だんだんと日が傾いてくる。沈む太陽と雲間からの月明かりを頼りに、防空棲姫……もとい秋月は海月姫を執拗に狙い撃ちにする。
「逃さないッ―――ここで終わらせる!」
「ふん、軟弱な裏切り者の分際で……」
巧みな連携で艦載機をそれなりに撃墜してくれたネ級たち、身を挺して味方を守ったあとに不意打ちで打撃を与えることに成功した南方棲鬼。その他にも、数え切れない数の味方がこの戦いで貢献してくれている。無駄にするわけにはいかない―――できるわけがない。無意識に秋月は武器に込める手の力を強める。
初めの頃に比べると、多少とはいえ海月姫は消耗気味だ。だが、それと引き換えにこの女からは油断といえるものが無くなっていた。不意打ちこそ決まったものの、秋月が時間をかけても未だ決定打を与えられなかったのはここに起因していた。
それにこれは自分1人での戦闘ではない。援護に来ている照月の事も、正直、彼女のパフォーマンスを下げていた。元々の身体能力が常軌を逸している秋月と違い、彼女は艤装を取ればただの人間。海月姫に遭遇するまでの露払いや支援にも混じっていた彼女は、疲労で動きに精彩を欠く。
「私の食事と楽しみを邪魔ばかりする奴らめ……みな死ねばいいッ」
『!! 高熱源反応、姉さん!!』
「わかってる!」
戦闘中の役割は単純だ。攻撃役は秋月、後ろにいる照月は支援のためのオペレータの真似事をし、絶えず猛烈に抵抗する海月姫のことを姉に伝えていた。何度目になるだろうか。実弾ではない、原理不明の光線の溜め撃ちをしてくる相手に牽制攻撃をしつつ、秋月は距離を取る。
「正面からは……無理なのか?」
「もっと知恵を使えなのれす。この深海棲艦!」
「っ!?」
不意に聞こえた声にぎょっとした。専用艤装に増設した自立装備の長10cm砲の鳴き声でもない。何かと肩の辺りを目だけ動かして見る。いつの間にか、確かネ級にいつもくっついているはずの妖精がそこに居た。
「艤装のオートマッピング機能を使うのれす。少しは地形を活かして戦えるのれす」
「ど、どこを操作すれば……」
「長10cm砲ちゃんの上辺りなのれす! 妹のためなら早くするのれす!!」
これか! 言われた通りに秋月は装備類に並んでいたスイッチを出鱈目に押す。
妖精のアドバイスは的確だった。身体能力に物を言わせた戦闘ばかりしてきた彼女は、この日初めて、元から装備に搭載されていた機能に助けられることになる。
〘後方に注意•付近に大型の障害物を確認。敵性熱源反応なし。遮られる視界に注意ください〙
「後ろ……これか!」
なんだこれ……? 船や基地の、残骸? それもかなり大きい。いつもなら電源を切っている小型の計器類をちらちらと見る。海月姫との戦闘中に、どうやら自分を含めた3人はどんどん沖へ、そして放棄された海上施設の近くに来ている事に気が付いた。
錆だらけで半分ほど沈んでいる船と、それがもたれかかってる基地を横目に捉える。集中しすぎてわからなかったが、もうほとんど触れるほどまで傍に自分らは居た。これを使って体制を整えよう。秋月は無線を飛ばす。
「この残骸を盾に! 照月そいつから離れるよ!!」
『! で、でも』
「私に押し付ければいいでしょッ!!」
弾が切れた装備を迷うことなく捨てる。深呼吸を一つ、自分の装備に呼び掛け、目くらまし代わりに秋月は持ちうる火器類を一斉に撃つ。
「行くよ、長10cm砲ちゃん……今っ!!」
「「キュ〜〜!!」」
照月の退避を最優先に考える。砲身が焼け付くことをいとわず撃って撃って撃ちまくる。予想通り、敵の注意はこちらへ、そして透明な壁に攻撃は弾かれた。
「馬鹿な一つ覚えを、下等動物がうっとおしいッ」
「ッ!」
反撃を避けて、そこに一発照明弾を撃ち込む。両手で自分の目に影を落としながら、秋月は急いで逃げた照月を追う。
「ぐっ!? 味な真似を、小娘が………」
体制を立て直そう。この子達にかかる負荷も大きくなってきた…………。うまく障害物で追手をまいた秋月は、疲れた顔をしている自立艤装の頭をなでながら先を急いだ。
◇ ◇ ◇
半分が水中に浸かっている傾いた土台に座り、残った武器と弾薬を確認する。先程のフルバーストは相当な無茶を強いただけに、持っていた物のほとんどの砲身が駄目になっていた。
いけないな、必死になりすぎて扱いがラフになってる。予備はそこまでは持ってきていないし、こんな無理はもう出来ない。やったが最後になるな……―――自分の太腿にベルトで固定していた新品の砲身に交換しながら、秋月は少し離れた場所に居た照月と目を合わせる。
小声で無線越しの会話を行う。
『どうしよう姉さん。近くまで来てるみたい』
「通り過ぎたところを狙おう。背中から撃てば何か変わるかも」
『OK。合図は?』
「発煙筒が残ってたから、コッチで。じゃ、行こうか。」
水をかき分ける音と、時折軽い爆発音が背後から聞こえてはにわかに薄い闇が明るくなる。照月も言うとおり、海月姫はゆっくりとこちらへ、障害物を破壊しながら近付いてきていた。
南方棲鬼は無事だろうか。ふと、初月に支えられながら帰った彼女のことを思う。ネ級、レ級と関わりがあるようだが、自分は面識がそこまでない。だがあの女は身を挺してネ級のことを守った。あんな自己犠牲、自分は出来るのだろうか……。雑念交じりに艤装に弾を込める。
別にこれでとどめを刺そうとは、実は秋月は思っていなかった。まずは一撃。致命傷に至るきっかけになるような直撃を―――考え事と並行して集中力を研ぎ澄ますと自分の心音が大きく聞こえる。
がしゃり、と。一際大きい物音がすぐ近くで鳴った。秋月はそれを利用して一度廃墟の壁の死角に回り込み海月姫の視線から逸れるよう立ち回る。見ていなかったが照月も同じ事をしているだろうか。じっと、息を殺して、両脇に居る長10cm砲の頭を撫でながら、相手の様子をうかがう。
「どこだ……どこに消えた? 小賢しいだけの人間風情が……」
(相対距離、数メートルと無いのです)
(わかってる)
(こんなチャンス二度と来ないのれす。覚悟決めろ、なのれす!)
(うん……!)
風にのって海月姫の独り言が聞こえる。耳元でささやく妖精と軽い打ち合わせをし、秋月は目を瞑って発煙筒を握った。
たかが数秒の出来事が嫌に長く感じる。波が女の足に当たる音が、少しずつ遠くなってゆく。1m、5m、10m―――小さい体格を利用して他の建物から相手を見張っている別の妖精からの情報だけを頼りに、頭でイメージしながら距離を測る。
50m。そう聞こえた瞬間、秋月は停止していた艤装を再起動し、立っていた場所を蹴り壊す。体当たりで壁を破壊しながら、そのままの勢いで水面に降り立った。
「!!」
女がこちらを見る。握っていた物を瓦礫に押し当てて着火し、水面へ投げ捨てる。振り返り切る前に、秋月と照月は攻撃を繰り出した。
確証はないけど、後ろからなら―――そんな希望に賭ける。
「「当たれえええぇぇぇぇ!!」」
照月の撃つ弾に被さるように、秋月の撃った大口径砲弾が追い付き、同時に着弾、大爆発を引き起こす。切り替えた武装が放つ爆風と煙に顔をしかめながら、照月は再度物陰に、秋月はその辺りを漂っていた錆びたドアを盾の代わりに構えて海月姫の動きを待った。
「や、やれた!?」
「まだわかんない、隠れてて!」
反撃は来ない。だけど、この程度で死ぬ相手ならここまでみんなが苦戦などしない―――油断はしない。無言で身を守っていた秋月へ、やはり反撃が飛んできた。
「ちっ………」
これでもダメ、なのか……!? やっぱり懐に潜り込む以外の方法は――――気が狂ったような表情で乱射を続ける海月姫を見る。先程と何一つ変わった様子がみられない。攻撃は効いていなかった。
一発、秋月は避けそこねて被弾する。持っていた鉄板が吹き飛び、思わずよろけて倒れそうになる。
まずい――――――
「あはははは!! 死ねえぇぇぇぇ!!」
嫌な光景が脳内に広がる。四肢が吹き飛び、赤い肉塊が海に広がる光景……数秒後の自分の事か……? 背負っていた武装の1つを破壊され、秋月は後ろに倒れた。
「姉さぁぁん!!」
隠れている照月が、自分を呼ぶ声が聞こえる。これからやってくるであろう衝撃と痛みに、彼女は薄目で海月姫を見ていた。
予想外の事が起きる。
海月姫の片腕と髪の一房が、切断されて水面に落ちた。
「「「!?」」」
この場にいた3人全員に電気が奔る。何が起きた?? うめき声をあげる海月姫へ武器を構え直した秋月は眼前の光景に驚いた。
「ふううゥぅぅぅぅ………っ!」
血まみれの日本刀を構え、呼吸を整えているレ級がそこに居た。見間違えるはずがない、いつもネ級たちと仲良くやっていたあのレ級だ。
待ち伏せしていたのは秋月と照月だけではなかった。遠くから眺めて事前に3人の動きを予測し、先回りしていたレ級は、2人が撃ち終わって敵が油断した瞬間を狙ったのだ。高所から飛び降り、海月姫を相手に、大上段から振り下ろした刀で大打撃を与える事に成功する。
「があっ、ああああぁぁぁぁ !? おまえ、お前えええええ!!!!」
自分目掛けて殺到してくる髪の触手を必死で切り払うレ級の元へと急ぐ。接近するなら今しかない。そう考えた秋月は走る。
◇ ◇ ◇
必死で追いかけた意味、あったな。2人のためにも、私が頑張らなきゃ―――レ級は無心で、手に馴染む得物で殺到する海月姫の攻撃を薙ぎ払う。
大物の対処に夢中だった者は気がついていなかったが、周囲にひしめいていた深海棲艦らの掃討は徐々に完了しつつあった。たまたま近海まで後退し、手負いの敵の対処をしていたところ、彼女は満身創痍で初月に連れられている南方棲鬼とすれ違っていたのだ。
『あの姉妹を手伝ってやれ。』 レ級が受けた伝言は、シンプルな物だった。強引に押し寄せる敵を突破、この残骸地帯まですっ飛んできて今に至る。
「ユル………さン………殺すゥ、ころしてやる…………」
「……………………ッ」
切断したばかりの女の腕が、断面からズルリと勢いよく生えて治る。前の戦艦棲姫の比じゃない。話には聞いていたが、しかし凄い再生速度だ。至近距離で、なおかつ複数人がかりの砲撃で消し飛ばさなきゃ死なないのでは。好機を見計らって首を突っ込んだはいいが、しかしレ級も今まで海月姫に挑んだ者と同じく防戦を余儀なくされる。
「レ級、どいて!!」
「!!」
後方からの声に、彼女は足元を流れてきた瓦礫を蹴って横へ飛ぶ。防空棲姫の援護射撃が海月姫の眼前でまた止まる。飽きるほど見た光景だ。諦めずに爆風を切り払い立ち向かうレ級へ、秋月は無線を飛ばした。
『コッチも余裕ないから、遠慮なく撃つからね。ちゃんと避けてよ!!』
「………………!」
『やるよ……ここで、みんなで!!』
返事の代わりに、レ級は大きく頷いて見せる。空いていた片手にマチェットを逆手に持ち、ひたすら来るものを切って切って切りまくる。
「邪魔なんだよ、不愉快だ、羽虫のようにうろうろと、なぜ大人しく殺されないんだ?」
死にたくないから。そんな簡単なこともわからないのですか。もし声が出せたならそういっただろう。喉の潰れた口をそう動かし、レ級は冷静に捌いていく。
巧みに二刀で積極的な防御をする彼女と、その後ろ2人が攻撃に専念するという今の動きはよく噛み合っていた。執拗にへばり付いて、少しでもスキがあれば攻撃に転じる気を見せるレ級に、当たらないまでも爆風や音で集中を見出してくる姉妹。海月姫にフラストレーションを貯めさせるには充分だ。
血が出るなら、汗を掻くなら、代謝をするなら。生き物である以上、永遠に無尽蔵に動き続けるなんてことはない。絶対にどこかで疲れを見せるはずなんだ―――「いつ」かはわからない。だが、この場にいる「艦娘」3人は、それだけを希望に体に鞭を打った。
レ級は大振りに刀を薙ぎ払って前へ前へ、後ろに後ずさっていた海月姫にしつこく近付く。
(まずいな―――!)
友軍の援護射撃に当たらないよう、意識を周囲に向ける―――彼女はこの場に更に敵が集まりつつあるのを風の流れで察知していた。
嫌な予感は当たりだった。不意を付くように水面から一匹のイ級が飛び出す。
「!? 新手!!」
「!!」
しかし身構えていたレ級はコンマ数秒で判断を下し、雑兵の頭に深々と刃を突き立てる。自分の尻尾を敵に密着させると、至近距離から砲撃を叩き込んだ。
増援……いや追いつかれたってところか! こんなときに……。突き刺した刃物を抜き、死体を足蹴にして真上に飛ぶ。
「…………………ッ!」
どうにか包囲を突破して秋月を助けに来たレ級だが、彼女にも疲れは溜まっていた。それにいま戦っている者は、ほぼ皆が残弾の底が見えているような状態だったが、レ級も例外ではない。撃沈した深海棲艦から剥ぎ取った武器でどうにかやりくりしていたものの、限界は近付く。
上にジャンプ――つまりは空中で落下していく以外に身動きが取れなくなれば、当然海月姫には狙われる。しかしレ級は抜かり無かった。彼女は思い切り前屈をするような体制を取ると、今度は真下の残骸を撃つ。
「??」
変な場所を撃った敵に海月姫が止まる。レ級は反動と爆風で更に上に飛んだのだ。
これまた奇想天外な動きを見せた相手に、海月姫は反射的に触手でその体を射抜こうとした。が、ここまでがレ級の狙い通りだった。
反動で吹き飛ぶのを利用して宙を舞ったまま、レ級は目下の水面に対して仰向けのような体制になっている。向かってくる髪の束を、彼女はボタンで起爆できる爆弾を投げていなした。弾かれたが、触手の手前で起爆させて数本は焼き切れる。それで十分だった。
目論見通り。焼いたおかげで先端が丸まり、刺されずに済んだレ級は殺到する髪に押されて斜め後ろ方向に飛ばされ、その先にあった建物の壁に着地した。そこを足場に蹴飛ばし、あろうことか彼女は海月姫の上を超えて背後に回り込んだのだ。
「「!!」」
賭けに近い無茶苦茶な一発勝負が決まり、レ級はそのまま海月姫に背中を向ける。撤退したネ級から受け取っていたバズーカ砲の最後の弾を発射し、背後から来ていた深海棲艦の群れ目掛け引き金を引いた。
海月姫の不意打ちなどは来ない。当たり前か。眼の前には弾や体力を温存していた秋月ら姉妹が居て、自分よりも脅威度は高いのだから―――。心置きなくレ級は増援を片付けることを優先した。
爆風で怯んだ重巡リ級までひとっ飛びに接近し、胸に刀を突き刺す。ずぶり、と鈍い感覚が手に伝わってくる。吐血して事切れた敵から刃を引き抜き、まだ残っている戦艦や空母から距離を取った。
散々に酷使したせいで研ぎたてだった刃ももうボロボロだ。おまけに脂や血でもう殆ど切れ味もないに等しい。馬鹿力任せやノコギリを引くようなやり方で騙しながら戦っていたが、弾がないからと無茶のし過ぎでもう使える状態ではない。倒れるリ級の腕を引っ捕らえ、その指越しに重巡の主砲をやたらめったらに撃ちまくる。
次から次へと湧き続ける敵の動きは杜撰と言って差し支えなかった。きっと艦載機は落とされてもう無いのだろう。雨だれのように適当に副砲を撒いてくるだけの空母は回避すらせずに直撃を受けて沈んでゆく。取り巻きの戦艦や重巡も手負いばかりで、全滅させるのにそう時間はかからなかった。
「ッ、……………。……………!」
敵反応、背後のクラゲ以外ナシ―――――!! 2人のための露払いが終わる。休む暇はない、また手伝いを…………片足を軸に、急いで振り向いた。レ級は目に映った光景にはっと息を呑む。
この数分で一体何があった。防空棲姫が壁にめり込んだ状態でぐったりしていて、それを庇うように照月が力任せな突撃を敢行しようとしていた。
だめだその動きは―――見切られてる―――!!
咄嗟にレ級は刀を海月姫目掛けて投げた。しかし、敵の動きを止めることはできない。
レ級と防空棲姫の眼の前で、照月は艤装に大量に触手を差し込まれる。あの夜の防空と同じく、一切の身動きが取れなくなった。
「照……月いぃ………………!!」
「グッ……うっぅ………!!」
「……………………………………………ッッ!」
情けない……助けに来たつもりが、対応が遅れた。砲身の折れた連装砲を敵に投げると、レ級は単相砲でそれを撃ち抜く。残った火薬に引火させて爆発する事は上手く行ったが、かすり傷程度しか海月姫に効いているように見えなかった。
「ここまでだな、防空棲姫? 手も足も出ないとはこのことを指すよな??」
「「「!!」」」
こいつ、防空棲姫のことを知っている!? 効かないとわかりながらも残ったナイフや空弾倉なんかを投げるレ級を無視して海月姫は悠々と話す。その口から出た発言に、3人は目を見開いた。
不意に、基地の廃墟の崩壊が始まる。激しい撃ち合いに耐えられなかったか、赤錆を花びらのように散らしながら、轟音とともに一際大きな建物が土台ごと崩れ落ちた。
「ほう?」
「がっ……は!」
見ていない間にいい一撃を食らったらしい。防空棲姫はえづくばかりでその場から動かなかった。レ級は急いで最短距離で近づき、彼女を小脇に抱えて崩落する基地から離れる。
「丁度いい! 邪魔が入らず嬲れるじゃあないか………」
「………………ッ!」
がしゃがしゃと崩れ落ちた鉄屑は海上に壁を築いて海月姫と照月•レ級と防空棲姫の2者ずつを引き離す。
焦るな。ここは一旦引き下がるしかない。顔を蒼くしている防空棲姫に不安に思いながら、レ級は比較的損傷の少ない港の入り口らしき場所まで後退した。
◇ ◇ ◇
息が上がる中、レ級は防空棲姫の応急処置をする。元は基地なのだから何か敷くための布ぐらいあるだろうと探ったところ、たまたま近くの建物にあったベッドから取ってきた布団の上に彼女を乗せる。かび臭くてホコリがすごいがこの際贅沢など言えないだろう。
幸い骨が折れたり激しい出血があったりなどはなかった。流石は姫級、自分のよく知る南方棲鬼様より頑丈だな、等と考える。手当の傍ら、レ級自身も千切り取ったカーテンの布で強引に自分の額から流れてくる血を止める。
「ははは…………情けないや、私……………」
「……!」
「助けられてばかり。なんの役に立ちやしない……自惚れだった。自分の強さなんて……誰一人守れやしない………」
「……………」
包帯の巻かれた手で顔を覆って丸くなり、唐突に防空はそう言いながら泣き出してしまった。
「あの時。死ねばよかったんだ私なんか――――」
「!!」
すべてがどうでも良くなって、彼女がそういったとき。
ぱちん。と、大きな破裂音が響く。防空棲姫はレ級に、少し強めに頬を平手で叩かれた。驚いていた彼女の胸ぐらをつかみ、レ級は怒鳴った。
「!?」
声の出せない彼女の怒号は、静かなものだった。破裂音や辛うじて判別できる母音ぐらいしか発せないからだ。が、表情と口の形で何を言っているか、どれぐらい必死なのかはわかる。防空棲姫の中に渦巻いていた黒いものは次第に薄まっていく。
服を破りそうなほど強かった力が段々と弱まる。レ級は眉間に寄せていたシワを深くしたまま、無理やり上体を起こした防空棲姫になにか押しつけた。
「…………!」
「?」
レ級がくれたのは細身のサーベルだった。先程まで使っていた刀やナイフの予備なのだろうか、全く刃こぼれや血糊がないあたり一度も使っていないらしい。自分で使えばいいものを、どうやら彼女は防空棲姫のために温存していたらしかった。
「剣……なんで……?」
「………………」
困惑していた防空に、レ級は彼女の羽織っていた上着を指差す。そこには出撃時に準備したナイフ―――この長期戦で消耗し、レ級が使い倒した物には及ばないものの、刃こぼれしている物が指してある。まだ切れ味鋭いこのサーベルはこれらより遥かに上等だろう。
「あ、貴女ね、もう少し自分のこと考えてッ」
「♫」
苛立ち気味に捲し立てる防空棲姫の口に人差し指を立てた手を置き、レ級は静かにするようにと伝える。そして、彼女は口を動かした。
声が出せない代わりに。レ級は大袈裟に口を動かし、そう言った。
「………!」
防空の剣を握る手にそっとレ級も手を置く。しっとりとした彼女の手から、じんわりと体温が伝わる。
しっかりと物を受け取ったその時だった。突然レ級は咳き込みながら片手をついて蹲る。どうしたのかと防空は思ったが、考えてみれば当然か。もう何時間とみんなは戦っている。彼女にも体力の限界が来てしまったらしい。
「…………レ級、ありがとう。でももう下がったほうがいい。その傷じゃ邪魔になるだけだ」
「……………………」
どうやら自分でも同じ事を考えていたのだろう。きつい言い方になったと秋月は言ったあとに気付いたが、レ級は先程とは打って変わって嫌な顔一つせずにふらつきながら後退を始めた。
まだ塞がっておらず血の滲む傷跡を抑え、脂汗をだらだらと流す彼女を見送り、再度秋月は攻撃を再開する。
2度目は無い。今度こそ、この手で――――。
艤装に貼り付けていた花束から、花弁が散っていった。
◇ ◇ ◇
「痛いか? 痛いだろうなぁ……でも上等だな、この程度でも喚くやつはそれなりに居たからな………」
「ぐっ、ん………ぅぅ!!」
「そう怖い顔しないでくれよ………私はただ、遊びに付き合ってほしいだけなんだよ」
防空らと分断されてまだ数分。照月は海月姫に宣言通りなぶられていた。
どう考えても正気とは思えない。青く光る瞳を血走らせながら、だがしかし興奮しているようには思えない落ち着いた声色のこの女を。ただただ異常なモノと、照月の目は認識していた。まだ殺す気が無いのか、明らかに拘束が弱い所が尚更不気味に感じられる。
「離せッ……このぉ………」
「お前が私と仲良くなりたいそうだから、こうして近くに来させてやったものを」
「誰がっ、貴女みたいな異常者に!!」
「異常者? 面白い……姉が姉でないと知り、深海棲艦であるのも知っていて慕う貴様らの方が異常者だ」
「貴女に何がわかるんですかッ!!」
右腕を締め付けられる力が段々と強くなる。二の腕が鬱血して蒼くなるにつれ、痺れて感覚がなくなる。息を乱しながら、照月は護身用のハンドガンを左手に持ち、縛られた手で強引に安全装置を解除して発砲した。
「貴女なんてっ、怖く、無いッ!」
「ははははっ! あぁ……かわいい子だ……無駄な抵抗だと言うのに……」
言うまでもなく、目や口内といった部分はともかく、大鑑主砲を物ともしない、ましてや恐らく自身の体に改造を施しているだろう海月姫に。対人用の拳銃など、蚊ほども効く筈がなかった。
建設現場のプレスマシンでもびくともしないような頑健な構造の艤装を、女は素手でバターでも溶かすようにぐちゃぐちゃに握り潰す。頭が理解を拒む現象に、照月はただただ怯える。
「ふふ、はは……怖いだろう?」
「そんな、こと……!!」
「声が震えているぞ……? お前の姉は私に近付けない……家族ごっこの好きな防空棲姫は目の前で妹
「姉さんは、必ず来る!」
「無理だな、心が折れていた顔だよアレは。くくく…………人に媚びを売っていたのか知らないが、まさか艦娘に紛れていたとは。まぁ、周りの君らが弱すぎるから気を使って全力じゃなかったようだがな?」
「!? そ、そんな……………」
海月姫の好きなこと。それは弱い者いじめだ。ニタつきながらこの女は言葉や暴力で相手を捻じ伏せて、顔を歪ませる相手を見ることが何よりも好きだった。自分のやりたいままに照月に言いたい放題口を動かしていたときだった。
ドオオォォン―――!! かなり近い場所から廃墟の崩れる音が轟く。サビを含んだ茶色い煙がたっていた場所へ、海月姫はすぐさま砲撃と同時に触手を送り込む。
「「!!」」
秋月かレ級が来てくれたのだろうか。照月は目を見開く。海月姫の方はというと、突っ込んだ髪が瞬く間に切断された感覚と、埃の舞う地点から正確にこちらを狙撃されて驚いた。
「…………………………………!」
「…………………しつこいな。邪魔をしないでくれと、何度言えばわかる?」
薄れていく煙の中に赤い光が複数見える。果たしてそこには、最低限の武装のみの軽装な防空棲姫が立っていた。背中には専用の姫級の艤装は無く、秋月としての装備のみ、右手に細い剣を握っているのが見える。
「決めたんだ………みんなから頼まれたんだ。お前はここで仕留める!!」
「たった一人で何ができる? 妄言もここまで行くと立派なものだ…………」
身動きの取れない照月と、既に満身創痍に見える防空棲姫とを海月姫は交互に見る。口角を釣り上げて、女は縛り上げていた照月へ呟いた。
「良い余興を思いついたぞ……照月。お前の目の前で、あの偽物の姉の首を飛ばしてみせようか」
「………!!」
背筋が凍る。余計なことを想像してしまって、そして姉がこの怪物に勝てる想像がつかなくて。照月はこれから何が起こるかわからない恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
姉さん……秋月姉さん。どうか負けないで!!
今この瞬間。義妹の彼女には祈る以外の事はできない。
2人の最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
チャージしたぶん、マッハで更新すっぞ