職業=深海棲艦   作:オラクルMk-II

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無言投下成功(無言投下失敗)

なんで赤の他人に鈴谷はここまで積極的なんですか? という質問がありましたが、
土井が死亡→恩人に何もできなかった→困っている人発見(女の子)→罪滅ぼし(?)代わりに助けよう!
という鈴谷なりに優しさを発揮した心理だったり。


7 腹の中で(うごめ)くもの

 さて、あまり深く考えずに突入してしまったが、これからどう動こうか。立ち上る火炎の中に入っても、努めて冷静な頭を保とうと鈴谷は考えていた。

 

 外から見て想像はついていたが、家の中はかなりの惨状が広がっていた。立派な2階建ても階段が既に崩落し、玄関のシャンデリアは落下し、靴箱は倒れ……と、羅列すればきりがない。また当然のごとく、これらは火に包まれ行く手を塞いでいる、というオマケつきだ。

 

 体感したことのない熱気に、水を被っておいて良かったなと思う。これが自分に害をなす物でなければただ綺麗だとか言えたんだけどな。そんなように思いながら、火の粉と煙を避けながら歩いていく。

 

 今まで火災に巻き込まれたことなんて無かったが、避難訓練なんかで最低限の知識はあった。確か、火事での一番の死因は煙を吸い込むことによる有毒ガスの中毒死だ。となれば、基本に忠実に、身を屈めて進むのが今は正解だろうか。そこまで考え、濡れた服の襟を自分の口と鼻に充てる。

 

「誰か居ませんか! 助けに来ました! 居たら返事をください!」

 

 消防士の真似を意識して、彼女は再度叫ぶ。

 

「誰か! 外で女の子が……」

 

「……―――………!!」

 

「!」

 

 今、物の燃える音に混じって、それらとは明らかに違う音が微かに聞こえた。方向はこちらか。進みたい方向に蓋をしていた、落下してきた建材と思われる柱を迂回し鈴谷は先を急いだ。

 

 運が良い……とは、今日1日の出来事を考えても言えるわけが無かったが。都合の良いことに、外の女の子の言う母親と思われる人はすぐに見つかった。こちらに気づいたらしい相手に声をかけながら、鈴谷はその側まで駆け寄る。

 

「大丈夫ですか! 怪我は?」

 

「あな……たは………?」

 

「! え……し、消防士です! 外のお嬢さんから、貴女の事を聞きました。早く外へ」

 

 通りすがりの赤の他人、と素直に言っても良かったが、それはなんだか信用を得られなさそうだと思い、咄嗟に嘘をついた。とにかく対象は見つかったんだから、この人を連れて逃げねば……。相手の手を引こうとしたときだ。

 

 倒れていた女性は、諦めたような顔と声色でこんなことを言ってくる。

 

「もう、放っておいて……助からないわ……」

 

「え………なんでです?」

 

「足が……抜けないのよ………」

 

 女性の言葉に、鈴谷は彼女の体に目をやり、思わず絶句してしまった。

 

 火の手の上がる危険地帯に居るとあり、周囲に目と気を張り巡らせていたので気が付かなかったが、彼女の下半身には大きな棚が倒れて被さっていた。更に厄介なことに、多分食器棚か何かだと思われるそれの周りは、割れた皿やガラスが飛散しており、棚自体に火が燃え移ってきていた。

 

 考える時間は無い―― 鈴谷は動く。

 

「ちょっとまって、動かないでいてね」

 

 着ていた服のファスナーを下ろす。袖を掌の部分まで伸ばして掴み、木製だった棚を一気に持ち上げた。素早く鈴谷は軽く浮いたそれと彼女の体の隙間に爪先を差し込み、今度は思い切り体重をかけて投げ飛ばすような要領で、多少無理をしつつも上手くどかすことに成功する。

 

 たまたまだがこの棚、鉄板などではなく木で出来ていたのは好都合だった。燃えているので流石に熱いが、あまり熱を持たない素材だし、何よりも軽い。服を着直し、袖が少し焦げているのを見て、鈴谷は前向きに事を思っていた。

 

「………ッ!」

 

 ただ、そんな場違いな呑気も女性の容態を見てすぐに飛ぶ。

 

 女性の着ていたワンピースのスカート部分は焼け焦げ、長く火に炙られていただろう足は焼けていた。飛散したガラス片も刺さり、目を背けたくなるような重傷である。

 

 もう助からないような怪我だ―― なまじ、医療分野に通じている鈴谷はそれが解ってしまう。が、そんな思いをねじ伏せ、ぐったりしている女性を起こし、その体を背負う。

 

「何を……どうせ生きられないのに………」

 

「貴女の帰りを待っている人が居るんです! 見捨ててなんて……ッ!!」

 

 数秒程度のやり取りをしているだけでも、時間の経過と共に火の手は勢いを増していく。気がついたときにはもう二人は炎に囲まれていた。

 

 考えろ、頭を使え、とにかく前向きに、何をすれば良いか考えるんだ―― 女性をおぶさってしゃがみこみ、熱さと緊張で焦る中、鈴谷は自分の周囲360度に何があるのかを観察した。

 

 1ヶ所、自分が入ってきたところとは別の部分の家の壁に目が行く。そこにはガラス戸と網戸があるのが見える。そして、鈴谷はすぐ近く、手を伸ばして届く距離のキッチンにフライパンが置いてあるのを確認した。

 

「脱出です、息を止めて!」

 

 2人で逃げるにはこれしかない。鈴谷は迷わずフライパンを手にとってガラス戸まで近付くと、思い切り振りかぶって持っていたものを窓に叩き付けた。

 

 当たり所が良かったのか、強化ガラス製だと思われるそれは容易く粉々に砕け散り。退路が確保できた鈴谷は、残った邪魔なガラスを蹴り壊し、足早に建物から出ていく。

 

 どうやら間一髪だったらしかった。女性を逃がすことに成功してすぐ、本格的に家が崩壊を始めたのを見て、もう少し遅れていたら……等と考えてしまった鈴谷は背筋に寒いものを感じつつも、ほっとしていた。

 

 

 

 

 裏庭から敷地をぐるりと回り込むような道を通って、最初に入ってきた正門まで戻ってくる。果たしてそこにはさっきの女の子が立っていた。母親をおんぶしている鈴谷の事を見て、少し驚いたような顔の後に、泣きながら彼女は走り寄って来る。

 

「お待ちどう、この人で大丈夫?」

 

「お母さん!!」

 

 その場にしゃがんで後は娘である彼女に任せると、女の子の母親は弱々しい笑顔を浮かべながら、娘の体にもたれかかった。家の中で見た通り、もう殆んど足が動かないんだな、ぐらいの想像は鈴谷には容易についているが、それを言う勇気は無い。

 

 女の子は喜んだような顔だったのが、母親の体を見て、また歪む。慟哭(どうこく)と言って差し支えないような声で彼女は喋り始めた。

 

「お母さん、大丈夫なの! 早く救急車ッ」

 

「そんなもの、いらないわ……」

 

「えっ、なんで…」

 

「もう助からないもの……自分の体の事ぐらい、嫌でもわかるわ……」

 

 女の子に寄り掛かっている母親の体を鈴谷が支える。自分の腕を伝わってくる相手の体温に、2人の会話を聞きつつ、鈴谷は血が滲むような力で唇を噛み締めていた。

 

 女性の体は服越しでもわかるぐらい全体的に熱を持っていた。間違いなく火傷した部分が広すぎて体温調節が出来なくなっている症状だ。加えて、そんな大怪我なのに今は比較的はっきりと受け答えができている。自分が来たときには瀕死だった土井と全く同じだ。容態が酷すぎて痛みを感じなくなっているだけだろうし、恐らく多機能不全も併発している――――

 

 冷静に考えよう、なんて思っていたのが完全に裏目に出ていた。鈴谷は、考えれば考えるほど助かりようもない重病人を前にして、またも何も出来ない事の不甲斐なさしか考えられなくなった。

 

「何でそんな事言うの……まだお母さんは生きてる!」

 

「直海……わがままは駄目よ……」

 

「うぅ……なんで……どうしてぇ……」

 

 力なく言う母の姿に、女の子は泣き崩れる。このとき、鈴谷は女性の視線が自分に向いていることに気がつく。

 

 女性は、ゆっくりと、だが心の強さみたいな物を感じる声で(ささや)いた。

 

「ふふふ……変な格好の消防士だこと…………」

 

「ッ……申し訳ありません。私は余計な事を……」

 

「どうして、謝るの……? 直海の顔が、最後に見れた……ありがとう………」

 

「……………………ぅ!」

 

 何も言えなかった。なんて事を言ってんです、と普段の鈴谷なら溢したか。

 

「何で笑ってるんですか……怖くないんですか……」

 

 これから死ぬのに。そんなように続けようとしたが、女性がゆっくりと手のひらを口に充ててきたので、鈴谷の口が止まる。

 

「死ぬときは……笑顔で。それが私の夢だったの……」

 

「……………」

 

 さっきまでは赤の他人同然だった人間の言葉に、涙が止まらない。目の前で人が死ぬことに平気なほど、鈴谷という人間は頑丈ではないらしい。

 

「直海……この人と一緒に…………遠くに逃げるのよ……」

 

「嫌だ! お母さんも連れていくの!!」

 

「甘えたことを言うんじゃないの……親は、子供が生きているだけで幸せなの……」

 

 女性が娘に残す遺言のような言葉の一字一句が鈴谷にも染みる。自分でも気がつかないうちに、彼女は女の子と同じく、顔に痕が残るほど泣き出してしまっていた。

 

「私よりも、長く生きて。直海……――――」

 

「………ッ!!」

 

 腕にかかる重みがより一層増した気がして、鈴谷は目を見開く。震える手で、彼女は女の子の母親の首に指を充てた。

 

 女性の脈は無くなっていた。死因は恐らく心不全か火傷のショックだろうか。

 

「…………………」

 

 自分って、なんて邪魔くさい奴なんだろうか。余計なことばかり。この子にしたって、これは本当に助けたと言えるの……? 母親もろとも死なせてあげたほうが良かったんじゃ……?

 

 今日一日、鈴谷は目の前で2度も人間の死を看取った事になる。こんなに非日常的で、経験したくもない事を記憶に刻まれて。彼女の心はゆっくりと限界に近付き、普段は考えないような退廃的な思考まで沸いてくる始末だ。

 

 家に突っ込む前に置いていった銃を拾う。その持ち手を握りながら、死んだ母親の手を握って泣く女の子をぼうっと見つめる。感じたことのない無力感に、全身の力が抜けきるような感覚に苛まれている時だった。

 

 泣きつかれたのだろうか。女の子が顔を上げる。すると、彼女は鈴谷の顔を見ながら叫ぶ。

 

「お姉さん危ない!!」

 

「えっ」

 

 急にすぎて、対応が追い付かない。武器も構えず体を後ろに向ける。

 

 パン、と軽い音が聞こえた。間髪入れずに今度は自分の脇腹に鋭い痛みが奔るのを感じ、思わず鈴谷は地面に倒れた。

 

「う……あぁ……?」

 

「ったく、ガキにかまけて致命傷かぁ? 見上げた自己犠牲だぁねぇ~……」

 

 煙突のような物が伸びるバックパック……艤装を背負った、駆逐艦と思われる艦娘が1人、そこに立っていた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 夕方に首を切られたときに比べれば痛くはない。が、銃弾で脇腹を撃ち抜かれるなんて経験をしたことは鈴谷には皆無だし、そもそも比較すること自体がおかしいと言えるか。

 

 目を瞑り、うずくまって呻き声を上げる鈴谷の近くに、女の子が悲鳴を挙げながら駆け寄る。気持ちの悪い笑顔を浮かべて近付いてきた女は、砲ではなく銃を鈴谷に向けながら話を続けた。

 

「クライアントの依頼は付近一帯の住民の皆殺しだ。カワイソーだけど死ねよガキ。ついでにお前もな」

 

 クライアント……皆殺し……一体何の話なんだ。それに、なんで艦娘がこんなところに? 撃たれた患部を手を当てて圧迫し、必死に痛みに耐えながら鈴谷は疑問に頭が混乱していた。そんな彼女に寄り添いながら、女の子は震えながら口を開く。

 

「あなたが……お前がお母さんを殺したの……?」

 

「あ? 何か言ったか?」

 

「お前がお母さんを殺したんだ! この人殺し!」

 

「あぁ、なに? そっちの死体おふくろさんか。それは御愁傷様(ごしゅうしょうさま)。災難だったな」

 

 女の子の言葉に、言われてみれば、といった様子で艦娘が言う。まるで他人事といった相手の態度に、鈴谷の中で猛烈な違和感と、謎と、怒りが混ざって訳のわからない感情が渦巻き始める。

 

「ここの担当は俺じゃねー、だからお前のおふくろをやったのは違うやつだな」

 

「……………?」

 

「子供のお前にゃわからんか、あっちにな、研究所ってのがあんだよ。何の調べものしてるかは俺もしらねーがな、そこを壊しに来たんだよ」

 

「!!」

 

 目の前の人物の発言に、女の子は何を言っているのかとでも言いたげな顔をする。対照的に鈴谷は、怪我の痛みを一瞬忘れるほどの電流が流れるような感覚を覚えていた。土井の推理は合っていたのだ。この艦娘、誰に頼まれたかは知らないが「刺客」とやらに該当する人物らしい。

 

「ついでに、テロリストに見せかけて、この地区をまるごと地図から消すこと。それが俺の知ってる仕事だ。これでいいか?」

 

「町……ごと…??」

 

「あ? なんだテメェ、まだ元気だったのか……まぁいいやどーせ始末するしな……」

 

 炎上する建物が両手で数えきれない程あるここで、場違いにも程があるような笑顔で、艦娘は慣れた手付きで銃のマガジンを交換する。銃口を鈴谷たちに向けながら、尚も女は続けた。

 

 

「いや、しっかし幼稚ながら良くできてるねぇ……子供の考えるようなバカげた話だけど、確かに町ごと消しちまえば証拠も何もねーわな」

 

 

 その発言が鈴谷の心の導火線に火を着ける事になる。

 

 全身の血液が沸騰して煮えたぎるような、とはこういう感情を指すのだろうか。体温が高くなって顔が熱くなっていくのを、確かに鈴谷は感じた。

 

 意味がわからない。何をしている。許せない――黒い感情が心の底から沸いてくる。同時に、顔が煤で黒くなっている女の子の声を聞いていると、私が守らねばと使命感のような感情も溢れ出てきた。

 

 細心の注意を払って、鈴谷は近くにいた女の子を自分から離す目的で突き飛ばす。

 

「!?」

 

「なっ……!」

 

 続けて、足に無理な力をかけ、背中から倒れる動作を巻き戻したような異常な動きで立ち上がると、全身の筋肉を総動員して鈴谷は相手の顔を殴った。

 

 顔からは外れたが急所は撃った、こんな元気に動けるはずがない。艦娘の女はそうは思って驚いていたが、すぐに気持ちを切り換える。不意打ちになれているのか、艦娘は尻餅をつくふりをして後転すると同時に、銃につけていたグレネードランチャーを鈴谷の顔に発射する。

 

「!」

 

「脅かしやがって」

 

 避ける暇などなかった。鈴谷の頭が炸薬の爆発に包まれる。

 

「お姉さん!!」

 

 目の前で鈴谷が母親を助ける一部始終を、勿論女の子は見ていた。奮闘虚しく母は亡くなってしまったが、自分の無茶を聞いてくれた名も知らぬ恩人が死んだと思って、彼女の表情は絶望一色に染まる。

 

 額の冷や汗をぬぐいながら、恩人を殺した張本人が近寄ってくる。女の子には、同じ人間のはずのこの大人が堪らなく恐ろしい生物に思えてならなかった。

 

「ったくビビらせやがってよ、銃持ってる奴に殴りかかるか普通」

 

「お姉さん……嘘……」

 

「現実逃避すんなよガキ。おら、今すぐ母親のトコに……」

 

 艦娘が、せめて1発で終わるようにと銃口を女の子の眉間に合わせたときだった。

 

 一瞬、恐怖で表情を強張らせていた彼女の顔色が変わったように見えた。勘の鋭い女は何かを察する。そして、爆発して黒煙の挙がっていた場所に顔を向け、怪訝な面持ちになる。

 

「……なんだ…………なっ!!?」

 

 顔を撃った筈の(鈴谷)が立っていた。

 

 自分の殺した女の様子がおかしい。そんな言葉で片付く物ではないのは明らかな異様な雰囲気を纏っている。撃ったのは対人用の武器とはいえ、当たり所がよければ車だって吹き飛ぶ爆薬たっぷりの弾頭だ。生きていること自体がおかしい。

 

「………!? こ、こんな……!」

 

 なんで生身の人間が、グレネードの直撃を受けて死なない!? 困惑しつつも、やはり優秀な人物だったのか。この艦娘は、持っていた銃と、更に腰につけていた砲の2つで何故か生きていた女を再度撃つ。

 

 砲弾が鈴谷の右目の辺りに当たった。

 

 やったか、と思った艦娘だった。が、顔を仰け反らせただけで、痛がる素振りすら見せず、逆にこちらを殺すような憎悪に満ちた目で睨んできた相手に、混乱が最高潮に達する。

 

 撃たれても平気だったことについての疑問なんて、既にこのときの鈴谷の中には無かった。

 

 もう、我慢できない。土井先生。私にはこんな仕打ちをされても自制できるほどの気長さは無いんです―― 亡くなった恩人に、心中で鈴谷は謝った。

 

 目の前の艦娘に対する殺意と怒り。そして、怯える女の子への庇護欲に近い感情が爆発する。

 

 ばきばきと音を立てながら、顔から吹き出ていた血が止まった。そして、流れ出ていた血液は、鈍い金属光沢を放つ紺色の甲殻に変化し、それらは傷口に被さるように固まる。

 

 異常な速度で出来た瘡蓋(?)に、それを見ていた艦娘は驚いていたが、鈴谷の「変化」は続く。

 

 彼女の体の胴体部分から、何かが皮膚を突き破って外に出てくる。それは、重巡ネ級の物に似た人の胴部とそう変わらない大きさの2本の触手だった。鈴谷の体の半分近くの量も投与されていた深海棲艦の細胞が、休眠状態から急激に活性化を始めたのである。言うまでもなく、彼女の強い感情の動きに影響を受けたからだった。

 

 (せき)を切ったような感情の流れに鈴谷は尚も身を任せた。そうすると、彼女の全身から赤い光がぼんやりと放出され始める。連動して以前までは茶色だった瞳も、血のように赤く変色し、瞳孔が猫科の動物のように縦に裂ける。

 

「お前なんか……指一本……この子に触れさせるものか……」

 

 しゃがんでいた女に指を指しながら。重巡ネ級(鈴谷)は静かにそう言った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「意味わかんねぇ……深海棲艦になった……!?」

 

 トリガーにかけた女の指が震えているのが鈴谷から見えた。

 

 可視化された殺意とでも表現すれば良いのか、全身から血を流しているような赤い光を放っている鈴谷に、艦娘は恐怖を感じていたのだ。女は、残弾を気にすることなど度外視して持っていた武器を撃ちまくる。目障りな女は爆風に包まれ、今度こそ死んだかと自分を強引に納得させるが……

 

 結果的に、この乱射は艦娘にとっては最悪な判断となる。

 

 爆風からぬるりと出てきた真っ白な腕に、着ていた服の襟を掴まれる。

 

「しまっ……!?」

 

 逃げようとする前に身に付けていたものを掴まれて、艦娘は鈴谷に無理矢理顔を引き合わされた。至近距離から砲のトリガーを引こうとしたがもう遅い。

 

 動きが早すぎて、夜の闇に深海棲艦の赤い瞳が残像を描く。鈴谷は人間には不可能な動きで相手の顔面に拳を叩き込む。

 

「ガッ…あぉあっ……!?」

 

 電車に()かれたような衝撃を、このときの艦娘は体感していた。が、彼女はそんな相手の事情など知らず、殴った相手の体が宙に浮いて右方向に吹っ飛ぼうとしたのを見計らい、今度は反対側の胴部を殴って飛ばす。

 

 1回、2回、3回、4回、5回……6回目の往復で空目掛けて殴り飛ばした女の襟首を掴み、地面に叩きつける。負荷に耐えきれずに軽い爆発を起こした艤装の破片が飛び、それらは鈴谷の顔に小さな傷をつけた。

 

 いったいどのような力を込めればできるのか。あまりの衝撃にコンクリートの地面は地割れのように砕ける。床に激突した艤装に背中を押されて、艦娘は血の混ざった泡を吐いて気絶したが、小規模なクレーターのような物が出来たことの方に鈴谷は驚いていた。

 

「…………ッ」

 

 最初から殺そうなどとは思っていなかったので、激情に駆られつつも加減はしていた。が、血を吐いて気を失った相手に慌てて脈を測る。幸い、艤装の防御が働いたのか、この艦娘は呼吸も脈拍もしっかりしていた。

 

「自業自得だ、うん。こっちは正当防衛だからね……たぶん」

 

 今日、これも何度目かわからないが、泣いたり怒ったりというのを行動で発散すると、急激に脳内が落ち着く。自分に言い聞かせるようにそう言うと、鈴谷はすぐに女の子の方に向き直り口を開いた。

 

「逃げよう、ここは危ないから」

 

「え?」

 

「ほら。走るよ!」

 

 右手で女の子の手を握り、余った反対の手に銃を持ち直す。

 

 艦娘が薙ぎ倒されるのを見ていて、正直、このときの女の子は鈴谷に恐怖心を少なからず抱いていた。しかし、最初から徹底して自分のために動いているのも見ていたのだ。そんな人間が危害を加えるはずがないと納得して、怯えながらも鈴谷についていく。

 

 急いでこの場から離れようと行動したとき、また新たな敵が住宅街の路地から複数現れた。鈴谷から見ると、装備から全員艦娘だろうというのはすぐに察しがついた。

 

「どうした、トラブルか……っおい!! 止まれェ!!」

 

「こんな時に……!!」

 

 一体何の役に立つんだ、なんて言いつつも昔やらされた銃の訓練を思い出す。まさか使うことになるだなんて。鈴谷は手際よく弾を装填すると、武器の引き金を引いた。

 

 さっきの艦娘にも言えるが、妙に破壊活動に手慣れている女らは、鈴谷の姿を見た瞬間に物陰に隠れて腕だけを出して武器を乱射してくる。頬や髪の毛を掠める銃弾に、女の子は悲鳴を挙げた。

 

「きゃあっ!?」

 

「危ない!」

 

 彼女の体を手で抱き寄せよう、と思ったとき。自分の体から生えた触手が勝手に動いて女の子の体を包み込む。

 

 どうやらこの触手、手足と同じ具合で思った通りに動いてくれるようだと認識する。隣にいた女の子の体をそれで守りながら、鈴谷は、弾の許す限りといった考えでマシンガンを滅茶苦茶に乱射して相手を近付かせない事に専念した。

 

「ごめん」

 

「わわわ!?」

 

 動かし方はなんとなくわかった。おまけにこれ、結構な力が出せるのか? 触手に絡まれた女の子の体が宙に浮いたのを見て、そんなように思う。鈴谷は弾が無くなった銃をその辺に投げ捨てると、先程殴り飛ばした艦娘から武器を2つ拝借する。

 

「まだ使える!」

 

 片方、ずっとマシンガンか何かだと思っていたのはフルオートのショットガンだった。時間稼ぎには丁度良いと彼女は指を引きっぱなしにして撃ちまくる。

 

 これの弾が無くなった頃を見計らおう。そして急いで逃げるんだ。じゃないと奴らは殺到してくるはず…… 考えながら行動していると、丁度良い頃合いで武器の残弾が0になった。

 

「……………!!」

 

 さっさと逃げる! 何より今はこんな強敵と戦っている場合じゃない。

 

 弾が無くなった散弾銃を相手目掛けて投げ、鈴谷は女の子を抱いていた触手の力を強めると、拾ったグレネードランチャーを持ち。準備が出来たと思うと、すぐに相手に(きびす)を返してその場から逃走した。

 

「逃がすかァ!!」

 

「おい待て、こいつ……」

 

「な、なんで深海棲艦が陸地に!?」

 

 後方で何やら女たちの会話が聞こえる。当然の話か、今の自分の容姿は相手を混乱させるのに効果抜群だったようだ。

 

「当たってよ……!」

 

 数秒だけ立ち止まり、勘だけで相手の場所を予測して振り向き様に擲弾(てきだん)を見舞う。筒状の容器を開けたときに似た軽い音を伴って、緩い放物線を描きながら弾は飛んでいった。

 

 ほんの何秒で結構な距離を自分は走ったらしい。それなりの距離は離れていたが、鈴谷が何かを撃つのは見えたのだろう。追い掛けてきていた人物らはそれぞれ散らばって弾を避ける。しかし回避したところで擲弾が地面に当たって爆発することには変わらなかった。

 

 黒煙でお互いに視界が効かなくなる。それを見た瞬間、とにかく前だけを見て、全速力で走り続けた。

 

 どれだけの時間こうしていただろうか。鈴谷の体力が底を尽きる頃には、町の炎の光は遠くになっていた。

 

 

 

 

「はぁ……はっ……っぐ……」

 

 少し派手に動きすぎたようだ。猛烈な疲労感と目眩に襲われ、鈴谷は片膝を着いて地面に座り込んだ。

 

 1、2kmで利かないような場所まで逃げてきたのか、と周囲を見て鈴谷は考える。研究所から出て辺りを散歩するような事は今までになく、どこに立地しているのかは知らなかったが、あの場所は自分も知っている海岸線沿いだったんだな、と、昔からあるビジネスホテルの廃墟を見ながら思う。

 

 無我夢中で暴れた後に逃げたものの、これからどうしよう。着ていた服に財布や車の鍵といった貴重品は持ってきていたのを確認し、これらがあれば数日ぐらいはなんとかなるか……そんなように思っていた鈴谷に、女の子が話し掛けてきた。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「え……あ、その、どういたしまして」

 

 何と答えれば良いのかがわからなくて、そう言ってからゆっくりと彼女を地面におろす。女の子は続けてこう言ってきた。

 

「お姉さんは……何者なんですか……?」

 

「え、わ、私?」

 

 問い掛けに対して、少し考える。さっきは落ち着いている余裕も無かったというものあり、改めて自分の体に目を向けた。

 

 首のコレはみょうちきりんなアクセサリーとか何とか誤魔化せなくもない。ただ、人間味のない異常に白い肌や、特に痛みなどは感じなかったが、皮膚を突き破って腹部から生えてきた触手は言い訳のしようがない。

 

 間違いなく「人間」とは言えない。そう結論を下す。

 

「えぇと、深海棲艦! ……たぶん」

 

「……嘘だ。私信じないもん」

 

「え…………」

 

「艦娘さんは、みんなを守ってくれるって! 深海棲艦は怖い人らだってお母さんが言ってた!」

 

 自分のカミングアウトを叩き伏せられて、鈴谷は困惑した。しかし次に女の子の発した言葉に、思わず瞳が潤む。

 

 

「怖い人たちが深海棲艦! お姉さんが艦娘なんだ!! 嘘つかないでよ!」

 

 

 強い力で、女の子はそう言ったあとにぎゅっと鈴谷の手を両手の掌で握った。

 

 女性は、男性に比べて記憶を曲げてしまうような事がある、という。眉唾な学説で自分は心理学に専攻していた訳でもないが、そんな話を鈴谷は知っている。

 

 これは、母親が死んだ、という辛い現実に対する精一杯の女の子の抵抗なんだ。鈴谷は彼女の滅茶苦茶な理屈をそう解釈した。

 

「一人は……やだよぉ……艦娘の……お姉さん」

 

「……………………っ」

 

 (すす)り泣きながら抱き着いてくる女の子の頭を撫でることぐらいしか。今の鈴谷にできることは無かった。

 

 親が死に、兄弟なども居なかったのだろう。先程の艦娘たちの無差別攻撃で燃え盛る家の中に、一人で入ろうとしていたこの子の行動を思い出す。

 

「もう大丈夫だからね……怖い人達は……居なくなったからね……」

 

 怖かっただろう……辛かっただろう……痛かっただろう。今もう一度見た容姿からして、中学生になるかならないかか。育ち盛りの子が、目の前で家族を殺されただなんて……

 

 もしも自分の立場だったら。一体どれほどの絶望感に襲われるか、想像もつかない。鈴谷は自分にも言い聞かせるように静かな声で話しながら、女の子を優しく抱き締めてあげた。親の代わりになんて、流石になることはできない。だけど、少しでも不安を取り除くことはできるはずだ。そう思っての無意識の行動だった。

 

 鈴谷は、逃げ込んだ廃墟で女の子が泣きつかれて眠ってしまうまで、ずっと優しく頭を撫でてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 悪は滅びた(滅んでない)

 何も考えられないぐらいに怒り狂って暴走……というのも、一応考えましたが、そういった需要は他の方々がやっていそうなのでこうなりました。

 どこぞの読書好きの青年みたいな暴れっぷりが見たかった方には申し訳ありません。多分今後も鈴谷は特に闇堕ちもなく至って冷静だゾ
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