

 しまった―――いつの間にこんな近くまで………。海月姫の注意が完全に鈴谷から外れ、割り込んできた木曾と那智の2人に向く。

 

「こっちはな、目ぇ(つむ)ってても連携できんだよォ!!」

 

 結果的にそれが、この女への重大なダメージへと繋がった。

 

 鈴谷の命がけの行動で接近に成功した2人は。海月姫へ、打ち合わせした訳でもないのに、しかし同じタイミングで反撃を行う。

 

「こんなはずが―――ッ」

 

「「「堕ちろおおおぉぉぉ!!」」」

 

 魚雷20発、爆撃10回、50発の砲弾が海月姫に炸裂する。鈴谷の仮説は当たっていた。近すぎてバリアが発動できなかった海月姫は、自分を殺す気で放たれたエネルギーをまともに受けて爆風の中に姿を消す。

 

「や、やれた…………!」

 

 熱風に顔をしかめながら、鈴谷は顔を覆いつつ後退する。無線越しに親友らの声も聞こえた。

 

『無茶しやがってよ、俺らが来なかったらどうする気だったんだよ』

 

「いいや。絶対来ると信じてたから。」

 

『答えになって無いぞ。全くこれだから鈴谷は……』

 

「ははは。ごめんごめ―――」

 

 だいたい爆心地から数十メートルは離れたかな、と鈴谷が思っていた時だった。

 

 目の前に深海海月姫が現れる。

 

「え?」

 

 意味がわからなかった。

 

「ここまで追い詰められたのは、今日が初めてだ」

 

 女は、笑いながらそう言う。しかしいつもと違って、鈴谷から見て目が笑っていない気がした。

 

「これは礼だ。お前を最初に殺す。」

 

 知覚できない速度で例の髪の毛で触手を貫かれる。咄嗟に何本かはナイフで切り払ったが焼け石に水だ。

 

 寄り集まった髪の毛の束が顔に向けられて、赤く光って熱を持ち始める。

 

 

 

 対処ができない、本当に殺される。そう思うと恐怖に声も出なくなるんだな。どこか他人事で鈴谷が思っていると。彼女は横から猛烈な衝撃を受けて、その場から左側に吹き飛ばされる。

 

「――――――――??」

 

 もうわけがわからなかった。誰かがわざと誤射で自分を飛ばしてくれたのか? 思考回路が止まりかけていた鈴谷の目に、数ヶ月前の命の恩人が映る。

 

 南方棲鬼が、海月姫の目の前に立っていた。気のせいだろうか。こちらを見て、何か言っている。

 

 

 逃げろよ。元人間。

 

 

「えっ――――――」

 

 

 放たれた砲撃をまともに喰らって、南方棲鬼を中心に小規模な爆発が起こった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「うぅ゛……ぅ……………」

 

「……………………………ちっ」

 

 爆煙が晴れて撃たれた彼女の姿が露になる。誰がどう見ても―――今の南方棲鬼は、全身血まみれで髪や皮膚の一部が焦げ、立っていられるのもおかしい程の満身創痍だ。

 

 焦げ臭い自分の体に舌打ちする元気すら無いが、南方は重い首を回して遠くを見る。鈴谷、木曾、那智がかなりの速度で離れていくのが見える。離脱に成功した3人を見て、仕留め損なったと海月姫が舌打ちしているところも見た。

 

「まったく……甘ちゃんなの……よ……どいつも…こい…つ……も………」

 

「フン。見上げた自己犠牲だな、南方棲鬼。裏切っていたのは知っていたが、まさか艦娘紛いの盾になるとは」

 

 血に濡れた震える手で前髪を直しながら。南方棲鬼はおよそこの場には似つかわしくない笑顔を作り、海月姫へと口を開く。

 

「フフ……フ……クラゲさん、言いたいこと、あってさぁ…………」

 

「………………。なんだ? わざわざ身を投げて味方を庇った理由か?」

 

 呂律(ろれつ)も回っていない。重傷で喋るどころではないはずだが、南方棲鬼は口から煙を出し、不敵な笑みを浮かべながら続ける。

 

「戦いに自信があるらしいな。是非とも……どんな威力か食らってみたかった………だけだ……」

 

「……それだけか」

 

「それと」

 

 相手の言葉を遮るように。南方は吐き捨てる。

 

 

「お前の吠え面が見れて……満…足……だ………―――――」

 

 

 ゆっくりと。彼女は膝から崩れ落ちるように海面へ身体を投げた。

 

 やることなす事、上手くいなかった海月姫は額に青筋を浮かべてわなわなと震える。こんなくたばり損ないを殺したところで嬉しくも何ともないが、しかしこの怒りはどこにぶつければいいんだ?? そんな感情を胸に、照準を南方棲鬼に向けた。

 

 ふと、腹部に違和感を感じた。また不意打ちで撃たれて痛い、という訳ではない。弾の当たった衝撃や爆発も無いから違う。なんだろうか? そう思っていると、着ていた服の内側に1機だけ艦載機が潜り込んでいる。

 

「?」

 

 操作ミスか? なぜこんな場所に。手づかみでそれを取り出したところ、事は起こる。

 

 どういうことか、非武装だったその機体は異常な加速で海月姫の腹部に突き刺さる。

 

「がっあっ!?」

 

 予想外の出来事に吐血しながら妙な声が漏れる。だが受難は続く。その艦載機はアフターバーナーを炊きながら更に深々と突き刺さり、海月姫の腹を突き抜けて貫通して飛んでいった。

 

 な、何が起こった?? 不思議に思いながらその起動を眺めていると。その機体は、倒れていた南方棲鬼の近くに減速しながら着水して止まる。

 

「!!」

 

 そもそも自分の機体ではなく、南方棲鬼の持っている艦載機だったのだ。あまりにも単純なからくりに、海月姫の怒りが増幅される。

 

「いいだろう、南方棲鬼。そんなに死にたかったのなら

 

 とどめを刺すことは叶わなかった。

 

 海月姫は首の骨が折れそうな程の、体感したことが無い衝撃に真横に吹き飛ぶ。

 

「ごおっほへッ!?」

 

 海面に強かに叩き伏せられた海月姫は、困惑しつつ立ち上がる。

 

「早く立てよ。借りを返しに来た」

 

 前に自分が痛めつけた相手。秋月型の服を纏った防空棲姫が、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 




なんぽっぽ捨て身のファインプレー回。あとついでに伏線も回収。
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